エピローグ
水に飛び込むとそこは一つの部屋のようであった。壁などを触った感触から、もともと作られていた空間がどこかに繋がって水が溜まったのだろう。その証拠に、わずかではあるが水の流れを感じる。
アルフは、ポーチから水の中でも使えるベル作成した魔法のランタンを灯す。これもずいぶんと前に作られた失敗作であり、水の中でしか光らないという代物である。
巡礼路最後の州バルックホルンは海に面している。そこにはいくつか海底洞窟などがあり、貴重な素材などもあったりするのだ。
そういう場所を探索するさいに非常に役に立つ。ベルは失敗作と良く言うが、こういう場合にも役に立つ優れものとアルフは思っている。何よりただでもらったものであるし、弟子の作ったものだ。最後まで使ってやるのが師匠として教えた者の務めだろう。
そんなランタンを持ってアルフは、ゆっくりと水に浸かった地下通路を進む。次第に整えられた人工の壁ではなくなり、地下洞窟の様相を呈していく。
ダンジョンなどの魔物が作ったものではない。自然にできた洞窟らしく、縦横無尽にうねっている。ゆっくりとそこを時折腰に結んだロープが切れていないことを確認しながら進んでいく。
(広いが、一応、流れらしきものがある。どこかに通じていることは確かのようだ。それに段々上に上がっている――ん?)
ふと、何かが煌めいた気がして、アルフは短剣を構え水をかき分けるようにそろりと近づいていく。
(おいおい、こりゃあ)
そこにあったのは金銀財宝の山だった。どうやら何かあって持ち出そうとでもしたのだろう。必死に財宝を持ち出そうとしている様子の骸骨がゆらゆらと揺れていた。
アルフの脳裏をこれだけの財宝を一人占めした場合の映像が駆け巡る。高い酒を飲み、高い食い物を食う。冒険者などという危険極まりない職業もやめて静かに過ごす。
幸せな未来だ。これだけの財宝があれば一生遊んで暮らせるだろう。だが、
(これだけありゃあ、あのエルフも買えるな。全員で分けたら足りないが、事情を話せばゴラン以外は協力してくれるだろう。足りなきゃ……そんとき考えるか)
アルフは、その考えを惜しみながらも捨て去る。確かにこれを見つけたことを隠してポーチにでも入れてしまえば誰にもわからない。
アルフは幸せになれる。しかし、それは夢の終わりだ。英雄になる。それがアルフの夢だ。諦めかけて現実に生きることを余儀なくされている男のわずかに残った矜持。それすらも捨ててしまえばアルフはアルフでなくなる。
だからこそ、目印として、同じ失敗作の魔導ランタンを置いてアルフは再び洞窟を進みだす。出口を見つけて帰るのだ。
一本道を進む。これならば仲間たちも来れるだろう。問題になるのは水が溜まっていて集気草がなければ到底人間では越えられないということくらいか。
人数分あるので問題はないだろう。数十分ほどそれくらいの時間は進んだはずだがまだ抜けない。おそらく終わりは近いとアルフは思っていた。
道が完全に上向きになっていたのだ。もはや水底を歩くというより泳いで上へ上へと進んでいるというのが正しい。
更に言えば、ここまで魔物には遭遇していなかったことも終わりが近いことの証明になる。水は魔力を含みやすい。普通ならば水場に魔物などが多く発生するし、特異な怪異が起きたりする。
しかし、ダンジョンが近辺に出現すると魔力が全て吸われてしまうのだ。迷宮内なら循環によって魔力は充足しているはずであり、魔物が出るはずなので、ここはもう迷宮の中ではないということだ。
その通りで、その直後に洞窟を抜けることに成功する。水底から水面へと顔を出す。
「はあ――、ここは、穴の底か」
階層都市であるラグエントは穴の壁面に作られた都市だ。その巨大な穴の底だろう。まさか、こんなところに出るとは思いもしなかったが、出ることが出来たのならば良いだろう。
