第6話 落下
剣聖ランドルフ・ヴァインズが感じたことはまるで殴られたかのような衝撃だった。兵士に案内され、城を取り囲む塔にやってきて、そこ一階中央に行った瞬間まるで殴られたかのような衝撃を受けたのだ。
そして、今まで身体の中にあった全ての力が吸い出された。急に大人から子供に戻ったのではないかと思うような、高い塔の上から落ちたような感覚が襲う。
立っていられないほどであったが、その次に起きた現象はランドルフに眠ることを許さなかった。
「おいおい、冗談、だろ……」
見たのは、城からまるで湧き出すように溢れ出す魔物の群れ。ただの魔物の群れではない。多種多様な魔物が溢れ出してくる。それもかなり高位のものだ。
悲鳴が響き渡る。魔物たちが一斉に人を襲うべく動き出したようだった。
「く、そ」
身体が重い。だが、それでも倒れるわけにはいかなかった。人を助ける。そのために剣を磨いてきたのだ。
「いく、ぞ!」
塔から飛び出し今まさに女を殺そうとしていたゴブリンへと飛びかかる。一刀両断する。そう思って剣を振るった。
しかし――。
「な、んだと……」
結果は一刀両断どころではなかった。力任せであったとはいえ、自分の実力ならば普通に斬れるはずだった。しかし、結果は薄皮一枚切れてなどいなかった。
「ケケ、ナニカシタカ?」
しかも、人の言葉を話した。その瞬間、視界がぶれる。ランドルフが殴られたと気が付いたのは、建物の壁にめり込んだ時だった。
「ガハッ――」
辛うじて生きてはいる。だが、いつものように気持ちが良いとか考える余裕はなかった。頭は別のことに使っている。
ランドルフは馬鹿ではない。なにせ、元は貴族位を持つ高貴な家系の出だからだ。金髪と青い目はその証拠。そのためアホではあるが馬鹿ではない。
自分の状態を高速で把握し、何が起きたのかをランドルフは考える。魔法には疎いが、これでも王国級冒険者として戦ってきた。ある程度は勘でわかる。
まず何が起きたのかは単純だ。魔力が消えた。いや、何かに吸われたというべきか。今まで自らを強化していた魔力が消えたのだ。
器になみなみと注がれていた水がなくなった。それが力の源なのだからなくなれば当然力は落ちる。この隊長の悪さはその落差が激しいために身体がついていっていないことが原因なのだろう。
「なる、ほど」
だったら、そのようにするだけだ。
「ケケ、マダ、イキアル。ニンゲン、コロス」
「やってみろよ。ゴブリン風情が」
身体はボロボロだが、まだ動く。これでも王国級と呼ばれるだけの剣士だ。そう剣士なのだ。
剣を振るった。ゴブリンは避けもしない。先ほどの一撃を見ているからだろう。斬れないとわかっているからこその余裕。
だが――。
「俺は、力任せにやる剣士じゃねえんだよ」
「ギ、ガアアアア!?」
ゴブリンの腕が飛ぶ。続いてその首が切断された。
「斬れないなら斬れるように斬るだけだ」
仲間がやられたのを感知したのか、集まって来るゴブリン共。ランドルフは剣を構えた。
「力が落ちたから何もできませんとか、師匠に笑われるわ」
力がないのならば勝てるように戦う。それがアルフから学んだ一番の事だ。だからこそまずは、
「逃げるんだよー!!」
逃げる。囲まれてしまえば如何にランドルフと言えども厳しい。今の状況ではどこに逃げようとも魔物が溢れ出している為に変わらないがそれでも塔の周りの広場で戦うより狭い路地で戦う方が戦いやすい。
力が落ちている現状であればなおさらだ。
「ああ、こんなことならレオの奴かアルフ師匠から秘密道具もらっておけば」
そう後悔するが遅い。今ある手札で勝負しなければならないのだから頑張るほかない。
「さて、行くぞ」
