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とある中堅冒険者の生活  作者: テイク
第四章 とある中堅冒険者の生活
43/54

第2話 旅の道連れ

 翌朝。朝日と共に、朝課の鐘が鳴るのと同じくらいアルフは起き出した。野宿ではない寝台(ベッド)での睡眠は実に心地が良い。

 野営に慣れているとはいえど、やはり人は屋根のあるところで、寝台で寝るのが一番だ。疲れの取れ方が違うし、何より気分が良い。


 変えたばかりの藁を敷き詰めた寝台はそれだけで心地が良いものだった。


「ふぁ~あ」


 大きく欠伸をしながらそんな実感を感じつつ、アルフは、まだ眠っているエーファやいびきをかいている他の客たちを起こさないように部屋を出る。

 階段を下りて顔を洗って戻ってくると既に宿の主人であるリンダは起き出して朝食の用意などをしているところであった。


「おや、相変わらず早いねアルフさん。あんだけ飲んで食っておいていつも通りとは流石だねぇ」

「どうも。旦那さんは帰ってきたのか?」

「さっき帰ってきて今爆睡中だよ」

「そうか。――しかし、随分と羽振りがよさそうだな」


 アルフはふと聞こうと思っていたことを切り出した。


「いつもよりも酒の量が多かったし料理だってそうだ。いつもよりも多いし、高いものばかりだったぞ」


 いつもなら出てこないような料理まで出てきた。もう十年の付き合いになるリンダに限ってぼったくろうなどとは考えないだろうから、それが理由ではない。

 考えられることは、羽振りが良いということくらいだ。それだけ稼げているということなのだろうか。あるいは、何か秘密があるのか。


「ああ、それかい。えっとねぇ、実は全ての税が免除になったんだよ」

「税が?」

「ああ、バルックホルン公爵様からのお達しでね。今年の税は全部なしだっていうんだ。だから、食材もなんもかんもが安くなってねぇ。だから、あんたらにもたらふくうまいもんが食わせてやれたってわけ」

「なるほど」


 しかし、税が免除になるとはいったいどういうことなのか。リンダもこれ以上は何も知らないという。エリナと会ったときに聞くこととして脳内の帳面にメモをしてアルフは剣と弓を持って中庭へと向かう。


「おはようございます」

「ええ、おはようございます」


 砦の中庭には木製人形などいくらかの訓練用の的などが置かれている。砦の兵士たちの訓練ようでもあるが、冒険者も使ってよいことになっている。

 アルフは砦の兵士たちに挨拶をしてから混じるように訓練を始める。


 剣を振り上げて、振り下ろす。基本の素振りから。ところどころ刃こぼれの見える剣でも風を斬る音がなる。ひゅん、ひゅん、と規則正しく剣を振るう。

 無心で続けていれば、汗だくになってくる。一度井戸によって、水を被ってから剣をぬぐい、すっかりとすり減っている柄布を巻き取ってから新しい柄布を巻いていく。


 巻き終わってから一度振って具合を確かめて腰に戻すと、次は弓を構える。最初は矢を使わずに弦を引いては戻すを繰り返し、しばらく感覚を確かめてから砦で貰ってきた矢を射った。

 弓は聞く者がほれぼれとするような快音を鳴らして、矢は真っ直ぐに的のど真ん中を貫く。その見事な弓遣いに兵士たちが賞賛の言葉をかけてくる。


「へえ、やるもんだなぁ。アンちゃん、冒険者かい?」


 ふと、砦の兵士ではない男が話しかけてきた。顎髭をたくわえた豪快な偉丈夫。どうにも慣れ慣れしいようにも思えるがまったく不快に感じないのはこの男の雰囲気のなせる業なのだろうか。

 そんな彼の後ろでは、不揃いの鎧を着た者たちが訓練を行っていた。ただ鎧や武具は不揃いではあったが、その鎧のどこかには同じ紋章が刻まれていたり刺繍されていたりしている。


