第4話 竜人ゼグルド
朝食後、ギルド会館に向かっていると待ち構えていたとばかりにミリアが現れる。その様は尻尾を振って近づいてくる犬そのものだ。
「アルフせんせー! おっはようございまーす!」
「うおおわっ!?」
勢いよく挨拶するミリア。そのおかげで背中に背負った身の丈以上の大斧がアルフを襲う。全力のバックステップで躱したが危ないところであった。
「あっぶねえな」
「えへへ、ごめんなさい」
「で、なんでここにいるんだ?」
「待ってた! アルフせんせーとギルド行きたくて!」
実に利口な忠犬のような奴である。
「んじゃ行くか」
別に断る理由もなくアルフはミリアと共にギルド会館へと向かう。そこで今、彼女とチームを組んでいる綿々と出会ったので彼女は泣く泣く依頼に出かけて行った。
数日ほどかかるらしくてその間アルフに会えないとかで泣いていたのは、いつものことながらチームリーダーと共に苦笑だ。
さてギルド会館に入ると、そこはいつものように人でごった返している。人間ばかりではなく多種多様な種族の者たちが勢ぞろいしては壁に貼られている依頼板から受ける依頼を探していた。
それだけでなく、冒険者同士の交流も盛んだ。朝返ってきたばかりの冒険者に魔物の情報などを聞いている冒険者や遠方から来た冒険者に物価の相場なんかを訪ねている奴もいる。
忙しなく動いているのは職員も一緒だ。カウンターに休みなくやってくる冒険者の相手で大忙しだし、鑑定所では持ち込まれる牙などの査定を朝からやっている。
相変わらず女の奇声が聞こえているのだが、いつものことなので誰も気にしない。気にするだけ無駄なことがわかっているのである。
「さて、今日はどうするかね」
いくつかの雑用依頼を受けてさっさと金を作ろうか。街の外にはかなり出まくっていたので、もうしばらくはでなくていいかなとも考える。
このところ魔物が狂暴化していたり、強くなっていたりするので以前は楽に相手に出来ていた魔物がそうもいかなくなってきているのだ。
少しばかり様子見をして、落ち着いた頃に討伐依頼を受けるべきだろう。だから、今日は雑用をと考えたところで、
「久しいのう、アルフ」
背後からそんな声がかけられる。しわがれた老人の声。だが、そこに宿る覇気はただものではない。これで現役を退いているというのだから恐ろしい。
わかってはいるがアルフは振り返って相手を確認する。そこにいたのは杖をついた老人。だが、その眼は鷹のように鋭い。
柔和な笑みを浮かべて優しげな老人ではあるものの、これでも元王国級の冒険者。そして、現シルドクラフトギルドマスターだ。
「げ」
「げ、とはなんじゃ、げ、とは。もう二十年も付き合いじゃろ? ほれ、お前がまだ小僧だった頃からしっとる仲じゃろに」
「あんたがいっつも俺に新人を指導しろって言ってくるからだろ」
「いいじゃろー、な、今回も良い新人がおるんじゃよ。な、報酬はずむしな、やってくれんか?」
「断る」
これ以上指導する気はない。しかし、そう断言してもギルドマスターは諦める気などなく、
「な、頼むよなあ、頼むよ、なあなあ~。良い新人がおるんじゃってお前さんに任せたら安心じゃろー、なあ頼むって」
うるさく付きまとってくる。
「やらねえって」
「ならば、試験監督でも良い。加入試験の監督だけでもさあ」
「それにかこつけて、監督した奴回してくる気だろ」
「チッ――何が不満なんじゃ。報酬も出すと言っているだろう」
「…………」
そう言われると答えに詰まる。確かに報酬は魅力的だ。だが、
「俺のプライドの問題だよ」
プライドというものがある。だからこそ、新人指導なんてする気がなかった。もう十人も指導したのだ。十分だろう。
普通なら三人とか五人のところを十人だ。実に倍の人数を弟子にしてきた。これ以上どうしろというのだ。
「でもなあ、お前さんに任せたあの結果じゃろ? そりゃ任せたくもなろうて。なあなあ、頼んむよお!」
しつこい要請にアルフは素早く討伐依頼板の方に足を向けた。街級から村級の何か魔物でもいないものかと素早く探して手に取る。
