第3話 ルジェント
オーレン砦を出てから数日。海沿いを進み続けて、一行はルジェントに辿り着いた。白亜の城壁に囲まれたルジェントの街。
衛兵の詰所では税が免除となっている為か、通行税も何もなく、アルフたちは荷物検査を受けるだけでルジェントの街に入れてしまった。
ルジェントの街は活気にあふれていた。税が免除されたおかげもあるのだろうが、多くの人がよそから集まっているようである。
街中に冒険者や傭兵、商人と言った者たちが大勢いる。祭かと思うような光景であるが、祭があるなど聞いていない。
「とりあえず宿だな」
「おう、オレらは傭兵ギルドから紹介を受けるがアンちゃんたちはどうする?」
「こっちは、ツテがあるからそこで泊めてもらうさ」
「じゃあ、ここでだな。楽しい旅だったぜ」
「ああ、こっちもな」
「そいじゃあ、街中であったらまた飲もうや。何かあれば、傭兵ギルドの方にいつでも来てくれ。じゃあな!」
そう言って彼らは去って行った。横を通り過ぎていくたびに彼らは少しの間旅をしたアルフたちに手を振って行く。
すっかり彼らの背が人ごみに紛れたところで、
「気持ちの良い連中だったのでございます」
エーファがそう言った。
「まあ、我輩ほどではないがな。村で懇意にしていた傭兵団を思い出したである。彼らは今どこで何をしているのやら」
「きっとどこでも自由にやっているに違いないでございます」
「うむ、面白い連中であったなアルフ殿。また会ってみたく思う」
「それならよかったよ。さて、とりあえずエリナの所に行くか。傭兵団と一緒だったからな、少し遅れ気味だから、早く――」
行こうとすると、
「遅いお着きね、ア・ル・フ?」
そんな絶対零度を内包したような声がアルフの背に降りかかる。ぎぎぎ、と壊れた魔導機械やゴーレムのように振り返れば、笑顔のエリナがそこにいた。
変わらない美しい笑み。しかし、目だけがまったく笑っていない。
「あ、ああ、どうも、エリナ、さ、ん」
「遅れるときは連絡くらいしなさいと言ったわよね。何のための魔法具なのかしら」
そう言って、ポケットから取り出して振るのは通信用の魔法具。
「あ、い、いや~、そ、それはだな。こいつらに傭兵を」
エーファ達に助け船を求めようと振り返ると、そこには誰もいなかった。あのゼグルドですらいなくなっている。
「あいつら、逃げやがった」
「まったく」
エリナはそんな彼の様子に呆れたように溜め息を吐いた。連絡しないのはいつもの事だが、遅れるくらいの連絡は欲しい。
そうしなければ、予定が狂うからだ。彼への依頼もいくらかあるし、冒険者の手はいくらでも借りたい。冒険者が集まって来てはいるが、個別で対応すると比較的面倒なやからもいるし、ほとんどが雑用依頼なのであまり受けようとしない。
その点アルフはそういう依頼でも受けてくれるので楽でいい。だからこそ、わざわざ依頼を集めて持ってきてやっているのである。
だというのに、遅れるくせに連絡もしないとは。
「…………すまん」
「今度は連絡しなさい。次はないわ」
もう何度言ったかわからないいつもの言葉を言って、
「行くわよ」
「……はい」
アルフを伴って逃げたエーファたちを捕まえて実家の商館へと向かうのであった。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
ルジェントに中央を通る大通り。バルックホルン公爵の城が見下ろす通りをエリナに伴われてアルフたちは歩いている。
「ここが中央通りよ」
中央通りとあって道幅は広い。まだ城門側であるからこれでも狭く、港側になるとまだ道幅が広がる。その広い道を覆い尽くす人、人、人。
どこもかしこも人が多い。祭のラグエントも人は多かったが、それと同じくらいかあるいはそれ以上人がいるように思える。
歩く人は多種多様だ。職業、種族もそうだが、国もそうだった。主に北の方の国から来た人々が多い。ルジェントは巨大な港町でもあり、ここは外国船にとっての交通の要所でもある。
