第5話 それぞれの修業
野営の準備をするアルフは、岩の木々の間に振れれば音のなる鳴子の結界を張り罠を仕掛けたりして敵に備える。
それと同時に岩の木の表面の岩を砕いて中身を集めていく。岩の森は普通の森と違って燃やせる木材がないように思いがちであるが実はそうでもない。
岩の木やロック系の魔物の体表は岩だと思われているが、その実その身体を守るために強靭な岩を纏っているに過ぎないのだ。そのためそこに感覚はない。
また、岩の木の場合この堅い表面を一枚剥がせば燃やせる木が出て来る。
「ここでしか使えないとか思ったろ? そうでもない。ロック系の魔物を倒す場合にこの事実を知っているのと知っていないのじゃかなり変わるからな」
「ロックとつく魔物も木と同じように岩の体表を剥げば柔らかい部分が出て来るということですか?」
「そうだ。ロックと頭に名の付く魔物は、岩の体表を剥ぐと脆い。まあ、その体表がかなり堅いんだがな。うまいこと隙間に剣をいれて剥ぐんだ。そうすると――」
――倒せる、と焚き火でスープを煮込み魔物の肉を焼きながらアルフは未だ倒れたままの二人にそう言う。料理が出来上がるまで暇なので冒険者にとって必要となる知識について講義しているのだ。
「良し出来た。ほれ、起きろお前ら。回復促進剤で少しは楽になっただろう」
「うぅ、節々が痛むでございますぅ」
まだまだ元気には程遠いなとアルフは苦笑しながら二人にスープの入った椀を差し出す。よろよろとそれを受け取り食べる。
回復促進剤のおかげかなんとか食事は喉を通ってくれた。
「おいしい!」
リアンはその料理のおいしさに驚く。ベルと食べた店の料理の味は一切覚えていないというか感じていなかったのでアルフの料理が一番おいしいと感じた。
「アルフ様は本当、料理が美味いのでございますね」
血涙を流す勢いでぐぬぬとエーファが言う。もう何度女としての敗北感を感じまくっただろうか。とりあえず両の手では足りない。
「そうか? これくらい一人身なら普通じゃないか? 冒険者歴が長いしサラとかロベルトの奴は全然料理できなかったからな」
夕食を食べ終わり薪を焚き火に投げ入れながら全部俺がやってた、とアルフ。やれば上達するとも。
「さて、食ったら水浴びでもしようか。そこに水の湧いてる場所がある。行くぞ」
「やったでございます!」
野営地の端、岩の茂みの向こう側に水が溜まった泉がある。地面から湧き出すそれは、網目状の道を通って岩の森全体に行き渡っているようだった。
その外側へと向かう水路の一つで水浴びをする。
「じゃあ、俺が見張ってるからお前ら先に水浴びしろ。エーファはそこの茂みの向こう側で入れ。安心しろ。子供に欲情するような変態じゃないからな。リアンは知らんが」
「ぼ、僕は変態じゃありません!」
「くくっ、顔真っ赤だぞ。まあ、冗談はさておきさっさと身体を清めてこい」
「はい」
「わかりましたでございます」
エーファは茂みの向こう側へ、リアンはそのまま水浴びをする。アルフに使うならと渡された桶を使わずに飛び込む。
水しぶきを上げて飛び込んだその先の水は冷たい。汗でべたべたの身体は水に飛び込んだことによって全て流れて行った。
「気持ちいい」
水に浮かびながら空を見上げれば満天の星空が見て取れる。照明魔導具に魔力を充填する灯り屋ギルドが存在するアミュレントは夜でも魔導灯のおかげで明るい。
特に歓楽街などはその最もたる場所で夜空は星すら見えなくなる。だが、街から離れた岩の森の中ではそれはない。
しばらくそうやっていたが、女でもないリアンはもう一度水を被ってから水からあがって持ってきていた代えの服に着替える。
