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とある中堅冒険者の生活  作者: テイク
第三章 ドワーフとエルフと中堅冒険者
36/54

第6話 分断

「つぅ……」


 終わりない落下と意識の断絶。それからの回帰。まさか自身が生きているなどと楽観はできなかったがどうやら自分は生きているらしい。

 そう客観的に呻きながらも自分の状態を分析する。どうやって助かったかは後回しとしてまずは自分の状況の確認だ。


 朦朧とする意識の中でまずは手を動かしてみる。動く。指を閉じてみる。何か柔らかいものを触る。どうやら感覚は無事らしい。それと身体全体に感じる誰か(・・)のぬくもりも感じ取れた。

 普段ならば即座にどくところであるが微妙に朦朧とした頭はとりあえずあまりにも揉み心地が良いものだから感覚のチェックと称して何度か揉むということを選択した。


 すると、それは良いハリと弾力がまじりあいこう、なんとも言えない柔らかさが癖になるほどのものだということがわかった。

 そんなことをしていると真下から声がする。


「あ、あの」


 そんな、自分の真下から聞こえるどこか上ずったような女の声も無事に聞こえたので聴覚も問題ない。華のような芳しい匂いと回りの土の匂いも問題なく感じれるから嗅覚も良いだろう。

 さて、ここまでくればというか朦朧とした頭でも最初から色々ともう察しているのだが、先ほどまでやってしまった行為がその現実を直視することを躊躇させてしまう。


「あ、ちょっと」


 だが、ここで逃げるわけにもいかない。目を開く。闇が覆っているが、数度瞬きをすれば多少は見えてくる。それに伴って朦朧とした意識も通常状態へと回帰。

 完全な暗闇とも言えたが少なくとも自分の下にいるのが誰かくらいは見えた。そして、アルフは即座に行動に移す。


「…………すまない」

「あ、いえ」


 神速ともいえる速度で、自分の下にいた女――シスターリネアの上から退く。そして、互いに向き合って座る形になるわけだが。


「…………」

「…………」


 何とも言えない沈黙が辺りを支配する。幸いなのは、暗いことで互いの顔が良く視えないことだろうか。いや、惜しむらくかもしれない。

 あんなことをしてこんな時だというのにアルフの感覚からして目の前の女は照れているようだから、そのテレ顔が見れないのは少しばかり残念ではあるとか思ってしまう。


 いいや、やめよう。現実を直視しよう。アルフは覚悟して口を開く。


「えっと」

「あの」

「「…………」」


 そして、かぶってしまった。気まずい。


「ど、どうぞ」

「いえいえ、そちらからどうぞ」

「…………じゃあ、すまなかった。そして、助かったありがとう」


 まずは全身全霊の謝罪だ。不可抗力とはいえ、いやもう半ば故意だったりとかするのだがそれらひっくるめて胸を揉んでしまったことに対する謝罪と上に乗ってしまっていたことに対する謝罪だ。

 そして、そうなった原因であろう落下からの救出に対する礼も忘れない。まさか、彼女の上に落ちただけで助かるほどあの落下を楽観はできないだろう。


 ゆえに、こうしてほとんど無傷でアルフが助かっている以上、彼女が何かしたのは自明だ。だからこそ、礼を言った。


「顔をあげてください。わ、(わたくし)は神に仕える聖職者として当たり前のことをしたまでのことです。そんな聖職者の、そ、その、む、胸を揉むなどということも非常事態ゆえなかったことにしましょう。お互いの為に」


