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とある中堅冒険者の生活  作者: テイク
第二章 新人と上級と中堅冒険者
21/54

第3話 新人冒険者リアン

――ローガンの荷置場


 元々はさる商人の荷置場として使われていた建物を改装した宿屋で元冒険者が経営する宿屋だった。飯は不味いが安く量があり、ゆっくりと眠れるだけのベッドがある。

 少しは腕の立つ主人のいるおかげで安全な宿屋という触れ込みで、冒険者御用達の名を頂きそれなりに繁盛しているようだった。


 そこの一室。二階に存在する数の少ない一人部屋の体を成している個室の一室に、皮の胸鎧を抜いだ少年――リアンがどさりとベッドに倒れていた。

 別に疲れているというほど疲れているわけでもないが、それでもこうしたい気分だったのだ。こうしなければやっていられなかった。


 本来のリアンのランクならば泊まれるはずもない部屋の寝台(ベッド)に横になりながら眺める。ベッドと少しばかりの机と荷棚があるだけの一人部屋。

 殺風景な部屋だ。アートメンルフトの新人指導でサイラスに入ることができたからこそ泊まることができている部屋。

 本当に自分にはもったいない。そんな益もないことを考えながら、思い出すのは今日の事と、数日前までのことだ。


「はあ」


 情けない、とリアンは溜め息を吐く。何のためにサイラスに入ったのだろうか。新人指導で彼らを指名したのは自分。この街で最強の冒険者チーム。

 確実に強くなれる。そう思ったからこそ頭を下げて頼み込んで入れてもらったのだ。だが、先の戦いは本当に情けないものだった。


 溜息の一つも出よう。大言壮語を吐いたからには諦めるわけにはいかない。何より地方の村出身であるリアンがアミュレントまで行けるように旅費まで用意してくれた村の人たちのためにも諦めることは絶対にできないのだ。