「どうも。そういうあんたは傭兵団の団長みたいだな」

「おうよ、まだちいせぇ傭兵団だがな」

「バルックホルンには仕事でか?」

「いや、仕事を求めてって感じだな。最近、このリーゼンベルクは平和なもんで仕事がなくて困っているところってやつだ。だが、バルックホルンには仕事があるってんできたわけさ。アンちゃんは? 冒険者なら何か依頼ってやつかい?」

「いや、新人指導の途中でな」


 そうアルフが言うと、偉丈夫は顎に手をやる。


「ほう、するってぇとアンちゃんはリーゼンベルクの冒険者ギルドの人間ってことか」

「ああ、シルドクラフトの冒険者だ」

「聞いてるぜ。なんでも、べらぼうにつええ奴らが集まってるギルドって話だ。傭兵ギルドの方では敵に回したくねえって話ばっか聞く。アンちゃんも強いのかい?」

「見ての通りだよ」


 そう言ってアルフは冒険者証を見せて、街級のしがない中堅冒険者だと告げる。


「しがない中堅冒険者ねぇ。見た限りじゃ、そうは思えねえんだがね。さっきの弓の腕、ありゃあ、大したもんだ。あの鳴りは、そんじょそこらの奴らじゃ出せねえ」

「ほめ過ぎだろ」


 ここまで褒められたことはないので、照れて頬をかくアルフ。


「いやいや、ほめ過ぎなわけねえよ。オレだってあんな音は出せねえんだぜアンちゃん」

「こんなもんは誰にでも出来るさ。時間はかかるだろうが、いつかな。だが、冒険者としてはそれじゃ上には行けないってことさ」

「魔物が主な相手だったか。なるほど。だが、人間相手ならアンちゃん相当デキるだろ。戦い方もわかってるって顔だぜ?」

「どんな顔だよそれは」


 普通の顔をしているはずだし、特に人間相手に戦えるぞと内心で思っていたわけでもない。


「ははは、何オレの勘みたいなもんだ。あんま気にしねえでくれ。しかし、否定はしねえのな」

「まあ、戦い方がわかってるのは事実だからな。否定する意味もないだろ。盗賊とも何度も戦ってるし、あの大戦にも参加した」

「アンちゃんもか。オレもあの戦いにはいたぜ。まだ、オレの傭兵団を立ち上げる前の下働きの時代だがな。リーゼンベルクの迷路で迷っちまってな団長にどやされたもんだぜ」

「お前もか」


 あまりにも見覚えのある話し過ぎてアルフは思わずお前もかと言ってしまっていた。


「なんでぇ、アンちゃんもか! ありゃあ、迷うよな!」

「ああ、しょっちゅう構造が変わるからな」

「そうだよなァ!」


 二人して、共通の話題で盛り上がりひとしきり笑ったところで、


「アルフだ」


 手を差し出して名乗る。


「ホークウッド。仲間内じゃホークって呼ばれてる。アンちゃんもそう呼んでくれ」

「よろしくホーク」

「ああ、アルフもな」


 握手を交わし、二人は訓練を再開する。訓練を終えたら十分に汗を流して新たな友人たちと朝食へと向かうのであった。


 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇


「ダハッハハハハハ!」


 朝の酒場に笑い声が響く。朝食時となれば宿に泊まっている者たちが、起きて来て朝食を食べる時間。賑わうのも当然であったが、その賑わいも今日は一段と騒がしかった。


「騒がしいでございますね」

「そうだな。なにかあったのか?」

「眠いであーる」


 起き出してきたエーファとゼグルド、スターゼルはその喧噪を聞いて首をかしげていた。宿屋での朝にしては騒がしすぎる。

