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とある中堅冒険者の生活  作者: テイク
第二章 新人と上級と中堅冒険者
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第4話 岩の森での修行

 アミュレントから東に少し行くと岩の森と呼ばれる場所が広がっている。そこではまるで岩が木々のように乱立し、枝を伸ばして石の葉っぱをつけていた。

 名前の通りまさにここは岩の森。岩石と土に彩られた千古不易(せんこふえき)の森。このような不可思議な森がどうやってできたのか、それを知るものはいない。


 ただずっとここにあり続けるものとして、近隣住民に認識されている。この森のなりたちについて知ろうとするような奇特な人物は学者くらいのものだ。

 そんな岩の森の入り口にアルフ、エーファ、リアンの三人はいた。目的をわかって森の方を見ているのはアルフただ一人だ。他二人は何が何だかわからないと言った表情で何かを確認しているアルフを見ている。


「あのアルフ様、これからここで何をするのでございましょうか?」


 忙しなく動いていたアルフにエーファはわけがわからないといった風に問う。

 今朝、あとで説明するからとりあえず起きろと起こされそのまま動きやすい、いつもの恰好と完全装備で宿から連れ出されリアンと合流してからここまで連れてこられたのだ。


 そろそろ説明があっても良いのではないか。

 しかし、アルフは何かを確認しているため答えない。珍しいと思いながらもエーファは一先ず終わるまで待つ。


「……心配だったが、大丈夫そうだな」


 しばらくして、アルフはそう呟いた。バジリスクが出ていると聞いて魔物の分布が変わったのかと思ったがギルドの方でも岩の森の方は静かなものだと聞いていたが確認して問題ないと確信する。

 それを見計らってエーファは再び声をかける。


「あの?」

「っと、すまんすまん。

 お前たちを今日ここに呼んだ理由だったな。お前たちを鍛えるためだよ。俺はアミュレントに来たら必ずここに来ているんだ。新人指導の一環でな」


 それを聞いてリアンが首を傾げた。


「ここで何かをするんですかアルフさん。でも、ここは岩と砂の森ですよ? 鍛えるって言ってもそれほど強い魔物も出ませんし」

「だから良いんだよ。死ぬ危険も少ないからな。走ったりとかいろいろできる」

「走るんですか? 魔物を倒した方が鍛えられるんじゃ?」


 魔物や人、何かしらの生物を殺すとそれが持っていた魔力が体外に放出される。それは自然死ならばただ自然に帰るだけだが、殺した者がいた場合はより正確に言うと近くにヒトがいた場合、魔力が少ない器、あるいはこの場において最も吸収効率が良い最上位者に吸収されるのだ。

 魔力は人を変質させる。この場合の変質とは身体能力の強化。魔力には肉体を健康に保つのと同時に物体や肉体を強化する効果があるのだ。


 そんな効果を持つ魔力とは魔物を倒して吸収されて身体に溶け込む魔力のことであり、肉体から湧き出す魔力とは別である。それぞれ前者が“マナ”、後者が“オド”と呼ばれることもある。

 リアンが言っているのは、魔物を倒してマナを得た方がより効率よく鍛えられるのではないかということだ。


「ああ、それも間違いじゃない。だがな、お前たちは知っておいた方が良い。その鍛え方には限界がある」


 その結果が自分であるとアルフは自嘲するよう言った。


 魔物を倒して放出された魔力を吸収することで人は自らの身体能力を強化することが出来る。だが、それは無制限というわけではない。

 限界があるのだ。それこそが冒険者としての才能ともいえるものであり、冒険者ランクの基準になっているものでもある。


 アルフは街級程度まで吸収できなかった。それが限界だった。

 だから、街級の冒険者なのだ。いくら依頼を達成しようとも功績を打ち立てようとも街級以上に上がることは絶対にない。何があろうとも。


「こんなことを言うのは心苦しいがお前たちがいつ限界を迎えるかわからない」


 州級かもしれない。地方級かもしれない。あるいは最高位の王国級に届くかもしれない。だが、実際はわからない。

 それがわかるのは限界を迎えた時。それが自分の限界であると知るのだ。


「それからじゃ遅いんだ」


 それから強くなることはない、自分で鍛えなければ。だが、限界を迎える頃には既にそれ以外の方法などわからないだろう。それ以前にもう遅い。

 限界を迎えるのが若ければいいが、そうはいかないだろう。大抵が身体の成長が終わりもう遊びのなくなった二十代後半から三十歳が限界だ。冒険者の大半が二十代後半で辞めていくのはそこで限界を迎えるからである。


