第2話 鉱山の街ラグエント
走竜車に乗った。乗ってしまったという事実。楽観的であったのは最初だけ。積載された荷物と共に荷車に乗り込んだことをアルフを除いた一行は早々に後悔していた。
揺れる、揺れる、揺れる。右へ、左へ。縦に、横に。上に下に。とにかく揺れる。整備された街道を走っているというのに、がたがたと走竜車の荷車は揺れ続けた。
小石でもあろうものならば容易く荷車は宙へと浮き上がり、そしてすぐに地面に落ちる。その際に叩き付けられるような衝撃を受けるのだ。
それが並大抵のものではない。冒険者として短い期間ではあるが研鑽を積んだ者らとしてもその衝撃はいかんともしがたい。
むしろ、別ベクトルともいえる衝撃に人間二人はダウンしていた。ゼグルドはさすがの竜人ということもあって動じていないが狭い荷車の中というのが堪えるようだ。
だが、そうやって半日も揺られていれば目的地へと到着できる。近づいてきて感じるのは火の匂い。それと鉄などの鉱山特有の匂いと塵臭さ。
ほどなくして走竜車は惰性での運行となり、完全に止まる。日暮れ前になんとかラグエントまで辿り着けたのだ。
ちょうどよい時間にアルフは笑みを浮かべる。これからが祭が起きる街の本番だ。未だ本祭は始まっていないというのに、城門の外まで活気あふれる笑い声が響いてくる。
「着いたぞ、お前ら降りろ」
アルフが荷車から降りながら身体を伸ばす。それにしたがってゼグルドが降りてきて、気分悪そうなスターゼルが降りた。そして、エーファが飛び降りるように茂みに走って行く。
聞こえるのは嘔吐く息遣いと吐瀉物を撒き散らす音。おおよそ年頃の少女が出して良いようなものではないが仕方がないというものだ。
しばらくして戻ってきたエーファは顔面蒼白のふらふらだった。
「うぅ、もう二度と乗らないでございます」
「それはわからんぞ、人生何があるかわからんからな」
本当人生何があるかわからない。
「さて、さっさと入るぞ。今逃すと野宿だからな」
そう言ってアルフ一行は衛兵の前の列に並ぶ。数人冒険者がいるがたいてい大声で話していたりするが今はおとなしい。
なにせ、衛兵の機嫌がすこぶる悪いのだ。人が集まればそれだけ雑事が増える。厄介ごともそうであるし、何より冒険者という連中は大抵の場合血の気が多い。
喧嘩上等な連中などであれば酒場で喧嘩など日常茶飯事。それを止めるのはいつだって衛兵であるし、冒険者を止めるとなるとそれなりに大変だ。
そういうこともあって、衛兵は冒険者を毛嫌いしている。特に祭ともあって騒ぐやつが多いのだろう。衛兵からは剣呑な雰囲気が漂ってきていた。
冒険者はそういった雰囲気には敏感だ。衛兵の心情一つで街に入れるかが決まるとあれば、あるいは街での行動の自由だとか安全につながるのであれば大人しくもするというものだ。
そういうわけでアルフらの番となる。
「いいか、冒険者。祭とはいえ、お前たちが何をしてよいということはないのだ。許されることはない。問題を起こせばその場で首を切ることもありえる。良いか、死にたくないのならば大人しくしていることだ冒険者。お前たちが暴れてよいのは、街の外と今の鉱山の中だけだ。いいな!」
そう厳しい口調で、厳しい声で半ば叱責の領域の言い方であったがアルフは、
「ええ、そいつはもう重々承知していますよ」
と悪くもないのに頭を下げる。さも恐縮してますよとでもいう風に。これも処世術の一つ。目の前の人物が悪くもないのに頭を何度も下げるというのはふつうの感性を持っているならば相手も恐縮する。
だからか少しばかり多めの税を払い奥へ進む段になってそれでも頭を下げているアルフにその衛兵は少しばかりやわらかい口調で、
「そんなに頭を下げないでくれ冒険者。別に誰も彼もを疑っているわけではない。だが、何ぶん最近は冒険者が問題を起こす輩多くてな。釘は出る前に打たねばならない。お前ばかりということではないのだ。お前も祭に参加するのだろう? 武運と稼ぎを祈っている」
