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十八話 帝国遠征

「ライフル中隊構え!」


 俺の掛けた号令の下、中隊全員が射撃姿勢をとる。


「撃てっ!」


 連続して響く乾いた射撃音が鼓膜を震わせた。


「どうだカイル。順調に進んでいるか?」


 一斉射撃の余韻に浸っていた所に、後ろから声を掛けてきたのは、アレクト殿下だった。


「殿下・・・いえ、なかなか思う様には行きません」


 今、俺が何をやっているのかと言えば、それは部隊調練である。


「お前には苦労を掛けるが、後二週間しか無いのだが、大丈夫か?」


 時は帝国へ援軍として行ってほしいと言われたあの日から、二週間が経過し、俺の出征が二週間後に迫っていた。


 結局あの後、タリア皇女からも頼み込まれた俺には、二人からの頼みを断る事が出来ず、参戦が決定したのだが、流石に今すぐには無理だと言う事で一ヶ月の準備期間をいただき、その準備期間中に俺は兵団の戦力強化と、それに伴う部隊の再編成を行う事にした。


「しかし、本当に大丈夫なのか?これ程大規模に魔法銃が使われた事は無いぞ?」


 今回の強化の一番の特徴は大量の銃を導入した事である。

 現在の兵団の兵力は、殿下の協力により王都周辺での大規模な募兵を行い、約2600名まで増強する事が出来た。

 更に装備も強化され、これまでのバラバラかつ粗末だった服装が、簡易ながらも統一された赤い麻のチュニックになり、鎧も青銅の胸当てと兜、籠手と脛当てが支給された。

 これらの甲冑は、王国軍の既に使われなくなった使い古しだ。倉庫の中に死蔵されていた物で、チュニックは殿下が国王陛下に上奏した結果、巷で余っていた物を安く仕入れる事が出来たのである。

 銃は国から出た褒賞金等を使って、約400挺を自腹で購入し、その内の100挺をドワーフや彫刻師等の力を借りてライフリングを施した。

 俺としては、もっと地味で目立たない色が良かったのだが、これが一番安く大量に手に入った為やむ無く妥協する事になったのだ。


「しかし、見栄えはなかなか良いな」


「ええ、それがこの軍装の数少ない利点ですね」


 目の前に並ぶライフル中隊は赤いチュニックに、ズボンは丈夫な黒いレザーを履き、皮の胸当てとベルトを身に付け、銃を肩に担う姿は、実に様になる。

 更に、歩兵隊は革では無く青銅の鎧を身に付け、盾と槍を装備しており、かなり強そうに見えた。


「他の部隊はどうだ?」


「はい、そちらの方は順調に調練が進んでおります。隊列を組むのも大分、様になりました」


 兵団の部隊編成は、指令部を頂点として、その下に各種の部隊が置かれている。

 まず、二個の歩兵大隊を骨幹とし、これを支援する騎兵大隊と散兵大隊があり、この他に衛生、工兵、輸送、補給の各中隊が編成された。

 この骨幹となる歩兵大隊は総勢約600名、三個の重装歩兵中隊と一個の軽装歩兵中隊、一個の小銃中隊を内包し、中隊は各々120名ずつで構成されていて、一個の重装歩兵中隊に軽装歩兵小隊と小銃小隊を一個ずつ組み込んで、テルシオを組んで戦う事になる。

 この他の各大隊と中隊は、歩兵隊を支援するために存在し、最終的には各歩兵大隊に騎兵と弓兵を中隊ごと組み込んで、独立して行動出来る変則的なペントミクス編成を目指している。


「何だかややこしくないか?この編成は細かくし過ぎでは無いか?」


「まあ、これはこれで便利なんですよ」


 今回の兵団の部隊再編に伴って、俺は、現代軍を下にした編成を取り入れた。

 基本的には各部隊の規模を大きくしただけで、大まかな編成は変わらないのだが、これまで以上に細かく分けて小隊から分隊単位での作戦展開を行える様にした。

 この兵団の規模の大幅な拡張により、各兵科は戦力を増強したのだが、騎兵大隊だけは馬が揃えられなかった為に二個中隊、400名程度にとどまった。

 散兵大隊は二個長弓兵中隊と先程の散兵ライフル中隊、散兵偵察中隊からなり、ダークエルフ半分人間半分の長弓兵400と人間だけのライフル兵100、偵察兵はライカンを中心に100名がいる。

 工兵中隊は新たにドワーフが入り、衛生中隊には低級ではあるが、僧侶を数名組み込む事が出来た。

 輸送中隊は馬車を持ち輸送能力が大幅に強化され、補給中隊も錬金術師が志願してくれた。

 いまはまだエストを始めたごく少数の士官しかいないが、いずれは専門教育を受けた士官を兵団に取り込み、経験豊かな下士官、兵卒を指揮する様にしたいと思っている。

 現在、各部隊は各々の隊長の指揮の下で訓練に励んでいるが、小銃中隊とライフル中隊は、俺が調練を行っている。


「先程から撃っては弾を込めるのを繰り返しているが、もっと実戦的な動きは、訓練しないのか?」


 まあ、確かに、その場から動かずに射撃と装填を繰り返しているが、そもそも、コイツらに機動は期待していないし、接近戦も出来ないだろう。

 俺は、それを踏まえて、殿下に説明する。


「彼らの仕事は高い火力で味方部隊の接近戦を支援することにあります。その為には如何なる状況に置いても、射撃と装填を冷静かつ自然に行える様にならなくてはなりません。」


