第9話 戦いと遭遇
黒緑の鱗に覆われ赤い王冠の如き鶏冠を頭に持つ国を呑み込むとすら形容されるほどに超巨大な巨体を引きずり、その妖しく光り輝く燃え盛る烈火の如き双眸が二人を睨みつける。
我こそはバジリスク。国喰らう蛇なり。まさしく、正しく。目の前の存在はバジリスク以外の何物でもない。
いや、それ以上だった。
「おい、ベル。なんだ、この威圧感は。いや、なんだこの魔力は」
「バジリスクだな」
「おい」
「わかっているさ。だが、それを考えるよりは――」
ベルが手を前に掲げる。
刹那生じるのは音だ。甲高い音。何かがぶつかり擦れる音だ。それは目の前から。煌めく魔眼の力が全てを犯さんと氾濫する。
それがベルの魔力とぶつかりあって奏でる音だった。防がねば死ぬだろう。その魔眼に直視された瞬間に生物の生きとし生ける者全てが死ぬ絶える。
目の前の魔物が全ての頂点を超えた領域に生息するものなのだと理解した。これに勝てるのは同じく超えた存在に他ならない。
「勝てるのか?」
「勝つ。このようなもの残しておけるものか。アルフ先生の為に。存在すら許すものか」
そう言って彼女は杖を構える。
「ArD sevst_eclept fxmz xt xt mgos xt xt atel xt xt vqcs xt xt dxsuy xt xt mghjc xt xt crlart twz_oxduge tbsef xt xt excll svnant xt xt aft_vrtuin rospt aft_drang svegvld xt xt izn_rqa ramSlX」
開始音から始まり、七つの属性を指定、二つの魔法の現象を指定、効果範囲を指定、魔法の形状を指定、魔法の規模を指定、最後に終了音。何度も、何度も強化音を紡ぐ。
励起された魔力が発声された魔法言語を浮かび上がらせ、掲げた杖先へと複雑な紋様として幾重にも円状に規則正しく配列された呪文となる。
呪文を束ねた超巨大な魔法陣が杖先へと現出する。
普通ならばこんなにも長い呪文詠唱など妨害されてどうしようもないだろうが、ベルは高速でそれを詠唱してみせた。
高速詠唱。圧縮された魔法言語が驚異的なスピードで術式が組み上げられ呪文が構築される。
彼女だからこそ出来ること。半分だけ――である彼女だからこそ出来ること。
「燃やし尽くせ、灰燼とかせ、全てを消し滅ぼせ、我が七つの命――七炎――」
呪文の最終節、魔法の名を結び杖を振り下ろす。
莫大な魔力が生じ、吹き荒れ七色の炎が猛る。七匹の竜の咢。
「喰らえ」
静かに七炎の主が命ずる。バジリスクを滅せよと。七色の咆哮が木霊して、燃やし尽くさんと猛る。だが、その猛攻はしかして届くことはない。
「ハハハハッ! 素晴らしいぞ! だからこそ、ここでコレを殺されるわけにはいかんな」
ローブの男が腕を振るう。ただそれだけで生じるのは漆黒の竜。七つの轟炎に喰らいつき、互いを喰らい尽くす。
「…………」
「ククッ、私だけを見ていていいのかな?」
「――ッ!」
その瞬間、バジリスクの尾がベルへ直撃する。そのまま吹き飛ばされ、サラを巻き込み追撃の一撃によって岩の森にまで吹き飛ばされるのであった。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「さあ、正面から戦うであーる!」
「応!」
アルフの言葉に反応してまず飛び出すのがゼグルドだ。
「ラナリア、転ばせてやれ」
「はいよォ!」
それにラナリアが突っ込む。魔力で強化した身体能力から放たれた強烈な蹴りがその胸へと繰り出される。並みの人間ならば吹き飛ばされて意識を失うだろう一撃。
