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あなたの瞳におちて -愛した人は、元暗殺者-  作者: 島崎紗都子


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15 再びハルに会いに

 ベゼレートの診療所は、午前の診察を終え、つかの間の休息をむかえようとしていた。

 そして、その診療所の厨房では。


「朝から特に何をするわけでもなく、ずっと裏街をふらふらしてるんですよ」


「俺たちの存在に気づいてはいるみたいだけど、全然、無視って感じっすね」


 厨房の作業台で何やら手を動かしているシンと、窓からその様子をのぞき込んで喋っているのは、昨日、裏街で出会った少年二人。


「とりあえず、裏街を出て行く気配はないみたいです」


「悪いな。おまえらにあいつの見張りをさせちまって」


「いいえ! 頭の頼みなら喜んで!」


「そうっす!」


「それにしても、裏街をふらふらだと? まったく、あいつは暇なのか」


「見るからに、暇をもてあましている感じですね」


「ち、羨ましいご身分だな。俺がこんなに一生懸命働いてるってのによ」


「で……そういう、(かしら)は何してるんですか?」


 少年たちはシンの手元を食い入るように見つめている。


「見りゃわかるだろ。さやえんどうの筋とってんだよ」


「……」


 少年たちは顔を見合わせた。


「カイさんが、頭のこんな姿を見たら発狂しちゃいますよ」


「いや、カイさんじゃなくても、誰が見ても目ん玉、飛び出しますって。ってか、誰なんです? 頭にこんなことやらせている奴は!」


「案外、やってみると楽しいぞ」


「そうっすか……?」


「このさやえんどうの筋が途中で切れちまった時の悔しさというか、もどかしさがおまえらにはわかるか?」


 少年たちは全然わかりません、と揃って首を振る。


「でも、いいんです。頭が何をしてようと、俺たちの憧れであることに変わりはないっすから」


 少年のひとりがしみじみと声を落とす。


「それはそうと、頭はいつ裏街に戻ってくるんですか? まさかここで住み込みで働くつもりじゃ」


「そんなわけねえだろ。俺もどうしたもんかって頭悩ませてんだよ」


 手にしたさやえんどうを見つめながら、シンはうーんと唸る。


 サラがあいつに会いたいと願ったところで、相手にその気はまったくない。つまり、会わせるだけ無駄ということだ。

 何とか説得して、あきらめさせるしかねえよな。

 はあ……。


 これで何度目のため息だろうか。

 もはや、数えるのもばかばかしい。


 とにかく今は何も考えたくねえや。

 作業に集中しよう。


「でも俺、滅多に近寄れない頭と、こうして話ができるのが嬉しいっす」


「確かに裏街じゃ、なかなか頭の側に寄れないからなあ。みんな頭に憧れているんですよ」


 そうか? と答えるものの、シンは手元のさやえんどうの筋取りに気をとられ、少年たちの話を真面目に聞いている様子ではなかった。


「そうですよ! 表の世界で行き場をなくし、裏街でさまよって行き倒れた俺を頭は拾って仲間にいれてくれた」


 少年はぐずりと鼻をすすった。


「おまえ、頭の前で泣くなんてみっともないぞ。っていうか、いきなり話が飛んでるし」


「そういう、おまえだって、裏街で殺されかけたところを頭に助けてもらったんだろ?」


 ああ……と、もうひとりの少年はその時のことを思い出しているのか、どこか遠い眼差しで視線をさまよわせる。


「あの時の、剣を振るい次々と敵を倒していく頭の姿は今でも俺忘れられないっす。かっこよかったっす」


「その憧れの頭が、今はさやえんどの筋取りとはね」


 背後からかけられた声に、シンと少年たちは視線を上げる。

 振り返ると厨房の入り口で、こちらをのぞきこむようにテオが立っていた。

 さやえんどうを手にしたシンの姿を見て、テオはふっと意味ありげな嗤いを口許に浮かべる。


「おまえ、今鼻で嗤いやがったな。それもばかにしたように」


「別に」


「別にじゃねえだろ。間違いなく鼻で嗤いやがった」


「気のせいだろう?」


「っていうか、筋取りやれって言ったのおまえだろ! ほんと、むかつく奴だな。いいから、おまえは大好きな師匠のところにでもいってろ」


 邪魔だ、あっちに行けと追い払う仕草で手を振るシンだが、ふと真顔になる。


「そういえば、あいつの姿が見えないけど、どこに行った?」


 テオもはっとなって、確かに……と考え込むように腕を組んだその時。

 大変です! という声とともに、ひとりの男が現れ、窓から身を乗り出してきた。

 シンの仲間、裏街の者だ。

 急いで駆けつけてきたのか、息があがり苦しそうに顔を歪めている。


「サラっていう娘が、裏街に現れて!」


 シンは咄嗟に椅子から立ち上がった。

 手にしていたさやえんどうが、ぽろりとテーブルに落ちる。


「あいつ……」


「何人かの奴にからまれて……からんだのはもちろん、俺たちの仲間じゃなくて……」


 つかつかと足早で窓辺に歩み寄り、テオは窓越しにその男の胸ぐらをつかみ、激しく揺さぶる。


「サラは無事か? 怪我は……怪我はしてねえよな!」


「そ、それは……」


 男はちらりとシンに視線をやり、ひっと喉の奥で悲鳴をつっかえさせる。

 シンの鋭い目つきにすっかりと怯えてしまったようだ。


「す、すみません! そこまで確認は……! で、でも、すぐに助けが現れて……その後、いったん自分の家に連れて帰るとカイさんが言って。いや、言ったのはカイのとこのエレナさんで……エレナさんが何で裏街に現れたのかというと、それはその……あいつが現れて……でも、大丈夫なはずです!」


