第8話 聖堂
「さて、行くとするか」
軽く朝食を済ませたアルフらは寝床に使った建物を出て再び通りを行く。入り組んだ通りは人が真っ直ぐに進むことを拒む。
もともとが都市であること考えれば敵を都市内に入れた際の防衛の為にこのように入り組ませているのだろう。リーゼンベルクでいうところの外縁部と同じ役割だ。
そこには決まってある程度の法則性が存在する。それがわかれば通り抜けることは容易い。なぜならば、味方が通るための道がなければ意味がないからだ。
ゆえに、それさえわかってしまえばあとは単純。そこを通って行けば聖堂まで行きつくことが出来る。その道を見つけるのが難しいのだが、アルフは経験的に把握できたしガルネクもそういうことには詳しかった。
そういうわけで順調にアルフらは通りを進んでいく。周りは相変わらず光源がなければ先を見通すことすらできないほどに暗い。
更に魔物の気配が多く、精神を圧迫してくる。
「大丈夫か二人とも?」
「ええ、昨日休ませてもらったので。アルフさんこそ大丈夫ですか?」
「俺は問題ねえよガルネクは?」
「地面の中は地上よりも心地いいくらいですよ」
「そうか。何かあったら言ってくれ」
そう話しながらアルフがランタンを掲げて進む。通りは商店が立ち並ぶ区画に入ったのだろう。所謂商業区画。
通りの脇にある建物には珍しい硝子のショーケースがたち並んでいる。流石にそこには商品は置かれてはいないが、かつての文明の名残が感じられる。
こんな状況でもなければゆっくりと見てみたいものだ、とアルフが思っていると通りを包むように存在するガラス製アーケードに覆われた歩廊の入口へと行き着いた。
古代文明とやらは随分と贅沢なものを作ったものだな、と思いながら、
「止まれ」
アルフが二人が歩廊に入る前に止める。
「どうかなさいましたか?」
「…………」
アルフは目を凝らす。そして、ポーチの中から残しておいた肉を取り出すとそれを歩廊へと投げ込む。はじめは何も起こらなかったが、しばらくするとその肉に何かが飛び込んで来た。
それは魔物だ。蜘蛛のような魔物。肉を掴むと一瞬のうちに糸でぐるぐる巻きにして持ち帰ってしまう。
「やっぱりな。こりゃあ、ここから先はあいつらの巣になってそうだ」
「坑道にも良く出る穴蜘蛛ですな」
現れた魔物を見たガルネクは納得したように髭を撫で付けて頷く。
「…………」
「ああ、いるとは思ったがこんなところを巣にしてやがるのか」
穴蜘蛛はクモ系の魔物で群れをつくり穴の中に巣を張る。巣といっても普通の蜘蛛のような巣ではなく洞窟や穴自体が巣だ。
そして、そこには天井から見えない糸を垂らした警戒網が張り巡らされている。その糸は見えない。しかし、触れれば最後、巣全体にその情報が行き渡り押し寄せるのだ。
つまり、穴蜘蛛の糸は神経回路と同等の作用をするということ。触覚が異常に発達しており、張り巡らされた糸の警戒網のどこにいても仲間以外の何かが糸に触れればそこへ押し寄せるのだ。先ほど出てきて肉を取って行ったのは肉が見えない糸に触れたからである。
ただし触覚が優れているのと穴の中で暮らすと言うことから目が見えないので、糸にさえ触れなければ通常襲われることはほとんどない。
「さて、どうするか。ここを通るのが早いが迂回すべきだな」
「そうですね、穴蜘蛛の相手ほど厄介なものはありませんからなぁ」
「…………」
特にこのような閉鎖空間では。
「どう思うリネア?」
そこでアルフは先ほどから黙っているリネアに尋ねる。
「…………」
しかし、聞こえていないのか答えない。
「? おい、どうかしたのか」
「…………え、あ、も、申し訳ありません」
「疲れたか? それとも何かあったか」
「い、いえ、大丈夫です」
「そうか?」
あまり大丈夫とは思えないのだが、彼女もオーニソガラムのシスターだ。何かあれば自分で言うだろう。だから今はここからどうするむかだ。
それをリネアに聞く。
「迂回でしょう」
即答で迂回だった。何やら鬼気迫る迫力がある気がしたがまあいいだろう。満場一致で迂回なのだから。