だが、竜人であるゼグルドは一歩も引かずにそれを受け止めた。力を込めてラナリアを封じ更に押し込んでしまおうと前へ重心をかけた瞬間、
「むお――!」
ラナリアが力を抜く。背後へと重心を流した。力を入れて封じようと前へ重心をかけていたゼグルドの体勢は当然のように崩れる。
無論、倒れるなど愚の骨頂。ゼグルドはその最強種族たる竜人の身体能力にて無理矢理に身体を引き戻そうとする。
その瞬間、互いの足を絡めるようにしてラナリアは足払いをかけゼグルドを転ばせようとする。しかし、大剣を手離したゼグルドは握り拳を地面へと振り下ろした。
「なァ――!?」
竜人の剛腕が振り下ろされ、地面が抉れその反動はラナリアともどもゼグルド自身を空中高くへと放り上げる。
「相変わらず無茶苦茶だな竜人ってやつはっ!」
それを見ていたアルフはその規格外さに笑う。竜人の力については散々想定していたとはいえ、他人事たった一発の拳で宙に舞いあがるなど想定外にもほどがある。
「む、好機である! ArD――」
そこに追いついてきたスターゼルが好機とばかりに魔法の詠唱を開始する。
「――っと、笑ってる場合じゃねえ。スキンナリ、スターゼルを止めろ!」
「はいはいよってー!」
詠唱を始めたスターゼルに棒を手にしたスキンナリが踏み込む。鋭い踏み込みから棒が振り上げられた。大気を突き破り真っ直ぐにスターゼルの顔面へと向かう棒の先端。
スターゼルは詠唱をやめて杖でそれを受け止める。
「ぐっ――!」
「詠唱なんてさせるわけないでしょー」
ならばとばかりに杖を振るうスターゼルであるが、
「遅い遅い」
その攻撃はスキンナリを捉えることはない。
「なぜ、当たらん!」
男爵と言えど貴族。貴族として宮廷剣術の一つくらいは齧っている。没落してしまいしばらく武術の鍛錬などできていなかったが、まだそう衰えてはいないと自負していた。
だが、スターゼルの攻撃は一切スキンナリを捉えることはない。身体能力の違いくらいわかっている。癪なことに相手の方が上なくらいわかっていた。
だが、攻撃がかすりもしないなどスターゼルは思ってもいなかった。力が強い相手、速い相手を倒すために武術はあるのだ。
だからこそ、相手が速くとも強くともなんとかできる自信はあった。貴族なのだ。平民とは違う。その自負があった。
「そりゃ当然だ。スターゼル、確かにお前は貴族だ。平民よりは強いし、才能もあるんだろうさ。でもな魔法使いの杖ってのはな武器としちゃあ落第もいいとこなんだよ、知ってんだろ?」
そんなスターゼルにアルフが言う。
魔法使いの本格的な杖は武器としてはほぼ落第だ。重心は魔石が存在する機関部へと偏る。その上、その部分が最もデリケート。
「騎士が戦場で剣の柄に魔石仕込んで杖の代わりにする理由だな。お前も知ってんだろ? 魔法使いが戦場で前にでない理由さ。その杖で戦うなら前に出たらダメだろ。それでも近接戦闘をしたいってんなら最低限魔導書を用意するべきだぜ?」
魔導書とは、魔法言語の呪文を書きとめた本のことだ。魔導書はただ呪文を書き留めたものではなく、それ単体で武器となる。
威力や規模などあとから変更はまったくと言ってよいほど出来ないが、魔導書は書きとめられた魔法を魔力を流し込むことによって即時発動が可能なのだ。
冒険者の魔法使いにとって、これほど強力な武器はない。
「魔法使いは剣士に接近されれば終わりだ。だが、魔法使いの冒険者はそう言ってもいられない。だから、魔導書は作っておくべきだ」
もしくは、
「魔法の構築速度をあげる。敵に接近を許す間もなく殲滅する。思考を分断して回避と詠唱を同時に行う。これくらいは出来るようにしておいた方が良いな。少なくとも魔法使いと戦う時はそれを越えられるようにしろってのが俺の師匠の受け売りだから――」