「ふむ」


「精神力や我慢強さは、実戦に置いてのみ養われる技能であり、訓練だけではどうにもならないのです。なので、彼等の身体に射撃と装填を徹底的に叩き込んで、号令に直ぐに反応出来る様にするのです」


「成る程な」


 本当は基本教練と銃剣戦闘もやらせたいのだが、スケジュール的に無理だと諦めた。

 次いでに言うと、歩兵全員に銃を装備したかったのだが、それも予算の問題で妥協したのだ。


「ところで彼女はどうしたのだ?」


「ああ・・・」


 彼女とは、ガラ戦いの一件以来、勝手に着いてくるフィオナ・ダーマ嬢の事である。


「彼女なら騎兵大隊に入れました」


 あんなのでも、貴族であるから正式な士官として陸軍に入隊する事が出来たため、兵団の数少ない士官要員なのだが、結局まともに部隊の指揮を出来る能力が無かった。

 いろいろと、事ある毎に突っかかってくる事もあって、半ばアダムスに押しつける様に騎兵隊に組み込んだ。


「結局断り切れず、私が根負けしてアダムスに押し付けた形になります」


「まあ、奴ならば上手くやるだろう」


「ええ、私もそれを見込んで丸投げしました」


 等と言っている傍から、目の前を騎兵が通過していく。


「騎兵第一中隊!私に続け!今日こそは、スミス大尉に勝つぞ!」


 重厚な甲冑に身を包んだ第一騎兵中隊は、その手に槍を持ったフィオナ嬢に率いられて駆けて行く。

 中隊の向かう先にある丘の上には、アダムスに率いられた第二中隊がいる。

 第二中隊は軽装で槍を持たず、薄い胸甲と籠手を身に付け、武器はサーベルやシャムシールを使う。

 第一中隊の突撃に対してアダムスは、見事な指揮を持って、これをかわし、第二中隊を第一中隊の後ろに着け、その優速を利用して撃破した。


「大隊止まれ!訓練終了!」


 アダムスの掛けた号令に従い、騎兵が丘の麓に整列し、反省会が始まった。

 俺は、その様子を見ながら口を開いた。


「彼は実に優秀な指揮官です。もしもリーグの戦いで本気を出されていたら、我々は負けていたかも知れません」


 俺の素直な気持ちを口にして殿下に伝えるが、その心は、彼を兵団から引き抜いて使って貰いたかった。

 と言うのも、彼の上官として、これからもアダムス・オルグレンをアラン・スミスとして使っていくのに不安を覚えたからだ。

 もっと言えば、兵団の長として彼等の命を預かる事が怖いのだ。


「殿下・・・此度の事、兵団の指揮を私が預かる事、これ等は余りにも荷が重く、私には、とても・・・」


「・・・カイル。お前の気持ちは分かるが、それは出来ないのだ。理解してくれ」


「・・・申し訳ありません。殿下に対してこの様な事を・・・」


「良い」


 頭を下げ、身に余る過ぎた行いを詫びる。

 殿下は、それに対してただ一言発しながら右手を上げて制した。

 それから幾ばくも経たない内に、殿下は踵を返して去っていった。







「以上で報告を終わりとし、補給線構築の想定訓練の全日程を終了します」


「了解。ご苦労だった」


 目の前の机の上には訓練の結果と、それによって得られた情報、当初の想定とのギャップが全て記された報告書がある。


「では、先ずは君の所見を聞かせてくれ。ソロモン中尉」


「はっ!」


 ソロモン中尉は新たに入った錬金術師で、補給中隊の中隊長に任命し、兵団の補給線の強度と補給能力を調べる様に命じていた。

 それによって知り得た我が兵団の補給能力の実態を知った俺と、各大隊長、中隊長は頭を抱える事になった。


「まず、前提として我がカイル・メディシア兵団は帝国での戦闘に参加した場合、五日間の戦闘が限界であり、全力での戦闘になれば二日と持ちません」


「その結果の信憑性は、どの程度なんだい?」


 そう問うたのは第一歩兵大隊隊長のエストだった。


「確かにそれは気になる所ですが、信用出来る結果なのですか?中尉」


 ハンスも気になった様で声をあげる。

 アダムスは何やら考え込んでいる様子で、シモンは余り深刻に捉えておらず、後の者はどうして良いのかも分からない始末だ。


「はい、ローゼン少佐とハンス大尉の懸念も理解出来ますが、この結果が不正確であったとしても、これよりも良くなる事はありません」


 そう言いきったソロモン中尉を援護するかの如く、アダムスが口を開いた。


「私はソロモン中尉の予想は正しいと思う」


「スミス大尉もそう思うか」


「うん。私も頭の中で軽く計算してみたけど、やはりこれよりも良くはならない。むしろ、これでも希望的観測が含まれているかも知れない」