 なかったことにする。しかし、記憶から消去するとは言わないアルフ。あんなすばらしい記憶を忘れるなど男ではない。

 そんなことを涼しい顔で思いながらリネアに同意する。


「ああ。で、状況はどんな感じだ?」


 ポーチの中からランタンを取り出しながらアルフは意識を切り替えて状況を問う。どんなになったにせよまずは状況の確認。

 それからこの状況の打開だ。


「私も今、気が付いたばかりなので何とも言えませんが、どうやらこの付近にいるのは我々だけのようです」

「他の奴らとははぐれちまったか。まあ、死んではないだろう」


 リーンが動いていたのを意識を失う前に見た。自分もとりあえず、エーファをスターゼルの所に投げてスターゼルに魔法を使わせるまではやったので、あの二人も無事だろう。

 どうせならその魔法でまとめて助けてほしかったが、そこまでは流石のスターゼルでも間に合わなかった。ともかくこうして何とか助かっているのだ恨み言は言うまい。


 ガルネクは、落盤や崩落にかんしては日常茶飯事の鉱山夫だ。それに対する対応はできるだろうし何より半分はドワーフの血がある。

 大地の精霊が彼を守るだろう。そのための言葉は彼は知っているはずなのだ。そのことは準備している時に聞いていた。


「となるとまあ、全員無事だろう。楽観は出来んができることはやった。あいつらなら大丈夫だ。まあ、俺が気絶したのは情けないが」

「いえ、私に対して落ちてきた岩からかばっていただいたせいですので、あまりご自身を卑下なさらないでください」

「なら、これからのことを考えよう」


 まずはこの場所がなんなのかそれを知り、脱出経路を探す。その途上で仲間との合流を図る。


「遺跡、か?」


 アルフはあまりやりたくないもののランタンを掲げてみたところ壁と床が石造りであることがわかった。天井はない。いいや、正確に言うならば天井はかなり高い位置にある。

 どうやら地下の巨大な空洞に作られた都市のような場所であるらしい。天井に大穴が辛うじて見えてそこから落ちたのだろうことがわかった。


 その場合かなり広範囲にばらけてしまったことが予想できる。そしてまず間違いなく迷宮の中心だ。ダンジョンの最奥。つまり、最大限の消化器官の中だ。

 生まれたばかりのダンジョンとはいえ、最奥はそれなりに魔物が多いだろう。幸いなのはまだアルフでもどうにかできるレベルであるということくらいか。


「さて、地下都市だな。迷宮の中だが、元があるはずだ。リネア、この辺りにそう言ったものがあるってのは?」

「いいえ、聖書にも伝わってはおりません」

「ってことは、かなり昔の遺跡だな」


 石だと思っていたものはどうやら別の素材であることがわかった。ダンジョンの魔力が通っているためのもあり、どのような素材かは門外漢であるアルフにはわからないが、経年を考えると風化していない辺り特殊な素材なのだろうと予想する。

