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あなたの瞳におちて -愛した人は、元暗殺者-  作者: 島崎紗都子


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80 戦い -7-

「こんなことがあって……」


 ゆっくりとした足どりで歩み寄ってくるハルに、ファルクは動揺する。おそらく、この窮地をどう切り抜けるべきかと、頭の中で必死に考えを巡らせているのであろう。そして、ファルクのとった行動は。


「お、おい、早く馬車を出せ! 早く! 聞いているのか!」


 徐々に近づいてくるハルから逃れるため、ファルクは御者台に向かって声を荒げて叫ぶ。が、肝心の御者台の男は、ハルと暗殺者との戦いが始まった直後に失神してしまっていた。 何度呼びかけても目覚める気配はない。もはや、ファルクを守ろうとする者はいない。

 高い金を出して雇ったアイザカーンの暗殺者もあっけなく殺されてしまった。いや、ただひとり生き残った者はいる。だが、子どもだ。たかが子どもひとりに何ができようか。あてにはならないと判断したファルクはくそ、と口汚く吐き捨てる。


「何がアイザカーンの暗殺組織だ。暗殺者とは名ばかりのくずばかりではないか! もっと、まともな奴をよこすことができなかったのか……くそ、くそ、くそっ! どいつもこいつも役立たずめ!」


 決して、アイザカーンの暗殺者たちが役立たずだったのではない。

 ハルが強すぎたのだ。そのハルの強さをファルクも目の当たりにしていたはず。自分では、とうていかなう相手ではないということも。

 それなのに、何を血迷ったのか、ファルクはゆらりと立ち上がり左手で腰の剣を抜いた。

どうせ殺されるのなら、剣で戦い死のうという、騎士としての誇りがファルクをそうさせたのか。

 ハルが剣に手をかける様子はない。

 じりっと足元の土を踏みしめ、ファルクは身がまえる。

 間合いはじゅうぶん。

 が、次の瞬間、ファルクの手から剣が落ちた。


「頼む! この通りだ。助けてくれ」


 ファルクは両膝を折り、地にひたいをこすりつけて土下座をする。騎士としての誇りよりも己の命を繋ぐ。それが、ファルクのとった選択であった。

 だがしかし、ファルクは思い違いをしている。

 己の矜持を投げ捨て命乞いをしたとしても、相手がそれを受け入れるかどうかだ。

 それでも、助かるためにファルクは必死だった。


「あの娘のことはすっぱりあきらめた。この結婚はなかったことにする。おまえにあの娘を返そう。もちろん、おまえたちのことも、誰にも喋ったりはしない。おまえは好きな女を取り戻した。それでいいだろう? それで何も問題はないだろう? だから、私を殺さないでくれ」


 落ちる沈黙にファルクは小刻みに肩を震わせる。

 ちらり、とファルクは目の前に立つハルの足元を見やり、さらに、その目が地面についた手の脇に落ちている己の剣に走る。

 ファルクの頭上でハルがため息をつくと同時に、ファルクの唇に薄い嗤いが刻まれた。


「なーんてな!」


 突如、起き上がったファルクは側にあった剣を握り、鋭い切っ先をハルの心臓めがけて突きだした。


「ばかが! くそがきが、死ね!」


 しかし、ファルクの一撃をハルは剣の鞘で受け止めはじく。はじかれた剣は遠く離れた場所へと落ちた。

 手首をおさえてファルクは醜く顔をゆがめる。

 最後のあがきも、どうやら無駄であった。


「ははは……い、今のはなしだ。冗談だよ。な?」


 引きつった笑いをもらすファルクを、侮蔑のこめた目でハルは見下ろした。

 目的を成し遂げるためには、なり振りかまってなどいられない。だが、この男ほど姑息な手を使うくずもそうそういない。


 さて、次にこの男はどんな行動をとるか。

 いや、もういい。

 うんざりだ。

 それに、あの暗殺者の少年とのやりとりで少々時間をとられてしまった。これ以上この男と無駄なやりとりなどしている余裕はない。


「サラを救うことだけが俺の目的ではない」


「何? どういう意味だ」


「それを今から教えてやる。馬車に乗れ」


 有無を言わせぬ厳しい口調で目の前の愚かな男に命じる。

 ファルクはあわあわと口を動かした。

 何故、馬車に乗せられるのか。もしや、このまま去ってしまっていいのか。見逃してくれるのか。そんな、かすかな期待がファルクの脳裏に過ぎったことはいうまでもない。しかし、ハルの目がそうではないということを察し、ファルクは青ざめる。


「聞こえなかったのか。乗れ」


「いやだ……」


 それでもファルクはいやだと首を振り、低く呻いた。そのひたいに、じっとりと汗がにじむ。

 乗らないというなら、無理にでも乗せるだけ。

 ハルはファルクの胸ぐらに手を伸ばしてつかみ、強引に立ち上がらせ問答無用で馬車の中へと放り込む。


「ひい、やめて! やめて、お願いやめて!」


 そして、自分も馬車に乗り込み、後ろ手で扉を閉める。


「ま、ま……まっ、て……」


 椅子の上で腰を抜かし、ファルクは情けない悲鳴をもらす。


「殺さないで」


「殺しはしない。いや」


 酷薄な笑みがハルの口許に広がる。


「死んだも同然となるかな」


 ハルの言う意味を理解することができず、ファルクは眉をしかめた。

 これから自分の身に何が起きるのかと、不安そうに表情を強ばらせている。

 ハルはふところから手のひらにおさまるほどの小袋を取り出し、口を縛っていた紐を解いて逆さにする。砂にも似た茶色の細かな粒子が手のひらに落ちるのを、ファルクはただ呆然と眺めていた。


「それは……」


 何だ?