北の流氷地帯を抜けた先の初めての港がここ。大抵の外国船はルジェントに立ち寄って休息をとりリーゼンベルクへと向かうのである。その為ルジェントは人でにぎわうのだ。
「なるほどなぁ」
「ですが、それにしても賑わいすぎなのでございます」
「そうだな。エーファの言うとおり人が多い。祭の時期でもないだろ。何かあったのか?」
「正確なところはわからないわ。私がこっちに船で戻ってきたらもうこの状態だったから。でも、聞いた話によればバルックホルン公爵が人を集めているらしいわ」
「公爵がである? バルックホルン公爵は、あまりそいうことをするような人ではなかったと聞いた覚えがあるである」
海洋貿易による他国の特産品にしか興味のない男であったとスターゼルは言う。聞いた話でしかないが、他国の名産品にその財を使いまくっているとかいないとか。
不老不死の妙薬だとかいうものすら、買い求めたこともあるらしい。もちろん、スターゼルの言葉は全て又聞きである。
「他にも、女を買ったとかそういう噂ばかりである。むしろ、名産品や珍品の為なら税をあげるような奴でもあったようであーる」
「なるほど。おかしいわね。ただ、御病気であったとかそんな噂はあったから、もしかしたら公爵家の当主が変わったのかもしれないわね」
その事実が伏せられている理由がわからないが、急変した理由を説明は出来るだろう。
「まあ、俺らが考えたところで貴族様の考えることはわからなん」
「ならば、我輩の出番であーる」
「元弱小貴族に大貴族の考えなどわかるはずないのでございます」
そんな話をしながら城を迂回して港側へと抜ける通りを進む。街を二分するように作られた城壁に挟まれる城は白亜の石材で作られており、武骨な機能的な城でありながらどこか優雅さを感じられる。
「これがこの街の水源でもあるミュール川よ」
エリナが街を縦断する川にかかった橋を渡る際にそう説明する。
「落ちても良いわよ。どこぞの誰かさんは落ちたから」
「…………」
「誰でございます?」
「さあ、誰かしらね」
「…………」
エリナが面白そうに言うとアルフが押し黙った。
「アルフ殿? どうかしたのか?」
「い、いや、なんでもない。それよりあれを見てみろ」
アルフが指した方向は橋の欄干だった。石造りの重厚なそれの一つに赤く染められた紐がかけられており、そこにはいくつかの木札がかかっているようである。
木札に書いてあるのは名前だろう。二人分の名前が書いてあるようであった。
「なんでございますかあれ?」
「ああ、これね。おまじない、みたいなものかしらね」
恋が叶うおなじまいだとエリナは言う。ルジェント劇場の演目の一つで、この橋で結ばれた二人の男女の恋物語にあやかってここで互いの名前を書いた木札を垂らすと恋が叶うというおまじないがあるのだ。
アルフがベルに聞いたところ曰く、愛と恋の神サンピタリアの加護が少なからずあるとのこと。そのため、ただのおまじないと馬鹿にできない場所なのである。
「では、旦那様とリーン様の名前を書いておくでございます」
「おい、やめろ」
エーファが冗談で言うと、スターゼルが真顔でマジのトーンで拒否を表明した。そんなスターゼル見たことないというほどの変貌っぷりである。
「はは、まあ、互いに自分で名前を書かなければいけないらしいから、ここにいない奴だったり他人が書いたりしたら意味がないな」
アルフの言葉に露骨に安心した様子を見せるスターゼル。エーファは多少面白くなさそうにする。冒険者として破格、更に玉の輿であるリーンとスターゼルをくっつけてお家復興計画を彼女は諦めていないらしい。
それに苦笑いしながら、エリナは遠くに見える半円形の建物について説明する。
「あれが劇場ね。演劇、パントマイム、合唱、演説などが催されるわ。リーゼンベルクよりもこっちの方が面白いわよ」
リーゼンベルクにも劇場は存在するが、ルジェントの劇場で行われる演目は比べものにならない。なぜならば、他国からも多くの楽団などが入って来るからだ。
それもこれもバルックホルン公爵が招いているからである。多くの楽団や劇団がルジェントの劇場で公演していった。
「何が良いのか俺にはさっぱりだがな」
