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とある中堅冒険者の生活  作者: テイク
第三章 ドワーフとエルフと中堅冒険者
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第5話 鉱山迷宮

 翌朝。街は早くから目覚め活気に満ち溢れていた。ついに本祭が始まる。閉ざされていた鉱山への扉が開かれるのだ。鉱山前広場は多種多様な冒険者とドワーフと人間の鉱山夫、それからそんな彼らについてくオーニソガラムのシスターや神父たちででごった返している。

 商人たちはここぞとばかりに迷宮探索用の道具や食料品を売るべく朝早くから声を出していた。もちろん、この場にはあの竜舞姫サン・リーンもいる。ゴランはリーンが用意したワームと呼ばれる魔物の上に椅子を用意してふんぞり返っていた。リーンもこれには呆れ顔だ。


 アルフらもそんな広場にいた。準備を整えて迷宮用の荷物を満載の重装備。準備は万全。あとはラグレント伯爵が祭の開催を宣言すれば本祭は始まる。皆が一様に今か今かと待ち構えていた。

 

「ふふ、楽しみですね」


 特に、初陣となるリネアは闘志を滾らせているようで、自分の得物である弓と小剣に特殊加工がされているらしい法剣をしきりにいじっている。


「落ち着けよ。もうすぐだ。焦っても良いことはない」

「落ち着けません。ようやく私の武術を使える日が来たのですから。オーニソガラム様に信仰を送るのであればやはりそれは戦でなければ」

「そうかい」


 溢れる覇気は清廉で澄み切っている。真っ当な武術を習い、研鑽を続けてきたのだろう。そりゃ落着けないのはわかる。

 アルフも初めて迷宮に潜るとなったときはそんな気になったものだ。それにつられて昔を思い出してしまった。


「あいつら元気にしてるかねえ」

「あ、始まるみたいでございますよ!」


 エーファが声をあげれば城のテラスから魔法が投射される。ラグエント宮廷魔法使い数人がいくつかの魔法を発動して空中にラグエント伯爵の姿を投影した。

 ラグエント伯爵は貴族らしく煌びやかな服装をしているが、見るからに武人然としており貴族と言うよりはどこぞの武者のようにも見える。


「これより、祭を開催する。三日間稼ぐが良い。最も多く稼いだ者にはこのエルフをくれてやる。また、本祭三日間のあとは武術大会を開催するゆえ。我こそはと思う(つわもの)共は参加するが良い。我を楽しませるほどの猛者がいたならば徴用することも考えておる」


 その言葉に冒険者たちが湧く。冒険者はそれほど良い職業ではないのだ。貴族の兵士ともあれば待遇は冒険者とは破格の違いがある。

 同じ危険に身を投じる職業ではあるが報酬が遥かに安定しているし多い。何より有事の時以外は街の外に出なくても良いとあれば冒険者稼業に嫌気が差している者は飛びつくだろう。


