十一話 アダムス・オルグレン
「若様!」
俺がサーベルを鞘に納めたタイミングで、ハンスが後ろから駆けて来る。
俺は振り返り、ハンスに向かって言った。
「おお、無事だったか・・・良く生きていたな」
「ええ、まあ・・・」
ハンスの言う事には、敵の集団と戦っていると、暫くして敵が引き始めていき、どういう事かと思って確めて見ると、前線の方で味方の騎士団が前進して来て、そちらの方に集中しているのだと言う。
さて、これから俺は如何するのか。
前進してきている味方に合わせて、敵を挟撃するのか。
そんな事はしない。
ここまで来たのなら、憎きクソバカ野郎のアダムスの面を拝みに行って、ついでに首も取りに行くつもりだ。
「ハンス!」
「はい!」
「今すぐに集められるだけの人員を呼べ!アダムスの野郎を血祭りに上げるぞ!」
「了解!」
俺が言うや、元気良く返事を返したハンスが仲間を呼び集めて、アダムスの捜索と討伐についての説明を始めた。
「カイル団長?」
おそるおそると言った風に声を掛けてきたエストに俺は、ゆっくりと向き直って耳を傾けた。
「なんだ?」
「ここは、味方に合わせて敵を挟撃するべきなのではないかい?」
「ああ、そうだな本来ならばそうするべき何だろうな・・・」
「え?あ、ああ・・・それで・・・」
「だがなエスト・・・良く聞くんだ」
エストが何かを言おうとしていたが、それを遮る様に肩を組んで顔を近付けて、ゆっくりと言い聞かせた。
「俺はなぁエスト」
「あ、ああ」
「俺はアダムスのクソ野郎の面を拝みたいんだよ。分かるか?」
「はい」
「もっと言うとなぁ、アダムスの首が欲しいんだよ」
言い聞かせている内に、この戦争で受けた苦しみが脳裏に甦り、アダムスに対する恨みが大きくなっていく。
はっきり言って、単なる八つ当たりの様な物なのだが、あいつのせいで戦争が長引いてしまったのも事実であり、その恨みに俺が戦地に来てしまった事や、他の諸々のストレスも上乗せされていた。
今の俺は、兎に角アダムスの事が気に食わないし、殺してやりたい位憎んでいる。
その事を懇切丁寧にエストに説明してやった。
「どうだ、分かったか?エスト」
俺がそう言って話を終えると、エストは何も言えず、コクコクと頷いた。
「よし!納得した所で早速、クズの首を取りに行くか」
もう待ちきれない。
流行る気持ちを抑えながら、駆け足で奥に進んで行き、そして遂に、その時が来た。
「貴様がアダムス・オルグレンか?」
奴は笑っていた。
しかし、その笑みには何処か悲しみの様な物が見てとれる。
「・・・私を殺しに来たのですか?」
何だか様子がおかしい。
抵抗する素振りは無く、諦めた様な脱力感があり、とても戦場にいる様な奴には見えなかった。
「そうだ」
だからと言って、容赦したりはしない。
腰のホルスターから拳銃を抜いて片手で構える。
すると、目の前のアダムスが口を開いた。
「聞いて欲しい事があるんだ」
俺は、さっさとこの男を殺してやりたいのだが、エストと皇女に止められて、仕方がなく銃を引いた。
「で・・・何だ?」
と聞けば、アダムスが話を始める。
「私は・・・裏切るつもりはなかった」
「それはどういう事なのですか?」
と、エストが聞く。
俺はもう、本当に殺したくて堪らなくて、意味もなくガンアクションを繰り返しながら、話を聞いた。
「あの日、私は操られていたんだ」
何を馬鹿な事をと思って聞いていれば、彼の言うにはあの日、彼の前に一人の男が現れて魔法を掛けたのだと言い、それから今までの間、操られていたのだと言う。
「実はもう一つ言わなければならない事があるんだ」
「何だよ・・・一体」
「私は囮なんだ」
その言葉を聞いた瞬間、拳銃を握っていた右手を持ち上げて、銃口を向けた。
親指でハンマーを起こすと、カチリと言うノッチ音が耳に届き、シリンダーが回る。
「今すぐにその口を閉じさせてやる・・・永遠に」
「ま、待つんだ!団長!」
「落ち着けカイル!」
俺が再び銃を構えると、皇女とエストの二人が慌てて止めに入る。
額に銃口を向けて、後は人差し指に力を入れるだけで、頭蓋を貫いて人生に終焉がもたらされる。
だと言うのに、アダムスの奴は眉一つ動かさずに、俺の事を見詰めてくる。
真っ直ぐに俺の目の奥を覗き込む奴の目を睨む。
「・・・」
「・・・」
そうして暫くの間、無言のままで互いに見詰め合う内に、俺はこの男の事が殺せなくなってしまっていた。
