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とある中堅冒険者の生活  作者: テイク
プロローグ 中堅冒険者と竜人と始まり
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第5話 加入

 翌朝。アルフ、ゼグルド、ミリアの三人は共に開いたばかりの城門へと向かっていた。ミリアのチームは何やら話し込んでいたのか眠そうに後ろをついて来る。

 ゼグルドはといえば竜人(ドラゴニュート)の特徴である竜の頭のおかげでどこぞの傭兵だとか、山賊だとかにしか見えない為に、道行く全ての人から奇異や恐れの視線を向けられていた。


 そんな視線を向けられている本人はというと、普段ならば敏感にそういった視線を感じ取るのだが、今日ばかりは別で、


「あ、アルフどの、つ、ついにリーゼンベルクには、入るんだな! き、緊張してきた」

「だいじょーぶ! 先輩に任せてー!」

「よ、よろしくたのむ」

「…………」


 ついにリーゼンベルクに入るということもあってか、緊張で声を上ずらせて、どもりどもり。どうみてもそれどころではなかった。ミリアの言葉にうなずいて、ミリアの後ろに行くほどだ。

 これが本当に最強種族である竜人族なのだろうかと、アルフは真剣に悩んでいるが、そんなことにもゼグルドは気が付いていない様子。先が思いやられる。


 そうこうしている間に、着々と前に進み、三人は城門の衛兵詰所までやって来た。鎧を来た衛兵が立っており、通行している者の荷物を検めては、税を徴収して通行させている。


 馬車や荷馬車の者たちが右側。歩きの者は左側だ。アルフたちは歩きなので当然左側の列に並んでいる。 

 荷物を見ているので、時間はかかるが、確認する衛兵も慣れたものでそれほどかからずにアルフたちの番になった。


「次。って、アルフか。久しぶりだな」

「お前が担当だったか。ちょうどいい」


 今日の担当はアルフの知り合いである。


「なんだよ。外出てたのか。なんだ? また討伐始めたのか? って、りゅ、竜!?」

「竜人だよ。ゼグルドってんだ。安心してくれ。怖い奴じゃない」

「い、いや、そう言われてもなあ」


 まあ、言いたいことはわかる。それくらい見た目は凶悪なのだ。中身はそれとまったく正反対だが。


「と、とりあえず、ぜ、ゼグルドだったか? は、荷物を出してくれ」

「お、おお、おう」


 ぎこちない動作でぎ、ぎ、ぎとでも聞こえてきそうな緩慢な動作で荷物を台の上に置くゼグルド。アルフとミリアはリーゼンベルク在住であるためその手の検査はない。

 ゼグルドの方は竜人であることもあってか警戒度は高く、念入りにチェックされていた。火打石、水が入る水袋、寝具にもなる外套(マント)、鍋などの料理器具、裁縫などに使う紐や布、医療品、筆記用具。


 旅荷物一式が背嚢から出され、台の上に並べられる。

 それらは入念にチェックされ、問題がなければ衛兵の手で背嚢へと元と同じように戻されていく。


「問題ない。通行税を支払ったら通っていい」


 全員がリーゼンベルク銅貨を十枚支払ってから門を抜けた。アルフたちは詰所を後にする。城門をくぐり、武骨な建物が立ち並ぶ北第三区の通りを歩く。

 見るべきものなどないはずの場所であるはずだが、ゼグルドにとってはそうではないらしい。


「おお、故郷と違って人間の街は凄いな」

「そうか? よっぽと田舎の村とかじゃなければ、こんなもんだ」

「凄いなあ。こんなに高い建物は竜人族の里にはないからなあ」


 そういうものか、とアルフは思う。それから、異種族の街に行ったときは自分もこんなだったことを思い出して納得した。


「なら、第二区に入るときは覚悟しておけ。こんなもんじゃないからな」

「応! そう言えば、地面にある溝はなんだ?」


 ゼグルドが石畳にいくらかの感覚で走っている溝を指さす。


「ああ、あれは建物を動かす為の溝だ」

「建物を! 凄いな、人間は非力だと思っていたが自らの住居を動かせるのか!」

「あー、それほどのもんじゃないんだが。ここがリーゼンベルクの玄関口だからな。こんな一本道じゃ、簡単に都市内部に敵が入ってきちまうだろ? だから、有事の際は、建物を動かして、ここを通れなくするんだ。

