第4話 船乗りの少女
翌朝。アルフは、日課の訓練を終えて、エリナにエーファたちが起き出して来たら依頼を渡してくれるように頼んでルジェントの街へと出ていた。
武器としては護身用の剣だけもって、アルフは朝日を浴びながら港へ向かって通りを下って行く。通りを歩く人は既に多く、いつものように多種多様な人が通りを行き交っている。
ほとんどが船乗りであったり、あるいは仕事を求めてやってきたのだろう傭兵の一団。冒険者なども多く通りを歩いていた。
アルフもその一人であり、そんな彼の隣には楽しそうに歩くミリアがいる。依頼を受けていない為か大斧は持っていない。
その様子は冒険者の親子のようにも見える。あながち関係的にはそういっても間違いない。育ての親ということになるが、かつてアルフはミリアの世話をしていた。
こんなふうに一緒に並んで歩くというのは久しぶりの事。ミリアはとても嬉しそうで楽しそうであった。何がそんなに楽しいか、アルフは聞いてみると、
「アルフせんせーと一緒だから!」
そう大きな声でミリアは言う。それに、通りを歩くおばちゃんたちはあらあら、と口に手を当ててほほえましげな笑みを向けてくる。
「そうか」
自分といて何が楽しいのやら、皆目見当もつかないアルフであったがミリアが良いのであれば良いだろう。それよりも、
「腹が空いたな。何か食べるか?」
朝食の前に出て来たのだから当然のように腹が空いている。まだ朝早いとは言っても、朝の祈りも終えた時間。屋台は既に良い匂いを回りに漂わせ始めている。
「食べるー!」
「良し、なら、何にするか」
通りを見渡し、そこにある屋台を確認する。串焼きという定番のものから、スープ、揚げ物などなど。数多くの屋台が並んでいる。
冒険者としては朝からボリュームのあるものを食べるのが良い。食えるときに食うのが冒険者だ。訓練もして腹もすいている。
金はこの時の為に少しだけ溜めているのがあるので問題はない。
「お、あれなんかどうだ?」
アルフが見つけたのは、薄い生地に様々な具材を巻いて食べる料理だった。肉も野菜も、魚も好きなものを巻けるようである。
「アルフせんせーがいいなら、ぼくもそれがいい」
「良しんじゃあ、行くか。――二つもらえるか?」
混ぜ物が多いため小さな買い物に向いているシリック銀貨四枚を支払うと、
「はいよ。好きな具材を選びな」
店主は生地を渡してくる。
「好きなもんを巻いて食ってくれよ」
「さて、どうするかな」
「にくー!」
「野菜も巻け、野菜も」
「えー」
肉ばかり取ろうとするミリアに野菜を押し付けながらアルフも自分の分を作っていく。いつも食べているものではなく、普段食べないようなものを積極的に取り入れていった。
時折、店主に、食べ合わせで注意を受けつつそれぞれのドゥム巻きが完成。全ての具材が生地の中なので手が汚れる心配もなく歩きながら食べられるので歩きながら食べる。
「うん、うまいうまい」
一口齧り付けば、口の中に味が広がる。濃い目の具材ともちもちとした生地が良い感じにマッチしており、更に入れた具材によって食べた個所で味が変わり飽きが来ない。
「アルフせんせー、そっちも食べたい。交換しよー」
「良いぞ」
半分ほど食べたところでミリアがそう言ってきたので、アルフは残りの半分を交換する。ミリアのはアルフがいれた野菜以外はすべて肉であった。肉、肉、肉。
朝からがっつりとしたものであるが、冒険者であればこれくらいは食える。肉肉していて実にうまい。時折、顔をのぞかせる野菜のしゃっきり感が変化を与えてくれて良い塩梅であった。
「うん、うまい」
「おいしかった」
食べ終わる頃には、目的地にたどり着く。古びた店構え。大通りから外れて裏通りの半ばくらいにその店は存在していた。
隠れようとして、途中でやっぱり宣伝しようかと迷った挙句中途半端な場所に店を構えてしまった。大々的な看板とそれにそぐわない表通りから外れた立地はこの店にそんな印象を受ける。
看板に書かれているのは薬液の入ったフラスコ。書かれた文字は、レオの錬金術工房。錬金術師の工房であり、商店を示すものであった。