 更に辺りを探る。と背の高い建物が多く、この都市中央に存在する聖堂の如き建物は特に巨大であることに気が付けた。


「さて、向かうならあの聖堂かね?」

「そうですね」


 わかりやすい目印、あるいは合流ポイントになりそうな場所があるならばそこに向かうのが良いだろう。少なくともリーンやエーファたちにはそうすることを教え込んでいる。

 うまくいけば合流できるだろう。合流できなければ探す必要がある。あの落下だ。動けなくなっている者がいてもおかしくはない。


 リーンがいたので早々大事にはなっていないと思うが、あそこには非戦闘員もいたのだ。どうなっていてもおかしくはない。

 幸い回復魔法を使えるスターゼルもいるので、そのあたりはどうにかなるかもしれないがうまいこと全員が無事であると思いたい。


 楽観はできないがそう考えることは精神衛生上良い。閉鎖空間に落下して脱出経路を探すならば精神はなるべく良い方向へ持っていかなければならないのだ。

 そうしないと人間の精神は直ぐに疲弊する。話し相手がいるということも幸運だろう。それが女性であるならばアルフは頑張れる。


 得てして男とはそういうものなのだ。女がどうかはわからないが、安心させてやれればとアルフは思う。だからこそ、ここは自分が主導で動こう。


「良し、じゃああの聖堂らしき建物を目指す。魔物の気配もある気を付けて進むぞ」

「はい」

「何があるかはわからないが前向きに行こう。不安があるなら言ってくれて構わない。何、こういう状況は慣れている」

「はい、アルフ殿がいて心強いです」

「こちらもだよ。行こう。気を付けてな」


 ランタンの光を絞り、武器を手に警戒しながら二人は通りを進む。周りには魔物の気配。一筋縄ではいかないような気配もある。

 だが、アルフは務めて明るくいつも通り行く。脱出できると信じて――。


 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇


「――――」


 まずエーファが感じたのは安心感だった。巨大な何かに抱かれているような、そうまるで母の如き大きな何かに抱かれているように感じる。

 甘い芳香とその大きな抱かれているような感覚は否応なく安心感を与えてくれた。しかし、なんだろう。エーファの勘が告げている。


 このまま抱かれているのは相当に不味いというか、目を開けたらやばいのではないか。そんな言い知れぬ不安をエーファは感じていた。

 微睡の中のような心地の良さを感じながらもエーファは自分の状況を知るために目を開く。感覚からして身体は動く。


 ならばまずは状況を確かめることが肝要であるとアルフに習っている。だからこそ目を開いた。視界を覆う闇。

 数度瞬きすれば見えるようにはなってくる。視界は動いていた。感覚的にわかっていたことだが、自分は誰かに抱き上げられているらしい。


 さて、先ほどまでの自分の感覚を信じるならば覚悟してその顔を見なければならないだろう。ゆえに、一度目を閉じてエーファは自らを抱き上げているらしい何者かの顔を見た。


「――――っ!」

「あらん、エーファちゃん目が覚めたのぉ! よかったわぁ!」

「……は、はい」


 叫びださなかった自分を褒めたいと思うエーファ。寝起きというか気絶明けに途轍もなく濃いリーンの顔を見たら叫ぶこと必至だ。

 それでも叫ばなかったのはここがやばい場所であると感覚的にわかっているからだ。


「あ、あの旦那様は?」

「あなたのご主人様? そうねえ、アルフさんにあなたを任せられて魔法を使ったまではよかったのよぉ、でも、落石にあたって気絶。

 あたしがどうにかたたき起こしたけど、あなたは落下。だからぁ、あたしの雇い主をスターゼルちゃんに任せてぇ、あたしがあなたを助けたのよん」

「ええと、つまり」

「ええ、みんなとは離れ離れよん」


 リーンの腕から降ろされながらエーファはある程度の状況を聞いた。どうやら、自分たちは地下都市のような遺跡に落下したこと、みんなとは離れ離れになってしまったということ。


「では、これからどういたしましょう?」

「そうねぇ、アルフさんの教えに従いましょう」

「そうでございますね」


 スターゼルやアルフたちが心配ではあるが、エーファは務めていつも通りこれからどうするかを考える。スターゼルはまだしもアルフがあの状況で死ぬとは思えない。

 あれでもベテランだ。自分たちとは比べものにならないくらいの経験を積んでいる。だから、大丈夫と思う。


 スターゼルもあれで魔法は一級だ。一度は気絶したらしいが、リーンにたたき起こされて彼の腕の中という最も安全で最もいたくない場所で魔法を発動したらしいのでゴラン共々無事であることはわかっている。

