第7話 探索
「レオー! ハッサン! サミュエルー!」
アルフは通りを走っていた。レオたち三人組を探しているのだ。その理由はアルフが酒場でまた待ち構えていたかのようにアルフを待っていたミリアと酒を飲んでいた時まで遡る。
ちょうど二杯目のエールを飲もうとしていた瞬間に、シスターが酒場に入ってきたのだ。そこでアルフにレオたちを見なかったと聞いてきたのである。
理由を聞く限り、孤児院に戻ってから夕食までの間にいなくなってしまったという。部屋には何もなく、いくら待っても戻ってこない。
流石に何かあったのではないかと、探していたわけだ。どこにもいなくてアルフに心当たりはないか聞きに来た。
アルフにもなかったが、せめてと帰ろうとしたシスターに協力を申しでたのだ。そういうわけで日が沈みかけてもなお人の多い南地区の通りを人ごみをかき分けながらミリアと共にレオたちを探す。
だが、どんなに探しても彼らの影すら見えない。まさか、貴族街に言ったのではないかと門を守る衛兵に聞いてみたところ、子供の三人組は通っていないという。
貴族街ではないのなら、別の地区にいったのではないかと、同じように衛兵に聞いてみるが衛兵も子供たち三人組は見ていないという。
この南区ではレオたち三人組は悪がき三人組で有名であるので、見れば大抵の衛兵はわかる。なので見落としはないはずなのだ。
それでも見つからない。ならばとばかりにアルフは奴隷売買が行われている檻が並べられた区画へと向った。
南第二区の比較的港側にはこういった奴隷売り場がある。檻に入れられ鎖に繋がれた人たちが労働力として、あるいは性のはけ口として売られていくのだ。
ほとんどが外国からの奴隷だ。外国にでも売るしかなかったような者らである。
豊かなリーゼンベルクと違い、外国には明日を生きるのすら貧窮している国は少なくない。そういった国からの奴隷である。
浅黒い肌や、黒髪などが多い。奴隷は貴重な労働力だ。
隷属の魔法具と呼ばれるものがあるため、決して主人を裏切らない。そういったものが必要な者が奴隷を買っていく。
冒険者だってその必要な者である。特に、迷宮や遺跡探索を生業としている者たちにとっては、奴隷はなくてはならないものだ。
迷宮で見つけた財宝などの分配でもめることがないからである。財宝の分配をめぐって人の眼がないからと、殺し合いに発展した例も少なくない。
そう言った不毛な争いを避けるために迷宮や遺跡を探索する冒険者は基本的に奴隷でチームを組んで事に当たるのだ。
奴隷の物は主人の物であるため、財宝の分配を気にする必要すらなく、命令に忠実とあれば使わない手はないだろう。
ただ、ここにいる奴隷はそう言った奴隷ではない。
そう言った戦闘用の奴隷は基本的に北第二区で売られているので、ここにいる奴隷たちはただの労働用、あるいは性処理用の奴隷である。
勿論、金無貧乏帝王であるアルフは奴隷などという高級品を使ったことはない。奴隷の売り買いは基本的に金貨云十枚の世界なのだ。貧乏人が手出しできるような額ではない。
一番安い奴隷ですら、最も金の含有量が多く、最も高額なリーゼンベルク金貨で約30枚の世界なのだ。
日銭を稼ぐ生活のアルフではどうあがいても買えない額だ。しかし、最高位の冒険者であれば稼ぐことは可能な額である。
しかも、それが最低額なのだ。奴隷商売とは金貨が数百、あるいは数千枚と動く大きな取引なのである。ここはそういう取引が行われる場所。
それだけあって、他の場所とはかなり雰囲気が異なる。ただの奴隷商人に交じって裏の奴隷商人がいることもある。
人攫いによる人売りだ。まさかその中にはいないだろうかと、探していくが見つかることはなかった。
アルフは環状道路まで戻る。
「いたか!」
環状道路で屋根の上から降ってきたミリアと合流して情報共有。
「いないです! でも、匂いあったよ、アルフせんせー!」
匂いをかぎ分けるとか本当に犬だ。だが、今ばかりはその鋭いきゅう覚に感謝する。わしゃわしゃとミリアの頭を撫でまわし、
「行くぞ!」
彼女が言う裏通りまで向かう。
「うん!」
アルフはそう言って駆け出す。出来うる限りの全速力で奴隷市場までやってきて、そこにある裏路地を片っ端から見ていく。
しかし、何の痕跡もない。流石にこの時間の裏通りは他の臭いが強すぎるためにミリアでもレオたちの匂いをかぎ分けることはできない。
ただ、裏通りに入って行ったことだけは確かだ。
