第8話 チーム
倒れたロックスネークを解体していると、
「来たか」
こちらに歩いてくる音がする。気配を隠しもしていないので、襲撃者というわけではない。同じく気配に気が付いたエーファとリアンは警戒は解かずにそちらの方を見ている。
アルフは誰かわかっているので何も言わず自然体で立っていた。そして、岩陰から現れたのは、
「む、魔力を辿って来てみれば、エーファではないか、何をしておるこのような場所で。それよりスキンナリとかいう無礼者はどこへ行ったのだ」
「あれ? おかしい、どこにいった?」
スターゼルとゼグルドの二人であった。
「ゼグルド様と、ついでに旦那様!?」
「おいいぃ! 我輩の方がついでだと!?」
「それで、なぜここにいるのでございますか?」
「無視であるか!? 我輩、お前をそんな風に育てた覚えはないである!」
「育てられた覚えもないでございます。それよりなんでここに?」
スターゼルを無視してエーファはゼグルドに問う。
「わからない。ラナリア殿にここに来るように言われてここに来たのだ」
「ついでに旦那様は?」
「まだ、ついでであるか!? ええい、知らんである。我輩はただここに来るように言われただけである」
エーファとリアンは顔を見合わせて首を傾げる。エーファもリアンもアルフからは何も聞いていなかったのだ。
四人は仕組んだであろうアルフを見る。そのアルフはスターゼルとゼグルドの二人と同じように岩陰から出てきたサイラスの三人、イグナーツ、ラナリア、スキンナリと話をしていた。
「ぁ、ちょうど、良いです、ね」
「おう。ちょうどいいタイミングだ」
「ぁ、ど、ぉうです?」
「ああ、かなり早い。お前らんとこの新人、大物になるぞ」
「ぁぅ、よかったぁ」
「ただ――」
「ただ?」
「ただ俺、あいつらとおんなじとこまで来んのに半年はかかったんだぞ、ちくしょう。才能が恨めしい」
血涙すら流しそうな勢いで悔しがるアルフ。こればかりはどうしようもできない問題なので、ラナリアはたじたじ。
「ぁぅ、えっと、ど、どんまい?」
「慰めなんていらねえよちくしょう。はあ、さて集まったなお前ら。まずは、ここまで――」
「ええい、さっさと本題を話すである! なぜ、我輩がこんな場所に呼び出されなければならぬのであるかを!」
「――スターゼルはせっかちだな。まあ、良いだろ。これからやるのはチーム戦ってやつだ。お前たちはちょうど四人だからな。いつもはやらないが、今回は特別にチーム戦でもしてみようと思ってな」
ルールは単純明快。新人チームは相手側のリーダーであるアルフを倒せば勝ち、逆にアルフたちは新人全員を戦闘不能にすれば勝利となる。
「ふむ、しかし怪我しては困るだろ?」
ゼグルドの言葉ににへらと笑ったスキンナリが答える。
「私がいるので、死なない限りはなおしますよー、なので、みなさん率先して怪我してくださいねえー。くっくっく」
実に楽しそうだった。
「他に何か聞きたいことはあるか?」
「ないであーる、さっさとお前を倒して終わらせるであーる」
「またまた、お前は」
「…………」
「…………」
そんな中、リアンとエーファの二人の表情は暗かった。
どうにも竜人のゼグルドが合流したにしても、相手はさらに州級の上級冒険者が三人も合流しているのである。
それも戦闘能力は自分たちよりも遥かに格上。ゼグルドがいても厳しいのではないかと二人が思案してた。
「じゃあ、他にないなら始めるぞ」
――アルフがそう告げたその瞬間、
「おおおおおお!!」
ゼグルドが地を蹴った。
地を蹴って飛び出し竜骨の大剣を振りかぶるゼグルドの思考はすこぶる単純だった。そんな複雑なことは考えていない。ただ何よりも速くアルフに一撃を当てて終わらせるのだ。
それ以外に何もない。竜人としては珍しい性質を持つゼグルドも戦闘となればやはり竜人なのだと誰もが思うほどの強さを発揮する。
