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あなたの瞳におちて -愛した人は、元暗殺者-  作者: 島崎紗都子


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41 ハルからの贈りもの

「ねえ、あっちのほうにも行ってみてもいい?」


 ハルの手を握りしめ、始終、嬉しそうに笑っているサラを見るハルの口許に、しらずしらず穏やかな笑みが浮かんでいた。


「さっきからずっとはしゃぎっぱなしだね」


「だって、楽しすぎて」


「この手を離したら、あんたどこかに行ってしまいそうだね」


 ハルの手が離さないとばかりにきつく握りしめられ、サラもきゅっと握り返す。


「どこにも行かないもの。ハルの側を離れたりしないわ」


「大丈夫。あんたひとりでどこにも行かせはしないし、それに、たとえ離れてしまったとしても……」


 握っていた手をくいっと引かれ、ハルが身をかがめて耳元に唇を近づけた。


「必ずあんたを見つけ出してみせる」


 耳元でささやかれ、サラははにかむようにうつむいてしまった。


 ハルは私の嬉しいと思う言葉をくれる。

 欲しいと思う言葉をくれる。


「それに俺、人探し得意だから」


「うう……何かそれって」


 前にハルが言っていた、狙った獲物は一度も逃がしたことがない的な。


「何? どうしたの?」


「何でもない……」


 ふと、サラは、装飾品を扱う露店の前で足を止めた。

 銀細工や異国から仕入れたのであろう螺鈿の髪飾り、リボンや細やかな刺繍の入った小物など、女の子なら誰でも興味をそそり目を輝かせそうな品がずらりと並んでいた。

 サラはその中のひとつに目をとめた。

 それは光沢のある生地でできた藍色のリボンであった。


「わあ、素敵……」


「おやおや、可愛らしいお嬢ちゃんだ」


 立ち止まったサラに、すかさず店の主人が声をかけてきた。


「どうだいひとつ? そのリボン、お嬢ちゃんの髪に絶対似合うと思うよ」


「そんな地味な色が好みなの?」


「地味ではないわ! だって、ハルと同じ瞳の色よ」


 背後からハルが手を伸ばし、サラが目にとめたリボンを指さす。


「それちょうだい」


「ハル! いいの、私そんなつもりでは……」


 サラは慌てて手を振って肩越しにハルを振り返る。が、相手の顔が思いのほか間近にあって、胸をどきりとさせ再び正面に向き直ってしまった。


「彼女への贈り物、かい……?」


 ふと、ハルと目があった店の主人は、驚きに目を見開き素っ頓狂な声を上げた。


「ほー! こりゃまた、ずいぶんと色っぽい兄ちゃんだ……きれいな顔立ちだねって異国人かい!」


 店の主人の褒め言葉に、ハルはどうも、と言って苦笑いを刻む。

 どこに行っても、みなのハルに接する態度は同じであった。一様に必ずハルの容姿にみとれ、そして、異国人であることに驚き、レザンのことを尋ねてくるのであった。

 みながみな同じ反応をみせるから、さすがのハルも嫌気がさして不機嫌になるのではサラは心配したが、そういう素振りをまったく見せることもなく、どの店でもハルはにこやかに笑って答えた。


 あんなにとげとげしかったハルが笑って他人と会話してるわ。

 それもごく自然にあたりさわりのない会話を普通に……。

 信じられないと言ってしまったらあれだけど、でもやっぱり嘘みたい。


「あれかい? 出身は北の方、レザンかい? しかし、何でまたこの国に?」


「まあね。いろいろ事情があって」


 にこりと笑って適当に主人の質問を受け流すハルを、サラは首を仰け反らせて見上げた。


「そうかそうか。レザンの人間なんてこの国じゃ滅多に見かけないからねえ。あそこは男も女も色白でみんな美人さんぞろいだって聞くけど……いやーほんとなんだな。いやいや、間近で見て驚きだよ」


