第10話 決戦
アルフは全力で走っていた。わき目もふらず全力で。格好つけたは良いものの、自分が真正面から戦ったところで勝てる相手でないことは男を一目見た瞬間からわかっていた。
なにせ、魔物を使役するにはその魔物以上の魔力が必要なのだ。つまり、黒ローブの男はあのバジリスク以上の魔力を持っているという事になる。
明らかに自分よりも格上の相手。しかも魔法使いだ。だというのに先ほど剣を弾かれた感覚から武術の心得まである。真正面からアルフが勝てるわけがない。
だからこそ、無様を承知で背を向けて逃げ出したのだ。痕跡を消し、気配を消してとにかく逃げていた。背後からは黒ローブの男がゆっくりと追ってきているのがわかる。
それに感じるのは強者の余裕と自負だ。わざわざ走って追いかける必要もない。距離がひらいても問題ない。そんな余裕と自負があるからこそ大規模破壊魔法を使わず、遊びとしてわざわざ歩いて追って来ているのだ。
アルフはそこを突く。気配を殺し、弓を構える。相手が目の前の邪魔な枝を斬ったその瞬間を狙って放つ。
快音を響かせて、放たれた矢はされど男を貫くことはない。当たる寸前、返す剣で刃が走ったのだ。だが、アルフはそんなことは予想通りとでも言わんばかりに即座に第二射を放つ。正確に言えばもう一つ。
合計二つをほぼ同時に放った。振り上げた姿勢の男。完全な硬直の隙を突いた。しかし、それでも届かないだろうとアルフは確信していた。
アルフは男を王国級冒険者と同等であると想定している。もし想定通りであるならばこの程度など余裕で乗り切るだろう。
そんな規格外どもをアルフは育ててきたのだ。
「クスッ、可愛い一撃ですね」
黒の刃が翻り、二本の矢を斬った。
「そこですね」
男が地を蹴った。確かにあったはずの距離はなくなり、アルフがいるであろう茂みへと男は刃を振り下ろす。
しかし、そこにアルフはいない。その代わりに置いてあるのは、火薬と鉄片が詰め込まれた容器。その口から延びた糸には火がついている。
刃を振り下ろした時には、既に火が口に飛び込もうとしていた。
――飛び込んだ、瞬間にそれは爆ぜる。
爆音を響かせて爆ぜ、黒煙を上げて辺りに破片を撒き散らす。
「ああ、金が……」
あれをつくるのに大量の金を使う。一個作るのにもかなりの金がかかる。それを都合三個ほど連鎖的に爆裂させたのだ。
出費三倍。今回はどこの依頼も受けていないので確実に赤字だ。これから先何週間かは娼館も酒場もひかえて節制しないといけないだろう。
「だが、これで終わってはくれねえだろうなあ」
アルフはそう言いながら身を小さく森の中を駆ける。立ち止まることはしない。痕跡をわざと別の位置に残したりしながら常に動き回る。
相手は無傷で健在なのだ。黒煙が晴れた時、そこには無傷の男が立っている。予想できる展開だが、無駄になったともいえない。一応、相手は剣ではなく何等かの方法を使って防いだからだ。
魔力が動くのが見えた。つまり、魔力で障壁を張るが出来る相手ということ。もうこの手の罠は効かないということだ。
「さて、次はどうする」
自分にできることを考える。移動しながら、アルフはポーチの中を探る。
「あっちも大変そうだしな」
ポーチの中から一個の玉を取り出しながら巨大なバジリスクと戦っているであろうベルたちの方を見て弓を構える。
矢に魔力を流し、タイミングを測って二射放つ。快音を響かせて矢はバジリスクへと放物線を描いて飛翔した。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「散開しろ!」
サラがまず出した指示は固まるなであった。それはチームにおいて魔物討伐の時の基本戦術の一つだ。一か所に固まらない。
魔物は例外を除き総じて自分たちよりも強いのだ。だからこそ一か所に固まることをしない。下手をすればただの一撃で終わるからだ。
それに的を絞らせないという意味合いもあった。この場においてサイラスの役割は決まっている。ベルが魔法を放つまでの時間稼ぎだ。