辿り着いたのは狭い路地。剣を振るうには十分ではなく狭い。そこにゴブリン共が殺到してくる。人の言葉をしゃべるとはいえやはりゴブリンだ。そこまで知能は高くない上に、逃げた相手に対して警戒するということを彼らはしない。
侮るのだ。ゆえに、全員で入ろうとして引っかかっている。そこをランドルフは狙う。
先頭のゴブリンたちの足を斬りつける。誰でも足を切られれば膝をつくだろう。切断の一歩手前で止めているのでかなり深い傷。否応なく膝をつく。続いて先頭ゴブリンどもの手足を切ってしまう。
これで先頭のゴブリンたちは何もできない。こうすることで、後続の邪魔をするのだ。先頭のゴブリンを乗り越えて来ようとしたのを斬りつける。乗り越えようと足をあげたその瞬間を狙ったので体勢を崩す。蹴ってやれば後ろへと倒れる。
雪崩のように倒れていくゴブリンども。それに合わせてナイフを投擲する。倒れる最中ではどうやっても避けられないし。避けられたとして、周りのゴブリンが邪魔になる。
狙うはもっとも柔らかい場所、目だ。脳に達すれば死ぬし、脳に行かずに生き残ったとして激痛が襲う。粘膜は鍛えることのできない弱点だ。それは人体でもゴブリンたち魔物でも変わりはしない。
「おっと――」
放たれる矢。ゴブリンの中でも狩人の役割を担う者が放ったのだろう。路地の外からの射撃。
ランドルフは背を低くして動けないゴブリンを盾にして防ぐ。
「背が低くてよかったが、こりゃ、相性悪いわ。フェミニアに頼むか」
数が多いゴブリンはどうにかなるが、今の現状であれば弓兵相手は厳しい。
「さて、さっさと逃げるか」
アルフから作り方を教わった煙玉を投擲し相手の視界を塞ぐ。ゴブリン共が騒いでいるが無視して路地の突きあたりまで走ってナイフを突き刺し足場にして向こう側へと逃げる。
その際、乱射された矢が刺さるがそれも無視して走った。
「――っぅ、メチャクチャにうちやがって。気持ちいじゃねえの。どこだ」
合流場所は十中八九アルフのいる場所。ならば目指す場所は、決まっている。
しかし――。
「まあ、そう簡単にはいかねえよなぁ」
街中に魔物が溢れ出している今、その爆心地に近いここには路地を変えたところで別の魔物がいるのは必然だった。
「頼むぜ。他の連中も生き残っててくれよな」
走るランドルフは真っ直ぐにアルフを目指した。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「厳しいですね」
フェミニア・フォレスガーナは、悪態を突きながらも射撃を止めない。三矢を同時に放ち、敵を殺すがそんなの関係ないとばかりに次から次へと殺到してくる。
アルフが良く行う殺さず敵の生け垣を築いて接近をさせないようにしているが、こうも数が多いと厳しいのだ。
「魔力炉を持つエルフですからなんとかなっていますが、人間は、厳しいでしょうね」
この現象の答えに彼女は気が付いている。こうなる前になんとかするつもりだったが、後手に回りすぎたと言える。
いや、敵が話に聞く通りであるのならば、これは当然の帰結だろう。明らかに異常だからこそ森を出たというのにこの体たらくだ。
身体を強化して外部からの魔力は全て失われた。残っているのは妖精種であるゆえの自前の魔力とエルフの身体能力だけ。
人間は厳しい。街の人間はまだいいが、やってきていた冒険者たちは全滅も良いところ。いうなれば落差が激しすぎてその負荷に耐え切れなくなったのだ。
王国級となればその落差は尋常ではない。谷から真っ逆さまに落下したようなもの。それでもどうにかできたのは自前の魔力炉を持つエルフだからだ。
あとは気合いと根性があればどうにかしているかもしれない。気配を読む限り王国級共は揃いもそろって動き回っている。