 15年前の大戦の時は迷路みたいでな、入ったら三日は出て来れなかった奴もいるらしい」


 何やら思い出すように語るアルフ。何を隠そう入って三日も出て来れなかったアホはこのアルフである。若さゆえの過ちとして彼の中では処理されているが立派な黒歴史だ。


「なるほどなあ」


 ゼグルドは感心した様子だった。元から強い竜人族にとってこのような発想はないのだろう。建物を動かしてしまうなど考えもしなかったに違いない。

 こういうところで感心するとはますます竜人族っぽくはない。


 まあ、アルフも直にあったのはゼグルドが初めてであるため、竜人族っぽいとはどういうことなのか又聞きでしかないのだが。


 それから大体一時間から一時間半ほど歩き続けて、ようやく第三区は終わりを告げる。

 このくらいになると北第二門が目について来るし、そこから向こう側の様子も視界に入る頃だ。竜人族ならば尚更だろう。


「おお!」


 現に、眼を輝かせて門の向こう側の様子に見入っている。そこに見えるのは活気あふれる街並みだろう。

 リーゼンベルク陸の玄関口であるこの北第二区は大いに賑わっている。


 道行く人々は鎧をまとい腰や背に武器を背負った者や今し方入ってきたばかりと言った風な商人が多い。 

 通りに面した建物の看板の多くは酒場や宿屋、雑貨店のものが多いことが見て取れる。


 南区ほど広くない通りの左右は宿屋など背の高い建物ばかりで圧迫的な迫力がある。

 それにおされてついつい上を見上げてしまう奴は大抵が付近や辺境の田舎からやって来た田舎者だ。


 案の定、ゼグルドがその状態であるが、自分も昔はこうだったなと思うと懐かしい気分になる。


「凄いな。これが人間の都市となのか」

「住める場所は限られているからスペースは有効に使うべきという考えらしい」

「なるほどなあ。建物を上に伸ばすことなどわれらには考えつかんことだ」


 人の流れに乗って、通りを進めば環状道路に出る。北第二区の中心地である環状道路。

 背の高いゼグルドから見れば、人の渦巻きにも見える。


「すごいな……こんなにも人がいるのか。少々息苦しいなあ」

「まあ、それは同意だ」


 相変わらず、長く住んでいてもこの人混みの中の息苦しさには、慣れることは出来ない。初めて環状道路に来たゼグルドは尚更だった。

 そんな人混みの中をうまいこと流れに乗って環状道路を半時計周りに回る外側の流れでシルドクラフトの冒険者ギルド会館へとやって来た。


「んじゃ、入って受付して来いよ。エリナっていう奴がいるからそいつに頼め」

「う、う、うむ、わかった」

「がんばれ!」


 緊張した面持ちでギルド会館へと入って行ったゼグルド。それにアルフらも続く。


 ギルド会館に入ると、一度しん、と静まり返る。なにせ竜人だ。冒険者であれば竜人という種族の噂くらいは耳にする。どれもこれも最強種、人型をした竜という恐ろしい力を持っているという噂ばかりだ。

 しかし、静まり返ったのは一瞬、即座にざわめきだす。勿論ゼグルドが話題の中心だ。滅多に人里に来ない竜人族がギルドに所属しに来たとあれば話題になるのは当然のことだろう。


 遠巻きながらギルド会館の残っていた探索明け、あるいは討伐明けの休日を過ごす冒険者やギルド職員は皆一様にゼグルドの動向に注目していた。

 エリナであり、緊張して物凄い怖い顔になっているゼグルドにもまったく動じずに淡々と職務をこなしていた。


「では、こちらに必要事項を記入してください」


 ゼグルドの前に必要書類の一枚を差出してペンを渡す。


「う、うむ……」


 それを緊張で震える手で受け取ったゼグルドは震える手で文字を書こうとして、


「こ、この国の字が、わ、わからないん、だ、だけど」


 わからない、どうしよう、とか細い声で言った。

 それで良いのか竜人族。最強の名が泣いているぞ。ゼグルドの同胞が見たらまず間違いなく哀れに思うだろう光景であるが、それを気にしているのは周りだけで本人は緊張しすぎでまったくと言ってよいほど気づいていない。


 しかし、それでだいぶ印象が変わったらしい。特にギルドで働いている受付業務などを担当している女性職員たち。


 ゼグルドが入ってきた当初はその放たれる圧倒的強者のような雰囲気にのまれて恐怖していたが、この光景を見て、それが反転した。

 有体に行ってしまえばギャップに萌えてしまったわけだ。


 ただし、それは近くにいなくてはならない職員だけであって、遠巻きに見ている冒険者たちには威圧感しかないため、印象はそれほど変わっていないために、ひたすら騒ぎが大きくなっていっている。

