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あなたの瞳におちて -愛した人は、元暗殺者-  作者: 島崎紗都子


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59 報復 -2-

 ファルクの口から暗殺組織と聞いて、心がすっと冷え、心臓の鼓動が速まっていくのを覚えた。


 まさか……。


「もっとも、殺すと見せかけて、本当に殺すつもりはないよ。今すぐにはね。だから、抹殺とは少し大袈裟だったかもしれないね。あれでも、あの娘は私がのし上がるための大切な道具。実際、今死なれてしまっては私が困る。だが、あの娘は私をひどく苛立たせるのだよ。生理的に受けつけない。わかるかね? ならば、いっそうのこと死んだも同然の状態にしてしまえばいいと私は考えた。人形のようにね。言葉を喋ることができなければ、私に生意気な口をきくこともない。動くことがなければ、私に反抗的な態度をとることもない。その目に何を映しても、心がなければ私を憎悪の目で見返すこともない。そうだろう? そう、三日後……」


 そこで、思い出したように、ファルクはああ……と声をもらした。


「そもそもおまえは知っていたのかな? 私があの娘の婚約者であるということを。そして、私たちの結婚式が三日後だということも。その結婚式を終えた後、私たち二人は、数日間アルガリタの南方の別荘地でのんびりと、夫婦二人で過ごすことになっている。しかし、その別荘地へと向かう途中のカーナの森で、私たちは賊に襲われる。そう、襲われると見せかけるよう、その暗殺組織に依頼をしたのだよ」


 暗殺組織。

 まさか、レザンのか……。


「はは、どこの暗殺組織を雇ったか知りたいかね?」


 指先が冷たくなっていく。

 ここにきて、まさかレザンの暗殺者たちと()り合うことになるというのか。

 場合によってはかなりの苦戦を強いられることになる。いや、相手によっては、自分もただでは済まないことも。それどころか、自分がこうして生きていることもばれてしまう。

 それだけではない。

 すでにサラを屋敷から連れ出したと安心することはできない。何故なら、どこに逃げてもどこに隠れても、レザンの暗殺者は絶対に標的を逃さない。

 受けた依頼は何があっても、どんなことをしてでもやり遂げる。

 人間のやることだ。完璧などあり得ない、失敗だってあるだろうという言葉はレザンの暗殺者に限ってない。

 絶対にだ。

 そのことは自分がよく知っている。

 自分もそうであったから。

 もし、依頼を受け、やって来たのがレイだったらどうするか。もっとも自分が恐れているレイが目の前に現れたら……。

 決してあり得ないことではない。あるいは、自分が生きてサラとのかかわりを持っていることをすでに知られているのなら、組織を抜けた自分に制裁の意味も含めて、わざとレイを差し向けることだってあり得る。

 組織に連れてこられ、幼い頃から自分に剣術や、組織で生き抜くためのあらゆる(すべ)を教え込んでくれた男。そのレイが現れたら、間違いなく自分は殺されてしまう。

 戦ったところで絶対に勝ち目はない。勝てるかも知れないというわずかな望みもない。

 絶望に叩き落とされるのは確実に。

 自分の方だ。


 俺ではレイを倒すことはできない。しかし、そうなったらサラはどうなってしまう……。 捕らえられ、この男に引き渡されてしまう。


 すっかり目の前の男の存在など忘れ、考え事に没頭し、しらずしらず膝を震えさせていたことに気づく。

 それほどまでに、レイの存在は自分にとって脅威であった。


「おまえには教えてやろう。アイザカーンの暗殺組織を雇ったのだよ。それも二十人もね」


 ハルは相手に気づかれないよう、静かに息をもらし、張りつめていた緊張をゆっくりと解く。


「何だね? それほど驚いたという様子でもないね。それに、ずっとだんまりとはどういうことだね。つまらないではないか。それとも、あまりの衝撃に声もでないということかな?」


 俺としたことが……。


 暗殺組織と聞いて、つい冷静さを欠いてしまったが、よくよく考えてみれば、この程度の卑小な男がレザンの暗殺組織にそう簡単にたどり着くことなどできるわけがないのだ。

 たとえ、万が一にもたどり着けたとしても、賊に扮して標的を襲えなどという、この男の稚拙すぎる依頼に、組織が首を縦に振るわけがないこともよく知っている。

 レザンの組織は依頼者を選ぶ。金さえもらえればどんな仕事でも引き受けるというわけではない。依頼者の為人を見極め、その者が気に入らなければその場で殺してしまうことも。

