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紫の野花

作者: アシカDX

時田大輔(32)

職業 無職

夢はミュージシャン

それが俺。




幼い頃から歌が大好きで、物心ついたときから将来の夢は「ミュージシャン」だった。

ピアノを習ったりボイストレーニングに通ったり、中学生になってからはギターも本格的に習い始めた。

そうして培った知識で自信がつき、幼い頃の夢を現実にしようとしたのだ。


若い頃は都内でアルバイトをしながら毎日路上ライブをしていたものだ。

そのうちにファンがついて、あっという間にライブハウスで1番の動員数を獲得して注目され、そのままメジャーデビューするんだと信じて疑わなかった。

しかし現実はそう簡単にはいかない。


足を止めてくれる人はほとんどいないし、バイト終わりの夜中にライブをしていたこともあって酔っ払いに絡まれる。

酔った勢いとはいえ俺の歌をあまりに貶すものだから揉め事になったこともあったっけ。


そうして段々とモチベーションは下がっていき、やがて就職の波にも乗れずにバイトも退職。

都心から外れた田舎町の実家に住んでいた俺は、そのまま住み着いたまま。

現状をなんとかしたい気持ちはあるがミュージシャンになる夢も諦めきれず、いまだに相棒のギターをポロポロと毎日弾いては流れる雲を眺めるだけの日々を過ごしている。




「あんた…そろそろ夢追うの、諦めたら?」




母親が晩御飯の支度をしながら言った。

17時とは思えない外の明るさが夏を告げている。


俺はリビングのソファで寝転がりながらギターを鳴らしていたところだったが、今まで一言もそんなことを言ってこなかった母親が「諦める」という単語を使ってきたことに驚きと動揺を隠せなかった。

応援している風でもなかったが、俺のやることには今まで何も口を出してこなかった。

その母親が今、俺に初めて口を出した。

それもマイナスの方向に。


俺は動揺したまま「うるせぇな」と吐き捨てて、ギター片手に家を出た。

頭を冷やそうと思ったのだ。


前庭を抜け、道に出た俺はしばらく考えてから、歩いて10分程のところにある小さな神社にやってきた。

神主もいないような小さな神社だ。

赤い鳥居をくぐり、くたびれた社殿の裏に回ると町並みを一望できる石段に出る。

俺はその一番見晴らしのいい段に腰掛け、しばらく足元に広がる町を眺めた。

だんだんと陽が沈んでいき、町が茜色に染まっていく。

遠くから車の走る音や電車の行過ぎる音が風に乗って聞こえてくる。


この辺りは本当に誰も通らない。

幼い頃から俺の秘密の場所だ。

風が吹きぬける度に周りに生い茂った木々がざわざわと葉を揺らし、俺は風と一体化した気持ちになって目を閉じた。

そしてそのままギターを思うままに弾き鳴らす。

適当に頭に浮かんだメロディーに鼻歌を乗せる。


俺は今、風の声を歌にしている。

そんな気になった。




チャリン




ギターを弾き終え、清清しい気持ちでゆっくりと目を開けると、足元に10円玉が投げ込まれていた。

更にその先に目をずらすと、ピンク色のワンピースを着た女の子が石段にしゃがみこんで一生懸命、拍手をしていた。

いつから聴いていたのだろう。

いや、そんなことより。


「俺、そんなつもりで弾いたんじゃないんだ。こんなのいらないから。」


俺は足元の10円玉を拾い上げ、いまだに拍手を止めないその子に返そうとした。

しかし、彼女は両手を後ろに下げて首を振った。

頑なに受け取らない姿勢だ。


「まいったな…ん?」


俺は頭をポリポリと掻いてどうしようかと思案したが、ワンピースの胸ポケットにその辺りで摘んだであろう小さな野花が何本かささっているのに気付いた。

俺は手にした10円玉をそのポケットに素早く滑り込ませ、代わりにそこから鮮やかな紫の小さな花を一輪抜いた。


「それじゃあ代わりにこれ、もらうな」


幼稚園か小学校低学年くらいに見えるその子は俺の動きについてこれずに目を丸くしていたが、やがて何が起きたのかを理解するとニッコリと笑顔になった。

俺も笑顔を返すとその子の頭を優しく撫で、立ち上がった。


「ありがとな」


俺は大事な相棒を担ぎ、紫の野花をヒラッと振ってその場を立ち去った。







「なんだか最近、大輔君やけに張り切ってない?」

「ねぇ。なんなのかしら?この前ついつい『もう諦めたら?』なんて言っちゃって…」

「あら、奥さんらしくないじゃない」

「でもねぇ、その後、家でてったな~と思ったら妙にスッキリした顔で帰ってきてね。」

「へぇ~、何かあったのかしら?」

「どうかしらね?それからよ?今度は路上ライブじゃなくてオーディション受けてるのよ。」

「あら!すごいじゃない!」




「いってきます!」




庭先で洗濯物を干しながらご近所のママ友と世間話をする母親を横目に、俺は駆け足で家を出た。

もちろん、相棒も一緒だ。

そして少し振り返って自室の窓を見やる。


小さなコップに咲き誇る何本かの野花。

そこには鮮やかな紫色の花がまだ咲き誇っている。

先ほどうたた寝をしていて見た夢の内容を忘れないうちに書き起こそうと思って書きました。

起きた時はすごく満ち足りた気持ちでした。

メモ書きみたいなものなので細かい設定は何もないですしこの幼女の存在も謎ですが、読んだ方が勝手に色々と想像して肉付けして読んでくれたらそれもそれで良いかなと思っています。

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[良い点] 晩御飯の支度をしている「母の言葉」が、前後の行間を空けることで大事な言葉として強調されて読み手に伝わってきた。そして「母の言葉」を残して他の音は遠く聞こえているんだろうな、という主人公の様…
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