そういった。このようなフォローができるのは良い衛兵だ。領主手つきの鉱山になると言えば、衛兵も厳しくなる。心象は良くしておくに限るのだ。何かあった際少しばかり口をきいてくれるようになるのだ。だからこそ、アルフも笑顔で礼を言って跳ね橋を渡りラグエントの街へと入る。
街の外からでも聞こえていた喧噪は大きくなり、風にのって酒気を感じることが出来た。また、街灯に照らされた通りはどこか幻想的でもある。
通りにまでテーブルを出した酒場での騒ぎも最高潮。どこからともなく聞こえてくる弦楽器や太鼓の音による八分の六拍子のアップテンポで奏でられる曲は今にも踊りだしてしまいそうになるほどに陽気であった。
すれ違うのは全て人間と獣人。この街はドワーフが多いことでも有名であるが道行く人にドワーフが混じっていることはない。
鉱山夫が一番多く、次に商人だろうか。それから冒険者らしき者も多い。皆、祭目当てなのか目をぎらぎらとさせている。
領主の館は街の一番高いところにあり城館としての体を成している。らせん構造をした城壁はドワーフ製なのだろう。
「何度来てもここは凄まじいな」
しかし、路地裏や狭い通りでは見えないところで人の気を狂わせるミシレスが出回っていたり恐喝なども行われている。
人が多くにぎやかなことは結構であるがその分だけ、悪事を働く者もいるということは嘆かわしいことだった。
それでもこの賑わいはいつものリーゼンベルク以上ともあってエーファやゼグルドの気分は高揚している。
「おお、すごいな!」
「凄いでございます、うぷ」
そんな感じに目を輝かせるが、酒のにおいがきつすぎるのかエーファは口を押えていた。
「はは、まあ楽しげなのは間違いないわな。まずは今日の宿を探さないとな。明日からはアルバートの奴の支店を掃除したら裏の方にある建物は使っていいと言っていたからな。まさか、掃除してないほこりまみれの場所で寝るわけにもいかんだろ。ほれ、行くぞ」
祭で人がにぎわっている。空いている場所があれば良いのだが、向かうならば下層だろうか。そう考えながら街に多い階段を下りていく。
このラグエントはとても面白い構造をしている。山の麓に掘られた穴の壁面に段々畑のごとく階層構造で街が作られているのだ。
それ故に階層をつなげる階段を下りる時に下の階層の全景を見ることができる。ランタンの淡い光が照らす街はどこか黄昏時のようでもあった。
階段を下りていけば、騒ぎの声に乗ってさまざまな音が聞こえ陽気な気分にさせられだろう。そんな音楽もそうであるが、一番多いのはトンテンカン。
トンテンカン、トンテンカン。
金槌の音が響き、炎の燃える音がする。工房が多い証拠だ。鳴り響く金槌の音は美しく職人の腕が良いことがわかる。
連なる低い建物には例外なく煙突があり、煙が上がっていた。上層と異なり淡いランタンの灯りに照らされた街は淡く輝き、煌びやかな通りはいっそう輝いている。
街に入れば、上層との違いに気が付くだろう。すれ違う人の種類が変わる。人間はそのままであるが、獣人が減りドワーフがそのほとんどを占めるようになっていた。
「ドワーフが多いでございますね」
「まあ、そりゃ下に来たからな」
ドワーフは大地を尊ぶ。彼らは最初のドワーフが生まれた地下を好む為、地上よりも下に行くほどドワーフが増える。
また、下に行けばいくほどドワーフの中でも高い地位を持つ者が増えていくのだ。
「ドワーフにとって地上は住む場所じゃないってこった」
「なるほど」
「このような場所に住むなど良く考える。信じられんであるな」
「まあ、貴族なんて連中は上にいたがるからな」
ドワーフと貴族なんて正反対のような存在だろう。上を目指す貴族と下を目指すドワーフ。どうあがいたって交わることがない。
通りに降りて進むは更に下だ。だが、ドワーフの多い階層であることを考えれば当然のことが起きる。
「なんでございますか、これは?!」
「おお、凄いな、凄いなー!」
「うおおおお、我輩、これ欲しいである!」