その戦闘勘がここで仕留めねば長引くと告げていたのだ。ゼグルドは決して弱者だろうとも相手を驕ることをしない。
竜人にとって弱者とは見下し自らの糧となる者だのことだが、ゼグルドにその驕りはなかった。特にアルフを侮るなどできるはずがない。
アルフの本気の戦闘を見たことはないが、わかるのだ。いや、知っているのだ。あの手の輩を侮ると手痛いしっぺ返しを食らうと。
おそらくアルフは逃げる。確実な勝利の為だ。そして、逃げに徹したアルフを捕まえるのはゼグルドにしても難しい注文だ。特に岩の森。直線で走って場所を破壊しつくして良いというのならば追いつくことは容易い。
だが、現実それはできないのだ。ゼグルドとしてはやりたくもなかった。普通に追えば、小回りの利くアルフの方がこの森では有利。
長引かせれば、不利になって行くのはゼグルドたちの方であると察した。だからこそ、勝負はここだ。最初の一手これで終わらせる。
最も合理的な判断だった。逃げる相手を捕まえる最も簡単な方法は逃がさないことだ。逃げ足に優れた相手だろうが、なんだろうがその逃げ足が発揮される前であれば捕まえるのは容易い。
そのつもりで地を蹴り、アルフへと大剣を振りかぶっていた。無論、振り下ろす気はなく単純に少しだけ当てるだけにとどめる為に力はそこまで込めてはいない。
そこで見たのはアルフの不敵な笑みだった。
「甘いぞ、ゼグルド」
そんな呟きが聞こえたと思った次の瞬間――
「ぐ――!」
ゼグルドが吹き飛ばされた。
「なんだと――」
ゼグルドの眼はそれを捉えている。
竜骨の大剣を振り下ろすその瞬間に踏み込んできたアルフ。一瞬の身体強化を用いて寸前で大剣を躱しその腹へと渾身の打撃を叩き込む。
縦方向の力に横から力をかければ簡単に弾くことが出来る。何より、ゼグルドはアルフに配慮してそれほど力を込めていなかった。ゆえに、アルフでも弾くことが出来たというわけだ。
その後、一瞬のうちに接近したラナリアがゼグルドを蹴り飛ばしたのである。そして、次の瞬間にはイグナーツが体勢を低くし溜めをいれて大剣を振りかぶり目の前にいる。
「ぐ――!」
振り下ろされた大剣の一撃を受けて、ゼグルドはリアンたちの隣へと吹き飛ばされる。追撃を警戒したが追撃はない。イグナーツはアルフの傍に戻っている。
「甘い甘い。確かにお前の判断は間違いじゃないが、それくらいわかってんだ。飛び出すならお前だろうと思ってた。わかってればいくらでも対処は出来るってわけだ、ってか、いてえ」
今になって痛みが来たのか殴りつけた手を振る。
「くふふ、無茶するからですよまったく」
「ならば、我輩である!」
こんなものさっさと終わらせるである、とスターゼルが詠唱を開始する。
「ArD eclept vqcs oxduge excll svnant ml_xedra rospt lnz svegvld izn_rqa ramSlX」
開始音から始まり、属性を指定、魔法の現象を指定、効果範囲を指定、魔法の形状を指定、魔法の規模を指定、最後に終了音。
励起された魔力が発声された魔法言語を彼の周りへ浮かび上がらせ、掲げた杖先へと複雑な紋様として幾重にも円状に規則正しく配列された呪文となる。
呪文を束ねた巨大な魔法陣が杖先へと現出する。
「偉大なる大地の精霊よ、シュバーミットの名において命ず――」
「あっまーいんですよぉ!」
パンッ!! とスキンナリが手を叩いた。
「――槍となりて、我が敵を刺し穿て――アースランス!!!」
スターゼルが呪文の最終節、魔法の名を結び杖を振り下ろす。
莫大な魔力が生じ、吹き荒れ――ない。
「ほら、これを見てくださいな」
彼の手から出てきたのは魔石だった。土色の魔石が大量に。
「なぜ、そんなにも」
その答えはアルフが言う。
「大量の無色の魔石だったものだ。言いたいことはわかるよなあ?」