「若いうちに色々やっておくのが良い。身体をつくれば少しだが限界も伸びるらしい」

「そうなんですか?」

「これを知っている奴なんてほとんどいないだろうな。魔物を殺せば簡単に身体能力が上がるのに時間をかけて身体を鍛えようなんていう奇特な奴なんてふつういない。それに身体を鍛えようなんて思う奴はとっくの昔に冒険者を辞めてる」


 それは単に才能がなかったというだけのことであるから。自分の本分ではなかった、ただそれだけの話である。普通の奴はそこで諦めるだろう。

 だが、それでも諦められなかったのがアルフだ。辞められなかった。それ以外にやりたいこともやれることもなかったし、限界だからと諦めることなんてできなかったのだ。


「別にお前たちに才能がないなんて言っているわけじゃない。ただ、やれることはやっておくべきなんだよ」


 色々とやっておいて損はない。地力も上がる。後悔してからでは遅い。


「いつかやっておいてよかったって思える時が来るさ」


 鍛錬は裏切らない。鍛錬を続ければいつかはやっておいてよかったと思う日がやってくる。背を向けながらそう言ったアルフの実感のこもった言葉。


「…………」

「おっと、嫌なら辞めていいんだぜ?」

「私はアルフ様に従うでございます」


 エーファは頷く。


「リアン、お前はどうする?」

「……やらせて、もらいます」

「じゃあ、具体的に何をするのでございますか?」

「そうだな、まずは――」


 アルフが振り返ると同時に、腰の剣がエーファの首筋へと当てられる。


「え?」

「組手だな。ほれ、構えろ俺が敵だったら死んでるぞ。

 まずは、お前たちの今の実力を見る。ほれ、かかってこい。どうした抜け!」

「え、あ、は、はい――うわああ!?」


 そう言ってようやくリアンが剣に手をかけた時、投擲された短剣が鎧に当たり金属音を鳴らす。それに驚いて声をあげた時には腕を引かれ、脚を払われて地面へ倒されていた。


「遅い遅い――っと」


 ようやく剣を突きつけられたという事実から再起動したエーファが短剣を振るう。しかし、その剣筋はまったく定まっていない。

 迷いが見えた。今までは木製の短剣で訓練していたが、今は真剣だ。当たれば死ぬかもしれないという恐怖が迷いを与えている。


 魔物を殺すことと人を殺すことは違う。だからこそ、ゴブリンが最初の壁ともいえるわけだ。

 ゆえにエーファは迷っていた。そんな攻撃など楽にいなせる。


「おいおい、どうした。もっとできるだろうが」


 振るわれた短剣を小剣でいなし、腕をひっつかみ脚を払ってぐるんと一回転。エーファは地面に倒れ伏す。


「やあああ!!」


 その時、リアンがアルフの背後から剣を振りかぶる。


「奇襲で声上げちゃ駄目だろ。奇襲をするときはとにかく気配を消して忍び寄れ。そして、一撃だけだ。一撃だけ叩き込め。特に相手の方が実力が上の時はな。一撃当ててそれでも相手が生きていたら即座に退散だ。そうしないとこっちが死ぬかもしれないからな」