ドワーフの工房の軒先に不用心に置かれた多くの何に使うのかもわからない機械たち。アルフですら何に使うのかわからないものもあるが、総じてドワーフの作品であることはわかる。
歯車にシリンダ、ピストン。そんなものはドワーフ以外には作れない。何かの部品か、あるいは機械そのものか。
それすらもわからないが、見ているだけでも輝くほどに綺麗であり機能美にあふれたそれは見る者を惹きつける。
エーファやゼグルド、スターゼルは初めてこの街に来た。そういった者は皆、この手の機械に目を奪われて目的地まで中々行けなくなるのだ。その様子にアルフは苦笑する。
「見ていきますか?」
ふと、丁寧な物腰の言葉が店先で機械を眺めまわしていた三人にかけられる。ドワーフではなく人間の青年だ。
皮の丈夫なエプロン姿の青年は身体の至る所に煤汚れをつけている。手は太くマメの痕が多く見られた。彼もまた職人なのだろう。
柔らかく笑う青年は、頷く三人を店の中に案内する。やれやれと思いながらもアルフも続く。アルフとて興味がないわけではないのだ。
「で、店先のあれはなんなんだ? 魔法具か?」
「いいえ、違います。あれは、僕の案で師匠たちが作った燃える石で動く機械です。色々できますよ。結構前から作ってますけど、師匠たちが結構遊んじゃってて凄いことになってますよ」
「燃える石か。鉱山で出る屑石だろ?」
「ええ、そうです。冒険者の方でしたか。博識ですね」
そう柔和に笑う青年。
「この機械は魔力がなくても動きます。魔石ほど希少なものを使いませんし、燃える石は屑石で鉱山で探せば幾らでもありますからね。将来的には、魔力を使えない一般の人でも気軽に使える機械になればいいなと思っています」
「「「ほぉ~」」」
青年の説明に三人はそろって声をあげる。それに青年もくすりと笑って、
「動くところ見ますか?」
「ぜひ!」
「見るぞ!」
「我輩が見てやるのであーる!」
では、こちらにどうぞ、と奥へと案内される。そこにあったのは巨大な機械だ。何がどうなっているのか見るだけではわからないが巨大な構造の中には莫大な熱が封じられているのがわかる。
今は、単純に水汲み用の機械と彼は言う。このドワーフが掘ったとか天変地異で出来上がった大穴に溜まった水を汲みあげる装置。
「では、行きますよ」
燃焼室に可燃物が投げ込まれ、発生した熱気が煙管を通りボイラーの中に送り込まれる。熱気はボイラーを通り水を蒸発させて蒸気を発生させた。
発生した蒸発は過熱管を通りシリンダーへと送られ蒸気を運動エネルギーへと変換されてピストンが駆動する。
歯車が回り、鎖を撒いた丸太が音を立てて回転して巻き上げていく。それには魔力が一切絡んでおらず、この機械だけが行っているのがアルフにはわかった。何が起きているのかはまったくわからないが。
しばらくすれば、鎖が巻き取られ桶が水を運んできた。ちょびっとばかりのわずかな水。それが運ばれて来たのを見て青年は機械を止める。
「どうです?」
動くのは凄いと言わざるを得ないが微妙だった。そのため、誰も何も言わない。何か言いそうなスターゼルもエーファが口をふさいでいる。
それを見て、青年も苦笑して肩をすくめた。
「言わなくても言いたいことはわかりますよ。僕もそう思いますからね。この程度の水なら、井戸があるのでそこから水を汲んで来ればいいです。こんな機械を動かすまでもありません。何より魔法はそれ以上を可能にしますからね」
それに、この機械は水と燃料を用意し、常に監視が必要。
「ですが、魔力を使わないでやったということが大事なんです」
今の時代。貴族にしか魔法は使えない。市井の魔法使いですらあまり大っぴらに魔法の技術を教えようとはしない。
ベルによって魔法具が広まってきてはいるもののそれはかなり値段が高い上に、希少な魔石や魔力を扱える者がいなければまともに使えなかったりする。
しかし、この機械は違うと青年は言う。もっと発展すれば魔力を使えない平民でも火を自在に起こしたり、風を起こしたりが出来るかもしれない。