「あなたは公演の間ずっと寝ていたでしょう。まったく」
城門を越えて港側の地区へとやってくる。ただそこにいるだけで、様々な匂いに圧倒されるだろう。客寄せの声が響く。
肉の焼ける匂い、煮込まれたスープの匂い。揚げ油の音。雑多な通りには人が多く、それと共に多種多様な料理の店が存在していた。
「ここが料理街ね。食事をするならここが良いわ。リーゼンベルク中の料理が集まっていると言われているから食べられないものはほとんどないわね」
ルジェントは別名食と道楽の街だ。リーゼンベルクが技術と冒険者の街であるならば、ルジェントは食事と道楽。
公爵の趣味もあるが、外国との窓口の一つであることも理由になる。
「良い時間だし、ここらで食事にするか」
「ただし、お酒は駄目よ。特にアルフ。酔わないからって飲まないでね」
「わかってるよ」
「それで何度飲んできたか」
まったく信用がない。酒に関してだけはアルフは信用できない。酔わないからと言って、いくら飲んでも良いという事にはならないというのにアルフは飲みまくっているのである。
「うむ、これだけあると目移りしてしまうな」
ゼグルドが多種多様な屋台を見ながらつぶやく。海の竜と呼ばれるバルーナの肉を串に刺して焼いたもの。小麦から作った麺をスープに入れた料理。一目でからいことが分かる赤い料理。
リーゼンベルクのものもあれば、見たこともないような外国の料理もある。ぷかぷかと宙に浮いている謎の料理がそのもっともなものだろう。どのような味がするのか想像すらできない。
肉系ばかりではなく、野菜もある。外国から入ってきたのだろう野菜を油であげたものや、特別なソースにかけただけのものもあったり、鶏の中に詰めて焼いたものもある。
普通の料理もあるが、魔物の料理も普通に売っていた。海の魔物の料理が多い。大海魚と呼ばれる魔物の姿焼きなど、通りを横切るほどの大きさであった。
「うぬぬ、どれもこれもおいしそうである。良し、全部――」
「一品だけにするでございます。今後の資金がなくなるでございますよ」
「しかしだな」
「ふふ、ここにいる間はいつでも来れるのだから、すぐに食べてしまわなくても良いでしょう。まずは、そうね。はい、これなんて良いわよ」
バルックホルンの一地方であり、大規模な港を有するローンドス――つまりはここなのだが――で流通するローンドス銅貨でエリナが飲み物を買ってくる。
それをエーファたちに渡す。果実を絞ったものだろうか。淡い橙色で匂いは柑橘系であった。あまりリーゼンベルクにはない飲み物である。
「おお、酸味がきいて良いな」
身体に比べて小さな杯で一気に飲んでしまうゼグルド。
「中々いけるでございます」
一口のんでは、また一口と飲むエーファ。
「ふはははは、うまい、うまいぞーであーる」
豪快に飲むスターゼル。
「それは良かったわ」
「で、俺のは?」
「ないわ――冗談よ。持ち合わせがなかったから私と半分にしましょう。はい」
「いや、それならいいって。自分で買ってくるわ」
アルフは自分でローンドス銅貨を一枚支払ってエリナたちが飲んでいるオラノを買う。酒ではないただの飲み物だが、美味い。
ルジェントではこういうことが楽しめるからアルフはここが結構気に入っている。使う当てもなく旅をして少しは溜まっている金を消費するというのも実に気持ちが良い。
「酒ではないが、たまにはこういうのもいいな。次は、あれだな」
そう行って、アルフが買うのはガルベッツの肝である。生でも食べられる海洋に生息する弱い魔物の肝。こりこりとした独特の食感と付け込まれたタレの味が食欲をそそる。
これで酒が在ればいいのだが、エリナがいる以上飲むことはできないので夜を待つ。
「一つもらうわよ」
ひょいと、一つもっていくエリナ。
「うん、おいしい」
「私にも一つ欲しいでございます」
「我輩にも寄越すである」
「われにも」
「はいはい、ほれ残り食っていいぞ」
半分くらい食べたところでエーファたちも欲しがったので残りをくれやる。その間にアルフは次の料理を探す。