その証拠に外にいるというのに、嗅ぎ慣れない特殊な薬品の臭いが漂ってきている。
「レオー、いるかー!」
木製の扉を開けて中へ入る。外へしみだしていた臭いが更に強くなる。ミリアなどは露骨に鼻を押さえている。
店内は薄暗く埃っぽい。ここの主は片づけが出来ないのだろう。様々な器具や機材、材料や紙片などが床一面に散乱していた。
アルフの言葉はそんな店内に響く。返事はない。
「レオ!」
もう一度、今度はもう少しだけ大きな声で呼ぶ。
「はいはい、聞こえてるよ。まったく、うるさいなぁ」
すると、そんな寝ぼけたような声が返ってきた。奥に存在する扉からではなく、床から。ばらばらと書類の束が崩れるとそこから一人の青年が姿を現す。
一見すると錬金術師には見えない青年だ。どちらかと言うと画家のように見える。真っ赤な画家の帽子を被り、よれよれのシャツを着た姿はまさに画家と言った風情。
まさに今、起きたとでも言わんばかりの風貌で、だらしがない。数度、目をこすったかと思うと、
「やーやー!! アルフじゃないか! いや、そろそろ来るとは思ってたよ」
即座に立ち上がってアルフの手を取ってくる。
「ああ、元気そうだなレオ」
「お陰様でね。おや、ミリアちゃんもいるのかい。久しぶりだね」
「ひさりぶりーレオー」
「元気そうでなにより。おっと、ちょっと待ってくれ今鎧戸をあけてくるよ。おっとと」
薄暗い部屋の中で何度かこけそうになりながらレオは、鎧戸を開ける。薄暗い店内に光がさし、部屋の悲惨な惨状がより克明にアルフらの目につく。
「あー、あー、いや、いや、最近忙しくてね。片付ける余裕がなかっただけなんだ。本当だよ。いつもはもっと片付いているんだ」
「わかってるよ。で、今日は道具を買いに来たんだ」
「いつものだな。ええと、そうだそうだ。これを聞かないとな。どれくらい使った? 使い心地は? さあ、全部話してくれたまえ」
道具という言葉が彼の耳に入ると、半ばまくしたてるようにレオはアルフへと詰め寄る。
「まてまて、そんなに一気に言われても言えるか。とりあえず、音蟲と光蟲」
「音玉と閃光玉だな。使い心地は変わらんだろうが、どうだった?」
紙にペンを走らせながらレオはアルフの話を聞いていく。
「いつも通りだ。良かったよ。それより、次だ。肥し玉用の濃縮されたアレと、色々少なくなってるから諸々用意してくれ」
「ふむふむ、結構使ったみたいだね。いやはや、アルフ、やはり君を選んで正解だね」
羽根ペンを走らせながら笑顔でレオはそういう。
「君は弱いから、こういう道具を使ってくれるからね。提案された時もそうだけど、本当面白いね」
「うっせえ」
「アルフせんせーは凄いの!」
「ああ、いやわかっていますよ。別に馬鹿にしたわけではなく事実を述べただけですからね。では、少しお待ちください。直ぐに奥から持ってきますから」
そう言ってレオが奥に引っ込んで行った。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「これで、全部だな。助かる」
「いえいえ、こちらこそ。色々と実験に付き合ってもらっているようなものですからね。それに、こちらとしてもあなたに使ってもらえると嬉しいですから」
「しかし、今回はやけに多かったな」
「一年もあれば色々と作れます。前回は中々面白かったですからね。気が乗ってしまいましたよ」
それが、昼ごろまでかかるとは想定していなかった。ミリアはいない。新しい道具の実験や試しを行っている間にミリアは、バルックホルン公爵の使いなる人物がやってきて、連れて行ってしまった。
依頼があるようだ。名残惜しげに彼女は出て行った。
「そうか。しかし、バルックホルン公爵の依頼ねぇ」
「最近は王国級冒険者を集めているらしいですよ。あなたのお弟子さん全員がこの街にいるみたいですし」
「本当か?」
「ええ、全員会いに来てくれましたよ。道具は相変わらずナズルさん以外買っていってはくれないのですけどね。なんでも、軍事に関わる依頼で訓練を受けたいのだとか」
