第4話 依頼
そこにいたのはエルフだ。若い女のエルフ。まさに絶世の美女。生きた芸術とすら形容される美の種族。人間はみな、その美の前には五体投地してしまう。
男も女も関係がない。ただその美に圧倒された人間は例外なく五体投地してしまう。広場の前は死屍累々ともいえるような状況なっていたが、止める衛兵も五体投地しているのだから始末が悪い。
ゆえに誰も止めることは出来ず、自力で回復した者らが去って行くまでこの状況は続くだろうなとアルフは予想していた。
そんな状況の中でも二度目ということもあって動けるアルフは檻へと近づいて行った。アルフを止める者はいない。
止める者すら五体投地して恍惚とした表情を浮かべているのだ。誰も止められるわけがなかった。檻の前に近づいて、じっと近づいてくるアルフを見ているエルフ。
何かを言おうとしているのかもしれないが生憎とそれはエルフ語。リーゼンベルク語がわからないらしい。エルフならば翻訳魔法もあろうが、奴隷の首輪のおかげで魔法も封じられている。
ゆえに、話しかけられない。そうエルフが想っていると、
『あー、アー。コトバ、ワカルカ?』
アルフはそう拙いながらもエルフ語で檻の中のエルフへと話しかけた。驚いて目を見開く彼女。まさか人間でエルフの言葉を話す者がいるとは思わなかったのだ。
『私たちの言葉がわかるのですか?』
『スコシ』
そう言葉と共に動作で伝える。
『スコシ、キキタイ。ナゼ、あー、ツカマッタ?』
『奴隷となった理由でしょうか?』
『ソウダ』
慣れないエルフ語で話す。聞き取る方は相手が配慮してゆっくりと話してくれるので問題はない。奴隷になっている以上助けることはできないもののどうしてこうなっているのか理由は知っておきたい。
何かあった際に動く為にだ。もし不当な理由で捕まったというのであれば、どうにかしようと動くこともやぶさかではない。
『ご安心を、不当な理由で捕まったわけではございません』
『ナラ?』
『そうですね。待っている人がいるのです。その人の下へ行くにはこれが一番早い、そう思ったからです。それに、あの場所には嫌気がさしていましたから。フォレスガーナ様のマネではございませんが、外の世界へ出るため投資? という奴です』
『ナルホド』
一先ずは安心したと言える。不当な理由であれば問題にもなるが本人が納得した上でのことであれば問題はない。
見世物になっている現状というのは少々窮屈ですが、と彼女は苦笑しながら言う。それに関してはどうしようもないだろう。
そこまで話したところでゼグルドがアルフにどうしたのか聞く。
「アルフ殿?」
「っと、すまん。このエルフさんに、どうして奴隷になったのか聞いてな」
「だから精霊言語を喋っていたのか。われ、精霊言語を話せる人間を始めてみたぞアルフ殿。流石だな。しかし、鉄と鋼の精霊訛りではなく、草と木の精霊訛りが強いな」
「ああ、そりゃそうさ。お前ら風に言うならエルフ訛りだからな。俺がこれを習った奴曰く人の訛り何てもんはとっくの昔になくなってるらしい」
精霊言語とは世界の言葉とも呼ばれる古い精霊言語と言う言葉であり、世界に語るための言葉だと言う。人が忘れた言語であるであるとこれを習った弟子からアルフは聞いている。
また、エルフ語というがいわばそれは精霊言語の方言に当たる。エルフ訛りとかそういうものでドワーフ語と呼ばれるものも同じ精霊言語という言葉である。
ゆえにゼグルドもエルフと意思疎通を取ろうと思えばとれる。
「うむ、われはエルフ訛りは良くわからんな。どうにも草と木の精霊訛りが強くて合わない。火と熱の精霊訛りがあるわれらとは相性が悪いのだ」
「なるほど、そういうもんなのか。良かったら教えてくれ」