「では、私たちが援護すれば良いのでございます!」
そんなエーファの声と共にスキンナリとアルフへ太矢が放たれる。気配を察していたアルフは横跳びでそれを躱す。
「おっとー」
「エーファか!」
「旦那様!」
魔力で強化された太矢をスキンナリは掴み取った。ただそのおかげでスターゼルへの攻撃が止まる。その瞬間を追いついてきた二人は見逃さない。
その瞬間に魔力を全身に行き渡らせ青い燐光を撒き散らしながらリアンがスキンナリへと疾走する。
「おおっ! 見違えましたねぇ!」
「見返してやりますよ!!」
スキンナリの棒へと剣を叩き付ける。そのまま剣を横に倒した棒の下にさながら巻き付けるようにして剣をいれ込み弾き飛ばす。
それは、岩に包まれたロック系の魔物を倒すために必死に習得した技術だった。
「ふふ」
スキンナリは笑う。随分と逞しくなったと感心する。
そんなスキンナリへとリアンは目前へと迫った。武器を飛ばされたスキンナリへと剣を振るう。
「とった!」
リアンは確信する。跳ね上げられた腕。がら空きの胴。魔法使いは普通の冒険者よりも身体能力で劣ることは知っている。
如何に差があろうとも強化している自分と強化していないスキンナリでは自分の方が勝つ。そう思っていた。
「やれやれ、流石に武器を飛ばしたくらいでAランク冒険者を倒せるとは思っているわけではないですよね」
刹那、凄まじい音が響く。さながら金属と金属がぶつかりあったかのような甲高い音が岩の森に響き渡る。
「なあ――!」
胴を薙ぐはずだった剣はスキンナリの手に掴まれていた。
「何を意外そうにしているんですか? サラが魔物の攻撃を受け止めるのを見ていましたよね。これくらい余裕ですよ」
「リアン呆けるな!!!」
「よそ見してんじゃねえぞォ!」
「――ぐっ」
ラナリアの攻撃を受けながらも呆けているリアンに落下中のゼグルドの鋭い声が飛ぶ。
「――っ!」
辛うじてその一撃を受け止めることが出来た。拳が剣に当たる。身体が宙に浮くのを知覚する。さながら時が遅く進むかのような感覚。
ぶわりと噴き出した汗が流れていくのが見える。振りぬいた左の拳のその奥にスキンナリが右の拳を握っているのがわかった。
――やばい!
避けなければ。あるいは、なんとかしなければやられる。そう感じた。はっきりと。感覚のスイッチが切り替わった。
極限の集中。全てがゆっくりと流れる時の中で、リアンは必至に地面を蹴った。後ろへと流れていく身体。一歩、二歩。拳の外へと。
――逃げ切った。
そう一瞬、安堵する。これで拳は届かない。相手はこちらに動きを合わせてくれていることはわかっている。だから後ろに跳んだ。自分では距離を開けられれば踏み込むまでに時間が出来る。
その時間を使って起死回生をはかろうとした。だが、
「ガッ――!?」
次の瞬間には首を掴まれていた。
「クフフ、油断しましたねぇ。判断は間違いではありません。身体能力に関してはあなたに合わせましたから、確かに拳を届かせるには一歩が足りませんでした」
だが、スキンナリにとってそんなものは関係なかっただけのことだ。
リアンには見えていた。届かないはずの拳が、スキンナリの腕が伸びたことを。関節を外したのだとリアンは気が付いたが、思考はそこで途切れる。
投げられた。振り回され、回転の力と共にそのまま猛スピードでスターゼルへと突っ込む。
「ぬおおお!?」
スターゼルが咄嗟に受け止める。
「旦那様!」
「おっと、余所見厳禁だぜ?」