「どこだ。子供三人が裏路地に入った……どこかの店に入った? いや、子供だけで入れてくれるような店は裏路地にはない」
基本的に、裏路地というのはゴミ捨て場のようなものなのだ。そこにあるのは表通りに面した家から捨てらえた糞尿やゴミなど。まだ日暮れ前なのを考えればそうでもないが、既に裏通りのそこらじゅうに散らばっている。
表通りには捨てられないので裏通りに捨てているのだ。また、それだけでなく、その方が清掃をする者が片付けやすいというのがある。
貴族街では魔法を使っていつでも綺麗にしているというが、魔法を使える者が少ない平民たちが住む第二区では、だいたい裏通りはこの通り塵の掃き溜めと化しているのが普通だ。
王都であっても、どこかほかの都市であっても裏通りの様相は対して変わらない。リーゼンベルクでなければこれに加えて浮浪者がうろついているところだ。
こんなところに寄りつくのはよほどの物好きか、酔狂なものだけである。それだけに好都合なことがあるのだ。ごみや糞尿に紛れて、このような裏通りでは非合法な商売が行われているのだ。
たとえば賭博。公営の換金などない歓楽街に存在する合法の賭博場ではない、裏カジノの入り口が裏通りにあるという。
大枚を賭け、己の人生すら賭けて負ければ全てを失うような、己の身体を切り売りするかのごときまさしく正しい博打を打てる非合法な場所がひっそりとこの裏通りのどこか存在している。
たとえば薬の取引。人を快楽と幻覚の世界にいざない、幸福感を与え、脳を破壊していくようなドラッグの取引の多くはこのような人目のない裏通りで行われているらしい。
そういった商人に捕まれば最後、快楽の赴くままに、金を吐き出し続け、最後には全てを奪われてもわからない白痴へと堕ちてしまう。
たとえば、人身売買。正式な商売として成り立っている奴隷商とは違うもので、どこからか攫ってきた人々を奴隷として売るのだ。
無論、禁止されており、見つかれば処罰は免れないが、例えば美しい人妻が欲しいなどという貴族の戯言の為にこういった商売が見逃されていることもある。
これら三つの他にもたくさんの非合法な取引が行われている。闇ギルドの存在もそうだ。犯罪者ギルド、盗賊ギルドと言った存在もあって、子供だけでここに入るのは危険であった。
なので、レオたちもそんなのに巻き込まれたのかと思ったが、
「裏通りを見る限り、それはないか」
「そーなの?」
「ああ、汚いからな」
大抵、人攫いなどがあると、そこらの痕跡を消す。子供が暴れればそのあたりのものが散らかる。それを人攫いたちは片付ければ、裏通りの一部分だけが妙に綺麗になるのだ。
ゆえに、汚ければそういったことはないということになるのだが、それでは安心できない。そういうことがわかっている連中の場合、そのままであることが多いのだ。
だが、今回ばかりはそういった可能性はなさそうである。そういった痕跡が見られない。ならば、犯罪に巻き込まれたとかはないだろう。
一応、奴隷市場の裏通りから、少し外れた場所まで行ってみたが、どうにもそういう痕跡は見つからなかった。アルフが見つけられなかった可能性はないこともないが、丁寧に探したため見逃した可能性はほぼ考えなくて良い。
「となると、自分たちでどこかに行ったのが濃厚か」
「どこかなアルフせんせー?」
「わからなんが、厄介だな」
そうなると厄介であった。アルフとミリア、シスターの三人で探せる場所など限られているし、もしどこか抜け道でも見つけて街の外にでも出ていれば見つけることは不可能だ。
探して時間が経っているので、日が暮れる頃だ。夜になれば魔物が活性化する。そうなってしまえば、子供など逃げることはどうやっても無理だろう。
「そうなると、あいつに頼るしかねえか」
「ベル?」
「ああ、ここまで探していないとなると下手したら街の外に出てるのかもしれん。あんまりあいつの手を煩わせるわけにはいかないと思っていたが、そうも言ってられんからな」
頭を掻きながら、そう言ってアルフは南第二区から、北第二区へと向かう。
そして、北第二区の環状道路から一つ通りを越えた場所にある店に入る。独特の香草の匂いと、良くわからない干物の匂いがまじりあった奇妙な臭いをさせる薄暗い店内。
その中央には水晶玉が置かれたテーブルがあり、フードを被った人物が座っていた。
その人物はアルフが入ってきたことを認めると、
