63 報復 -6-
この国の法は当然、知っているな。
問いかけるハルに、ファルクは深く眉間にしわを刻む。それは何故、異国のおまえがこの国の法を語るという、不可解に満ちた表情であった。
今から約二十年前、王となるはずであったルカシス殿下が毒によって殺害されてから、このアルガリタでは毒物の所持が発覚した場合、いかなる者であろうと死罪、という厳しい法が定められた。その法は、他国にはみられないこの国特有のもの。そして、いかなる者に例外はなく、それは貴族であるファルクとて免れることはできない。
毒を手にしていたことが露見すれば、自身が刑罰を受けるどころか、最悪、ゼクス家そのものが破滅の一途をたどるという可能性もある。
「だから言っただろう。貴様は迂闊に喋りすぎた。自分で自分の首を絞めていると。俺を侮り、調子に乗ってこんなものを見せつけて、これを然るべき所へ差し出せば、貴様はどうなるか、わかっているな」
「そんなことになったら……」
「間違いなく、処刑台行きだ」
処刑台という現実を突きつけられたファルクは、がたがたと歯を鳴らし、首を振る。怒りで顔を真っ赤にしたり、怯えて青ざめたりと忙しい男だ。
「そ、それだけは……勘弁してくれ。嫌だ、死にたくない……私はまだ死にたくない! それに、そんなことになれば、ゼクス家が崩壊してしまう」
何を今さらだ。見つかれば死罪という覚悟はなかったというのか。あるいは、見つかることなど絶対にあり得ないと高をくくっていたのか。
どちらにせよ、この男は己を過信しすぎた。
だいそれた謀を成し遂げようとする度胸はあったとしても、運がなかった。
「それはまずい……とてもまずいのだ。何故なら、父に叱られてしまう!」
二十歳を越えたいい大人の男が、父親に叱られるとはあまりにも滑稽なことを口にする。
「それを返してくれ! 頼む、返してくれ……」
あきらめ悪く、手を伸ばしてくるファルクを冷然と見下ろし、ハルは口許に愉悦的な笑みを広げた。
「お願いします。返してください、だろう?」
ファルクは一瞬、顔を歪めたが、瓶を返してもらうためならここは致し方がない、従うしかないと両手を床につき、素直に頭を下げる。
床についていたファルクの手が、両肩が小刻みに震えていた。
こんな屈辱はあるだろうか。だが、もはや頭を下げるしかなかった。
「お願いします……返してください……」
「その前に、これをどこで手に入れたか答えろ」
途端、ファルクの目が不自然に泳ぎ始めた。
正直に答えるつもりはない。あきらかに、嘘をつくために何やら頭の中で言い逃れるための考えを巡らしているという様子であった。
「それは……それは偶然……っ!」
ファルクの肩にかけていた足に力を入れ強く壁に押しつける。
「最初に言っておく。嘘をついたらどうなるかわかっているな」
と、強く念を押すと、ファルクは発しかけた言葉を飲み込みばつの悪い顔をする。
「貴様はこれを手に入れるのにどれだけ苦労したかと言った。なのに、偶然手に入れたとはおかしな話だろう? それとも、貴様の前に都合良く毒を持った人物が現れたというのか?」
「それは……」
「どこで手に入れた。いや、誰にもらった?」
しばしの沈黙の後、ようやく口を開いたファルクは、今にも消え入りそうな弱々しい声を放ち白状する。
「老婆から……貰ったのだ……」
老婆? とハルは眉根を寄せる。
「その老婆とは誰だ?」
「知らない……本当だ!」
まだ白を切るというのか。
「貴様は知らない者から得たいの知れないものを毒だと言われてもらい、その効果を確かめることもなく信じたというのか。この中身がただの水だとしたらどうする。そんな不確かなものをあてにして、サラを殺してトランティア家を手中におさめようという、だいそれた計画を実行するつもりだったのか?」
ファルクはうっ、と声をつまらせた。
真実を悟られまいと咄嗟にハルから目をそらす。が、そんなことをしたことろで無駄なこと……。
「だが、これがただの水でないことは貴様が必死になって俺からとり戻そうとしていることで明白だ。つまりこれは本物の毒の入った瓶。そして、何故、そこまでしてこの瓶を取り返そうとむきになるのか。それは……出所が知られたら、非常にまずいということだな?」
違うか? と、言い逃れはさせまいと、ファルクの目をひたと真っ直ぐに見据え問いただす。
「さあ、誰からもらったのか言え」
そもそも、この国の厳しい法を知っていながら毒物を精製、所持するのは個人では難しい。おそらく、これをファルクに手渡したのは大きな組織……アイザカーンの暗殺組織という可能性も考えたが、それは違うであろう。もし、そうであればお喋りなこの男がここまで頑なに口を閉ざす必要性はない。
おそらく、それ以上に厄介で強大な存在。
よほどその毒を自分に渡した相手とやらが恐ろしいのか、ファルクは再び堅く口を閉ざしてしまった。
