第3話 竜舞姫
相席となったドワーフはガルネクと言った。まだまだ若いとは言えどやはりそこはドワーフらしく酒豪であり、じゃんじゃんと酒を呷る。
アルフもそれと同じくらい酒を飲みまくってガルネクが感心しているところで、酒場の客がその様相に気が付いたらしい。
誰かが言った。
「飲み比べしたらどっちが勝つんだ?」
さて、こう言われてしまったからには酒豪のドワーフは黙ってはいられない。興の乗った酒場のマスターが奥から大樽をドンッ! と取り出してくる。
盛大な俺の奢りと言って、店中の客を巻き込んで飲み比べ勝負と行くらしい。実に祭らしい騒がしくも楽しい雰囲気。
アルフもまた、ただ酒が飲めるとあれば参加しない道理などなく。満場一致で全員参加することになった。全員が全員大樽にジョッキを突っ込んでがぶ飲みだ。
やんややんやの大騒ぎ。給仕のケンタウロスが応援し、騒ぎを聞きつけてやって来た野次馬たちが賭けを始めだした。
否応なく盛り上がって行く場。一人、一人と酩酊して倒れていく客たち。結局、最後に残ったのはアルフとガルネクで、最終的には店の酒がなくなってお開きとなった。
店の中は相当な荒れようで給仕のケンタウロスが楽しそうに人間を箒で外に掃き出している。マスターも楽しませてもらったぜとアルフらを称えた。
人間なのにドワーフと同じくらい飲んだアルフは少しの間ここで伝説となるが、あまり関係のない話である。
そういうわけで外に出てみれば、既に朝であり霧がかかっていて階層都市はその全貌を隠している。
「んじゃ、俺は下に仲間がいるからもう行くわ」
「ええ、楽しかったですな。おいらはここらなのででは」
そう言って別れた。別れた後でアルフはなんで上層にドワーフがいるのかという疑問を思い出したが既に遅くガルネクは霧のかかった通りに消えるところである。
「まあ、良いか」
何か縁があればまた会えるだろう。おそらく、また会えるという謎の直感を感じながらアルフは朝の涼しく爽やかな空気を感じながら宿屋へと戻る為に通りを歩く。
懐は銀貨がざっくざくだ。自分に賭けて正解だったなと思いながら鼻歌交じりに階段を降りてくのであった。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「おーっす、帰ったぞ」
下層の宿屋に帰る頃には丁度良い感じの時間でエーファ達も起き出していた。
「アルフ殿おかえり」
「随分と楽しんだようであるな」
「まあな」
「朝帰りとは、娼館にでも行っていたのでございます?」
「いや、酒場で飲んでた」
昨日の顛末を少しばかり話してから宿屋を出る。食事を売っている露店から朝食になるものを買ってから歩きつつ食べて依頼されている支店の掃除へと向かう。
上層の一角にその支店はあった。イーランド商会を示す看板が掲げられてはいるものの、荒れ放題と言った風情。
「やれやれだな」
地面はドワーフの技術で作られた人工的な石畳であるから雑草などを抜かなくても良いが、どうやら面倒なことになっているらしい。
中から魔物の気配多数。それほど強い魔物ではない。坑道ネズミと呼ばれる類の魔物だろう。坑道に住みつく魔物で、よく鉱山都市に紛れ込むのだ。
「どうするアルフ殿?」
気配を察してゼグルドがアルフに聞いてくる。
「駆除だな。駆除して、入ってきた穴をふさぐ。さっさと終わらせて祭に繰り出すとしようや」
お祭り騒ぎは今も聞こえている。さっさと終わらせてそちらに行くに限る。三階建てだったな。結構でかい建物だ割り振りを決めるぞ。一階はゼグルド、お前だ」
「わかった」
「二階はスターゼル、頼んだ」
「ふっ、任されよう。我輩の素晴らしい魔法を見せつけてやるである」
「魔法使うなよ。壊したら弁償だ」
「弁償は勘弁である。もう我輩弁償と言う言葉聞きたくないである」