「いらっしゃい――おや、アルフ先生!? ……まさか、私の店に来てくださるとは思わなかった。あなたはここには来てくれないと思っていたよ」
驚きと喜びが混じったような声をあげた。どこか色香を感じさせる声色で。否応なく人を魅力するであろう声をアルフはなんとか聞き流す。
「そりゃな」
お金的な問題で。そう来れない。何しろ、アルフが買うには数年単位で金を溜めなければ買えないような品物ばかりがここでは売られているのだ。
あと、この店に香る香の匂いがどうにもなれないと言うのもある。
「アルフ先生ならばいつも大歓迎なのだがな。兎娘も久しいな。息災だったかな?」
「うん! ベルおねえちゃんも元気そうだね!」
「ふふ、私が元気でないことなどないよ。それで、どうかしたのかなアルフ先生。何かお困りのようだが」
「ああ、力を貸してほしいベル」
それに、ベルと呼ばれたフードの人物は、少しだけ笑う。アルフはそれに怪訝な表情を向ける。
「まさか、再びアルフ先生の力になれる日が来るとは思わなかった。どうか許して欲しい。それから、そんなに畏まらないでもらいたい。アルフ先生の頼みならば、この私が断わることはないと再三言っている。
それにミールデンを守護聖人とする我らシルドクラフトの冒険者は困っている者、助けを求める者は、それが例え敵だろうとも、憎き怨敵であろうとも絶対に見捨てない。
貴方の言葉だ、アルフ先生。何でも言ってほしい。私も貴方の言葉通りに、助けを求める者を絶対に見捨てない」
彼女はアルフの弟子の一人であった。非常に珍しい市井の魔法使いに魔法を習った本物の魔法使いで、今ではその能力の高さからシルドクラフト冒険者の中でも最高ランクである王国級と七炎の称号もらう冒険者の一人だ。
彼女ならば見つけられるだろうという信頼がアルフにはある。それだけの力を彼女は持っているのだ。
「子供が三人行方不明だ。それを探して欲しい」
「ふむ、なるほど。確かに、それは私にうってつけの頼み事だ。これで、一つ貴方に恩返しができる」
話を聞いたベルはそう言って、背後に立てかけてあった長大な箱を目の前に置く。中を覗き込んで複雑な機構を取り出しては戻す。
「さて、どれにするかな。ふむ、これが良いか」
そこには分解された杖が入っている。それらをベルは一つを選び、組み上げて形を作る。
シスターが使っていたような指示器としての機能しかない簡易杖ではない、本格派の戦闘用の魔法使いの杖。
魔法使いと接続し、魔法を照準し魔法を放つのをサポートするための道具。
ベルは淡々と杖を組み上げていく。
魔石と呼ばれる魔物の核をベースとした機関部に、握り、杖を保持するための長い鉄の棒と、握りとは反対側に短めの鉄の筒を取り付けていく。筒には魔法を強化する魔法言語が刻まれていた。
一つの形を成したそれは複雑な機構が絡み合った杖。それは彼女が持つ杖の一つの形態であった。それを真上に構えた彼女は、
「では、行くぞ」
そう言って一度目を瞑り、ゆっくりと詠唱を始めた。
「ArD eclept xt pfvbsfn oxduge xt lsohs svnant aft_xedre rospt aft_oroir svegvld xt izn_rqa ramSlX」
開始音から始まり、属性を指定、魔法の現象を指定、効果範囲を指定、魔法の形状を指定、魔法の規模を指定、最後に終了音。
今回は属性と効果範囲、魔法の規模それぞれに強化音が組み込まれており、通常よりも強力な魔法を彼女は構築していく。
励起された魔力が発声された魔法言語を彼女の周りへと浮かび上がらせ、真上へと向けた杖先へと複雑な紋様として幾重にも円状に規則正しく配列された呪文となる。
その速度はシスターなど比べものにならないほど早い。
「求めるものを探し出せ――探知――」
完全な円陣を呪文が構築したと同時にベルが詠唱の最終節であり、発動キーたる魔法の名を結ぶ。
莫大な魔力が真上に向けた杖先から発せられ、それは広く広く広がって行く。
リーゼンベルクの街は当然として、それは遥か外へと広がる。それは魔法使いであれば目を見張るような光景だった。
普通の魔法使いを遥かに凌駕したその魔力によって発動した魔法は都市すら超えて外へとその探知の網を広げる。
「街の中にはいない……ふむ、やはり外か。…………見つけた、森にいるようだ」
「森だと? あそこは北から出ないと行けない場所だ。何かの間違いじゃないのか?」