「ふう、アルフさん代わります」
「おーう、じゃあ、頼むわ」
リアンと交代でアルフも服を脱いで水を浴びる。
リアンはそれを見ていた。アルフの身体は自分たちと比べて傷だらけであった。全身の至る所に傷がある。大小さまざまな傷だ。それは彼の冒険者歴の長さと苛烈さを思い起こさせる。
どのような戦いを繰り広げてきたのだろうか。それに彼の身体は他の冒険者たちと違って鎧にでも覆われているかのように多くの筋肉で覆われている。
それがここでの修業を始める前に彼が言っていたことに関係しているのだろうか。限界。分。自分にもあるのだろうそれは、いかほどか。
そんなことをリアンは考える。
そんなリアンの視線に気が付いたのだろう。
「ん? どうした? 傷が珍しいか?」
さっさと水を被ってさっさと水気をふき取りっていたアルフが振りかえって聞く。
「い、いえ、そういうわけじゃ……」
「安心しろよ。お前はきっと大物になるさ」
「え?」
アルフが見た限り、リアンが持つ魔力は巨大だ。あのミリアに少し劣るくらいのそれ。平民でそれほどまでに巨大な魔力を持っている奴はそうはいない。
潜在的な魔力が大きな奴は大抵、吸収できる魔力の量もそれに比例して多いのだ。そのためリアンの限界も自分と違って高いだろうとアルフは予想した。
「それってどういう……」
「さあて、エーファはさっさと上がれー。でないとのぞくぞー、明日も早いぞー」
「ちょ、ちょっと待ってくださいでございます!」
リアンの問いにアルフは答えなかった。そのまま慌てて着替えてきたエーファと共に焚き火の場所へと戻って行く。
「ほれ、リアンも来い。今日は俺が見張りをしておいてやるからさっさと寝ろ。明日もきついからな」
「あ、は、はい!」
慌ててリアンもアルフを追う。アルフが用意した寝床でエーファと共に横になる。火の番をしているアルフに聞きたいことがあったものの、横になった途端に瞼が落ちていく。
そのままリアンは眠りの中へと落ちて行った。あとには木が爆ぜる音とアルフが薪を投げ込む音だけが響く。
そうやって夜は更けていった。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
時間はしばし戻り朝方。アルフらが岩の森で修行を始めようかとしていた頃。
サイラスで預けられることになったゼグルドとスターゼルはアートメンルフトのギルド会館へと呼び出されていた。
アミュレントの大通り、つまり富裕街から少しばかり外れた場所。そこにアートメンルフトのギルド会館はある。旧来的な酒場を改装してつくられた如何にもなギルド会館からはしきりに人が入っては出て、入っては出てを繰り返していた。
そんな彼らが皆一様にゼグルドを見ては驚きや好奇の視線を寄越す。ミールデンを守護聖人にもつアートメンルフトに所属している冒険者であれば、同じくミールデンを守護聖人にもつシルドクラフトに竜人が加入したことは知っている。
だが、知っているのと実際に見るのは別で実際に見た者たちは様々な反応をした。竜人の圧倒的な覇気を感じ気圧されたり、武者震いしたり、あるいは警戒したり。
ただ恐れはない。彼らは目の前の彼が心強い味方であることを知っている。同じ守護聖人を頂くギルドに所属している冒険者は仲間。仲間を怖がるような奴はここにはいない。
そんな肯定的な視線を向けられて、その上で好奇心あふれる色々な反応をされているゼグルドはと言えば、
(う、うぐぅ? なんで、われはこんなに見られてるんだ? われ何かしたのか? うむぅ、われ何もしてない。してないはず? してない、よね? あ、あるふどの~!)