 まるで朝っぱらから酒でも飲んでいるかのようであった。


「とりあえず行ってみるでございます」


 ともかく、行かないことには朝食を食べられない。アルフは先に行っているはずなので、エーファたちも酒場へと向かう。


「おお、起き出してきたね。なんだい、そっちの兄さんは眠そうだね。眠れなかったのかい?」

「寝足りないだけでございます」

「なんだい、だらしないねえ。とりあえず、座りな」

「アルフ様はどこでございますか?」

「アルフさん? あっちだよ」


 リンダが指示した方を見ると、知らない男連中と朝っぱらから酒を飲んでいる駄目なおっさんがいた。


「…………」

「だれであろうか、あの御仁は」

「それより飯である」


 エーファは呆れた顔のままアルフへと近づいていく。


「何をしているでございます」

「ん? おお、お前ら起きてきたのか。何って、新しい友人と出会ったことを記念してな」


 並々と注がれたバルックホルンエールの入った杯を傾けるアルフ。


「今日出発ではございませんでした?」

「ああ、その話か。それはこいつらと話して決めようと思ってな」

「おう、よろしくな嬢ちゃん」

「あ、よろしく、お願いしま、す? ――アルフ様、こちらの方は誰でございますか」


 ごもっともな問い。それにアルフは杯を傾けて酒を飲みながら簡潔に答える。


「今朝知り合いになった傭兵団団長のホークウッドだ」

「おう、ホークと呼んでくれや」

「ホーク様でございますね」

「ホーク、こいつはエーファ。後ろの竜人がゼグルドで、マントがスターゼルだ」

「おう、よろしくな! 話に聞いた通り面白い連中じゃねぇの。オレの団に欲しいくらいだぜアンちゃん」

「勧誘ならこいつらに聞いてやれ。まあ、とりあえず座って朝食食いながら話そう」


 アルフに言われるまま持って来られた席に座る。

 目の前には昨晩とは違う料理がまた大量に並べられている。それだけ大勢いるという話なのだが。朝から良く食べるものだとエーファは思う。


 自分とスターゼルの酒だけは丁重に断り、食事をしながら、


「それで、アルフ様、出発は彼らと話して決めるとのことですが、どういうことなのでございます?」


 とアルフに問う。少しだけ語尾が強くなってしまった。

 エーファには傭兵団についてあまり良いイメージがない。傭兵は粗野で、乱暴で不潔で戦の時以外は盗賊と変わらないという話を村で聞いていたからだ。


 少なくともホークという男は好漢であるように思えるし、周りで騒ぎながら朝食を食らっている連中もイメージ通りの傭兵とは言い難いがそれでも傭兵は傭兵である。

 彼らと共に行く理由もなければ、大人数になればそれだけ速度が落ちるということでもある。遅れるとどやされると言っていたのはどこの誰だったのか。


 そんな思いを込めて半眼を送る。


「あー、そう呆れんな。ちゃんと理由がある。今から説明してやるって。こいつらは傭兵だが少なくとも気持ちのいい連中だ。盗賊と同じような輩じゃねえ。そういう傭兵団とは繋がりを持っていて損はないだろ? こういう繋がりは貴重だ。何かあった時に助けになってくれるかもしれんし、何より傭兵の戦を感じ取る嗅覚ってのは馬鹿にならんからな。そういう情報も入ってくるようになる。そういう繋がりを作る為にも、こいつらと行こうってわけだ。中々こんな良い傭兵団には今は会えないからな」