伊達に王国級冒険者を名乗っていないということだ。
「でええええりゃああああ!!」
その時だ、敵の波が割れる。
「でぇじょぶか嬢ちゃん!」
「嬢ちゃんという歳ではないのですがね」
剣を構えた顎髭をたくわえた豪快な偉丈夫とその後ろを一団が走り込んでくる。力が下がっているというのに良くやる。見ればアルフと同じで自前に身体を鍛えていたのだろう。
なるほど、そうなれば力の落差は多少ながら緩和されたということか。
「おっと。エルフさんか、そりゃ失礼した。ホークウッドだ。ホークと呼んでくれ」
「フェミニアと」
「よっしゃ。今は緊急事態だ。これから逃げようと思うんだが、どうだ? あんたがいりゃ心強い」
「良いでしょう。ですが、私は仲間と合流しますので」
「良いぜ。仲間は大事だ。合流地点とか決めてるのか?」
「ええ、港側の宿屋です」
「よっしゃ、んじゃ行くとするぜ、野郎ども!!」
鬨の声をあげると同時にホークが一団を率いて敵へと突っ込んでいく。荷馬車にフェミニアは乗り込み、そこから飛んでくる矢を撃ち落とし突撃をサポートする。
「良い腕だ!」
「褒めてもなにもでませんよ」
ホークが敵を切り、続く傭兵たちも順に切って全員で魔物を殺してく。撃ち漏らしを許さないと言わんばかりに敵はズタズタだ。
「オークばかりなのが幸いですね。硬い敵が出てきたらどうしましょうか」
「その場合は逃げるさ。それか目を狙うかだな」
「わかっているようで何より。次が来ますよ」
機先を制するフェミニアの矢が飛翔する。快音をあげて飛翔した矢は敵の脳天を貫く。先頭を綺麗に殺すことで行軍する敵の足並みは乱れる。
それどころか数が多いだけに急に止まれない奴らは先頭の死体に躓く。そこに傭兵団は殺到する。
「おおおおらあああ!!!」
全身で大剣を振るうホーク。鎧姿であるため多少の攻撃では揺るがない彼の一撃は信じられないくらいに重い。敵は否応なく圧殺される。
その大剣は拾うことなく捨てて剣を振るう。砂を投げつける。血反吐を相手の目に吐きかける。なんでもやって彼は敵を殺してく。
彼の仲間もそうであった。
「さすがは傭兵というべきなのでしょうか」
「言ってやってくれ。あんたほどの美人に褒められりゃ。士気もあがるってもんよ」
「では、流石は傭兵団のみなさんですね感心しました」
『うおおおおおおおおおおおお!!』
その一言で士気は面白いように上がる。超絶美人なエルフがいるのだから当然だろう。
ただ、それでも状況は厳しいと言わざるを得ない。ある程度戦えるだけの力があるとはいえど人間だ。傭兵たちは一人、また一人と倒れていく。
遅れる者は置いていく。傷が深い者も置いていく。彼らは好き好んで残り、敵に対する囮となって団を逃がす。
そうやってだんだんと数が減って行く。最初の半分にまで落ちて道程は半分まで来た。いや、半分程度までしかこれていないというべきか。
「はあ、はあっ、くそ、厳しいな」
「そう、です、ね」
ホークもフェミニアすらも満身創痍だ。だというのに敵は後からあとから湧き出してくる。
「しかも、なんでいありゃあ」
「これは不味い、ですね」
「ふむ、まだ動けるのか。小生少し驚きである」
背後に左腕以外が刃に同化された少女を控えさせた女がそこに立っていた。淡い水色の髪をした柔和ながら凛とした女は左腕を白い篭手で覆われた女。その手には長弓が握られている。
「だが無意味だ。主の命を遂行しよう。我ら五体将軍。これより、この世界を掌握するため進軍する」
「逃げろ――!」
ホークの叫びがこだまする。その時、地獄の雨が降り注ぐ。
「風よ!!」
吹きすさぶ風が、矢を吹き飛ばした。
「今のうちに早く!」
「おう、撤退だ野郎ども!!」
