第6話 進歩
――修業開始から二週間。
その間、何度か逃げようとしたエーファとリアンであるがその全てアルフによって防がれていた。追ってくるアルフは実に楽しそうであり、当たりそうなギリギリの位置で矢を放ってくる。
そして延々と走らせ続けさせられて倒れて結局逃げられずに連れ戻されるのだ。動けないといっても修業はいつも通り。最初の一週間で逃げることは諦める羽目になった。
ただ、その頃になれば多少は動けるようになって成果が見えたので逃げるような気もなくなったのだが。
無茶な修行ほど成果は早く出る。魔力が絡むともっと早い。魔力の入った魔法薬万歳である。味は悲惨であるが。
「さあ、来い!」
「「はい!」」
そんなこんなで二週間が過ぎ、いつものように修業は朝の組手から。
まず動いたのはエーファだ。装填されたクロスボウから太矢を放つ。真っ直ぐ飛翔するそれの着弾を確認することなく、彼女は素早く腰の筒から太矢をクロスボウに装填。クロスボウに備えられた装填用のレバーを引いて弦を引き発射できるようにしてその瞬間には放った。
それをアルフは横に跳ぶことによって躱す。間髪入れずの第二射であるが、アルフは既に太矢が向けられると同時に動き出していたためにその太矢が当たることはない。
エーファがクロスボウを出していた時点で始まった瞬間に撃ってくるだろうと予測していたのだ。だから向けられた瞬間には回避行動をとっていた。
そして、そんなことはリアンたちは百も承知である。アルフの動きはこの二週間で毎日見ている。クロスボウを取り出していれば、それを最初に撃ってくるだろうと予測することくらいわかる。
だからこそ避けられることが前提の一撃、いや二撃。
横へ跳んだ彼の着地点へとリアンが走る。着地したその瞬間を狙う。
「はあッ!!」
素早く剣の間合いへと踏み込む。右足での踏み込み、そこから腰の捻りを伝えるようにして肩、肘、手首を伸ばす。
身体の伸びと共に剣が左から伸びてくる。鉄の軌跡を描きながらアルフの胴を刈らんと伸びていく。
「おっと!」
その一撃をアルフは爪先だけを地面につけそれによって地面を蹴ることで躱す。胴をかすめる様にして剣は振りぬかれた。
剣を振りぬいたリアンの背後から太矢が飛翔する。リアンの脇と肩を通すように放たれた太矢がアルフへと真っ直ぐに飛んで来た。
「おお!」
そこに更にリアンが踏み込んでくる。右足を前に肘を伸ばし顎をあげながら鼻先で相手を見下ろすかのようにした突きが来る。
「一本じゃ足りねえか」
しかし、アルフは冷静に、左手で小剣を抜く。逆手に抜いたそれでアルフ左側の太矢二射の射線上に滑らせるように置いて弾くとともに、右手の剣で払いのけるように右からリアンの剣の腹を叩いて弾く。
「まだ!」
弾かれたままに身体を回転させ回転の威力をしようしたままに、手首を返して右水平からの斬りへとリアンが続ける。
更にそこに放たれる太矢。リアンの剣を払ったことによって開いたアルフの胴体へと太矢が放たれた。
「負けられんよなあ」
集中によって世界の時が遅くなったかのように感じる最中でアルフは動く。一歩、二歩、右へと跳ぶ。力を抜き、地面を転がるようにしてエーファとリアンの攻撃を躱し即座に立ち上がる。
そこにはリアンが迫っていた。
「はあああああ!!」
当然、それは受ける。現在、リアンの影になってエーファの太矢は撃てない。ゆえに、受ける。剣を水平に。
しかし、振り下ろしと同時に来るはずの剣は来ない。
リアンが柄を手離していたからだ。空中で一回転する剣。その刃をリアンが掴みとっていた。篭手をしている為、刃が自身を斬ることはなく、それでいて柄は実は刃よりも重い。そのため十字の柄はそれだけで鈍器となるのだ。
振り下ろしは刃を振り下ろすよりも遥かに速く、そして高い威力でもってアルフを襲う。全力での振り下ろし。予想外の振り下ろしの威力が腕へと伝わる。
しかし、柄は受けていない。前に一歩出て刃の部分を受けた。それでも重さが乗った一撃の威力は高かった。
「やるな!」
「いいえ、まだです!」
そこではまだ終わらない。