「ごふぁ――!?」


 リアンの腹に剣の柄がめり込む。肺の中の空気が抜ける。息が詰まる。


「は、はひゅ!」


 空気を求めてリアンが必死に息を吸おうとして蹲ったところを蹴り上げる。


「敵の前で何やってんだお前は。敵なら休ませてくれんぞ。そういうのは我慢してでもまずは敵から離れろ。そういうときは転がるのが良い。無様に転がってでも良いから敵から離れて呼吸を整えろ。じゃないと、今のお前みたいに蹴られたりして痛いぞ」

「や、っやあああ!」

「だから、背後から攻撃する時は大声だすなっちゅうに。まあ、敵に意識を向けてもらいたいならそれも正解だ」


 背後から刺突を繰り出すエーファにアルフは逆に飛び込む。


「――!?」


 ぎょっとした様子で動きを止めるエーファ。アルフはその隙に小剣で彼女が持っている短剣を弾いて自らの手の中へ。


「お前はまだ人に真剣を向けるのを恐れてるな? これから先、盗賊とか人間相手にすることもある。とにかく、その時にでもまともに動けるように自分のみが守れるように慣れろ。でないと、仲間が死ぬかもしれない。自分が死ぬかもしれないからな」


 そして、そう言いながらエーファの手を引いて地面へと引き倒す。きちんと加減したので痛みはない。


「わかったか?」

「は、はいぃ……」


 そのまま倒れたままのエーファに柄を向けて短剣を返す。


「は、はあ、はあ」


 そこにリアンが起き上がってくる。


「回復したか? まあ、してなくても行くぞ。敵は待ってくれないからな」


 アルフが小剣を構えてリアンへと疾駆する。


「はっ!」


 気合いと共に振るう。


「く、ぅ!」

「お、やるねえ」


 その一撃はリアンの剣によって防がれた。すかさずアルフは力を込めてリアンごと剣を弾く。


「うわあああ!?」


 体勢が崩れたところで踵で相手の足を引っ掛けて倒し剣を首に突きつける。まずは一回目とでもいう風に。


「ほれ立て」


 そう言ってアルフは距離を取った。


「く、う、うおおおお!」


 立ち上がり、助走をつけてアルフを斬りつけるべく走るリアン。鎧が音を鳴らす。その速度は遅く、アルフは余裕で剣戟を躱す。

 避けられるや否や剣を横振りにするリアン。アルフが避けた方向へと剣を振るった。


「うんうん、なるほどな筋は悪くない。この感じだと衛兵剣術いや騎士剣術の方か。村の貴族様にでもならってたのか。なるほど、こりゃサラたちじゃ教えられんわな。だから、俺か」


 ぶつぶつとアルフがリアンを観察している間も彼は攻撃を仕掛けてきている。縦横無尽に振るわれる剣戟をアルフは全て躱すか受け流した。

 数十回ほど剣を振るったところでリアンがへたり込み肩で息をする。


「なかなか良いじゃないか。武術から仕込まなきゃならんのかと思ったが誰かにならってたのか?」

「は、はあ、む、村の男爵様に」

「なるほど、そういうことか。ただ騎士剣術は素直だからな。もう少し縦や横だけじゃなくて、突きも使うようにしろよ。突きも混ぜられたらもう少し避けるのが面倒になってたからな。同じことの繰り返しはやめることだな。俺もそうだった。あと魔物相手だと苦労するが、戦い方を覚えりゃ問題ない。剣術をかじってるなら少しは楽に覚えられるはずだ」