一年で結構様変わりするもので、見たこともない料理があったりするので探すのはそういうものだ。食べたことのないものを食べる。旅をする醍醐味ともいえる。
見つけたのは、リーゼンベルクでは珍しい黒髪黒目の親父が営業している屋台。白くふっくらとした食べ物を売っている。
「そいつを一つもらえるか」
「いいヨ。バルックホルン銅貨一枚ね」
「高いな」
先ほどのオラノよりも二倍近く高い。
「珍しものだからネ。東の方の榛のものヨ」
「なるほどな。なら食わんと」
「ほいヨ」
短く、聞いたことのない訛りで親父はそう言うと、一つ白く丸々としてふっくらとしたそれを手渡してくれる。
「あっつあっつ」
「気を付けるヨ。マトラ、とても、うまイ」
「ああ、マトラってのか。これ」
何はともあれ、食らうのみ。思い切りの良い一口で齧り付く。
「お、いけるな」
ふっくらとした生地の中に入っているのは肉を挽いて、野菜などを混ぜた炒めたものだろう。それを生地で包みこみ蒸した料理だ。
「フフッフ、そうだヨ。マトラとても、おいしイ。こちらのスープに付けるとなおよろシ」
「ならそれももらえるのか?」
にこやかな笑顔で親父は手を差し出す。
「銅貨二枚ね」
「高すぎだろ」
「それだけ特別な食材をつかってるネ。いやなら、お預けネ」
「いや、払おう。スープ付きのもくれ」
「まいどネ」
まんまと乗せられているような気がしないでもないが、うまければそれでいい。高いものの言うだけあってやはりうまいのだ。
スープに混ぜれば生地がスープを吸ってひたひたになるものの味が変わって美味いのである。辛味のきいたスープに食欲が更に刺激される。
「アルフ、そろそろ行くわよ」
「っと、すまんすまん」
エリナに言われて、各自食い終わったのでそろそろ目的地へと向かう。港側へ向かうとおり。少しだけ坂になったその通りにある一軒の商館そこが目的地。
商館の例にもれず最低限の体裁を保ちつだけの建物ではあるが、かなり大きい。三階ほどの高さがあるのは当然として、横にも広いのだ。普通の住宅三つ分。商館の規模としては最上くらにデカイ。
この辺りの顔役でもあることもそうだが、専属契約した船乗りたちの宿も兼ねているのだ。彼らから食事代と宿泊代を取ることでも稼いでいるということ。
エリナが木製の扉をあけて中へと入る。アルフらも、それに続いて中に入れば、人でごった返していた。ほとんどが日焼けした船乗りたちだ。荷卸しや契約の更新などの手続きで商館の中はあわただしい。
「こっちよ」
そこを素通りして、脇の扉から宿泊施設の方へ入る。二階の角の部屋。四人用の部屋。
「あなたたちの為にとっておいたわ。狭いけど我慢して頂戴」
「わざわざすまんな」
「良いのよ。どうせ空いている部屋だから。今日は旅の疲れを癒して、明日からしっかり働いてもらうわ」
「おう」
「了解でございます」
「うむ、任されよう」
「我輩に任せるであーる。何でもしてやるぞ」
三人の同意にふっと彼女は笑って、
「ええ、よろしくお願いするわ」
そう言った。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
――夕時。
アルフらは旅の垢を落とすという事で公衆浴場へと来ていた。こちらも領主の道楽に合わせて、数多くの公衆浴場が建てられている。特に東の方の国から来た者たちから伝わった風呂の入り方に領主が感動しまくってつくらせたまくったらしい。
そんな公衆浴場の一つにアルフらは来ていた。エーファがどうしてもと言ったのとエリナに言われた為である。アルフとしては酒を飲みに行こうとしていたところを捕まえられてしまったのであまり乗り気ではない。
少なくないお金を支払って風呂に入るというのはあまり性分ではないのだ。水でも浴びていればいいし、わざわざ少なくない金を払ってはいる必要などないではないかとも思っている。
しかし、エーファ、それとエリナに言われてしまえば入らないという選択肢はない。そういうわけで、公衆浴場で全員裸になっていた。
男性も女性もないのはいつものこと。皆、一緒くたに風呂に入るのだから当然である。そして、男の視線は女に向かうのもまた必然である。