 その様子にラグエント伯爵は満足したのか、


「では、開始だ。門を開けよ!」


 そう門兵に告げる。滑車が回り、重厚な音を響かせて鉱山の入り口を封じていた門がゆっくりとゆっくりと開いていく。

 誰もが完全に開く時を固唾を飲んで待ち望んでいた。ロープの軋む音が止まり、轟音を響かせて扉が開く。


 その瞬間、誰も彼もが一斉に走り出した。


 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇


 走る、走る。人の根源的な欲望であるところの食欲、睡眠欲、性欲。それらを除いた欲望の中でおそらくもっとも強い欲の為に人は走る。

 それは幸せになりたい、楽になりたいと言う欲求。その近道は稼ぐこと。だからこそ、人は走る。これは争奪戦だ。


 鉱山が迷宮化した。溢れだすだろう金や銀。鉱山を母体としたダンジョンと呼ばれる魔物が生み出すものは決まっている。

 魔石、鉱石。総じて価値あるものばかり。だからこそ、人は走るのだ。


「行くぞお前ら!」

『おう!』


 アルフらも遅れずに走る。鉱山入口にまず突入したのは王国級冒険者サン・リーン。巨大なワームを駆り鉱山へとなだれ込んでいった。

 それに続いて続々と冒険者たちが入って行く。アルフらも鉱山へと突入した。


「うわあっ」

「ぬおっ!」

「おお」


 初めて迷宮に入るエーファ達が驚きの声を上げる。それも当然だろう。入った瞬間、さながら世界が変わるような感覚を味わうのだ。

 ダンジョンと呼ばれる魔物が行使する魔法は空間操作。それによって新たな世界を自らの体内に創りだしているのである。


 だからこそ、内部は元の地形を踏襲していながらも巨大だ。縦横無尽に走る木の橋と通路。ドワーフが作り上げた大鉱山がそこには広がっている。

 下へ下へ。世界を掘りぬく勢いで掘られた大穴。そこから横へと広がる坑道多数。そこに冒険者たちは入って行く。


 そして、ダンジョンは数多の(冒険者)たちの存在を感知し魔物を放つ。巨大な穴の前に存在する広場。

 そこに現れる多くの魔物。生まれたばかりの迷宮だからこそ、最初はそこに集まっているのだ。本祭の始まりは盛大な魔物祭(モンスターカーニバル)から始まる。


「うおおおおおお、かせぐぜええええ!!」

「狩りじゃあああああ」

「ヒャッハー!!」

「狩りじゃ狩りじゃあああああ」

「あたしのは、少しきついわよん」

「「こっちくんなあああああ!?」」


 普段現れる以上に大量の魔物、魔物、魔物。腕に覚えのある者たちが声をあげて突っ込んでいく。剣を薙ぎ、槍で突き、テイマーによる魔物の一撃が大半を薙ぎ払う。

 消失と共に核となっている魔石がぼろぼろと零れ落ちていく。それは、生まれたばかりということもあって巨大であった。これもまた稼ぎ。誰も彼もが楽しそうに突っ込んでいく。


「ふははは、我輩に任せるであーる!」

「さすがでございます旦那様」


 杖を振りかぶり放たれる範囲魔法。エーファが大声で前の冒険者に警告していた為に即座に避難が完了。大地の槍が魔物を串刺しにしていく。

 それだけのことをやったのだ。警戒した魔物が二人を襲いに行った。しかし、飛びかかった魔物は空中で細切れにされる。


 鋭い風切音と金属の擦り合う音が響くと同時に、彼女の下に何かが集まる。それは刃。蛇腹のような断片が集まってそれは一つの剣を形作る。


「へえ、そいつが教会の法剣って奴か。戦ってるところを見るのは初めてだ」


 矢を放ちながらアルフはリネアの法剣を見る。それは、いくつもの刃を鋼の糸でつなげた剣でありながら鞭のようにも使える特殊な武器。

 古代の時代から続くとされる教会の特別な武装だった。所有者の魔力によって自在に動き、剣でありながら広範囲を薙ぎ払っていく。彼女の技量は凄まじい。


 まるで生きているかの如く刃はうねり、地を這い魔物を消し飛ばしていく。


「これが、戦、これが戦い。おお、神よ感謝します。我らが戦神に勝利を捧げます」


 聖句を唱えながら戦う武装シスターたちの姿は恐ろしいものがあるが。


「さて……」


 アルフは周りを見渡す。リーンがいるおかげでほとんどの魔物はワームに喰われていっている。


「いつみてもおっかねえな。さて、俺らは」


 穴を探す。この戦場は現状、多くのお祭り気分の冒険者が魔物を好き勝手に倒してそれらの核となっている魔石を回収して行っている。

 ここまで多くの魔物が出ることはまれなので確かにこれも稼ぎ時ではあるのだが、本格的に稼ぐのであればまずはここから抜けることが肝要だ。


「三日間潜り続けるって契約だからな。流石に一々、戦ってられるかっての」


 戦わずに先へ進む。アルフの迷宮における第一原則だ。かつて迷宮都市における最大の迷宮と呼ばれたダンジョンを踏破した時もそうだった。

 体力も資源も限られるのだ。一々消費していたらキリがない。ここはそう言う場所なのだ。突っ込んでいった奴らは補給しながら潜ろうと言う輩。アルフらは依頼主の意向でそうもいかない。