「む」
撤退する傭兵たちに女が矢を射ろうとするがフェミニアはそれよりも早く矢を放ちとめる。
「……では、まずはあなたから」
「っ――」
咄嗟に急所を腕でかばう。
「くぅ」
次の瞬間には突き刺さっていた魔力の矢。その威力は途轍もなく防がなければそのまま死んでいただろう。
防いでもフェミニアの身体を持ち上げ吹き飛ばすくらいの威力があった。
「小生の矢を防ぐとは」
「これでもエルフですから」
「しかし、その腕ではもう矢は射れないでしょう」
だらりと垂れる左腕。これでは矢を射ることはできない。
「ええ、ですから逃げさせていただきますよ」
煙玉を放り投げ撤退する。
「む、見失いましたか」
森の狩人としても名高いエルフの隠密行動はたとえどのようなものであろうとも見破ることはできない。
その噂に違わぬ穏行だった。
「でえじょうぶか」
「ええ、まあ、なんとか急所は外しました」
それでも満身創痍。
「急いで撤退しましょう。これ以上ここにいるのは危険です」
「おう、わかった」
「五体将軍。魔王の身体ですか」
まさしく彼らは人外だった。エルフとして記憶が呼びさまされる。神話は始まったのだ。
「急がないと」
「おう、急ぐぜ」
傭兵団は全速力で走る。合流場所へと向かって。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「ぬおおおおおおおりゃああああああああ!!!!」
筋肉が脈動する。鍛え上げられた筋肉が膨張し、打撃に力を込める。スカートがひらりと揺れ膨れ上がったパンパンの脚を晒す。ちらりとのぞくピンクの下着は、魔物にすら嫌悪感を抱かせた。
殴りつけられた魔物はその一撃で頭蓋を砕かれる。その死骸はサン・リーンの背後に控えた竜が食らう。
「さあ、行くわよ、みんな!」
リーンが手名付けた魔物たちが押し寄せる魔物へと殺到していく。力が削がれた主ではあるが、彼らは力によってリーンに従っていたわけではない。
彼らはリーンに惚れてついてきているのだ。何か間違っているとしか思えないが、全員そうなのだ。ドラゴンが、ワームが、ありとあらゆる魔物がリーンの自称麗しの美貌に惹かれて仲間になったのだ。
確実に言える。間違いなく洗脳だ。だが、だからこそ、力が落ちた主であろうとも彼らは主と仰ぎ戦う。
「行くわおおおお!! アルフさんのところにねぇ!!」
アルフ好きが多い弟子集団が向かう場所などそこくらいだ。それに、こんな状況である。確実に首を突っ込んでいるであろうアルフの為にも馳せ参じなくてどうするのだ。
「それに、あの二人も心配だわ」
城に連れて行かれたベルとミリア。助けに行けるだけの力を保有してるのは自分。ならばこそ、彼らの救出に向かうのは必然的に自分だ。だからこそ、最も敵が多い場所へとリーンは先頭切って突っ込んでいく。
それに続くのは竜とか高位の魔物たち。リーンに惚れた魔物たちだ。
膨れ上がる筋肉が唸りをあげて敵を叩き潰していく。弱いからこそ鍛えると言っていたアルフ。ならばこそ自分も鍛えて、ここまで来た。今戦えているのは彼のおかげだ。
だからこそ、彼が大事に思っている二人は必ず助ける。
「だから、どけええええええ!!!」
野太い咆哮が天へと轟く。鈍い打撃音と最強たる竜種の咆哮が木霊し通りを引き裂いてく。ワームが城門を破壊する。
その途端流れ出してくる魔物どもを食らいながらワームは道を開く。
「さすがよ! ワームちゃん!」
中庭に走り込むリーン。その時、何かが天へ上がって行くのが見えた。
「赤い髪の女の子と魔物? いいえ、今はあの二人よん!」
襲い来る騎士甲冑を殴り飛ばしながらリーンは城内へと飛び込む。続くのは小型の魔物たち。ウルフ系などの群れで行動する魔物たちは、リーンを的確に誘導し守りながら突き進む。