 魔物被害で貧窮している村のために強くなって金を稼いで送る。あるいは、強くなって自分が村を守る英雄になる。


 そう思っていたのに、現実は厳しい。村にいた男爵に剣術を習っていて若手の中じゃ一番強かっただとか、そんな事実は通用しなかった。

 このままではいけないと思うが、どうしていいかがわからない。もしかして、才能がないのだろうか。そんな風に考えて再び溜息が出そうになった時、


「――ごはっ!?」


 何かが背中に降ってきた。その重さは軽くそれほどでもないものであったが、予想外の衝撃にリアンは肺の中の息を吐き出す。

 それから、何だ?! と振り向く。そこにはローブの塊があった。正確に言うとローブに包まれた何者かがリアンの背中に乗っていたのである。


「だ、誰?!」

「むぅ? なんだぁ、ここは? だれだぁ、お前は?」

「そ、それはこっちの台詞だよ!?」

「なぜ、私の部屋にいる」

「ここ僕が借りさせてもらってる部屋だけど!?」

「むぅ?」


 そこで少女――ベルは首を振って周囲を見渡す。そして、こてん、と首を傾げた。


「どこ、ここ?」

「だから、僕が借りている部屋です」

「……いかん、眠すぎて転移場所がズレた、か……――」

「あの、できれば降りてほしいんですけど」


 しかし、ベルはリアンの言葉に彼女は答えない。


「?」


 どうかしたのかと、思っていると、


「くー」


 かわいらしい寝息が聞こえてきた。


「おい!?」


 人の上で寝るとか、どういう了見だよ、という半ば叫びと化したツッコミが炸裂する。


「はっ……じゅる、すまん、寝てた。このところ、眠れていないからな、すまん、すまん……――すぴー」

「って、また寝た!? いいから、降りてくださいってば!」

「うぅん」


 と、今度は背中いっぱいに感じる体温と柔らかな少女の感触。耳元に感じるのは彼女の吐息。それはくすぐったく、されどどこか心の奥底を刺激する。

 自分に覆いかぶさるように眠ってしまったのだと理解するのにそう時間はかからない。それは決していやなものではなく、


「え、ちょっ!?」


 むしろ心なしか良い匂いもして、とても良い感じではある。だが、見ず知らずのそれも幼く見える少女が相手となれば魅力は半減だろう。

 そもそもこれを堪能できるほどの胆力がリアンにはない。しかし、堪能もしてみたいという年頃の男の子としての葛藤と人としての常識がせめぎ合い渦を巻く。


 結局、彼が長い時間をかけて出した答えはそのままにすることであった。少女を起こすことも忍ばれ、彼女をどかすことができなかったからだ。

 それに少しはこの匂いや感触を味わっていたかったという思いもあった。そういうわけで、そのまま時は過ぎて行った。


「いや、すまなかった。ここの所、眠れていなかったからな」


 彼女が起きたのは終課――午後六時――の鐘がすっかりと鳴り終えて、日が沈み月が上り始めた頃であった。

 起きた彼女はそう言い、お詫びとしてリアンをこのところの行きつけの店へと招待してくれた。完全に個室が用意された最高級の店。


 見るからに、いや見なくとも高いことがわかる店に連れ込まれ個室に入れられたリアンはすっかりと縮こまってしまっている。

 非常に肩身が狭い。料理がコースとなって運ばれてくる上に、照明魔法具が完備され空調が魔法具により管理された快適な店内は自分ごときがいてはいけない場所のように錯覚させる。


 思えば気づくべきであったのだ、彼女が魔法で現れたことに。魔法でいともたやすくこの店の前に移動させられた時点でリアンは彼女がただものではないと気づくべきであった。

 そうすれば逃げることもできただろう。しかし、あまりにも突然のこと過ぎて断ることもできず連れられてきてしまったのだ。


 本当に大丈夫なのかとリアンは落ち着かない。店に入ったときに見た店内ではどの客も身なりの整ったものしかいなかった。

 料理の食べ方からして大衆酒場にいるような雑多な食い方ではなく、まるで別世界の住人のように噂や村の男爵の話でしか聞いたことがないまなー(・・・)なるものを使って食べていたのだ。

 更に個室に案内される時に、開いた扉から見えた客の恰好はまさに貴族と見間違えるようなそれだった。


 それを踏まえて自分の恰好を見る。どこからどう見ても金持ちには見えない小汚い恰好。スラムにでもいるのが自然な恰好だ。冒険に出て帰ってきて鎧を脱ぎ捨てたままの恰好。

 この場にそぐわないことは決定的に明らかだった。そのせいか、今すぐにでも叩き出されるのではないかと戦々恐々としている。


「なんか、えっとすみません」


 そんな状況で、リアンが絞り出せたのはこんな場所にいてすまないという謝罪だった。


「ん? なぜあやまる少年。君に悪いことはない。全面的に私が悪い。だから、ここに連れてきた。アルフ先生が誰かに礼をするなら食事が一番だといっていたからな。このアミュレントで一番高い店につれてきたんだ」