手に取ったのはソロでも狩れる村級の魔物コボルドの退治。付近の村に巣を作っているらしいという情報が書かれた依頼書を手に取って、素早くカウンターに持っていく。
「あ、おい、待てアルフ!」
ギルドマスター制止を振り切りカウンターに依頼書を置く。
「おー、アルフじゃん、エリナんとこじゃないのー?」
子供のようにも見える女性受付嬢がそう聞いてくるが、
「良いから、早く受理してくれ」
「ははーん、なるほど。ほい。んじゃ、コボルドね、討伐証明部位は角だから」
「わかってるよ」
そう言ってさっさとギルド会館を出た。後ろで次は逃さんぞー、と叫んでエリナにぶたれて部屋に引きずり込まれるギルドマスターを尻目に一度、宿屋に戻り準備を整える。
まずは魔法具であり幾らでも中にものが入るポーチの中身を確認する。傷薬の材料になる薬草やその他数種類の香草や毒草など不足がないかを確認し不足があれば使い古して黄ばんでいるメモ帳に記していく。
次に回復薬などを見ていった。ラベルが剥がれているのはないか、劣化しているものはないかなどを一つ一つ見る。
栓がきちんとしまっていなかったり緩んでいるものはその都度締めていき、ないものはやはりメモ帳に書いていく。
「回復薬使っちまったから、安いの買っておくか」
そうメモに記しつつ、現在ある物に問題がなければすべてポーチに戻していく。そうしてポーチは背中に位置するようにベルトに着ける。
「よし」
それから剣に小剣、短剣に数本の投擲剣。それら全てに問題ないか、刃が欠けていないかなどを手早く確認。
その後、剣と小剣はそれぞれ腰に剣帯で吊り、短剣も同じく腰の短剣帯に差す。投擲剣は抜きやすいようにいくつか場所を分けて鎧の代わりになるように懐などに忍ばせておく。
次に弓を取り出して弦を張る。朝も確認したが、数度弾き引いてみる。問題はなく良くしなり良く鳴る。弓に問題がなければ次は矢筒の矢を見た。
折れているのはないか。矢羽に問題はないか。矢じりはきちんとついているかなど一本一本丁寧に見て行って問題がなければ背中側でベルトを使って矢筒を吊る。
それで一応の準備は完了。あとは買い出しだ。宿屋で数日分の水を買って水袋を満杯にしてポーチの中へ。
食料の方は保存食屋で安い干し肉を買う。どこかで獣や魔物でもいたら食べるのでそれほど量は買わない。
次に環状道路を更に南へ向かい魔法薬屋に向かう。
「おーっす、一番安い魔法薬売ってくれや」
「リーゼンベルク銀貨一枚だ」
「相変わらず高いなおい」
リーゼンベルク銀貨が一枚あれば、それだけでただ寝るだけの安宿なら25日間は泊まれる。三食付の宿屋なら19日、三食付の上に風呂までついた高級宿なら約二週間は泊まれるほどの価値があるのだ。
つまり、一番安い飲めば多少の傷が瞬時に治るくらいの効果しかない回復薬ですらそれくらいの価値はあるということだ。
「嫌なら買わなくてもいいんだぞ」
「嫌とは言ってねえだろ」
昨日のミリアとちんぴら共の賭けで多少稼いだ金がなくなるが、準備は大事だ。きちんと支払いを済ませて小瓶をポーチに入れて準備は完了。
「さて、んじゃギルドだな」
それから向かうのはギルドだ。まだ外へは向かわない。若い冒険者になりたての奴ならばここで出ていくだろうがアルフにそんな勇気はない。
コボルドだろうがなんだろうが魔物は魔物だ。特に昨今は魔物が狂暴化していると聞く。情報は集めておくに限る。
本当ならば依頼を受けた時点であの場にいた朝帰りの冒険者たちに聞くべきだったのだが、ギルドマスターを躱す為に出てしまったので今いくことになってしまった。
既に解散していてもおかしくない時間に差し掛かってはいたが、幸いにもまだまだ騒いでいるようだった。
その中に馴染の顔を見つけたので手をあげつつそいつとそいつのチームが座っているテーブルに近づいていく。
「よっ」
酒をかっくらいながら談笑にふける青年に声をかける。
「なんだ、アルフじゃねえか、何してんだ? 今日は雑用じゃねえのか?」
年上にかける言葉ではないが、冒険者ランクとしては同等の街級。それゆえに相手は気にせずに、アルフ気にせずに話を進める。