「うむ? なぜだアルフ殿? エルフ訛りがわかるのであれば問題はないはず。われら火種と話す場合は少し面倒だろうが、火種など人族の中でもわれらだけだ問題はないはずだぞ?」
「そうなんだが、まあ一応、聞いてて損はないだろ? この言葉竜にも通じるからな」
竜と会った時に会話してなんとか逃げる時とかに使えるだろ、とアルフ。
「おお、そういう考えもあるのか。しかし、竜など早々出てこないだろう?」
「まあ、そうなんだが一応な」
どうにもアルフの勘が覚えておいた方が良いのではないかと囁いているのだ。ゆえに、アルフは勘に従って覚えようというわけである。
ゼグルドはその手の感覚はわからないのか、不思議に思いながらもとりあえずは了承して宿屋で訛りを教えることになった。
『マチビトニ、アエルコトヲイノッテイル』
『ええ、ではこちらは貴方の旅の無事を祈りましょう冒険者の方。貴方の生命が草木に愛されんことを。久方ぶりに話せ楽しかったですよ。貴方とその仲間に森と木々の加護のあらんことを』
手を振って二人を見送るエルフの女。アルフたちは広場から離れる。エルフの女が見えなくなったところでアルフは息を吐いた。
「ふう、流石にエルフの前は気を張るな」
「エルフ!?」
ガバッと目を覚ますエーファ。
「どこでございますか!?」
「残念、向こうだ」
「見に行っても?」
「行きたいなら行ってみると良い。ただ、しばらく動けなくなるぞ」
エルフの美貌もあるが、その魔力に人は当てられて五体投地してしまう。エルフの魔力はそういう属性を持つのだ。
生まれついての高貴さとも言うべきものだ。この国の貴族の成り立ちとしてエルフとの交わりというものがある。
かなり血は薄まってはいるが、エルフの色である金色の髪と青や翡翠の目というのはその名残だという話もあるのだ。
だからこそ、跪いたり五体投地してしまうのだ。何度も顔を合わせたりすれば慣れるが、慣れていない者にとってはその感覚は抗いがたいだろう。
「うぅう」
それを聞いて歯噛みするエーファ。五体投地するくらいの美貌とあれば見に行きたいのは人の性だろう。特にエーファは憧れがあったから特に見に行きたかった。
しかし、気絶して運ばれてしまったというのもあってこれ以上迷惑をかけれないという思いもある。動けなくなるのが確実なら運ばれるのも確実だからだ。
「行ってこいよ。別にお前くらいなら問題はない」
これでスターゼルも入ったら面倒だが、エーファくらいならば運ぶのは簡単だ。
「で、では……」
そう言ってエーファは広場へと向かう。そして案の定エルフを見て倒れ込んで動けなくなってしまった。本人はとても満足そうなので良いだろう。
その後は、鉱山夫ギルドに向かう。鉱山の入り口にほど近い場所に存在する建物が鉱山夫ギルドだ。鉱山夫の守護聖人ヴァルクリムを持つハドルクスと言うギルドだ。
この街に存在する鉱山夫ギルドの中では最大手と言ってもいい。鉱山前広場の前にはいくつもの掲示板が出ており、そこに冒険者が集まっているようであった。
本祭前のその特別掲示板に冒険者を求める求人は存在している。雇用条件には冒険者ランクがあり最低でも街級以上となっているがそれ以外は似たり寄ったり。
違いと言えば報酬くらいだろう。ゼグルドたちにはそれらを見てどうするのかがまったくわからなかった。
「さて…………」
アルフはそれらを一瞥する。もうほとんど好条件のものは残っていないがそこである名前を見つけた。ガルネク。あのドワーフの名だ。隅の方に小さくあったのを目ざとく見つけたアルフはそれを掲示板から取る。
どうせなら知り合いの方が良い。依頼料は少ないものの祭だ。自分たちの頑張りによっては報酬も変わる。交渉しやすい知り合いとあれば少しは色を付けてくれるだろう。