つまり、ベルが詠唱を終えるまで時間が稼げればそれだけでサイラスの勝利なのである。
「それに、アルフが戦っている」
先ほどから、黒幕からのバジリスクへの魔力供給が落ちてきてわずかながら動きが悪くなってきているのだ。アルフが戦っているおかげだろう。
ゆえにサイラスの四人とゼグルドは、避け続ける防戦からバジリスクを囲み攻撃を仕掛ける攻戦へと移行していた。
サラが己の得物を振るう。それはドワーフ製の特注武器だ。殴りつけるように相手を叩き潰す為の鈍器。名前はない。
素手では強度が足りない場合において素手と同じようにされど素手以上に威力を出す為の武器だった。握り込んだ持ち手がぎりぎりと音を鳴らすほどに握りしめて叩き付ける。
それと同時に蹴りを放つが相手の硬い皮膚に遮られ効いていない。しかし、頭の周りを飛び回る羽虫が気になるように自らの身体にちょっかいをかけてくる存在ほど煩わしいものはないだろう。
バジリスク単純な思考でそれを叩き潰そうとする。つまり、この場合はサラであり意識を明確にサラに向けたのだ。
魔眼はベルが展開している結界によって防がれている。甲高い音が響き渡るがサラは生きていた。いい加減バジリスクもそのあたりを学習したのか、即座に尾を振るう。
その瞬間に、バジリスクの死角へとイグナーツが飛び込んだ。バジリスクはサラへと尾を振るった状態。つまり背を向けている。
だが、地面から身体を半ばからあげて頭部をサラへと向けているために背でありながら腹を向けていることにもなるのだ。
仮に今地面から離れている部分を上半身とすると、必然下半身は背を向けているにも関わらず上半身はサラに腹を向けているということになる。
何が言いたいのかと言うと上半身は、つまり頭部の裏側は背ということになりそこはつまり死角になるのだ。
「…………」
飛び上ったイグナーツが大剣を振り上げる。ドワーフの技術がなければつくることすら不可能な肉厚の巨大剣による一撃。
多大な溜めが入ったイグナーツの無言の一撃が蛇の後頭部へと炸裂する。
「……ォォォォォオオオオオオォォォォォォ――――!!」
寡黙な男が吠える。魔力を滾らせ頭蓋を割らんと力を込めた。
『GRAAAAAA――――!!』
その痛みにバジリスクは頭部を振るう。大地がひっくり返るほどの暴風にイグナーツでも耐えられず離脱する。
そこに再び背後から迫るのはラナリアだった。体勢を低く、その健脚でもってバジリスクの巨体を斬りつけながら駆け上がる。
「硬い、けどナァ!!」
暴れるバジリスクであるが、ラナリアの走りに乱れはない。その理由は単純であった。如何に魔物と言えども蛇の身体。暴れるのは左右への身体を振るうことが主だ。
左右へ揺れる合間、つまり身体が真っ直ぐになる時がある。その時は凪のように一瞬だけ真っ直ぐな道が出来上がるのだ。
その瞬間だけラナリアは足をついているのである。強化した健脚によってただの数歩と一瞬の合間を利用して彼女はバジリスクの背を駆け上がったのだ。
駆け上がり魔力を鋭く纏わせた両の眼直上へと突き刺す。人間と同じでそこは若干ながら柔らかい。魔力で強化してやれば刃は通る。
――否、通す。
バジリスクが暴れる刹那、わずかにでも突き刺さった短剣を蹴りで押し込む。中へ入るが、潰れるには至らない。
理解した瞬間には尾が眼前に迫っている。
「ぁ――ハァ!!!」
舐めるな、とでも言わんばかりに彼女は大気を蹴りだす。足で大気を掴むように蹴りだし尾の直撃を避けた。
「ゆくぞ!」
その下、地上で竜骨の大剣をゼグルドが振りかぶる。振るわれる尾に合わせて叩き付けるかのように大剣を振るう。
ただ振るうだけではない。そこには己の権能を混ぜている。炎がまとわりついているのだ。
「ぐっ、おおおおお!!」
凄まじい衝撃と共に大剣がバジリスクの尾と衝突する。腰を落とし、後ろへと吹き飛ぼうとする身体を地面へと押しつけ更に大剣を押し込む。
纏わせた紅蓮の炎が纏わされており叩き付けと同時にバジリスクを焼いた。