薄暗く、湯気でさほどみえるわけではない。だが、むしろその方が僅かに見えるシルエットと想像力による妄想がまじりあい興奮するのである。
冒険者であるアルフにとってはこの程度の薄暗闇はあってないようなものであるため、わりとはっきり見えるのだが。
「相変わらず良い身体してんな」
「あら、ありがとう」
「あなたは変わらないわね」
「うるせえよ……」
当然、一行で女と言えばエーファとエリナであるが、視線を向けるならばエリナ一択である。エーファは如何せん子供過ぎるのだ。
凹凸なく、すとんとしている。健康的な肉付きをしているが――。
「なにか不快な思念を感じるのでございます」
「なんだよ。何も考えてねえぞ」
「信じられないのでございます」
「安心しろ。お前には欲情せん」
「…………」
何やら視線を感じるが気にしない。それに、当然、見るならエリナだろう。すらりとしていながら、出るところは出ている。男として欲情するならば断然こちらである。
見ただけでわかる、その弾力と張りは一種の芸術品ではないのかとすら思うほどだ。ただ、それが見れるとしてもあまり来ようとは思わない。
なにせ、公衆浴場に金を使うよりも、娼館で女を抱いた方がまだ安くなることすらもあるのだ。特に、このバルックホルンの浴場は色々と趣向が凝らしてある為、高い。
わざわざ湯を沸かしているのだから、元から高いがそこから更に高くなるのである。それでも中流階級ならば毎日入れるくらい。
冒険者であるアルフからすれば、そんなことより酒と食事なので毎日入れるわけもない。だからこそ、風呂は縁遠いものとなるわけだ。ただ、
「はぁ~、良い湯だな、アルフ殿」
「ああ、そうだな。竜人の里には風呂はないんだったか」
たまにはいる風呂も悪くはない。
「うむ、火浴びをしていたな。竜の焔を浴びて汚れを落としていた」
「それは凄まじいな」
「だが、こういうのも良いものだな。水なのに火の精もいるとあれば、われでも問題ない」
肩までつかりゼグルドは息を吐く。随分と安らいでいる様子だった。その形相は竜ということもあって恐ろしい。隣になってしまった一般客には同情する。
「ふははは、これぞせいたくであーる」
一人だけ高い金を支払って女性に身体を洗ってもらうサービスを受けているスターゼルはご満悦の様子であった。
「はあ、また無駄遣いを」
エーファはひたすら呆れ顔である。
「たまにはいいんじゃないか?」
「良くはないのでございます」
「それでも、一番高いのじゃなくて、安いのを選んでる分、成長はしていると思うぞ」
「まあ、そうなのですが」
以前までならばきっと一番高いのを頼んでいたに違いないのだから多少は成長しているようだった。まったくそう見えないのが珠に傷だが。
「あー、いたー! アルフせんせー!」
ふと、ゆっくりと浸かっていると、そんな声が浴場に響く。聞きなれた少女の声だ。こんな風に所構わずアルフの名を呼ぶ少女など一人だろう。
これまた可哀想なくらいどことは言わないが、貧相な身体付きの少女がどーん、とアルフへと突っ込んでくる。そのおかげで近くにいた人すべてがお湯をひっかぶる羽目になった。
まだ人が少ない時間であったことを神に感謝すべきだろう。そうでなければ、もっと被害は甚大だったはずだ。
とりあえず、突っ込んできたその少女の頭をぺしりと叩く。
「あいたっ」
「人様に迷惑をかけるな」
「はい……」
「で? ミリア、なんでお前がここにいる」
それから本題へ。怒られてしゅんと項垂れていたミリアはやったよとでも言わんばかりに破顔して、
「えへへー、ついにぼくも王国級だよ! アルフ先生に報告にきたんだー」
そう笑顔で言った。
「エリナ?」
「ええ、本当よ。その子、船が苦手でしょ? だから、陸路で行かせたのよ」
「なら先に言えってくれてもいいんじゃないか?」
「だって本人が言いたがっているのに、私から言うのも悪いわ。ほら健気で可愛らしいじゃないの」
ほめてほめてと、やってくる様は確かに可愛らしくある。獣人でもないのに犬のような耳と尻尾が見えるようだった。