「魔法に間違いはないよ、アルフ先生。抜け道でもあったか、少し待って欲しい、今、調べる」
くるりと杖を一回転させて彼女は再び魔法の詠唱を始めた。
「ArD eclept xt ixzwonl oxduge xt qziqs svnant aft_xedre rospt aft_nls svegvld xt izn_rqa ramSlX」
励起された魔力が発声された魔法言語を彼女の周りへと浮かび上がらせ、真上へと向けた杖先へと複雑な紋様として幾重にも円状に規則正しく、先ほどとは異なった配列の呪文となる。
「時間の中を迷い人を追え――時間追跡――」
時間を遡り、ベルの魔法はレオの足跡を辿る。
「――ああ、なるほど、どうやら南第二区のあの通りには裏通りから外に繋がった抜け道があるらしい」
「なんだと?」
「塞がれていた旧水道がなんらかの理由で開いたらしいな。かつての旧水道は魔物の巣だ。それが外に繋がっていたとして、まあ、不思議ではないな」
「それなら、子供たちだけで通り抜けることなんてできないだろう」
「子供だからだと言える。どうにも、子供しか通れないような狭い通路があったらしい。それが外まで通じていたのだな。最短距離で外まで通じているぞ」
「わかった、奴らは外の森にいるんだな? 助かった」
「何、これくらいアルフ先生の為と思えばそれほどの苦労ではない。ああ、そうだ。旧水道については私からギルドに報告しておこう。報告をしたら私も向かう」
「わかった、終わった何か礼をする。行くぞ、ミリア!」
「うん、ありがとうミリアおねえちゃん!」
いらないよ、と言うベルの言葉を背に聞きながら、アルフは店を出て北第二区の第二門を目指す。普通ならば宿屋に戻り装備を整えるだろう。
今持っているのは一本の剣と短剣くらいなのだ。ほとんどの戦闘用の道具も今は持っていない。孤児院に向かう前に危ないからと宿屋に置いてきている。
しかし、時間が時間であり一刻の時間も争うかもしれない。だから、とにかくそのまま行くことにした。ミリアもいる。最悪の場合は子供たちの盾になることすら視野に入れてアルフは城門まで向かった。
既に終課――午後六時――の鐘が鳴っている。城門は閉まっている時間だった。閉じられた城門を開けるすべはない。
「ミリア!」
だが、越えられる手段がないわけではないのだ。
「任せてアルフせんせー! らっくしょーです!」
ミリアは、アルフを抱えるようにもつと地を蹴った。
悲鳴すら上げる余裕などなく、アルフは離れ行く地面に向けて押さえつけられるような凄まじい圧力を感じる。
それは一瞬のうちに消えて、内臓が浮き上がるような浮遊感を感じる。
目を開けば、地上は遥か下で、城門を飛び越えていた。
「おいおいおいおいおいおいおいおい――!?」
「いやっほおおおおおおおおおっ――!!」
なんども思う事ではあるが、高ランク冒険者はこれだから嫌だとアルフは落ちながら妙に冷静な頭で考える。
冒険者に限らず、この世界では人でも、魔物でも魔力を持つ者を殺すと、死んで体外に放出された魔力が体内に吸収されて身体能力などが強化される。
つまり魔物を殺すほど、このミリアのように城壁を飛び越えることすら可能になるのだ。
ただし無論、それにも限度というものがある。何事にも無制限というものはない。
人間の身体を器、魔力を水として考えればわかりやすいだろう。
空きがあるうちはいくらでも入るが、限界に来れば零れてしまうのと同じで吸収して身体能力が上がるのには限度があるのだ。
アルフのそれが既に限界に達しており、身体能力の強化率を計る魔力量はシルドクラフトの冒険者基準で街級でもギリギリ程度で、極小都市級とも称されるほどしかない。
だが、そんなアルフと違ってミリアのそれの限界は数十倍、あるいは数百倍、身体能力が測定不能と言ったくらいはある。
それは高ランク冒険者になるための才能とでも言おうか。その器の容量が大きいほど誰よりも強くなれるのは言わなくてもわかるだろう。
そして、このミリアはその容量という意味ではまさに次元が違う。城壁を一足飛びで飛び越えられるほどの身体能力を得ながら、その器の底が見えないのである。
つまり、まだまだ強くなれる。ゆえに、付いた二つ名は大食い兎。
名前の由来は、彼女のツインテールを形作っている兎の耳のような大きなリボンと、この跳躍力、それから魔力を幾らでも吸収して強くなる底なしの器のでかさ。