「良し、なら行くか」
歩廊を避けて聖堂に行く道へと向かう。そこかしこから聞こえる何かが這うような音があちこちから響いている。
どうやら、迷宮としての領域が切り替わったようだ。先ほどまでは動物系の魔物が多かったが、ここからは昆虫系列に属する魔物の領域ということだろう。
普通の環境ならばそれらは混ぜ合わされて一概に区分けが出来るようなものではない。しかし、迷宮の中では別だ。
迷宮の魔物は食器官である。魔物を作る細胞とも言うべき孔ごとに生まれる魔物が違い、それによって迷宮内での生息領域と魔物の系統に片寄りが生まれ領域によって明確に出現する魔物が区別できるようになるのだ。
「そこかしこにいやがるな。これだから蟲系は嫌だぜ」
アルフはやれやれと言う風に嘆息する。迂回したとはいえど昆虫系列の魔物の領域。辺りからはカサカサと節足が鳴らす精神を削る音が響いてきている。
蟲だけあってそこかしこに入り込んでいるため、気配がそこかしこから感じられる上に数が多い。つまり、気配察知が役に立たないのだ。
「なあ、そう思うだろ」
「はい!」
「お、おう」
リネアに同意を求めてみたのだが、予想以上に強い返答に驚く。
「大丈夫か? なんだか、おかしいぞ。どうした?」
「い、いえ、大丈夫ですから。早く、ここを抜けてしまいましょう――っ!?」
そう彼女が言い切る寸前、背後でカサリ、と音がした。アルフの方からは見えているが、そこには昆虫系の魔物がいる。百の足を持つムカデのような魔物。毒もある上に番いで狩りをする。
リネアの方からは後ろにいるのが見えているだろう。相変わらず昆虫系の魔物は気持ちが悪いものだ。そう思いながらアルフは冷静に剣を抜こうとして、
「――――!!??」
「おわっ!?」
悲鳴に遮られ、法剣が煌めいたと同時に一瞬にして細切れになった。沈黙が、辺りを包み直す。アルフはリネアを見た。
素知らぬ顔をしてはいるが、どことなく顔が赤い。それに思う事は一つ。今までのことから考えて辿り着いた結論は、
「…………えっと、もしかして」
「…………」
「蟲、苦手か?」
これだ。
「…………………………はい」
どうやら正解のようで、消え入りそうな声でリネアがそう言った。それが今までの彼女とはあまりにもかけ離れていて、アルフは口元を抑えて後ろ向く。肩が揺れている笑っているのだろう。
「……笑うなんて酷いです」
むすぅー、とした調子で静かに笑うアルフを咎める。
「クク、いや、悪い。意外に可愛らしいところもあるのだなと思ってな」
「かわっ!?」
「教会のシスターにも苦手なものとかあるんだな」
「それはあります。私たちとて人。神に仕える身であれど、人なのですから」
だから苦手なものも嫌いなものもある。極力なくそうとはするが、それでも苦手なものは苦手なのだ。
「あんたは蟲ってわけか。言ってくれりゃあ、迂回したぞ」
「……この程度のことで、お二人を煩わせるわけには参りません」
「別によかったのにな」
「おいらも気にしないですよ」
「そういうことだ。――さて、それじゃあ、さっさと抜けるとしよう。聖堂まではもうすぐだ」
見上げれば随分と近くまで来ていた。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
外の時間にして夕刻を過ぎて夜の帳が降りてくる頃だろうか。アルフらはついに聖堂へと到着した。
「意外にかかったな」
「中心に行くにつれて魔物が多かったですから」
「おいらも疲れやした」
「さて、他の奴らは――」
聖堂の中、周りを見渡した時、アルフは嫌な予感を感じて飛び退く。一瞬前まで、アルフがいた場所に何かが飛んでくる。
それは巨体だ。圧倒的な圧力。それと熱量。莫大な魔力の波動と甘い色をしたオーラ。ひらりとゆれる布。男にとって最も避けるべき者がそこにいた。その名は、サン・リーン。
「もうぅ! なんで避けるのぉ!」
「そりゃ避けるに決まってるだろ」
リーンの抱き着き。そんなものを喰らって生きていられるのはリーンと同類か、王国級冒険者くらいのものだ。