「ほんじゃまあ、行きますよって」
そこに響くのはスキンナリの詠唱。
「ArD eclept crlart oxduge tbsef svnant aft_xedre rospt aft_zfl svegvld izn_rqa ramSlX」
詠唱が魔法言語を現出させ、呪文を形作る。高速で回転する円陣が完成し、
「我ら神々の信徒の名において請い願う光よ弾けろ――光球――!!」
名を結び魔法が発動する。刹那生じるのは巨大な光の球。目を焼く莫大な光量が全てを包む。攻撃用の魔法ではない。
これは暗所にてただ辺りを照らすだけの魔法。攻撃能力なんて一切ない。
だが、次の瞬間にはバジリスクの悲鳴が木霊する。バジリスクが恐れられるのはその巨体だけが理由ではない。
その眼が恐ろしいのだ。バジリスクの視界にあるその魔力に抗う術のない全てを殺す死の魔眼。これがあるからこそバジリスクは何よりも恐れられているのだ。
そのため、バジリスクが持つ器官の中でもっとも繊細で重要であるのが眼である。当然眼が良ければ、それだけ光に対する刺激も大きくなる。
眼はこれでは潰れないだろうが、それでも時間稼ぎにはなる。スキンナリは武人としては対人戦に重きをおいている。そのため魔物戦ではこのようなサポートになるのだ。
「良くやった!」
眼が見えず狂乱するバジリスクへ三人が突っ込む。刺激を与え、そちらを向かせ背後から更に攻撃する。それを繰り返す。
しかし、効果は薄い。負わせた傷が負わせた順に回復していくのだ。どのような深い傷ですらほぼ一瞬で感知する。
アートメンルフトの枢機卿級冒険者と竜人の攻撃でもまともに傷を与えられない。これが王国級の魔物。国を滅ぼせるとはよく言ったものだ。
「ベルは、まだか。アルフは、無茶してないだろうな」
鈍器を叩きつけながらサラはどこかで戦っているだろうあの馬鹿を思う。
その瞬間、バジリスクの眼それぞれに二本の矢が突き刺さる。何度も言うがどのように強力な魔物だろうとも眼などの器官は皮膚よりも柔らかい。エルフの弓のおかげでアルフでも貫けるほどだ。
「今だ!」
その瞬間、全員が飛びかかった。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「さて、どれが効くかな」
そう言いながらアルフは取り出したものを男へ向かって投擲する。当然のように男はそれを切り裂いた。それは爆ぜ大量の煙を吐き出す。
それはチリヌ草を混ぜた煙玉。普通ならば涙が止まらなくなるほどの強烈な刺激を与えるものである。更に効果を強めてあるため目が一時的に見えなくなる。
「小賢しい。ですが、流石に生理的な現象からは逃れられませんね」
効いていないように見えながら効いているらしい。
「次だ」
音蟲と呼ばれる強烈な音を発し続ける蟲をいれた小瓶を投げつける。男が斬りつける。それによって割れたことによって音蟲が這い出し刃を伝い男の耳へと入って行く。
「クク、本当に小賢しい。次は何をするのですか? なんですか? 代わりたい? くく、ではそのように」
しかし、意に介さない。男は次は何をするのかと楽しげに言っている。
「どうすっかな」
相手は完全に遊んでいる。それは間違いない。耳と目を封じられてあそこまで変わらない言動を取っているのだ。
まさか、余裕だと錯覚させるためにそういうことをしているわけではあるまい。確実にあれでも余裕からこその言動だ。
「次はなんですか? 次はなんですか?」
「――っ!?」
突如として生じた先ほどまでとは異なる子供のような頭上からの男の声にアルフは顔を向ける前に反応していた。
まずは回避行動。前へと前転するようにして前へ移動しつつ相手の頭上からの一撃を避ける。相手は頭上に出現した。そこから感じたのは刃を振るう気配。
つまり、落下しながら刃を振るってきている。相手の刃は片刃。斬るための武器だ。落下と言う状況において更には斬るために必要な重さも乗る。