これはそう言った可能性なのだという。
「ドワーフの師匠たちなら色々できます。いつか、きっとこの機械で人々が豊かになる日が来る、僕はそう信じてます」
「なるほどねえ」
確かに面白い発明だ。
「まあ、頑張ってくれ」
しかし、それ以上にいう事はない。アルフには門外漢だ。冒険者として依頼があれば協力するだろうが、それを決めるのは彼であってアルフではない。
そんなことよりもまずは宿、それから酒場だ。祭に賑わう街であれば上層の方に賭博場があってもおかしくはない。久々にギャンブルとしゃれ込むのも良いだろう
青年と別れたあとは、宿屋を探し回る。祭だけあってどこもかしこも一杯だ。下層の方まで降りて探す。階層の一番下。ここまでくればドワーフばかりが目立つ。
ドワーフは背が低いため背が高いゼグルドは特に目立っていた。スターゼルはスターゼルで見上げられる感覚を楽しんでいる。そのうち調子にのってこけるだろう。
「ないな。やっぱ祭となるとなあ」
前に来た時はちょうど祭の前兆が始まる前で人が少なくなったために宿屋には困らなかったが、今はそうもいかない。しかも、ここは宿屋が少い。下層まで来てわざわざ泊まろうとするような客はいないということだ。
それでも最近の祭が近いということもあって少しでも稼ごうとしている奴はいるのか宿屋もどきや上層に店を持てなかった主人が経営している宿屋があった。
アルフらが見つけたのはその一軒だ。裏通りにひっそりと建っていた宿屋にアルフらは入った。金はかからない。
食事もないただ寝るだけの宿屋であるため今は銀の含有率があがったことで価値の上昇したオーロ銀貨一枚で事足りる。
「んじゃ、街に繰り出すとしますか」
別に宿屋に置いておいても問題がない荷物を置いて宿を出る。そこでゼグルドたちとはわかれた。各々好きなところに行けばよい。
明日から忙しくなるのは確実なので今のうちに自由を満喫しておいた方が良いと言う配慮である。なにせ、祭に参加できれば数日は坑道の中で過ごすのだ。今のうちのに遊んでおかなければならない。
まず向かうのは上層の教会。この街に冒険者ギルドはないので教会を利用することになる。そのために今から依頼と現状確認の為に向かうのだ。
上層の比較的小奇麗な通りを抜ければ教会区になる。アミュレントとは異なり城壁に阻まれるということはなく自由にはいるのは貧民で犯罪者が出来る前に人手が鉱山にとられるからだ。
意匠を凝らした教会が立ち並ぶ。特に、創作の神カランコエと建築の神ローダンセの教会勢力が強いのか一際大きく目立っていた。
逆に農耕の神シネラリアや狩猟の神バンクシアの教会は人が少ない。どこに行っても変わらないのは愛と恋の神サンピタリア、婚姻と官能の神インバチエンスの教会。
教会によって持ち込まれる依頼が異なる。例えば、カランコエの教会であれば創作の画家のモデルや年代記作家に冒険の話を聞かせるなどの依頼が持ち込まれたりするし、インバチエンスの教会には娼婦を呼びたいや、男募集などと言った話が持ち込まれる。
教会が集めたそれらの依頼はそれを解決するに足る職業ギルドに回されるのだ。教会というのは人が集まる場所であるのでそれだけ問題を聞いてほしいという輩も大勢来るのである。
冒険者の場合はどんな依頼を望むかによって行く教会を決めて直接依頼をもらうことになるのだが、手数料やらがかかる。
なにせ、鉱山の街だ。仕事はいくらでもある。鉱山夫はいつでも大歓迎。そういう場所だ。だから冒険者ギルドが出来る余地がない。
ともかくそれはさておいて、アルフが向かったのは武装した神父やシスターがいる教会。武術神オーニソガラムの教会だ。
今の時間ならば人は少なく中は空いていた。普通ならばいるはずの祈りの客もゼロ。普通の教会と違ってどいつもこいつも剣や槍で武装した武装聖職者ばかりで教会の中が物々しいのが原因だろう。