 しかし、それは彼女には伝わらない。


「うへえ……」


――一番高い店。一番高い店。一番高い店。


 それどころかリアンの脳内で彼女の言葉が反響する。高いという言葉だけで震えてきそうだった。というか現在進行形で震えが止まらない。

 ぱっと見たメニューには値段がなく、いくらかなんて考えたくもない。おそらく、リアンの日々の稼ぎではどうあがいても足りないことは確実だった。


 こんなところにいれば精神的に死んでしまう。だから、帰らせてもらおうと口を開けば、


「ん? ああ、安心しろ。金はすべて私が出そう。少年は食べているだけでいいぞ」


 彼女はそう言って帰らせてくれない。


「あ、そうか、足りないのか。少し待っていろ注文してやる」


 違う、そうじゃない。

 リアンは心の中で絶叫する。


 だが、それを目の前の彼女にいうこともできない。運ばれてくる料理をただ口に運ぶだけの機械となる。

 味はうまい。今まで食べたどんな料理と比べてもこれ以上なんてありえないくらいにうまい。冒険者ならばこんな幸運を喜ぶべきなのだろう。


 だが、リアンは素直に喜べなかった。そこまで無遠慮にはなれない。むしろ、味がうまければうまいほど値段を想像して喉を通らなくなる。

 まずくて料理が喉を通らないことは経験があるが、まさか料理がうまくて喉が通らなくなることがあるだなんて想像もしていなかった。


「うぅ」


 断ろうにも断れずどうしようもならない状況にリアンは無意識のうちに唸りをあげる。

 それを聞き逃さなかったベルはリアンが気に入らなかったのだと思ったのだろう。


「む、気に入らなかったか? すまない。このようなことは不慣れでな。やはりアルフ先生のようには行かない。気に入らなかったのならば別の店に行くか?」


 そう気を使ってそう言ってきた。


「い、いいいや、ち、違うよ! だ、大丈夫!」

「む、そうか? しかし――」


 その時、リアンに浮かんだのはこれ以上彼女に何か言わせてはいけないという断固たる思いだった。これ以上、口を開かれると精神衛生上良くない。

 このような場でいっぱいいっぱいであるのに、ここで何か言われでもしたら死ぬ。別の店に行くとか、さらに彼女に金を使わせるとかもう本当リアンの小さな胆では無理。不可能。


 だから、ここでいいからとりあえず気にしないでということを農村育ちの少ない語彙を振り絞りながら途轍もなく回りくどく果てには何を言っているのかわからなくなりながらも伝える。

 ひとまずは、それで彼女も納得してくれた。ただしそれは現状維持であり、状況はまったく変わっていないのだが。


 それでもリアンは頑張った。なんとか全ての料理を食べ終えることに成功したのだ。

 食べ終わった時には、すでにぐったりとしていた。味などまったくわからなかったし、値段など考えたくもない。もう早く解放してほしかった。


「ふむ、なかなかだったな。少年、足らないなら好きなものを頼んで良い」

「い、いえ、結構です!?」


 これ以上、料理など見たくない。別の意味で吐く。ストレスで血を吐けるかもしれないとリアンはひそかに思った。


「む、そうか。なら――」

「あ、あの!」


 させるものか!

 彼女が何か言う前に遮る。


「あ、あの!」


 声が裏返ったがそのまま続行。無様でもいい。どうせ個室、誰に聞かれることはないのだ。それ以上にこれ以上彼女に何かさせるわけにはいかなかった。


「あ、あなたはいったい何者なんですか?」

「む、そうか名乗ってなかったな。すまない少年。やはり、アルフ先生のようにはいかない。私はベル。七炎(セブンス・フラム)と呼ばれているよ少年」

「七、炎……」


 言わずと知れたこのリーゼンベルク王国を代表するシルドクフラフトの十人の現役王国級冒険者の一人だった。その名の通り、七つの炎を使うと言われている。いつもフードで顔を隠しているという特徴も一致する。間違いなく本人。

 魔法使いの中では筆頭宮廷魔法使いに匹敵するとすら言われている、冒険者の中で最強の魔法使い。


 想像をはるかに超えた大物を前にしてリアンは完全に固まった。


「おーい、どうしたー少年。やはり、足らないのか?」

「はっ! い、いや、まさか、そんな大人物だなんて、思わなくて」


 そして、最強の魔法使い冒険者と謳われる人がまさかこんな少女だなんて思いもしなかった、とは内心にだけ留めておく。


「む、私はそんなにすごい物ではないよ少年。私にできることなど一つしかない。それよりもいろいろできるアルフ先生や少年の方が遥かに優れていると私は信奉している」

「…………僕なんて、全然ですよ」

「うん?」


 ベルはリアンの暗い表情に何かを察した。


「何かありそうだ。アルフ先生並みとはいかないが、話を聞いてやってもいい。何遠慮はいらない、これも礼だ」

「…………強く、なりたいんです」

「うん?」


 強くなりたい。リアンはそう言った。自分の村の状況だとか、今の状況だとか。とにかく強くなりたいということを言った。

 本当ならばサイラスの面々からは焦るなと言われている。それでも食い下がって頼めば、もう少し待ての一点張りだ。リアンは早く強くなりたかった。


 若さゆえの慢心だとかそういうことではなく、純粋な善性からの気持ちだ。人を救う。そのために早く強くなりたい。

 そんな思いを彼はベルへと言った。


「うん? つまり、なんだ少年は強くなりたいのだな?」

「はい!」


 ベルの言葉にリアンは頷く。


「ふむ。しかし、私は剣については知らんからな」


 そう彼女はリアンの腰の剣を見ながら言う。


「だが、眠らせてもらった礼だ。受けた恩は返す。それが私のルールだ。君を強くできるかもしれない人を紹介しよう。シルドクラフトの王国級冒険者九人の新人指導をした偉大なお人だ」