「問題は上がる方法だな」
問題はここから上に上がる方法だろうが、丁度、何かが落ちてきていた。
「あれは」
鎖が付いた桶だ。このラグエントに来た時に会った青年が作っていた魔力を使わない機械のものだろう。アルフはそれに捕まる。
アルフがくっついても動くかどうか心配であったが、問題なく動くようで上へ上へと上がって行く。徐々に街の喧噪が聞こえてきた。
弦楽器や笛の音色が響き、酒のにおいが漂ってくる。戻ってきたのだと感じる瞬間だった。そして、やはり上まで上がると青年がいた。
「え? えっと、あなたは、これはいったい?」
「いや、すまない。ちょっと色々とあってな。……ここなら上がれそうだな」
魔法を使って上がることは可能だが、それで一気に上がってしまうと衛兵に何を言われるかわかったものではない上に、下手をすれば魔物に間違われて攻撃されることもある。
迷宮の出口から一度街の外に出て再び入るのであれば、入場税をまた支払わなければならないしきちんと城門から入らなければならない。
それが決まりだ。祭と言えど、勝手に侵入などすれば衛兵に捕まる。だが、バレなければいい。そのためにこの場所はなかなか具合が良いようだ。
ラグエントの階層から下に向けて多少出っ張っているし、建物が影になって街からは下の様子が見えない。あとはここから街に入れば良いというわけだ。
本来ならば、再入場するのが筋なのだが、今回は祭中で今も、街に入ろうと待っている列がある。少なくとも他の街での祭の時はそうであった。
それを待っていては、祭中の再入場は難しい。そうなれば、ガルネクの望みは叶えられない。財宝のあてもあるのだ。
ここは仕方なく曲げる。それに、アルフとしてはこのあとたっぷりと酒を飲みたいのだ。ドワーフの高い酒などここでしか飲めないものも多い。
それらを全て飲むためにも無駄な金の支払いは避けたいのが本音である。ゆえに、ここから上がる為にアルフは青年に事情を説明した。
「わかりました。良いですよ」
青年は、事情を聞いて快く許可をくれる。ガルネクの事を話せばすんなりと話は通った。愛や恋などに人は弱いということだ。
了承を取ったアルフは一度、青年の力を借りて洞窟へと戻る。
「ふっは――」
「おお、アルフ殿! どうだった?」
水から上がったアルフを迎えたのはゼグルドだった。アルフを水から引きあげてくれる。それを見て、リーンたちも集まってきた。
「ふふふふ、まて~」
ゴランはまだ気持ちよく眠っているようだった。なにやら夢すら見ているようである。
「どうだったかしらぁ?」
そんなゴランを背負ったリーンがアルフに聞く。
「ちゃんと外に繋がっていたよ。街の真下の孔の底に出る」
「それならちゃんと帰られるでございますね! 旦那様の魔法を使えば」
「ふふふ、任せるであーる。我輩、聖騎士になったであるから、皆を無事に街まで連れて帰ってやるであーる。存分に頼るが良いぞ」
ふっはっはっは、と高笑いしながらスターゼルがどん、と胸を叩く。杖はぶっ壊れたが、その代わりとなる聖鍵があるのだ。
それに聖騎士は伝説にも語られるほどに偉大な者とされている。そんなものになったスターゼルは、もう何も怖くないと言わんばかり。
あながち間違いではないが、結構うざいのでエーファは半眼で呆れている。
「私も浮遊の術は使えます」
そんな彼らの横で、みんなを回復させて自分も休んでいたリネアも胸に手を置きながらどうか頼ってくださいと言う。
「いや、それには及ばない」
しかし、アルフはそれらを断る。
「どうしてですか?」
ガルネクが不思議そうにした。ここから出るにはそれが一番早いと思ったのだ。ラグエントの孔の底ならば魔法を使えば簡単に街に入れる。