「ギルドマスターから逃げるために討伐依頼受けたんだよ」
「へえ、珍しい。なに受けたんだ?」
「コボルドだ」
「けっ、あいっかわらずしけてんな」
「仕方ねえだろ、ソロなんだよ。で、帰ってきたばかりだろ? 何かないか?」
そうだなあ、と顎に手をあてながら考え込む男。そして、ぽんと、思い出したという風に。
「別になんもねえな」
そう言った。
「そうか」
「ああ、変わりない。確かに増えてはいるが強さなんてまったく変わらねえよ。群れが変わったなんて話もねえし、見かけてもねえ。普通に倒せばいい」
「了解、助かるよ」
「おう」
そう言ってアルフは席を離れる。しばらく、他の奴にも話を聞いて問題がないことを確信出来てからアルフはギルド会館を出て城門へと向かう。
第二区と第三区を抜けて衛兵に軽く挨拶をしてからリーゼンベルクを出た。入るときはそんなに見えないが出るときは堀の中にたまった水まで見える。
魔法建築で作られた水道の口が堀には突き出しており、そこから水が流れ出ていた。噂では、地下水道にはリーゼンベルクから少し行ったところにある森に通じる道があるとかないとか。
王家の脱出路だというが、地下水道には例外なく魔物が住み着いている。時折、駆除しているがどこから入ってきているのか、どこに巣があるのかいなくなることはない。
まあ、汚い水が流れるだけの地下水道であるためあまり気にするものはいない。そのおかげか堀の水は濁り水草が異常繁殖していて、気持の悪い緑色というか褐色になっている。
そのうち冒険者ギルドの雑用依頼で掘りの掃除とかそういった仕事がリーゼンベルク王家から回ってくることだろう。
王国からの直接依頼は教会を通してシルドクラフトに降りてくる。それは人助けを掲げているからだ。王家とのつながりがあるギルドなどシルドクラフトくらいのもの。
アイゼンヴィクトールやルインズシーカーにはない珍しい教会系列の守護聖人を持つギルドだからこその特権ともいえる。
それも貴族からは良い顔をされないが、やっている依頼がどぶ攫いのような堀りの掃除などばかりであるため今のところ問題として噴出することはない。
王家からの仕事は割のいい仕事であるので、誰もが受けようとする。この時ばかりは誰も彼もが雑用依頼板に走るのでエリナが大忙しだと愚痴っていた。
「ああ、エリナと言えば今度なんかおごらねえとな」
本当、いくつ借りを作れば気が済むのか。自重しようと思うがどうにもずっとこのままのような気がするのはなぜだろうか。
いやいや、と頭をかきながアルフは街道を歩く。目指す村まではゆっくりと向かうのであった。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
――夕暮れ時。
人気の少ないリーゼンベルクへと続く街道をその男、ゼグルドは歩いていた。
数少ない街道を歩く者たちは、一様にゼグルドの姿を見ると、男の正面を避けるように移動する。その顔に浮かんでいるのは一律、恐怖であった。
それも仕方がないとゼグルドの容姿を見ればわかるだろう。彼の容姿は恐怖されてもおかしくない容姿であったのだ。言っておくとそれは種族的なものである。
まず、目に付くのはその身体を覆う深紅の鱗。それから竜特有の紋様が走る鱗に覆われた竜頭から覗く牙や鋭い眼光。
それらは否応なく見る者、全てに威圧感を与える。
彼は人族であるものの、人間ではない。竜人と呼ばれるような種族の一人である。
人間の数十倍の寿命を持つとある種族を除いて最強の人族と呼ばれる種族であった。
本来はもう少し東南に行ったあたりに存在する火山地帯に住んでいる種族であり、リーゼンベルク方面では非常に珍しい。
もとより、竜人族は、あまり火山地帯から出てこない為、火山地帯以外で見ることはほとんどないのだ。見慣れていなければ恐ろしい事に変わりはない。
それがなぜ、こんなところにいるのかというと、街道をリーゼンベルク目指して歩いていることからある程度は予測ができる。
また、いくつかの理由によって彼が何を目指しているのかは判断できるだろう。