 そりゃ竜人であるゼグルドにシルドクラフト一の美人とされるエリナ。この二人がいて話題にならないなどありえない。話題性は十分過ぎる。


「では、こちらで記入いたします。では、まずお名前を」


 そんな中でも外野など知らぬとエリナは淡々と業務を遂行する。


「ゼ、ゼグルドだ」

「ゼグルド…………はい、では次の質問です。種族は、竜人、性別は男性で間違いありませんね?」

「あ、ああ」


 新人が来たときとまったく変わらない対応で、質問をして書類に記載していく。流石は氷の女王と呼ばれる女なだけはある。


「では、次に年齢を」

「14歳、あ、人間年齢だと140歳、だ」

「では、両方記載しておきます。では、次に――」


 そんな感じにエリナは、武器や特技などを事細かに聞いてはその都度書類に羽根ペンを走らせていく。


「――はい、ありがとうございました。では、奥の扉へ入ってください」

「は、はい」


 全ての記入事項が終わり、ゼグルドは奥の部屋へ通される。あそこではギルドマスターによる面接が行われるのだ。

 いきなりのギルドマスターの出現は驚きなど尋常じゃない。若かったアルフは勢いで乗り切ったが、あの様子であれば相当驚くだろう。


 それを横目にしながらアルフは依頼達成をカウンターで報告して報酬をもらう。


「おつかれさまー。アルフ君もまだまだやるねえ」


 子供のような受付嬢が応対してくれる。


「そりゃどうも。それより報酬は?」

「リーゼンベルク銅貨二十枚。角の売却分でプラス十枚ってとこだよ」


 合計リーゼンベルク銅貨三十枚。寝るだけの安宿なら15日は泊まれる。食事つきのちょっと良い宿屋なら11日、風呂もついた高級宿屋なら一週間と一日は止まることが出来るくらいの稼ぎだ。

 やはり討伐系はおいしい仕事だ。コボルドが大量発生して畑を荒らしていたので討伐、あるいは追い払ってくれという簡単な依頼だったがそれでもこの稼ぎだ。討伐系はじつにおいしい。


「そんなもんか」

「そんなもんよー、なんせぇ、コボルドだし」


 銅貨を皮袋に入れていると、


「それよかぁー、エリナが応対してた竜人ってアルフ君が連れてきたの?」

「外で会ってな」

「へえ、こりゃまた凄いのが来たよねえ」

「そりゃな。竜人だ。俺らが初なんじゃね?」

「確かにそんな記録はどこさがしてもないねえ~」


 などと話していると奥の部屋からゼグルドが出てきた。緊張して疲れた様子であるが、どうやら問題はないらしく次の段階へと進めるみたいであった。


「お疲れ様でした。これから加入のための試験となりますが大丈夫でしょうか」

「あ、ああ」

「では、参りましょうか。ついてきてください。――それからアルフも来なさい」


 そうやってカウンターから出ると先導するようにゼグルドの前に立つと、アルフを手招きする。


「は? 俺?」

「そうよ。加入試験の為の相手役」

「マジか」

「マジよ。知り合いの方が彼も楽でしょ。良いから早くな来なさい」

「……拒否権は、なさそうだ」

「ぼっくも行くー!」


 そう言ってミリアもなぜかついて来ることになった。ミリアに相手させればいいとも思うが、規定では街級の冒険者が相手役になることが定められている。だからミリアでは駄目。

