46 心を見せて
どうして黙ってしまうの?
何故、何も言ってくれないの?
それとも、私からこんなことを言い出して呆れてしまったの?
嫌いになったの?
何でもいい、早く何か言ってお願いと、訴えかける目をハルに向ける。が、それでもハルの方から口を開くことはなかった。
「ハル?」
長い沈黙に耐えきれず、不安になってハルの名を呟く。
「ごめん。少し驚いてしまって」
嫌われたわけではないと知り、サラはほっと息をもらす。
「初めては、好きな人と結ばれたいと思っていたから、だから私、ハルとそうなりたい」
女の子の自分から抱かれたいなどと口にするのは、とても恥ずかしいことなのかもしれない。けれど、言わなければハルに今の自分の気持ちは伝わらない。
なのに、まるでサラの決心さえ引きはがすように、ハルの手が両肩に置かれ身体を引き離され遠ざけられてしまう。
どうして……と、サラは泣きそうな顔で、責める目で、ハルを見上げる。
「この場の雰囲気に流されて口にしてしまったのなら、やめたほうがいい。ついあんたに意地悪をしてしまったけど、俺はそんなつもりはない」
「そんなつもりがないのなら、どうしてさっきみたいなことをしたの!」
「悪かった。ごめん……」
「違う! 謝って欲しいわけじゃない!」
「俺はあんたを大切にしたいと思っている。あんたが俺とそういう関係になってもいいと本心から思う時が来るまで、俺はずっと待つつもりでいた。だから……」
「なら、それは今だわ! それに、ハルはどうして欲しいかちゃんと言葉にしてと前に言った! だから私は素直な気持ちをハルに伝えた」
ねえ、勇気を出して伝えたわ。
それなのにだめなの?
これで拒絶されてしまったら、二度と私、自分の気持ちに素直になれなくなってしまう。
「何をするのか、わかって言ってる?」
「もちろんよ。子どもじゃないもの。それに、何をするのかって、ハルはベゼレート先生の所にいたとき無理矢理、私を押し倒したじゃない」
「あの時と今はまったく違う」
「もし、あの時テオが現れなかったら?」
「俺たちは今こうして一緒にいることはなかった」
サラはそう……と小さな声を落とす。
「あのね、もしあの時そうなったとしても、それでも私はハルのことを好きになっていたと思う。私、決していやではなかったから。大切にしたいと言ってくれたハルの気持ちはとても嬉しい。でも……私、後悔なんてしない。だから、ハル、私を抱いて」
抱いてなどと露骨に言ってしまって、サラはかあっと顔を真っ赤にする。
「私を好きだと言ってくれる、ハルの心を見せて」
藍色の瞳が静かに見下ろしてくる。
「痛いよ。いいの?」
「い、痛いって……そんなにはっきり言わなくても……」
それも真顔で、と顔色を変えサラはおろおろと視線を泳がせ動揺する。
「というより、普通そういうこと言うかしら! やっぱり、ハルは意地悪だわ!」
一瞬、本当に一瞬だけど、やっぱり無理かもしれないと気持ちが揺らぎかけてしまった。
そういえば、お屋敷の侍女たちの会話をちらりと聞いたことがあるのを思い出す。初めてはすごく痛いとか、引き裂かれるようだとか、悲鳴を上げてしまったとか、泣いたとか、叫んだとか、何とか、いろいろ……。
「ちゃんとわかっているのかと思っただけ」
「わ、わかってるわ。でも……でも、優しくしてくれるわよね。私、初めてだけど……ハルならその……慣れているでしょう?」
「慣れていると言ったら、あんたまた変に勘ぐりそうだけど、あんたの身体を気遣うことができる。それでも、優しくしても、痛いものは痛い」
うう……と声をもらし、不安そうな顔でハルを見上げたサラの口からとんでもない質問がもれた。
「どのくらい……痛いの?」
おそるおそる問いかけるサラに、ハルは苦い笑いを浮かべた。
男の人にこんなことを聞くのもおかしな話であったかもしれない。