「本当ですか!」


 王国級冒険者を育てた人。そんなにすごい人に指導してもらえたならば、強くなれるかもしれない。


「紹介してください!」

「まあ、私は紹介するだけだ。あとは少年次第だがな」


 さあ、さっそく行こう、とベルは大量の金貨を支払い呪文を口にした。彼女が手にしていた書物から魔力が溢れ、その場から掻き消え移動する。

 アルフの下へと。


 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇


 そして、ここにやって来たのだと彼女は締めくくった。強くなりたいという少年がいるから鍛えてやってほしいとベルはそういったのだ。


「お願いします!」

「……」


 酒場で食事をしていたアルフたちの前にいきなり現れたベルはリアンという少年を鍛えてほしいと単刀直入に言ってきた。

 前置きも何もなく礼のために食事をして、そこで強くなりたいといわれたからここに来たという顛末を聞いてたわけだが、


「お前は、いつも厄介ごとを持ってくるな」


 ベルの律儀な性格と面倒くさいところはわかっていたが、ここまでのものは久しぶりだと嘆息する。


「それについては本当に申し訳ないと思っている。私の不徳の成すところ。だが、アルフ先生しか思い浮かばなかったのだ」

「……はあ。おい坊主、名前は?」

「リアン、ノーレリンク村のリアンです!」

「所属ギルドとランクは」

「えっと、ギルドはアートメンルフトでランクは助祭級です」

「助祭級、ねえ」


 アルフが見る限り、言うとおり本当に冒険者になったばかりの新人だとわかった。彼の身体にある自分自身から湧き出す魔力とは別の(・・)魔力量が助祭級、シルドクラフトで言うところの集団級の基準に達していなかったからだ。

 それはあくまでもシルドクラフトの基準であってアートメンルフトの基準ではないものの、同じ系列であるし同じランクでそこまで差が出るほど大きなひらきはない。


「新人だな。ついこないだ冒険者になったばかりだろ?」

「はい、数日前に巡礼を終えて新人指導をしています」


 リーゼンベルクのギルドと違い規模の小さい地方の中小ギルドでは、新人のためにわざわざ人員を割いて新人指導を行うことは少ない。

 単純に人が少ないからだ。アミュレントのギルドはそれなりの規模を持つのでアートメンルフトでは新人を高ランク冒険者チームに入れて技術を学ばせるという新人指導がある。


「どこのチームだ?」

「数日前からサイラスに」

「…………」

(サラのところの奴じゃねえか。ああ、サラ、お前もいつも俺に厄介ごとを持ってくるなおい)