第一に荷物。彼が背負っている荷物の中には商品などは見えず、自分の荷物、野営道具などしかないため商人が除外される。
第二に、といってもこれがほとんどの確定的な情報だ。それは背に背負った得物だ。巨大な身の丈ほどの大剣。いや、骨だ。鋭利に削られた骨塊だ。
こんなものを持つ者がリーゼンベルクに向かう理由はただ一つしかない。
冒険者になることである。付近では特に大きな都市であり、冒険者ギルドの規模もリーゼンベルク王国において最大の規模を誇る。冒険者の聖地とすら呼ばれているほどである。
その他の地方や都市のギルドよりも規模が大きいと聞けば、誰でもこのリーゼンベルクに来るというわけだ。
こんなところまで竜人族が来るという理由として考えられることとすればこれくらいのものだ。
次点としては傭兵などもあるが、それは高い確率でない。15年前の大戦時ならばまだしも、今のリーゼンベルクは平和である。
傭兵が来る時が戦争の起きる前兆とすら言われる世の中で、まったくと言ってよいほどこのリーゼンベルクには傭兵がいない。
そのため、新規に傭兵になろうという輩はリーゼンベルクには来ない。新規ではなく既に傭兵という可能性もあるが、傭兵であれば鎧のどこかに傭兵団の紋章が入っているものなので、傭兵という線も消えるのだ。
冒険者にしても冒険者証を見える位置に付けていなければならないため冒険者でもない。
そのため、彼が冒険者になる為にリーゼンベルクに向かっていることがわかる。
事実、この竜人族の男は冒険者になるためにリーゼンベルクへ向かっていた。
日が暮れる前に到着したかったが色々と問題があったために到着は明日になりそうである。
そのため、そろそろちょうど良い野営地はないものかと探しているわけだが、あまり良い場所が見つからない。
容姿も容姿であるため、人目を避けられる場所を探しているのだが、そう言った場所は街道沿いでは見つかりにくいのだ。
「さて、どうしようか――うん?」
そう低い声で呟いた時、ふいに森にざわめくものを感じた。竜族に分類される竜人族の鋭敏な感覚は獣人と並ぶほどに鋭い。
その鋭い感覚は森の異変を感じ取ったのだ。
「…………む」
「え……?」
そして、構えているとそこから灰色の髪をした男が出てきた。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「はっ!」
鱗の生えた人型に角の生えた犬の頭を持つコボルドをアルフが振るった剣が切り裂く。これであと一匹。決死の覚悟とでもいうべき形相で飛びかかってくるコボルドであったがそれも空しく空を切る。
その動きを読んでいたアルフの一撃によってコボルドはその首から下胴体がお別れしてしまった。
「…………」
もう出てこないことを気配を読んで確信してから息を吐いたアルフは剣を振りコボルドの血を飛ばして布で剣をぬぐう。
血と脂でべたつくが数度拭えばそれもなくなる。綺麗になったことを確認してからアルフは剣を腰に差し直した。
「さて、んじゃ角を取るとしますかね」
角の根本にナイフを突き立て捻るようにして引き抜く。ぽきりという小さな小気味の良い音共に角はアルフの手の中へ。
コボルドの素材は別に何にもならないため角以外のコボルドの死骸は全て穴に埋めてしまう。魔物や野犬が掘り起こさないようにそれらが嫌う薬草をいれておくのも忘れない。
手際よくそれらの作業を終えたアルフは今日中にリーゼンベルクに戻るために一度村に戻ってからその場を後にするのであった。
街道から外れていたので街道に戻る。すっかり夕暮れ時。いや、日も暮れて夜の帳が降りてきているところ。
「ちょっと、遅れたか。今日は野宿だな」
仕方ない、そう思いながら茂みから出ると、
「……む?」
「え……?」
そこに竜がいた。いや、正確に言えば竜の形をした人、いや人の形をした竜だ。叫びださなかった己を褒めてほしいと思う、
竜人。そんな言葉がアルフの頭をよぎる。敵かと思って咄嗟に動こうともしたがどうにも敵意を感じなかったのでとりあえずは話しかけてみることにした。