それを確保してからゼグルドたちに向き直る。
「んじゃ、まあ依頼人のとこに向かいながら説明してやるよ」
「では、皆さまが楽しみにしている本祭とはなんなのでございます? そもそもこの祭りは何なのでございます?」
依頼人であるガルネクが待つ指定の場所へと向かい始めてすぐにエーファがそう聞いてくる。
「そうだな。それを説明するにはまず迷宮について説明しないとな」
「迷宮?」
「それなら知ってるぞ。われの村の近くにもあった。餌を生成し体内に招き入れ複製した魔物を用いて殺して魔力を吸収する魔物のことだろう」
「ああ、そうだ」
迷宮。聞いただけだと建造物のようにも思えるがれっきとした魔物である。魔物にしてはサイズが巨大であるし動かないなどの違いがあるが分類によると魔物なのだ。
アルフも詳しいことは知らない。知っているのは師匠に習ったことだけ。古い建物や洞窟なんかに莫大な魔力が溜まり込むと出来上がること。そして、その中にはお宝が眠っているということだけだ。
「それがどう繋がるのでございますか?」
「迷宮の特性ってやつがあってな。元からあった中の物を複製するんだよ。餌ってやつでな。もし鉱山が迷宮化したらどうなると思う?」
「えっと、鉱物が複製される?」
「正解だ。つまり、祭ってのは鉱山が迷宮化することを祝う祭りってわけだ。で、本祭は本格的に迷宮化して鉱物が無限採掘可能になった状態で魔物の掃討しにいくことさ」
迷宮化したということは魔物が出るのは当然のこと。そのままでは採掘なんぞできはしない。ゆえに、魔物を倒す必要があるのだ。
そのための冒険者なのだ。ただしそれだけでは騒がれない。もちろん騒がれる理由があるわけで、それこそが祭と呼ばれるゆえんだ。
鉱山は領主の持ち物だ。鉱山夫が採掘した鉱物は全て領主の物となり、賃金は鉱山夫ギルドを経由して領主から支払われる。
それは採掘した鉱物の価値から比べたら微々たるものであるが、鉱山に勝手に入って鉱物を売ることはできない。全ては領主の物だからだ。
しかし、何事にも例外がある。それが祭。領主が所有している鉱山が迷宮化した場合、それは領主の物ではなくなるのだ。ただの鉱山ということになりそこで取れた物は採掘した者のものになる。
無論、そんなことはないのだがそれをごり押した者がいる。それこそが鉱山夫の守護聖人であるヴァルクリムだ。
そんなのが教会で守護聖人になっているため貴族でも無視できない。教会の権威とはそれくらいの力があるのだ。
そういうわけで迷宮化し、それを鎮静化して魔物を出ないように魔物を生み出す迷宮の器官を聖職者たちが封印するまでの三日間は鉱物は取り放題売り放題。稼ぎ時というわけだ。
「しかし、それを貴族が許すのでございますか? たぶん旦那様なら許さないと思うのでございますが?」
「だろうな。勿論貴族だって黙ってないさ。といっても俺は貴族じゃねえから全部聞いた話なんだがな――」
勿論、貴族も黙ってはいない。下手な商人、例えば他領の商人なんかに銀や金が渡ってしまえばそれが微々たるものでも相手の得になってしまうのだ。
そんなことをプライドが高い貴族が許すわけがない。それゆえに、祭で出た鉱物を彼らは高く買い取ってくれる。
本祭をやるからにはもちろん貴族にも得があるのだ。まずこのラグエントと複数の村を治めているのはラグエント伯爵なのだが、その上には二人の高位貴族がいる。
複数の伯爵領を擁するこのオーロ地方を治めるオーロ侯爵、このマゼンフォード州を治めるマゼンフォード公爵だ。
この街の鉱山はラグエント伯爵の物であるものの、同時にオーロ侯爵の物でありマゼンフォード公爵の物であるのだ。