そこに突っ込むのは二振りの短剣を手にしたアルフ。刃を潰した訓練用の短剣、逆手に持ったそれでエーファへと切りかかる。
「――っ!」
寸前のところで躱す。頭上を風切り音と共に短剣が降りぬかれるとともに、顎に感じる衝撃。ブーツがエーファの顎を捉える。
頭を下げていたために見事に顎を蹴り抜かれた。凄まじい衝撃が脳を駆け巡る。ぐわんと視界がゆれる。ちかちかと意識が明滅した。
「くぁ――」
意識を失わなかったのは単純にアルフが手加減をしたからだろう。それでもまともに立っていられない。ふらふらと身体がゆれる。握っていたクロスボウが手を離れる。
「オオオオオオォオオオオ!!」
そこにゼグルドが落ちてくる。
轟音を響かせて、地を抉りながら着地した彼は凄まじい速度でアルフへと迫る。アルフが目で追えない速度。赤い軌跡にしか見えなかった。
アルフだけなら対応できなかっただろう。
「…………」
だが、イグナーツが正面からゼグルドの一撃を受け止める。
拮抗状態。いや、イグナーツが押される。
「ラナリア、加勢してやれ!」
「あいよォ! オラァ!」
「ぐ――!」
ラナリアが蹴りを放つ。強烈な蹴りであるが、ゼグルドはイグナーツを弾き飛ばし、蹴りを大剣で受け止める。普通ならば後ずさるような威力があるのだが、ゼグルドは一歩も動くことなく受け止めた。
それにラナリアが舌打ちするも、即座に蹴りぬいた足を引き戻すと同時に身体を回転させ、回転の力を用いて薙ぐように蹴る。
踵に仕込まれたナイフが飛び出しゼグルドを襲う。受けても問題はないはずのそれをゼグルドは跳躍して躱した。
ナイフに猛毒を塗布するための小さな溝に気が付いたのだ。大抵の毒は効かない竜人ではあるが、一瞬とはいえど動きは止まる。
一瞬とはいえど相手には十分だ。相手は獣人。ラナリアは人の要素が濃いもののそれでも身体能力は高い。特に恒常的な速度はゼグルドよりも速い。ゆえに、躱した。
「ハッ!」
そこにラナリアは追撃を放ってくる。更に跳躍で躱す。それによりエーファたちから随分と離されてしまった。
「じゃあ、エーファの相手はスキンナリ。相手してやってくれ。イグナーツはスターゼルだ。リアンは、俺が相手しておく」
「…………」
「ほな、行きますよってねぇー。いやあ、やっと女の子の相手が出来る!」
軽い口調でエーファをじろじろと見るスキンナリ。女と見れば節操はないその視線にエーファは身をすくませる。
「へ、へんたいでございますぅ?!」
「失敬な! これでも立派な聖職者ですよ!」
「な、んと! これは失礼を! どうかお許しを!」
「じゃあ、なんでもいうこと聞いてくれる?」
「え、え、いや?」
「おい、スキンナリ、真面目にやれ!」
見かねたアルフがスキンナリに怒鳴る。
「っとお、大将がお怒りだ。真面目にやりましょうかねえ」
「――!」
変わったスキンナリの雰囲気にエーファは即座に構えを取る。二本の短剣を逆手に構え、腰を落とす。ここ数日ですっかりと馴染んだ構えだ。
「ほらほら、安心してかかって来なさいな。女の子相手には優しい私ですよ。ほら、大丈夫ですって――まあ、でも。来れないならこちらから行きますよ」
そう言ってスキンナリがエーファへと踏み込んだ。
次の瞬間、上がったのは彼女の悲鳴であった。
「む、エーファ!」
「よそ見する、な」
「ぬおおおお!?」
エーファの悲鳴に気を取られたスターゼルが慌ててしゃがむ。頭上を通り過ぎる轟音。頭皮が持っていかれるような感覚。
思わずハゲが出来ていないか確かめてしまった。
「良かった。我輩の高貴なる髪がハゲては人類の喪失であるからな」
「…………」
「さあ、我輩はスターゼル・シュバーミット! 貴公も名乗りを上げ正々堂々とかかってくるが良い!」