まさに正真正銘の化け物だ。それに抱えられて、城壁を越えているアルフが言うのもなんであるが、本当に滅茶苦茶である。
しかし、今回ばかりは助かった。とか思っていると、
「ぐあっ――」
凄まじい衝撃が彼を襲う。城壁を飛び越えて北第三区に降り立ったのだ。
「越えたー! 第三区。えぇーっとぉ、次はー……」
北第三区、というか、第三区と呼ばれる一番城壁と二番城壁に挟まれた区域は、そのほとんどが軍区画である。
駐屯地、宿舎、演習場、防衛施設など軍の施設がこの北第三区には多い。
南第三区や東第三区、西第三区など北以外の第三区に行けば、また違って闘技場や多少の畑、家畜小屋などがあったりなどしているが、この北第三区は他国との玄関口であるため、軍の防衛領域となっていてまったくと言ってよいほど遊びがない。
玄関口ということもあって通行の為に一本道が通っているのでそこを行けば実は外に出るのは速いのだが、左右には壁のように建物が立っていて、有事の際はそこから矢を撃って敵を殺せるように出来ている。今の時間そこを通ろうものならば矢を射られるのは間違いない。
だからこそ、アルフは遠回りをしようと告げようとした。
「外に出る。危険だから、遠回りを――」
「わかったアルフせんせい、ぼくがんばる!」
だが、そんなことはミリアにはまったくと言ってよいほど関係がないとばかりに身体に力を漲らせていく。
がんばる、という言葉がこれほど不吉に聞こえる日が来ようとは、アルフはまったくと言っても良いほど思ってなかった。
ミリアは城門を飛び越える時よりも強く地面を蹴る。多少地面が抉れているが、些細な事とばかりにミリアは遠慮なく穴をあけながら跳んだ。
先ほど以上の加速度をアルフは受ける。気を失わずに済んだのは、あまりにも上昇が早すぎてすぐにそれが浮遊感に変わるおかげだ。
もし、あと数秒でもそれが長ければアルフは気を失ってただろう。
それが都合数度。ラビットの名は伊達ではなく、地面に足をつけているより、空中にいた時間の方が長かった。
だが、そのおかげでアルフたちは北第一門の付近までやって来た。正確に言えば、城門よりも森に近い西寄りの場所だ。
「んじゃ、いっくよー、せええのおお――!」
アルフの返事を待たずしてミリアは地面を蹴る。一瞬の加速度から上昇は即座に終わり、浮遊感に変わる。
もう慣れたのか目を開き周りを見る余裕が不本意ながらも出来ていた。そこから見える眺めは悪いものではなかった。満天の星空と大きな月が大地を照らしている。
それはアルフに素直に美しいと思わせるには十分なものだった。月明かりに照らされた森が一望できる。月明かりの中、風で揺れる森はまるで一つの生き物のように感じられた。
アルフはその中から、レオたちがいないか、何か手がかりがないかかどうかを探してみるが、彼の視力では見つけることができない。
その時、森に火柱が上がる。
「火柱!?」
静まり返っていた森がざわめく。火柱は何か逃げるように位置を変えながら上がる。あの現象には見覚えがあった。
遠く離れていても感じられる魔力の波長は今朝確認したばかりの竜人のそれだ。なぜ、それが火柱を放つのか。
それに対して疑問を感じると同時に、
「あ、いた!」
「どこだ!」
「あそこ!」
ミリアが声を上げた。
彼女が指をさす方、火柱の方に、走る影をアルフも見た。そして、それらを追う大型の魔物の影も。ゼグルドが彼らを見つけて、守ろうとしてくれているのか。
いるはずのランドルフもいない。どうしたのか。ともかく真実はわからないが、このままでは間に合わないかもしれないという予感がアルフに駆け巡る。そうなったアルフの判断は速い。
「ミリア! 俺を投げろ!」
「はい!」
ミリアはいつも持っていて手放さない背中の大斧を抜く。そして、アルフの手を左手一本で持って、右手で大斧を振るった。
低い凄まじいまでの風切音が鳴るとともに、アルフの身体が勢いよく引っ張られる。
ミリアを軸に大斧を振るったことによる勢いによって発生させた遠心力にアルフの身体が引っ張られ、
「いっけえええええええええ!!」
それに合わせて力の限り、アルフをミリアが投げる。
「お、おおおおおおおおおおお!!?」
投げろと言っておいて自分の想像以上の勢いにアルフは、これ大丈夫か? と戦慄しながらも剣を抜いた。
ミリアの投擲は正確であり、ぐんぐんと近づいてくる魔物。アルフはそれに突っ込んだ。