「むぅ、難しいなあ。人間の貴族というのは、われはもうこんがらがってきたぞ。なぜそんなことになっているのだ」
「それについてはそういうものと思っておいた方が良いのでございますよ」
「むぅ」
「まあ、そういうことだ。俺も知らんからな。貴族社会についてはスターゼルの方が詳しいだろ。ともかく、そんなややこしい事態なんだが迷宮になっちまうと他のオーロ侯爵の手からもマゼンフォード公爵の手からも迷宮化した鉱山はこぼれるんだ」
そうつまり実地で所有している貴族は鉱山夫の守護聖人であるヴァルクリムが定め教会が広めているこの迷宮化による所有権の無効を逆に利用したのである。
つまり、所有物でない鉱山から取った物は発見者の物になるということを逆手に取って、本祭中に買い占めた鉱物の所有権を主張したのである。
今回の場合だと本来ならばオーロ侯爵やマゼンフォード公爵に納めるべき鉱物をラグエント伯爵は守護聖人ヴァルクリムと教会の権威を使ってを自分の物にしようとしているわけだ。教会が関わっている為にこの主張は通る。
オーロ侯爵だろうとこのリーゼンベルクの四分の一を治めているマゼンフォード公爵だろうとも教会に逆らうことなどできはしないしやろうとも思わないからだ。
「良く考えられているのでございますね。流石貴族あくどいでございます」
「お前は貴族の従者だろ」
「ただの村を治める男爵の従者なのでここまであくどいことしないでございますよ。というか、旦那様の一族にそんなことができると御思いで?」
「いいや」
即答だった。
「しかし、本当良くできてるよなこれ。百年くらい前に考えられたとは思わないぜ。ヴァルクリム様だってこんなことは考えてなかっただろうしな」
ヴァルクリムは鉱山夫が稼げるようにしたかったのだろう。迷宮化して潰れていく鉱山。仕事を失う鉱山夫を見てなんとかしたかっただけなのだろうが、貴族にかかるとこういうことになる。
また、買っているのだからその分だけ散財する貴族なのだが、そのために賞品がある。金を受け取るか賞品を受け取るかの二択にして金を出さないように工夫しているのだ。
「エルフなんて本来なら手放したくない物を手放すってことはあのエルフ相当高い金額設定されてやがるだろうな。あれを欲しいなら三日間の稼ぎなんてなくなるだろうし」
本当に良く考えていると感心する。エルフだけでなく賞品には魔法具などもあった。貴族にとっては安物だろうとも、平民にとってはのどから手が出るほど欲しいものもあるだろう。
金よりも目先の物品に目が向くのは平民の性である。それが煌びやかなものならば当然だろう。商人ならば金をとるのだが、ここに参加している者で商人と言えばこのラグエントの商人くらいだ。
他の商人がやってきてもこの街にある商人ギルドに邪魔されて鉱山に入ることすらできないし、入れたとして鉱物を売ることなんてできないだろう。
だからこそ、ほとんど鉱山夫と冒険者が参加者である。冒険者も目先の物品に飛びつく典型例と言ってもいい。
少ない損で金や銀を集めることができるのである。しかも高位貴族に何を言われても鉱山は所有物ではないと言い張り教会の権威を笠に着れば怖いものなしなのである。
「で、俺らもそれに参加するわけだ。そのためには鉱山夫に護衛としてくっついていくのが良い。あいつらは鉱山の中って奴を熟知しているからどこに何があるかなんてモロわかりだ」
「だから、先ほどの掲示板の依頼でございますか?」
「そういうこと。ゼグルドはわかったか?」
「む、わ、わかったような、わからないような」
「まあ、とりあえず稼ぎ時で護衛の依頼があるってことぐらいは覚えておけば良いさ」