入口で銅貨を杯の中に入れて教会の中へ足を踏み入れる。軽装戦闘衣装のような僧衣を身にまとった教会のシスターが冒険者であるアルフが入ってきたのを見て近づいてきた。
「当教会に如何なご用でしょうか冒険者の御方? お手合わせならば、もう少し早い御時間にいらしていただきたいのですが」
既にミサも終わり片付けをしている時分。そんな時間にやってくる冒険者の用と言えば手合せくらいだ。本音を言えばもう少し早めに来てほしいものだが、外に出ていて帰ってきたのならば妥当な時間と言える。
そのため、強くは言わない。武装シスターとして武術を修めたシスターであるゆえ、相手の力量と主な武器くらいは、手を見ればわかる。
シスターが見る限り、色々な武装を使うようだ。中々面白い相手。武術神オーニソガラムを信仰している者としては戦ってみたいと思う。
だからシスターは手合せを強調してみたわけだが、
「いいや、手合せは今はいいです。依頼の確認をしたいのですが」
相手にそのつもりはなかったよう。少し残念に思いながらもシスターは相手の要求に応える。
「生憎と、ご紹介できるような依頼は御座いません。お祭りのおかげで人手が足りておりますゆえ冒険者が必要になるような依頼は、今は御座いません」
「やっぱりか。じゃあ、祭がいつ起こるかの情報とかあるか?」
「それならば。二、三日中には本祭が開始されるだろうと司教様が言っておられました。オーニソガラムの教会員一同、心待ちにしております」
本祭。冒険者や商人、鉱夫ならば稼ぎ時。この武装シスターや神父たちにすれば大事な仕事の時間だ。年若いシスターであるので、祭は初めてだろう。
オーニソガラムの教会一番の大仕事。それに向けてヤル気に満ち溢れている。
「なるほど、もし鉱山夫が見つかれば一緒になるかもしれんからその時はよろしく頼む」
「はい、その時はどうぞよろしくお願い致します」
そう言ってアルフはシスターと別れて教会区を抜けて目抜き通りへ。込み合った通りを歩く。そこかしこから聞こえる笑い声に騒ぐ声。
時折響く怒声は酔った男たちのもの。喧嘩も起きているようだ。にぎやかな空気にアルフは自然、笑みを作った。
向かうのは馴染の店。ここラグエントに来たら必ず寄る店だ。まだやっていればいいがと思いながら通りを歩く。
時折やってくるスリを躱し、喧嘩を吹っ掛けてきそうな血気盛んな冒険者たちの視界をするりとすり抜けて鼻歌交じりに一軒の酒場へと入る。
ドアにつけられたベルに反応して酒場の給仕が大声を上げた。
「いらっしゃーい! 好きなとこすわってー!」
年若い娘だ。ふわふわとした栗毛の可愛らしい少女がその綺麗な尾を揺らしながら蹄の音を立てて給仕している。
その背にはエール樽が括りつけられているが、まったくと言ってよいほど動じずに朗らかに給仕していた。
それを見てちょうど良く人が出て行って空いた席に座りながらアルフは、
「へえ、ケンタウロスのお嬢さんか。綺麗な尾をしてるな」
そう呟く。
そう少女は下半身が馬、上半身が人の人馬であった。平原に住む種族であるが、鉱山都市で働いているということは出稼ぎだろうか。前には見た覚えがないので最近入ったのだろう。
そんな彼女の下半身は専用の黒のショースに覆われ、上半身は給仕服。高い位置のベルトから下に広がるひらひらと後ろ側が開いたスカートは彼女が動くたびに綺麗に揺れている。それに尾が綺麗な美人さんだ。
「あら、お上手。マスター、この人にエールサービスしてやってー!」
「しゃーねえーな! ミリョンちゃんが言うならしゃーねー。俺のおごりだ!」
マスターがどどん、と飲んでいってくれよと言うと、
「お、ならオレのも奢ってくれよ」
便乗したひょうきんな男がそうマスターに言う。
「てめえは、ツケ払ってからにしやがれ!」
ちげえねえ、と酒場中で笑いが巻き起こる。
アルフは、それを見つつ呟く。
「別にそんなつもりじゃないんだがなあ」
そのつもり二割。純粋な感想七割だ。残りはちょっとした打算。種族が違うとは言え、美人で可愛らしい女の子の心象が良くなるのは男としては嬉しいものなのだ。