無色の魔石とは魔力の入っていない、あるいは蓄積された魔力を使い切った魔石のこと。とある方法を使って魔力を魔石から抜くとこの状態になる。
この無の魔石の特徴は魔力を吸収して、蓄えるという性質があるのだ。大量にあれば魔法を使おうとしても流れ出した魔力が片っ端から吸収されて魔法は発動しない。
「こ、これだけの魔石、どこから!」
「いやあ、空間系の魔法って私苦手なんですがね、アルフさんが絶対スターゼルは魔法を使うはずだから用意してくれって言われたんで」
「ぐぬぬぬ!」
「それじゃあ」
悔しがるスターゼルをよそにアルフらは即座に背を向けて逃げ出した。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
――走る、走る
岩の森を全力で走る。
「はあ、はあ、はあっぁ、くそったれ!」
アルフは全力で走っていた。そんな彼の周りを囲むように走るのはサイラスの三人。アルフが全力であるのに対して彼らはどこまでも余裕そうであった。
アルフは全力で走らなければ、一瞬でも気を抜けばおいていかれるだろう。息切れしているアルフに対して彼らは息切れすらしていない。それどころか、笑顔で雑談すらしているのだ。
アルフが全力で走る速度は彼らにとってはそれほどでもない速度である。わかってはいることであるが、その事実は毎度のことながら心にぐさりとくる。
だが、それでもおいていかれないように全力で走る。
アルフは背後を振り返る。ゼグルドたちが追って来ていた。先頭を走るのは当然のようにゼグルド。大きく開いてスターゼル。それから更に遅れてエーファとリアンが続く。
予想通りの順番だった。竜人であるために破格の身体能力を持つゼグルドは冒険者ランクでいうと現在はミリアと同等の州級程度だろう。それも王国級に限りなく近い。
スターゼルは地方級と言ったところ。エーファとリアンがようやくEランクだ。ランクの差は身体能力の差でもある。
こういう追いかけっこをしているとそういうのが顕著に出る。
「ぁ、あの、このさき、崖」
ふと、ラナリアがそう言う。どうするのかと聞いてくる。
「飛び越えるぞ」
それに頷いたのと同時に目の前が開け、切り立った崖が現れた。岩の森を区切る深い断絶。それは途轍もなく広い。
人を縦に五十人ほど並べることが出来るくらいの距離がそこには開いている。
勢いを殺さずサイラスの三人はそれを一っ跳びで越えていく。まったくの危なげなく彼らは余裕で向こう側へと着地出来ていた。
アルフも跳ぶが飛距離が足りない。半分、いや四半分、いや全然行かないうちにアルフの身体に重力の鎖が巻き付いてくる。そうして引きづり降ろそうとしてやって来るのだ。
だが、無論、アルフに落ちてやる気などなかった。こんなところで落ちるなど格好悪すぎる。抱きかかえられて跳ぶという選択肢もあったがプライドが許さない為却下された。
「おらあ!」
アルフは背中の弓を出して、矢をつがえる。ロープが結ばれた矢だ。ロープは腕に巻き付いている。それに魔力を込めて放つ。
快音を響かせて矢は凄まじい勢いで飛翔する。巻き付けたロープが引かれぐん、とアルフの身体はロープに従って崖の向こう側へと辿りついた。
「はあ」
止めていた息を吐きながら刺さった矢を回収し、ロープを巻き取って再び走る。その間にゼグルドたちも崖を飛び越えようとしていた。
ゼグルドは当然のように一っ跳び。スターゼルは魔法を使い空中を歩いて崖を越える。エーファたちはどうあがいても飛び越えることは無理であるため、立ち往生。スターゼルが魔法を用いて橋をつくってなんとか渡っていた。
飛び越える際、アルフが矢を回収しロープを巻き取っていたのを見たゼグルドがそれを好機と見たのだろう。
「――!」
彼は距離を詰めて来た。跳躍し一気に距離を詰める。
「ら、ラナリア、蹴り、はあっはっ、か、返せ!」
「ぁぅ、えっと――! ……オラァ!!」