 組織のことを知られてしまった以上、生かして返すわけにはいかない。だから、依頼をする方も相応の覚悟をもって臨まなければならない。

 それこそ命がけで。

 人を闇に葬り去ろうとするのだ、そのくらいの危険と自分を犠牲にするかもしれない覚悟は必然であろう。

 そうでなければ、レザンの暗殺者たちを動かすことなど、できはしない。

 だが、それでも状況は決してよいとはいえなかった。


「妻は賊どもに蹂躙され、そして、殺されかけそうになり、私も愛する妻をかばい負傷する。奇跡的に命は助かったものの、か弱い妻はあまりの衝撃に耐えきれず精神を病んでしまう。どうだね、悲劇的だろう? それにしても、奴らを雇うのに、かなりの金が飛んでいってしまったよ。すっからかんだ。いや、それどころか借金までしてしまった。だが、この計画を完璧に実行させるには、それなりの者に依頼をしなければならない。決して、失敗はしたくないからね。しかし、このアルガリタの国でもっとも由緒ある貴族、トランティアの家が手に入るのならそれも致し方あるまい。そうそう、これを見たまえ」


 これと言って、ファルクはおもむろに懐から小さなガラスの小瓶を取り出し、眼前にかざし、見せつけるように瓶を軽く揺らした。まるで琥珀を溶かしたかのような、透き通った黄金色の液体が瓶の中で静かに揺れている。


「これが何か、おまえにわかるかな?」


 手の中の瓶を揺らしたり、透かしたりしながらうっとりと眺めるファルクの顔に、恍惚としたものが浮かんでいた。

 ファルクが手にしている小瓶に視線を移し、ハルは細く目をすがめた。

 それは何かと聞くまでもない。

 毒だ。


「残念なことに、あの娘は神経の図太い小生意気な小娘で、か弱いというにはほど遠い。そこで、あの娘にこの薬を飲ませてやるつもりだ。ちょっとしたお薬だよ。これを少量ずつ食事や飲み物にでも混ぜて与え続ける。怪しまれないよう、少しずつ少しずつだ。何、少量ならすぐにどうなるわけではない。だが、与え続ければ、しだいに精神に異常をきたし、やがて人格を失い……最後は衰弱して死ぬ。ふふ、これを手に入れるのにどれだけ苦労したことか」


 ファルクは喉の奥でくつくつと笑い、小瓶を大切そうに懐の奥深くにしまい直すと、大仰に両手を広げた。


「回りの人間どもはこの私に深く同情をするだろう。式の当日に愛する花嫁を賊に襲われた哀れな花婿と……私は心を失った妻を献身的に介抱するつもりだよ。それはもう、大切に大切にね。妻を愛する優しく素晴らしい夫という役柄を立派に演じてみせるさ。だが……」


 おお……と悲観的な声をもらし、ファルクはわざとらしくひたいに手をあて天井を仰ぐ。


「何ということだ。この私の支えも虚しく、やがて妻は他界してしまう。そして私はトランティアという名前と、とてつもない莫大な財産を手にすることができる。まさか、誰もこの私が密かに妻に毒を盛り、殺したとは思いもしないだろう。まあ、日頃の行いだな。私はこれまで善良で、正義感が強く、心の優しい好青年でずっと通してきたのだから。もちろん、女性にだって優しい」


 そう言って、ファルクはひたいにあてていた手で、さっと前髪をかき上げるように払うと、それこそ女性が好みそうな蕩ける笑顔を浮かべる。


「ああ、その前に私とあの娘との間に、子どものひとりくらいは孕ませて残していってもらわなければいけないね。ちなみに私は子どもが大っ嫌いだ。うるさいし、わがままだし、自分の思い通りにならないと、すぐに拗ねて泣き出すごねる! だが、私があの家に居続けるために、子どもの存在は不可欠だ。何、あの娘が死んで、ほとぼりが冷める頃に、気に入った女を妻として迎えればいい。私好みの、この私に相応しい、私に決して逆らわない従順な女性をね。そう、何故この計画をわざわざおまえに話すのかという顔をしているね。何故なら、おまえごとき弱者で、とるに足らない虫けらに、ごみくずに、石ころごときに! この私の企みを止めることなどできやしないからだ! あの娘を連れてどこかへ逃げようと考えても無駄だよ。おまえは奴らの、暗殺者どもの恐ろしさを知らないだろう。庶民であるおまえにはかかわりのない世界だからね。二十人の刺客どもが、どこまでも、それこそ地の果てまでも、執拗におまえたちを追い続ける。それと、私に何かあったとしても、この依頼はとまらないよ。万が一、私が死んだら、あの娘も必ず始末しろと組織に命じてあるのだから」