了解した、とゼグルドが頷いたところで指定の場所についた。ひっそりとした裏路地にある小さな家だ。ドワーフが住んでいるにしては少しばかり地上に突きだしている以外には普通の家である。
ノッカーを鳴らすとすぐにドアが開く。
「はいはい、どなたで? おお! あなたはこの前の。あの時は楽しかったですぞ」
変わらないドワーフ訛りのリーゼンベルク語でガルネクはアルフにそう言った。
「こっちも楽しかった」
「それで? おいらに何か御用で?」
「あんたの依頼を見てきた。まだ募集してるか?」
「おお! 受けてくださるのか! どうぞ、こっちへ、狭いですがほら、どうぞ」
「仲間がいるが良いか?」
「では、失礼して」
「ええ、ええどうぞ歓迎いたします――って、りゅ、竜人!?」
まず見えたのは傷のあまりない鈍色の胸鎧。かなり屈強なのだろう。それなりに屈強なガルネクですら霞むほどの胸板は分厚く力強い。
そして、目をしめる赤。赤い鱗と竜の頭。伝説の竜人の登場にガルネクも驚きを隠せない。
「む、ドワーフか。いや、なんだ? 混じっている匂いがする! アルフ殿、離れよ! こやつは混じり者だ!」
「ぐえ――」
「ちょっ!?」
そう言ってスターゼルとエーファを取り落として背の大剣に手をかけるゼグルド。
「待て」
その手をアルフが止める。
「なぜ、止める! 混じり者は災いを呼ぶ禁忌の存在だ。自然の理から反しているのだぞ!」
「落ち着けって。それは俺も知ってる」
「ならばなぜ止める」
「混ざり者だろうと生きている人だ。ハーフを見たら殺せなんていう決まりはこのリーゼンベルウにはないからな、殺せば殺人、罪に問われる。単純にハーフだから殺しただけならそれほど大きなことにはならないだろうが、もうシルドクラフトにはいれねえよ」
「…………」
「少しそこらへんを歩いて頭冷やせ」
ゼグルドは不承不承頷いてから外へ出て行った。
「ふう」
アルフはそこにあった椅子へと倒れ込むように座る。
「あー、きつい。竜人の覇気はきついぜくそ。すまんガルネク」
「いいえ、慣れてますから」
「本当すまない」
「いえ、あなたもわかっているのでしょう? おいらが人とドワーフのハーフだということは」
「初めて見た時からな」
ドワーフにしては僅かだが背が高いし、細身だったからそうなんだろうと思ったのだ。あと、普通ドワーフはほとんどが下層に住んでいるのにこんな上層にいたり住んでいることからも予想した。
ゼグルドの反応からして全てに確信したわけだ。
「なのに、おいらのところに?」
「俺は混ざり者だろうと差別しない。皆生きてるんだ。そこに変わりはないだろ」
そう生きている。例えその身に何が混じっていようとも生きているのだ。それを誰かにどうこう言われる筋合いなどないだろう。
少なくともアルフはそう考えている。そう考えなければ、とある二人の女を否定することになるのだ。
「変わり者ですな」
「良く言われるよ。それでもこれが俺だ」
「……あ、あのアルフ様、ゼグルド様はなにを?」
「なんである、人がせっかく気持ちよく眠っていたところを! む、あの火トカゲはどうした?」
アルフとガルネクの二人が話しているとエーファがおずおずと聞いてきたのでアルフが答える。スターゼルは無視だ。一々説明するのが面倒臭いし、覇気を浴びたばかりのアルフにそんな気力はない。
「ああ、聞いた通り彼は人とドワーフのハーフでな」
「……そういうことでございますか」
それを聞いて得心したのかエーファは頷く。ハーフとは凶兆だ。忌むべき者だ。積極的に排除しろとは言わないが遠ざけるべきものであることに変わりはない。
なぜならば理に反しているからだ。だからこそ、もっとも自然に近いゼグルドが過剰に反応したのも頷ける。
それを気にしたガルネクがエーファらに頭を下げる。