それをラナリアが蹴り返す。ずどん、と反対側の地面にぶち当たり、砂煙をあげるが、即座にゼグルドは砂煙のカーテンを突き破りラナリアへと突撃する。
しかし、読んでいたとばかりにラナリアの健脚から放たれた鋭い蹴りがゼグルドの胴を貫き、そのまま連続して振り上げられた脚は顎をかちあげた。
流石の竜人も脳を揺らされれば無事では済まないだろうと思っていたが、ふらふらとなりながらもゼグルドは頭を振って追ってくる。そこにダメージは感じられない。竜人の規格外ここに極まれり。
いや、まだまだ序の口だろう。
走りながらゼグルドの胸が膨らむ。感じるのは熱気のような猛る魔力の奔流。ゼグルドを見てきたアルフには彼が炎を放つ気だとわかった。
「ラナリア!」
「わかってるよォ!!」
ゼグルドが炎を放つまさにその瞬間、ラナリアが彼に突っ込んだ。
「ゴフゥァ――」
「ハッ! おせェ!」
腹にめり込むほどの鋭い蹴り。だが、ゼグルドはそれを筋肉で受け止めて固める。そのままラナリアに向けて大剣を振り下ろす。
「おっとォ! ハッ、流石は竜人様だァ!」
ラナリアは腹にめり込み固定されている脚を起点にとんっと地面を蹴って脚を振り上げ、振り下ろされる大剣を迎撃しようとする。触れただけでも吹き飛ばされかねない大剣の一撃。
くんっと巧みに大剣の柄付近の腹の一点をラナリアは蹴った。ぐんと弾かれる大剣。
そのまま左脚をゼグルドの首へと巻き付け思いきり身体を捻った。右足を起点としてひっかけた左足をそのままに身体を思い切り捻ったことによって、ゼグルドの身体が引っ張られる。
その瞬間アルフがゼグルドの足へと矢を放つ。エルフの弓から放たれる矢は鋭い。それによって僅かにズレたゼグルドの重心。どすんという音を響かせてゼグルドが地面に倒れた。
援護したとはいえども竜人を地面に倒すという偉業をやってのけたラナリアをおっかなそうに見ていた。
「あーおっかねえ。あいつ、相変わらず戦いになると性格変わるんだよなあ」
「おっせえ!」
「おわああ」
するといつの間にか戻ってきたラナリアがアルフを抱えられる。まったく速度は変わっていない。むしろアルフが走っていない分速い。
「…………」
悲しみがアルフを襲った。
「だあ、考えてもしかたねえってわかってんだけどよおおおおお!!」
「うっせええ! 耳ん横で叫ぶなぼけがァ!」
「知るか! おっかねえんだよ! あと、女に抱えられてる俺のみじめさがわかるかこらあ!」
「知るかァ!」
毎度ながらヤケになっているアルフは弓を構えて矢を放つ。スターゼルに向けて放ったそれを彼は杖を振り回すことで弾く。
流石貴族だけあって魔法だけでなくきちんとした武術も学んでいたようだ。淀みなく矢を弾き、追撃してくる。
魔法は放たない。魔法は動いていては使えないのだ。こうやって逃げる限りは魔法の心配はしなくていい。
「しっかし、まあ、エーファとリアンは参加できねえか」
そもそも追いつけてすらいない。どんどん引き離されている。
「それじゃあ経験にならないな。ラナリア!」
ラナリアがゼグルドとスターゼルを吹き飛ばしている間にアルフは降ろしてもらい頭の中の岩の森の景観を思い出す。
「確か、この先には……」
「ぁ、えぇと、この先の崖の上に広場が」
「良し、ならそこでやるぞ」
「「「了解!」」」
眼前に現れた崖を登って行く。サイラスの面々はたった一回の跳躍で崖の上まで登り切った。アルフは最初こそ跳んである程度まで登ったが、途中からは跳べるだけの足場がなかったため手と足を使って普通に登って行く。
サイラスに遅れること十数分で登り切った。ゼグルドたちが追い付いてきていたが、上からラナリアたちがけん制していたおかげで登り切ることが出来た。
「はあ、はあ、疲れた」
息を荒げて疲れた様子のアルフであるが休んでいる暇はない。即座に立ちあがり広場の端へ。振り返ると同時にゼグルドが飛び上ってきた。