 悦に入った顔で、自分の計画に酔いしれ、上機嫌に滔々と語っていたファルクだが、ふと現実に引き戻されたように真顔になりハルを見据える。


「だってそうだろう? 私が死んで、代わりに他の誰かがあの娘と婚姻を結び、いい思いをするのは許せないとは思わないかい? あの娘はこの私の所有物(もの)だ。この私がのし上がるための道具だ!」


 言葉を発することもなく、ハルは静かな目でファルクを見やる。


「そういえば少し前に、そう、あれは確か夏の初めだったかな。おまえももちろん知っているだろう? カーナの森で二十人以上の賊を相手にし、皆殺しにしたという、とんでもない強者がいたことを。その話を聞いた時は、さすがの私も驚いてしまったよ。ひとりで多数の賊を相手に戦うとは、いったい、どれだけ頭のいかれた馬鹿なのか……顔のひとつでも見てみたいものだ。何なら、そいつに助けを求めてみたらどうだ? そいつが捕らえられたという話は聞いていないからね。まだこのアルガリタの町のどこかに潜んでいるかもしれない。もっとも、今回はただの賊ではなく、殺しに長けた一流の暗殺者たちが相手となるがね。さあ、私の計画はすべて話した。おまえはどうする? とはいえ、私のこの計画を聞いたところで、おまえには何もできやしない」


 そこへ、静かに扉の叩く音とともに、ファルク様と呼びかける声が聞こえた。

 いいところを邪魔されたという顔でちっと舌打ちをし、ファルクは目の前の侵入者から決して視線をそらさず、そろりと扉へと向かい薄く扉を開く。

 扉の向こうで何者かがファルクに用件を告げている。その相手に、ファルクは何か言葉を返すわけでもなく、ただ何度か無言でうなずくだけであった。

 ひそひそ声であったため、会話の内容まで聞き取ることができなかった。

 相手の顔を見ることができれば、唇の動きから、話している言葉を読み取ることができるが、それはかなわなかった。

 扉を閉め、ゆっくりと振り返ったファルクはにやりと笑った。

 もしかしたら、やってきたその人物に侵入者が現れたと助けを求めるかと思っていたが、何故かファルクはそうしなかった。

 よほど、己の腕に自信があるのか。

 それとも……。


 この俺を甘くみているのか。


 だとすれば、ここで助けを求めなかったことを、後ほどこの男は深く悔やむであろう。


「なるほど、私の計画を聞いても、いまひとつ反応が鈍いと思っていたのはそういうことだったというわけか。正直、私もどうしたものかと思っていたのだよ。おまえは異国の人間だ。私の語る言葉が理解できずにいるのかと。だが、そういうふうでもなさそうだ。ならば、理解はできても、その薄ぼんやりとした脳みそでは整理しきれていないのではとね。だが、残念だったね。たった今、情報が入った。おまえにとっては最悪のものだろうが。聞きたいかね? 聞きたいであろう」


 もったいつけるように、言葉を濁すファルクの態度に、さすがに苛立ちを覚え始めた。 ただでさえ、この男の口調と長々としたお喋りには不愉快な思いを感じ続けていたのだ。

 互いの顔を探るように、ファルクは相変わらずの気色の悪いにやにや笑いを浮かべ、ハルは動き出したい衝動を、手を強く握りしめ耐えていた。


「では、聞かせてやろう。いや、おまえは聞くべきだ」


 決して短気ではない方だ。だが、おそらく、あと一息ファルクが口を開くのを遅かったら、行動を起こしていたかもしれない。

 目の前の男に飛びかかり、痛めつけさっさと吐けと脅していただろう。


「あの小娘がトランティアの屋敷へと戻ったようだ。いや、連れ戻されたという方が正しいかな」

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