アルフが喰らえば木端微塵である。いくら愛があったところで、物理的に超越できないことはあるのだから。別にアルフにリーンに対して愛があるとかそういうことではない。リーンからアルフにはあるが。
「アルフ様! 良かったでございます。リーン様がいきなり飛び出して行ったので何があったのかと思ってでございますよ」
「おう、エーファも無事か。あとはスターゼルだな」
「我輩を呼んだか、下々の者よ。ふははっははは! 遅かったではないか!」
上から降ってくるスターゼルの声。なぜか、聖堂の屋根の上で大笑いをしている男が一人。赤いマント翻し、高らかに笑うスターゼル。そして、その横で、良いから降ろせよと叫んでいるゴラン。
どうやら全員無事に合流できたようだ。
「全員無事で何よりだよ」
「フハハハハ! 我輩に何かあるわけないであーる」
「うるさい! その笑い声でいつもいつも魔物呼びやがって! こっちは死ぬかと思ったんだぞ!」
「生きているなら良かろう。我輩、過去は振り返らない男である」
「振り返れよ馬鹿!」
「あらん、仲良くなったのねぇ。よかったわん」
「仲良くねえよ!」
そんなやり取りを苦笑しながら、
「さて、どうする? このまま帰るか? それとも少しは探索するか? おそらくここが迷宮の最奥だろうからな。こういう場所には特大のお宝があるってのが相場だと思うが――」
「良し、行くぞ!」
アルフがそんなことを言うとゴランが決をとる前にさっさと入って行ってしまった。
「あらあら、まったく辛抱できないのねぇ」
「さあ、我輩たちもいくであーる。お宝。実に甘美なる響きである。エーファ行くぞ!」
「あ、待つでございますよ旦那様!」
すたすたと入って行くスターゼルと、それについていくエーファ。
「やれやれ。どうする?」
「あたしは別にどっちでも構わないわよん」
「私も問題はありません。ここが最奥ならば大孔があるはずなので、それの封印も聖職者としての役目です」
「おいら、宝があるなら行きたいです」
「良し、なら行くか」
決まったとばかりに、アルフたちも中へと入って行く。しずかに、ゆっくりと、聖堂の入り口は、閉まって行った。そのことに、誰一人気が付かずに。
通路を抜ける。回廊を抜ける。奥へ、奥へ、奥へ。部屋を一つ一つ調べながら行くようなことはしなかった。一目見ればそこに何もないことがわかるからだ。
奥へ行くとそこでゴランたちに追いつく。そこはおそらくは聖堂の中心だろう。かなり広く、巨人が暴れても問題ないほどには広い。
床には引っかかるほどではないが、溝が掘られており何らかの意味を創りだしているようにも見える。また、壁には様々な絵が刻まれており、奥には扉のようなものが見えた。
さながらそこは儀式場を思わせる。壁の絵からもそれは言えて、何かの儀式を行っている絵が複数あった。まず間違いなく何らかの儀式を行う場所。その証拠に部屋の中央は少しだけ高くなっており、祭壇のようなものがある。
そして、そこには剣が刺さっていた。
「やべえな」
アルフにはその剣から感じられる魔力が異常なものであることに気が付いていた。刺さっている状態で、ほとんど刀身なんて見えないと言うのに、それだけでやばいとわかる。
おそらくはゴラン以外がそれを感じ取っていた。なぜならば、普通なら即座に引き抜きそうなスターゼルが、エーファと共に後ろに下がっており、ゴランだけが引き抜こうとしていたからだ。
止める間もなくゴランが剣に触れる。その瞬間、聖堂の鐘楼の中に備えられていたであろう鐘が鳴り響く。
それと共に声が響いた。
『資格を有する者よ。待ちわびたぞ。ここに、最後の試練を開始する。有資格者よ。己の資格を証明せよ』
その声と共に、現れるは巨大な影。それは、魔導の産物。岩で形作られた人型。ゴーレムと呼ばれるもの。巨大な剣を手にしたそれが、突如として現れた。
『OOOOOOOOOOOOOOO――――!!!!』
叫びのような声をあげて、それは持っている剣を振り下ろす。そこにいるのはゴラン。
