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あなたの瞳におちて -愛した人は、元暗殺者-  作者: 島崎紗都子


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40 お出かけ

 アルガリタの都、露店が並ぶ大通りはたくさんの人であふれかえっていた。

 路の両端を埋めつくすように、布製の天幕を張った露店が並び、これが町の中心部にある大広場まで連なっている。

 露店には様々な商品が所狭しと陳列され、通りを行く人々の興味を引いた。

 新鮮な野菜やみずみずしい季節の果物、炙った肉の食欲を誘う匂い。焼き菓子や、飴玉の並ぶ店の前では、子供が母親にねだる姿も見られた。さらには、花や雑貨や荒物、小間物などないものはないといっていいくらい、豊富な種類がそれぞれの店に揃えられていた。

 その通りを歩くハルとサラの姿。

 町に来てからずっと、サラはきょろきょろと辺りを見渡しているが、その興味は珍しい露店に向けられているのではなく、回りの通行人であった。

 そう、ハルと町に出かけられると大喜びしたものの……。


「女の人みんなハルのことを振り返っていくわ」


 町に出て、サラはすぐにそのことに気づいた。

 通りすがる女性たちの大半が、ハルに目をとめ、すれ違った後もわざわざ立ち止まり、振り返っていくのであった。そして、言っているそばから、ハルの脇を通り過ぎた若い女性二人組がハルに視線を向け驚いたように目を瞠らせ、何やらひそひそと言葉を交わし頬を赤らめているのであった。


「異国の人間が珍しいだけだろう」


「ほんとうにそう思ってる?」


「どうして?」


 興味がなさそうに答えるハルに、サラは異国の人が珍しいだけなら女の人たちが顔を赤くしたりはしないでしょう、と頬を膨らませる。


 ハルは自分がどれだけ人目をひくかわかってないのかしら。

 それとも回りに興味がないだけ?


「ハルならいろんな女の子から声をかけられるでしょう? つき合ってって言われたことも何度もあるでしょう?」


「つき合って? ないよ」


「うそよ」


「そんなこと言われたことない」


「私に気をつかっているのね」


「俺はずっと閉じられた世界にいたし、こうして昼間の町中をそれも女の子と歩くのは初めてだよ」


 サラはあっと小さな声を落とした。

 ハルが組織を抜けて外の世界に来たのはつい最近のこと。もしかしたら、こうして人目の多いところに出ることじたい危険かもしれないのに。

 でも、私が初めてなんて嬉しいかも。


 サラはにこりと笑ってハルを見上げた。


「それとね、私もうひとつ気づいたの。ハルは私の歩幅にちゃんと合わせて歩いてくれるって」


「こんなところではぐれて迷子になられたら、探すのが大変だからね」


「ハル優しくて好き」


 ぽつりと呟くサラの言葉に、ハルはかすかに笑って視線を落とす。


「ねえ」


「今度は何?」


 けれど、ねえと呼びかけておきながら、サラはなかなかその先を切り出そうとしない。

 サラの目がじっとハルの手を見つめている。


「どうしたの? 言ってごらん」


「……あのね、手をつないでもいい?」


 サラは恥ずかしそうに、もじもじしながら小さな声を落とす。しかしすぐに、やっぱりいいの、というように手を振った。


「いやならいいの! 無理につないで欲しいとか思ってないし。そうよね、こんな人前でそんな恥ずかしい真似できないものね。気にしないで、ちょっと言ってみただけだから」


 しょんぼりとうなだれかけたサラに向かって、ハルの右手が差し出された。


「手」


「いいの? つないでもいいの?」


 飛びつくように、差し出されたハルの右手をきゅっと握りしめた。

 手をつなぎながら、ほんの少しハルの後ろを歩くサラは幸せそうな笑顔で回りを見渡す。


 私たち、みんなにどういうふうに見られているのかな。

 ちゃんと恋人同士に見えるかな。

 ハルと一緒になったら毎日……は無理でも時々はこうして町に出て手をつなぎながら歩いたりできるのかな。


「そろそろ何か食べようか」


「そうね。私もうお腹が空きすぎて限界かも」


「だね。さっきからお腹の音が鳴りっぱなし」


「鳴ってないわよ。そうだ! ハルが先生の診療所から消えてから私毎日、ハルを探すのにあちこち歩き回ったの。この通りも何度か来たわ。それでね。私食べてみたいものがあるの。ほら、あそこ」


 あそこと言ってサラは露店のひとつを指さした。そこにはずらりと人が行列を作って並んでいる。蒸した鶏肉と野菜をパイで包んだものが売られている店であった。


「すごくおいしそうな匂いがして、いつか食べてみたいなって思ったの。でも、町になんてなかなか出られないし、ひとりじゃ買えないし……私並んで買ってきてもいい? ハルはここで待ってて」


「買い方わかる?」


「もちろんわかるわ」


 ハルが差し出したお金をサラは握りしめる。


「お釣りもちゃんともらって」


「大丈夫よ」


「計算できる?」


「私そこまでばかではないから! ちょっと、どうしてそこで首を傾げるわけ?」


 待っててね、とはしゃいだ声を上げ、サラは行列に向かって走り出した。

 そんなサラの背中をハルは微笑ましい目で見つめていた。



 ◇



「ハル、お待たせ! ちゃんと買えたわ、よ……」


 露店で買ってきたパイの包み二つを手に、小走りでハルの元に戻ってきたサラはふと足を止めてしまった。

 ハルの回りを取り囲むように、数人の女の子たちが群がっていたからだ。

 背の高いハルを見上げ、彼女たちは顔を赤らめながら話しかけている。


 い、いつの間に!