 次第に男の言っていることが支離滅裂となってきた。

 椅子に立てかけてあった剣をつかみ、シンは言葉もなく厨房から去っていこうとする。


「い、今すぐに向かいますか……?」


 怖々と尋ねる男を、シンは肩越しに振り返る。


「いや、カイがいるなら問題はないだろう。それにエレナも一緒なら」


「か、頭……すみません。本当にすみません!」


「おまえが謝ることじゃねえだろ」


「で、でも……」


「わざわざ知らせに来てくれて、すまなかったな」


「そんな……あの、俺! もう一度裏街に、いや、カイさんの所に行って、あの娘のこと確認してみます」


 いや、と言いかけたシンだが、思い直したように男を見る。


「だったら、カイに伝えてくれないか」


「はい!」


 シンの目がすっと細められた。


「あいつが今日はここに戻りたくないと駄々をこねても、必ず連れてこい。必ずだと」


 無理矢理、怒りを胸のうちに押しとどめるような、低い声音だった。


「わ、わかりました! 必ずカイさんに伝えます」


 そして、男はばっと身をひるがえすと、駆け足でこの場から去って行ってしまった。


「サラに何かあったら僕は……僕は……」


 テオは調理台に両手をつき、頭を垂れ何度も首を振る。


「大丈夫だ。心配はいらねえよ」


「しかし! それにそのカイという奴も裏街の……」


「そう、裏街の人間だが」


 それが何だ? と、シンは目をすがめてテオを見返す。

 テオはいや……と言葉を濁し、再びうなだれる。


「無事だと言うなら無事だったんだろ? そのうち、カイが連れて戻ってくる。それはそうと、おまえはまだ仕事があるんじゃないのか?」


「……」


 シンはまぶたを落とす。


「悪い。この件については俺にも責任がある。少し頭を冷やしたい」


 シンが厨房から出て行ったのを見届け、テオは腰が抜けたように椅子に座り込み頭を抱えた。


「お、俺たちも行こうぜ」


「そうだな……」


 少年二人もそろりと窓から離れ後ずさる。


「ああ、頭の怒った顔、久々に見たよ。怖えよ……俺、ちょっと手が震えてる」


「なあ、あのお嬢ちゃん、ちょっとやばいかもだぜ」


「ああ……頭は女に甘いし、絶対に手をあげたりしないけど、今回ばかりは、あのお嬢ちゃん、どうなるかわからないかもよ」


「どうなるかわからないかもよって……どうなるんだ?」


「し、知るかよ……」



 ◇・◇・◇・◇



 シンと裏街の少年二人が、ベゼレートの診療所で会話を交わしていたその少し前。再び裏街へと足を運んだサラは、ひとり暗黒街の入り口に立ちつくしていた。

 夕飯の下準備をしておけとテオに言いつけられたシンが、さやえんどうの筋取りに夢中になっている隙を見て、こっそりと診療所を抜け出してきたのだ。


 やっぱり来てしまったわ。

 だって、どうしてもハルに会いたいから。


 昨日、ハルを見かけたあの場所にもう一度行けば、もしかしたらまた会えるかもしれないと思ったから。


 サラの脳裏にシンの姿が過ぎった。

 どれだけ裏街(ここ)が危険かはシンがさんざん語ってくれた。もう二度と裏街には行くなと言われた。

 このことをシンが知ったら、きっと怒るだろう。

 けれど、ここへ来なければ会いたい人に会うことはできない。


 約束を破ってしまって、ごめんなさい。

 でも……私、行くわ。


 サラはぐっと手を握りしめ、足を一歩踏み出し裏街へと歩み出す。

 奥へ奥へと歩を進めるごとに、辺りは薄暗さを増し、吐き気をもよおす、すえた臭いが鼻をつく。

 ねっとりとまとわりつく空気に、思わず震える手で肩を抱きしめた。