だというのに、アルフはそれを断ったのだ。何か別の方法でもあるのか。しかし、ガルネクにはわからない。それには、リネアも同意だった。スターゼルは良くわかっていない。
「あら、簡単よん。アルフさんのことはよーぉーっくわかってるから。あたしが変わりにおしえてあげるわぁ」
アルフが説明をしようとする前にリーンがそう言ってガルネクらに説明する。
「なるほど。確かに、今はお祭りでした。色々あって忘れるところでした」
その説明にリネアが納得して頷く。
「そういうことだ。それと全員聞いてくれ。この穴を抜けている最中に財宝を見つけた」
「なんと!」
「おお、それはすごいであーる」
「もしかして、それがあれば領地も!」
「……ねぇ、アルフさん。それを今言うってことは、何か考えがあるんじゃないかしらぁ」
ゼグルドが驚き、スターゼルやエーファが喜ぶ中、リーンが皆とは違う視線をアルフに向けていた。それは、アルフと長い付き合いがあるリーンだからこその視線。
その視線と言葉と共に、皆がアルフの方を向く。注目されたアルフは、さて、どうしたものかと後頭部を掻いてから、
「……俺は、それをガルネクに全部やろうかと考えてる」
そう言いガルネクの事情を話す。
「恋! 種族の垣根を越えた恋! 良いわぁ! なんて燃えるのかしらぁ!」
それを聞いたリーンは太い筋骨隆々の腕を頬に当ててくねくねと桃色のオーラを出し始めた。何やら妄想が始まっているようだ。
「嫌なら言ってくれ。ガルネクには悪いが――」
「アルフ殿、嫌などわれが言うことはない。アルフ殿はいつも言っていたではないか。困っている者は見捨てないと。混じり者ではあるが、それでも困っている者は見捨てない。それがシルドクラフトの冒険者なのだろ?」
「そうでございます。旦那様は大馬鹿者なので、きっと褒めてやれば財宝くらい渡すでございますよ」
「良いのかエーファ。もし、財宝があれば」
「いいのであーる」
「旦那様がこういうので」
「そうか」
本当に良い奴らだ。自分の弟子は本当気持ちのいいやつらばかりだ。
「リネアはどうだ?」
「これでもシスターです。財宝など気にせずに。ガルネク様にお渡しください」
「ありがとうよ。そういうわけだ。ガルネク。気にせず、あの人を迎えに行け」
「みなさん……本当に! 本当にありがとうございます!!」
「さて、それじゃあまあ、まずは出るとしようか」
アルフはポーチから人数分の集気草を渡す。その時、
「やはり、水の中から行くのか」
「ああ、そうだが、どうかしたのかゼグルド」
「いや」
ゼグルドが難色を示した。
「何かあるのなら言ってくれ」
「……うむ、そうだな。実はだな、われは泳げんのだ」
火竜人族の里は火山地帯にある。水など飲み水を確保する泉位のもので竜人たちは泳ぐことはないのだ。だから、泳げないのは当然で。特に火の精霊と高い親和性を持つ竜種ともあれば、水は苦手なものとなるのは必然。
しかし、この抜け道を使わないとなると、自力での脱出となる。ゼグルドならばそれは問題ないだろうが、一人だけ別行動というのはその実力を知っていても心配になる。
「あらぁ、それなら大丈夫よぉ。あたしが、連れて行ってあげるわぁ」
考えているとリーンがそう提案する。ゴランを抱えてゼグルドも抱えるとなると大変だろうが、そこは王国級冒険者である問題はない。
「頼めるか?」
「そこは、頼むって、言ってくれていいのよぉ。さあ、ゼグルドちゃーん、あたしの胸に飛び込んでらっしゃーい」
「う、うむ、よ、よろしく頼、む」
この問題はそれによって解決した。まずリーンがその巨体で飛び込み、ゴランとゼグルドを連れて行く。それにスターゼル、エーファ、ガルネク、リネア、アルフが続いた。
途中で財宝を回収し、示し合せていた通り青年の機械を使って街へと戻る。濡れたものは全てゼグルドの炎で乾かして、早速、アルフたちはその足でラグエント伯爵の使用人たちが管理している交換所へと向かった。
