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とある中堅冒険者の生活  作者: テイク
第二部 第一章 新しい出会いと中堅冒険者
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第5話 微笑みの貴公子

 アミュレント滞在が終わり、一行はさらに膨れ上がりながらも次の街を目指した。

 途中様々な障害があったものの、アルフとニソルは無事に目的地であるジュリスメルトに到着した。


 シャーレキントとマゼンフォードの中間地点。ジュリスメルト。

 マゼンフォード州の東端オーロ地方、天を貫かんばかりの山々には神々が住むとすらされているバーハヌース山脈へと戻る大河にかかる大橋の街。

 神の帰り道とされる大河には魔物は居らず、魔王復活という情勢下ながら船上市場が出ており、取引が盛んであるようだった。


「わー、すごーい!」

「そうだろ? 俺も初めてこの大橋を見たときは驚いたもんだ」


 リンオーロントとは違う巨大な橋の上に作られた街だ。大河の流れに負けぬ巨大な円形大橋は、魔法最盛期に作られたもので、かつての魔法文明の高度さを物語っている。

 食欲中心のニソルも、そんな壮観な建築を見たら感嘆もするかとアルフは、思ったがやはりこの女は一味違った。


「何いってんの? 何がすごいって河よ河! わからないの!?」

「河?」

「そうよ、河よ! こんなすごいの見たことないわ! 神の帰路! あんなにたくさんの神様! ねえ、飛び込んで良い!?」

「やめろバカ!?」

「ぐぇ――」


 今にも飛び込んで行きそうなニソルを慌てる止める。襟首を掴んだおかげで、ニソルは喉がしまって蛙の潰れたような声を出したが、気にしている余裕はない。

 大河は美しいが、深く流れも急だ。更に大橋の影響で神の眼、神の口と言われるような渦が頻繁に出来る。そんなものに呑まれたら人間は終わりだ。


 また、魔物はいないが魚はいる。人を丸のみにするような魚もいるとあれば、飛び込むのは自殺行為だ。毎年、何人か足を滑らせた子供が、大河の主と呼ばれる魚に喰われている。

 ニソルがどれ程強いのかアルフは知らないが、容易に飛び込ませる訳にはいかなかった。


 ただ、そんなことなど知るよしもないニソルは、いきなり襟首掴まれて首が締まったのだ。せっかくの神の帰路に飛び込もうとした喜びは台無しである。

 当然、憤るニソルはアルフに食って掛かる。


「何すんの!」

「何すんのは、こっちの台詞だ、死ぬ気かバカ!」

「あーバカって言った! バカって言った方がバカなんだよ! バーカ! あたしは大丈夫なのに、もう良い気分が台無し」

「……はあ、止めなかったら死んでたぞ」

「誰もあたしの命の心配なんて頼んでない。あなたに頼んだのは案内。あたしの命は、あたしの自由」

「お前なぁ」


 この女には、どう言ったものかとアルフは天を仰ぐ。確かにニソルの言うことはもっともだが、少なくとも数週間は旅を共にした相手が自殺行為をしようとしているのは普通に止める。

 見ず知らずというわけでもない相手なのだから、アルフとしては当然のことなのだが、ニソルは違うらしい。どうにもこの女は刹那的な部分がある。心配になるほどに。


 何か言うべきだろうが、アルフは結局何も言わず溜め息だけを吐き出した。結局は、アルフがどう思っても他人である。その考えを変えさせるには付き合いが短すぎた。

 だから、アルフは何も言わずに溜め息だけを吐き出して、両手をあげて降参した。


「わかった。今度は止めねえよ」

「……なんか負けた気分なんですけど」

「知らねえよ。で? これからどう――」


 ――するのか。そう聞こうとした瞬間、


「キャー!」


 甲高い女性の悲鳴が響き渡った。


「なんだ?」


 耳をすませたアルフに聞こえたのは、切羽詰まった女の悲鳴と男たちの声。

 それは、


「子供が、河に落ちたぞ!」


 というもの。

 それを聞き取った瞬間、アルフは駆け出していた。


「あ、ちょっと!」


 ニソルのことは頭からすり抜けて、ただ悲鳴が響き渡った場所へと向かう。大橋の端、欄干から下を見れば船上市場の繋ぎ板の一つが壊れており、その近くで女性や男たちが騒ぎたてていた。