「へへっ、照れるぜ、アンちゃん」

「はあ、なるほど」


 そういう理由ならば仕方がない。繋がりが重要なことは知っている。シュバーミット没落の際にもそのおかげで自分たちはこうして冒険者をしているわけなのだから。


「で? どうだ? 嫌なら俺らだけでルジェントまで行くが」

「いいえ、理由があるなら私はそれで良いでございます。旦那様は?」

「うん? 聞いておらんかったが、それで良いぞ。我輩は寛容であるからな!」

「旦那様――」


 案の定聞いてなかったのか。それなのに、それで良いというスターゼルに呆れるエーファ。


「ゼグルドはどうだ?」

「うむ、傭兵か。われはアルフ殿が決めたのならそれで良い。人が多いのは苦手だが」

「良し、なら決まりだな。そういうわけだ、ホーク」

「おう! よろしく頼むぜ」

「話は決まったかい?」


 話が終わったタイミングでリンダがやってくる。


「なら、もっとくいな」


 更に追加される料理。昨晩のスープの残りに昨晩使われなかった食材を惜しげなく突っ込んだごった煮を出される。


「お、良いのか?」

「良いさ、喰わなきゃダメになるもんだからね」

「ありがてぇ、おら、てめぇら! しっかり感謝して食いやがれ」

『うぃーっす!』


 ごろごろとした食材が入ったそれに躊躇いなく食らいつく連中を呆れた目で見ながら、エーファも少しだけ椀にとってパンを浸して食べる。

 様々な味がまじりあい深みのある味わいが口の中に広がる。堅いパンにしみ込んだ味は素朴なパンの味を引き立ててくれるようでもあった。


「はあ、本当においしいでございますね」


 それでいて量も一杯となれば、少しお腹周りを気にしてしまう。


「気にすんな、女は少しくらいぽっちゃりしていた方が良いぜ?」

「おう、子供のうちからスタイルなんぞ気にすんな! じゃねえと、でかくなれねえぜ」


 それに気が付いたアルフとホークがそう茶化す。


「このおっさんどもめ」


 そう睨みつければ二人して乾杯しあって気が付かないフリして酒を呷る。


「はあ、まったく。いくら酔わないからといって朝から酒を飲む大人がいますか」

「ここにいるだろ。それに、誘われた酒だ。飲まな失礼ってもんだ」

「おいおい、アンちゃん、何、人のせいにしてんだよ。アンちゃんだっていいなっつっただろ」


 挙句責任のなすりつけ合いも始める。実に楽しそうであった。今朝出会ったばかりというのが信じられないくらいだ。


「実は生き別れの兄弟とかなのでございます?」

「いいや、それはない」

「そうそう、そんなんじゃねえな」

「息ぴったりなのです」

「それだけアンちゃんと馬が合うってことなんだろうさ。なあ、本気でオレの傭兵団に来ないか? 冒険者やってるより、ずっと向いてると思うぜ?」


 その勧誘をアルフは断った。


「いいや、やめておく。今はまだな」

「そうかい。気が変わるまで待つとしますか」

「そんときには遅いだろうよ」

「何、アンちゃんは指導者として優秀っぽいし、戦うより傭兵団に入る新兵の訓練なんてさせりゃあいいからな。褒賞は弾むぜ」


 そんな話をしながら、朝食を終えて両替したばかりで袋一杯に詰められている安いバルックホルン金貨で支払いを済ませた一行は、一路ルジェントに向かって出発するのであった。


 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇


 街道を行くアルフ一行とホークの傭兵団。談笑しながら山岳をうねる街道を行く一行は楽しげだ。

 これだけの一団に加えて、竜人であるゼグルドがいる為、魔物が逃げてしまい襲われる心配がない。少しだけ気を抜きながら彼らは街道を行く。


 山岳ではあるが、街道が良く整備されていて歩きやすい。特に苦労なくルジェントまで辿り着けるだろう。

 歩いてしばらくすれば、風に潮の香りが混じっているように感じる。


「…………」

「どうしたのだアルフ殿?」


 その時だった。山岳を下る街道に入った時、アルフがそこから広がる景色を見て黙り込んだ。つられるようにゼグルドもアルフと同じ方向を見る。

 そこに広がっているのは普通の耕作地のようであった。森を開き、灌漑用水路になるのだろう穴が通してある。水の通っていないそれがどこまでも続いていた。


「あんなもの、前はなかったなと思ってな」

「そうなのか?」

「ああ、あの辺りはただ森が広がっていたはずだ。塩の森って言ってな。真っ白な森がな。それが、今はなくなってる」


 それを見て、どうにも嫌な予感がアルフの中によぎった。塩の森は、その名の通り塩で出来ている。もともと海だったところを海がひいて為に生まれたと言われるその森を拓いたところで農地には使えない。