門を守っていた三頭の犬に数十匹のヘルウルフが噛みつき、ハニービーが毒を注入する。その隙に扉をぶち破ってリーンは玉座の間に飛び込んだ。
「ミリアちゃん、ベルちゃん!」
飛び込んだリーンの目に入ってきた光景は地獄だった。
「くそ、止まれ、止まれ止まれ止まれ! 頼む、止まってくれ」
泣きそうなベルの声がこだまする。血だまりに沈むのはミリアの姿。
「何があったの!」
「りー、ん。たの、む、こいつ、を」
「酷い」
ミリアはまるで体内から寄生魔虫にでも食い破られたかのような有様だった。これでまだ息があるのは、必死にベルが止血しようとしたおかげだろう。
彼女の方も悲惨だ。全身が穴だらけと言っても良い。背中が内側から破裂したように割れている。それででもミリアより軽いのは彼女の特性からだろう。
自前の魔力炉を持っていることもその要因だ。だが、魔力をすわれすぎて魔法も使えない中ではこれが限界。むしろ、彼女は良くやった方だった。
敵がいるなか、それを防ぎながらミリアを生きながらえさせたのだから。
「のこった、魔力だと、これが、限界だった。たのむ。ミリアが、死んだら、わた、しは、どうやってアルフ先生に、会えばいい」
「大丈夫よ、任せなさい。アルちゃん来て!」
リーンがアル――竜の名を呼ぶ。その途端、壁を突き破り竜の頭が入ってくる。
「彼女を治療してやってちょうだい」
竜は頷くとその顔をミリアへと近づけ、そこに涙を落とす。高濃度の魔力を含んだ竜の体液は、それだけで万傷に効く薬となる。神鳥の涙ほどではないにしろ、外傷をどうにかするだけならば過分なほどだ。
だが、全ての傷をどうにかすることはできない。大きな傷を薄い膜で覆ったようなものだ。予断は許さない。
適切な治療をしなければ、死に至るだろう。
「行きましょう」
ベルとミリアを抱えてリーンはアルが空けた穴から飛び出す。アルに乗って合流地点へ向かおうとすると、その時、拳がアルを殴り飛ばした。
「ぐっ!」
リーンはミリアとベルをかばう。アルの背から落とされた。見れば、巨大なゴーレムがアルと取っ組み合いをしている。
息吹を吐きかけるがゴーレムには効果が薄い。
「く、こんな時に」
その時、アルがリーンを視た。行けと彼は言う。
「ええ、わかったわ」
リーンは傍らに控えていた。ケンタウロスの背にまたがりリーンはこの場を離れる。背後では竜の咆哮が轟いていた。
「すま、ないな」
「良いのよベルちゃん。ミリアちゃんだってまだ危ないんだから。あとでしっかり治療してあげないと」
「主」
「なにケンちゃん」
「降りるが良い」
ケンタウロスの目の前に右腕を白い篭手で覆われた男がいた。その男の尋常ならざる気配に対してケンタウロスは逃げろとリーンに告げる。
「ここは任されよ主。また、再び会えよう」
「……わかったわぁ」
リーンは降りて脇道へと反れる。
「追わぬのか」
「どうせ殺すのだ。早いか、遅いかにすぎん」
「主を殺させるわけにはいかぬ」
「我もまた主の命を受けている」
ゆえに引けぬと互いに言えば、もはやあとは戦う以外に道はない。
「我ら五体将軍。主の右腕たる力を今こそ見せようぞ!」
剛腕が唸る。その一撃はありとあらゆる全てを砕くと告げていた――。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
死神と呼ばれる男ナズルは気配を消していた。獣人であったゆえに、素の身体能力のおかげで彼は人間ほど状況は悪くはない。
ゆえに彼は潜んでいた。気配を消し、魔物から気が付かれることなく彼は街の中を歩いていた。裏霞と呼ばれる暗殺者特有の歩法を駆使して、そこにいるようでいないというように気配を消してルジェントを歩いていた。