 船から少し離れた場所に、河に落ち暴れる子供の姿を見つけたアルフは、考えるよりも先に動いていた。


「ちょっと、いきなり走り出してどうしたのって――」

「持ってろ!」

「は? ちょ、なに――」


 遅れてやって来たニソルに、荷物を投げ渡してアルフは飛び込んだ。時を置き去りにしたかのように、全てがゆっくりになっていく。

 ニソルの驚いた顔が見えたが、すぐに後方へと流れて消えて行く。手に持ったロープを引っ張れば上から悲鳴。


「持ってろってそういうこと――!?」


 ぐんっと張ったロープ。ニソルに荷物と一緒に渡していたもの。アルフの落下から命を救うための綱。普通の人間であれば、成人に達した男の全体重、それも落下しているという凄まじい重量を支えることなど不可能。

 しかし、問題なくニソルという女は、それを手にして離すことはなかった。如何なる術理か、かつての冒険者の如き膂力でもって、彼の身体は橋上から落下しつつも船にも水面にも叩きつけられることはなかった。

 肩が抜けそうになるが、落下の勢いは減じ橋下にあった船へと飛び移る。そのままアルフは船上を駆けた。


 目指す場所は決まっている。船から船を跳躍していく。時には、船と船を繋ぐ太い鎖を足場にして駆ける。かつてのほどの速度はないが、元より彼に速度というものは出ない。

 かつても今も、速度はほとんど変わらない。鍛え上げられた人間のそれ。だが、それで十分。自らが把握する身体能力を十全に駆動させれば、数十秒で船市場の端まで辿り着く。


 荒くなった息を整えると同時にアルフは流されていく少年を見やる。堕ちた場所からかなり流されている。最悪なことに、渦へと向かって激流へ飲まれかけていた。


「――!」


 躊躇いは一瞬。まったく何をやっているんだという自嘲が一瞬だけよぎったが、すぐ様それは水に流れて消えていく。

 激流に飛び込み、より早く追いつかんと手足を動かす。水は冷たく、熱量を奪っていくのがわかる。動いていながら、地獄に堕ちた死者の如く体温が失われていく。


 それでも、アルフは救うために泳いだ。二度と何も失わないために、アルフは今もこうしている。その意思を燃料に力強く水を蹴って、少年を確保する。


「大丈夫か!」

「――――」


 ぶるぶると震える少年。顔も唇も真っ青だが、生きている。


「しっかりつかまってろ」


 震える少年を抱きかかえて船へ向かって必死になるが、激流に逆らうということは並大抵ではない。冷たい水、まるで何か意思を持っているかのような激流によって遅々として船までの距離は縮まらない。

 そう事実、何かに掴まれている感覚があった。それは感覚的なもの。かつては持っていて、今は失った感覚に近い。


 即ち、魔力だ。かつてアルフたち冒険者の身に宿っていたはずの魔力。それに似た感覚をことここに来て感じていた。

 それは自らの体温を奪われ、死に向かっているからこその幻影なのか。あるいは、ニソルが言ったように、本当にこの川には何かがあるのか。


 事実から言えば、後者が正解であった。ここは神々の帰路。バーハヌースへと帰還するための通り道。大小さまざまなながら神々がここにいる。

 それは決して人間の味方ではない。神は祟る。その気分そのままに人間に害をなす。今回は幾分かわかりやすい。


 自らの帰路に堕ちてきた異物を取り除こうとしているに他ならない。つまりは渦へと呑み込み、そのまま沈めてしまおうという単純なもの。

 だが、単純だからこそ力強い。


「くそ――」


 ただの人間では、どうやっても抜け出すことはできない。このままではアルフも少年も助からない。


 それを見ていたニソルは、人知れず大河へと身を躍らせていた。本来ならばかかわる気など何一つなかった彼女がここに来てその考えを変えたのは理由は単純だ。


「お腹がすいたから特別だよ。まったく――」


 おなかがすいた。それだった。


「ペトルン――!」


 それに、神が相手ならば彼女ほど適任はいない。その名に、四つも宿している。


 彼女が水へと飛び込んだ瞬間、激流はその動きを止めたかのように凪ぐ。川が流れを止めて凪ぐなどとありえないような光景であるが、彼女を中心として確かに凪いでいる。

 その原因はやはり神であった。激流というものは神が移動することによって生まれているものである。風もそう。全ての事象に於いて神々の行動が原因である。

 火が燃えることも、あらゆることは神の行動の結果である。ならば、流れが止まるということは、神がその動きを止めたということに他ならない。


「よーしよーし、いい子たちいい子たち」


 まるで子供をあやすかのようにニソルは、水を撫でる。もう少しだけ止まっていてねと言わんばかり。その間に、ニソルはアルフを迎えに行く。

 川の水がさながら地面の如く、しっかりと水を踏みしてニソルは二人の下へと向かう。黒髪こくよくが広がって羽ばたく鳥の如く、止まった激流の飛沫の中、太陽の光が乱反射して神秘的な輝きの中を彼女は歩いてくる。