「喋らないのか? ならば、喋りたくなるようにしてやろう」
「やめ……」
「貴様の手の指を一本づつ切り落とす。すべての指を失っても、それでも口を割らないのなら、それはその時にでも考えようか。だが、そこまで持ちこたえた者など、今までいなかったが、貴様はどうだろうか?」
「わ、わかった……っ! 喋るから……」
ファルクはうう……と呻き声をもらし、そして、もはや嘘をつくことも、だんまりを決め込むことも無理だと観念し、がくりと肩を落とす。相手が脅しで言っているのではないということは、すでに身にしみている。
そして、とうとうファルクの口からその人物があがった。
「女王陛下だ……」
しかし、ハルの顔に驚きの色はなかった。むしろ、ある程度は想定していたという。
「いや……厳密に言うならば、女王陛下の側にいつも腰巾着のようにはべっている老婆だ。背の小さい、片目の潰れた薄汚い……その老婆からもらった。女王陛下も、何故あんな醜い老婆を側に置いているのかわからない。何度か女王陛下に拝謁する機会があったが、いつも必ずその老婆が女王陛下の側にひっついていて離れようとはしない」
頭をうなだれたまま、ファルクはいったん、言葉を切り、大きく息を吸って吐き出した。そして、続ける。
「ある日のことだ……突然、その老婆が私の元へとやってきて、それを……」
それをと歯切れ悪く言って、ファルクはハルの手の中にある瓶をちらりと見る。
「瓶を私の手の中に無理矢理、押し込んだ。効果は先ほど話した通り。そして、これを使えば、何もかもすべて、私の思う通りに事が運ぶ。だから、好きに使えと老婆は私に言った……」
それは、明確には告げずとも、暗にサラを殺害してしまえと仄めかしているということだ。
なるほど。
徐々に見えてきたような気がする。
「女王が貴様に接触してきたのは最近のこと。そう……サラとの婚約が決まった直後だな?」
ファルクは勢いよく顔を上げ、何故、わかったのだと首を傾げる。
ファルクの背後には女王を騙るイザーラがいる。
強力すぎる後ろ盾だ。
だが……。
察するところ、今のファルクでは彼女の深い信頼を得ているというまでには至っていないようだ。そして、ファルク自身も少なからずそのことに気づいているのだろう。目をかけてもらえたとはいっても、女王にとって不利な存在となれば、容赦なく切り捨てられると。イザーラがファルクに近づいたのは、ファルク自身を必要としたのではない。トランティアという家名を継ぐであろう、ファルクを欲した。
それだけのことだった。
この国は、イザーラとアリシア王女の二派にわかれている。
王を退け玉座についたイザーラ。だが、すべての者がイザーラに従っているというわけではない。中には彼女を女王として認めず、アリシア王女を支持する者。あるいはイザーラにつくべきか、王女につくべきか、成り行きを見守りながら中立を保とうとしている者。そして、トランティア家は前者だ。そこでイザーラはファルクを使い、この国でもっとも由緒ある貴族のトランティア家を取り込もうとしていた。
ファルクとイザーラの間にどんな会話がなされたのかも、おのずと想像がつく。サラに毒を飲ませ、トランティア家を乗っ取るよう示したのはイザーラであり、ファルク自身が計画したものではない。
あくまで推測だが、たぶん、間違いはないであろう。
そもそも、この男に悪巧みをめぐらせるだけの能力はない。
女王という後ろ盾を得て、自分が大きな力を持ったと勘違いしたのだろう。だが、ある意味、この男はイザーラによって人生を狂わされてしまった。イザーラに目をつけられることがなければ、彼女の思惑にはまることがなければ、たとえ、サラとの婚約をはたすことができなくても、他の貴族の娘と結ばれ、この男に見合ったそれなりの人生を歩んでいたはず。
哀れだと思わなくもない。
だが、情けをかけるつもりはない。
静かな眼差しでファルクを見下ろすハルの目に、慈悲はなかった。
「ああ……っ!」
もう、これで何もかもお終いだ、と悲嘆と絶望の入り交じった声をもらし、身体を丸め床に突っ伏してファルクは両手で頭を抱え込む。が、ふと、涙混じりの目でハルを見上げた。
「それよりも、ちゃんと答えただろう? さっきから口の中が……血がひどくてとまらない。このままでは死んでしまう」
「安心しろ。その程度で死ぬことはない」
「指も痛いんだ。手当をしなければ……二度と剣を握ることができなくなってしまう。だから早くそれを……」
「そうだったな。返してやる」
と言いつつ、ハルは手にしていた小瓶の蓋を器用に片手で開ける。はじけ飛んだ瓶の蓋がファルクの元へころりと転がった。
親指に付着した液体を舌先で舐め、意味ありげな笑いを浮かべるハルを、何をしようというのかと、まるで恐ろしいものでも見るようにファルクは怯えた目で見つめ返す。
「ただし、貴様の口の中にな」