引く。リアンが振り下ろした剣を引く。刃が滑り硬質な音を鳴らす。それと同時に柄がアルフの剣の腹を叩く。
両手で受けていなかったのが仇となった。リアンの全力と体重を合わせればアルフの片手の力を越える。剣が引かれると同時にアルフの手を離れていた。
その剣は自らの剣を手離したリアンの手の中へ。即座に斬ってきた彼の一撃を小剣で受け止める。
リアンはそこから更に左足で踏み込む。剣の鍔でアルフの小剣を右横に跳ね飛ばしそのままポンメルで鼻を狙う。
アルフはそれを首を逸らすことによって躱す。そもそも身長差があるためそこまで脅威でもないが、厄介ではある。
「おらっ!」
そこから次に続けられては面倒だとアルフは手の空いた右肘で近づいてきてくれたリアンの顔面を打つ。
「ぐっ――!」
「おらァ!!」
後ろへ流れるリアンの胸倉を掴むと同時に彼を持ったまま腰を捻り、全身の回転運動から彼を投げ飛ばす。
ごろごろと転がるリアン。それに追撃しようとすれば、エーファの太矢が足元に刺さる。そちらに投擲剣を投擲すると同時にエーファへと疾駆する。
エーファは投擲された三本の投擲剣を横に転がるようにして躱すとクロスボウから二本の短剣へと持ち替える。
逆手に持ったそれで向かってくるアルフへと同じように疾駆した。
「やあ!」
気合いの声と共に右の短剣を振るい、アルフがそれを受けると同時に左の短剣も振るう。返す時に逆手から持ち替えクロスするように斬りつける。
剣が硬質な音を立てた。
「良いぞ、やるようになった!」
今度はこちらとばかりにアルフが攻め立てる。
エーファは左右から振るわれる小剣を左右の小剣を再び逆手に持ち替えて外へいなすようにして受け流す。
そこに背後から剣が飛んでくる。見ることなくそれを躱すと体勢を整えたエーファが右から短剣を振るい後ろからは剣を投擲し走り込んできたリアンがエーファとは逆方向から逃げ場をふさぐように剣を振るっている。
アルフは剣を躱したことによって体勢が崩れている上に左右を前後を封じられた。これは躱せない。二人は勝利を確信した。
「――――」
だが、その時アルフが加速する。アルフが淡い青を纏ったのをエーファは見たが、それと同時に短剣と剣が防がれた。
「「なっ――!?」」
その謎を解明する前に振り下ろしがエーファに来る。
「くぅ!」
突如として振り下ろされた小剣をエーファは咄嗟に両の短剣で受け止める。その瞬間、アルフの蹴りが胴へ。それを受けるも、身体を回転させることによって威力を流し、振り返ると共にアルフの振り下ろしを受け流して脇を抜けようとする。
アルフは体勢を低く走り抜けようとするエーファのベルトを掴むとそのまま投げた。同時に呆けていたリアンも同じように投げる。
「ふぅ、こんなもんだな。いや、最後のは良かったぞ。良くやったな。さて、なら次行くぞ」
「え」
「あ、はい」
「色々と聞きたいことがあるだろうが、それはあとだ。まずはついて来い」
そう言ってアルフは走り出す。エーファとリアンも慌ててアルフを追った。
森を走る。アルフを追っていた二人はアルフに追われるようになっていた。景色が流れていく。アルフの走る速度は最初から速い。
だが、リアンもエーファもそれについて走っている。アルフが追い立てる必要もない。確実に進歩しているのがわかる。
初日と同じように数時間、日が頂点に来るまで走り続けた。それでも二人が倒れ込むようなことはない。息が荒くなってはいるもののまだまだ動けるくらいの余裕があった。
その事実にアルフは笑みをつくる。しっかりと育ってくれているようで何より。やはり教え子が育っているとわかるのは嬉しいものがあった。
「さて、じゃあ登りますかね。先に行ってるから ゆっくり来い」
次いで巨木を登る。アルフが先に地を蹴って枝から枝へ一っ跳びに登って行く登って行った。それに対してエーファとリアンはしっかり慎重に登って行く。くぼみに手をかけ、足をかけてしっかりと。
途中途中休憩をはさんだものの、落ちることはない。今日こそは登って見せる。そんなやる気が感じられた。