ゆえにその場からの移動が最優先。迎撃なんぞしようものならば剣が折れて死ぬ。前転し、相手の剣が自分の背側の落ちるのを感じると同時に次は横側への回避行動に入る。
振り下ろしと着地が同時に来た場合、人外どもならばどうするか。答えはそのまま薙ぐ。手首を返し刃を地面と水平にすることによって横への攻撃にチェンジするのだ。
その場合相手を中心に円を描く軌道で斬線が描かれる。ゆえに直線で横へ。前でないのは突きを警戒してだ。
ぶわりと風が吹いた。土が斬線の風圧によって舞い上がる。
凌いだ。いいや、まだだ。
ぞわりとした寒気に従って再びアルフは地面を転がる。転がり勢いよく地面を蹴って立ち上がりと移動を同時に行う。
背の鎧に切れ込みが入るのを感覚的にアルフは感じた。
「ハハッ、惜しい。ハハッ、惜しい」
男はそのまま一歩踏み込み返してきたのだ。薙ぎ払いを即座に逆へと返してきた。回転して刃での攻撃ではなく剣の背での攻撃だ。
片刃の剣であるため、斬るという行為には使えないが威力がまったくないわけではない。打撃となるのだ。しかも厄介なことに切っ先でも斬れる。
しかし、凌いだ。今度こそ。
アルフは即座に走る。真っ直ぐではなく横へ。地面を蹴りじぐざぐにとにかく相手と一直線にならないように走る。
だが無意味だ。
「ほら、今度は何をしてくれるのかな? あなたは。ほら、何をしてくれるのかな、あなたは」
横へと生じる声にアルフは振り返りを利用して剣を振るう。いや、そこにはいない。背後へとアルフは投擲剣を投擲する。
――金属音。
弾かれたと思う前にアルフは動いている。跳ぶ。枝を掴み木上へ。飛び上った己の足下を風が斬るのが感じた。
靴底が幾許か低くなっただろうが、足は斬られていない。そのまま振り返ることなく樹上を移動して再び距離を開ける。
だが、
「次は、何? 次は、何?」
前に突如として現れる男。
「クッ!」
急には止まれない。ならば前へ。急に止まり身体が硬直するのを防ぐ為だ。
男が刃を振り上げて降ろす。それを斜に構えて受け流す。足場が固定されていなかったために相手の力におし飛ばされたアルフは地面へと叩き付けられる。
「ガハッ――!?」
息が詰まる。だが、調子を整えることはできない。即座に地面を転がり、突き刺さる男の刃を躱す。
「…………」
突如として、質が変わる。男の雰囲気が変わる。老獪なそれへ、老成された成熟されたそれへと突如として変わる。
引き抜かれた刃が突きだされた。
「ぐっ!」
重い一撃、立ちあがったばかりの姿勢であったために避けることが出来なかった。咄嗟に受けたが、その瞬間、アルフの剣は半ばから砕け散る。
――返しが来る!
しかし、アルフの予測とは異なり、男に手首を捻る動きはない。
「…………」
何かを待つように男は動きを止めた。
「抜け」
先ほどとは異なるように聞こえる男の声。
「断ったら?」
「……代わるまで」
「…………」
意味はわからないがとにかく嫌な汗が噴き出す中、アルフは手を腰の剣を抜くふりをして自ら足を滑らせた。背後に倒れるようにアルフの身体は地面へと引かれていく。
その眼前を漆黒の斬線が通る。アルフが抜こうとした瞬間に男が刃を振るったのだ。アルフはそのまま倒れるを利用して片足を上げた。
それは振り切った姿勢の男の顎を捉える。殺気のない攻撃であったためだろうか。アルフの蹴りともいえない蹴りが顎へと当たった。
たたらを踏む男。その隙にアルフは上体を起こし距離を取って腰の小剣を抜く。
「…………」
「…………」
にらみ合う。
ローブのフードをかぶっている為男の表情は読めないが、アルフと違い余裕があるのがわかる。うっすらと笑みを浮かべた表情はひたすらに格上であることを誇示していた。
対してアルフは苦しい。表情はこわばり額からは冷や汗がたらりと流れ、頬を伝い落ちてく。
先に踏み込んだのは男の方。鋭く、横振りの剣が来る。
アルフはそれに合わせて踏み込んだ。速度では勝てないだからこそ、後を取る。それ以外にアルフがこの場をしのぐ方法はないのだ。