ラグエントには陽気な音楽は今もなお鳴り響いている。祭はちょうど佳境に入り、大盛り上がり。人通りはいつもの数十倍と言える。
その間を縫うように階層都市を下から上へと上がって行く。交換所に近づいていくにつれて、ガルネクの足取りは重くなっていく。
目の前に来た。これでようやく念願が叶う。彼女を救うことが出来る。そのあとは、その気持ちを伝えるだけ。それだけなのに、足は前には進んでくれない。
「大丈夫だ」
アルフがそう言う。
「アルフさん」
「俺が言うと説得力がないかもしれんが、大丈夫だ。根拠もなにもないが、あのエルフさんは、あんたの思いにきっと答えてくれる」
アルフの言葉に皆も頷く。
「みなさん……」
息を決したように表情を引き締めるガルネク。それでも一歩を踏み出すにはもうひと押しが足りない。
「さっさと行けよこのグズ。何のために寝たふりまでしていたと思っているんだ。さっさと行ってあの人を救ってこい」
その時、ふとリーンの背中から声が降ってきた。今まで眠っていたゴランの声。その言葉が一押しとなる。
「ゴランさん、わかりました」
そして、彼は最後の一歩を踏み出した――。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
祭が終わって、ラグエントはいつものにぎわいに戻っていた。多くの商人たちは再び稼ぎの為に各地へと散って行き、すっかりといつも通りのラグエントへと戻っている。陽気な音楽が鳴り響き酒の匂いの濃いラグエントに。
朝霧がまだ街を覆っている時間。なじみの店で稼いだ金を使って酒を飲んで、飲んだくれて、潰れて、誰も彼もが眠っている時間、アルフは一人、外に出て一杯の酒を飲んでいた。
「おは、よう、ござい、ます」
そこにたどたどしいリーゼンベルク語で声がかけられる。
「ああ、あんたか」
そこにいたのはあのエルフだった。手足の拘束はなく自由になっている。あの財宝によって解放されたのだ。
「は、い。お礼、をと、思いました。ありが、と、う、ございます」
『ベツニ、コレデ、イッテクレレバイイノニ』
『お礼は、そちらの言葉で。感謝を示すには、言葉を合わせるものです。これが、私の流儀というところですか』
『ソイツハ、イイリュウギ、ダ』
『そう言ってくださるのは、あの方とあなたくらいのものです。ふふ、それにしても、本当捕まって良かった。あの人の気持ちを聞くことが出来ましたから』
そうか、と精霊言語で返して、アルフはまた酒を飲む。
『ドウカ、シアワセニ。セイレイノ、カゴのアランコトヲ』
「あな、たにも、加護の、あらん、ことを」
それから彼女はまた店の中に戻って行く。お礼を言いに来るとは律儀なエルフだった。弟子の1人を思い出す。
「何やってるのかね、あいつは」
死んだという報はないから元気にやっていることだろう。そんなことを思い出しつつ、
「うぅ――」
また杯に酒を注いでいるとリネアがふらふらとやってくる。あの後教会での手続きなどを行ったあと、彼女もまた宴会に参加したのだ。
そこまで酒に強くないのか今の今まで潰れていたようだが、起き出して来たようである。どうみても二日酔いでふらふらだ。
「大丈夫か?」
「あ、はい、ご心配をおかけして申し訳ありません」
「ほれ、水だ」
アルフは、自分の水袋を彼女へと手渡す。
「ありがとうございます」
それを受け取って、一瞬、彼女は手を止めて、それから意を決したように水を口に含んだ。
「ふぅ、ありがとうございます。少し、楽になりました」
「そりゃよかった」
返される水袋を受け取ってアルフもまた水を口に含む。リネアの顔が赤いがアルフは気が付かない。
「…………」
「…………」
それから、しばらくの沈黙。
「祭も終わったな」