「だったらほどほどにな。三階は俺がやる。エーファは屋根裏だ」
「了解でございます」
んじゃ、さっさと終わらせて掃除して祭に行こうぜということでアルフらはネズミ駆除に繰り出したのであった。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
一直線に街を縦断する通り。坂と階段が続くものの踊り場や広場となる場所では多くの露店で賑わいを見せている。
掃除と魔物の駆除を無事に終わらせたアルフら一行は祭へと繰り出していた。お祭り騒ぎとはまさにこのこと。どこもかしこも昼間っから騒ぎっぱなしだ。
「さて、何から見ていくかね」
「芸人の一座が来ているらしいでございます。私見てみたいでございます!」
「サーカスか」
エーファが指差す方には大きな天幕が見える。その色は何やら派手なもので中からは楽しそうな声が聞こえてくる。
普段ならばそれに賛同もしただろうが、アルフは天幕をみて固まった。
「そ、それも良いますが、とりあえず端から端まで行ってみようと思うのですがどうだろうか?」
まずは何があるのかを見てから。夜も見たが、夜と昼ではそこにあるものが違う。とそう言ってアルフはサーカスから視線を逸らさせる。
そういう時、何かしら不味いことがある時のアルフはとても丁寧な口調になるのだ。そんなわかりやすい兆候はスターゼルならばともかくエーファは見逃さない。
「アルフ様、何か不味いことでもあるのでございますか?」
「い゛、い、いや」
「ならば行っても問題ないのではないのではございませんか?」
「し、しかしな」
「ほら、ゼグルド様も行きたいと言っておられます、ね?」
「おう! 行ってみたいぞ!」
「…………」
わかった、降参、と項垂れるアルフ。四人はエーファを先頭にサーカスの天幕へと入って行く。
「うわあ!」
そこで行われていたのは魔物を使った曲芸だった。様々な、多種多様な魔物が芸をしている。火の輪潜りや綱渡りなどなど。
それだけでなく見たこともないような巨大な七色に輝く竜が大人しく座っていて、その鱗の輝きを見せつけていた。
「凄いでございますね!」
「ああ、そうだな……」
アルフはそれらを見て青い顔をしていた。表情は暗い。
「? どうしたでございますか? アルフ様?」
適当に座った席で小さくなるアルフにエーファが問う。
「いや、頼む、ここでは俺の名はあまり出さないでくれ」
「何かあるのでございますか?」
「竜舞姫って話したろ?」
「はい、シルドクラフトの王国級冒険者でございますよね」
魔物使いという珍しい冒険者だとアルフから聞いた。もちろん、アルフの弟子であることも聞いている。
詳しいことは聞いていないが、竜舞姫ということからかなりきれいな人なのだろうと予想していた。
「ああ、これはそいつの天幕なんだよ」
「おお! なら会えるのでございますか!」
「それは興味がある。さぞ美しいのだろうな」
「む、旦那様、みっともなく鼻の下を伸ばさないで欲しいで御座います」
はは、それならよかったんだけどね、とアルフ。しかし、二人には届かない。
「ともかく、俺の名前はここでは――」
「あらん、アルフさんじゃなーい。久しぶりねん♪」
振り返ったエーファに見えたのはひらひらと舞う長いスカートだった。ロングのスカートはどこかの貴族の淑女が来ているかのようにゆれる可愛らしくも綺麗さを引き出すだろう服装。
それだけを見れば何とも美しい貴族の令嬢でもいるのだろうかと思う。だが、その次に否応なく目に入るのは、
「ヴぇ!?」
それらをぎちぎちむちむちと押し上げる、実戦的に細くしなやかでありながら頑強に鍛えているアルフとは違う魅せるために鍛えたというべき分厚い筋肉だった。
そう、そこにいたのは化け物としか形容できない存在。そんなものがこの世にいて良いのかと思うほどの異形だった。