 チームにいなくていいのかとも思うのだが、チームはミリアがいるとできない極めて重要な用事があるとかでミリアはフリーだった。


 四人はエリナを先頭に北第二区を抜けて第三区へ。そこから外へ出る通りを外れて奥まった場所にある広場へとやって来た。

 十分に広く騎兵の訓練用の場所だ。ここで馬上試合などが行われるため物見の為の櫓が建っている。その中心にやって来た。


「それじゃあ、試験を始めます。準備は良い?」


 試験と言ってもそこまで厳しいことをするわけではない。単純なものだ。まずは健康であるか、視力、聴力などに問題はないか。

 筋力は高いか、持久力はあるか。戦闘技能はあるのか。あるいは何か秀でた技能はあるかなどの確認。特に秀でていなくとも構わず、健常者であれば問題はない。


 そう言ったことを確認する意味合いだ。冒険者は厳しい仕事なのだ。身体の弱いものにできる仕事ではない。

 どこか体に不調がある者は長続きしない。そういった輩を排するためにこういう試験をするのである。


「う、うむ」

「では、まずは視力検査から。王城の天辺にある紋章が見えるかしら。見えたのならば描いてもらえる?」

「う、うん」


 第三区から王城までは遠い。間にある第二区、第一区の貴族街などかなり離れている。王城は大きいがそれでも見える者はいないだろう。

 これはとりあえずと言った感じの試験だ。見えなければまた違う目標を出すつもりだったが、


「か、かけた!」


 予想外と言うか、あるいは想定内というべきか。ゼグルドは見事に描いてきた。


「ミリア?」

「うん、おんなじー!」


 ミリアに確認を取ってみるが問題はない。ミリアは嘘を絶対に吐かないので信用できる。流石は竜人、視力に問題はない。


「音は聞こえてるわね?」

「う、も、もんだいない」


 そんな感じに五感の試験をしていく。どれもこれも問題はなく、むしろ鋭い。流石は竜人というべきだろうか。

 それぞれは特化した獣人たちには及ばないが総合的に高い。


「筋力試験に行きましょうか。アルフ、たぶん問題ないだろうけど一応あれ、持ってきて」

「へいへいっと」


 エリナに言われた通り、アルフが重りを持ってくる。一番重い奴だ。アルフが結構重そうに持ってきたのでだいぶ重い奴だ。


「持ってみて」

「う、うむ」


 ゼグルドが持つと簡単に上がった。軽々と重さを感じていないように持っている。


「問題ないわね。むしろ、新人の記録更新中」


 エリナが結果を記録しながら驚いていた。


「そりゃなあ」


 竜人である。最強の人類。人型をした竜。そう言われている伝説の種族だ。これくらい出来て当然なのかもしれない。


「それじゃあ、あそこまで走ってもらえる?」


 筋力が確認できれば次は走力。


「うむ、走ればいいのだな」


 彼がそう言った瞬間、彼の姿が掻き消える。あとに残ったのは足形。踏み出した一歩の衝撃が伝わると同時に既にエリナが指示したゴール地点、広場の端に到達している。


「どれくらい?」

「一瞬」

「見えた?」

「ミリア?」

「速かったよ~、一歩だけ!」

「だそうだ」

「それはすごいわね」


 そう言いながら問題なしと記録していく。その後も数々の試験を行ってみたは良いが、どれもこれも竜人の規格外さを見せつけるばかりであった。

 特に、特技で魔法ではなく炎を出せるということで出した炎は天まで届くほどの巨大な火柱を出現させてみせた。凄まじすぎる。


「それじゃあ、最後に模擬戦と行きましょうか」

「今までの流れ見て、俺に死ねというかお前は」

「あら、大丈夫でしょう。あなたなら。今までのを見たんだから」

「…………わかったよ。ミリア、危ない時は助けてくれ」

「りょうかーい! がんばってアルフせんせー!」


 アルフが訓練用の木剣を手に前に出だ。


「そういうわけだ。最後、模擬戦ってわけでどれだけ戦えるかを見るってのが決まりなんだわ」

「う、うむ」

「そういうわけで、なぜか俺がその役回りなんだ。お前には必要ないだろうけど決まりでな。だから、手加減してくれ目一杯」

「う、うむ、わ、わかった」


 ゼグルドも木製の大剣を構え直す。


「それじゃ、ルールを確認するわ。戦闘不能にするか降参させれば終わりの単純な勝負よ。わかった?」「

「おう」

「う、うむ」

「アルフ、わざと負けようなんてしないこと」

「俺に死ねってか?!」

「良いから、それじゃ開始!」


 エリナの合図で模擬戦が開始された。


 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇


 模擬戦が始まる。合図と共に、普通の新人ならば向かってくるがゼグルドは動かない。そういう場合は対戦相手の方が動くのだがアルフも動かなかった。

 アルフは単純に自分から向かって行っても意味がないからだ。竜人の力は散々見せられた。それがわかっている。自分とは格が、文字通りの意味で次元が違う。


 普通とは立場が逆転しているのだ。しかも、アルフには制限が付いている。ここではアルフが得意とする戦法が使えないのだ。

 使えるのは木剣一本、それだけ。本来ならばそれで十分。だが、ゼグルドに関してはそうもいかない。模擬戦とはいえど竜人の前に立っているだけで感じる威圧感。


 否応なく想起させられるのは自分の死だ。どこを攻めてもカウンターで木剣に当たれば骨が折れてそのまま吹き飛ばされて死ぬ。そんな想像をさせられる。

 表面上は余裕をつくろうも内心ではそんな余裕はない。相手の一挙手一投足。全て逃さず視界に収めて相手が動くのを待つ。


 対して、ゼグルドの方も内心ではアルフとそう変わらなかった。目の前の男アルフは弱い。身に宿る魔力も小さければ、その身に取り込み充足している魔力の量もたかが知れている。