いや、おかしな話だ。
けれど、女の子同士でこういった話をすることなど今までまったくなかったし、侍女たちが会話していた内容も、自分には関係ないことだと思って今まで聞き流していた。
その時は興味などなかったから。
「どのくらい?」
「あんたのその覚悟が揺らぐくらい。泣くよ」
「な、泣かないわ!」
「すでにもう、泣きそうな顔をしている」
「でも、泣いてない!」
さらに口を開きかけたハルのその先の言葉を遮るように、サラはつま先立ちになってちゅっと唇に口づけをする。本当ならハルが教えてくれた情熱的なキスをしたいけれど、唇が遠すぎてそれはかなわない。
背伸びをして触れるだけが精一杯。それでも、もう、何を言われようとも、自分の気持ちは変わらない。
決心したのだという思いは伝わるはず。
ハルならわかってくれるはず。
「もう、それ以上何も言わないで。決めたもの」
揺るぎない視線でハルを真っ直ぐに見上げ、サラは決意の固さを示す。
「それに、好きな人に与えられる痛みなら、私、受け入れられると思うの」
何だか、ものすごく恥ずかしいことを言ってしまったような気がして、サラはかあっと顔を赤くした。もしかしたらまた鼻で笑われてしまうかもと不安になって、上目遣いにちらりとハルを見上げたが、その目は笑うどころか怖いくらい真剣であった。
「本気か?」
ハルの目を見つめたままサラはうなずいた。
「こんなところでいいのか?」
場所なんか関係ない、ハルと一緒になれるならどこでもいいと、もう一度うなずく。
不意に、ハルの右手が目の前に差し出された。
「俺に抱かれる覚悟がほんとうにあるのなら、この手をとって」
差し出されたその手を見つめ、そしてハルを見上げたサラは、手をそろりと持ち上げハルの手に重ねようとする。
手が触れあうその刹那。
「ただし……」
と、言葉を継ぐハルに、サラの指先がぴくりと動き、手のひらに触れる寸前でとまった。
「手を重ねたら最後、途中でいやだといって泣き叫んでも許さない。拒もうとしても逃がさない。怖くなって怯えてもやめたりしない。最後まであんたを抱くよ。それでもいいのか? よく考えて」
逃げるつもりなんてないわ。
拒んだりもしない。
震えるサラの指先がハルの手に触れた。そして、こくりと喉を鳴らし、ハルの手にしっかりと自分の手を重ねる。
もう後へは引けない。
ふっと、視線をそらしたハルは窓越しに空を見上げた。
「雨が止むまでじゅうぶん時間はあるな」
「時間……?」
「痛みの先にある場所へ連れていくには、時間はじゅうぶんあるってこと」
視線を戻したハルの藍色の瞳に捕らえられ、ぞくりと背筋に震えが走った。反射的に逃げだそうとして、一歩、足を引いたところを、腰に腕を回されきつく引き寄せられる。ハルの指が食い込んで痛いくらいであった。
ハルの身にまとう空気が一変したのが感じられた。
それは男の人の怖さ。
「痛みの先って、私よくわからないけど……どうなってしまうの……?」
どこか不敵な笑みを刻み、ハルが顔を近づけてくる。軽く唇をついばむようなキスを繰り返し、そして、ハルの唇が首筋に触れた。
「教えてあげる」
まるでそこが弱い場所だということを知っているかのように、首筋に唇が触れたまま低い声でささやかれ、サラはふるっと身体を震わせた。おかしな声がでそうになってしまい、慌てて口許を手で押さえる。
「サラの方から俺を求めてきてくれた。驚いたけど、こんなに嬉しいことはないよ」
突然、足が床から離れ抱き上げられる。ハルの腕に抱かれたまま奥の寝室へと連れられていく。部屋の隅に置かれたベッドを見た瞬間、じわりと目の縁に涙をにじませた。
抱かれる決心はしたけれど。
怖くなんかないと思ったけれど。
それでも……震えがとまらないのは許して。
ハルの胸に、こつりとひたいを寄せ、サラは唇をきつく噛みしめた。