「人間さんに、尾を褒められたの初めてだからね。ケンタウロスの女の子は、顔なんかより尾を褒められるのが嬉しいんだよん。褒めてくれたのお客さんが初めてっさ」
「綺麗な尾なのに褒められたことねえのか。そりゃ、ここの男は見る眼がねえな」
ケンタウロスは尾を褒められることを喜ぶ。顔なんかよりも重要だ。だから、ケンタウロスに会ったらまずは尾を見てそれを褒めることから始めるのが良好な関係を築く一歩である。
「もう、そんなに褒めてもなにもでないよー」
そう言いつつも嬉しそうな給仕の女の子。はにかみつつ彼女が運んできたエールは二杯。
「一杯はマスターから、一杯は私からね」
ごゆっくりー、と言って彼女は仕事へ戻って行く。
儲けた、儲けたとほくほく顔でエールを呷る。液色は黒を残す赤茶色で呷れば適度な苦味が口の中に広がって、アルコールが喉を刺激してくれる。
それほど強い酒ではないが味は悪くない。それに合わせて適当に料理でも注文する。運ばれてきた料理を食べつつエールを呷れば、それは幸せな一時だ。
「おきゃくさーん!」
「ん?」
そうやって幸せな時間を感じていると、先ほどの給仕が声をかけてくる。
「何だ? 今夜のお誘いかな」
「んー、それは魅力的かもしれないけど残念違うかなー。相席をお願いしても良い?」
「なんだ。そりゃ残念。相席だろ? 良いぞ」
「はいはーい、御待ちのお客さんこっちねー!」
がやがやとうるさい店内に響く声に小さな返事があって対面の席に一人のドワーフが座った。若いドワーフだ。
髭がまだ黒い。歳を取ったドワーフの髭は白いからそれなりに若いことが分かる。それに、普通のドワーフよりも線が細く、少しばかり背が高い。
アルフは一つの考えに至ったがそれを別段口にすることも顔に出すこともなくそのドワーフを席に招き入れる。
「どうも。おいらが少しばかり場所を借りても良いかな?」
ドワーフ語訛りのリーゼンベルク語で彼はそう言った。
「構わんぞ、というかそう律儀に聞いてこなくてもドワーフらしく飲めばいいだろ」
「じゃあ、お言葉に甘えて」
そう言ってドワーフの酒とエールを彼は注文した。
「おごりますよ」
「ああ、そうか。ドワーフは酒場で相席になったら相手に酒を一杯奢るんだったな」
それがドワーフの習わし。酒を互いに飲み交わしてより良い関係を築こうとする意志の現れだ。
「なら、俺も一杯奢ろう」
そう言ってアルフはドワーフの酒を二杯注文する。
奢られた側はそれを返す。それもまたドワーフの習わしだ。
「おいら、驚きましたぞ。ドワーフの文化に詳しいんですな。見るからに余所の人でしょうに」
「冒険者だからな」
「ああ、なるほど」
冒険者ならば知っていてもおかしくない。
「しかし、良いのですかな? ドワーフのお酒は人間にはきついでしょうに」
「体質でね、俺は飲める。飲み交わすなら、そっちが良いだろ?」
「ですな。いや、人とこうやってドワーフの酒を飲み交わせる日が来るとは思いもしませんでしたぞ」
「だろうな、良く言われるよ」
ドワーフに出会った際はいつもそうだ。だからアルフの人脈の中で最も強固な繋がりはドワーフであったりする。
自分たちの酒を飲み交わしてくれる人間なんて、どこを探してもアルフくらいだろう。王国級冒険者ですら厳しいのだから。
そんなことを話している間に注文が運ばれてくる。
「では、この出会いに」
「ああ、この出会いに」
そう互いに言い合って木製ジョッキをぶつけて二人は同時に酒を呷った。
何とか更新できました。
アルフの処世術。ピリピリした衛兵にはどこまでも腰を低くする。
相手が良い奴なら恐縮するし、逆でも下に見られて捨て置かれます。
あとアルフの若い頃の話が1つ構想が出来ました。
19歳のアルフが迷宮都市で本編とは別の仲間たちと頑張る話です。
本編終了したら外伝として書くかお蔵入りのどちらかになります。
では、また次回。