構えるサイラスの三人を見て、一人では無理と悟ったのか睨むばかりで攻めては来ない。
「ぬおおお、我輩がなぜ、このようなことをおお!」
少し遅れて文句を垂れながらスターゼルが登ってきた。
「む、何をしておるかゼグルド。さっさとアルフに一撃当てるである」
「それは無理だ。三人も怖いのが守っている。われ一人では無理だ」
「なら、我輩が来たからには百人力であろう。さあ、援護してやるさっさといくであーる」
「待て、流石に二人でも無理だ」
ゼグルドは動かない。その為、膠着する。それから遅れに遅れて、エーファとリアンが広場に現れた。息も絶え絶えで疲労困憊の様子であるが戦う意思はあるようで剣を手に構えを取って見せる。
大きな広場。決戦の場所としては申し分ない。
「じゃあ、始めようか」
新人とアルフ・サイラスチームの戦いが始まる。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
一方、その頃。
サラたちはと言うと再び調査に行こうとしていた。このところバジリスクが現れることはなくなっていたが、今だベルはアミュレントにいる。サラが止めていたからだ。
サラは未だに調査を続けていたのである。
「今日もいくのか~?」
ベルが嫌そうに言う。アルフがいるから別にアミュレントにいるのは良いが、朝に起こされるのだけは勘弁してほしかった。
「当たり前だ。あれだけ毎日現れていたバジリスクが急に現れなくなった。明らかにおかしいだろう」
「むぅ」
正論の為言い返せないため、再び二人は砂塵の荒野へと赴いていた。
「やはり何もない。帰ろうサイラスのリーダー。私、眠い。寝たい」
「朝弱いのはわかるが、流石に――っ! 誰だ!」
話している途中、サラが叫ぶ。その声が荒野に響く。その数秒後、虚空に漆黒が現れた。
「おやおや、バレましたか。流石はサイラスのリーダーと言ったところですか」
漆黒のローブを来た男が嗤いながら現れる。
「何者だ」
「さて、何者でもしょうか」
「あー、面倒な相手だ。サイラスのリーダー。殴れ。殴って吐かせた方が速い」
「そうだな」
言う気がないのならば力ずくで吐かす。なんら複雑な思考もなく単純にサラはそうすることに決めた。疑わしきは殴る。
いつかサラが言っていた言葉らしいがその言葉通り、既に殴りかかっていた。
「おっと」
しかし、その拳が男を捉えることはなかった。見えない壁のようなものに阻まれている。
「魔法使い、いや」
魔法のようではあったが、魔力を魔導書に通した様子はなかった。詠唱もしていない。魔法ではない。ならば魔法のようで魔法でないこれは何なのか。
「やれやれ、いきなり殴りかかってくるとはごあいさつですね」
「おい、ベル、これはなんだ」
「ふぁっ? すまん、寝ていた。なんだ?」
「これはなんだと聞いている」
「うん?」
寝起き特有のほんわかとした雰囲気でサラとローブの男をベルが見つめる。その瞬間、
「――――」
サラは彼女が息を呑んだのを感じた。
「な、ん、だと、まさか、お前も、いや、そんなはずはない。あいつは、私が、殺したんだ。あいつらは、私が! だからそんなはずはなんだお前は!」
「さて、なんでしょう。あなたはどう思うんですか半分のお嬢さん? 同族に出会ったのは初めてですか? ックックク」
「――ぁ」
男の言葉にびくりと、ベルは肩を震わせた。そして、小さく声を上げたかと思うと、
「――同族。同族だと? ああ、そうか。そういうことか! お前が、お前たちが……。ならば、死ね。お前があの忌々しい男が言っていたものならば、アルフ先生の為にここで消え失せろ」
――魔力が氾濫する。
莫大な魔力がベルを中心に氾濫を引き起こした。全てを呑み込み。凄まじい魔力によって荒野が、大岩が、空間の全てがねじ曲がり湾曲していく。
