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あなたの瞳におちて -愛した人は、元暗殺者-  作者: 島崎紗都子


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19 告白

「夕飯に使うじゃがいもの皮むきをしておけ」


 と、いうテオの言いつけに従い、厨房でじゃがいもの皮むきをしているシンの側に、ひょっこりとサラが現れたのは昼も近くになっての頃であった。


「昨日はいつの間にか眠ってしまったみたい」


「よく寝てたな。だらしがなく口開けてた」


「うそ!」


 と、サラは口許に手をあて、顔を赤くする。


「うそだよ。まあ、サラが眠ってしまって、俺も助かったけど」


「そういえば、あの時やばいとか言ってたものね。何がやばいの? どうしたの?」


「人の気も知らずに……」


 と、小声で呟き、シンは何でもないと苦笑いを浮かべる。


「そう? ならいいのだけれど」


 何か言いたげに、でも言い出せずにしばらく落ち着かない様子でシンの側に立っていたサラだが、おもむろに調理台の側の椅子に腰を降ろし、じゃがいもの皮むきを手伝い始めた。


「ねえ、カイって、すごい人なのね。私驚いてしまったわ。それに、エレナさんもとても素敵な人。私、エレナさん大好き。あとでお礼もかねて遊びに行ってもいいかな?」


 サラはうかがうように、ちらりとシンを横目で見る。


「やめとけ。エレナは働いている。サラみたいに暇人じゃない」


「暇人って……」


 確かにそうだけど……とサラは唇を尖らせつつも言い返せずに口ごもる。


「それよりも、カイのこと聞いたのか?」


 サラは興奮気味にうん、とうなずいた。


「聞いたというか、わかってしまったというか。カイって占師として、最高位の称号を持つ人なのでしょう? そんな凄い人、滅多にお目にかかれないんだから」


「最高位? カイがそう言ったのか?」


「ううん、でもすごく意味ありげな笑いを浮かべていたから、そうなのでしょう。違うの?」


 サラは首を傾げて問い返す。


「違うな。最高位の、そのさらに上をいく者らしいぞ」


 サラはどういうこと? と、手を止めシンを見る。

 サラが剥いている手の中のじゃがいもは、あわれなくらいいびつな形をしていた。

 皮を剥くというよりは、かんじんの実を削っているという感じだ。


「普段は街で一般人相手に占いをやってるが、あいつは人の死すらも読み取る秘術師だ」


 サラは驚きに目を丸くする。


「秘術師! 聞いたことないわ。ま、魔法か何か使うの?」


 突拍子もないサラの発言に、シンは呆れたように形のいい眉を寄せた。


「魔法? そんなわけないだろう。生まれたその人の持つ星から、死さえも読み取る特別な技術を持っているらしい。もっともあいつが言うにはそれは禁術らしいが」


「よくわからないけど、ほんとに凄いのね」


 サラは感心した声をもらす。


「はっきり言って俺もよくわからない。もともとあいつの先代の師匠はアルガリタ王家に仕えていた占師だ。その占師が亡くなり、師からただひとりに受け継いだ弟子を王家の専属の占師として王宮に上げようと必死になって探しているらしいが……まあ、あいつはあんな調子で金にも権力にも興味を示さない。それにまさか、探しているその占師が裏街に潜んでいるとは相手も思いもしないだろうしな」


 シンは愉快そうに笑った。


「というか、えっと……そんな重要そうなこと、私に話してしまっていいの?」


「サラだから言うんだ」


 一拍の間をおき、シンはさらに続けて言う。


「今から俺が言うことをよく覚えておけ」


 シンは真面目な顔でサラを見る。

 サラもうん、とうなずいた。


「この先、どうしても自分で解決できない困難にぶつかった時は、あいつを頼るといい」


「カイに?」


「あいつならきっとサラを助けてくれる。予測する最悪の事態を避け、未来をいい方向に導いてくれる。それに、あいつの繋がりは、実は表も裏もすごい。それも含めて間違いなく力になってくれるはずだ」


「ねえ、どうして私のためにそこまでしてくれるの?」


 シンの紫の瞳がじっとサラを見つめ返す。


「サラには幸せになって欲しいと思っている」


 シンの突然の告白に、サラはきょとんとして目を瞬かせた。


「サラのことが好きだから」


 互いに見つめあう二人の間に、沈黙が落ちる。

 皮むきをしていたサラの手もぴたりと止まったまま。

 シンの真剣な眼差しに縛られてしまったかのように、そのまま硬直している。


 本当はどうしようか迷っている。

 自分の心に正直になるべきか、抑えるべきか。

 だけどこの迷いを吹っ切り、サラを自分のものにしたいと思ったそのた瞬間から、俺は間違いなくとまらなくなる。

 どんなことをしてでも、サラの心を手に入れようとする。

 たとえ、彼女を困らせるようなことになったとしても。


 さあ、サラどうする?