「竜人、か?」
「む、おお、おうそうだ。あなたは、格好から察すると冒険者みたいだが?」
「ああ、リーゼンベルクで冒険者やってる」
「おお! われも実は今から向かっていな冒険者になあろうと思っているのだ」
「そうなのか」
これまた珍しい。竜人族はプライドが高い。そのため、人間の職業に就こうという奴は珍しい、どころかいないといっても良い。
変わり者のようだ。そんな感じになかなか珍しいことをしているなとアルフと思っていると、
「これも何かの縁だ。一緒に行かないか?」
そう提案される。
「そうだな。俺も竜人にあったのは初めてだからな」
いい機会だ。異文化交流、異種族交流というのは意外な発見があって面白い。冒険者という職業柄そういうのは良くあることだが、竜人とはまだない。
ゆえにいい機会だと思ってアルフは一緒に行くことにする。長年冒険者を続けてきたアルフの勘がこいつは信頼できる奴だと告げているのだ。
「ただ、今日は門が閉まってるからリーゼンベルクには入れない野営することになるが大丈夫か?」
「大丈夫だ」
そうかと言って二人は街道を歩く。すぐにリーゼンベルクの城門前に出た。そこには、日暮れ前に辿り着けなかった者たちが野営している。
旅話に花を咲かせる冒険者や商人たちで結構賑わう場所だ、皆が皆焚き火を囲んで旅の話をしていたり、これから何をするだとか、あるいは商人同士が取引などをしている。
そんなところに竜人がやってくれば皆の注目を否応なく集めるのは当然だった。その視線を一身に受けてゼグルドは居心地悪そうにしていた。
それを見たアルフは、なるべく人のいない野営地の端の方へと向かう。その途中で、
「あ、アルフせんせー!!」
ミリアと遭遇した。チームの仲間と話していたのにアルフがいることに目聡く気が付いてどどどっ、と奔ってくる。
ぶんぶんと振るわれる尻尾を幻視したアルフ。
「あーるーふせんせー!」
笑顔で抱き着いてくるミリア。凄まじい衝撃であるがなんとか倒れることなく受け止めることが出来た。
「どうどうっと、お前らも野営か?」
「うん! アルフせんせーに会うために早く終わらせたんだよ!」
「おいおい」
チームの方を見れば温かい目を向けていた。ミリアのアルフ病は今に始まったことではないし彼らにしても彼女の強さには助けられている。
そしてなによりも、
「アルフさんに抱き着くミリアの笑顔いただきましたああああああああああ!!!」
「くそう、なんで俺はこんな時に限って記録魔法具を持っていないんだああああああ!!!」
「安心しろ、俺が用意しておいた。もちろん、今の記録している最中だ」
「「ナイスだ! あとで魔力結晶に映写して俺らにくれ!!!」」
な具合にミリアが可愛すぎて守りたいとか、妹を見守る兄たち(自称)であるらしいので問題ない。これにはアルフも苦笑いだ。
「んじゃ、俺らは行くから」
「僕もいくー!」
チームは良いのかよと思ったら、チームの全員がぜいぜひと言っていたので良いらしい。
ならいいかと、アルフは決めた場所で火をおこして、服を脱いだ。ミリアが顔を赤くしてガン見しているが、冒険者たるもの男女の裸くらいで恥ずかしがっていては務まらないので気にしない。
アルフはそこからいそいそとポーチの中から裁縫道具を取り出す。器用に針に糸を通して、服の繕いを始める。コボルド相手に傷はもらっていないが多少破れていたりするので繕うのである。
防具や服の買い替えにかかる費用を惜しんで覚えた裁縫であったが、流石に十年以上もやっていると慣れた手つきですいすいと破れた個所が消えていく。
ついでとばかりにほつれた場所や穴が開きそうな場所の補修などもしていく。
そうしながら、改めてゼグルドの方に向き直る。
「裁縫しながらで悪いが黙っているのもなんだろう。自己紹介ついでに話でもしようか。俺はアルフ。こっちはミリアだ」
「よろしくー! 竜のおじちゃん」
「おじ――ぜ、ゼグルド、だ、よろ、よろしく」
最強の竜人がおじちゃんと言われて落ち込んでいた。これでも若いのにと落ち込んでいる様は最強の竜人にはまったく見えなかった。
