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あなたの瞳におちて -愛した人は、元暗殺者-  作者: 島崎紗都子


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25 勝負の火酒

「先日の夜会の日、あなたと一緒にいた男性はどなたなのですか?」


 数日後、朝食の席で不意に祖母に尋ねられ、サラは食事をとる手をとめた。

 一日のうちで唯一家族が顔を合わせて食事をとる朝食の時間。

 あからさまに自分と母であるフェリアを避けている祖母がこの席に姿を現すのは珍しいことであった。そして、祖母が姿を現したということは、何かしら自分に話があるということ。

 それも決まってあまりよくない話。

 夜会のことは、いずれ祖母に問いただされるだろうとは覚悟はしていた。

 緊迫した空気が流れる。

 祖母が同席している以上、家族の団欒といった雰囲気はなく、ただ黙々と食事をするだけであった。おかげで、食事も喉に通らず、味すらもよくわからなかった。

 おまけに、父様や母様にも話しかけることすらできない。


「お友達よ。退屈にしていた私を気にかけてくれただけ」


 祖母がこの言葉を鵜呑みにするわけがない。案の定、猜疑心剥き出しに祖母は厳しい視線を自分に向けてきた。


「名は?」


「忘れたわ」


「そうですか」


 祖母もそれ以上は何も言わなかった。やがて、祖母はナイフとフォークを静かにおいた。

 祖母の皿にはまだ沢山の料理が残っている。


 いつもそう。

 食べきれないなら最初から少な目にしてもらえばいいのに。そういうのって、作ってくれた人に失礼だと思うの。


「ゼクス家からの強い要望で、結婚を早めることに決めました。夏の終わりには式をあげる予定です。あなたもそのつもりでいるように」


「そんな!」


 サラは持っていたフォークを皿の上に落としてしまった。

 かしゃんと、耳障りな音が部屋に響きわたる。

 祖母は孫娘の不行儀さに、わずかに目を細めただけであった。


「いくらなんでも早すぎます!」


「サラはまだ……」


 ミストスとフェリアも同時に声を上げた。


「私がこの家に嫁いだのも、あの子と同じ年の頃です」


 彼女にとって孫娘など、このトランティア家のたんなる道具にしか過ぎない。そして、誰も祖母の意見に逆らうことなどできない。


「これはすでに決定したこと。あなたたちもそのつもりでいるように」


 そう告げる祖母の石灰色の瞳には何の感情も表れてはいなかった。

 サラは唇を引き結び、勢いよく椅子から立ち上がった。

 祖母の冷たい眼差しがサラを見据え、次にサラの母、フェリアを一瞥する。


「おまえたちの二の舞を踏むわけにはいかないのですよ」


 冷たい一言がその場の空気を震わせた。



 ◇



 部屋に戻ったサラは文机に突っ伏した。

 こんなことになるなんて想像もしていなかった。


 どうしてかな……。


 悲しそうに笑い、サラは一輪挿しにさした赤い薔薇を見つめた。

 あの夜会の日、シンからもらった薔薇。

 それは、約束のしるし。


 つらいことがあっても泣かないって、シンと約束した。

 だから、私は絶対に泣いたりしない。

 でもやっぱり、つらいな……。



 ◇



「しかし、おまえもよくあんな小娘と結婚する気になったな」


 ゼクス家の屋敷。

 長い廊下をファルクとその友人が歩いていた。


「なあに、あれはあれでもう少し大人になったらいい女になるさ。それに、彼女と結婚をすればもれなくトランティアの家名がついてくる」


「おまえの未来は明るいな。友人である俺にもその幸運をわけてくれよ」


 皮肉な嗤いを口許に刻んで言う友人の言葉に、ファルクは曖昧に笑い目を細めた。

 ゼクス家の次男として生まれ、家督を継がないがためにこれまで兄とことあるごとに差別をされてきた。しかし、それを恨んでもしかたがないこと。


「ああ、俺にもやっと運が向いてきたというわけだ」


 それも最高の。

 あの小娘を手に入れれれば、いつの日かあのトランティア家が自分のものに。

 そう、俺の未来は明るいものとなる。



 ◇



 一方、アルガリタの街、夜の歓楽街では──


 軒並み連なる酒場の一角にハルとシンはいた。

 客が二十人ほども入ればいっぱいの、さほど広くもない店内には仕事帰りの男たちが集まっていた。

 テーブルを埋め尽くす客たちの人熱れと、厨房から発せられる熱で、部屋は蒸した空気が漂っている。

 客の合間を器用にぬって給仕たちが大忙しで動き回る。けれど、そんな給仕の様子など、客にとってはおかまいなしであるのは仕方のないこと。客たちはそれぞれに注文した料理の匂いと、厨房からのそれとが入り混じり、いやがうえにも空腹をかき立て、なかなか料理の運ばれてこない苛立ちをつのらせた。