登って、登って。二人はついに頂点へもう少しの位置までやって来た。
「もうすぐでございますね!」
「うん! でも慎重に行こう。ここで落ちたら」
「わかっているでございますよ」
ここで落ちたらここまで来たのが無駄になる。それになにより死ぬかもしれない。それだけは御免こうむる。
だからこそ慎重に。一気に二人は登らずに枝の上で十分な休憩をはさみ握力を回復させてから登る。少しずつ着実に近づいていく頂上。
「つ、いたー!」
「や、やったぞ!」
二人はついに頂上へと辿り着いた。
「うわあ」
「すごい……」
そこから見えるのはこの岩の森の全てだった。そこからは全てが見渡せた。何よりも高い場所。地平線の彼方までも見通せる。
この巨大な岩の木を中心に広がる岩の森。そこに住む生き物たち。遠くにはアミュレントの城壁が見える。
美しい光景だった。沈みかけた太陽と昇り始めた月が丁度正反対の位置、対称的な位置にあり空を二分している。
太陽の浮かぶ空は赤く、雲すらも朱に染められている。月の浮かぶ空は対照的に青い。月に近づくほどに靑は濃くなり黒に近づいているが、月から離れれば朱と交わり綺麗な紫色を創りだしていた。
疲れも辛さも、この光景を見たら全て吹っ飛んでしまう。
「おー、おめでとさん」
そんな光景に見とれているとぱちぱち、とアルフが拍手で二人のところにやって来て、目の前の光景を背にもっと良く見ろとでもいうように手を広げる。
「良い光景だろ? これが冒険者が見る景色だ」
冒険者はそれほど良い仕事ではない。かつて憧れた物語の中のようにはいかない。とても危険な職業であるしやることは雑用だったりもする。
地方では騎士団の代替と呼ばれたり、ゴロツキなどと呼ばれることもある。憧れほど輝かしい職業というわけではない。
特に才能のない者にとっては冒険者などやめた方が良いだろう。身の丈というものがある。身の丈に合わないことを続けても早死にするだけだ。
アルフはそれを良く知っている。だが、やめられないのだ。諦められないということもあるが、こんなに美しい光景を冒険者は見ることが出来る。
この時代、街の外に好き好んで出て行こうとするのは冒険者くらいだ。行商人は街道を外れることがない。
だから、こんな光景を見ることが出来るのは冒険者だけ。
「良く見ておくんだ。そして覚えておけ。もし、自分の限界が来て冒険者を辞めるか悩んだらこの光景を思い出せ。もう少し続けたくなる。まあ、すっぱりやめるってんなら良いんだがお前は俺に似てるからな」
きっと限界が来ても続けるだろ? そうアルフはリアンに笑いかける。
「はい! この光景を胸に頑張ります!」
「はは、その調子だ」
その後も三人は日が沈むまでこの光景を見続けた。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
その翌日。
「じゃあ、今日から修行の第二段階。魔物との戦闘に入ろうか」
アルフの言葉についに来たかとエーファとリアンはごくりと唾を嚥下する。
「さて、その前にだ。エーファは聞きたいことがあるだろ?」
「ええ、単刀直入に聞きいても良いでございますか?」
「ああ」
「では、昨日の組手の時、最後の一撃、私たちは確実にやったと思ったのでございます。ですが、結果は投げ飛ばされてしまったのでございます。私はあの時アルフ様の身体から魔力が立ち上っていたのが見えました。その瞬間、アルフ様は加速したようにしか思えない動きをしておりましたよね? あれはなんでございますか?」
「それ、僕も気になってました。いきなり速くなったように感じました」
その問いにアルフは笑みをつくる。
「良く視ていたな。ああ、今から教えるのはそれだ」
まずは見ていろとアルフは弓を取り出す。二人が見ている前でアルフは矢をつがえて放つ。それは一本の木に突き刺さる。
ただそれだけだ。特別なことは何もない。アルフが何を言いたいのかわからない二人は問いを投げかけようと口を開きかけるが、
「まあ、見ていろ」
アルフに止められた。ただアルフはもう一本の矢を取り出している。