「リーン――!!!」
「アルフ様!?」
躊躇いもなくアルフは走っていた。振り下ろされる巨剣。全てがゆっくりに感じるほどの時間の中でアルフは腰から二本の剣を抜いた。
一歩、二歩。跳ぶ――祭壇の上へ。振り下ろされる巨剣を二本の剣で受ける。
「ぐおお――!」
受けるのは一瞬。魔力が走る。一瞬にして、筋力を最大まで強化。受け続けない。相手が振り下ろす力に合わせて、ただその方向性だけを変える。
轟音を立てて落ちる巨剣。砂煙の中、アルフは立っていた。
「もう、無茶するわねぇ」
気絶したゴランを抱えたリーンがそう言う。
「俺が助けるより、お前が助けた方が確実だからな」
「もうぅ、そういうことじゃないわよん。あたしが、ゴーレムごと吹っ飛ばせば良かったじゃない」
「下手にやってゴランに当たったら目も当てられないぞ。それより、来るぞ」
その言葉で、全員が戦闘態勢に入る。
『OOOOOOOOO――』
ゴーレムが雄たけびをあげて、その巨剣を薙ぎ払う。
「美しくないわねぇ」
それを受けるのはリーン。猛る魔力が湧き出して、身体をめぐる青き輝き。
「オラァアアアア!!!」
拳を握り、竜すらも屈服させた拳を放つ。金属の塊を拳が触れたとは思えないほどの轟音が鳴り響いた。その威力は凄まじく、巨剣を折ることは叶わなかったが弾き返すことに成功した。
その隙に、その懐へと飛び込む。踏み込む。一歩、更にもう一歩。そして、ゴーレムの股下を通り抜け様に足を斬りつける。しかし、鋼鉄の如き岩は傷をつけるだけで致命傷には至らない。
「チッ! やっぱ剣じゃだめか!」
おそらくは弓も駄目だろう。この手の敵に効くのは打撃と、
「スターゼル!」
魔法だ。
「任せるがよかろう。アルフよ。我輩の力、存分に見せるがよい」
彼は手の杖を掲げる。簡易状ではない身の丈ほどになる本格的な戦闘用の杖。
一対の翼を合わせて円形のような形状となっている杖先に、細長い八面体の形をした土色の魔石を核とした球形の機関部が取り付けられた、かつては宝石でもはまっていたであろうあとがいくつもある長い銀製の握りの杖をスターゼルは掲げて見せた。
旅を経て今やぼろぼろと化した銀細工の装飾は、それでもなおこの場において輝きを放っている。今から、まさに必殺の魔法を放つのだと言っている。
この場においてこれほど頼りに見えるものもない。魔法の杖とは戦場において、ありとあらゆる敵を屠る。
まさしく、正しく、神の杖。咒が紡がれる――。
「ArD eclept xt xt vqcs oxduge xt xt excll svnant xt xt ml_xedra rospt lnz svegvld xt xt izn_rqa ramSlX」
開始音から始まり、属性を指定、魔法の現象を指定、効果範囲を指定、魔法の形状を指定、魔法の規模を指定、最後に終了音。
そこに強化音をのせる。それもいくつも。
励起された魔力が発声された魔法言語を彼の周りへ浮かび上がらせ、掲げた杖先へと複雑な紋様として幾重にも円状に規則正しく配列された呪文となる。
呪文を束ねた巨大な魔法陣が杖先へと現出する。
「偉大なる大地の精霊よ、シュバーミットの名において命ず。
槍となりて、我が敵を刺し穿て――アースランス!!!」
呪文の最終節、魔法の名をスターゼルが結ぶ。その瞬間、莫大な魔力が吹き荒れる。強化音を重ねに重ねた巨大魔法陣が頭上に現出する。
頭上に煌めく土色の輝き。それは見るもの全てに雄大なる大地を思わせる。そして、同時に大自然の厳しさすら思い起こさせるのだ。
魔法陣が解けるように地面に消えたその瞬間、地鳴りと共に生じる巨大な槍。ありとあらゆる全てを貫く大地の槍が現出し、
「行け――!」
スターゼルの命に従い飛翔する。振り下ろした杖先へと向かって。ゴーレムの動きは遅い。何よりも速く槍はゴーレムへと命中する。
爆音が轟いた。爆撃の如き威力を生じさせた槍の一撃。砂煙がカーテンのように生じる。
「フハハハハ! 見たであるか、我輩の――」
「旦那様!!」