「は、はい」

「じゃあ次に行こうか。次は単純だぞ?」


 休憩もなしに次に何をするのかと微妙に青ざめた様子の二人。


「まあ、その前に移動だな。走るぞ。少し遠いからな。頑張ってついてこい」

「は、はい」

「よし、じゃあ行くぞ」


 そういってアルフは走り出した。それにつられて走り出す。最初はゆっくりであったが、すぐにその速度は早くなっていく。景色が流れていく。


「え、ちょっ!」

「はや!?」


 最初こそアルフの後ろをついていけていた二人をぐんぐん引き離していく。速い。それに巧い。岩の木々が密集したこの森の中をすいすいと走っているのだ。

 リアンもエーファも村育ちで野山を駆け回ったことくらいはある。そのため、木を避けながら走ることはできるが、それはふつうの森でのことだ。


 ここはふつうの森ではない。岩の木々が生えた森だ。普通の木ならばしなったりとある程度は柔らかさがあるが、ここにはそれがない。

 岩の茂みはまさに壁といっても差し支えないだろう。ふつうの森ならば突っ切れるような場所が突っ切れない。引き離される要因の一つだ。


 さらに岩の森はひたすらごつごつとしている。木の根のように岩が地面をはっているのだ。地面とまったく同じ色で見分けがつきにくく、何度もこけたりした。

 さすがにこけたときは待ってくれるが、起き上がればすぐに走り出す。休ませる気はさらさらないようであった。


 そして、何よりも二人の速さが足りない。アルフが純粋に速いのだ。横に曲がれば一瞬消えたようにも見える。

 それほどまでにアルフとエーファ、リアンとの速度に差があった。


 だが、それでも必死に二人はアルフについていく。幸いにも村育ちの少年と従僕だった少女だ。体力は普通よりはあった。

 ただそれも三十分を超えたあたりで限界に達す。それだけ全力で走っていたのだ。むしろ三十分も走りにくい場所を全力で走れただけ褒められてしかるべきだろう。


 もう息も絶え絶え、滝のように汗を流す二人であったがアルフに止まる気配はない。

 むしろ、


「ほれ、どうした置いてくぞ! ここでおいてかれたら確実に魔物のエサだぞ、頑張れ!」


 恐怖煽って速度を上げてくる。魔物の餌になりたくない二人は必死に走る。

 足が棒になって進まなくなりそうになってもアルフは止まってはくれない。多少速度を緩めてはくれたが、それでも止まることはない。


「も、もう、むり……」

「わ、わたしも」


 そして全力疾走一時間と少し。そこで二人は立ち止った。よく走ったほうだろう。二人は限界だった。いや、限界を超えていた。

 足が生まれたての小鹿のようにぷるぷると震えている。もうこれ以上走れない。そう全身で表現している。気を抜けば倒れてしまいそうだ。


「やれやれ、仕方がねえな」


 そんな二人を見てアルフが引き返してくる。ようやく休憩できると、二人が安堵しかけたその時、彼は跳躍して二人の背後に降り立った。

 その手には弓が握られており、矢じりのない矢がつがえられていた。狙いは当然のようにエーファとリアンの二人に向いている。


「え……?」

「あえ……?」


 なぜ、向けられているのかわからない二人。ぽかんと大口を開けてしまう。


「走らないと撃つ」


 アルフが言った。


「いや、俺もお前らに弓なんて向けたくないんだが、これも修行の一環だ。さあ、走れ走れ。大丈夫だ。人間やればできる」


 体験談なのだから間違いない。

 むしろまだ優しい方であるとアルフは思っている。自分が新人の時に師匠に頼んで修行してもらった時は、こんなものではなかった。

 何せ追い立てるのに凶暴極まりない魔物を使ったのだから。その魔物を具体的に言うと飛竜(ワイバーン)だ。


 飛んで火の玉を放ってくる相手からEランク冒険者が走って逃げるなど不可能を通り越して狂気の沙汰以外何ものでもない。よく死ななかったなといつも思い出してアルフは思っている。