「なるほどね」
一応、筋が通る話だ。王国級冒険者ともなれば、その技術、力に目を付けた貴族が引き抜きや自らの私兵への訓練を依頼することがある。
珍しくもない話なのだが、王国級冒険者全員となるとそれは珍しいどころの話ではない。周りから多くの強者たちを集めているというし、一体なにを考えているのだろうか。
「まあ、考えたところでわかる話でもないか。それじゃあ、また来る」
金の含有量が低く価値の低いバルックホルン金貨ではなく、ローンドス金貨2枚で支払いを済ませる。
「ええ、ではまた待ってますよ」
店を出るとすっかりと太陽が天高く昇っていた。風で通りの建物の間にかけられたロープが揺れる。港の方がなんだが騒がしい。
「さて、エーファ達の様子でも見に行くとするか。ん?」
当然、アルフもその騒がしさに気が付く。
「なんだ」
気になり表通りに出たところで、建物の間にかけられたロープの上を軽業師のように飛び回る少女の姿が目に入った。腰には湾曲した刃を持つ剣があり、頭には日よけの布を巻いている。
ロープからロープへと飛び移る度に、じゃらりと身に着けている金属が鳴り、結び編んでいる銀髪が尻尾のように跳ねて揺れる。
跳ね回る姿はその容貌から妖精のようにも見えた。だが、
「危ねえ!」
「え――?」
跳んで足場としようとしたロープが切れる。彼女がロープに足をつけた瞬間を狙い澄ましたようにナイフが飛来しロープを切り裂いたのだ。
突然のことに少女も反応が出て来ていない。いや、反応しようとはしているが、少し遅い。彼女の身体は、そのまま落ちてくる。
アルフは、地を蹴った。地面を蹴るその瞬間、最大速度で魔力を循環させて己の身体能力を爆発的に強化し、速度を倍加させていく。
都合五度。つまりは五歩。そして、最後の一歩で建物を蹴り跳躍する。三角跳びのように空中で少女を捕まえ、彼女を抱えたまま片手でロープを掴みそのまま反対側の建物まで跳んだ。
魔力を使い切りかけたことによる疲労感が襲う。だが、休んでもいられないだろう。
「あ、あの――」
腕の中の少女がおずおずとアルフを見上げてくる。訛りのあるリーゼンベルク語で彼女は何かを言おうとするが、
「待て」
その話をアルフは遮った。同時に、屋根へと上がってくる屈強な男たち。みな一様に頭に日よけの布を巻いており、眼帯やら湾曲した刃を持つ剣やらナイフを下げていた。
『さあ、帰りましょうや』
アルフには聞きなれない言語で男の1人がそう言うと、アルフの腕の中の少女が、
『絶対に断る!』
何事かを返して、
「お願い、助けて」
そうアルフへ、訛りとカタコトのリーゼンベルク語で言って来た。
「なんというか、そういう雰囲気ではない気がするのだが」
「良いから!」
「アー、そこの方、おねげぇ、します。その人、こっち、渡す。お願い」
「良いから、逃げる!」
「あ、こら!」
その時、少女が勝手に、アルフの腰の煙玉を屋根へと叩き付けた。しかも、その時に、財布をすっている。
「行く! 行かない、捨てる!」
「ああ、ったくよお!!」
まったくわけがわかず、相手も話がわかりそうな連中であったというのに、少女が勝手をしたおかげで、面倒なことになった。
財布を捨てられると困るアルフは、仕方がなく少女を抱えて屋根を走る。追ってくる奴らに投げ渡してやろうとも思ったが、そのたびに財布に手を突っ込まれて乏しい中身を投げられそうになってはそうもいかない。
仕方なくアルフは後ろを追って来る連中をまきにかかる。
屋根から飛び降り、裏路地へと入り、そこから路地を縫うように移動して相手の視界を切り、表通りで人ごみに紛れるようにして港側から門を通って出る。
相手はこの街の地理に疎いようで、念を入れた逃走について来れず簡単に撒けてしまった。
「助かった。感謝!」
すっかり追手を撒き切って、少女を降ろすと少女は、アルフの気も知らないで気楽そうに言う。
「まったく、こっちはいい迷惑だぞ」
「仕方ない理由。存在。だから、感謝!」