「おじちゃんは、なんでリーゼンベルクに来たのー?」
「お、おじ、え、えっとだな、わ、われは、こ、これでも、ぼ冒険者を目指しているんだ」
そうどもりながらいう。なにやらミリアのことを気にしまくっているようだ。警戒、とは違う。何かを恐れているような感じだ。
人間相手のコミュニケーションになれていないのだろうと当たりをつけるアルフ。なにせ、放たれる覇気は今の状態でもアルフにのしかかってきているのだ。
ミリアは全然気にしていないが、ゼグルドはそれで怖がられないか内心びくびくしていた。おそらくはそれで怖がられたりしたんだろうなとアルフは予想する。
ただ、ミリアが相手ではその心配は皆無だ。
「そうなんだ!」
まったく気にせずに笑顔でそういう彼女。それで少しは安心でもしたのか、
「お、おう、ぼ、冒険者の聖地とまで言われるほどの場所だから。冒険者になるならばやはり一流の場所が良いと思って、な」
少しばかり普通に話せるようになる。まだどもるが少しはマシになった。
「まあ、他よりはここの三ギルドは規模はあるしな」
しかし、本当に彼はつくづく珍しい竜人であるらしい。本当、人間の職業に就く竜人など彼が初ではなかろうか。
それにこんな風に気軽に竜人と話せる日が来るとは思いもしなかった。放たれる覇気はかなり厳しいものが必死に隠そうとしているし逸らそうとしている分には好感が持てた。
「ギルドは決めてるのー?」
「それは聞きたいな」
やはり高い戦闘能力を有する竜人であるだけに、生前数千もの魔物を殺した、大英雄エルフガンデを守護聖人に持つ魔物退治を主とする冒険者ギルド『アイゼンヴィクトール』であろうか。
一見しただけでもアルフとは桁が違う戦闘能力を有しているのが肌で感じられる。というより現状その片鱗だろう覇気を感じているので強さは否応なく予想できてしまう。
荒くれ揃いのアイゼンヴィクトールの中でも見劣りしないだろう。むしろ、即戦力として彼らには喜ばれるかもしれない。
アイゼンヴィクトールはその性質上、殉職者が多いことでも有名であるので、新人は常に引く手数多だ。即戦力は喉から手が出るほどには欲しいだろう。
それが竜人ともなれば是が非でもうちに、と勧誘の嵐に違いない。種族的な差はいかんともしがたいが、その強さというのはうらやましいものであった。自分にはないものだから。
「決めてるぞ。シルドクラフトだ」
だから、彼の返答に対してアルフはまったくの予想外であったため無様な顔を晒してしまった。
「…………シルドクラフト?」
「ああ」
「魔物討伐専門のアイゼンヴィクトールではなく?」
「ああ、人助けを掲げる冒険者ギルドシルドクラフトだ」
どうやら聞き間違いではなかったらしい。あまりにも予想外過ぎて叫びださなかったことを褒めてもらいたいほどだった。
確かに、所属ギルドは個人の自由であるが、その顔、いや、まあ竜頭なのだが、で人助けの冒険者ギルドに入るとは予想できるはずがないだろう。
人型の竜が歩いているようなものである竜人だぞ、そんなのが雑用依頼でもしていれば子供が泣き出してしまうかもしれない。
「おー! うちだー!」
「…………」
「な、なんと、で、では、ミリア殿はわれの先輩か。おお、なんという偶然!」
そんなゼグルドの言葉にミリアは瞳を輝かせる。先輩という響きが気に入ったようだ。
「アルフせんせい! 先輩って、ぼく、先輩って呼ばれたよ!」
尻尾でもあればぶんぶん振られているだろうな、などと思いながら輝く笑顔のミリアの様子にアルフは苦笑する。
ゼグルドも自分が入る予定のギルドの冒険者と出会って嬉しそうにそんなことを言っていた。声色は嬉しげにはずんでいるがどうにも顔が怖い。竜にしか見えない顔が笑っているというのはシャレにならないくらいには怖いのだ。
本来笑顔とは攻撃的なものである、というのは、誰の言葉であったか。とりあえずそんなわけねえだろ、とか思っていたアルフであるが、なるほど、こういうことかと理解した。本当に怖い。