一言で表現するならば筋肉達磨で女性物の服を着た男。そう、女の恰好をした筋骨隆々の男だ。それがくねくねうねうねとしながら立っていた。
見る物全てに怖気と吐き気を巻き起こすそれは、厚化粧で野太い声でアルフを呼ぶ。そこに何やらハートが飛んでいる気がしないでもない。
「き、きゃああああああああああ!?」
悲鳴をあげている最中エーファは理解した。アルフがここに来たくなかった理由を。これを見てしまえば、誰でもそう思うだろう。こんなもの目に入れたくない。
観客にしても目を合わせないようにしているというか、執拗に視界から外そうとしている。この男が竜舞姫? なんの冗談だ。
スターゼルは気絶。ゼグルドは、なんだ、これと言った表情。唖然としている。アルフはあーあー、やっぱりと言った表情。
「お祭りだものねぇ、アルフさんも来るわよねん♪」
「背後に立つなよ気持ち悪い」
「良いじゃない。それにしても、この子たち可愛らしいわぁ♪」
「う、うわあ~」
エーファがねっとりとした動きでアルフに迫る竜舞姫を見て声を上げる。
「それでぇ、この子たちが新しいお弟子さんたちぃ♪ 本当、可愛いわねぇ。特に、そこの金髪。良いぁ」
「ひぃいいいいい」
悪寒を感じて飛び起きたスターゼルが脱兎のごとく後方へ前進し始めた。しかし、
「あらん、どうしたの?」
「ごぶふぉあ」
目の前に現れる筋肉の壁。アルフの真似と称して鍛え上げはしたが、もっぱら魅せるためのそれになっている無駄な筋肉が熱気を放つ。それと共に芳しい香りを放ってくるのが苛立たしいというか気持ち悪い。
再びスターゼルが泡を拭いて倒れる。それほどの衝撃。冒険者としてそれなりの経験を積んできたと思ってはいたが、この衝撃は何よりも強い。
なにせ、シルドクラフトの王国級冒険者のほとんどがこれを直視しようとしないのだから相当だろう。よく数か月もこのリーゼンベルクを一緒に旅で来たものだとアルフは思う。
まあ、最初は割合ましというか、今では考えられないような状態だったので本当どうしてこうなってしまったのかと頭を悩ますばかりだ。
「あー、とりあえず久しぶりだな、リーン」
「ふふん、アルフさんも元気そうでなによりだわぁ」
「お前も……相変わらずで元気そうだな」
「ええ、アルフさんに教えてもらったことを実践して、きちんと頑張っているわぁ」
「それは、何よりだよ」
「それよりぃ、アルフさんはまだ結婚はしてないわよねぇ?」
「……ああ、だが、今はそんなことは考えてねえよ」
機先を制す意味合いも兼ねてアルフはそうリーンに告げた。
「もうぅ、相変わらずねぇ」
良い子(男)紹介してあげようかと思ったのに、と一言一言区切って言う様は鳥肌が立つが、それでも言わなければならない。割合尊敬されているしまともではあるのだが、外見と中身が凄まじい。
どうしてこうなったのかは不明である。いつの間にかこうなっていたとしか言いようがない。
そんなではあるが、悪い奴ではないのだ。むしろ、割と、そう割とアルフの弟子たちの中ではまともな部類なのだ。
残りの要素が本当に酷いのだが。
「それで、公演は終わりか?」
「そうよん。これから祭を回ろうと思っているのよぉ」
「そうか。なら一緒に回らねえか?」
割と酷い相手ではあるが、ここで出会ったのも何かの縁だ。ここで別れてみて回ろうと言ったとしてもどうせついて来るのである。それもねっとりと。
ならば、先に提案しておいて自分の目のつく所に置いておいた方が安全なのである。
「あらん、良いわねえ。それじゃあ、御言葉に甘えてあたしも行くとするわあ」
「ま、まことか!? こ、こんなものと!?」
「だ、旦那様!」
スターゼルをたしなめるように声を上げるエーファではあるものの、内心は同じ気分。筋骨隆々の男が女の服を着て女のしぐさをしているのだ。