北方訛りの強いリーゼンベルク語でしきりに感謝と彼女は言う。そのはつらつとした様子にアルフも毒気を抜かれる。
「はあ、ならその仕方ない理由ってなんだ」
それによっては、助けてやることもやぶさかではない。少なくとも相手も話がわかりそうな連中なのだから、仲介役になって妥協案を出しても良いのだ。
それが一番平和的な解決だろう。
「観光。そのため、脱走、船から」
「そりゃ追われるだろ」
完全に自業自得である。
「私、自由所望! 観光所望!」
「なら、きちんと話をしてくれば良いだろ。脱走とかしたら心配されるのも当然だ」
「否定。話聞かない。逃げる最善!」
「はあ、ったく」
これからどうしたもんかね、とアルフは考える。このまま、この娘を連れて逃げるのはいかがなものだろうか。
なにせ完全に家出娘だ。いや、船と言っていたから船出娘だろうか。どちらでもいいが、そんな少女をこのままにしておくというのも気がひける。
「案内希望! 依頼!」
「あん?」
考えていると服の裾を引っ張られて、ぐいと、金貨が突きだされる。
バルックホルン金貨。それが都合十枚ほど。リーゼンベルク金貨二枚ほどの価値となる。案内料にしたってもらいすぎである。
「いや、待て」
「もっと? 了承! 案内希望!」
待てと言ったら金貨の量が倍に増えた。
「待て待て待て」
「?」
流石にアルフも焦って止める。
「少ないんじゃない。多すぎるんだよ。これ一枚でも多いくらいだ」
「これ以外、ない」
「はあ、案内なら金はいらん」
「案内了承?」
「そうだ」
とりあえず、この少女を一人にすると面倒ということがわかった。
金銭感覚はない上に、金貨しか持っていない。狙ってくださいと言っているようなものだ。狙われても問題はなさそうではあるのだが、どうにも心配である。
そんな少女をほっとくほどアルフは薄情ではないし、ここまで来たら乗りかかった船だろう。とりあえず満足すれば帰ると思うので、付き合ってやることにした。
「感謝!」
素直に喜ぶ様子は可愛らしい。面倒事なのは変わらないが。
「アルフだ」
「ネル!」
「短い間だろうがよろしくな。とりあえず、希望はあるか?」
「食事、希望!」
「なら、こっちだ」
アルフはネルを伴いルジェントにいくつも存在する屋台通りへと向かうのであった。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
屋台通りは、昼時ということもあってか、多くに人でにぎわっていた。肉の焼ける匂いや音などがそこに
いるだけで漂って来て食欲が刺激される。
「わー!」
ネルもまたその一人で、多くの屋台に目を輝かせていた。
「さて、どれを食うかな」
アルフはそれを横目に、何を食べるか物色を始める。
「推奨、どれ!」
物色していると、目を輝かせたネルがそう聞いてくる。
「オススメってやつか?」
「肯定!」
「そうだな――」
聞かれたがアルフとて一年前の知識しかない。一年もあれば、この街の料理街、屋台通りに並ぶ店は変わる。
潰れるわけでなく、新しいものが多く入ってくるのだ。入れ替わりが激しい。だからこそ、飽きない街でもある。
ゆえに、一年前とはだいぶ店が変わっていてオススメと言われてもすぐにはアルフも判断が出来ない。
「お、あれなんてどうだ?」
それでも残っている馴染の店というのはやはりある。アルフが見つけたのはそういう屋台であった。
ヘミセッテと呼ばれる食べ物を売っている屋台だ。パイに近い生地で具を包んで油で揚げたもので、具材は今日その時々で変わる。
そのおかげで飽きの来ない味で大抵ルジェントに来たら食っていた覚えがある。10年前から変わらない親父が作りづつけている店だ。
「親父二つくれ」
金を出しながら言うと、アルフに気が付いた親父が声をあげる。
「なんじゃ、アルフか。まだ生きておったのか、相変わらずしぶとさだけは王国級じゃのぅ」
「おう、なんとかな。って、それはこっちの台詞だよ」
