第2話 アミュレント
朝、日が昇ると共にアルフたち一行は、アミュレントへ向けて出発する。今日中、といってももうすぐアミュレントには入ることが出来るだろう。
既に、一行がいる丘の上からはアミュレントの街を見ることができる。アミュレントは四つの門と九つの塔を持つ城塞都市。
遠目でも水の張った星形の濠と魔法建築によるうず高い城壁が見て取れた。反対側には三本の道がそれぞれの州に続いているのが辛うじて見える。
「あれがアミュレントの街でございますか?」
アミュレントを見てエーファは指をさしながら問う。答えたのはアルフではなく、珍しいことにスターゼルだった。
自慢の時代遅れなカイゼル髭を撫でつけながら、ひたすら誇らしげにアミュレントについて語る。
「うむ! あれがこそ、マゼンフォード州リント地方にある一都市にして、北のシャーレキント州、西のバルックホルン州への玄関口でもあるアミュレントであーる。
玄関口だけあって大市が開いておるため、リーゼンベルク王国にある物で揃わぬものはない、とすら言われておるのだ。まさに商売の街である。あそこの領主がまた嫌味でなあ。悪い奴ではないのだが、金に汚いのである」
「流石は元貴族様、詳しいな。行ったことがあるのか」
「あるわけなかろう。村から出たこと自体、生まれて初めてである」
腕を組み、盛大に胸を張って誇らしげに言うスターゼル。ただの又聞きらしい。
そこは誇らしげに言うところではないだろう。
「うぬぅ、商売の街かぁ。本当になんでも揃うのか?」
「ああ、そうだ。あの辺りを見てみろ」
「うん? 何かあそこだけ他と色が違うような?」
アルフが指し示した場所は、まるで花が地面を染めるかのように赤、緑、青という色で街が染まっているように見えた。良く見れば、それが露店や屋台の屋根布や商店の屋根自体の色であることがわかる。
アミュレントの一角に存在する、円形城壁に囲まれた区画だ。
「あそこは大市でな、あの露店の屋根布の色は州を示しているんだ」
赤がマゼンフォード州、緑がシャーレキント州、靑がバルックホルン州だ。それぞれが領主の紋章に準ずる色。
その布は魔法染めの高級なものや魔法染料が使われているというふれこみであり、色落ちすることなくそれがどの地方の商人かがわかるというわけだ。
「へえ、面白いなぁ。やはり人間の世界は面白いなぁ」
「欲しいものがあるならここで買っておくと良い」
「うん、エルフの酒とかはあるかなあ。エルフの酒は良い。蜜酒ばかりでだけど、あの甘さが癖になる」
「同意である。我輩もエルフの酒は好きである! あの味は、まさに我輩感動と言わざる負えず――」
エルフの酒は、強すぎず、かといって弱くもない。何より、花の蜜や果物を使った酒であるため、甘く女子供でも飲みやすいためにそのあたりに需要がある。
エルフもなかなか人里に出てこないためにあまり出回ることはないが、ここ最近――約八年前から――良く出回わるようになり、そこらの酒場でも取り扱っているようになった。
毎日飲んでも行けるような酒であるが、アルフとしては別な酒を推したかった。
「俺はドワーフの酒だな」
ドワーフの酒である。
それにゼグルド以外が信じられないといった表情を見せる。というか露骨に空気が凍った。
「いや、いやいやいやあ。アルフ様、冗談は言わないで下しあ。あ、あれは人の飲むものではないでございます」
ドワーフの酒は強い。いや、強いなんてものではない強すぎる。酒精そのままの純度百パーセントとしか思えないような酒だ。
どのような酒豪ですら普通の人間ならば一滴が限度とされるような酒。しかも、飲んだら二日酔いは確定。いや、一週間は酔ったままになるような代物である。
飲めば最後、燃えるような痛みに襲われるとか襲われないとか。そんな酒をドワーフはぐびぐびと大ジョッキで飲み続けるのだ。
人間がそんなことをすれば死は免れないだろう。優秀な冒険者がそれで死んだという笑い話まであるほどだ。
どのような酒好きですらドワーフの酒を一滴以上飲めば酒を嫌いになるという。それにちなんで終わったあとにドワーフの酒を飲んでも遅いという言葉がある。
その意味は酒で身を滅ぼした後に、酒を嫌いになるドワーフの酒を飲んでも意味がないということから、物事の終わりに何をしても意味がないという意味合いで使われている。
「そうか? うまいぞ、あれ」
しかし、しれっとアルフはそう事もなさげに言う。
「うんうん、ドワーフの酒も竜人の酒に負けず劣らず強くてうまい。われもすきだ」
それにゼグルドが同意する。
しかし、エーファとスターゼルは戦々恐々とした様子だ。がくがくとふるえてすらいる。
「う、薄めた奴であるよな。そうだ、そうに違いないのである。そうでなければ、我輩鳥肌で死んでしまうである」