野太い声で甘い声を出す。その破壊力はあのバジリスクに匹敵すると言っても過言ではないだろう。そんな破壊力満載の存在と一緒に祭を見て回る。何の冗談だろうか。
「うふふ、みんなあたしの後輩でしょう? ならぁ、祭ではなんでもおごっちゃうわよぉん」
「ぜひ、一緒にいくでございますリーン様! 旦那様!」
「え、いや――」
「だ・ん・な・さ・ま」
にこりと恐ろしい笑みをスターゼルに向ける。
「よ、よよよよよ、よぉおおおし、我輩是非ともエスコートしたくなったでででである!」
「…………」
いつの間にやら貧乏生活ですっかり金に汚くなってしまった元貴族の従者。良いことかと言われれば微妙であるが、まあ本人たちが良いと言っているなら良いのだろう。
それよりも黙ったままのゼグルドは大丈夫なのだろうか。
「さっきから黙っているがどうかしたか?」
「う、うむぅ、い、いやな、アルフ殿、この御仁は女なのか、男なのか?」
「考えない方が楽だぞ」
「そ、そうしよう」
ともかくとして、リーンと一緒に祭を回ることになった。坂になった通りを歩きつつ、屋台やら芸人らが騒いでいるのを見ていく。
鉱山の街だけあって細工師が多くいるため装飾品などが多く出回っている。そのほとんどが街に住む女用であったりするので冒険者にとっては強度が足りずあまり向いていないものばかりであるが、その輝きは見ているだけでも面白い。
中には冒険者用のアクセサリーというものがある。魔石を用いたものであり、様々な恩恵を装備者に与えるものだ。アルフも一応いくつか持っている。
魔法具の一種であり、あまり一般的ではなく普及し始めたばかりだが、ドワーフが多いここでは昔からの馴染のあるものでしかない。
効果はやはり高いものは良いが安いものもそれなりに効果がある。以前レクスントでベルナットが売っていた魔除けと似たようなものだ。
「綺麗でございますね」
「ふん、我輩が持っている宝石類の方が綺麗である」
「旦那様、それらは全て売却しているでございますよ」
「ぐぬぬ」
「あらん、スターゼルちゃんって元お貴族様なのぉ?」
「聞いて驚くである。我輩は、シュバーミット――」
「ただの没落貴族。それも最下級の男爵でございます。そこまで誇ることもないでございます」
「あらん、ますますいい男じゃない」
ぞわわわ、と悪寒がその背中を駆け上がるスターゼル。全力で後方に戦略的撤退をしたいが、エーファによってマントを掴まれている為に逃げられない。
「現在再興の為に冒険者やって金溜めてるんだってよ」
「あらん、ますます素敵。あたし、支援しちゃおっかしら」
ウインクと共にハートが飛ぶ。全力で逃げるスターゼル。もはや、後方への戦略的撤退だとか貴族の矜持だとかそんなものどうでも良く今はこの化け物から逃れることが最優先だった。
だが、それを逃がさないのが貴族の従者であるエーファの仕事である。御家復興の為ならば主人には泥でも啜ってもらおう。そんな覚悟である。
「うおおお、えーふぁあああああ離すであーああああああるるううう!!」
「駄目でございます、旦那様! これもお家復興の為。旦那様の身一つでお家が復興するならば本望で御座いましょう!」
「いや、我輩が居なくては家も何もないであああああるううううう!」
「大丈夫でございます! きちんと愛人もご用意するので子孫繁栄には問題ないでございます! シュバーミット家の礎でございます!」
「いやであるううううう!!」
「あらん、仲がいい主従なのねえ」
「いや、そういうわけじゃねえだろ」
アルフは目の前の惨状に苦笑いだ。自分から興味が離れているのでスターゼルには悪いが、このままこれを止める気はない。
逃げる主人に、追う従者。勿論即座に捕まって連れ戻されるスターゼル。エーファはスターゼルに対してのみなぜか、戦闘力が高くなる。実に不思議だ。
「う、うむ、リーン殿は凄いんだな」
「いろんな意味でな」