 だというのに、森を拓いて灌漑用水路まで引いているとなると、少しばかり違和感があるのだ。それだけのことをやるには費用が掛かる。


 その負担は当然、税であろう。だが、それだと税が免除されたという話と食い違う。少なくとも一年前にはなかったので、ここ最近作られたはずだ。


「うむ、水路ではなくて実は巨大な魔法陣でも描いておったりしてな」


 ふとスターゼルがそんなことを言い出した。


「大地そのものを魔法陣として、活用するというものだ。古の魔王が使っておったともいうな」

「そんなもの物語の中だけのものでございます。第一、魔法なら見ればわかるのでは?」

「確かにな。だが、全体を見なければわからないんじゃないか?」

「アルフの言うとおりであーる。魔法陣を把握するには全体を見る必要があるのである。だから、ここからでは何かわからぬし、ただの灌漑用の水路ということもある。そもそも、これだけ巨大な魔法陣を使える人間などおらんだろう。高貴なる我輩でも無理だ」

「それもそうか」

「何、集まって話してんだ?」


 四人で話していると、ホークがやってくる。


「いや、あの水路が何かと思ってな。前にはなかっただろ」

「オレもバルックホルンにはあまり詳しかねえが、ありゃ、バルックホルン公爵様が直々に魔法まで使って急ぎでこさえた水路って話だぜ?」

「…………」

「納得してねえって顔だな。何が気になるんでぇ?」

「…………いや、気になるってわけでもないんだが……俺の考えすぎか」


 どう考えても荒唐無稽な考えだ。そんなことはあるはずがない。だが、嫌な予感がしている。この手の勘は良く当たる。少しは気にかけていた方が良いだろう。


「それよりだ、お前ら、そろそろ見えてくるぞ」

「? 何がでございます?」

「何って――」


 その瞬間、風が吹き抜けた。


「――海だ」


 一気に視界が開けた。山岳を抜けた先に広がるのは大海原。何よりも広く、何よりも雄大な大海原がそこに広がっていた。

 青くきらきらと輝き、陽光を反射する。遠くの方では海を行く船を見ることもできた。


 そのリーゼンベルクから見る海とはまた違った雄大さを感じながら一行は海沿いの街道を進むのであった。


 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇


 日が傾きかけた頃、一行は露営地にて食事の準備を始めていた。傭兵団が用意した天幕を借りたアルフたち。基本的に外套にくるまって眠っていた野宿とはまた違った趣がある。雨風を防げるしなにより温かい。