「あなたこの国の人じゃないわよね。珍しいわ。どこから来たの?」


「もしかして、北の人? そうでしょう?」


「どうしてアルガリタに来たの?」


「言葉わかる?」


 ひたすら質問攻めの女の子たちに、何か答えるわけでもなく、無表情で立ちつくすハルに、言葉が通じていないのだと勝手に思い込んでいる彼女たちは身振り手振りで懸命になって話しかけている。

 そのうちのひとりがハルの腰の剣を指さした。


「剣持ってるけど扱えるの?」


「へー、そういうの振り回したりする感じには全然見えないけど。ていうか、そういうの持ってると、かえって因縁つけられるから気をつけたほうがいいわよ。これは忠告ね」


「そうそう。裏街の血の気の多い男たちがけっこうこの辺りをふらふらしているから」


 ハルにそんなこと言うなんて……因縁つけたほうが気をつけなければいけないんだから!


「よかったら、この町のこととかいろいろ教えてあげる」


「暇だったらいろいろ案内してあげるわよ」


 ずいぶんと積極的な女の子たちであった。


 ハルはべつだん迷惑そうにしているわけでもなく、戸惑っている様子もみられない。かといって女の子たちに声をかけられて喜んでいるというふうでもない。しいていえば、まったく興味がないという感じであった。


 女の人につき合ってって言われたことないってハルは言ったけど、それって、ハルがあまり人前に出ないからだわ。それに、今までみたいに誰も近寄るな、みたいな気を放ってないから、ああして普通にしていたら誰だってハルのこと放っておかないもの。

 何だかたくさんの女の子たちに囲まれて行きづらいな。

 声もかけられない。


 今すぐハルの元に駆けつけたいのに足が動かなかった。

 サラは手の中の、まだほこほことしたパイに視線を落とす。


 ハル、冷めちゃうよ。

 私に気づいて。


 パイから再びハルに視線を戻すと、ようやくハルと目が合いサラは引きつった笑いを浮かべた。


「どいて」


 一言そっけなく言い放ち、取り囲む女の子たちの間をすり抜けると、こちらに向かってくる。


「あの子誰? もしかして彼女?」


「何だ、彼女いたのか。ざんねーん」


「えー確かにちょっと可愛い子だけど、でも、あの人とつり合わなくない?」


「まだ子どもじゃない」


 本人たちはひそひそと会話をしているつもりのようだが、サラの耳にはしっかりと聞こえていた。そんな彼女たちの会話にサラはうなだれる。


「どうしてこんなところに立っているの?」


 首を傾げて問いかけてくるハルに、サラは近寄ることができなかったとも答えられず、何でもないのと頭を振った。

 ハルの視線が買ってきたパイに向けられる。


「ちゃんと買えたね」


「初めて町でお買い物した。おつりもちゃんともらえたわ」


「そう」


 ハルの手が頭にぽんと置かれた。そして、まるで小さな子どもに、いい子いい子するようになでられる。

 ハルに頭をなでてもらえるのは嬉しいけど、ほんの少し複雑な気持ちがした。


「元気ないの?」


「ううん……そんなことない」


「おいしそうな匂いがする。温かいうちに食べよう」


「うん」


 ちらりとハルに群がっていた女の子たちに視線を向け、再びうつむくサラのあごにハルの指先がかけられた。

 近づいてくるハルの唇に、まさかと胸がとくんと鳴る。思わず、身を引こうとして腕をつかまれてしまう。


「ハル待って、みんなが見て……」


 言葉ごとハルの唇にふさがれサラは目を見開いた。手にしていたパイを落としそうになって慌てて胸にしっかりと抱え込む。

 軽く触れるだけの短いキスだったが、それでもハルを取り囲んでいた女性たちを驚かせるにはじゅうぶんであった。

 女の子たちがそろって、きゃっと悲鳴を上げているのが聞こえてきた。


「人前だわ……」


 だけど、私はハルの恋人なのよ、という優越感に満たされた気持ちは隠せない。視界の端に、女の子たちが驚いた顔でこちらを見ているのが入った。その顔は何だやっぱり彼女だったのかといっているようだった。


「人前でキスしてきたのは誰だっけ?」


「う……」


「そんな不安そうな顔をしなくても、あんた以外の女なんて興味ないよ。突然声をかけられて喋りたてるから少し驚いただけ」


「そっか」


 他の女の人など興味がないと言ってくれて心がふわりと舞い上がる。思わず緩んでしまいそうになる口許を下唇を噛んでこらえた。


「すぐに俺のところに来てくれるかと思った」


「ちょっとだけ、声をかけずらいなって、ためらってしまったの」


「もし、あんたが他の男に囲まれたら、俺ならそいつらを蹴散らしてやるけど」


 行こう、とハルの手が腰に回された。

 先ほどの女の子たちをかえりみず歩き出すハルをちらりと見上げる。

 キスも今のハルの言葉も嬉しすぎて、サラはぴたりとハルに身を寄せた。


「ねえ、パイを食べたらまた町を見て回ってもいい? それから……」


「おやつも食べたいとか?」


「え! おやつもいいの? ハルは甘いもの好き?」


「わりと好き」


「意外だわ。私、ハルの好きなものもっと知りたいな。それとね、また手をつないで歩いてもいい?」


 笑ってうなずくハルに、サラは顔をほころばせた。


「それからね。それから……」


「とりあえず、それ食べようよ」


「そうよね。お腹空いたわよね」


 ハルと一緒にいられることが楽しくて幸せで、お喋りがとまらなかった。

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