 ガルネクについても半ドワーフなのだから、土の中、地下は彼の独壇場だとアルフが言っていた。それを信じるならば無事だろう。


 そう前向きに考えながら次に考えるのは合流だ。


「合流するならどこが良いで御座いましょう?」

「それはあれじゃないかしら」


 一際高い建物が見える。聖堂のような建物。この地下都市をして、最も巨大な建物だ。おそらくはこの地下都市のどこにいても見えるだろう。

 確かにアルフならばあそこを目指す。あんなにわかりやすいものがあり、この都市の中央に位置しているというのならば、絶好の合流ポイントはない。


 そうアルフならば思う。


「では、あそこを目指す?」

「それが良いと思うわ。でも、その前にあなたは大丈夫? 一応、魔法薬を呑ませたから大きなけがはないと思うわぁ。ああ、薬のお金は気にしないでねぇ」

「ありがとうございます。ええと、平気でございます」


 言われて自分の状態を改めて確かめる。落下と落石に当てられたせいか、少しばかり頭が痛むこともあるし、多少のダメージはあるようだが冒険者としては軽めだ。

 重要なところは防具があったし、魔法薬のおかげで回復している。リーンには感謝だ。武器も投擲剣が幾らかなくなったくらいで問題はない。


 短剣などはこういうことがあっても落とさないようにきちんと身に着けているので落としたということはなかった。


「リーン様は大丈夫でございますか?」

「あらん、心配してくれているのぉ。うれしっ! でも大丈夫よぉ」


 王国級冒険者ほど丈夫な人類はいない。彼らが無事でないならエーファなど木っ端微塵だろう。ゆえにリーンを心配する必要などは断じてない。

 いいや、断じてと良いのはいささか言い過ぎではあるのだが、ことこの場においてその安心感は計り知れない。


 ゆえに、エーファは比較的余裕があると言っても良いだろう。魔物において彼の王国級を害するほどの害気を感じることはできてはいないのだ。

 それほどに強力な魔物は隠れたところでその魔力を隠すことはできない。というかしないのだ。だからこそここで感じないのであれば、現状この場に王国級を害せる存在はいないということになる。


「では、行きましょう。私が索敵した方がよろしいでございますか?」


 だが、それでも警戒しなくていいということにはならない。迷宮探索と同じく、このような遺跡の探索も定石(セオリー)は変わらない。

 少し先の様子を誰かが探り、安全が確認されたのなら合図して進む。少なくともそれが出来る組み合わせだ。索敵が出来るシーフのエーファに一人で待っていても問題がないリーンならば定石通りに進める。


「うーん、そうねぇ……」


 しかし普通ならば考える間でもないことなのだがリーンはどこか乗り気ではない様子だった。それが定石であると知っている。

 少なくとも同じ師を持つのだから同じ教えを受けているはずではあるのだ。多少の違いはあれどアルフが早々異なることを教えるとは思えない。


 そこだけは信頼できる。酒好きと娼館に通いまくる浪費癖を治してくれれば完璧なのだが今は置いておこう。

 今は、なぜリーンが渋るのかだ。


「リーン様?」

「定石は知ってるわよん。アルフさんに教えてもらったもの。意外に頑固だからここ数年で教えることが変わるなんてこともないでしょうし」

「では、何を渋っているのでございます?」

「そうねえ……エーファちゃん、こういうことって初めてよね?」

「ええと、はいでございます」


 ゴブリンに攫われたり緊急事態はいくらかあったが、こういう事態は初めてだ崩落に巻き込まれて遺跡に落ち、仲間と分断されるというのは初の体験だ。

 というか、そんなことに何度も遭遇はしたくないだろう。


「……そうよねぇ。まあ、これも経験かしら。良いわぁ。何かあったらあたしがどうにかしてあげるから任せようかしらぁ」

「? では、わかったでございます」


 何か引っかかるがエーファは了承して今一度装備を確認する。短剣、小剣良し。投擲剣はいくらかないが少しは残っている。

 ポーチの中身は問題なく残っていた。確認が終われば、リーンに頷いて合図してから姿勢を低く気配を消して先の通路へと向かう。


 エーファは静まり返った地下都市の通りへと一人踏み出したのであった。


 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇


「うおおおおおおおおおおおおおおお!! えええええふぁああああああああ!!!」


 地下都市で大声を上げる馬鹿一人。それを呆れたように見つめるのは商人のゴランだった。彼は冒険者ではないが、一応こういう状況になった場合をあのリーンから聞かされている。

 というか、常識としてこんな暗闇で恐ろしい場所で大声を出すことの危険性くらいは理解していた。だからこそ、目の前の馬鹿(スターゼル)の所業に心底呆れているし馬鹿だと思っている。