 と、口を開きかけたファルクの顔めがけて、ハルは手のひらにふっと息を吹きかけた。辺りに粉がふわりと舞い上がり、たちまち甘い香りが馬車の中を満たした。


「それは何だ? 何なんだ、吐き気をもよおすようなこの甘ったるい匂いは。おまえは何者だ……いや、レザンの暗殺者だと言っていたな。暗殺者? おまえが?」


 そこでファルクはああ! と声を上げた。


「そうか、そうだったのか! 女王陛下が知りたがっていたレザンにある組織とはそのことだったのか。なるほど、暗殺組織か! つまり、女王陛下は暗殺者を雇おうとしている。誰を殺すか? ふはっ……言わずもがなだな。女王陛下にとって、もっとも邪魔となる存在。アリシア王女の暗殺というわけか! あるいは、王女を支持するごみくずどもの抹殺か? しかし、何故レザンの暗殺組織でなければいけないのか……まあいい、そんなことは私の知ったことではないからな。だが、惜しいな。私は小娘には興味はないが、あのきれいな顔をした王女を殺してしまうのは実に惜しい!」


 馬車の扉に背をあずけ、ファルクの暴言を目を閉じこらえるようにハルは聞き流す。

 ファルクは肩をくつくつと震わせて笑った。


「とにかく、この私はレザンの秘密とやらを突き止めたというわけだ。このことを女王陛下にお伝えすれば。いや! おまえを女王陛下の元へと連れていけば。私は……私は! ふ……ん?」


 しかし、そこでファルクは力の抜けた笑いをこぼす。


「そうだな。貴様が無事な姿で戻ることができればの話だな」


 笑いかけたファルクはふと、自分がだらしがなく口を開けていることに気づき、慌てて口を閉じようとしたが思うようにならず、今度は手であごを押さえる。が、押さえる手まで震えていて力が入らないようだ。

 そこでようやく、ハルは閉じていたまぶたをゆっくりと開く。


「効いたか」


「なに……?」


「貴様が無駄に大声で喚き散らしてくれたおかげで、毒の回りも早かったようだな」


「毒……? 毒だと!」


 ファルクの言葉をハルがじっと耐えていたのは、このためであった。

 震える両手を見つめているファルクのまぶたが徐々に重そうに垂れ落ちる。居心地の悪い体勢から立て直そうと腕に力を込めるが、力が入らずそのまま椅子の下に身を崩す。立ち上がろうと足を踏ん張っても、腕と同様に力が入らない。


「な……」


 こめかみを片手を押さえ、緩く頭を振る。


「ど……け……」


 ファルクは強引にハルを押しのけ馬車の扉を開け外へと逃れる。けれど踏み出した足に力が入らず、馬車から不様に転がり落ちてしまった。

 突然、馬車から落ちたファルクの姿にサラとサラにしがみついていた少年が短い悲鳴を上げる。


「くそ、身体が思うように、動かない、ぞ。目眩が。何……をし……た。この私に、何のどくを……」


 徐々にファルクのろれつが回らなくなってきた。うまく言葉を発することができず、もどかしげに口をぱくぱくとさせ、麻痺した舌を何度も噛む。

 足音一つ立てずに馬車から降り立ったハルは、ファルクの側に寄り片膝をついた。


「おまえは……なぜ……へい……き……」


 だらしがなく開いたファルクの口から涎がつっと垂れ落ちる。だが、自分が涎を垂らしていることすらファルクは気づいていない。それどころか、目の前に立つハルを瞳に映していながらも、その目はどこか虚ろであった。


「これを、貴様に返すと約束したな」


 ファルクの眼前に、例の小瓶をゆらゆらと揺すってちらつかせる。

 喉の奥からひきつれた息をもらし、ファルクはそれを返せと両手を伸ばしてくる。その手に小瓶を乗せ、一本一本指を曲げしっかりと瓶を握らせた。


「約束通り、返した」


「は……」


「それと、俺の質問に答えろ」


 手の中の瓶から視線を外し、ファルクはそろりと顔を上げる。


「この瓶は誰に貰った?」


「……」


 答えないファルクに、ハルはもう一度、誰にもらったのかと問う。


「女王へいか……」


「中身は?」


「どく……」


「これを手に入れた目的は?」


「トランティア家のサラを……殺す、ため」


「何のために?」


「トランティア……を、手にいれる……」


「それは、貴様が考えたことか?」


 ファルクはかすかに否、と首を振る。


「女王……が、望んだ……トランティアを、のっとれ……と」


 ハルの口許に緩やかな笑みが浮かぶ。


「夜が明けたらアリシア王女の使者がこの森にやってくる。貴様はこの毒の入った瓶を、貴様の手、自らアリシア王女に渡せ」


「アリシア……おうじょに……」


 そうだ、とハルはうなずく。


「王女が今と同様の質問を繰り返す。貴様は同じように答えろ。難しいことではないだろう? できるな?」


 ファルクははい、とうなずいた。


「瓶は他の誰にも渡すな。絶対にだ。いいな」


「これは…アリシアさまに、わたす。他の者には、わたさない……ぜったいに」


 ファルクは再びうわごとのように繰り返す。

 ハルは試しにファルクが握りしめた瓶を引き抜こうとする。けれど、どこにそんな力があるのか、その手から瓶を抜き取ることはできなかった。


「わたさない……これは、アリシア……さま、に」


 ハルは満足げに笑って立ち上がる。その姿をファルクは焦点の結ばない目で見上げていた。

 ファルクの唇からかすかに〝くろいかぜ〟という言葉がもれたが、ハルの耳に届くことはなかった。


「一生、悪夢をみているがいい。地獄に堕ちろ」


 二度と這い上がることのできない。

 深い地獄の底に。

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