俺は何も言わずに拳銃をホルスターに納めた。
「殺さないのかい?」
「そのつもりだったが・・・やる気が失せた」
「困ったな・・・君が殺さないんじゃ、僕はどうしたら良いんだ」
そう言った彼は、先程までとは打って変わり、弱々しくて何処か儚げな雰囲気が感じられた。
「お前がこれから何をしようが俺には関係が無いことだ。逃げるなり死ぬなり好きにすると良い」
「・・・そうか」
「だが、その前に教えろ」
「何をだい?」
「一体、誰がお前を操っていたんだ?」
もう、こいつの事はどうでも良い。
こいつを連れていけば手柄にはなりそうだが、そんな事をしたら何だか寝覚めが悪くなりそうだったし、殺すにしてもその気はもう萎えてしまっていた。
だから、せめて黒幕の事が知りたかった。
そして出来る事ならば、その黒幕の事を血祭りに上げてやりたいと思っている。
しかし、返ってきた答えは、俺の期待していたのからは外れていた。
「・・・すまないが力にはなれそうには無い。私には、奴に関する記憶が無いんだ」
さて、この役たたずをどうしたら良いのだろうか。
「だ、団長殿?気のせいか目付きが険しくなっているのだが・・・」
「・・・まあ良い。それで、囮とはどう言う事だ?」
「恐らく、もう暫くすると私を中心に広域攻撃魔法が飛んでくる筈だ」
共和国の狙いは、ここにいる軍を囮にして我が軍に打撃を与え、更にアダムスを捕まえさせた上で彼を目標にして、本陣に精密魔法攻撃を加える事だったらしく。
ここの軍は全て囮であり、兵力も此方の予想の半分程度しかいないらしい。
「私も正気に戻ったのは今朝方でね、私以外の部下達はまだ操られたままなんだ」
このままアダムスを連れていけば、本陣にいる殿下達が全滅する。
ただ、誤算だったのは、アダムスが自力で正気に戻ってしまった事と、アダムスの指揮下にいる兵達が粘り強く戦った事である。
「早く逃げると良い。もうじき攻撃が来る。捲き込まれれば生き残る事は出来ないだろう」
既に共和国の援軍も到着済みらしく、ここの拠点と軍には価値が無いと判断しているらしい。
「どうにかならないのかカイルよ」
「団長殿、なんとかなりませんか?」
そう言われても、見殺しにしてさっさと逃げる位しか思いつかないのだが、皇女とエストは、この男を助けてやりたいと思っている様だ。
しかし、俺にはどうしようも無い。
なんて考えていると、アダムスが口を開いた。
「すまない。もう手遅れの様だ」
そう言って空を見上げるアダムスに釣られて、俺も上を向けば、何か光る物が飛んできている。
「全員物陰に伏せろ!!」
「姫様!姫様を御守りしろ!!」
俺が叫ぶなり、近くにいた兵は急いで離れて地面に伏せる。
帝国の騎士は円陣を組んで皇女を守るためを自身を盾にした。
そして俺は・・・。
「ヘンリー!!」
「えっ!?」
「掴まれ!アダムス!」
アダムスと共にヘンリーに跨がり、思いっきり腹を蹴って走り出した。
「こうなりゃ破れかぶれだ!!」
「若様!!」
「団長殿!!」
「カイル殿!一体何を!?」
「お前も付き合え!どうせすぐ近くに軍を隠しているんだろうが!!」
「そ、それはそうだが!!」
「ならそこに突っ込んでやる!!」
走りながらアダムスに居場所を聞き出した俺は、ヘンリーを更に走らせて丘を下り、隠れている共和国軍を見つけ出した。
「アレだ!」
「確り掴まれ!!突っ込むぞ!!」
俺の後ろにアダムスを乗せ、単機で敵中に突入すると、タイミング良く頭上に魔法が飛んで来た。
俺は更に速度を上げて背後の爆発を感じながら駆け抜ける。
一発だけかと思えば、雨霰のごとく降り注ぐ大小様々な攻撃魔法が前でも横でも後ろでも爆ぜて、周りにいる共和国兵を吹き飛ばし、土ぼこりを巻き上げてクレーターを作り出す。
「どんどん来いやぁぁぁ!!この際だから皆吹き飛ばしてしまえ!!」
「若様!!」
「アダムス様!!」
敵中に二人、一騎の馬に乗って暴れ回り、目の前にいる奴を蹴り飛ばしている内に魔法が降るのが止まり、とりあえず俺は拳銃を、アダムスにはサーベルを持たせて二人で戦っていると、そこに後ろからハンスと騎士がやって来た。
その後ろにもアダムスの配下と俺の配下の者たち、ついでとばかりに皇女まで来てしまった。
魔法による砲撃を受けた共和国軍は完全に体制を崩された上に、かなりの数の損害を出し、そこにとどめの騎兵歩兵の突撃を受け士気が崩壊、一人また一人と敗走を始めた。
「カイル!!何処だカイル!!」