「いい加減にしろよこの馬鹿!」

「馬鹿とはなんである! 我輩は高貴なシュバーミット男爵である!」

「元男爵だろうが! 一応、知ってるんだぞ! 商人の間では馬鹿貴族で有名だからな!」

「おお! 我輩が有名とな! ふふふふ、これも我輩の偉大さが成せることであろうな!」

「ああ、もうこいつは!」


 馬鹿にしたのになんでこいつは誇らしげなんだ。心底馬鹿でアホだこいつは。だが、それゆえにペースを乱されっぱなしだった。

 噂で聞いたシュバーミット男爵。馬鹿だが、関わることはオススメしないとはこういうことかとゴランは今更ながらに理解した。


 確かにこれは関わりたくはないだろう。馬鹿にしたところで、目聡く、というか多分無意識に自分が褒められていると脳内変換しているのだ。

 馬鹿にしても馬鹿にしても誇らしげにしてくる相手など相手にしてたくない。馬鹿にしている自分が単純に滑稽な道化になってしまうからだ。


「うおおおおおおいいいい!」


 だからこそ、こんな奴と二人っきりと言うこの現状を真っ先になんとかしたいゴランだった。いつもならばさっさとどこかに行くのだが、どことも知れない場所だ。

 こんな場所で単独行動などしてみろ一般人でしかないゴランは即座に死んでしまうだろう。それくらいのことは子供でも分かる。


「うおおおおおおおお!」


 今でも恐ろしい気配がそこら中から自分たちを見ているような錯覚がしているのだ。自分の雇った冒険者はどこにいったのかもわからない。

 王国級だというから高い金で雇ったというのに、この様だ。報酬など支払ってやるものか。まあ、生きて帰れたの話なのだが。


「――てか、さっきからうるさいんだよ。黙れよ! お前今僕らがどんな状況にあるのかわかってんだろうな!!」


 多分わかっていないに違いない。


「何を言う我輩であるぞ? わかっておるに決まっておろう」

「そうかよ。なら、これからどうすればいいかもわかってるんだろうな」

「もちろんである」


 甚だ信用できない。


「まずは、あの目立つ建物に向かうである」


 しかし、ゴランの予想に反してスターゼルはまともな事を言った。


「我輩を敬わぬあのアルフの馬鹿者が言っていたである。こういう時は動かない方が良いのであるが、助けはあの竜人である。あの竜人の事であるから緊急になれば助けに来るのは確実であるが、他人に頼むなどせんだろう。

 周りが祭中ともあれば期待できぬ助けであるゆえ、まずは合流を優先するのが肝要だ。アルフの馬鹿者は当然目立つところを目指す。本来ならば我輩の傍であろうが、あの建物だろうな。馬鹿者であるがゆえ、目先の目立つものに惹かれるという奴よ。だからこそ、まずは我輩らはあの建物を目指すべきであろうな」

「………………」


 まさか、そんなまともな事が返ってくるとはまったく思わなかったゴランは思わず放心してしまった。これが馬鹿と噂されるシュバーミット家の男なのだろうか。

 実はフリなのか? そんなことも考える。そうだとしたら厄介だ。そんなことを考えてみて、


「まあ、我輩にかかれば、このような場所などすぐに抜け出せるがな。ハーッハハハハア!」


 それはないなと思い直した。


「まあ、まずはこの周りの有象無象どもをなんとかせねばならぬだろうな」


 大笑いしていた彼がいきなりゴランの襟首をつかむ。背格好が変わらないとはいえども相手は冒険者だ。ただの商人の息子、それも甘かされて育てられたぼんぼんがその力に抗えるわけなくそのまま引っ張られる。