 俺の思いをどうやって受け止める?

 あるいは、どうやってかわす?

 答えてみせて。


 よもや、いきなり告白されるとは、少しも思ってもいなかったのだろう、いまだ、呆然としているサラを見つめ、シンは彼女が口を開くのを待ち続けた。


「私……」


 ようやくサラが声を発したその時。


「おい、ちゃんと仕事しているだろうな? じゃがいもの次は玉ねぎと……」


 不意にテオが現れ、厨房の入り口から顔をのぞかせた。


「やってるよ!」


 調理台ばんと叩いて、シンは怒鳴り返す。そんなシンの心情も知らず、テオは不愉快そうに眉根を寄せた。


「居候のくせにほんと、態度でかいな。って、何だよこのじゃがいも! ほとんど実がないじゃないか。もったいない皮の剥き方するな」


 テオはいびつに剥かれたじゃがいもの一つを手に取り、じろりとシンを睨みつける。


「テオ、それ私が剥いたじゃがいもなの」


 サラがごめんなさい、と落ち込んだように自分の手元にある剥きかけのじゃがいもに視線を落とす。

 途端、テオの顔つきが変わった。


「え? あ、そ、そうだったんだ……サラだったんだね。いやいや、こういうこと慣れてないんだから仕方がないさ。でも、サラはこんなことしなくてもいいんだよ。お部屋で好きなことしていて」


「私も何かお手伝いしたいと思って……」


「そうか……サラは偉いね。でも、ナイフには気をつけるんだよ。指を切らないようにね」


「ごめんなさい」


「いいんだよ。あ、僕はまだ仕事があるから。サラもほどほどにね」


 テオは引きつった笑いを浮かべ、厨房から去っていってしまった。

 最後にもう一度、ちゃんとやれよ、といわんばかりの冷ややかな視線をシンに向けて。


 何なんだよ、あいつは!


 殺気のこもった目でシンは入り口を睨みつけるが、すでにそこにテオの姿はない。そして、テオの出現により、おかげでそれまで支配していた空気ががらりと変わってしまった。


「ありがとう。私もシンが好きよ!」


 サラはこれ以上はないというくらい、満面の笑みを浮かべ無邪気に答える。

 シンの肩頬がぴくりと動いた。


「そう返されるかなと、何となく想像していたけど……」


 予想通りの反応に、シンはこめかみに指先をあてた。

 軽くため息を落とし、がくりと肩を落とす。


「少しは俺を男として見てくれないわけ?」


「あら、もちろんシンを男だと思ってるわ。だって、男でしょう?」


 変なのと、サラはおかしそうにくすくすと笑った。

 そうじゃなくて……と、シンはナイフを調理台に置き、頬杖をついてサラを見る。


「俺のこと、男として意識してない?」


「意識? わからないけど、昨日の怒ったシンは怖くて私心臓が破裂するかと思った。私二度とあなたを怒らせないわ」


 サラは再びじゃがいもの皮むきを始めた。

 つまり、自分はまったく恋愛の対象として見られてはいないということだ。

 からかっていたとはいえ、今までけっこう際どいことをサラにしてきたし、昨夜だって脅しだったとはいえ、かなりぎりぎりのところまでサラを追いつめた。


 まあ、いいや。

 焦ることもないか。


 頬杖をついたまま、シンは口許に笑みを浮かべ、必死に皮むきをしているサラを見つめる。


「手、切るなよ」


「わ、わかってる」


「それにしても、ほんと不器用だな」


「うう……それは言わないで。これでも頑張ってるのよ」


「で? 俺のところに来た本当の理由は何? 何か言いたいことがあって来たんだろ? いや、もしくは聞きたいこととか」


 なかなか切り出せずにいるサラにきっかけを与える。

 どうせ、あいつのことだろうことはわかっているけど。

 そして、サラはうん……とうなずいた。


「……実は相談があって」


 あのね……と言いかけたものの、やはり言い出しにくいのか、そのまま口をつぐんで、手の中でじゃがいもを転がしている。

 明るい日差しが差し込む、通りに面した窓の向こうから、子どもたちのはしゃぐ声が聞こえて言った。さらに、お喋りに興じる女たちの笑い声も。

 そして、ここでは好きな男のことで、心をいっぱいにして思い悩む少女。

 何とも平和で穏やかな昼下がり。

 けれど、サラが黙り込んでいたのはわずか数十秒のこと。

 ようやく話す決心がついたのか、サラはついっと顔を上げた。


「ハルに好きになってもらえるにはどうしたらいいと思う? ハルが自分が命をかけてもいいと思える女になったら、私を側においてくれるって言ったの」


 そこまで一気に早口で言い、サラはふうと肩の力を抜いて息をつく。

 シンはサラには気づかせない程度に、苦笑いを浮かべた。

 目の前の相手から好きだと告白を受けたばかりだというのに、違う男の相談を持ちかけるとは残酷なこと。しかし、サラは思う人のことで頭がいっぱいで、シンの気持ちに気づいていないのだから仕方がない。