もはや正常な光景がどのようなものなのかすらわからなくなった。全てが歪み、捻じれ異形の光景を作り上げている。
その中心で禍々しい魔力を放つベルのフードの中の双眼が燃えている。紅く、赤く。血の如き輝きが一筋の黄金を称えながら燃えていた。
「アハハッハアハハハハ!! 素晴らしい! だからこそ、勿体ない此方側に来れば良いものを」
「五月蝿い」
「ハハハッハッハ、良いではありませんか。一応は、同じものなんですからねぇ」
「喚くな」
ギチギチと、空間が悲鳴を上げる。莫大な魔力の奔流が世界を歪める。ベルはただ言葉を紡ぐ。
「潰れろ」
大気が圧縮される。全てが潰れる。男を中心に全てが圧縮され彼を押しつぶさんとする。だが、男は笑みを崩さない。ローブの下から僅かに覗く口元はただ笑みの形で固定されているかのよう。
「フフ、可愛らしい」
男が指を鳴らす。ただそれだけで圧倒的な圧力が消え失せた。
ベルが再び何事かを呟く。燃え盛る炎が男を包む。七つの炎。彼女を象徴する七色の輝きを宿す炎が全てを燃やし尽くさんと猛る。
だが、男が指を鳴らす音とともに炎は凍りつき消え失せた。
「なるほど、ここまでの性能とは驚きましたよ。存外、人間の馬鹿にできないものですねえ。だからこその定めなのでしょうが。人がどこまで堕ちれるのか。本当、ここまで堕ちてなお輝きを宿すとは本当に人間とは面白い」
「ごちゃごちゃと五月蝿いぞ!」
炎が爆ぜる。男を呑み込むも、男は無傷で炎から出て来る。
「いつまでも遊んでいる暇はありませんねえ。しかし、丁度良い。最終試験と行こうではありませんか」
ローブの男が何事かを呟く。それは魔法言語のようであるが、明らかに異質なものであった。聞く者全てを不安にするその音にベルも見ているだけであるサラも、その身を悪寒が駆け上がる。
ゆえに、サラは叫んでいた。
「ベル!!」
「わかっている!」
止めなければ何か悪いことが起きる。何をするのかわからないが、それだけは確信してわかった。だからこそ、ベルが止めようと腕を振るったその瞬間、
「なっ――!?」
場を満たしていた全ての魔力が消え失せた。いいや、そうじゃない。全ての魔力が男の下に集まった。莫大な魔力だ。大地とベルの魔力、この一帯全てを枯らす勢いで吸い上げられていく。
生命が死に絶えていくのがベルにもサラにもわかった。それは一瞬の事であり、次の瞬間には別のことが起きている。
集められた莫大な魔力が形をつくって行く。それはサラに迷宮での魔物の誕生を思わせた。現にそうなのだろう。
サラは本能的に何が起きているのかを悟る。あの男こそが探していたバジリスクの大量発生の犯人。そして、目の前で起きているのはその手段の実行なのだということを悟った。
集められた魔力が形を結ぶ。弾ける魔力と衝撃と共に現れたのはバジリスク。それは先ほどサラが戦ったものとは比較にならない。
本物のバジリスクであった。超巨大な大蛇が姿を現したのだ。
第8話でした。リアルはまだまだ落ち着かず忙しいです。しかも、自転車のタイヤがパンクするという不幸まで。
色々と生命線な自転車のパンクは地味に心にぐさりと突き刺さります。
まあ、それはさておいてまずは改稿についての報告から。
プロローグがだいたい書きあがったので、日曜日から一話ずつ差し替えていきたいと思います。その都度活動報告などでアナウンスするのでよろしくお願いします。
そのため、来週は第二章の更新はお休み。
第一章の方の改稿はまだまだかかりそうなので、後々報告します。
次に本作の略称ですが、とんかつとある中の二つの候補が最終選考に残りました。さっさと決めろと言われそうですが、なかなか難しいです。
そこで、どちらが良いか投票で決めたいと思います。
期限は一週間で、投票数が多い方に決定します。なかったり、同票の場合は、独断と偏見で決めます。
感想やら活動報告のコメントなどで投票よろしくお願いします。
では、また次回。