それをつがえた。きりきり、と弦を引き絞る。前と何ら変わらない。少なくともリアンにはそう思えた。だが、エーファはそれを見て息をのんだ。
アルフが息を吐くと同時につがえられた矢へと淡く魔力が流れていくのを彼女の目は捉えていた。彼の腕の指先からつがえられた矢へと魔力が流れて行っているのだ。
青く揺らめき矢からにわかに立ち昇る魔力が渦を巻いている。
「シッ――!」
刹那、放たれた矢は豪速にて対象を突き穿つ。寸前に放った矢と寸分変わらぬ軌跡を描いて飛翔した矢は突き刺さることなく岩の木を貫通した。
「えええ――!?」
リアンはその結果に驚愕する。彼の目からすれば先ほどとまったく何も変わらないからだ。それだというのに結果の変わり様に目を丸くする。
対してエーファは、魔力が視えていたことと魔力についてある程度の知識があるためにその事象について正確に理解していた。
「魔力を纏わせたことによって、強化したのでございますか?」
「ああ、正解だ。流石、理解が速くて助かる」
「しかし、私は知らないでございます。魔法にそんなものは……」
「これは魔法じゃないからな。お前が知らなくて当然だ。これは武技という」
「「武技?」」
「ああ、武技だ」
魔力に使って自らの技を強化したり、あるいは斬撃を飛ばすなどと言った芸当を可能とする技術である。
「武技について詳しく説明する前に魔力について話しておくか。エーファ知っていることを話してくれ」
「はい、わかりましたでございます。
魔力とは人や大地、ありとあらゆるものが持つ力のことでございます。人や生物の身から湧き出すものをオド、大気中や自然の中にある魔力をマナと呼んだりしますが、同じものでございます。
魔法はそれを使い様々な現象を引き起こすのでございます。ここまではわかりますか?」
「えっと、なんとかね。それくらいは知ってる。でも、貴族様が使うものじゃないの? 僕には見えないよ?」
「そうでございます。アルフ様、普通は長い訓練を経て視えるようになるはず、冒険者の方はなんで魔力が見えるのでございますか?」
「魔物を殺し魔力を多く身体に取り込めば、魔力を見ることができるようになるんだ」
それは貴族が魔法を使えるようになるために魔力を視えるようにする方法と魔力に触れさせるという点において似ている。
だからこそエーファ理解は速かった。
「ああ、なるほど。大量に魔力に触れて慣れさせているのでございますね」
「そういうことだ。そうなって初めて武技が使えるよう為の下地ができる」
「僕も使えるんですか?!」
「ああ、使える」
魔力さえ見えればそれを動かすことはそれほど苦労はない。そうやって、魔力を自らの使いたいように動かすのだ。
流し込む、循環させる、あるいは溜める。それによって武技は様々な姿で発現する。斬撃を飛ばす。矢に鋼鉄を貫けるような威力を与えるなどと言った様々な現象を発現するだろう。
「二発目の矢は武技だったんですか? 名前は?」
「名前はない」
アルフが使ったのは弓を使う者ならば最初に覚えるであろう武技だったが名前はない。技は人によって違うため名前は本人が勝手につけるのが通例なのだ。
アルフはそういうのに興味はないためつけていない。誰かに教えるものでもないし、教えるときは大抵見せるので名前がないことは問題にならないのだ。
弓の武技と言えばアルフにとってはこれ。だから問題ないのだ。アルフが使える唯一の武技と言ってもいい。剣の武技は使えなかった。魔力が足りないのである。剣を包んで斬撃を強化するほどの魔力はない。
矢を包み、その威力をあげる程度が関の山だ。それでもミリアのあの魔力なしで繰り出される破壊的な斧の威力には程遠い。それに何度も連発することができない、できて五発。アルフにできるのはそれくらい。
「だが、使いどころを考えれば強い武器になる。お前らの魔力量は、見た限り俺より高いし若いからまだ増える。色々とできるはずだ」
「そうなんですか?!」
「ああ、そうだ。今から使い方を教えるが、まずは魔力が見えないことには始まらない」