「…………」
土を圧縮した剣を向けて、イグナーツにスターゼルはそう言った。その返答は、
「うおおおお!?」
剛腕から振るわれる一撃。大気を引き裂く悲鳴の如き轟音を響かせながらスターゼルへと振り下ろされる。
その一撃を土を圧縮した盾で受け流し剣を振るう。もともと鈍器でしかない剣。土を圧縮しただけのそれでも十分な威力がある。
その斬撃は真っ直ぐだ。まさに騎士の剣。宮廷で振るわれる宮廷剣術。綺麗な剣技だ。ゆえに、
「ぐおおおお!?」
足を払われ、簡単に転ばされる。
「足元、注意、散漫。もう少し、見るべき」
「ぐっ、足払いなど卑怯な!」
「戦い、卑怯ない」
「決闘に卑怯などもってのほかぞ!」
イグナーツはしばし黙り、無言で大剣を振るう。
「うおおおおお! この恥知らずめえええええ」
相変わらず貴族が抜けきらないこの男は転がりながらも大剣を躱していくのであった。
「本当にあいつは」
その様子を呆れたようにアルフは見ていた。
「やああ!!」
「おっと」
リアンの剣を受けながら流れるような動作で蹴り飛ばし、吹き飛ぶ彼に投擲剣をプレゼントする。
刃を潰してある上に切っ先も丸まっている訓練用のそれであるが、当たれば痛い。何より空中で受けてしまえばそのままどこまでも転がって行く。
「くぁ――」
「ほれほれ、さっさと立たないと知らんぞ」
そこに弓での追撃が迫る。
「くっ!」
リアンはそれを必死に躱す。リアンにはアルフが正確無比な射撃で自分がギリギリ躱せる位置に矢を射ているのがわかっていた。
リアンの方が遥かに弱いというのに、目の前の男は全力を出しているのだ。
「でも、僕だって!」
やられっぱなしでいられるはずがない。身体能力に割く魔力を増やす。劇的に増す身体能力。特に脚へと強く魔力を流す。
増大する脚力でリアンは地面を蹴った。
「うおおおおおおお!!!」
矢を躱し、即座にアルフの方へと駆ける。目の前でアルフが剣を抜くのが見えた。
「やあ――!!」
金属の硬質的な音が岩の森に木霊する。鍔競り合った。リアンが鍔で相手の剣を横に跳ね飛ばしそのまま柄頭で鼻を打ち砕こうとしようとした瞬間には既にアルフの拳が眼前に迫っていた。
咄嗟に躱すことも出来ずリアンは顔面に綺麗にアルフの拳を喰らってしまう。
「っぁ――!」
後ろへと流れる身体を何とか無理矢理に押さえつけて、リアンは反撃しようとする。かつての自分ではない。ちゃんと戦えるのだと証明するために。
この岩の森でアルフに修業をしてもらった。それによってどれだけできるようになったのか、アルフさんに見せたい。そんな気持ちがリアンを一歩前に踏み込ませる。
「良い感じだリアン」
リアンの一撃を捌きながらアルフは彼へ言葉をかけた。
「あ、ありがとう、ございます!」
「だが、まだまだだな。お前はそんなもんじゃないだろ。もっと周りを見ろ。本当にこれで良いのか、考えろ」
「はい!」
リアンが猛攻をかける。そんなもんじゃないと期待されれば誰でも嬉しい。剣戟が鋭さを増す。アルフはそれを危なげなく捌く。後退しつつも攻撃が当たる気配がない。
そんな時、アルフが背後をちらりと見たのをリアンは見た。背後ではスターゼルとイグナーツが戦っている。イグナーツと目が合う。
すぐさま、イグナーツとスターゼルの場所が入れ替わった為、すぐに目は外れた。だが、その一瞬の余所見の最中、アルフはリアンの背後へと即座に移動し攻撃を放つ。放たれるのは突き。突きがリアンへと迫る。
背後からのそれを察知したリアンは咄嗟に全力で横跳びに躱す。魔物に備えて鋭敏となった感覚が正確にアルフの突きを躱させる。
「ガッ――!?」
「ごふぉっ!?」