「……あー。そうだな。王国級か。よくやったな、ミリア」
あのミリアがここまで育ってくれたことは嬉しいものだった。今とは考えられないほどどん底にいたあの少女が、ここまで来たのだ。
だから、言葉と共に頭を撫でてやった。いつか彼女が冒険者になった時と同じようにその頭を撫でてやった。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
のぼせる前に、湯船から上がりサービスである冷えたカムペの乳を飲む。こういうサービスもまたこのルジェントの特色だった。
公爵の趣味によって広まってすっかり定着してしまったもの。その代り割高ではあるが、やはり損ではないと思うくらいには格別なうまさがある。
それを飲んだら夕食を食べに酒場へと向かう。海から吹く潮の匂いのする冷たい風に当たりながら向かったのは大衆酒場である白帆の女神亭。
アルフがルジェントで良く利用する酒場であった。安く、美味く、量が多い。三拍子そろった行きつけの酒場。
「おーっす、邪魔するぜ」
「好きなとこに座んな、って。なんだ、アルフかい。まだ冒険者やってんのかい。いい加減、やめればいいものを」
出迎える店主は、顔に傷のある老年に入るであろう女であった。しかし、歳を感じさせる衰えはない。背筋は伸びているし、そこらの男など軽くのしてしまうだろうそんな迫力がある。
「うっせぇ。大きなお世話だ。いいから、六人で座れる席を用意してくれよ」
「仕方ないね。おい、ミランダ。案内してやんな」
「ハーイ」
店主の言葉の返事と共に褐色の肌をした給仕が奥から出てくる。南国方面の訛りがある少女は、
「コッチデスよー」
元気に手をあげてアルフたちを席へと案内する。
香のたかれた店内は異国情緒あふれ、給仕の少女ミランダの存在もあってどこか異国に来たようにも思える。
「別の国のようでございます」
「船長が海を巡って気に入った国の店を真似たらしい」
そうアルフが説明していると、店長がやってくる。
「無駄口叩いてんじゃないよ。ったく」
「良いだろ、船長」
「今は、店長だよ。馬鹿アルフめ。人探しとかで、勝手に船に乗り込んで勝手に降りて行った馬鹿息子が。いっぱしの口きくんじゃぁないよ」
「馬鹿息子?」
店長とアルフのやり取りに首をかしげる一行。
も
「元船長なのよ。船に乗った奴は誰であろうとも家族だって言う人なのよ」
「おばちゃーん、アレちょーだーい!」
「なんだい、ミリアもいたのかい。エリナも元気そうじゃぁないか」
「ええ、お陰様で、船長」
「あんたもそう呼ぶのかい。ずっと昔に廃業だっての」
「呼び慣れてますから」
「ったく、いつも同じこと言わせるんじゃないよ。さあ、いつもの奴だ。たんとくいなァ!」
そう言って出される料理は姿焼き。丸焼きとも言う。それは、珍しい竜種、海竜の姿焼きだった。とぐろを巻いたまま焼かれている。
焼きあがったばかりなのか、じゅうじゅうと油が音を立てて香ばしい香りが香を差し置いて鼻腔へと殺到してきた。
エーファ達はごくり、と唾を思わず呑み込む。
「それと、樽だ。どうせ飲むんだろう」
どん、と店長が置いたのは酒樽だった。そこから勝手についで飲めということ。そこから全員の杯に酒を注いで、
「さあ、それじゃあミリアの王国級冒険者昇級祝いだ。食って、飲んで、騒ぐぞ!」
――乾杯。
その言葉が、店内に響き渡った――。
傭兵団とは一時お別れ、エリナとミリアが再登場で御座います。お久しぶりのお二人ですね。作中内では数か月ぶりということになります。
ルジェントの街は食と道楽の街なので、劇場やら食事処やらがたくさんある上に、港側には外国からの船乗りなどが多くいます。
あと、今回出てきた船長ですが、イメージは古いアニメになりますが絢爛舞踏祭ザマーズデイブレイクにおける夜明けの船のエリザベス船長です。
まあ、あれよりは細かったりしますが性格面はあの人ですね。
次回以降は、もう少し港の方にいったり、アルフの知り合いの錬金術師が出てきたりですかね。
では、また次回にもお会いしましょう。