胴へと真っ直ぐに振るわれる剣閃。極限の集中により、その斬線が見える。ゆえにアルフは踏み込む。更に前へと。
剣士の間合いではなく、更にその奥へ。握るのは左の拳。剣を放り投げて拳を握る。
左手で相手の左腕を掴み取る。両手で握った剣を振るう際に前に出る腕を先に掴む。しかし、止められない。だが、一瞬でも止まった瞬間に右手を振りぬく。
硬い手ごたえ。アルフは自らの指の骨が折れたのを感じた。
「グ――」
呻く前にアルフは足の踏ん張りを止める。浮かせた腰。相手の腕をつかんだ左手はそのまま。つまり、相手の振り切りにしたがってアルフの身体が浮く。
浮いて、振り切る瞬間に離した。その瞬間、アルフの視界は線だけになる。しかし、それも一瞬で木にぶち当たって止まる。
息は止まりかけたが、生きている。奇跡的に骨は折れていない。まだ、戦える。
そう一瞬で判断したアルフは即座に放たれた突きを前転するように躱し、それと共に煙玉をばら撒いた。
煙玉の煙幕に紛れアルフは森の中へと退避する。気配を殺し、落ち着いたところで折れた指を正常な位置に戻し回復薬をがぶ飲みする。
痛みに呻きそうになったが歯を食いしばって耐えて回復薬を呑む。五本ほど飲んだところでようやく痛みはなくなった。
瓶はそのままポーチに戻す。魔法薬屋に瓶を持っていけば少しだけ安く薬を買えるからだ。割れないようにしっかりとポーチの奥に戻す。
「はあ、くそ。どうする、あっちはなんとかなってるのか?」
そう言いつつ、矢を放つ。
「見つけた」
「くっ!」
男に見つかったその時、巨大な魔法陣が上空に浮かび上がった。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
ベルは詠唱を続けていた。サイラスと竜人が戦闘を始めてから、十分以上だ。それほどの長い間、彼女は詠唱をしていた。
だが、それも終わりである。杖先から巨大な魔法陣が上空へと現出する。極黒の闇色の魔法陣。禍々しい大魔法陣は莫大な魔力を吐き出していた。
それの出現とともにサイラスの面々とゼグルドは即座に後退を開始する。今からベルが発動しようとしている魔法がやばいことは、魔法使いでなくともわかった。
もとより実力者だ。これから起こることなど容易に想像できた。ゆえに、退避勧告がなくとも彼らは下がる。
退避勧告がないのは外さないというベルの自信と自負に他ならないのだろうが、それでも大魔法の近くにいたいとは思わなかった。
十五年前の大戦に参加して味方の大魔法に少しでも危機感を感じたことのある者は特にだ。ゆえに、サラを先頭にしてベルの背後へと即座に逃れる。
バジリスクは、彼ら以上にその危険性を感じ取っていた。あれは自分を殺すものだと正確に理解している。
ゆえに、バジリスクが選択したのは逃亡だった。わき目もふらずにベルから背を向けて逃げる。本能が叫んでいるのだ。あれはどうしようもないと。
だからこそ、逃げた。少しでも生き残れる可能性に賭けたのだ。
「無意味だ、バジリスク。もうお前はおしまいだ。――虚無――」
ベルが魔法の名を結ぶ。その瞬間、魔法陣が輝くと同時にバジリスクは跡形もなく消え失せた。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「おやおや、終わりましたか。やれやれ、あなたと遊んだおかげで魔法が無効化できませんでしたか。全く奴等と来たら。まあ、彼女の力がわかっただけでもよしとしましょうかね」
男は刃を仕舞った。戦意と呼べるものが全て抜け落ちる。戦闘は終わった、言外にそう言っているかのようであった。
だが、アルフは警戒を解かない。
「なんなんだ、お前は」
「さて、なんでしょう」
「…………」
「おお、怖い、怖いなあ」
まったくそんなことなど思ってもいないだろうに大仰に男はおどけて見せる。
「…………」
「ククッ、では、そうですねえ。世界の崩壊を望む者とでも名乗っておきましょうか」