「状況は、最悪か」
敵の方が遥かに上手だったということ。王国級冒険者という最上級の存在として如何に慢心していたかを彼は実感していた。
その力をそがれてみればこの体たらくだ。いや、そもそも冒険者がこんな事態に対処しようとすること自体が間違っているがアルフの教えは全てを救うだ。
相変わらずお人好しと言わざるを得ないが、
「一応は顔をたててやらんとな」
ナイフを振るう。敵の首を掻き斬るか、目をついて殺す。襲われそうになっていた子供を気絶させてから抱えて再び裏霞にて場を離れる。
そこら中に魔物が溢れ出している。冒険者は役に立たない。現状戦っているのは、身体を鍛えていたらしい傭兵連中と港の方にいる海賊連中だろう。
「あの雑魚師匠は、おそらく海に向かうはずだ」
合流地点はアルフがいる場所。王国級冒険者にとって優先順位が高いのが彼だ。あの弱い師匠は助けてやらねばすぐに死ぬからそのために向かうのがほとんど。
では、自分はどうすべきか。合流するのが良いだろうが、そのあとのことを考えねばならないだろう。アルフが王国級冒険者たちと合流して何をするか。
状況の把握。その次は撤退だ。如何に人を助けると言っても限度があることを彼は知っている。ならばこそ、撤退。逃げるのだ。
自分にできることはわかっているし、今の状況で出来ることも理解しているとなれば彼は次に逃げる。
ではどこに逃げるかだ。おそらくは港だ。手っ取り早い脱出手段として考えれば船が早い。好都合にも港に来ていた船乗りとあのアルフは知り合っていることをナズルは知っていた。
見ていたのだから当然だ。だからこそ、そのツテを頼る。あの船乗りはまだ港にいる。出港の準備をしているが苦戦気味だ。
「なら、そこに加勢に行くとしよう」
「行けるのなら」
「――っ!」
咄嗟に飛び退く。そこを白刃が通り過ぎて行った。右脚を白い鎧に包まれた男。その傍らには右脚以外を刃に同化された少女がいる。
「お前は」
「五体将軍が右脚。我ら主の障害を排除する」
「…………」
尋常ならざる気配に、全身の体毛が逆立つ。咄嗟に、ナズルは煙玉を投げつけた。破裂するとともに彼は飛び出した。子供を抱えて走る。全力で。
「追いかけっこかい?」
「――――!!」
咄嗟に声の方にナイフを振るう。しかし、その一撃は相手の脚に防がれた。
「脚は自慢だからね。行かせないよ。弟も頑張ってるからね」
「チッ」
厄介なのが混じっている。目の前の相手。その他に五つ。抵抗を続ける王国級冒険者を潰す為かあるいは、この街の人間を狩り尽くす為か。
どの道ここで相手をしなければ脱出など夢のまた夢だろう。
ナズルは子供を隠し、両手にナイフを構える。そのまま裏霞に移行。踏み込んだ。
鮮血が、舞う――。
「にげ、た?」
斬った感触はあったが、その瞬間にはナズルは消えていた。
「逃げるに決まっているだろう」
最大限気配を殺し、子供を拾ってナズルは逃げる。袈裟懸けに斬られた。決して浅くはない傷だが、どうにでもなる。
今は戦っている暇などない。
「追って、来ないか」
何かあったのか、中空へと彼らは集まっているようであった。また何かが来る。
ナズルは港へと走った。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「厄介なこっちゃ、厄介なこっちゃ」
ドワーフであるアルヴォスは地下下水道を掘り進みながらアルフの下へと向かっていた。地下下水道も安全とは言い難いが、地上を行くよりは幾分かは安全であった。
このまま掘り進み、進んできた道は崩して大地の精霊に頼んで封鎖してもらう。こうすることで、安全なルートを開拓中であった。