 ゆえに、


「見つけた」


 素早く、最短ルートを見つけて抜ける。


「エーファ、行くぞ! 皆を連れて来い!」

「はいでございます! 旦那様! ガルネク様、リネア様いくで御座いますよ!」

「は、はい!」

「了承いたしました」

「む、今からがいいところなのだぞ。あの様な大魔石などほとんど出ることがないというのに」

「目先の欲よりも安全な稼ぎでございます。目先の欲に駆られたからこうなっているのでございますよ」

「我輩は過去を振り返らない男である」


 はいはい、行きますでございますよ、とエーファがスターゼルの耳を引っ張りながらアルフに続いて先へ進む。

 進路上の魔物だけを倒して素早く横穴へと入った。そこは広場と打って変わって暗く静まり返っている。しかし、それだけに奥から響く風鳴りがまるで生き物の息吹を思わせる。


 それは竜の(あぎと)のようで、まるで食われているかのようにも思えた。いいや、現に食われているのだ。迷宮と言う存在に。

 だからこそ、用心して進まなければならない。


「さて、役割は決めたな」

「はいでございます。私が斥候、アルフ様が後方警戒。旦那様がガルネク様の護衛でございます」

「良し、それじゃあ行け。ここから先が本番だ。気をつけろ。危ないと思ったら戻れ。冒険者になって数か月。お前も十分いっぱしと言える。少なくともシーフの技能はかなり信用できる。だから、危険は冒すなよ。冒険者が冒険する時は、本当に余裕を持って行けると思った時だけだ」

「はいでございます」


 その言葉と共にエーファが姿勢を低く、短剣を逆手に抜いて先へと駆けて行った。


 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇


「…………」


 暗い道を進む。迷宮の中。普通の鉱山の中と同じように木の板が歩きやすいように配置されているし、ところどころひっかけられたランタンが灯りを提供してくれるがそれでもエーファは思わずにはいられなかった。

 やはりここは普通とは違うと。聞こえないはずのダンジョンの心臓の音が響いてきているようだった。深く息を吸って思考をクリアに保つ。


 ここは既に死地であることを忘れてはならない。アルフにさんざん言われている。気配を消して坑道を進む。

 しんと静まり返った坑道。アルフが買ってきたシーフ用の柔らかい素材で作られた金額の高い靴底が足音を抑えてくれる。


 息を殺し、耳をそばだてる。壁に当てて、あるいは地面に当てて音を聞き取る。感覚の全てで気配を感じ取る。

 脳裏に描くのは地形だ。先の地形。そして、先に何がいるのかを感じ取りそれを確かめるように先へ先へ。


 ある程度先に進めば、危険がないことがわかる。少なくとも来た道に魔物はいない。そうとわかれば、小さな箱に入れた光蟲を利用して合図をする。

 裏面に小さな穴があり、そこを遮っている板を外せば光がアルフたちに届く。何かあれば一回瞬かせる。何もなければそのまま数秒光らせてから閉じるのが合図だ。


 何もなかったので数秒間そのままにしておいてから閉じる。しばらくそこで待っていればアルフたちがやってくる。

 アルフに視線を送れば頷いたのでエーファは再び坑道の先へと向った。


「さて、ガルネク、ここで取れるのは金と銀で良かったよな?」

「ええ、そうです。ここから先に金の匂いがしやす」

「そろそろ掘るとしましょうかね。後ろの方もそろそろ動き出したようだしな」


 背後の広間での騒ぎがひと段落したのだろう。多くの冒険者たちが一度迷宮を出たり、先へと進み始めていた。

 迷宮内では早々遭遇することはないだろうが、一応は警戒しておくに限る。


「暇である」

「暇で良いんだよ」


 迷宮探索で忙しくなるのはこれからだ。


「…………」


 先へ行ったエーファは魔物を発見した。坑道コウモリ。坑道に生息するコウモリ型の魔物だ。普通のコウモリと変わらない大きさでありながら、その身に宿す魔力によって幻覚を見せ強靭な爪と牙で獲物を襲う。

 岩陰から数を探る。数はそれほど多くない。三体だ。アルフたちに援軍を頼むまでもなくやれるだろう。幸い、まだエーファは気が付かれておらず相手は天井にぶら下がっている。