魔力が見えなくとも感覚的に武技を使える奴はいるが、初心者にそれを強要するのは厳しいし見えるようにしてから実際に見せて説明しながら教える方が効率が良い。
「そこでエーファ、リアンに魔力を流し込んでやってくれ」
「それでリアン様に魔力を視えるようにするのでございますか? ですが、それは時間をかけないと」
「ああ、そうだ。だがリアンは魔力が多い。それにこの前サイラスとロックマンティスの群れの狩りに連れて行ってもらったらしいからな、自分では殺してないだろうが群れを殺したんだ魔力には結構触れてるはず。あとは直接流し込んで刺激してやれば視えるようになると思う。まあ、勘だがな」
「わかりましたでございます。では、やってみましょう。リアン様よろしいでございますか?」
「う、うん」
少し不安そうに、しかし期待に胸を膨らませてリアンはやってくれとエーファに告げる。
「リラックスでございますよー」
そう言いながらエーファは背伸びしてリアンの胸に手を置いた。そして、自分も目を閉じる。
集中してエーファはリアンへと己の魔力を流す為に魔導心臓と呼ばれる心臓の隣、身体の中心に存在する目に見えない特別な器官から湧き出す魔力を血管に沿う魔導路と呼ばれる通路から彼に触れている右手へと流していく。
淡く青くゆらりと魔力が立ち上る。揺らめく陽炎のような靑の魔力が肩から腕、手へと流れていく。ゆったりとゆっくりと魔力は水面に落ちた石が立てる波紋のようにリアンの身体へと広がり、地面に水がしみこむかのように浸透していく。
「――っ!!」
目を閉じていたリアンが感じたのはまさに波であった。己の中に波が押し寄せてくる、そんな感覚。それと同時にリアンは己の中にある大海を知覚する。
目を開くと世界が一変して見えた。
「……凄い……」
生命の全てが淡く青い輝きに満ちている。大きい、小さいはあれどどれも綺麗だった。
「成功したようでございますね。本来は定期的にやって見えるか見えないかでございますのに。それに――」
エーファはそう言いながらリアンから噴き出す魔力を視る。平民にしては途轍もなく大きな魔力。身体強化のために魔力を循環させていないというのにリアンの頬の傷が消える。
凄まじいまでの魔力。
「良い魔力を持っていますね」
「そうなの?」
「ええ、リアン様はきっと御強くなられるでございましょう」
「そ、そっか!」
エーファに言われて嬉しそうなリアン。
「おーおー、流石だな。一発で視えるようになったか」
「はい!」
「じゃあ、武技について教えるがあまり詳しいことは聞くな。俺も知らん」
武技は技術として体系化されていない。魔力によってそういうことが起きるとだけ伝わっているのだ。その全てをアルフは説明できない。
だからこそ、見せて覚えさせる。その方が手っ取り早い。
「やり方は見せるが、あとはお前たちがやれ。何、魔力が視えるならわかりやすいはずだ」
そう言ってアルフはもっとも普遍的かつ基礎的な武技である身体強化を行使する。
魔力を身体全体に行き渡らせ循環させるのだ。そうすることによって、身体をめぐる魔力が勝手に身体を強化する。
全身を覆っていた魔力は数秒で消えた。
「さて、視えたか? これが身体強化の武技だ。比較的簡単だが、魔力量が少ないとそんなに長時間強化していられないから要所要所で一瞬だけ使うのが一般的だな。武技の基本とも言われていてな、自分の身体に流せたら剣にも流せる。あとは剣に纏わせて斬撃を強化したり、拳に纏わせて拳を強化したりと色々と使い方はある。
――こんな感じだ」
『GRAAAAAA――!!』
アルフの腕が青く輝き、アルフの剣が飛び出してきた二足歩行の岩蜥蜴――ロックリザードに突き刺さる。
一瞬の身体強化が岩を貫きロックリザードの脳天を串刺しにしたのだ。だが、もう一匹が茂みから飛び出してくる。
アルフはロックリザードの爪を剣で受け止めると一瞬だけ足に魔力を纏わせた蹴りによって吹き飛ばす。すかさず抜いて構えた弓に矢をつがえて魔力を流す。
放たれた矢は青の軌跡を描いてロックリザードの堅い岩の体表を撃ち貫いた。