 というよりも、シンが冗談で好きだと言ったとしか思っていないのだろう。


 ほんと酷だよな。


 しかし、サラの次の発言にシンは目を丸くする。


「私をお嫁さんにしてもいいってハルが言ってくれたの」


「え! 今なんて?」


 がたっと音をたて、シンは椅子から立ち上がり身を乗り出す。


「お嫁さんにしてくれるって……ハルが……」


「あいつがそんなこと言ったのか!」


 サラは頬を朱に染め、恥ずかしそうにうなずいた。

 シンは引きつった顔で笑い、そろりと椅子に座り直す。


「あいつにそんなことを言わせるなんて、たいしたものだよ」


 しかし、まさかそこまでの展開になっていたとは、シンも正直思ってもいなかった。


 今まで、どんな女にも興味を示さなかったあいつが……。


 確かにサラにとってこれは、大きな一歩かもしれない。

 けれど、自分にとっては──

 シンは口許を覆うようにテーブルに頬杖をつく。

 その手の中で浮かべているのは、意外にも不適な笑みであった。

 焦ることもないと思っていたけど、そうもいってられないってことか。


「でも、私どうしたらいいのかわからなくて……やっぱり、女らしくならないとだめかなあ」


 シンの思いを置き去りにして、サラはひとりあれこれと考えを巡らせている。


「ねえ、ハルの好みの女の子ってどういう感じか知ってる?」


「あいつの女の好みなんて、俺が知るわけないだろ」


 サラは残念そうにそっか、と声を落とす。


「私、駆け引きとかよくわからないし……」


「それはサラには向いてない。ていうか、あいつ相手に駆け引きなんてサラじゃ無理」


 あっさりと言い切られ、サラはうーんと唇を尖らすが、自分でもそれはわかっているのだろう、そうよね、と素直に納得する。


「お化粧でもしてみようかな。そうしたら少しはきれいになれるかな」


「それもやめとけ、仕上がりが想像つくから怖い」


 じゃがいもを剥く手つきでさえ、ぎこちなかったのだ。あの不器用な手つきで化粧などしたら。べたべたのぐりぐりだ。


「うーん。ハルが思わずどきっとしてしまうくらいの色気が私にもあればいいのに。でも、どう見ても、私よりハルの方が色っぽいし……」


「なら、俺が引きだしてあげようか?」


「何を?」


「色気」


 シンが立ち上がった。と、同時にサラは椅子ごと後ろに身体を引く。


「どうした?」


「べ、別に、何でもないわ。何となくよ……」


「ふーん」


 シンはにやりと笑い、サラを見下ろした。


「何だ、ちゃんと俺のこと意識してんじゃないか。まあ、昨夜俺にあんなことされて意識しないわけないよな」


「ち、違うわ……」


 昨夜のことを思い出したのか、サラの顔が真っ赤になる。

 不意に腰をかがめて、シンは両手でサラの頬を挟んだ。

 指先がサラの耳朶に、首筋に触れる。

 かすかにサラが息を飲んだのがわかった。


「化粧は必要になれば覚えるし。色気だって自然と身につく。女の子は恋をすれば誰だってきれいになる」


 両手を頬に挟んだまま、シンはサラに顔を寄せていった。

 わずかに閉じられたまぶたの奥、シンの熱を帯びた紫の瞳がサラを絡めとる。


「もっと効果的な方法は」


 顔を傾け、シンはサラの薄く開いた唇に自分の唇を重ねようと近づける。


「シン……?」


「目を閉じて」


「ま、またふざけているのでしょう!」


 大きな声を上げ、サラはどんと両手でシンの身体を突き放した。


「ふざけてなんかいないさ。俺はさっき、サラを好きだと言った。キスしたい」


「もうその手にはのらないんだから。それに、もし本当だとしても、あなたの場合、たくさんおつき合いしている女の人のうちの中の私は一人になるんでしょう? そういうのは嫌よ」


「だったら今後一切他の女に触れない、目を向けないと誓っても?」


「神様に誓うの?」


「いや」


 いったん言葉を切り、シンは真っ直ぐにサラの瞳の奥までのぞき込むように見つめた。


「俺の命に誓って」

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