「すみません、おいらがハーフでばっかりに」
「い、いえ、驚いただけでございます! そ、それにアルフ様の言うとおり、私も気にしないでございます! ね、高貴な旦那様!」
「ふっふっふ、高貴な我輩である。何がなんだかわからなんだが、我輩高貴であるからな全て許そう」
貴族の従者であるし元貴族であるのだから本来ならば気にするところであるが、スターゼルはこの通りの性格で興味がなかった。
エーファとて悪くないのに頭を下げるガルネクを排斥したりしようなどとは思えない。多少の忌避感はあるが、悪い奴ではないのだから積極的に攻撃したりするようなことはしたくないと思うくらいには善人なのだ。
「ありがとうございやす、みなさん」
「さて、本題と言いたいところなんだが、俺はゼグルドの方見て来るわ」
「ええ、あの竜人様にもすみませんと言っておいてください」
「あんたが謝る必要はねえって生まれはどうしようもないからな」
そう言いながらアルフは外に出た。ゼグルドの気配はわかりやすい。竜人独特の強すぎる気配を頼りにそちらの方へ行くと下層を見渡せる小さな階段に座り込んだゼグルドがいた。
そこに向かってくるアルフに気が付いたのだろう。ゼグルドが顔をあげる。
「ああ、アルフ殿」
「頭は冷めたか?」
「……ああ。すまないアルフ殿」
「俺よりも謝る相手がいるだろう。それに俺もすまん言い過ぎたよ。それに忘れていた。お前らにとってハーフってのがどういう存在なのか。
……わからんでもないんだ。混じり者は忌み嫌われる。人間以外の種族なら特にってのは理解してる。外見が違うだけでも、人間にもいろいろあるしな」
「…………」
混じり者は厄災を呼ぶ、そう言われているのだ。だからこそハーフは忌み嫌われている。血の混じりは多様性を生む、それがわかるのはまだ少し先だ。
「それで、どうする?」
依頼を受けるのか、受けないのか。
「すまない、今回はやめようと思う。もう少し考えていたいのだ」
「わかった。なら、別の奴の依頼にしよう」
「いや、アルフ殿たちだけで受けてくれ。われの為だけに依頼者を変えるというのもおかしなはなしだろう」
「しかしな」
これはゼグルドたちの為の旅だ。アルフが割を食うならばいいのだ。だが、彼らが損をするのは見逃せない。
損はさせない。何があっても。これはアルフが新人指導の旅でいつも誓っていることだ。
「良いのだ。今、ここで依頼者を変えてしまえば、われは逃げることになる。われは竜人、敵から逃げたことはない。だが、今は、少しばかり、気持ちを整理させてくれ。折り合いをつける。われもシルドクラフトの冒険者なのだ」
ゼグルドはそう言った。
「…………そうか……わかった。お前の意思は尊重しよう。もし、来れそうなら来てくれ」
「応」
その後アルフはガルネクの自宅に戻り、この件は一旦終わりとなった。その後は、仕事と本祭の話だ。
「それじゃあ、今回の責任者はスターゼル、お前だ」
「我輩であるか?」
「ああ、お前だ。それじゃあ、まず依頼主に会った時にすることを一つずつやってみろ」
「ふっ、任せろである。で、エーファなんであったか?」
任せろと言ってこれである。やはりスターゼルはスターゼルだ。
「まずは依頼内容の確認でございますよ」
「おお、では話すが良いぞ」
「なんで、お前はそんなに偉そうなんだよ」
偉そうな言い方にガルネクは怒りもせずににこやかに依頼内容を話してくれる。
「みなさんに依頼したいのは護衛です。あとは迷宮内でのサポートその他全般です。費用は全てこちらで持ちましょう」
鉱山夫は迷宮の中などは門外漢だ。そのサポートを含めて魔物から守るのは本祭における護衛依頼としては典型的なものだ。
またそれにかかる費用ももってくるというのならば実に気前が良い。