「テイマーと聞いたが、リーン殿本体も強そうだ」
「そりゃ王国級の冒険者だ。本人も強いに決まっている。そもそも竜を従えられる時点で竜以上に強くなくちゃならねえからな」
なるほどな、とゼグルドが頷く。
「しかし、あれは止めなくても良いのか? とても騒がしいとわれは思うのだが」
そのあたりを盛大に走り回るスターゼルに追いかけるエーファ。そして、それを応援する女の服を着た尾筋骨隆々の大男。
祭らしい光景だ。周りの連中も楽しんでいる。
「まあ、祭だしな。騒がしくてなんぼっていうくらいだ。あれもまた楽しいって連中がいる。衛兵が来ない限り大丈夫だろ」
「き、来てないか? あれ」
「ん?」
見れば人垣をかき分けてやってくる赤い衛兵服。
「まずい! おい、お前らやめて逃げろ! 衛兵が来たぞおい!」
そう言ってアルフは人ごみに消える。この時期の衛兵に捕まると非常に面倒くさい。特に何もしていないが、過敏になっている衛兵に話は通じない。
特に冒険者という奴を毛嫌いしているのだ衛兵というのは。そりゃ問題を引き起こしてばかりの冒険者共は気に入らんだろう。
ゆえに、そそくさとアルフは逃げた。勿論、その言葉にいち早く行動するのが弟子であったリーンだ。すかさずエーファとスターゼルを無駄に良い匂いのする脇に抱えると跳躍して通りを一つ越えてしまう。
まるで翼が生えているかのような跳躍。誰もが彼に翼を幻視したが、リーンを見た奴はもれなく例外なく吐き気を催しそのあたりに吐いていた。
運悪くスカートの中なんて見た奴は、その場で泡吹いて倒れてぴくりとも動かなくなってしまったほどだ。凄まじい破壊力である。
ちなみに、抱えられた時点でスターゼルは気絶。エーファもまた、跳躍している最中に色々と容量オーバーで気絶していた。
ゼグルドもすっかり慣れたのか言動ではおどおどとしつつも身体はしっかりと動いていた。目立つ体躯を裏路地に隠しながら穏行。
覇気を別方向に流して陽動としている間にその場を離脱しアルフと合流した。
「さて、撒いたな」
「うむ、問題はないぞ。どうだ、われもうまくできるようになった」
「おーおーうまくなったじゃねえか。まあ、覇気流した場所がだいぶ酷い有様だが」
運悪く覇気を流された場所にいた奴らももれなく気絶だ。まあ、最初から騒ぎまわっていたのでどの道、どこかで寝落ちと言う名の気絶していたのは確実なのでそれが早まっただけのことではあるがご愁傷様だろう。
「う、うむ、それについてはすまん」
「そこらへんもっと考えるべきだったな」
と、そこにリーンがやってくる。
「アルフさーん。うふん、逃げられたわねぇ。なんだか二人とも寝ちゃって、大変だったわぁ」
そりゃ気絶しただけだろとは言わない。アルフも経験があったりするので、あれの妙な安心感と嫌悪感は知っている。
あれはまさに安心と言う意味においては天上の心地ではあるが、男だということが嫌悪感を助長して興奮するとはアルフの弟子である剣聖ランドルフの言葉だ。
「とりあえず、あまり騒ぎすぎるなよ」
「うふ、心得てるわ」
「さて、それじゃあ――」
「おい、サン・リーン!」
とそこにリーンを呼ぶ険しい声が飛んでくる。リーンはやれやれと言った表情で、スターゼルとエーファをゼグルドへと渡してそちらへと振り返っていた。
アルフもそちらを見るとそこには商人らしき男が立っていた。ただ商人らしき恰好と匂いをさせているだけで、中身はなよなよした印象を受ける。
「(ゴラン・ザブレドス、サブレドス商会の若様よ。あたしの雇い主でもあるの)」
そうリーンがアルフへと耳打ちする。
「(なるほど、御曹司様ね)」
「(そうなのぉ、酷い男なのよぉ。普通の恰好をしろって言ってくるのよ。普通の恰好しているのに)」
「(それには果てしなく同意したいが、まあいい。ということはお前も潜るのか)」