 しかし、油断と慢心は禁物だ。細心の注意を払い、保険として投擲剣(スローイングナイフ)に魔力を込め、プラス身体強化の武技を利用して投擲。

 三本の投擲剣は青の軌跡を描きながら魔力の恩恵を受けて凄まじい速度で飛翔し坑道コウモリを貫き裏の壁へと突き刺さった。


 狙った場所に突き刺さり、坑道コウモリは例外なく絶命し燃焼するかのように消失する。しばらく援軍が来ないか探っていたが来る気配はない。

 エーファは落ちた三つの魔石を回収してアルフたちに合図を送る。


「魔物を倒したか?」

「はい、ちゃんと倒せたでございます」

「そいつは上々だ。ガルネク、どうだ?」

「へい、ここらは掘ったら出そうですぜ」


 なら掘るぞ。とアルフたちがツルハシを手に採掘を開始する。採掘するのはアルフとガルネク。エーファは休憩でリネアとスターゼルが見張りだ。

 ガルネクの言うとおり掘れば掘るほど金や銀が山のように出る。これが迷宮における採掘だ。溢れるように出る。


 それをポーチへと詰めていく。ガルネクはこの為に買った魔法の付与された背嚢へと詰めていく。それと丁度時を同じくして坑道に声が響いてきた。

 別の坑道でも金の発見があったのだろう。歓喜の叫び声が坑道内を木霊していく。静まり返っていた坑道が騒がしさを高めていった。


「ここではこれくらいでしょう。先へ進みましょう」

「そうだな」


 しばらく掘っていたが最初こそ溢れんばかりに出てきた金や銀も出なくなってきた。ここではこれくらいなのだろう。しばらくすればまた出るだろうが、それを待つほど悠長にしていられない。

 再びエーファが斥候に出てアルフらは坑道を進む。その時々で採掘する冒険者と鉢合わせた。彼らと別れ時に共に様々な坑道が入り組んで再構成された鉱山の中で鉱脈を探して右へ左へ。鉱山夫の嗅覚を頼りに進む。