 その驚くべき光景にアルフも、少年も動きを止めていた。だが、それでも沈み込むことはない。 まるで、ナニカに支えられているかのように水の中で静止している。

 わずかな冷たさすらも感じずに、むしろ何かに抱かれているかのような温かさすら感じていた。


「まったく、人には言っておいて、自分がやらないとか。馬鹿はあんたじゃないの」

「おまえ――」


 その光景を見たアルフは、彼女が何をしたのかと疑問ばかりだ。何かあるとは思っていたが、まさか川の流れを止めるということを見せられるとは思ってもいなかった。また、助けられるとも思ってもいなかった。

 だが、事実、彼女のおかげで助かった。それだけは紛れもない事実だ。


「だから、何か奢ってね、それでチャラだから」

「――わかったよ」


 いろいろと聞きたいこともあるが、今は聞くことはせずニソルに引っ張られながら船上へとあがる。


「ケイネス!」

「ママ!!」


 少年を走ってやってきた母親が包み込む。何はともあれ最悪は避けられたわけだ。


「ありがとうございます、ありがとうございます!」


 母親からの賛辞がこそばゆい。


「んふふー、どうってことないわよ」


 ただ、隣でここぞとばかりにドヤ顔をしているニソルにはアルフも呆れる。確かに彼女のおかげではあるので、特にとがめることはしないが、調子に乗ってやらかさないかだけが心配だった。


「――って、ちょっと待て、おい俺の荷物どうした」

「あ――」


 気が付いた事実。ぴしりと固まるニソル。ぎぎぎぎぎと音を立てて明後日の方向へ噴けもしない口笛を吹く彼女を見れば否応なく荷物がどうなったかなどわかるようなものだった。

 間違いなくおいてきた。それはつまり、もうそこにはないということである。今頃、どこぞの置き引きやらスリやら浮浪児やらと言った何某らに持っていかれてしまっているだろう。


 剣や旅道具の方はまだなんとでもなるが弓はマズイ。アレだけは失ってはならないものだ。世界樹で作られたエルフの弓。弟子からもらったもの。

 それを奪われたとあっては、何があっても取り返さなければならない。


「――急いで」

「ああ、その心配は必要ないですよ、アルフ先生」


 急いで戻ろうとするアルフを止める声。それは聞き覚えのある声だ。それにプラスして周囲の女性の黄色い声が加われば誰かを特定することなど容易い。

 かつて微笑みの貴公子と呼ばれた男。王国最強の冒険者の一人だった男――クレイン。輝くような髪を風に流せば光の粒子が舞うかのよう。


 そんな輝く金髪のまさに王子とでも言われても問題ないような貴公子然とした男が、常に薔薇でも背負っているような輝きを放つ男はふぁさぁっと髪をかきあげて、無駄に歯をきらめかせた男が、優雅にアルフの前へやってきていた。

 だが、完全を保っていた男には欠けたところがあった。右腕がなくなっている。右腕があった位置には、何もない。ただゆらゆらと風に袖が揺れるだけになっていた。


 だが、それ以外はアルフも知るクレインそのものだった。


「……クレイン!」


 感じたのは安堵。あの地獄から生き残っていたのだという喜び。かつて子供のように育てた弟子が生きていたことは何よりも喜ばしい。


「ええ、私様ですよ?」

「生きていて、良かったよ」

「ええ、それはも私様ですから。死ぬはずないじゃないですか。アルフ先生の方こそ、よくぞご無事で。さあ、こちらへ。積もる話はこちらでしましょう。食事をしながら話しましょう」