 天幕は馬や荷馬車で運ばなければならないので身一つの冒険者にはあまり縁のないもの。これを貸してくれたホークには感謝だった。


「一つしか貸せなくてすまねえな」

「いや、貸してもらえただけでもありがたい」

「そりゃ、アンちゃんたちだけ屋根なしってのはな。オレらの気分が悪いからな」

「借りっぱなしも悪いから手伝わせてもらうぜ」

「おう、頼む」


 ゼグルドは天幕づくりの手伝いに行き、スターゼルは魔法による馬の洗浄など馬の世話を行い、エーファは薪拾いを手伝っている。

 アルフはこれから料理番の所に行って料理の手伝いをするつもりだった。


「さて、料理場は……あっちか」


 火と油、食材の匂いがする方へ向かうと、簡易的に作られた竈の前で楽しそうに尻尾を振りながら料理をしている獣人の女性がいた。

 ふんわりとした尻尾と狐のような耳が特徴的だ。


「手伝いに来た」

「おっ! 助かるぞ。料理できるのって、うちにゃあまりいなくてな。いても男の料理ばっかでな。そいじゃ、そこらの野菜類を切ってくれると助かるぞ」

「任せろ」


 言われた通り、料理台の上には大量の食材が乗っている。大所帯で傭兵であるためこれだけ食うのだろう。作る物は煮込みとくれば、食材は少しだけ大き目に切っておく。

 皮をナイフで綺麗に剥いて大きさを揃えて切って行く。それを横から見ていた獣人は、


「おー、うまいな。ウチなんててきとーに切って鍋にぶち込むだけだし」

「独り身が長かったもんで自然とな。本職(あんた)ほどじゃない」

「カカッ、そりゃあ、ウチの連中に聞かせてやりたい言葉だな。あとウチだって本職じゃないぞ」


 独り身ばかりだが、料理できる男はいないと獣人の女性は言う。剣の扱いは出来るのに、包丁を持たせると途端に血まみれになって使えないとも。


「そりゃ、あんたがいるからだろ」

「ありゃ、ウチのせい? あー、あー、あーそりゃ作ってくれる奴がいりゃあ、上達はしないな。うんうん、至言だな。よし、じゃあ今度から作らないようにすりゃあ、ウチが楽になるんじゃないか? おお、名案名案」

「いや、ナタリーさんそりゃねえって!」

「料理番がなかった頃に逆戻りとか勘弁してくだせえ!」


 ナタリーと呼ばれた獣人の女性の言葉を目ざとく聞きつけた傭兵たちがそれだけはやめてくれと懇願する。どれだけここの食事事情は酷かったのだろうか。

 曰く、基本的に水にいもを入れて煮込むだけとかだったらしい。完全に食えればいいという感じだ。それがナタリーが来てからは彼女が捕まえてきた肉が入ったり、山菜が入ってマシになったという。