 さらに言えばそれが充足しているということは、満ちているという事。即ち魔力が取り込めないということだ。


 正直な話、勝負にならないのだ。どんなに手加減しても下手をすれば殺してしまう。それはゼグルドの本意ではない。

 竜人ならば気にしないのだろうが、ゼグルドは気にする。だからこそ、人間世界に降りてきて冒険者になろうと思っているのだ。


 ゆえに、使える手は限られる。まず一つは覇気砲。自身ら竜人が持つ威圧をただ放つというもの。砲の場合はそれに指向性を持たせてただ一人に放つような感じだ。

 これに殺傷能力はない。単純な気当てのようなものであり、効果は単純。莫大な覇気によって相手は気絶する。それだけの効果。


 指向性を持たせる分本来は円形に広がる覇気が凝縮され協力な衝撃波のようにもなるため多少の打撃にはなるかもしれないが、それでも死にはしない。周りにも被害はでないだろう。

 ゆえに、まずはこれをゼグルドは使った。


『GRAAAAAAAAAAA――――!!!!』


 轟く咆哮。それは竜の咆哮だ。竜の咢から放たれる莫大な圧。威圧の衝撃。覇気が質量を持って襲ってくると言えばわかるだろうか。

 一直線に向かう覇気の奔流。されど、アルフはそこにはいない。ゼグルドが覇気砲を放つその直前には既に動いていた。


「やっぱりな」


 アルフは予想していたのだ。まずゼグルドがやってくることは予測される二つの行動のどちらかだろうと。

 それがもっとも(アルフ)を傷つけずにこの模擬戦を終わらせられる方法だからだ。ゆえにゼグルドの無秩序に放たれていた威圧感が変わったのを察知したアルフは、自分を気絶させる作戦で来たと確信した。