 文句を言おうとしたが、その前に彼らを取り囲むように現れた魔物がそれをやめさせた。文句を言っている暇ではない。


 そうゴランは理解する。我がままではあるが馬鹿ではないのだ。商人として教育を受けている。だから馬鹿ではない。アホだったりはするが。

 だからこそ、この状況がまずいことはわかっている。スターゼルという男が魔法使いであり、魔法使いは一人では役立たずであるということも。


 つまりは絶体絶命。だというのに、


「お前、なんでそんなに落ち着いてるんだよ!」


 魔物魔物、魔物だぞ! 囲まれている絶体絶命だ。だというのに、役立たずの分際で何をそんなに悠長にしているのだ。

 杖すら構えずなに、本を取り出しているのだ。そんなゴランの叱責は、スターゼルの言葉にかき消させる。いや、正確に言えばその言葉と共に起きた現象によってだ。


「我輩、過去を振り返らぬ。それこそが貴族。貴族とはいついかなる時でも前を見据えていればよいのだ。後ろは、従者に任せておる。

 だが、それは同じ失敗を繰り返すと言うことではない」


 その言葉と共に起きた現象は実に単純だ。スターゼルの持つ書物が青の輝きをあげたと同時に二人の身体が宙へと飛翔していた。


「山羊の羊皮紙に我輩の血で魔法言語を刻んだ魔法書である。我輩はな、同じ失敗だけはしたことはないのである」


 そう、それは魔法書、あるいは魔導書と呼ばれる類のもの。生命の羊皮紙に魔力を込めた自ら血で刻んだ魔法の書。

 それは魔力を流せば即座に刻まれた魔法が発動する。今発動しているのは浮遊の魔法。効果範囲は自分とその周辺。


 だからこそ、ゴランと共にスターゼルは宙高く浮遊している。空を飛ぶ魔物はここにはいない。ここが地下であるから。

 背の高い建物が多いという事実によって地下を飛ぶ魔物はいなかった。だからこそ、彼らを囲んでいた魔物は彼らに攻撃することができない。


「さて、では終わらせるとしようか」


 スターゼルがこの魔導書に記述した魔法はただの四つ。旅路の途上にあるがゆえに急場で用意できたのがこれだけだったのだ。

 しかも、この中に攻撃魔法はただ一つしか記述されていない。だが、それで十分だとスターゼルは思っている。


 何より、自らの名であるシュバーミットを象徴する魔法であり、己が最も巧妙に手繰ることのできる魔法であるからだ。

 ゆえに十分。また、消費も考え、更に浮遊と組み合わせることで無類の効果を発揮する類の魔法。スターゼルは馬鹿ではない。


 馬鹿な発言が目立つが、それは世間知らずと貴族であるが故だからだ。常人からして馬鹿な発言だろうが、彼自体は貴族なのだ。

 馬鹿であるはずがなく、むしろ魔法に関してはそれなりに一家言がある。なにせ、シュバーミット男爵家の起こりに魔法が密接にからんでいるから。


 だからこそ、一つで十分。


「喰らうが良い、我がシュバーミットの力を――アースランス――」


 名を結ぶ。それはもっとも彼が使い慣れた魔法。魔力が猛り、直下より大円を描いて大地の槍が魔物を貫く。


「ふはははははは、見よこれが我がシュバーミットの力よ。ハーッハッハ!」


 ゴランはそんな中で思った。こいつは馬鹿なのか、貴族なのかはっきりしろと。


 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇


 彼らが分断されている時、大方の予想通り、彼は誰よりも無事であった。ドワーフの血を受け継ぐガルネクは大地の精霊と話をすることができる。

 大方のドワーフよりは落ちるものの地下において彼は共に潜っていた仲間たちよりも数段安全度が上がる。


 だが、あくまでもそれは地下という場所、もっと言えば土に囲まれていなければ意味はない。地下都市では大地の精の守りを期待したところで大したことはできない。

 ある程度身体が動きやすいだとかせいぜいがそれくらいだ。だからこそ――


「くお!?」


 魔物の爪を受けてしまう。


「困りました」


 ダンジョンのトラップに気が付かなかったのは失態だろう。まあ、あれを予測するにはこのダンジョンという魔物に精通している必要があるのだが、坑道というわかりやすい場所だっただけにガルネクならば気づき得たのだ。