 色々と話したいことは多くある。それゆえにアルフは断る理由はない。


「ごはん!」


 ニソルもまた、特に離れる理由もないのでついていく。特に、ごはんと聞けば必ずついて行くのが彼女だ。


「いいのか?」

「ええ、よろしいですよ。そちらの方は、いろいろと面白そうですし」


 二人は、クレインに案内され、彼が経営しているという孤児院へと向かうのであった。


「ねえ、彼はどういう人なの?」

「……弟子だよ、俺の」

「うっそぅー」


 アルフも内心でそう思うとニソルに同意する。だが、それでも事実だった。彼は、まぎれもなくアルフの弟子であり、こんな自分を慕っているのである。


「ほんとう、どうしてかね」


 そんなアルフにクレインは苦笑するのであった。


 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇


 ――クレインという男の話をしよう。


 微笑みの貴公子。麗しの奇行子。九番目の弟子。

 彼はそう呼ばれる王国級冒険者であった。このリーゼンベルク王国において、十一人いた最高級冒険者の一人であるというのは、既に周知の事実である。

 ゆえに、ここで語るのは彼の過去になる。彼という男の話。彼がどういう生涯を歩いて来たのか。それはとりとめのない話になる。


 彼がどういう人間であるか。まずは、彼の生まれからになる。彼はリーゼンベルクの生まれだ。とある裕福な商家に生まれた。

 金髪と碧眼。貴族の証を持った男の子。彼は、ある貴族の次男坊と商人の娘との間に生まれた子供であった。無論、身分違いの恋などというロマンチックなものでは断じてありはしない。


 よくある見眼麗しかった商人の娘が、貴族の目にとまり一夜限りの愛(りょうじょく)を受けた。ただそれだけである。

 運がよかったのは、そのある貴族というのが、地方に領地を持つ諸侯の次男坊であったことだ。

 彼は、成人を機にリーゼンベルクの王へ挨拶と騎士としての叙勲、リーゼンベルクを本拠とする有力貴族への修行に来ていた。


 特に真面目でもない次男坊は、良く街へと繰り出していた。そんな時、ある店で働く女に目を付けたのである。

 貴族としての権力と金によって親を黙らせて娘を抱いた。そして、その一回で関係は終わる。男の方の修行期間が終わりを告げたということもあるが、何よりその放蕩三昧であった次男坊の行動が修行下の貴族にバレたということもある。


 修行に出しておいて、不義の子でもできて新しい火種となることを畏れた修行下の貴族は、次男坊とその他従者に口止めをしてから修行期間の終わりを告げて送り返した。

 その後、商人たちには口止めとして多額の金を支払った。ここでも運が良かったのは、修行下の貴族が文官であったことだ。


 殺しの戦力を持っていなかったこと。

 娘の両親は、行商人からの出であり、旅慣れておりそれなりに修羅場をくぐってきたこと。

 そして、リーゼンベルク王国では少しばかり悪名を轟かせている傭兵団と懇意にしていたこと。


 それら三つの要因から商人の娘は命を脅かされることもなく、お腹に宿った子も特に何かに干渉されることなく生まれることができた。

 当然、貴族の血は強い。貴族というのは優れているからこそ貴族なのである。古くはエルフの血すらも入っている。

 だからこそ、クレインと名付けられた赤子は美しい容貌を持っていたし、妖精カミとの高い親和性すらも持ち合わせていた。平民には望むべくもない数多の才能を持っていた。


 少し他人よりも恵まれた境遇にあった。資質は高く、彼は幼いころから、その才能を発揮していった。

 少年と呼べる歳になる頃には娘の父親について、商売の交渉すら行えるほどであった。


 平民としては破格の才能、優れた容姿。誰もが彼を愛す。彼は自分こそが至高なのだと思うようになっていた。

 喧嘩は誰よりも強く、商売は成功する。順風満帆な人生。唯一、欠けているものがあるとすれば、それは父親の存在であった。

 子供の頃は、よくそれで悩んだし、馬鹿にされたこともあったが、大人になるにつれてそんなことはすっかりと薄れて忘れ去られていった。


 誰もがうらやむほどのほどの成功。挫折などなく、このまま幸福のままに人生を終えるのだと彼は信じて疑うことはなかった。

 