「それより、そっちの可愛らしいちびっこは誰じゃ? まさか、お主の子供か? そうじゃったら、殴り殺してやるからこっち来い」
「まさか。船でこっち来たらしくてな。案内してんだよ。で、昼を食いに来たわけだ」
「なるほど、良し、死ぬが良い」
「なんでだよ」
いきなり殴りかかって来る屋台の親父の拳を躱す。随分と鋭い拳だ。
「女子と二人して街を練り歩くとか、万死に値するわ」
「これ結構面倒な奴なんだが」
「可愛らしい子に区別などせぬよ。まあ、良かろう。また食いに来てくれたんじゃ。とびっきりのを食わせてやるわ」
そう言って親父は四角く特大のヘミセッテを二つ渡してくれる。なんだかんだ言いつつもこうやってくるくらいには縁がある。
「ほれ」
「おお!」
片方を渡してやればネルは、目を輝かせてそれを眺めてからおずおずと齧り付く。
「――――!!」
「うまいか?」
「――――!」
全力で頷くネル。口の周りにソースをつけているがそれにも気づかずに齧り付いてはとびきりの笑顔を浮かべている。
「当たり前じゃわ。何年これを売っとるとおもっとるんじゃ。なにより女の子の為には最上級のものを作るのは当たり前よ」
「相変わらずだな。っと、ほれ、口の周りが汚れてるぞ」
よほどおいしかったのか、気が付いた時にはもう食べ終えていた。口の周りが汚れたままなので、アルフが拭ってやる。
「これで良しだ」
「感謝!」
「それじゃあ、親父また来る」
「おう、今度も可愛い娘を連れて来るんじゃぞ」
「なんだそりゃ」
「お主が来ると大抵可愛い娘を連れてくるからのぉ、眼福じゃわいということじゃよ」
「知らん」
そもそもそんなに女を連れてきたことはない。そう言いながらネルを伴い屋台を離れる。
「さて、次は、そうだな……」
「あれ、何!」
「ん?」
次に案内する場所を考えていると、ネルが前を指さす。そこにあるのは大き目な建物だ。闘技場のようであるが違う。観覧席は半円に開いているし、ステージも半円だ。
「ああ、劇場だな。庶民劇場つって演劇だとかをやる場所だな。貴族用とか金持ち用のデカイのじゃなくて、庶民でも見られる用の公営劇場だ」
「おお! 視聴所望!」
「それじゃあ、行ってこい。俺はここで待ってるから」
アルフとしてはその手のものを見ると眠くなるし、見ようと思わないものに金を払うというのは遠慮したい。
しかし、
「一緒、希望! 一人、ない面白く!」
「…………はー、わかったよ」
入場料と観覧料を支払って中へ入る。やはり、そこにも税はなくいつもよりも格段に安い。ほとんどタダ同然の値段で中に入れてしまった。
「…………」
――いいことではあるが、これはなぁ。
露骨に怪しいというかなんというか。何度も思うことではあるのだが、公爵はこんなことを許容するような人間ではないし代替わりしたとして、こんなことになるだろうか。
「? 何か?」
「――いや、なんでもないさ」
とりあえずは劇場でネルにしばらく演劇だとか何かを見せておけばいいだろう。演目は確認していないが、何かやっているようであるし、その間アルフは休憩だ。
やっているのは魔物たちの芸。どこかで見覚えのあるそれは、案の定、リーンのものだった。ラグエントでわかれたばかりというのに早い再会だ。
あちらも気が付いたのかこちらに手を振る。ネルが勘違いしたのかぶんぶんと手を振りかえしていた。
「レオが言っていた通り、集まってるのか。何をやる気だ?」
「? 何か、心配?」
「ん? 子供が気にすることじゃねえよ」
「否定! 子供、違う!」
「はいはい」
そう言ううちは子供だ。そう言って彼女の否定の言葉を躱しながら、続く演目を見ていく。その頃にはすっかり彼女は演目に釘づけだ。
アルフは、ようやく静かになったと目を閉じて少しばかりの休憩に身を任せるのであった。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「堪能、堪能!」
「そいつは良かったな」
演目を最後まで見終わる頃にはすっかり日も落ちかけていた。
「次、あれ!」
「はいはい。次で最後な」