 それでも気が付けなかったのは己の失態。ゆえに、この地下都市に落ちた際、一人だけ助かっているのが許せなかった故に仲間を探していた。


 素人が動いてはならない。坑道の中ならば良いが、ここは地下都市。領分としては冒険者の領分。だからこそ、素人であるガルネクはその場から動かない方がよかった。

 だが、仲間を探しに行こうとして魔物の巣を踏み抜いた。ゆえに魔物に囲まれている。坑道の崩落などで魔物の巣に繋がることもある為、多少は戦えるがそれにも限度と言うものがある。


「うおお!」


 振るわれる爪や牙をハンマーで受ける。反撃に転じるも、ドワーフの鈍重な一撃を喰らうような魔物ではなく攻撃を喰らってしまう。

 防御すれば喰らうことはないが、攻撃しなければじり貧。だからこそ攻撃してはいるが、攻撃すれば防御をおろそかにしてしまう。


 ゆえに、少なくない傷が彼にはついていた。もちろん頑強なドワーフの血を受け継いでいるだけあって致命傷は一つもない。

 だが、このままで行けないことは自明の理。なんとかしてこの場の打開に務めなければならないのだが、ガルネクにはそんなことを考える余裕もなければ頭もない。


 徐々に首をもたげて来る死。ここで死ぬのか。そんな暗い考えが彼を支配し始める。


「だ、駄目です、ま、まだおいらは死ねません」


 しかし、奮起する。まだ死ねない。なぜならば自分には目的があるから。だからこそ死ねない、何があろうとも死ねない。

 そんな強い意志はこの場を乗り切っていいと言う運命の切符を彼に渡してくれる。


「ガルネク!」


 一つ、声が響いた。その声と共に風切音が響く。それは蛇が這うような音にも似た独特の風切音。ガルネクに向かって飛びかかっていた魔物が全て同時に斬り伏せられる。

 それがいかなる技術であるかは自明であった。


「間一髪、間に合ってよかったです。これもまた我らが神の加護のなせる業でしょう」


 法剣の薙ぎ。それが飛びかかる魔物を薙ぎ払ったのだ。そして、


「まあ、運が良かったのは同感だな」


 鋭い弓鳴りがこの戦いの場を支配する。流星の如く降り注ぐ矢と共に彼らは現れた。


「なんにせよ、間に合ってよかったよガルネク」

「アルフさん、シスター・リネアも」

「話はあとだ。行くぞリネア」

「はい、アルフさん!」


 まずはこの状況を乗り切ってから。仲間の血の匂いにやってくる魔物どもに駆け付けたアルフとリネアは向かって行った。


どうもです。さて、最近はリアルが忙しいのと色々とへこむことやら死にたくなるようなことやらがありまして、どうにもテンションがあがらずというか、スランプ気味なので、一週間か、あるいは二週間ほどお休みをいただこうかと思います。書けない時に無理に書いても良いものは出来ませんし、調子を戻す為少しばかり休ませてもらいます。楽しみにしてくださっている皆さまにはご迷惑をおかけしますが、私が不慮の事故で死ぬとか以外には辞める気はないので次回の更新をお待ちいただけると幸いです。


さて、というわけで、本編についての言及でも。

落っこちた後分断というテンプレ的な展開です。ラッキースケベでもアルフにやってみましたが、こいつしっかり楽しみやがりました。

まあ、ここまでいろいろあったアルフへのご褒美とでも思っておいてください。なぜかというと、ここから先、たぶん彼にそういう平穏はないからです。特に次章の構想だとやばいことになるので。


一番安全な場所にエーファ。一番やばい組み合わせのスターゼル。

それでも、スターゼルさんが地味に仕事してるのが書いている本人でも笑えてくるのがまた何とも言えません。


そういうわけでいつになるかは定かではありませんが、また次回。


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