数多の視線に外見はともかくとして内心は気圧されて小さくなっていた。内心涙目である。しかも覇気が放たれているが、その無駄に放たれてる覇気はただの警戒である。最強の竜人がそんなのでどうするのだ。
そりゃゼグルドは伝説の竜人だ。一目見ておきたいのが冒険者などという職についている人間の考えであるし好奇心で間近でみようと思う奴らは多い。冒険者の好奇心を舐めてはいけない。
ただ、今回これほど多くの視線にさらされている大元の理由は別にある。この竜人がサイラスと行動を共にするという噂が早くも出回っているためだ。有名人についていくのが竜人だったから色々注目されていたわけである。
スターゼルはというと向けられる視線には慣れたものですっかり調子にのっていた。凄まじいまでに偉そうに背をのけぞらせている。
そのうち倒れそうだが、いつものこと。そう彼は安心しているが支える役目のエーファはいないのである。案の定倒れてしとどに頭を地面に打ち付けていた。
「揃っているな」
そこにサラがやってくる。サイラスの面々では、イグナーツとラナリアがついているだけでスキンナリはいない。
そんな彼らはスターゼルが盛大に地面で唸っているが無視である。ただサラは威圧感マシマシで二人に揃っているなと確認をした。
「お、おう!」
びしっと姿勢を正すゼグルド。その様子にサラは何か考えたようだが、何も言わずに話を進める。
「話は聞いてるな」
「え、ええと、サイラスの方々のいうことを聞いて訓練しろ、って」
「理解しているようだな。竜人、名は?」
「ぜ、ゼグルド」
「そっちのは?」
「スターゼル・シュバーミットであーる」
「わずらわしい宮廷言葉、貴様、貴族か。まあいい、お前の相手はスキンナリだ。今の時間なら聖堂にいる。今すぐいけ」
初対面ですぐに命令という高圧的ともとれる態度。スターゼルがキレないわけがなく、すぐさま反論しようとしたが、
「文句があるか?」
「ないである!」
サラの迫力に屈して、踵を返し逃げるように聖堂に向かった。すさまじい速度で人ごみがあるというのに、いつもの偉そうな態度とゆっくりとした緩慢な動作はどこへやら。
脱兎のごとく逃げていた。まあ、本人にそれを指摘すれば戦略的撤退か、後方に前進しているだけというだろうが。
「わ、われは?」
「お前はこっちよ」
唖然としてそれを見ていたゼグルドは言われるままにギルド会館へと入った。中は早朝ということもあって人でごった返している。
おかれた丸テーブルには幾人もの冒険者が座っていて、情報交換を行い今日の狩場や天気、魔物について話し合っている様子であった。
一行は注目されながらもゼグルドとラナリア以外はそれになんら意識することなく空いている席に座った。
「ラナリア」
「ぁぅ、は、はい」
席に座ると前置きもなくサラがラナリアの名を呼ぶ。いきなり呼ばれておっかなびっくり、耳や尻尾をしおらせたラナリアであるが、やるべきことはわかっているのだろう。
ちらちらとゼグルドを見ては、なんども息を吸ってはいてを繰り返してから意を決して彼に話しかける。
「っぁ、ああ、あの!」
つい力が入ってしまうラナリア。
「う、うん! な、なんだ!」
こちらもつい力が入ってしまうゼグルド。
「っひゃ、ひゃあ、す、すみません!」
「あ、あああ、す、すまん!」
話が始まる前に二人して謝りだす二人。何とも言えない空気が二人の間に漂うが、サラとイグナーツは我関せずだ。
「ぇぁ、えぇと、ぜ、ゼグルドさ、さま、に、ややってもらうのことは、で、ですね」
人類種最強の竜人の前に座らせれてもういっぱいいっぱいの獣人であるラナリア。元来臆病な性質の兎人である。
竜人などという竜が人の形をしているような存在を目の前にすれば蛇に睨まれた蛙も同じだった。ぷるぷると震えて目には涙すら浮かべている。
対するゼグルドはというとそんな彼女を気遣う余裕などない。サラという人間の中ではそれなりにおっかない女に睨まれて小さくなっている上に慣れない少女の、しかも自分を怖がっている相手との会話である。