そろそろ帰すべきだと考えたアルフはそう言う。
「了解、時間、わかる」
「意外に素直だな」
「堪能。私、堪能。満足。あと一つだけ。それで満足」
「そうか……で、次はなんだ?」
「お風呂! 船、ない、お風呂。だから、入る」
「それこそ港で入れるんじゃないのか? こっちまで来る必要はないと思うが」
「気分。同じところ、人同じ。違う人、入りたい」
「そういうもんかねぇ」
「肯定」
確かに港の風呂よりも都市の風呂は良い。真水を大量に使うということもあって港側ではあまり大きな風呂はないのだ。
それに船乗りは風呂を気にしない奴らが多い為、大規模な風呂は作られないし、人も少ないと聞く。ならば、この反応もそういうことなのだろう。
「あー、じゃあ、入って来い」
アルフとしても風呂は高い。それなりに高い値段を払う事になるので、あまり入りたくない派だ。しかし、ここでもやはりネルは、
「一緒」
「またかよ」
「一日、案内。ねぎらい」
「いや、そういうのいらねえって」
「感謝、大事。船乗り、縁 する、大切に」
「……あー、わかったわかった」
結局折れるアルフは一緒に風呂に入ることになる。
入ったのは街のはずれにある東の島国風の風呂屋で、珍しく天井の存在しない空を見ながら入ることの出来る風呂だった。
「ふぅ」
「癒し~」
空には既に星が瞬いている。満天の星空。綺麗な星空だ。
「おお、身体、良い!」
それを眺めながら風呂に入っていると、ネルがアルフの身体を見てそう言う。
「そうか? 普通の冒険者と違って、みっともないだろ」
こんなに鍛える奴はいない。無駄だからだ。普通の冒険者は、身体を鍛えなくとも強いのだから、鍛えている冒険者というのはみっともない。
「私、そういうのより、あなた」
傷だらけの鍛えられた肉体は、かっこいいと彼女は言う。
「そうかい」
そう言われて悪い気はしないものだ。
「あと、これ!」
彼女が出してきたのは酒だった。
何か彼女が風呂屋の主人に頼んでいると思ったら、酒だったようだ。
「お、良いじゃねえの」
「乾杯、所望。船乗り、酒盛り、必須」
「おうおう」
杯をぶつけて、酒を飲む。風呂に入っていながらするその行為は実に贅沢だった。
「たまにはこういうのもいいな」
「同意」
「もう一杯もらえるか?」
ネルは頷いてアルフの杯に酒を注ぐ。それを一気に飲み干す。
「格別だ」
「同意!」
「ほれ、お前も飲め」
「感謝」
酒を注いでは、注ぎ返して、気が付けばすっかりと遅くなってしまった。
「ふぅ、すっかりと長湯してしまったな」
「うい。じゃあ、帰還」
「おう、気を付けて帰れよ。いや、送って行くか?」
「不要。迎え、来た」
港近くまで戻ってくれば、確かに昼ごろ撒いた連中を見つけることが出来た。
「そうか。今度はちゃんと言ってから出て来いよ」
「善処」
「善処するだけじゃなくてちゃんとしろよ」
「善処」
「ったく。それじゃあな」
「また!」
手を振って、帰って行く彼女を見送ってアルフもまた宿に帰るのであった。
すっかり遅くなり申し訳ない。年末というか11月後半から異常に忙しかったり、色々してたりしたのでこんなに遅くなってしまいました。年末は忙しいですやはり。
来年も忙しくなりそうで、更新遅くなりそうですが、なんとか頑張って行きたいです。
さて、今回はアルフの様々な道具の製作者が登場です。錬金術師のレオ。アルフの良き友ですね。
アルフも道具は自作できますが、新作とかそういうものをもらったりしてます。
それから新しい女の子の登場です。
ネル。船乗りらしいですが、果たして彼女は何者なんでしょう。外国の方なのでカタコト喋りです。流暢に喋るところは母国語喋ってるので、アルフにはわかりません。
ゼグルドたちは依頼を受けて街中を奔走中。
ここまで来たらアルフの手助けはほとんど必要ないので、アルフの和み日常回を満喫してください。
さて、年末から休みはなんとか28日から年始は4日くらいまではなんとか、休めそうなので、その間に執筆していきたいと思います。
では、また次回。