「こんな感じだな」
「おおおお!」
「これが武技でございますか」
「まあ、失敗してもいいからやってみろ。何事も反復あるのみだ。ほれやってみな」
「わかりましたでございますよ」
「わかりました!」
新しい力。武技。新人冒険者たちはそれを必死に練習した。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
――魔法陣が煌めいた。
刹那、起きるのは強烈な爆発だ。
それは地面を抉り、そこにいた巨大な蛇――バジリスクを木端微塵にする。完全に絶命。そして、消え失せる。
それは明らかに荒い扱いだろうが、ここ半月も同じ光景が続いていると言えばこうなるだろう。
それをやった張本人たるフードの少女――ベルは眠そうにしていた。国亡ぼす蛇と形容されるバジリスクを欠伸交じりに倒したのだ。
この光景を見た者がいればツッコミの嵐だろうが、バジリスクに近づく奴はいない。そのためツッコミはなかった。
「ふああ、眠い。二週間前から数日に一体とかそれくらいにまばらになったがまあ、普通より弱いから良いが。一体、誰がこんなことをしているんだろうな。アートメンルフトのギルドマスターに頼まれたが、だめだ、何も考えられん。帰ろう」
そう言って彼女は欠伸をする。十日以上もバジリスクが毎日現れている時点でアートメンルフトのギルドマスターはベルにその原因の調査を依頼していた。
なまじバジリスクが相手であるためベル以外に頼める者がいないのだ。だが、ベルが昼間に弱すぎて調査は遅々として進んでいなかった。
ただ、それでもバジリスクが倒されて街に影響がない。普通ならば混乱や恐怖などの影響があるのだが、シルドクラフトの王国級が対処しているという事実のおかげで、街の住人は誰一人として気にしていなかったりする。
まあ、そんな張本人は今も可愛らしい欠伸をして魔導書を取り出して街へと戻った。
「やれやれ、また潰されましたか」
彼女が転移で消えた途端、男が現れた。ベルと同じくフード付のローブで全身を覆った男だった。いや、男かどうかはわからないが、声の感じからして男だ。
それはリーゼンベルクで子供たちの目の前に現れ、ゼグルドと戦ったローブと同一人物であった。そんな男は戦闘痕を見てやれやれと首を振る。
「軽く作れるものとはいえ、破壊されては堪りませんね。いいえ、それ以上に半分とはいえど御同輩がなぜこんなところで私の作った作品を破壊しているのかが問題ですか」
やれやれ困ったものです、と言う彼の言葉はまったくその通りには聞こえなかった。逆に楽しくて仕方がないという風。
まるで、こうなってくれた方が楽しいとでも言うかのようだ。いいや、実際に楽しいのだろう。彼は心底楽しそうにしていた。
だからこそ、ローブに包まれた手を振るう。
一瞬の輝き。そして、そこには完全なバジリスクが姿を現す。まるで最初からそこにいたかのように。
「さて、しばらくはお休みですが次はもう少し楽しめるといいのですねえ。フフッ。あの御同輩には感謝しなければ。半分とはいえど、そこまで踏み込んでいるというのに今だそれだけというのもつまらないでしょう。御同輩を退屈はさせませんよ」
クックック、と男は笑う。ただひたすらに嗤う。嗤う。
心底楽しそうに。そして、男は影の中へと消えていく。もう既にそこにはバジリスク以外に残っているものはなかった。
第六話です。時間を進めて二週間後。魔法薬によって回復力をあげられているので、短期間でも成果がでるという仕様。
魔法薬便利ですが、アルフの懐はとても寂しいことになります。普通ここまで金かけてくれないのにアルフさんてばお人好し。
魔力あるのでそれを使った武術、武技が登場。ちなみに、アルフさんは魔力消費を抜きにすればどんな武技でも使えるほど器用に魔力を操れます。
魔力がないのでせいぜい矢の威力強化と、一瞬の身体強化が数回使える程度なのが悲しいところ。
でも、物理的な力はアルフの力ではありませんし、彼には経験と人脈がありますからね。
それで生き残ってもらいましょう。
では、また次回。