 ナタリーからしたら、前の軍でやっていた食糧調達の延長線上だったので、そこまで喜ばれるとは思ってもみなかった。

 しかし、喜ばれれば悪い気はせず、ちゃんとした料理ができるわけでもないのにすっかり料理番というわけだ。


「だったら、少しは手伝うとかの気概を見せてほしいぞ。それだけでもやる気は段違いな。これ覚えておけよというか、何度も言っているぞ」

「へーい」


 そろっての気のない返事。肩を落とすナタリー。


「大変そうだな」

「まあ、料理は好きだからな。作れるのが煮込みとか簡単な焼き物くらいで、申し訳ないが。もっとご主人たちを楽にしてあげたいのだが」

「ご主人?」


 そこで髪の毛と服で隠していたが彼女の首に鋼鉄の首輪があることに気が付いた。半ばで鎖が引きちぎられてはいるが、奴隷の証だ。

 見ていることに気が付いたのだろう。


「ああ、そうだ。ウチは隣国で使われていた戦奴隷だった」

「こっちが長いのか。綺麗なリーゼンベルク語だな」

「もともとこっち出身で、向こうにつかまって、しばらく訓練受けさせられてな。少し混じった。で、最近の戦いで前の御主人が死んで、今の御主人に拾われた感じな」

「そうか」


 アルフは黙って皮を剥き食材を切っていく。ぱちぱちと火が爆ぜる音が響く。


「……なあ、よければ少しくらいなら料理を教えてやろうか?」

「良いのか?」

「ああ、美味い飯をつくれりゃ、しばらくついて行く俺も、あいつらも喜ぶ。まあ、短い間だろうが、少しくらいは教えてやれるぞ」

「いや、ありがたい。料理なんてしたことないのに、料理番にされてどうしようかと悩んでたところだ」


 料理なんてできないのに料理番にされて、とりあえず鍋に野菜を放り込む作業をしていたに過ぎないと彼女は言った。

 味が染みて食えればいい。傭兵は基本的にそんな考えなのだ。ようは水に塩が入るか別のものも入るかの違いのみ。だが、女としてはちゃんとした料理が作りたいと思っていた。


「俺もほとんど独学だから期待はするなよ。多少、知り合いに習ったくらいだ」


 主にミリアの世話を遣っている時に、まともな料理一つ作れないのは格好悪いと思って、本職に頼み込んでいくらか料理を教えてもらったことがある。

 そのおかげで料理のコツを覚えたようなものだ。そこからあとは独学である。


「良い良い、教えてくれる人がいないより、いる、だからな。むっふっふ、これで御主人においしい飯をつくってやれるぞ」

「なら、そうだな。まずは――」

「ふんふん」


 料理のやり方を教えながら煮込みを作って行く。出来上がった煮込みは、大層良い評判であった。


 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇


 夜、アルフは見張り番として火の番をしていた。


「おう、どうでい調子は」

「ホークか。いや、特に何もないな。静かだし、誰かがいる気配もない。魔物もゼグルドがいるから寄ってこないしな」

「そいつは重畳ってやつだな。……あいつに料理を教えてくれたんだって?」

「すこしな。大したことじゃない」


 教えたことなんて特に何もなく基本的な事ばかりだ。あとは自分で発展させていくしかない。やはり本職に習うようにはいかないものだ。


「いやいや、それでもだ。あんなにうまい飯を旅の途中で食えるなんて思ってもみなかったからな」

「大げさだな」

「大げさなもんか。食事ってのは大事だ。アンちゃんもわかってるだろ」

「まあな」


 傭兵も冒険者も腹が減っては力が出ない。腹が膨れれば何でもいいという輩はいるが、美味い飯はもっと力が出るのだ。

 だからこそ、傭兵団には大抵料理番がいる。いるいないでは、士気が違うのだ。更にうまい飯を出す傭兵団なら人が集まる。


 不味い飯より美味い飯。酒もあれば、なおさらだ。酒がある傭兵団は懇意にしている商会があるということで、上質な武具なども手に入るということになる。それだけ強いということ。

 ホークの傭兵団は小さいが、そのどれもがそろっている。良い傭兵団だった。


「なあ、アンちゃん、本当にうちに来ちゃあくれねえのか?」

「今朝も言ったが、まだ冒険者を続けていたくてな」

「……そうかい。まあ、アンちゃんならそう言うか。残念だねぇ。傭兵なら、きっと有名になれただろうに。英雄になって、どこぞの領主にだってなれたかもしれねえぜ」

「そりゃねえだろ。俺は、弱いからな」


 弱い。二十年も冒険者をやっていて芽が出なかった才能のない冒険者だ。剣の師匠には、才能がないと言われ、弓の師匠には才能があると言われたが、魔力がないことを嘆かれた。

 弟子たちには既に何人も追い抜かれている。それでもこの道を諦めることだけはしたくはなかった。世界中を旅して、英雄になる。


 その夢を今も、忘れてはいないのだから。それを語ってやると。


「無理だとわかっていてもか」

「ああ、無理だとわかっていてもだ。それでも、諦められないんだよ。夢だからな」

「そうか。夢ならしゃあねえか。――っと、邪魔したな。交代まで頼むわ」

「おう」


 ホークが立ち上がって立ち去るときに、


「ほれ」

「ん?」


 何かを投げ渡す。皮袋。液体の入った皮袋だ。


「気付けだ」

「ありがたく」


 少量の酒だ。酒精が強く、身体が温まるような。

 それを少し飲みながら、夜は更けていく。パチリと火花が夜空へと舞い上がって行った。


書き上げられたので投稿。零時過ぎてるので12時更新です。

おっさん書くの楽しい。やはり、おっさん同士はいいですね。ということで傭兵団団長のホークさん登場。

出会ったばかりですが、すっかり仲良くなったようです。気が合うのとホークの人柄もあります。

主人公をアンちゃん呼びのおっさん仲間は出したかったので出せて嬉しい限り。


エリナが来るのは次回。第三話ルジェントについに到着。傭兵団とも一時的にお別れして、別の人が登場します。

ゆっくりとまったりと。第四章のテーマは日常と、そして――。

とかそんな感じです。今までより日常強めな感じでいきます。


流石に毎日更新は不可能なので、ご容赦を。

書き上げられたら投稿していくスタイルですので、次回は書き上げられたら更新します。

ではでは。


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