スターゼルは全てが制止したかのように感じた。エーファに突き飛ばされた瞬間、砂煙を斬り裂いて、巨剣が薙ぎ払われたのだ。幸運なのは砂煙を払うために振るわれたこと。そのために、振るわれたのが剣の腹であったこと。
しかし、必然としてその薙ぎ払い上にいた全ての者は剣の腹で打たれる。避けない限り。避けられない者は、全てがその餌食となる。
たとえば、誰かを助けたものだとか。
「エーファ!」
「アルフさん!」
互いに、誰かを助けようとした二人。吹き飛ばされて壁へと激突したアルフ。彼はまだましだった。辛うじて己も避けようとすることができた。
その結果、彼は自ら跳ぶことによって吹っ飛ばされてダメージは少ない。壁に叩き付けられはしたが、一瞬だけ魔力によって強化してなんとか戦闘は継続できる。
しかし、エーファはそうはいかなかった。剣身だけを完璧に避けられてしまったがゆえに、生じた気流に身体を切り刻まれ、そのままゴーレムの前へと落ちてしまった。
「ク、ぁ――」
「エーファああああ!!」
スターゼルが駆ける。その時、声が響いた。
『有資格者よ。資格を見せよ』
「うるさいである!」
振り下ろされる剣閃。スターゼルの歩みは遅い。
「ええい、もっと速く走れ我輩!!」
幾ら叱責しようにも、速度は変わらない。絶望が鎌首をもたげる。
「安心なさいスターゼルちゃん。あたしが必ず助けるわぁ」
しかし、ここには希望があるのだ。翻る拳、振るわれる拳戟。弾かれる巨拳。王国級冒険者リーンの一撃。
「今よ、スターゼルちゃん!」
「感謝するである!」
出来上がった隙。その隙に、スターゼルがエーファを抱え上げる。
『理解。試行開始』
その時、声が響く。それと同時に現れるゴーレム。先ほどまで戦っていたゴーレムと合わせて三体のゴーレムが儀式場に生じた。
「あらぁ、これはちょぉーっと厳しいかしらぁ」
魔力の流れが見える。床からゴーレムへと流れ込んでいく魔力。先ほどまでとは比べものにならないほどに強大な力を感じさせる。
それはゴーレムの一体、一体がリーンと同等の力を持っているのだ。つまり、リーンが三人いるようなもの。リーンだけでは一体を相手にするのが関の山。
しかも、最悪なことにいつの間にか儀式場へ入ってきた入口はふさがれてしまっている。逃げ場はない。
「痛ッ、たすかったリネア」
「はい、回復はしましたが、全て治ったわけではありません。無理はしないでください」
「わかってるが、そうもいかないな」
リネアによって回復してもらったアルフは戦場を見渡す。状況は悪い。三体のゴーレム。どれもこれもリーン並みの魔力を持っていると来た。
「最悪だな、この状況。リーンに一体相手をしてもらうとして、人手がたりないな」
残り二体。アルフらを合わせてようやく一体をどうにかできる程度。それも全員が掛け値なしの全力でやってだ。
それでもあと一体。
「ガルネク、どうだ?」
「すいやせん。無理ですぁ」
ガルネクは入り口がふさがれた瞬間から今まで穴を掘っていたのだ。脱出経路を作る為に。しかし、結果は駄目だったようだ。
使っていた道具が全て駄目になっている。掘っていた場所はそれでも傷一つついていない。ここから逃がしはしない。何者かの意思がそう言っているのを感じ取った。
ドワーフでも無理ならばアルフがどうにかしたところで無理だろう。あとはリーンの全力によって力任せにぶち破る以外に方法はない。
おそらくはそれくらいの力があればどうにかなるはずだった。
「ゼグルドが間に合えば良いが」
あとはゼグルドが奇跡的に間に合うことを祈るしかない。彼が居れば、少なくとも一体は任せられる。竜人。人型の竜なのだ。
その実力はリーンと並べてもそん色はない。そうすれば、アルフたちは全力でもう一体の相手をする。倒さなくてもいい。リーンとゼグルドが倒すまでもう一体をひきつけてさえいればいいのだ。
そうすれば、万事解決だ。
「まあ、それも難しいか」
なにせ、ここは迷宮の最奥。ここに来るためには、アルフらが落とされたように迷宮の罠にかかるか、あるいは迷宮自体を踏破するしかないのだ。