「そうか・・・」


「やはり銃がある分、負担が大きい。私はこれでも、他の規模の近い兵団と比べればかなりましだと思うよ」


「それはスミス大尉の言う通りです。他と比べればこれでもましですし、銃を抜きに考えれば全力でも二週間は持ちます」


 アダムスの後に続いて言ったソロモン中尉は、更に続けて銃の装備を見直すか先送りするように進言してきた。


「確かにな・・・」


 銃の装備を見送るかと考え始めると、ハンスとエストから猛烈な反対の声が上がった。


「銃を諦めるなんてとんでもない!アレがあれば歩兵隊の戦いがどれだけ有利に進めるか」


「その通りです!銃は我々歩兵の希望です!銃があれば騎兵にだって対抗出来ます!」


「しかしですね、このままでは、戦闘自体が出来なくなります」


 と言い合いが続く中、一人のドワーフが手を上げた。


「ちょっと言いかのう」


「おお、何か案が有るのか?ダズル中尉」


 工兵中隊隊長のダズル・グラム中尉。

 初期の撤退から今日に至るまでドワーフ達を纏めて俺を助けてくれた縁の下の力持ちだ。


「その、弾薬ちゅーのか?それの事ならどうにかなるかも知れんぞ?」


「本当か?!」



 噛みつかんばかりに勢い良くダズル中尉の肩を掴んだ。


「おお、多分大丈夫だぞ?」


 その頼りがいのある逞しい腕を掴んで聞くと、髭に被われたシワだらけの顔に、笑みを浮かべて答えた。

 彼の言う事には、射撃に使う触媒も弾頭も、かなり簡単に製作が可能で、炉と金型さえ有れば幾らでも作れるそうだ。


「材料はどうする?」


「帝国に行くんなら、幾らでも手に入るじゃろ。北部なら尚更じゃ」


 帝国北部には、大規模な金鉱と宝石の鉱床があるらしく、そこでなら魔法石が手に入るそうだ。


「何故そんな事を知っているんだ?」


 そう聞いたのはエストだ。

 エストからの疑問に、ダズルは正直に答えた。


「何の事は無い。ワシはそこで働いていたんじゃ」


 ダズルはいわく。

 帝国北部の鉱床は非常に良質な貴金属類が採れるのだが、採掘条件がかなり悪く、それでいて過酷な環境と蛮賊の襲撃や、事故も多い。

 そんな場所での採掘が出来るのは、ドワーフ位しかいないそうだ。

 彼も、そんな北部鉱床で働いていた事があり、王国に来たのは十年程前で、現地に行けば、その時の伝でクズ魔石も手に入れれるとの事だ。

 そのクズ魔石を使えば、触媒を作れるし、弾頭には魔法石と鉄を混ぜた魔鉄を使えば代用可能だと言う。

 それが本当なら、これからの補給が大分楽になる。

 何故なら、弾頭を作るには魔法石から削り出さなければならないのだが、ダズルのやり方ならば、鋳造で大量に生産が可能で、単価も十分の一の値段に押さえられる。


「ただ、問題は炉じゃな」


 それに関してはも直ぐに答えが出た。


「それでしたら錬金術で使う簡易魔法炉を使えば大丈夫ではないでしょうか」


「その簡易炉は鉄を溶かせるか?」


 俺の質問に対する答えは是であった。

 これ等の新たな情報を下に再計算してみた結果、取り敢えず、最低でも一週間は戦闘が行えると言う結論に達した。


「輸送科はどうだ?エド少尉」


 エド少尉は、ハンスと同じく農民出身で、学は無いが、体格が良く力が強く寡黙な男で、性格は、その恐ろしげな風貌に似合わず温厚で純朴な、信頼出来る男だ。


「・・・馬車が欲しいです」


「どれくらい欲しい」


「・・・いっぱい?」


 消して知恵遅れな訳では無いのだ。

 ただ、口数が少なくて数が十から上が数えられないだけなのだ。


「分かった。取り敢えず20はかき集めよう」


「・・・分かった」


 まあ、こんな感じで報告会を兼ねた会議は終了し、俺は、必要な物品の仕入れに向かった。


 それから更に二週間が経ち、遂に出撃の時が来た。

 アスラン陛下からの激励をいただいた後、俺が率いるカイル・メディシア兵団は王都を出立。

 五日後には、国境を越えて帝国に入り、そこから更に十日間掛けて集結地点に指定された帝国北部の都市、ガーシュに到着した。







「どうしてこうなった」


 そう呟いて頭を抱える俺の目には、荒涼とした大地と此方に向かってくる千を超えるオーガが写っている。


「マジでどうしてこうなった」


 俺に答える者は誰もいない。

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