それでも時間はかかる。面倒な事にこの地下下水道すらも巨大な魔法陣に関与しているのだ。そこの流れを乱さないように、移動するのは中々に骨が折れるが、アルフのいる宿屋にもっとも近い位置の塔にいるだけあって、既に直下に来ていた。
あとは、上に上がるだけだ。
「ほい、開通じゃっと」
「アルヴォス!」
「おー、アルフ。久しぶりじゃの。ゆっくり酒でも酌み交わしたいところではあるが、そうもいくまい」
「ったくいきなり現れたと思ったら。状況はわかるか?」
アルフにしても状況の把握はしたかった。エーファやスターゼル、ゼグルドとも離れ離れだ。このまま立てこもっているのも分が悪い。
撃ってでようとしたところにアルヴォスが来たのは中々にタイミングが良い。状況が分かればやりやすくもなる。
「そうね、是非ともしてもらいたいわ」
箒を武器にしていたエリナがそう言う。
「ふぉっふぉ、そうじゃのう。とりあえず、魔力をすわれた。わしらのような妖精種とか自前の魔力炉を持たぬ人間がどうなっておるかは、お主らが良く知っておろう?」
「そうだな。鍛えておいて正解とは言いたくないが、戦えない奴らも多いはずだ」
アルフはそれほど冒険者としてのランクが高くなかったこと、それから鍛えていたことが幸いして力がなくなった落差に対応できた為にまだ戦えた。
「で、その混乱に乗じて魔物が溢れ出してきた。明らかに計画的じゃ。公爵が企んでおったのはこれじゃな。魔物の軍勢でも率いてクーデターでも起こすつもりじゃったのか。あるいは……伝説が舞い戻ってきたかじゃ」
「伝説が?」
「ああ、そうじゃ。魔王っちゅう、伝説がな」
アルフとエリナの背筋に電流が走ったかのよう。
魔王。それは伝説の中でのみ語られてきた人類種の敵だ。それが復活した。ならば、この魔物が溢れだした現状も、わかるというものだった。
「さて、それでどうするかね?」
「逃げるさ。こんな状況じゃ、俺にできることはねぇ」
自分にできることできないことは良くわかっている。ならば中堅冒険者でしかないアルフは逃げる。
悔しい。握りしめた拳には血がにじむ。それほどまでに悔しい。だが、ここで無理をしたところでどうにもならない。
ならば、ここは逃げる。逃げて体勢を整えるのだ。
「お前たちも満足には戦えないだろ。人を助けろとか無茶は言わん。助けられるだけ、助けて逃げるぞ。死んだらどうにもなんねえ」
「じゃが、どう逃げる。街中魔物だらけじゃぞ」
そこら中に感じる魔物の気配。ここからリーゼンベルク方面に逃げるとしたらどれだけの犠牲が出ることか。
少なくともこの宿屋の中にいる人は全滅するだろう。
「港だな。船で逃げよう。こちら側は港に近い。そこまでなら何とかいけるはずだ」
「出られる船があると良いのぅ」
「いや、ある。さっき宿の屋根に上って確認したからな。出港しようとして魔物に阻まれているようだった。あれに加勢すればなんとかなるかもしれない」
「ふむ、そうじゃの。それ以外にないか」
「そうね。まあ、それしかないわね。行きましょう。アルフ」
「ああ」
アルフたちはアルヴォスと合流し、港を目指す。地獄のような光景の中でわずかにも生き残ろうと足掻く。
己の無力をかみしめながら――。
テンションの赴くままに書き終えました。
冒険者というより人類皆弱体化。それでも諦めずに足掻くアルフの弟子たちとアルフ。
次回もまだ出て来てない弟子たちを描写してから、話を勧めます。
四章で出番の少なかったスターゼルたちにはそれ相応の活躍の場がありますのでお待ちを。
では、また次回。
このままテンションあげていきますが、次回はおそくなるかも?
ではでは。