有体に言ってしまうとどうしていいかがわからない。それでも足りない頭脳を総動員して笑顔を作っては見ているのだが、逆効果のようでおびえられている。
それも当然で彼の笑顔はまさに捕食者の笑顔だからだ。獲物を前に笑みを深める狩人の眼。本能的に追われる者である兎の性質を持つ兎人であるところのラナリアにとってその眼は本能的に恐怖を喚起させるものだ。
つまり、怯えは加速する。少しでも動こうものならばびくりとされてしまうほどだ。うかつに動けずどうしていいかわからなくなるばかり。
それはもう傷つく。かなり傷ついている。ゼグルドの精神はもうすでに限界。戦闘だと思えば気が楽というかほかのことは全くと言ってよいほど気にならなくなるのだが、それをやってしまうと日常生活どころの話ではなくなる。
人間の街に初めて来たときがそれだった。話しかけようとすれば相手は悲鳴を上げて逃げまどい、挙句の果てに兵士たちに追われる始末だ。
というわけで彼にも事態を好転させることはできない。
それを見かねたのは意外にもイグナーツであった。
「……深呼吸をしろ」
彼はラナリアの肩に手を置いてぶっきらぼうに言う。
それを実行して落ち着いたのだろうラナリアは、
「ぁ、あ、ありがとうございます」
彼にお礼を言う。
「……お前も、だ」
「うぅ、うぬぅ、かたじけない」
かくしてイグナーツのおかげで何とか場は落ち着きを見せる。深呼吸をした二人は何とか本題へと入ることができたのだ。
そんな功労者イグナーツはサラの後ろで腕を組み目を閉じた。
「ぇ、ぇえと、ゼグルドさまにやってもらうことはですね。ぇ、ぇえとじょ、情報取集で、です」
「じょ、情報収集とな?」
「はぃ。えっと、はい。ぁ、ぁの、ま、魔物についてのじょ、情報を持ってきてほし、いんです!」
「う、ぅむ! わかった!」
勢いよく言ったラナリアにつられて勢いよく飛び出そうとするゼグルドであったが、すぐに戻ってくる。
「そ、それで、われは、ななについて調べるんだ? そ、そもそも、どうやって?」
「ぇぁ、えっと、ば、バジリスク、です。ほ、方法は自分で考えて、ください」
「う、うむ、わ、わかった」
そういって彼はギルドの中ほど間で歩みだし、目につく人に話しかけに行った。アルフに情報収集については習っている。それを実践しに行った。
「ぁ、だ、大丈夫で、しょうか」
ラナリアはその様子を見て向いていないと思う。
「知らん。だが、やることに意味がある。お前もこれで結婚できたんだから、なんとかなるだろうさ」
やらないよりはやったほうがいい。一見無駄に見える行為だろうが、いざそれに直面した時にやっていたらそれだけ有利になる。
たとえば、日々の練習が無駄だとしよう。いくらやったところで何も変わらないとする。だが、やらないよりはやっていた方がいいに決まっているのだ。
「それに、あいつに関しては戦闘で教えることは何もない。チーム戦のイロハも感覚的にわかっているはず。だからこそ、不慣れな人付き合いの仕方を教える。次は娼婦ギルド、その次は商人ギルド、鍛冶師ギルド、行商人ギルドに顔を売っておく」
そうサラは言いながら必死に情報収集をしているゼグルドを見守る。
サイラスが彼に教えることはそう多くない。アルフに頼まれたことは彼に人との付き合い方を教えること。
つまり、人と話させて慣れさせることだ。
「ただ……」
ただ、どうにもあの竜人はおそらく変わらないのだろうなと思うサラなのであった。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
脱兎のごとく逃げている――本人いわく戦略的撤退、あるいは後方への前進をしている――スターゼルは言われた通り聖堂へと向かっていた。
アミュレント教会区の中心に位置する聖堂は、アミュレントの東側に存在する。西側に存在する常に人で賑わう大市とは対照的にこの教会区はとても静かだとスターゼルは聞いていた。