 だが――。


 一晩で、それは覆ることになる。

 大きな成功、偉大な名誉、数えきれないほどの勝利は、大きければ大きいほどに、偉大であれば偉大であるほどに、数が多ければ多いほどに、その反動は大きくなる。

 当然のようにクレインが成功すれば、失敗する者は出てくる。成功したクレインを逆恨みするのは、感情として避けられないことであった。


 妖精に愛された男は、積もり積もった人間の悪意に初めて敗北する。何より彼は人の感情というものに疎かった。自分だけしか見ていなかった。

 より大きな商売を、より大きな成功を。そう求めて、仕入れを行った帰り。盗賊の襲撃に遭った。雇った護衛は、二人を除きすべてが裏切った。


 クレインは商人である。ある程度戦う術などはあったが、ただ一人で数十人もの敵を相手にするには、経験も技量も何もかもがいまだ足りていなかった。

 何より挫折を知らぬ男は、己の天稟でのみ生きてきたのだ。だからこそ、執念深く、復讐のために研ぎ澄まされた刃の前に敗北した。


 なすすべもなく殺されてしまうのか、そう思った。だが、ただ二人だけ残った護衛がいた。


「貴方は、なぜ裏切らないのです」

「依頼を受けたからな」


 それは、数合わせで呼ばれたような冒険者だった。まったくの飛び入りで入ってきた冒険者たち二人。一人は中堅、一人は新人。

 護衛の仕事の教育として、ちょうど出発するクレインたちに同行していた男たちだった。建前上、クレインが護衛を依頼したということにしているが、実際はそういう義務はないし、ここで残る義理もないはずだった。


「依頼……そんなもの……」

「俺は最後まで、依頼は達成する。それがなんでもな。――何より、困ってるやつは絶対に見捨てない」

「あああ、なんで、こーなるかなー! だから言ったよね、アルフ師匠!?」

「諦めろカイル。俺だってそう叫びたい。だが、依頼だからな。何より、困っている奴は見捨てられないだろ」

「ほんっと、お人よしだなアンタ! 絶対、早死にするぜ!」

「うっせえ、それより気を抜くなよ、このまま森に紛れて攪乱しつつ、狙撃だ」


 そう言い合いながらも、彼ら――アルフとカイル、のちにクレインの師匠となる男と、クレインの先輩となる男たち。彼らは逃げることなく、盗賊団と裏切った護衛たちと戦った。

 そして、どうにかこうにか、クレインは生き残ることになる。


「なんとか生き残ったな」

「いでー、いでーよー、ほんっと、いでー。なんで、オレたち生きてんだよ」

「おまえが、幸運だったおかげだな。――あんたは、無事か?」

「あ、ええ……」

「そいつは良かった。あんたに死なれちゃ、目覚めが悪いからな。立てるか? もうすぐリーゼンベルクだ、もうちょい頑張ろうや」


 初めて人に手を伸ばされた。初めて人の手を掴んだ。

 それは初めての経験だった。自分一人で、どうにかなる。どうとでもなった。そうやって生きてきた彼にとって、それは両親以外で、初めて握る助けの手だったと言ってもいい。


「……どうして、助けてくれたのですか?」


 だから、彼は疑問に思ったことを聞いていた。


「言っただろ。依頼だった。それに、困っている奴は絶対に見捨てない。それが、シルドクラフトと俺の信条だからな」

「それで厄介ごとに巻き込まれちゃ世話ねーぜ……はあ……」


 それは、クレインにはとてもまぶしく見えた。何よりリーゼンベルクに帰るとアルフを取り囲む人たち。彼は人に好かれていた。

 元貴族の剣士。エルフの女性。魔物をつれた大女オカマ。影から見守っている獣人の男。竜殺しの少年。フードの少女。受付の女性。


 無茶をやった彼を叱ったり、それでこそと言ったり、笑ったり。人に囲まれていた。

 それが、クレインにはとてもまぶしく見えた。商人として一人でやってきた。稼ぎのために、犠牲にしたものもあった。彼は一人だった。

 だから、まぶしかった。何より、誰かの為という言葉は、彼の母親がよく言っていた言葉だった。困っている人は見捨てない。それもまた、彼の母親が良く言っていたことでもあった。


 クレインは、その後、商売を他人に任せ、冒険者ギルドの門をたたくことになる。誰かのために、困っている人は見捨てないといった男がいるシルドクラフトの門を。

 そして、彼はアルフの弟子となり、いつしか王国級冒険者と呼ばれるようになった。才能があった。何より努力というものをした。


 アルフという男との出会いは、クレインにとって掛け替えのないものである。自分を変えてくれた男。ゆえに、彼はアルフを師匠だという。

 たとえ、自分がどんなに強くなっても、アルフという男にはまるで敵わない、そう強く思っている。


更新がすっかり滞っていて申し訳ない。これよりちょこちょこと更新していきたいと思います。

一次通過しましたし、二次、三次と通過できるように頑張りたいと思います。


これより微笑みの奇行子編となります。


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