 お喋りをしながらも、店の主人はリボンを丁寧に袋に包みハルに手渡した。


「これは直接、兄ちゃんから恋人に手渡してやんな」


 店の主人の視線が再びサラに向けられた。


「小さくて可愛いらしい恋人だ。ちゃんと大切にするんだぜ」


「言われなくても」


 と、背後からハルに抱きしめられ、サラはたちまち顔を赤くする。


「ははは、毎度!」


 威勢のいい主人の声を背後に、ハルはサラの肩を抱き人込みの中へと歩き出すと、手にした包みをサラに手渡した。


「ありがとう」


 包みを受けとったサラは嬉しそうに大切そうに胸に抱きしめた。


「ほんと変わってるね。こんなものが嬉しいなんて。あんたなら、もっと高価なものたくさん持ってるだろう?」


「ううん。どんなものよりもハルからの贈り物が一番嬉しい。ねえ、さっそくつけてみてもいい?」


「今?」


「今よ」


 サラはどこかでリボンをつけられるところはないかと辺りをぐるりと見渡した。


「おいで」


 ハルはサラの腕を取り、通りを行く人の群を器用にかきわけ、大広場へと抜けた。複雑な模様が刻まれた白い石畳が広がり、広場の中央には大きな噴水があった。

 ハルは噴水にサラを導きその縁に腰をかけさせた。

 サラはさっそくハルに買ってもらったリボンを袋から取り出し両耳の脇で結び始める。


「できた。ねえ、どう?」


 似合うかな? と、首を傾げるサラを見たハルは肩を震わせて笑った。そして、たった今、サラが自分で結んだリボンを指さす。


「あんた、ほんとに何やっても不器用なんだね」


「おかしい?」


「きちんと結べてないよ。リボンが縦になってる」


「え、ほんと? 鏡がないからうまく結べないかも」


 うー、と声をもらしてサラはもう一度リボンを結び直そうと髪に手をあてるが、どうにもうまく結ぶことができない。


「へたくそ。かして」


 サラの手からリボンを取り、慣れた手つきでリボンをサラの柔らかな茶色い髪に編み込み可愛らしくまとめた。


「結べたよ」


 ハルの声にサラは水の張った噴水をのぞき込む。

 透明な水が鏡となってサラの顔を映し出した。


「ハル……器用すぎる。女の子の髪まで結ってしまうなんて」


「あんたが不器用すぎるだけ」


 サラはふふ、と笑ってもう一度噴水の中をのぞき込んだ。


「可愛いよ。似合ってる」


「……ありがとう。今日は嬉しいことばかりだわ」


 立ち上がったハルが腕を差し出してきた。サラは笑顔でその腕に自分の腕を絡ませた。



 ◇



 その夜。

 ベッドの上にちょんと座り、サラは枕元に置いたシンから贈られた口紅と昼間ハルが自分のために買ってくれた藍色のリボンを眺め、嬉しそうににこにこと笑っていた。


 シンからもらった口紅はハルには絶対に言えないけど、でも、どれも私の宝物。

 大切にするわ。


 サラは口紅とリボンを手にとり、きゅっと胸に抱え込む。

 今夜はハルは来ない。

 でも、また明日の昼間会う約束をした。そのためにも宿題もちゃんと終えた。

 やることはきちんとやろうねと、ハルと約束したから。

 そこへ、扉を叩く音を耳にしてサラは扉の方に視線を向ける。

 こんな夜更けに誰だろう。

 返事をすると、扉が開かれ母であるフェリアが姿を現した。

 母がこんな夜更けに部屋に訪ねてくるなど久しぶりのことであった。


「お母様……」


「まだ起きていたのね」


「うん、でもそろそろ寝ようかなって思っていたところ」


「少しお話をしてもいいかしら?」


「もちろんだわ!」


 フェリアは微笑みを浮かべ、ベッドに腰をかけた。


「サラは最近とてもいいことがあったのかしら?」


「私?」


「ええ、毎日嬉しそうに笑って、それに、何だかきれいになった気がするわ」


 きれいになったと母から言われ、サラははにかむようにうつむく。


「誰かいい人でもできたのね?」


 その相手が婚約者のファルクではないことは母も承知しているはず。

 母の言葉にサラは小さくうなずいた。


「まあ、どなたなのかしら。お母さんに聞かせてくれる?」


 少女のように小首を傾げて問いかける母に、サラはそっと視線を落とし手にした口紅とリボンを握りしめる。


「素敵な人よ。その人に会ったらお母様、絶対に驚くと思うの」


 フェリアは微笑みながらじっとサラの言葉に耳を傾けていた。


「とてもきれいな顔をした人なの。それに、頭がよくて優しくて強くて。私の方が先に彼のことを好きになってしまったの。最初はね、その人私に意地悪で冷たかったんだけど、でも、どうしても振り向いて欲しいと思って私頑張ったの」


「サラの思いはその人に届いたのね」


 サラは小さくうんとうなずいた。


「お母さんにその方を紹介してはくれないのかしら?」


 母の言葉にサラは沈んだ表情を浮かべる。


「私……ごめんなさい……」


 何をもってごめんなさいなのだろうか。

 ハルを両親に会わせることができないこと。あるいは、自分がやがてこの屋敷を出ていってしまうこと。両方だ。


「サラ、わたしもね、あなたのお父さんとの結婚を猛反対された時は駆け落ちまでしようと考えたのよ。あの人はわたしを連れてどこか、誰も自分たちの知らない遠くへ行こうと言ってくれたわ。わたしを必ず幸せにしてくれると」


 初めて聞かされたその話にサラは目を丸くする。


「お母様とお父様が駆け落ち?」


 ええ、とフェリアはうなずく。


「あなたがどこへ行っても、あなたの幸せをずっと願っているわ」


「お母様は今は幸せ?」


「ええ、とても。愛する人と結ばれて、可愛いあなたを授かることができた。こんな幸せなことはないわ」


 ふいに、ふわりと母の胸に抱きしめられる。


「お母様……」


「でもね、いつかここへ戻ってくると信じている」


「……」


 それ以上、言葉がでなかった。

 ハルを会わせることができないといった時点で、母は気づいているのだろう。そして、自分がこれからしようとすることも見通しなのだろう。

 なのに、母は一言も自分を問いつめようとはしない。

 いつかこの場所に戻ってくることなどできるのだろうか。


 ごめんなさい、お母様。

 私とてもわがままだわ。

 でも、私ハルと幸せになるって決めたの。


 けれど、よもやこの時、ハルとともにこの家に帰ってくることができようとは、サラは少しも思いもしなかった。


 だが、それはもっとずっと先のことである。

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