まあ、百歩譲って笑顔については良いだろう。別段、種族で差別するわけではないし、こういうものなのだとわかっていれば大丈夫だ。怖いが。
問題、というか微妙な予感じみたものがあるのだアルフには。新人が入るということは新人教育があるということだ。
シルドクラフトでは、新人指導として抜けても問題がない冒険者ランクが村級から街級の中堅冒険者が師匠となって新人について様々な技術を教えるという制度がある。
新人である弟子と共にリーゼンベルクを一周するように各地を巡りながら必要な技術や心構えを磨くのだ。
これが実に重要であり、良い師匠に当たれば、コネや技術を習得して直ぐに上に行ける。これが悪いと、苦労することになる。
その質はピンからキリまでというわけではなく少し良いか、普通に良いくらいの差でしかないのでそこまで気にする必要もない。
問題は、指導される側ではなく、指導する側の問題だ。彼が竜人ということが問題になってくる。竜人というただでさえ性能が桁違いな奴を指導した奴なんていない。自分との才能の差を様々と見せつけられるようなものだからだ。
だが、誰かがやらなければならない。シルドクラフトは誰にでも手を差し伸べるギルドだ。
その心構えを知らずに無法をやる者を失くすためにも、こういった研修は徹底して行われる。
新人指導の間は定期的に指導費として、それなりの金額が支払われるし援助もあるので指導する側にも配慮されてはいる。
ただ、やはり大型新人の指導など御免こうむるのが実情である。
誰しも、自分より優れた奴の指導などしたくないということだ。しかし、前述のとおり、誰かがやらなければならない。
そして、この場合、この手の話が回ってくるのは大抵がアルフである。ミリアやランドルフと言ったまさに規格外の冒険者を育てる男として、この界隈でアルフは有名なのだ。
アルフに指導されれば王国級の冒険者になれるという変なジンクスまであったりする。
指導に関して、アルフを馬鹿にする奴はいない。むしろ、新人は神様扱いである。
別段特別なことはアルフはしていないはずだが、なぜか、そうなぜか、アルフが指導するとリーゼンベルク周遊を終える頃にはいっぱしの冒険者どころか一流冒険者に成長しているのだ。
そりゃ、誰もが指導を受けたがるだろう。
指導の才能があるのか、それとも指導を受けに来るやつに才能があったのか。アルフにはそれを知る術はない。
予想では後者だ。自分に指導の才能などあるはずもない。あったなら、こんなところでくすぶってはいないだろう、というのが彼の見解である。
「どうかしたか?」
要らぬことを考えて、虫を噛み殺したかのような表情で黙りこくってしまったアルフに気が付いたゼグルドが心配そうに彼の顔を覗き込む。
いきなり、竜の顔が目の前にあって我に返ったアルフは驚いてしまう。
「――だ、大丈夫だ」
「おお、そうか。急に黙ったから心配したぞ」
「大丈夫だ。少し考え事をな」
「大丈夫、アルフせんせー?」
「あ、あ、大丈夫だ」
軽く頭を撫でてやると嬉しそうにする。ますます犬だ。
「あ、そうだ!」
気がついたようにいうミリア。この時点で嫌な予感がアルフを駆け巡る。
「ミリア、ま――」
止める間もなく、ミリアはその言葉を口にしてしまった。
「新人指導があるんだけどね、それアルフせんせいに、師匠になってもらえばいいよ!」
「そ、そういう制度があるのか、アルフ殿は、そ、そういうのが上手いのか?」
「そうだよ! アルフせんせいに教えられた人はみんな、すっごい冒険者になるんだよ!
大食い兎のぼくでしょ。
剣聖のランドルフでしょ。
七炎のベルでしょ。
竜殺しのジュリアスでしょ。
竜舞姫のサン・リーンでしょ。
それから――」
「お、おお、全員噂に聞く、王国級だったかの冒険者たちじゃないか! そうか、アルフ殿は凄い方だったのだな」
ああ、頼むから勘弁してくれ、と頭を抱えてアルフは口の中で呟く。
「――そうだよ! アルフせんせいは凄いんだよ! だから、師匠になってもらったらきっとおじちゃんも凄い冒険者になれるよ!」
そんなアルフとは裏腹に朗らかなミリアのアルフを讃える声が一晩中夜空に響き渡っていた。