 ここにいない人物に悪態を内心でついて溜息を盛大に同じく内心で吐いた。


「強くなりたいって言っていたが、サイラスの奴らからは何も教えてもらってないのか? というかサイラスに入ったのはいつだ」

「……えっと、まだ、三日くらいです」

「たかが三日だろ、これから教えてもらえるんじゃないか? 焦っても仕方がないだろう。そう言われなかったか?」

「言われました、でも僕は早く強くなりたいんです」


 まっすぐにアルフの目を見てそう彼は言い放った。そこには邪な気持ちはなく純粋な人を助けたいという意思があった。


「…………ふむ」


 アルフは、目を細める。いつかのどこかの誰かを思い出したからだ。


「ほかには何か言っていたか?」

「ほか、とは?」

「そうだな。お前が強くなりたいってサイラスの奴らに言ったとき、焦るな以外に何か言ってなかったか?」

「えっと、もう少し待てと。でも、何を待つのかは言われませんでした」

「もう少し、待てねえ」


 サイラスのリーダーであるサラとは旧知の仲だ。もう少し待てというのならばきちんと理由がある。そこには彼女なりの配慮、というか考えがあるのだ。


「もしかして……」


 さて、それはなんだろうかとアルフは考える。予想としては考えられることはあるが、ひとまずは、何かがあるのだろうということだけは理解して話を先に進める。


「理解した。じゃあ最後だ。お前はなんで強くなりたいんだ?」


 ここに至る顛末は聞いたが、その中でその理由は語られていなかったのだ。どのみち、アルフは本人の口から聞いておきたかった。

 だから聞いた。金か、地位か、名誉か、あるいは女か。どんな理由で強くなりたいのかアルフは聞いた。


「…………」


 しばらくの逡巡。

 何度も口を開こうとしては閉じて、いくばくかそれを続けた後、リアンは意を決してアルフに言った。


――英雄になりたい、と


 確固たる輝きを持って。確固たる意志を以て。だから、たった数日だけど我慢がならないのだと言う。

 リアンはかつてのアルフと同じように宣言した。いつかの誰かと同じように。


「…………」


 それはかつて見た輝きだったと思う。かつて、今だ自分が若い頃には持っていて、今の自分にはどこか足りない輝きだった。

 英雄になるのは夢物語だ。だが、それでも愚直に目指してしまうくらいには魅力的なもの。かつての自分と同じ思いだった。


「……わかった。修行してやるよ。一人増えてもかわんねえしな」


 だからだろう。アルフはリアンに手を貸したくなった。かつての自分もそうやって手を貸してもらった。剣の師匠に、弓の師匠に。

 だからこそ、自分も手を貸す。同じような奴に手を貸す。アルフの小さな決め事だった。


「あ、ありがとうございます! ありがとうございます! ――あいたー!?」


 あまりに勢いよく頭を下げ過ぎてテーブルに頭をしとどに打ち付けるリアン。


「落ち着け。とりあえず、サイラスのところに行くか。お前を指導するにしても、サラに許可とるのが筋だな。ちょうど行く予定だったんだ。今から行くか。

 ――そういうことだ。ちょっと行ってくる。お前らは宿屋で寝ててくれ」


 そうゼグルドたちに言ってアルフはリアンとベルを連れてサイラスの面々がいるであろう酒場へと向かう。

 案内するつもりだったリアンであるが、アルフの堂々と目的地がわかっているらしい歩き方に疑問を持った。リアンはアルフにその旨を問う。


「あの、サイラスのだれかとお知り合いなんですか?」

「ああリーダーのサラとな。同郷の幼馴染ってところだ」

「ああ、そういえばサラさんのことを知ってましたもんね」

「だから、心配すんな。こういうことはいつものことなんだ。場所は知ってる」

「そうであったな。懐かしい。僧兵は元気だろうか」

「ベルさんも知り合いなのですか?」

「ああ、そうだ」


 ベルが新人だった頃にアミュレントに来た時に回復魔法や浄化魔法についてサイラスの僧兵であるスキンナリにベルを預け、代わりに当時新人であった兎人の獣人であるラナリアにシーフの技能や弓を教えるという交換指導を行ったのだ。

 時折、そんな風にサイラスとアルフが連れてくる新人を互いに鍛えたりしているのである。


「結構付き合いがあるのですね」

「まあな。同郷の奴なんてもうほとんど冒険者やってないからな」


 ほとんどが故郷であるサラウェイの村に帰ってしまっている。早々に諦めたり、成功したり、故郷が懐かしくなったりと理由は様々だ。

 残っているのはアルフとサイラスのリーダーサラくらいのもの。ロベルトはリーゼンベルクで商人をやっているので除く。


 そんなことを言いながら富裕層が集まっている富裕街へと向かう。アルフ達が先ほどまでいた場所よりもきれいに整備された石畳の道を歩く。

 街路樹と共に等間隔に並べられたとても珍しく貴重な魔法街灯が点々と明るく道を照らしている。街灯には羽虫が群がり、少しずつ街灯の下に死骸を積み重ねていた。


 灯り屋と呼ばれる魔力を扱える者が時折、街灯に魔力を補給している。そんな点々とした街灯が照らす道を歩きながら目指す場所は酒場だ。サイラスが常日頃使っているという酒場へと向かう。

 だいたいアミュレントに来た時には同郷のよしみで会っているので場所は知っている。アミュレントの富裕街にある酒場は、それなりに儲かっているのか魔法具によって明るい照明が灯っており夜でも昼のように明るい。