だが瞬間、躱したはずなのに腹部へと感じる衝撃。
「な、んで」
背を向けたイグナーツが振りかぶっていた大剣の峰が腹へとめり込んでいた。咄嗟ゆえに全力で彼の大剣に突っ込んだ形。
一瞬、息が止まる。
背後からのアルフの突きはイグナーツの脇からスターゼルの土の鎧へとぶち当たり、捻りを加えられた突きが押し込められスターゼルを突き飛ばして岩の木へとぶち当てた。
背を向けていたイグナーツを追ってきたスターゼルにアルフが突きをいれた形。それが偶然ではなくアルフが故意にやったことだとリアンは察した。
イグナーツと視線が合ったのはそういうこと。アルフが後ろを見ていたのはそういうこと。この男は、自分だけではない。周りを見ていたのだ。
リアンは後ろに躱すべきであった。強化された脚力ならばアルフの突きを躱すことはできたはずなのだ。冷静に対処していればこんなことにはならなかっただろう。
「目の前だけに集中するなよ。お前はもう少し周りが見れるだろ?」
「はい……」
「今度はもう少し周りを見てみな。筋は悪くないんだ、俺と違ってすぐに上に上がれるさ。あとは自分の役割を考えろ。じゃないと、いつまでたっても俺に一撃を当てることなんてできんぞ――っと、あっちも終わったか」
「終わりましたよぉー。いやあ、堪能させてもらいました」
スキンナリがぐったりとしたエーファを連れて現れる。堪能と言う言葉と共に手をわきわきさせながら。気絶しているエーファはなぜかぴくぴくしている。
「お前……」
「くふふ、羨ましいですか? 羨ましいですよねえー。こんないたいけな少女を――」
「黙ってろ変態」
「くっくっく、嫉妬ですか? 嫉妬ですよねえ? あなたも毎晩娼館言っているような方なんですからねえー」
「ねえよ――ったく」
その瞬間、何かが広場に突っ込んできた。
「ぐお――!?」
凄まじい衝撃に広場が割れる。
「な、なんだ!?」
舞いあがった砂煙が晴れると同時に突っ込んできたものが見えた。それはサラであった。
「サラ!」
「リーダー!」
慌てて駆けよる。
「おい、大丈夫か!」
「くぅ、効いたぞ。なに、アルフ?」
「無事、みたいだな」
「ああ無事だ。ベルのおかげではあるがな。それより、逃げろ」
「いや、もう遅い」
その瞬間、甲高い擦過音が響く。上空に現れたベルに何かが突っ込んでいた。それは巨大な蛇――バジリスク。何とか魔眼の効力をベルが弾き飛ばすのを確認すると真っ直ぐにアミュレントへと向かって行った。
「おいおいおい!」
即座に何が起きたのか悟ったアルフは、
「ゼグルド、スターゼル、エーファを連れて、逃げろ!!」
逃げるための指示を飛ばす。
「応!」
それに反応できたのはゼグルドだけだ。スターゼルはバジリスクを見つめたまま固まっていた。魔法使いは魔力に敏感だ。
それだけに、スターゼルにはわかる。この目の前のバジリスクが自分たちではどうしようもできない化け物であることが。
ゆえに、蛇に睨まれた蛙と同じ。動けない。圧倒的威圧が鎖となり地へと縫い付ける。
「おらぁ!」
アルフがスターゼルを殴りつける。
「ごぶぁ!?」
「直視するな! とにかく逃げろ。エーファを連れて! 出来るだけ離れろ、だがベルの結界からは出るなよ。そこで二人を守ってろ!」
「あ、ああ」
ゼグルドとスターゼルがそれぞれ恐怖で固まったリアンとエーファを担いで逃げ出す。
「さて、俺も逃げたいが面倒なのがいるからな――」
そう言いながら、バジリスクから続く魔力の流れを横目に入れつつアルフが矢を放つ。ゼグルドたちを追おうとしたバジリスクの視線が煩わしそうにこちらに向く。
甲高い音が響いた。