ここに来て約一日。如何にゼグルドと言えども一日では迷宮の踏破は難しいだろう。この迷宮がどの程度の規模かもわからない。更に言えばゼグルドにはアルフらがこんなところにいることすらわからないのだ。
「腹くくるか」
「そうねぇ。あたしが二体相手にするわぁ。アルフさんたちは一体。がんばりましょぉ」
「すまん。俺が――」
「良いのよぉ。こんな時だもの。終わった後にゆっくり話しましょぉ」
「そうだな」
まずは目の前のことを乗り切る。ゴーレムの相手はアルフにとって相性が悪すぎる。目つぶしも、音による攻撃も、臭いもなにもかもがゴーレムには効かない。
単純に地力が物を言う魔物。この魔物には意志、覚悟、根性だとかそんなものは通用しない。そんなものが通じるのは御伽噺の中だけの話だ。現実問題、それではどうにもできない事態が必ず存在する。
その時頼れるのは地力だけ。積み上げた自らの力のみ。ゆえに、力の足りぬ者は死ぬ。呆気なく、何の感慨もなく無残に死ぬだけだ。
だが、それでもやるしかないのだ。誰一人として諦めていない。誰も、諦めていないのだから。
「行くぞ」
『――応!!』
諦めない。誰もまだ、諦めてはいない。悪い状況だ。それでも、誰も諦めてはいないのだ。
そんな想いを運命は聞き届ける。願いはどこまでも届く。
――至るは――
突如、轟音と共に天井が吹き飛んだ。衝撃波が破片を砕き、砂にまで分解せしめる。咆哮が全てを打ち砕き共に飛来する炎。莫大な熱量が爆ぜてありとあらゆる全てを溶かし尽くす。
訪れる大火。それは全てを燃やし尽くす暴力。現れるのは圧倒的覇気の者。砂煙の中で輝く赤き両眼が燃えている。
――人型の竜――
極大極限の焔によって、天井から落ちてきた魔物が一瞬にして炭化してそれらはさながら花吹雪のように舞い散る。
火花が散り、恐ろしくもどこか幻想的な光景の中で、莫大な覇気が放たれる。それは死、死、死。浴びれば最後死んだと錯覚するほどの殺意。
紅く、赤く瞳が燃える。もはや目の前にあるのは死ただ一つ。しかし、それからとても優しい声が響く。
「待たせたな、アルフ殿」
その姿、まさしく不動にして絶対の盾。背を向け敵を見据える姿はまさに英雄そのもの。劫火の王。ありとあらゆる全ての頂点に立つ者。
竜人――ゼグルド。
前に立たれるだけで感じるのは絶対の安心。この人の後ろにいればもう大丈夫。そんな安心感。
ついにその男は災禍の中、仲間の下へと辿り着いた。
「おせえよ」
「うぅ、すまぬ。道に、迷ってな、その、すまぬぅ」
「はは、ったく。上出来な登場だよ。やることはわかってるな?」
「うむ、わかってるぞアルフ殿。あれを倒せば良いんだろ? 任せろ」
その言葉と共に、自分自身を燃やすが如く絶対の熱量が吹き上げる。吹き上げた炎は熱量の増大と共にその色を変えていく。赤、青、そして白から透明へ。
「一瞬で、終わる」
その瞬間、轟炎が新たに生じたゴーレムを呑み込んだ――。
お久しぶりです。本当、お待たせして申し訳ない。
書く意欲が戻ってきたのですが、リアルが忙しいのと裏でいろいろとやっていて中々更新できませんでしたが、なんとか書きあがりこうやって更新することが出来ました。
ついに全員集合からの戦闘。満を持してゼグルド登場でした。かっこいいゼグルド。喋るとまあ、あれですが笑。
ここからはそれぞれで戦闘。リーン、ゼグルド、アルフ組の順に描写していこうかと思います。
状況は良くなりましたが、全てが終わったわけではありませんからね。ここまで来たらしっかり倒して財宝でもなんでも見つけて帰ってもらいましょう。
補足。
天井から逃げない理由。かなり天井は高いので逃げられません。そもそも、逃げようとするとゴーレムが追加される仕様です。
実はゼグルドが入ってきたことによって一体追加されていますが、一瞬で燃やされたので状況は変わっていません。
というわけで、次回以降どうなってしまうのか。実はちょっとプロットから外れていたり。
なんとか軌道を修正しつつ、第三章ボス戦と行きましょう。では、また次回。