「報酬はどうなるのでございますか?」
「三日間中で過ごすので、みなさんが見つけた鉱石は全てみなさんのものにしてよいです。それが報酬となります」
回収して最終的な稼ぎの何割かを払うというのが普通だが、そうではなく自分で拾ったらそれだけ報酬が増えるというのは本当に気前が良い。
三日間外に出ることなく迷宮の中で過ごすのは大変だが、いればいるほど稼げるので良いだろう。迷宮に慣らすのにもちょうどいい。
「わかりました。謹んでお受けするでございます」
「よろしくお願いします」
「さて、なら準備にしようか」
その後、ガルネクを伴いアルフの案内で迷宮の中で必要となる準備を整えていく。食糧もそうであるが、アルフが重視したのは水だ。
鉱山の中に水源はない。そのため三日分の水は持って入らねばならない。食糧はなくても三日ならばどうにかなるが、水がないとどうしようもない。
水を買い込み、皮袋に詰め込んでポーチの中へ。今回は収納魔法具を持っているアルフが水を持つ。迷宮の中ではなるべく装備は軽くしておくのが定石だ。
それらを買い込んだ後、
「ガルネク、教会の方へは?」
「いえ、まだです。それもあなた方にお願いしようかと」
「……なるほど。わかった。なら行ってこよう」
「? なんでございます?」
「説明したろ。魔物が出てくる孔を封印するためにシスターがいるんだ。祭ではシスター連れてないと面倒なことになるからな」
「ああ、道理で一人分多く水を買ったのでございますね」
「そういうことだ。お前たちは先に戻って荷物の準備をしておいてくれ」
大荷物を抱えたまま教会に行くわけにもいかない。了承したエーファたちはガルネクと共に宿に戻って行った。
アルフは教会区へ向かい武術神オーニソガラムの教会を訪ねる。入口で銅貨を杯の中に入れて教会の中へ足を踏み入れれば、街に来たばかりの頃に会った軽装の戦闘衣装のような僧衣を身にまとった教会のシスターがアルフが入って来たのを見て近づいてきた。
「またお会いしましたね冒険者の御方」
「どうも」
「今回はどのようなご用件で? お手合わせならばいつでもお相手致しますが」
「あなたとの手合せは魅力的だが依頼だな」
「であれば、鉱山夫の方と渡りが付いたのですか。ならば次は聖職者と」
アルフが頷く。
「では、私が行きましょう。法剣と弓の扱いならばお任せを。術の方も問題なくできますので」
「そいつは助かる。俺はアルフだ」
「シスター・リネアと申します。リネアとお呼び下さい」
「そんじゃ明日から頼む。三日間迷宮に潜りっぱなしだが大丈夫か?」
「ええ、問題はございません。これもまたオーニソガラムの試練として受け入れます」
こうして祭の準備は整った。明日は本祭。冒険者と鉱山夫、そして貴族の祭が始まる――。
祭についての説明と貴族の黒さと地味に教会の権威のでかさがわかる回。
この時代は教会が最強です。実際に神が存在する為他国にまたがって伝えられている為、その信者の数が尋常ではないので国のトップだろうと大貴族だろうと早々対立できないということ。
貴族についてはこれ以上は出てこないと思います。アルフの物語は一般人の物語なので、どうやったって彼が貴族社会という魔窟の中に入ることはできませんし、理解することもできませんので。
そこらへんはまた別の貴族の主人公の話で語ることにします。貴族社会、仄暗いどころか真っ暗ですよ。
いつか貴族の話も書きたいですね。平民は一切登場しないだろうけど。更に言えば戦記みたいなことになる気がしますね。
一応構想している主人公は光属性的主人公ですね。アルスラーン王子とかそっちら辺。
まあ、それはある中が終わった時の話です。そういうわけでまた次回。