 何が言いたいのかというと人間死ぬ気になれば何でもできるということだ。弱くても飛竜から逃げることができるように。まあ、あの飛竜は弱っていたのだが。


「た、たちの悪い冗談で、ございます、よね?」

「そ、そうですよね?」


 しかし、新人二人は冗談だと思いたいようである。


「いいから走れ」


 一向に走り出さないので一発足元に撃ってみる。快音を響かせて飛翔する矢。矢じりがないというのに地面に突き刺さる。

 エルフの弓様様だ。普通の弓ではここまでの威力は出ないだろう。特に岩の森の魔力を多分に含んだ地面はなかなか固く矢が刺さらない。


「ひ、ひぃいいい!」

「うわわわああ!」


 とまあ、さすがの二人も、アルフが本気と思ったようだ。二人は走り出す。遅いとアルフが背後から矢を当たらないように掠らせるように放ってくるので速度を緩められない。

 アルフは向かう方向に合わせて誘導する意味でも矢を放つ。あるいは、近づいて剣が届くなら剣をふるう。


 そのたびに速度が上がる。死ぬ気でやれば人間なんでもできる。息も絶え絶え、滝のように汗を流し、心臓が破裂しそうなほど速く鼓動を刻む中でエーファとリアンは走る。

 足が棒になって筋肉が悲鳴を上げてもそれでも二人は走り続けた。


「とうちゃーく、お疲れさん」


 そんな二人がようやく足を止めることができたのはアルフのそんな言葉を聞いた時。岩の森中央に存在する巨大な石柱の木の根本についた時だ。

 山々から顔を出したばかりの太陽が、真上に来るくらいの時間だった。


 溜まらず二人は地面へと倒れこむ。


「はっ、はあっ、カッ――ハッ」

「ひゅー、ひゅっあ――」


 とにかく酸素を求めて息を吸う。止まったことによってさらに体温が上がり、顔どころか全身が真っ赤でさらに汗が流れ出す。

 服はぐしょぐしょで気持ち悪く、倒れた乾いた地面には水たまりができそうな勢いで汗が流れていく。早鐘を打つ鼓動は一向に収まる気配がない。


 死ぬ。もう死ぬ。そんな感じだ。のどの渇きがすさまじく、しかし水を飲むために指一本動かすことができない。

 晴れ渡った晴天が今は憎らしい。熱い、暑い。全身の筋肉、特に足の筋肉が熱を持ってまるで焼かれているかのように灼熱を感じる。


 びくんびくんと痙攣する筋肉。目が回り視界がぐるぐるとまわっている。こみあげてくる吐き気にあらがうこともできないが、身体が動かなくて吐くこともできない。

 聴覚に感じる音が遠い。聞こえるのは早鐘を打つ心臓の鼓動だけ。酸素を求めて息を吸っても吸っても足りない。


 そんな強烈な疲労と走ったことによる全身の痛みが意識を闇に落とそうとする。酸素が足りないのだ。意識が黒に染まるまさにその瞬間、


「ほーれ、寝るなー」

「かはっ!?」

「はっ、はっ!?」


 ばしゃん、と大量の水がかけられる。アルフが桶に汲んできた水をかけていく。冷たい水は二人の意識を起こして身体を冷まして行く。

 それにしたがって心臓の鼓動が一定のリズムを刻むようになる。普段通りとは言えないまでも普段通りに近いくらいの速度で脈動を始めた。


 だが動けそうにはない。そんな二人に元気そうで余裕綽々なアルフが問いかける。


「大丈夫かー?」


 しゃべる気力のない二人はぐったりとしたままだ。これで大丈夫に見えるならば目の医者を探す必要があるだろう。

 そんな二人に比べてアルフは本当に元気そうであった。走って汗をかいているし顔も赤いもののそれほど息を切らした様子もない。あれだけ走っておきながら余裕そうである。


 その事実に二人は驚愕する元気もなく恨めしそうにアルフを睨む。


「怒るな怒るな。俺もやられたんだぞ、これ。若いうちに無理はしとくもんだ。いつか、つらい時があってもこれよりマシなら頑張れるだろ?」


 言っていることはわかるがそれところとは話は別だ。


「さて、それより早く起きろ――」


 泣きそうになる二人。


「――ってのも無理かしばらく休憩にするか」


 さすがに良心の呵責を感じたアルフは休憩することにした。昼食の用意をする。動けない二人はそのまま寝転がったままだ。