「そうですね。あのような経験が出来るなど、おそらくもうないでしょう。とても良い経験になりました。アルフ様には本当に感謝しています」
「感謝するのは俺の方だ。色々と助けられた」
「…………あの、アルフ様はどこかに定住する気などはないのですか?」
いつまでも冒険者をやらずどこかで静かに暮らすという考えはないのか。彼女はそうアルフに問う。
「…………そうだな。冒険者なんてやめて、どこかで静かに暮らすってのは良いかもな。だが――」
アルフは言う。諦めきれないのだ。もうほとんど諦めかけていたとしても、最後の最後で諦めきれないのだ。夢を、アルフは諦められない。
たとえ、それが叶う事のない夢だとわかっていても、アルフは諦めることができないのだ。英雄になるという夢を諦められない。
「まあ、叶えられない夢なんだが」
「…………いいえ、私は、とても素晴らしいことだと思います」
「そうか」
アルフはリネアの言葉に、笑みを作った。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
リーゼンベルクから西へ向かう街道。バルックホルン州へと続く街道を歩く一つの影があった。
「~♪ ~♪」
鼻歌交じりに楽しそうに歩く人影。まず、目につくのはその背に背負われた巨大な斧だった。肉厚にして幅広で長大。人影の大きさ以上の巨大な斧だ。
それはおおよそ人が使うものとは思えないようなものであり、斧という形の鉄塊と言われた方がしっくりくるかのような代物。
そんなものを背負って、兎の耳のようにも見えるリボンで二つに括った赤茶色の髪を揺らして人影は街道を一人歩いていた。
首から下げた冒険者証がその正体を物語る。
――リーゼンベルクにおける冒険者ギルドの一つシルドクラフトの冒険者
――最上位の王国級冒険者の一人。
――大食い兎のミリア
「あっるふっせんせー、あっるふせんせー」
鬼神の如き戦いをすると言われる彼女はその評判とは結びつかないような朗らかな笑顔で楽しげに街道を歩いていた。
大好きな先生に会えるとあって、上機嫌だ。しかも、最近ようやく努力が実り十一人目の王国級冒険者となることが出来たのだ。
かねてからの約束通りチームを抜けて、ミリアは一人、アルフの下へと向かっていた。王国級冒険者になったことを報告するのだ。
彼の足取りはエリナから聞いているので、バルックホルンで会える計算である。無論、彼女がそれを想定したわけではなく、エリナが会えるようにきちんと旅程を組んだのは言うまでもない。
「アルフせんせー、よろこんでくれるかな。そうだ、アルフせんせーに会ったときの為に練習しておかなくちゃ! えっと、ぼく、王国級冒険者になりました! ――普通、かな? もっと特別なことなんだし、アルフせいせいが驚く方が良いかな?」
とても楽しそうに歩く彼女。二回りも歳の離れた師匠に会うだけだというのに、彼女はとても幸せそうである。
「まったく、暢気なものですね」
そんな彼女を遠くから見る眼があった。魔法による水晶への投影にて少女の姿を追っている。それは、黒いローブを纏っている者。男か女か定かではないが、声色からして男であるようだった。
そんな男はヴェンディダートと呼ばれている。彼の名を知る者は少ない。それはおおよそ、千年前を知る者とほとんど同数であろう。
世界の裏側を知る者がその名を語りたがらないように、彼もまた自らを語ることなくただただ魔法を用いて、玉座に座る主へと兎の少女と、混じっている少女の出来を見せる。
「…………」
玉座に座る者は無言。朱塗りの柱が立ちならぶさながら聖廟が如き神聖さすら内包する玉座の間。御簾の向こう側に座る帝と呼ばれるものは無言。
赤い髪に黄金の瞳をした、その者は無言。その代わりに居並ぶ五人の武人とその傍に控える少女たちが協議する。帝の傍にて水晶にて映像を写す神官に代わって、将軍が。