 酒場に入ると涼しげな風が迎えてくれる。店内には淡い灯りと吟遊詩人の音楽と騒いでいる客の声が満ちていた。


「いらっしゃーい! 好きな席にどうぞー!」


 可愛らしい給仕のエプロン姿をした少女が長い亜麻色の髪とスカートを揺らし、スリットからその眩しい太ももを晒しながら振り返り手をあげてアルフたちに席へ座るように促す。

 それに手をあげて答えつつその太ももに視線を向けながら、同時にアルフは店内を素早く見回しサイラスの面々を探した。いつもならばこの時間にはこの酒場にいるはずである。


 店内には羽振りのよさげな商人たちがワイワイと騒いていた。魔除けが良く売れているような話をしている。

 概ねの原因はバジリスクによる不安のようだ。王国級の冒険者が必ず討伐するとはいえ、少しは不安があるらしく、そこを突いた商売のようである。


「お、いたいた」


 そんな騒ぎから離れた店の一角、丸テーブルにサイラスの面々はいた。アルフたちがそちらに近づくと、ぴくりと兎耳の少女の自慢の耳が彼らの方を向く。

 その耳の持ち主であるラナリアはリアンが来たことに気が付いて立ち上がってアルフらの方を見る。その表情は嬉しそうな笑顔であったが、アルフを見た途端緊張したように強張る。


「おう、久しぶりだな」

「ぁぅ、ぉ、お久しぶりですぅ、ぅ……」


 ラナリアは尻すぼみに消え入りそうな声でアルフに挨拶した。

 アートメンルフトの枢機卿級冒険者という高ランクの存在であるラナリアであるが中身はとても弱弱しいのだ。しかも、極度の寂しがり屋。

 そんな高ランク冒険者らしくない彼女であるが、戦いとなると性格が攻撃的に変わるのだ。本人はこのおどおどをどうにかしたいらしいがどうにもなっていなかったらしい。


「おいおい、まったく相変わらずだなお前は」

「ぁぅ、す、すみません」


 凛とした雰囲気のくせにぺこぺことしているし、アルフが何かしようとするためにびくりと反応して可愛らしい。

 かれこれ数年の付き合いであるが、いつも彼女はこうなのだ。一応、シーフとしての技能を教えたり、弓を教えたりしたのだがこれだけは変わらない。


「ぁ、ぇっと、ね、リアンは、リーダーが呼んでる」

「え? あ、あっはい」

「おやおや、これはこれはお久しぶりですねえ」


 アルフが変わらないラナリアの様子に内心で笑みを浮かべていると、女を二人両脇に侍らせた禿頭の僧兵――スキンナリが話に加わってくる。


「久しぶりだな。あんたは……相変わらずか」

「ふふふ、ええ、女の子はさいこーです!」

「ふむ、息災でなによりだ僧兵」

「おわっ!? な、なんでお前がここに?!」


 スキンナリはベルを見て飛び上るように驚く。というか実際飛び上がってずっこけた。


「バジリスク狩りに来ている」

「ぅえ、それお前だったんですか。いや、マジで?」

「ああ、僧兵は相変わらず色、濃いな。それでいいのか聖職者」

「だから言っているでしょう? 私は愛と恋の神サンピタリアと婚姻と官能の神インバチエンスを信仰する僧兵ですよ。むしろ色恋バッチコイな宗派です。産めよ増やせよは、もっとも普遍的な教義ですよ」

「むぅ、何がいいのかわからん」

「そんなだから処女なんだよ」

「何か言ったか?」

「いいえ、なにも」

「ははっ、仲が良いことはいいことだな」


 アルフは二人のやり取りを見つつそういった。その表情はにやけている。


「あなた、わかってていっているでしょう。わかってて連れてきましたね? まったくまったく。女の子は好きですが、彼女(それ)は別です。私に近づけないでください。いや、本当、気持ち悪いんです」

「慣れろ」

「なれませんよ。絶対に。魔法が使えない一般人ならばよいでしょうが、私僧兵。神へ仕える聖職者ですよ?