人がいないわけではない。大声で話すや騒ぐような輩がいないのだ。それだけでもまるで違う街に来たかのように感じるだろうとも言われている。
この教会区もまた城壁に囲まれた円形の地区であるためそれは尚更、感じられた。街中にある城壁としてはそれなりに高い部類に入るだろう。見上げるほどに高い城壁からは十二の塔のうちのいくつかが見て取れる。
それぞれが教会に存在する神の塔であり、人が名を呼ぶことを許された十二の神が祭られているのだ。
そこに着く頃にはスターゼルは走るのをやめて堂々と歩いていた。
「止まれそこの男」
教会区へと繋がる門でスターゼルは止められる。己を止めたのが教会所属の教会騎士だとスターゼルにはわかった。
なぜならば、自分を止めた男の鎧にはわかりやすい教会の紋章が描かれていたからだ。それに騎士が持っている旗が教会のものであったためでもある。
これが普通の衛兵ならば命令するなと高圧的に言っているところであるが、教会騎士だけは別だ。スターゼルは文句ひとつ言わずに立ち止まる。
教会騎士には逆らってはならない。それはスターゼルが両親から言い含められていることであった。耳にタコができるほどに言い含められている。
昔はわからなかったが今ではその理由がわかる。教会騎士に逆らうという事は教会に逆らう事にもとられかねないのだ。
教会に逆らってはならない。多くの信者を抱える教会は民の心の支えでもあるのだ。逆らえば民はどちらにつくか。勿論教会である。
敵に回してしまえば貴族と言えど勝ち目はない。ゆえに、貴族であっても教会には逆らわないのだ。
「なんであろう」
「ここはアミュレント教会区だ。何の用だ」
「ここに来るように言われたのである」
「讃課――午前五時――の鐘の時ならばアミュレント教会区は来るものを拒まない。神への祈りは平等であり貴賤はない。だが、それはあくまでも讃課の鐘の時だけだ」
神に祈る権利は誰にでもある。しかし、この街には貧民街があるため、教会区の出入りは制限されているのだ。
かつては制限などなかったが、貧民街の浮浪者が問題を起こしたためにとられた措置であった。勿論、身元がしっかりとした者には全員通行許可証がリント銀貨一枚で発行されているためいつでも通ることが出来る。
「今は入れぬのであるか?」
「入るには通行許可証か、それに準ずる身分証明品が必要になる」
「これはどうであるか?」
そう言ってスターゼルは冒険者証を見せる。
「冒険者か。守護聖人ミールデンのギルド。良いだろう。リント銀貨一枚を支払うのならば通行を許可しよう」
「うむ、ほら、持っていくが良かろう」
そう言ってスターゼルはリント銀貨を渡す。
「通ってよし。ただし冒険者。お前は通行を許可されたが、問題を起こすこと持ち込むことは許可されていないことを忘れるな。もしお前が問題を起こしたならば私は問答無用でお前を切ることになる」
「しかと、胸に刻んでおくである」
では、行けと言われたのでさっさとスターゼルは教会区へと入る。閑静な教会街。教会関連施設ばかりの通りをスターゼルは歩く。
やはりほかの地区と比べてとても静かだ。だが、決して誰もいないというわけではなく他の地区のように子供たちが走り回っている公園らしき場所もあった。
趣としては貴族街に近いが、そこよりは人情味が感じられる。あそこは断じて人が住んでいる場所ではない。
貴族であるスターゼルだが、爵位は最下位の男爵で村では村人共に生きてきたのだ。生粋の貴族とはその思考が異なる。
貴族社会は魔窟。あるいは大荒れの大海だ。油断すれば最後飲みこまれ、後に残るのは何もない。そんな場所が貴族社会。
そんな場所で生きるには人ではない貴族にならねばならないと言われている。それが出来ていたのならばこんな場所にはいなかったのだろうか。
「いかんな、少し感傷に浸りすぎたである。我輩らしくない。我輩はシュバーミット男爵。世界を統べる男であーる!