 一足先に先の坑道を進んでいたエーファはある気配を感じ取る。強大な気配。迷宮に入る前に感じたあのリーンの魔物の気配だ。

 どうすればよいかわからなかったのでエーファはアルフに合図を送り合流する。


「どうした? ってリーンの魔物の気配か。リーンもいるみたいだな」

「どうしましょう?」

「まあ、ここは合流してみるのも良いだろう」


 アルフが角から出る。


「あらん、やっぱりアルフさんじゃなーい。こんなところで会えるなんてやっぱり運命なのかしらん」

「ねえよ」

「おい! サン・リーン! なんだ、そいつらは!」

「あたしの師匠とそのお仲間よん」

「フンッ、なんだそれは。しかも、おいおい半端者のガルネクじゃないか!」


 ゴランの一言が坑道に響いた。


「お前まで参加してるとはなあ! 性懲りもなくあのエルフ狙いか?」

「…………」

「ちょっとぉ、こんなところで喧嘩なんてやめてよねぇ。ワームちゃんは臆病なのよ。大声なんて出したら怖がってちょっと震えちゃうじゃない」

「いや、待て、お前のワームが震えたら不味いだろ」


 リーンのワームが震えるとこの坑道が崩れかねない。というか魔物で掘削してる時点でだいぶアレだ。


「フン、そんな臆病な魔物なんて連れて来るな」

「あらん、ゴランちゃんの要望に応えるには最高の子よぉ」

「なら、さっさと掘れ! ノロマ!」


 魔物も知能がある。特にリーンに使役されている魔物たちの知能は高い。だからこそ、その言葉の意味を正確に理解している。

 だからワームは怒った。ただリーンの手前大っぴらなことはできない。だから、少しだけその尾をゴランの近くに落とした。


「う、うわあ!?」


 突然のことに驚いて倒れるゴラン。


「あらん、ごめんなさいねえ。ワームちゃあん、気を付けないと駄目よぉ」


 はーい、とでもいうように鳴き声のようなものを出してワームは再び穴を掘りはじめる。


「なんなんだよ! どいつもこいつも僕を馬鹿にしてるのか!」

「してないわよぉ。だから、落ち着いてゴランちゃん」

「ちゃんを付けるなあああ!」

「おい、そんなに騒ぐな。魔物に気づかれる」

「僕に指図するなあああ!!」


 息を荒げてどんっ、と不満だとばかりに地面に足を叩き付ける。


「はあ、はあ、はあ――え?」


 それが奇跡的にいい感じに地面を踏み抜いた。そこを起点に地面が崩落する。まるで口を開くかのように。


「おいおいおいおいおい!」

「いやああん!」

「のわああああああ」

「ちょおおおお!」

「ああ、これも神の与えたもう試練」

「なんでだあああああ。ここは安全じゃなかったのかああああ!」


 アルフの焦る声と野太いリーンの悲鳴、スターゼルとエーファの悲鳴が続いてリネアの諦めにも似た言葉とゴランの声で締め。

 とりあえずリーンが答える。


「いやん、ワームちゃんにとっては安全ってことよお」

「僕たちが絶対安全かはわからないってことじゃないかあああああ」

「いやだわ、あたしが居れば問題ないじゃない」

「実際落ちてるだろおおおおおおお!?」


 堕ちながら何とも器用に会話するものだと思うアルフ。だが、ここで王国級のリーンにこの穴の存在に気が付けよというのはちょっと難しい話だ。

 なにせ、この崩落は意図して行われたのだから。おそらくはダンジョンの意志なのだろう。高い魔力を持っているリーンがいたから効率よく食ってしまおうと処刑場にご招待というわけだ。


 つまり迷宮の罠に引っかかったということだろう。でなければゴランの足踏みで床が崩落などするはずがない。


「って、そんなこと考えてる場合じゃねええええええ」


 咄嗟に魔法具でゼグルドに知らせたは良いがどうにかなるわけでもなくただ深い穴の底へとアルフらは落ちていくだけであった。


 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇


「…………」


 竜人ゼグルドは坑道前の広場で戻ってきていつも以上の稼ぎに騒いでいる冒険者たちを眺めていた。アルフらの姿はない。三日間潜ると聞いてる。

 自分はもしもの時に食料などを運ぶ役。アルフに魔法具を渡されている。もしものときはこれが光るという。


 与えられた役目ではあるが気乗りはしない。心を占めるのはハーフについて。どうやって受け入れようかと考えている。

 今までハーフは殺すべし、そう言われてきた。それが決まりであるし、自然を自然の姿のまま保つために必要なことだと教わってきたのだ。


「はあ」


 しかし、考えたところで答えは出ない。こればかりはアルフでもどうしようもなく、自分で折り合いをつけるしかないのだ。

 数は少ないとはいえ、ハーフは少なからず生きている。それを関わらずに生きていけるかはわからない。リーゼンベルクは広く大きく誰もが訪れるのだ。


 その時、自分がまた暴走しないとも限らない。アルフの指導が終われば自分は一人で生きていかねばならないのだ。


「どうしたものか」

『お悩みですか?』


 ふと、妖精言語で語りかけられる。草と木の訛り。エリフ訛り。つまりはエルフ。ここにいるエルフと言えば一人だけだ。

 いつの間にか賞品の広場まで歩いてきていたらしい。


「いや」

『何かお悩みのようですね。どうでしょう。私に話してみませんか? お話できるお相手というのは貴重でして。竜人様に私のようなエルフが話しかけるのは分不相応ですが』

「う、うむ、いや良い。われは気にしない。われも話してみたかった」


 おずおずとゼグルドが話す。誰かに話すのも良いだろう。困ったときは相談だとアルフに良く言われている。

 エルフもまた自然を愛する種族だ。何よりも自然を大切にする。竜人と同じくハーフなど認められないはずであった。


『なるほど』


 しかし、話を聞いた彼女の反応はゼグルドの予想したものとはどれも違った。


『確かに、認められませんよね。我々は何よりも自然に近い。あなたは竜に、私は妖精に。自然を体現するからこそ強大な力を持つ。

 エルフもまたハーフを許しません。しかし、私は許しても良いと思っているのですよ。不貞によって生まれた子でなければ、その子は望まれて生まれたはずなのですから』

「…………」

『それを否定する権利は我々にはありません。それをあの子は教えてくれました。それに、混じることは本来は良いことのはず。血は濃いことも重要ですが、それでは閉塞してしまいます。これは私の主であったフォレスガーナ様のお言葉です』


 交わりは変化を生む。変化を嫌う長命種だからこそ、混ざり者は特に嫌うだろう。だが、それでは駄目なのだと彼女の主はいったらしいのだ。


『あのお方はそう言ってエルフの里を出ました。信じられませんでしたよ、我らの主であるハイエルフの一人が里を出るなどと。そんなことがありえるのかと。風の噂で彼女は人界に降り、冒険者になったそうです』