「出てくるのだカイル!!エスト!!」
遠くから俺を呼ぶ声がした。
「団長殿・・・幻聴が聞こえます。祖父が私の事を心配している声が聞こえます」
「奇遇だな・・・俺には殿下の声が聞こえるぞ」
結局、黒幕の魔術師を殺す事も捕まえる事も出来なかった。
その代わりに、敵の奇襲部隊を叩き潰す事は出来た。
「若様・・・死にそうに疲れました・・・」
「タリア様!!タリア皇女殿下!!」
「ああ・・・カリスの声だ・・・怒られたくないなぁ・・・」
ボソリと呟いた皇女の顔は、実に切なそうな表情をしている。
その後ろにいる騎士達は疲れきった様子であるが、やりきった様な、晴れやかな顔をしている。
「・・・生き残ってしまった・・・」
アダムスが呟いた。
まるで信じられないと言う様に我が身の無事を確認している。
「アダムス様、これは一体・・・」
そんなアダムスに話し掛けたのは、彼の家臣の騎士で、正気を取り戻してからハンスと一緒に来た一人だ。
「私にも何がなんだか分からないのだが・・・これだけは言える」
「それは・・・?」
「我々の勝利だ」
等と、アダムスが俺の後ろで格好つけた事を言っていると、とうとう、殿下が俺の下まで来てしまった。
「何故ここに来たのですか殿下」
俺は至極当然の質問をしたはずなのだが、当の殿下は何故そんな事を聞くのかと言うような顔で、そんな間の抜けた表情をしているにも関わらず、実に絵になる方だ。
と言うか、殿下に限らず、ハンスと言いエストと言い、俺の周りは男前ばかりだ。
等と考えていると、殿下が口を開いた。
「一体何を言うかと思えば、そんな事は当然の事だろう」
この言葉に更に続けて言った。
「ここにお前がいる。そこに私が来るのだから何が変なのだ?」
「・・・もう良いです」
「それよりも私の事はアレクトと名前で呼べと言っただろう」
またこの話だ。
あの日以来、俺が殿下と呼ぶ度に名前で呼べと言われては、それを俺が断って言い合いになる。
何で出会って一月もしないのに、こんなに絡まれるのだろうか。
もしかして男色の気でも有るのだろうか、だとしたら、殿下はホモの上にブス専と言う事になってしまう。
そうなれば我が国、我が軍の士気が大いに下がる事に繋がるかもしれないし、ひいては、我がアウレリア王国の将来、お世継ぎの問題も出来てしまう。
はたして私は、我が身かわいさと未来の王妃の為に毅然として対応するべきか、それとも我が国と軍の為に体を捧げるべきか、非常に悩ましい。
「また下らない事を考えているな」
この言葉に続いて、自分は普通の性癖だと言っている。
とりあえず、この話しは置いておくとして、アダムスの事情を殿下に伝えなければならない。
さて、なんと言って説明するべきか。
「アレクト殿下」
如何したものかと思案しているとアダムスが殿下の前に跪いて名を名乗った。
「殿下、アダムス・オルグレンにございます」
「っ!」
あからさまに動揺する殿下と、それを感じながら頭を下げ続けるアダムス。
そして、それをただ見ているだけの俺。
そうしてしばらく誰も何も言わずに無言でいると、殿下が口を開いた。
「・・・頭を上げろ」
殿下がそう言うが、アダムスは頭を上げようとしない。
「頭を上げろ」
それから暫くして、アダムスがゆっくりと頭を上げて殿下をまっすぐに見詰める。
「カイルに感謝せよ。もしもここにカイルが居なければ。カイルがお前を側に寄せていなければ、問答無用にその首を跳ねている所だ」
「・・・はい」
「何があったかは今は聞かん。何か事情があったか位は察しよう。だが、それでもお前には罪がある。それは、いずれ償わなければならんぞ」
「・・・」
何時になく真剣な様子で言い切った殿下に対して、アダムスは無言で深々と頭を下げて答えた。
「さて、カイルよ。お前に会いたがっている人がいるのだ。着いてきてくれ」
殿下は、それだけ言うと俺達に背を向けてさっさと歩き出した。
なんとも切り替えの早い方だと思うが、俺に会いたいと人と言うのも気になるところだ。
まあ、そんなこんなで殿下に着いて本陣に向かい、道中で今回の事の説明などをしていたのだが、俺は目の前に現れた人物を見て、飛び上がらんばかりに驚いた。
その時の俺の驚愕具合と言えば、殿下と初めて会った時と比べても断トツで、これ以上に驚いたのは転生した事が分かった時だけだろう。
「カイル、紹介しよう。我が父、我がアウレリア王国国王、アスラン・アウレリア陛下だ」