 昨日と同じ、辺りに人の気配はないように感じられた。なのに、誰かに見られているような感覚。

 不意に足を止め、今来た道を振り返る。

 まだ目に届く範囲に外の世界が見える。

 走って戻ればすぐそこであった。

 やはり、引き返した方がいいのだろうか。

 もう一度、シンにお願いをして同行してもらうべきか。

 一度歩みを止めた途端、ハルに会うためならどこへだって行く、という決心まで揺らぎ、足がすくんで動けなくなってしまった。


 何のためにここまで来たの。

 行かなければ。


 ためらいを振り切り、再び歩き出そうとしたサラの目の前を突如、数人の男たちが立ちふさいだ。


「おい、女がいるぜ」


「それも外の女じゃねえか」


「ああ、まともな女だ。だが、まだがきだな」


「へへ、がきでも女であることにかわりはねえ」


 たしかに、と男たちは揃ってうなずく。

 さらに、路地脇からも男たちが現れ、瞬く間に囲まれてしまった。

 相手は六人。

 獲物を追いつめる獣のような目で、じりじりとこちらへとつめよってくる。

 外の世界がすぐそこに見えているのに、なのに男たちにはばまれ戻ることができない。


「迷子ちゃんかな? どちらにしても」


 裏街へようこそ、と忍び笑いを含ませたその声に、サラの表情が強張る。


「あ、あなたたち何? そこをどきなさい!」


「おいおい、そこをどきなさい、だとさ」


「いったい、どこのお嬢さまだよ」


「でも、こういう強気な女も悪くはねえ」


 男たちは互いに目を見合わせ、下卑た笑いを口許に刻む。しかし、その中のひとりがサラの顔を見て顔を引きつらせた。


「おいこの女、昨日シンが連れ回してた女じゃねえか?」


「何? シンの女かよ」


「ああ、間違いねえ。この女だ」


「だったら、まずいって。こいつに手を出したってシンに知れたら、俺たちやべえぞ。シンに殺される」


 殺されるという不穏な言葉に背筋がぞくりとしたが、それでも、シンの名前が男たちの口から出たことに、ほっとする。

 が……。


「なーに、ばれなきゃかまわねえだろうよ。それとも、この女を思う存分痛めつけて、シンの野郎にひと泡ふかせてやるってのも面白いと思わねえか?」


「たしかに。あの男の慌てふためく顔が見られたら最高だな」


「あの野郎、前々から気に入らねえと思ってたしな」


 男たちはシンの仲間とおぼしき者はいないか、周囲を確かめるように視線を巡らせた。そして、そうだな、と笑い、怯えるサラに手を伸ばしてきた。


「いや! やめて……誰か!」


 男たちの手から逃れようとサラは身をよじるが、男のひとりがそれを許さなかった。抗うサラの腕を捕らえ、男は腰の短剣を抜く。その短剣をサラの喉元へと押しあてた。


「ほら、もっと泣き叫べ。そのほうが盛り上がるだろ」


 ひやりとした刃の感触に息を飲み、サラは唇を震わせた。


「へへへ、そのままそのがき押さえ込んでおけよ」


 殺される……。

 私、ほんとうにばかだ。

 どうして、シンの言うことをきかなかったのだろう。


 だが、後悔してももう遅い。

 ここにシンはいない。

 叫んでも、誰も助けにきてはくれない。


「震えちゃって可愛いねえ。なあ、あんたまだ男を知らないだろう? 俺たちが嫌と言うほど教え込んでやるよ。裏街のやり方でな」


「たっぷりと、かわいがってやるぜ」


 男たちは酷薄な笑いを口許に刻み、唇をぺろりと舐める。


 助けて……!


「何をしてる?」


 突如かけられたその声に、男たちは顔を上げた。

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