「ふざけてるのか?」
ヴェンディダート。それは教会聖書の中に登場する悪魔の名だ。悪魔信仰でもしている異端者か? アルフの脳内を数多くの候補が流れていく。
――いいや、違う。
「いえいえ、ふざけてはいませんよ」
「お前、まさか……」
二つ、記憶の中にその名が引っかかった。一つは、ベル、もう一つはミリア。
思い出される光景は、村を焼く炎の中で泣き続ける少女と血だまりに沈み、涙すら枯れ果て感情を失くした少女の姿だ。
「あの惨状を生み出したのは、お前か。てめえがあれの元凶か!! あれで、どれだけの人間が死んだと思っている! あいつらが、どんな思いをしたと思っていやがる!」
怒りで小剣を振るいそうになるがこらえる。だが、怒りで剣がカタカタと音を鳴らす。許せるはずがなかった。
あの光景をつくりだしたのがこの男だとするのなら許せない。だが、怒りで向かえば死ぬ。怒りで我を忘れた者から死んでいく。そういう世界に生きてきた。
もとより自分の力ではその領域にはいない。ゆえに、何があろうとも死ぬ。向かって行けば死ぬ。それがわかっているからこそ動けない。
「おや、心外な。あれほど素晴らしい光景なぞないではないですか」
「貴様ッ!」
「おっと? あなたに私は殺せません。わかっているでしょう」
「ああ、俺ならな」
そう認めたアルフ。男がより一層笑みを深めたように見えた瞬間、
「シュバーミットの名において命ず、大地よ彼の者を突き貫け――アースランス――!!」
名を結び魔法がその猛威を振るう。地面に浮かび上がる魔法陣から槍が形成され男へと突き刺さる。あっけなく拍子抜けするほどに男は槍に貫かれた。
「ナイスタイミングだ」
「ふ、ふふふふ、フハハハハア! 見よ我輩の力を!」
「さすがでございます旦那様」
「ほら、もっと褒めるが良いぞ」
「さすがでございます旦那様。リアン様がいなければアルフ様のメッセージにすら気づかずに何もできなかった気もしますが」
「結果良ければそれで良いのであーる!」
茂みから出てきたスターゼルが仁王立ちしている。その横には逃げたはずのエーファとリアンの二人。なぜ彼らがここにいるのか。
それはアルフがスターゼルを殴った際に渡していたメモにバジリスクを操っている者がいることや、それに戦いを挑み追い込むので魔法をぶち込めなどの指示を書いて渡しておいたのだ。
合図は矢。それによってスターゼルが動いたわけである。まさかうまくいくとは思っていなかったが一応は成功した。
そう一応は、なぜならば――
「クッ、くくくく、いやはや、まさか魔法を受けるとは思ってもいませんでしたよ」
「チッ、やっぱりか」
――男が未だに生きていたからだ。
「いやはや、いい経験を久しぶりにさせてもらいましたよ。まさか、使役獣が倒されて感覚が滅茶苦茶になっているところに魔法を撃ちこまれるとは思いもしませんでした。
ですが、もうおしまいですね。もう少し遊んでいたい気もしますが帰るとしましょう」
「逃がすと思っているのか?」
「ええ」
男の手が真っ直ぐにエーファとリアンの方に向いている。
「チッ」
「では。ああ、そうそうここでの用事はすみましたので、もうバジリスクは出てきませんのでご安心を」
アルフは舌うちし、男は笑みを浮かべて消えた。最後に見えたのは、燃えるような赤い目と白い髪。
「…………はあ」
沈黙の後、アルフは息を吐いた。終わった。だが、終わってはいないのだろう、と空を見上げるのであった。
アルフはいつも通り。アイテム使いまくりの赤字戦闘。それでも勝てない相手。今回アルフが頑張れたのは相手が単純に遊んでいたからです。本気だったら魔法で一撃終了。
世知辛いですなあ。
さて。次回、エピローグで二章は終了です。閑話を一話やったら三章ですね。閑話はだいぶ重い話になっております。
とりあえず、三章の前に二章を修正します。特に冒険者ランク。
他にもやること多いので中々厳しいですね。まあ、ゆっくり頑張りたいと思います。
では、また次回。