 それ(ベル)とはまったく対極なんですから、いや本当、やめてください。気持ち悪い。それにどんな過去があるのか知っているつもりですし、憐れんであげられますがそうなって(・・・・・)しまっているからにはどうしようもないんですよ。見逃しているだけ感謝してください」

「こちらとしては仲良くしたいのだがなあ僧兵よ」

「残念ながらこちらはお断りです。すみませんね」


 仕方のないことである。ベルの出自を考えれば。ただ、それでもベルに回復魔法や浄化魔法を教えてくれたあたりこのスキンナリという男は悪い奴ではない。

 女癖が悪いことと節操なしであるところを除けば、アルフにしても好感のもてる男だ。


「……リーダーは、あっちだ。待っている」


 ふと黙って腕を組んでいたイグナーツがそうどこか訛りを含んだ声で言って、奥にある窓際の席を指さす。

 それをアルフが目で追ったことを確認して、再びイグナーツは目を閉じた。


 イグナーツが指し示した奥の方の席を見ればそこにはアルフの記憶にある通り、軟らかく丸くて平らな鍔や縁のない帽子を被って軽装を着込んだという出で立ちのサラが腕と足を組んで座っていた。

 木製ジョッキが二つテーブルにはおかれていて、一つはサラの方にあるがもう一方は空いている席の前にある。


 なみなみと注がれた葡萄酒。アルフは対面に座るとジョッキを一杯あおる。

 アミュレント付近の村の葡萄酒。薄めていない芳醇な味が口内に広がる。それはアルフらの故郷の味でもあった。

 飲みきってまずはアルフが口を開く。


「よう久しぶりだな」

「ええ」


 彼女はそっけなく返す。


「どうだ調子は?」

「いつも通り。お前は……」


 遺跡から出土した色眼鏡越しにサラはアルフを上から下まで見つめる。


「見てのとおりだ。どこにも変わりない」

「そのようだ。相変わらず髭は剃っていないし髪もボサボサだ。まったくだらしがない」

「るせえ、いいだろうが」


 それに彼女は肩をすくめ、


「今年は?」


 と問う。脈絡もないが、長い付き合いのアルフには彼女が何を言いたいかがわかる。アミュレントにアルフが来る理由など一つしかないからだ。

 つまり、彼女は今回担当している新人は何人か、どんな奴かを聞いたのである。それにアルフは簡潔に答えた。


「守護聖人にミールデンを持つ冒険者ギルドに所属してんだ教会通じて知ってるだろ。三人。魔法使いと竜人、シーフ見習いだ」

「…………」


 サラはしばらく黙る。それから、


「こちらはそいつを出すわ」


 彼女はリアンを顎でしゃくる。


「え?」


 リアンは困惑の声を上げる。

 リアンにはわけがわからなかった。二人が何の話をしているのかがわからなかったからだ。

 サラはそんなリアンを見てそれからアルフへと戻す。


「お前、俺が来るからもう少し待てって言ったな?」

「否定はしないわ。私よりもお前の方が鍛えられる。そいつに合った剣術を教えられるのはお前だけだ。できないとは言わせない。お前ならできるだだろう」


 確固たる信頼からそうサラは告げた。


「本当、お前は変わらねえな。だから結婚できないんだよ」

「お前もね」

「ちげえねえや」


 そんなアルフに言葉に、サラは変化に乏しい表情を浮かべてはいたもののどこか楽しげに肩をすくめるのであった。


「わかった。鍛えてやるよ。こっちも頼むぞ。竜人と魔法使いを頼む。竜人の方は人にでも慣れさせておいてくれ。戦闘は教えることがねえ。魔法使いの方はいつも通りだ」

「良いわ。三人に任せればうまくやるわ。私なんかよりもね。そのあとはいつも通り」

「ああ、そうしよう」


 そう言って再び運ばれてきた酒をアルフとサラは飲み交わした。


どうも皆様読んでいただきありがとうございますテイクです。


活動報告でも言いましたがキカプロコンテストなるものがあるらしいのでそちらに参加してみようかと思ってまして、今SFを鋭意制作中です。


もちろんこちらの更新もしっかりやっていきます。

では、また次回。

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