走り出す。③
車に着くと、助手席に乗せてあった自分の荷物を後ろにどけた。
「君の荷物は?」
「重いんで、気を付けてくださいね」
彼女はバックパックを僕に手渡した。しっかりとした重量感のあるバックパックだが、やはり女の子の一人旅にしては容量が少ないように感じる。
「おじゃましまーす」
彼女が助手席に乗り込んだ。
「いらっしゃいませ」
彼女は楽しそうに笑った。
「ふふ、お兄さん結構ノリのいいタイプですね?」
「あんまり言われないけどね。楽しいことは大好きかな」
車はサービスエリアの駐車場から、高速道路へと走りだす。スイスイと進む高速道路は、ともすればスピードを出しすぎてしまう。隣に命を預かっている感覚が、緊張感を抱かせる。
「僕、唯秋って言います」
突然自己紹介をしたのは、彼女の名前を知りたいと思ったからだ。ヒッチハイクで旅行なんて、訳ありかもしれない。不用意に名前を聞いて、答えられないなんて言われた日には、気まずくなること請け合いだ。
「じゃあ、アキさんですね」
「そっちなの?」
「そっちって?」
「小学校の時、タダって呼ばれてたからさ」
「私ハルっていうんです。なんかハルとアキっていいコンビっぽいでしょ?」
ハルとアキ、春と秋。こんな偶然あるのか。名前が二人とも季節に関係するなんて。それに加えて、春も秋も好きな季節だ。
「素敵だね」
「素敵だねって男の人も使う言葉なんだ」
「使いたいときには使うよ」
「素敵ですね」
言葉遣いを褒められるのは嫌いじゃない。むしろ好きだ。言葉は内面を表すものだから。内側の柔らかい部分を、褒められたような気になる。