「アルフ先生に手は出させんよ。やれやれ、アルフ先生。貴方も逃げるべきだが、そうもいかないようだ。――岩縛――」
ベルの手が翻る。魔導書のページが開く。魔法言語が踊る。バジリスクを岩が捕えようと動く。だが、魔法により隆起した岩はバジリスクに触れた途端力を失い地へ落ちる。
「俺は弱いけどなベル、俺は――」
「フフ、わかっているさアルフ先生。先生には、向こうを任せる。こちらは任せてもらおう。だが、少しばかり時がいる。サイラスの面々行けるか?」
「問題はない」
「われも行こう」
そこに現れたのはゼグルド。街へと早々に送り届けたゼグルドは、ギルドへの報告をスターゼルらに任せてきたという。かなり本気を出したようだった。
こんなに早く戻ってくるとは思ってもいなかったが、おそらくは戻ってくるだろうと思っていたアルフはそれを了承する。彼ならば問題ない。それだけの実力は持っているのだ。
「心強いな竜人。では、アルフ先生」
「ああ、頼んだ」
「こちらもだ。頼んだ」
そう言ってアルフは岩の森に消える。
「さあ、サイラスのリーダー、止めるとしようか」
「無論だ。行くぞ、お前たち」
「…………了解」
「やれやれー、これは大変だ」
「ぁうぅ、ぅ、ん!」
「うむ、本気を出すとするか」
決戦が始まる。アミュレントにおいて最強の力を持つ者たちの戦いが、今、始まろうとしていた。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
黒いローブをまとった男は、バジリスクが暴れる様を見ていた。心底楽しそうに、心底面白そうに。
「ククク、さて、どこまでやれるのか」
「おっと、動くなよ」
そんな黒ローブの男の首に背後からやって来たアルフが短剣を突きつける。
「おや、なぜ私の居場所がバレたのでしょうか」
まったくそうは思っていないように心底楽しそうに男はそのままの姿勢で告げる。理由などわかっているくせに。
「あのバジリスクはどう考えても普通じゃねえ。一度、ベルの新人指導中に出会ったことがあるんだよ。それと比べてあれば、明らかに魔力量がおかしすぎる。
それに俺には竜舞姫つうテイマーの弟子がいてな。同じなんだわ。上手く隠しいるようだが魔物操る時のあいつと同じで魔力の流れがここまで続いていた。お前が術者だろ」
「さあて、どうでしょう」
どこまでも真面目に取り合う気がないように男はそう言う。
「お前の命令なら止まるんじゃないか?」
「さあて、私を殺せば止まるんじゃないですか?」
「そうかなら倒させてもらう」
「できますかねえ、あなた如きに」
「さてな。だが、出来なくても、時間さえ稼げばベルがなんとかしてくれるさ」
それに、みんなが戦っている中で黙って見ているなどアルフには出来なかった。わかっているのに、見て見ぬふりなどアルフには出来るはずはない。
「孤児院の子供たちを拐かしたこともあるらしいし、殺そうともしてくれたらしいからな」
「ああ、彼らは実に良い仕事をしてくれましたよ」
「何を企んでるかは知らねえ。だが、ろくでもねえことはわかる」
「ならば、どうしますか?」
「ここで止める」
――刹那、金属音が響く。
漆黒の刃がアルフの短剣を弾いた。
「では、少し遊びましょう」
「来いよ」
そう言って、アルフは背を向けて全力で駆け出した。
さて、なかなかに大変なことになってまいりましたが、アルフさんは平常運転でございます。
華々しい活躍をしないしできない主人公ですが、経験と道具を駆使して頑張ってもらいましょう。
あと、モンスター文庫大賞二次選考落ちました。まあ、一次通っただけ快挙ですし、これからも頑張って行きます。
次回もよろしくお願いします。