「そ、そんなエルフがいるのか」

『あなたも同じですよ』


 彼女はそう言った。まるでやっていることが同じだと微笑みながら彼女は言う。


『悩んでいるのならいつか答えは出るでしょう。混ざり者でも良いじゃないですか。少なくとも、私はあの人に救われました。助けられたのですよ。

 そして――ふふ、悠久の時を生きるエルフが人間の乙女のように恋をしたのですよ。笑っちゃうでしょう?』


 頬を赤らめさせて、彼女そう言ったのだ。


「うむ、いいや。わかる気がする。われもそんなものだ」


 思い出す。とある冒険者にあこがれてゼグルドはここに来たのだ。かつて。百年は昔。まだゼグルドが子供であったころ。今もあまり変わらないが、出会ったのだ。

 竜人の里を訪れた冒険者に。人の身でありながら、竜人に匹敵する力を持った冒険者と名乗った女。そんな彼女に憧れた。


 だから、ゼグルドはここにいる。


『なら答えは出ているのではないですか? 生まれたならば生きるのが自然。私たちにそれを終わらせる権利などありませんよ』

「そう、だな。なにかわかったような気がする」

『それはよかったです。貴方の道に精霊の加護の在らんことを』

「うむ、そなたの道に精霊の加護の在らんことを。そなたの目的が叶うことをわれも願っている」

『ふふ、そう言えるのであれば貴方はきっと大丈夫ですよ。悩む必要などありません』


 その時、魔法具が光った。それはアルフたちに危険が迫っているということ。


「アルフ殿!」


 ゼグルドは一にもなく走っていた。そこに今まで悩んでいた姿はない。仲間が危機に陥った。ゼグルドが走る理由はそれで十分。

 それ以外に必要はない。そこにあのハーフが居ようとも関係はない。等しく危機に陥っているのならば助けよう。


 危険に陥っている者、困っている者。それが敵だろうと助けることこそがミールデンの残した意志。シルドクラフトに伝わる力を振るう理由であり、アルフに教えられた信念。

 ならばこそ、力を持つ者である自分が走るのは今ではないか。今でなくてどうする。


 だからこそ、ゼグルドは赤の軌跡となって疾走する。焔の如き赤が坑道へと飛び込んでいった。見張りですらそれを捉えることは出来ず、熱風が通り抜けて行ったかのように感じたほど。

 それを見てエルフは驚きの声を上げる。


『仲間の危機に走る竜人。よもやこのような光景が見れるとは、本当に人界とは実に摩訶不思議でございますねフォレスガーナ様』


 仲間の為に必死になって走る竜人などいるはずがない。それが普通だ。何よりも強く、敵を持たない彼らはそういう意識が薄いのだ。

 それはエルフにも言える。強いからこそ、彼らは個であり、自然で在れるのだ。


『時代の流れと言ってよいのでしょうね。…………』


 時代の流れ。それは良いものなのだろう。だが、


『できれば、彼らの代でアレが起きないことを祈りますが。それは出来ないのでしょうね』


 それを彼女は素直に喜べなかった。

 既に予兆はある。エルフがこうやって人里に出て来ていたり、竜人が人界にいたり。あるいは王国級冒険者などと呼ばれる強力な人類の登場が全てを物語っている。


 近いのだ時代の節目が。前は千年前に起きた。あの時は、どうなったのか。エルフは今でも覚えている。人間が忘れてしまっても、自然は覚えているのだ。


『人の世の終わりが近い。いいえ、選択の時が近づいているのですね』


 この王国に感じる不穏な空気。それをエルフである彼女は感じ取っていた。奇しくもそれはアルフが感じているものと同種のもの。

 これから先の未来に立ちこめる暗雲そのものだ。その中心がこのリーゼンベルク王国と言うのは実に皮肉ではないかとエルフは思う。


 千年前の記憶を引き継いでいる彼女はそう思う。あの時もそうだ。予兆があった。普通ならば起きないことが起きた。

 魔物が活性化し、人々の力が上がってくる。今のリーゼンベルクもまた同じく。かつてのここに存在した王国もまた同じく。


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