 横から追加の注文を言い出す者や、料理はまだかと催促する者に目を丸くし、なだめすかし、それでも愛想笑いは忘れずに給仕たちは働いている。

 そんなむさ苦しい男たちがほとんどの店内の片隅で、年若い、それも思わず目を瞠るほどの容貌をもった二人の少年の姿はことさら目立った。


「あら、シン久しぶりじゃない。最近姿を見せに来てくれなかったから心配してたのよ。どこに行ってたのよ。寂しかったわ」


 テーブルにつくなり、ひとりの女性給士がシンの姿を見つけ、すかさず声をかけてきた。

 肉感的な美女だ。シンに対する馴れ馴れしさから、二人の間に何かしらの関係があることをうかがわせる雰囲気であった。


「まあ、ちょっとね」


 シンは曖昧に笑って受け流す。

 ふと、女の視線がちらりとハルに向けられた。途端、女は息を飲み頬を赤らめる。


「シンのお友達? 異国の人? それにしても、ずいぶんときれいな人ね……ねえ、シン紹介して」


「だめだめ。こいつ、こう見えてかなり獰猛だから近寄らない方がいいって」


「そうなの? 全然そうは見えないわよ」


「だから危険なんだよ」


 ふーん、と女はどこか残念そうにハルをもう一度見る。一方、ハルは女の視線などまったく無視であった。


「それよりもさ、カナル、あれ持ってきて」


 カナルと呼ばれた女性給士は、あれと聞きいて目を見開き、シンとハルを交互に見つめていたが、やがて、その艶やかな朱い唇に何やら含むような笑いを浮かべた。


「わかったわ。あれね、今すぐに持ってくるわ。これはちょっとおもしろそうなことになりそうね」


「だろ? 盛り上げてやるよ」


 カナルはふふ、と笑いテーブルから去って行った。

 

「ところで、手折った薔薇ってどのくらいもつか、おまえ知ってるか?」


 突然、脈絡のないことを言いだしたシンに、ハルは眉根を寄せただけであった。もっとも、シンもハルに答えを求めているわけでもないらしく。


「三日……四日? いや、一週間くらいはもつか?」


 どちらにしてもあまり時間がねえな、とぶつぶつ呟いて腕を組み、うーんと唸っている。

 そんなシンをハルは冷めた目で見つめた。


「いきなり俺をこんなところに連れて来て、そんな話か?」


「まあ、そう言うな。どうせすることもないし、暇なんだろ? それにおまえだって、気になるだろ?」


「何が」


「この数日間、俺とサラが何をしていたかってこと」


 シンの口からサラの名前がでたことに、ハルはわずだが反応を示したようだ。


「ずいぶんと、あいつと親しくなったみたいだな」


 まあね、とシンは意味ありげに笑う。


「その話をしつつ、俺と勝負をしないか?」


 勝負? と、ハルは訝しげに眉をあげた。


「おまえと剣での勝負じゃ、絶対に俺に勝ち目はない。というより、二度と俺はおまえに剣を向けたくはない。死ぬ思いをするのはもうごめんだからな。ということで、勝負の方法は……」


「シン、おまたせ。持ってきたわよ」


 現れたカナルが手に持ってきたもの。

 それは一本の酒瓶であった。


「北の国ヴァナル原産の酒だ」


 それは、火をつけると燃え上がるほどに強い酒で〝烈火の酒〟と呼ばれている。


「これで勝負して、先に酔いつぶれた方が負け」


 どう? とシンは挑戦的な眼差しをハルに向けた。


「大酒飲みのおまと勝負をしろと?」


「そ、で、負けた方が勝った方の言うことを何でもひとつ聞く」


「断る。おまえの考えていることなど予想つく」


「なら、話は早い」


「聞こえなかったか? 俺は断ると」


「会いにいくって、サラに約束したんだろ?」


 再びシンの口からサラの名前が出たことにハルの表情が険しくなる。


「気が向いたらだ。そもそも、おまえには関係のないことだ」


「そんなこと言って、ほんとはサラに会いに行きたいなって思いながらも、これまで彼女に冷たくしてきた手前、何となく自分からは行きづらいと思っているおまえに、俺がせっかく会いに行くきっかけを作ってやろうとしてるんじゃないか」


 言いながら、シンは酒盃に酒をそそぎ、有無を言わせずハルの前に差し出した。


「あれ? それともハルくんはもしかしてお酒が飲めなかったとか? だったら、お子さま用の林檎酒にしてやってもいいぞ」


 シンの挑発に、ハルは差し出された酒を無言で一気に流し込んだ。

 空になった酒盃をとんとテーブルに置く。

 テーブルに頬杖をつき、シンはしてやったりというように、にやりと笑う。


 かかったな。

 こいつ案外、負けず嫌いなところがあるからな。で、意外に単純だったりすることもある。

 だから好きなんだよな。


 シンは空になったハルの酒盃にさらに酒をつぐ。


 さあ、おまえのその澄ました顔も感情も何もかも崩してやる。


「まあ、安心しな。酔いつぶれたら俺が面倒みてやる」


 シンはにっこりと笑い、自分も酒の入った酒盃をかたむけた。

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