…………さて、どこの聖堂であるかな」
自分に言い聞かせるように言ってポーズをとってみたが誰もいなかったので、さっさと愛と恋の神サンピタリアと婚姻と官能の神インバチエンスの聖堂を探す。
聖堂にいるとは聞いていたが、どちらにいるかは聞いていない。
「まったく我輩の手を煩わせるとは。まったく、まったく」
そうぶつくさ文句を言いつつ、背中に背負っていた布をの中に手を突っ込む。それは杖だ。大っぴらに見せるようなことはせず、道の端に備えられた石の椅子に座って魔力を練る。
「ArD eclept pfvbsfn oxduge lsohs svnant aft_xedre rospt aft_oroir svegvld izn_rqa ramSlX」
詠唱はいつもと変わらない。開始音から始まり、属性を指定、魔法の現象を指定、効果範囲を指定、魔法の形状を指定、魔法の規模を指定、最後に終了音を唱える。
励起された魔力が発声された魔法言語を彼の周りへと浮かび上がらせ、真上へと向けた杖先へと複雑な紋様として幾重にも円状に規則正しく配列された呪文となる。
「シュバーミットの名において命ず、大いなる者よ 求めるものを探し出すが良い――探知――」
完全な円陣を呪文が構築したと同時にスターゼルが詠唱の最終節であり、発動キーたる魔法の名を結ぶ。
スターゼルの魔力が真上に向けた杖先から発せられ薄く円形に広く広く、広がって行く。
「うむ、いたである」
目的の人物であるスキンナリを見つけたスターゼルはそちらの方に歩き出した。
「頼もうであーる!」
サンピタリアの聖堂の扉を開け放つ。
「やぁ~っと、来ましたか。やれやれ、遅いですよ」
そんな声がスターゼルを迎える。スキンナリの声だ。聖堂に備えられた椅子に座り、周りに女をはべらせまくっている奴がいう言葉とは思えなかった。
「……流石の我輩もドン引きという奴である。というか、うらやましいである!」
「はっはっはー、これも私の人徳がなせる業ですよ」
ポケットからはみ出しているのは大量の金貨である。人徳=お金。そういうことだ。ちなみにこれでも妻子持ちなのだから世の中わからない。
しかし、スターゼルは気が付かずうぐぐぐぐとか言っている。
「さて、魔法使いなんだろー? なら私が教えることもわかりますよねぇ」
「うむ、理解しておるよ。今でも完璧な我輩に回復魔法と浄化魔法を覚えろというのであろう。フッ、また我輩は最強に近づいたようだ」
「うわー、さっすが元貴族自信過剰なようで。まあいいか、おだててりゃあ良いんだし? んじゃ、まあ、教えてやるよ」
そう言ってスキンナリは女の子たちを送り出す。手を振る彼女らにまたよろしくーと次の約束をしっかりと取り付けてから、
「じゃあ、今から言う言葉を覚えろ。回復はobiefn、浄化がuktzl」
「うむ、うむうむ、わかったぞ」
「あとは、それにかけたい範囲を指定してやればいい。じゃあ、いくか」
「む、どこへ行くと言うのかね?」
「くくく、とても楽しいところですよお。まあまあ、簡単に言うと治療院ですよ。あなたにはこれから毎日、朝から晩まで治療と浄化してもらいます。習うより慣れろ。浄化魔法のコツだとか回復魔法のコツだとかはやっているうちにつきますから。あ、もちろんお金は出ません。当たり前ですよねえ。教会の治療院ですからねぇ」
「き、汚いである……」
「おおっとーぉ、ここは神聖な聖堂ですよー、教会をばかにするようなこと言っていいんですかねえ、良いんですかねえ? どうなんですかねぇ?」
ぐぎぎぎ、と黙るスターゼル。対照的にスキンナリは楽しそうである。
「さあ、行きましょう」
スターゼル、ただ働き生活の開始であった。
野宿中のアルフと、コミュニケーション特訓中のゼグルドにただ働き中のスターゼルという回でした。
このところ忙しくてなかなか執筆ができないのと色々と書けなくなりそうだったのですが、とあるゲームの体験版をやったことによって色々と滾らせることができたおかげでまた書けそうです。
楽園と現実のマギアストリームの方もよろしければ読んでもらえると嬉しいです。
では、また次回。