「(そうよ)」
「おい、サン・リーン! 僕の言葉にはすぐに返事をするようにとさっきから言っているだろう! それと、もうすぐ本祭が始まるんだ。こんなところで時間を無駄にできないって言っただろう!」
そう声を荒げるゴラン。それにリーンはまったく悪びれた様子もなく、
「あらん、ごめんなさいねえ。お祭りでツイ、ね」
許して、とウインクと投げキッスを送るリーン。それを躱して青い顔になるゴラン。それでも、無様に気絶しなかったのはプライドのせいだろうか。
しばらくぷるぷると震えていたが、すぐに持ち直して、
「いいか、あの賞品は必ず僕が手に入れるんだ。そのためにお前を雇ったんだからな!」
「わかってるわよぉ。言われなくても、依頼された仕事はやるわよぉ」
「わかってるなら行くぞ!」
「はいはい」
そう言いながらずんずんと歩いていくゴラン。ごめんなさいね、とアルフに謝ってリーンはゴランを追って行った。
「また典型的な奴だったなありゃ」
「賞品ってなんだろうなアルフ殿?」
「さて、賞品ねえ」
そこらにいた人を捕まえて聞いてみれば、中央広場に行けばわかるという。
「中央広場か」
上層の中央広場。城下であり城門と奇怪なドワーフ製の城の目の前。彫像が置かれたそこには今、たくさんの人が群がっていた。
ゼグルドの威圧感を利用して人垣をかき分けて前に出るとそこにあったのは檻だ。鋼鉄の檻がそこには多かれていた。
つまり商品とは奴隷ということになる。奴隷がこういった催しの賞品になることは珍しい。戦があった時代は貴族奴隷なども珍しくはなく特に見目麗しい貴族の令嬢などがこういった催しの賞品になることがよくあったという。
まさか今の時代に貴族を奴隷にできるような奴隷商人はいない。そうなると、異種族になるのだろう。よほど珍しい種族が奴隷になったとアルフは予測する。
可能性が高いとすれば獣人だろう。獣人の中でも翼種は特に商品価値が高いため賞品となるかもしれない。
「――おい、ウソだろ」
だが、そんなアルフの予想を超えたものがそこにはいた。
「エルフ、だと」
黄金に煌めく金糸の髪は貴族の令嬢が霞むほどの美しく風に揺れるだけで竪琴のようにさらさらとした音色を奏でている。
深く、深く何よりも深い青は空か、水のようであり覗きこむ全てを魅了するかのような澄み切った穢れのない瞳。
見ただけで瑞々しさが分かる白玉の如き肌は、傷一つなく光を浴びて光を蓄えているかのよう。薄く色を帯びた肌色はまさにどのような画家が目指そうとしても到達不可能な色の芸術だった。
そんな彼女が身に纏うのは煌びやかな装飾と薄く軽くどこか気品ともに扇情的な服装。だが、下卑たものまったくと言ってよいほど感じさせずまるで王族の法衣とでも言わんばかりだった。
湧き上がる魔力は清廉でまるで森の中にいるかのように感じる。それほどまでに澄み渡った魔力を感じたのは二度目。
圧倒的な魔力量ながらまるで人に害をなさないのはエルフの気質が成せる業なのか。もはや感動すら覚える領域だ。
そう、そこにいたのはエルフ。生きた芸術とすら形容される美の種族。森の妖精とも呼ばれる気高き人類だった。
そして、気が付けば五体投地している。見ていた人間は全て五体投地していた。
お久しぶりです。お騒がせしました。体調不良も回復し、更新を再開して行こうと思います。
中々難産中のためどれくらい定期更新ができるかはわかりませんが、なるべく頑張って行きたいと思います。
とか思ってたらそう言えば私今日、誕生日です。また一歳、年を取ってしまった。
体調不良とかしてたし、健康に気を付けて生活したいと思います。とりあえず早朝ランニングと筋トレを早々に再開せねば。
それからアニメ血界戦線、面白いですね。世界観とか好きです。あんな雰囲気の小説が書けるといいなと思う次第。OPとEDがとても良いです。
では、また次回。