 動きが武器を使って突っ込んでくる筋肉の動きではなかった。大きく息を吸うことで胸が膨らむ。まず間違いなく咆哮が来る。

 それはかつて弟子と共に戦った飛竜の咆哮の合図。ゆえに、アルフはそれが彼の口から真っ直ぐに来るものであるとわかった。


 覇気砲。竜が扱う威圧の方法。即座に攻撃方法を予測。アルフは避けることを開始した。速すぎても駄目、遅すぎても駄目。絶妙のタイミングでギリギリ躱す。


「む、むぅ、で、ではこれで」


 躱された。まさか、躱されるとは思ってもみなかった。ゆえにゼグルドは次の案を使用する。降参させれば良い。

 ならば武器を破壊し、武器を突きつければ良い。そうすれば降参してくれるだろう。そう判断しての次点案。武器破壊。


 ゼグルドの膂力ならば可能。木剣を破壊することなど小指で足りる。だから躱された瞬間には前にでた。一瞬でアルフの目の前に移動。

 その木剣に向かって己の木剣を振り下ろした。


「やっぱりな」


 目の前に現れたゼグルド。一瞬の移動。規格外な速さ。知覚すらできず、気配を読むことすらできなかった。

 そして、そんな規格外が木剣を振りかぶっている。狙いはわかる。己の右手に持った木剣。本当ならさっさとここで折らせて降参するのが良いのだが、


「…………」


 ちらりとエリナとミリアの方に視線を向ける。真っ直ぐにこちらを見ている二人。ミリアなんかはがんばれーアルフせんせー! と腕をぶんぶん振って応援してくれている。

 そんな二人がいる手前、降参するというのは男としてのプライドが許さない。女の前なのだ。少しばかりは良い格好したいというのが男。


 アルフも男である。ゆえに、格好悪いことは勘弁。ただ、出来る範囲でだけ少しだけ頑張るのだ。分というものがあるのだから。

 自分が弱いことは重々承知している。ゆえに、出来ることをするのだ。だから、


「もってけ」


 少しばかり後ろに、ゼグルドの身体が前のめりになるように木剣を下げた。


「ぬおおっ」


 それでもそれに追従して木剣を破壊するゼグルド。今更踏み込みは出来ず多少前のめり。だが、目的は達成。あとは武器を突きつけようと下がったアルフに向けて手を伸ばす。

 それを待ってましたとばかりにアルフはその手を掴みにかかった。


 懐へとアルフは踏み込む。前のめりになった姿勢。ご丁寧に手を伸ばしてくれている。腕の外側からゼグルドの肩にある胸鎧のベルトを掴み引く。

 それと同時に伸ばした左足をゼグルドの右足へ。そこを軸としてすれ違うようにゼグルドの背を押してやる。


「ぬ、おおおおお!?」


 全身の筋肉を使い踏ん張るゼグルド。倒れない。しかし、一瞬でも動きは止まる。そこに全力で後ろにぶつかったアルフ。

 青い光の軌跡を描いて全力で体重をかけて。凄まじい衝撃に歯を食いしばる。それと同時に轟音と共にゼグルドがアルフと共に地面へと倒れた。


「うおおおおおお、いてえええええ」


 自分からぶつかったというのに予想以上の痛みに悶えるアルフ。それでも立ち上がって、


「降参」


 降参した。


「はあ、まあ良いわ。それじゃあ模擬戦終了ということで」

「ぬ、おお? 終わった、のか?」


 起き上がったゼグルド。とりあえず無事終わって一安心だった。


「ああ、大丈夫か?」

「問題ないぞ。倒れるなんて初めての経験だ。凄いなアルフ殿は!」


 なんだろう、その一言でなにやら失敗したような気がするアルフ。いいや、気のせいだと思うことにして木剣を片付ける。

 同じく、使った重りなどを片付けるために手に持ったミリアがやって来た。


「せんせー、大丈夫?」

「まあ、攻撃されてないし」


 ぶつかったのは岩の壁にでもぶつかったような衝撃でそれが一番のダメージだ。木剣などを倉庫に放り込みながら言う。


「良かったぁ」

「模擬戦なんだ。そうそう酷いことにはならないっての」


 もう二度とやりたくないが、とアルフ。模擬戦だからなんとかなったようなものではあるが、模擬戦だろうとこれから絶対に竜人とは戦いたくない。

 そもそも戦うような事態があるとは限らないのだが、もしあったら全力で逃げようと心に決めたアルフ。手の内のほとんどを最初から見れていたからよかったものをもし初見だったら最初の一手で終了だ。


「良し、戻るぞ」

「はーい!」


 片付け終わって倉庫を締めてエリナたちの所に戻る。


「来たわね。あとは実地試験をしようと思うのだけれどアルフはどう思う? ギルドマスターからの要望でね」

「なんで今更」


 実地試験。その名の通り実地で依頼を行わせる試験なのだが、シルドクラフトには新人指導と巡礼を合わせたものがある。

 中堅冒険者と新人でこのリーゼンベルク王国で守護聖人ミールデンが通った足跡を辿りながらシルドクラフトの冒険者としての心構えと技術を学ばせるのだ。


 そのため実地試験はほとんど行われない。だからこそ今更というアルフの言葉なのだ。


「……アイゼンヴィクトールとルインズシーカーのギルドマスターたちが駄々こねたのよ」


 その理由を呆れたようにエリナが言う。


「は?」

「シルドクラフトばかり強い奴育ってずるいずるいと駄々こねたお爺さんたちが歳も考えずはっちゃけそうになったから、その元凶をとりあえずリーゼンベルクから出しておこうって話」

「強い奴ってのは大変だな」

「他人事じゃないわよ。原因の八割はあなたの責任だから」

「なんでそうなんだよ!」

「胸に手を当てて考えなさい」


 考えてみる。心当たりが多すぎた。


「…………」

「あなたに監督しろとは言わないわ。ちょうどランドルフ君がいたから彼に頼んだわ。問題ないでしょう」

「王国級を早々使うなよ」

「彼くらいの実地となるとだいぶ高ランクになるから仕方ないわ」

「それでも王国級を使うか、普通?」

「うちに九人もいるのだから一人くらい良いでしょう? それにそうそう王国級が動く案件なんてないわ」


 そりゃそうか、と同意。王国級の冒険者が動くことなど早々ない。それこそ王国級の魔物が出なければ仕事はないようなものだ。

 それ以外は好きにしていていい。このリーゼンベルクを出て王国中を旅しているのもいるし、店を開いているのもいる。


「そういうわけで、ギルドに戻りましょう。実地試験をします」

「うむ、わかった」


 諸々の説明の後ギルドに戻る。ゼグルドはランドルフと共にリーゼンベルクを出て近くの村に向かいアルフは雑用依頼で孤児院からの依頼があったのでそれを受けるのであった。


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