「機は熟したとみるべきですかねぇぇヒヒヒヒ」
どこか面白いという感情を感じさせるねっとりとした声がまず上がる。まるで仮面のような笑みを浮かべマントを纏った男だ。そのそばにはその胴以外の全てを顔に至るまで同化するように漆黒の刃が生えた少女がある。
男は道化師と呼ばれる男だった。あるいは皇帝の胴とも呼ばれる男。将軍の一人である男は、神官にそう言う。
「そうですね。実ったようです。我々の想像以上に」
「…………」
声なき声が上がる。それは仮面の男のもの。仮面に、どこか古ぼけた白い甲冑を身にまとった偉丈夫。もっとも武人らしき男が声をあげる。
顔のない男。顔以外全てを刃に同化された少女がその背後から、声を投げる。男の声を。
「なら、ば、いくさ、か」
「それは、私が決めることではないでしょうね。まあ、まずは彼女たちを集めることが必要なので、それは既にやっていますが」
「小生には難しいことはわからない。ゆえに、命令だけくださればよい。小生は、帝の左腕である。腕は、ただ主の命に従っていればよいのだ」
将軍の中で唯一の女がそう告げる。背後に左腕以外が刃に同化された少女を控えさせた女。淡い水色の髪をした柔和ながら凛とした女は左腕を白い篭手で覆われた女は主に向かってそう言葉を紡ぐ。
それに追従するように、
「応」
ただ短く一言、右腕を白い篭手で覆われた男がそう言った。帝の右腕と呼ばれる偉丈夫だった。ただただ御簾の向こうを見据えて、女と男は帝の言葉を待つ。
もとより協議など必要ない。命じれば良いのだ。そう言うように。
「ならば、行くか」
声が響く、声が響く。声が――響く。
御簾の向こう側、沈黙を守っていた者がいま、その声を降ろす。
「それが、御身の望みならば」
ただ五人の将軍はその言葉に膝をつく。
「ならば、準備が出来次第、行くぞ。彼の地へ」
響く声に、ただ無言の肯定だけが、玉座の間を満たす。その中で一人、ただただ笑みを浮かべるヴェンディダート。
「始まるぞ、神話の時代が」
全てが始まる。伝説が、今――。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
どこかの土地。神話の時代にゆかりのある場所にて、男が東の空を見ていた。
「…………」
東の空を男が見上げる何かを予感したように。事実、予感したのだ。何かの始まりを。そして、終わりすらも。
灰色の髪に黄金の瞳をたたえた男。年若い男は、ようやくかと言うように東の空を見上げる。数十年の時を待ちわびた男は剣を手に立ち上がる。
黄金に輝くようなそんな剣。神聖な気が放たれる、神々の兵器。あるいは、ただの聖剣と呼ばれるものを手にした男は、かつてその剣を手にした時と変わらぬ姿のまま、また変わらぬ使命を果たすために立ち上がる。
「ようやくだ、ようやく」
そう呟いて、ただ一人、かつていたはずの仲間すらいないとしても、男は行く。灰の髪をなびかせて、鈍色の鎧を着て、その手に輝く聖剣を持って。
神話の時代の始まりへと、彼は向かう――。
ハッピーハロウィン! 祝う相手はいない私は一人お菓子を食べる日です。皆さまはどうでしょうか。ハロウィン祝いますか?
さて、まずは謝罪をば。本当に遅くなりもうしわけありません。
これだけの話を書くだけなのに、だいぶかかってしまいました。終わりは決めていたのに結構書くのが難しかったです。
次回は四章ですが、書き溜めに入るのでまたしばらくストップします。
四章では、海の州であるバルックホルンでのお話になります。プロットはほぼできているのであとは少しだけ詰めて書くだけ。
最後までやめる気はないのですが、どうにも駄目作者で他に浮気などしてますが、どうか最後までお付き合いください。
では、また。