 しばらくして、何とか起き上がった二人。動けるようになるのに一時間も時間を要した。


「うぅ、吐きそうでございます」

「うぷ、うぅ」

「さて、動けるようになったら次いくぞー。お前らの抗議は聞かん。頑張れ。人間やればできる。というわけで、この巨大な岩の木を登るぞ。ちなみに、てっぺんまでな」


 もはやツッコミをいれる気力すらない二人。てっぺんはどこなのか。さすがに雲まで届くということはないだろうが、かなり高い。


「ほれ、いくぞー。あ、逃げたければいつでも逃げていい。ただし、逃げられればな」


 きちんとやるまで逃がさん、問答無用で撃つと言外の言葉が二人には聞こえていた。アルフは二人にさっさと登るように促す。

 二人は半ば自棄になりながらも登り始めようとする。凹凸をつかみ木にへばりつくようにしてゆっくりとゆっくりと登っていく。

 幸いにも凹凸は多いので登りやすく枝があれば休憩もできる。登れないことはなかった。相当時間はかかるだろうが。


「そうそう、そうこなくっちゃな」


 アルフはそういうと地面を蹴る。そのまま岩の木の表面にある凹凸を利用して跳躍しながら一足飛びに登っていく。登るというよりは枝から枝へと跳んでいるという表現が正しいか。

 これで中堅というのだから、冒険者の世界はいろいろとおかしいと二人はこの時思った。だが、逆に才能がないと自嘲するアルフがこれなのだ。才能があればこれ以上のことができるということに他ならない。


 のだが、そんなことを考える余裕など二人にはない。二人はとにかく登っていくが、やはりその進みは遅く、何度も落ちては登るを繰り返す。

 その間にどんどんと日は落ちていき、周囲が暗くなってきた。


「今日はこれまでだな」


 そのアルフの言葉とともにへたり込む二人。というか倒れてもう大の字だ。


「つ、疲れたー」

「もう、こりごりでございます」

「はは、お疲れお疲れ。今から野営の準備をしてくるからまってろ。お前らはそうだな。俺が準備している間にこれでも飲んでろ」


 ポーチからアルフが二本の小瓶を取り出して二人に渡す。そこの入っているのは淡い緑と青が混ざったような色の液体だ。

 冒険者には見慣れた魔法薬。


「回復、薬で、ございますか?」

「いんや違う。これは回復促進剤だな」


 回復薬と似ているが似て非なるものだ。回復薬が高価な代わりにどんな傷でもたちどころに治してしまう薬であるならば回復促進剤は飲んだ者の自然治癒力を高めて傷を治す薬だ。

 回復薬よりも即効性はないが、その分安いためアルフの財布に優しい一品であった。


 これの使い方は単純だ。筋肉の回復を促すのである。筋肉を酷使した後は休ませなければ筋肉は壊れていくばかりで強くならない。

 しかし、ただ回復させればいいというものでもなくしっかりと休ませる必要があるのだ。そのため、回復薬では筋肉疲労の回復には向かない。


 そこで回復促進剤の出番だ。あくまで自然治癒力をあげるだけなので、自分で回復しているのと変わらない。速度が速くなっただけだ。

 そのため筋肉が早く強くなるというわけである。これを飲んでおけば筋肉痛にもならないので翌日も訓練ができるので重宝しているのだ。


「じゃ、飲んどけよ」

「「…………」」


 とりあえず飲んでみた二人。そして、同時に噴出した。ものすごくまずい。苦いというかなんというか、すさまじくまずい。

 回復薬を飲んだこと自体初めての二人。冒険者たちは敵によってはこれを大量にがぶ飲みしているのだ。こんなまずいものをよく飲めると二人は尊敬すらする。


 それからもう飲みたくないとエーファとリアンの二人は、絶対に大怪我をしないようにしようとかたく誓う。

 そんな二人の様子を背中で感じて、アルフは一人懐かしそうにほほ笑むのであった。


というわけで修業回です。

新人と中堅の違い的なものがわかればいいなあと思います。


とある中堅冒険者の生活の世界観を下地としたSF楽園と現実のマギアストリームもよろしくお願いします。

では、また次回。

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