「ど、どど、どうなんでございますか、あ、アルフ様?」
「いや、普通の奴だぞ。薄めるなんてとんでもない」
ドワーフの酒はそのまま飲んでこそだと彼は言う。
「化け物、化け物がいるである。エエエエ、エーファ、我輩帰りたいである!」
「泣き言言わないで下さいといつもならば殴るところでございますが、今日は勘弁するでございます。私も信じられない気分に御座います」
そう顔をつき合わせてぼそぼそと小声で話すエーファとスターゼル。
「アルフ殿、彼らはどうしたんだ?」
「あー、なんというか、ドワーフの酒をそのまま飲めるのが信じられないんだろ」
「そーなのか?」
「そうだ。人間は普通ドワーフの酒は飲めん」
一滴以上そのまま飲むと死ぬとすら言われている。
「うむぅ? しかし、アルフ殿は飲めると」
「ああ、飲める。なんでかしらんが、どんなに強い酒だろうが飲めるぞ」
それであまり酔わないし、二日酔いになることもない。酒飲みからは非常に羨ましがられる体質であるが、酔いたい時に酔えない悪質ともいえる。
何かあった時に酔って忘れることが出来ないのだ。ただ、それを除けば酔わないというのは仕事前にしこたま飲めるということでもあるので何かと重宝している。
「おお! それはすごいな、アルフ殿」
「まあ、俺の数少ない誰かに勝てる才能ってやつだな」
そう肩をすくめながらアルフは言った。今のところ役に立ったことはない。あるとすれば、ドワーフと凄まじく仲良くなれたとかそういうことくらいだ。
ドワーフは酒飲みの種族。酒を飲み交わすともう友人である。
「なら、今度われの一族の酒を馳走しようと思うんだけど、どうだ?」
「お、良いな、それは楽しみだ。――さて、二人ともそろそろ行くぞ」
唸って震えている二人を正気に戻して一行はアミュレントへと向かう。丘を降りて、街道を進む。街周辺ともなれば盗賊や山賊の類はいない。
リーゼンベルク方面へと向かう馬車とすれ違う。跳ね橋の半ばで、
「止まれ」
アミュレントの赤の衛兵服を身にまとった衛兵がアルフたちを止めた。リーゼンベルク方面の城門は出るのは多いが入るのは少ない。
そのため、必ず止められて身分を確かめられる。
「見たところ冒険者のようだな。何の用でアミュレントまで来た」
「巡礼に」
「なるほど、新人というわけか。いや、待て。その灰の髪に灰の瞳。お前は知っているぞ。いつも新人をアミュレントに連れてくる中堅冒険者だな」
「覚えてもらえているようで光栄だな」
「ああ、覚えているぞ。毎年毎年、サイラスと問題を起こす男だろう」
その衛兵の言葉にアルフは顔をしかめる。
「ははっわかっているさ。ただ厄介ごとは勘弁願うというだけだ。
税を支払えば通ることを許可しよう冒険者。リーゼンベルク銀貨ならば多少は多いだろうが1枚。なに、安全を買うと思えば安いものだ。シャーレキント銀貨ならば4枚、リント銀貨ならば5枚だ。もしあるのならばローンドス銀貨でも良い。ここではどこの金でも使える全て。3枚だ」
「安全をケチるほど貧窮はしてないな、リーゼンベルク銀貨で払うさ」
本当は安いリント銀貨で支払っておきたいが、安全というのは何物にも代えがたいものだ。何かあった際に衛兵に融通してもらえるというのは良いことなのでリーゼンベルク銀貨を気前よく支払う。
「懸命だな冒険者。こちらからお前たちの事は言っておく。だが、くれぐれも問題は起こしてくれるなよ冒険者。厄介ごとの持ち込みはどの街でも許可されていない」
「わかっているよ」
「ならば良い。さあ、通るが良い冒険者。
――おっと、忘れていた。ようこそ、商売の街アミュレントへ」
銀貨を渡して、衛兵の言葉を背に受けながら跳ね橋を渡りきる。人々で溢れたアミュレントの軍管区が一行を迎えるだろう。
「うん? なんで、こんなにもこんな場所に集まっているんだ? 今日は祭なのか?」
「だろうな。あれだ」
馬上試合場において騎士たちが騎馬に乗って馬上槍試合を行っているのが見える。馬上の騎士が槍だけでなく、剣などの武器をぶつける一騎打ち形式の試合が行われていた。
馬上試合場を囲むように建てられている木製の物見台には大勢の人であふれかえっている。馬上試合が動くたびに歓声が上がった。
「むむむむ、なんとおおお! 馬上試合ではないか! フッふふふふふ、これは我輩の力を見せつける時が来たようである!!」
「旦那様、さすがにもう終わりでございますし、馬も、馬具も甲冑もございません」
「いいや、エーファ。まだ終わらんぞ」
この後には徒歩による戦いがある。流石に騎馬による一騎打ちなどは、元から騎士の称号を併せ持つ貴族か、はたまた騎士の称号を賜り馬を下賜された者しか参加は出来ないが、徒歩による戦いは、腕に覚えのある者ならば誰でも参加できるのだ。
「うおおおお、いくでああああっる!」
スターゼルが参加受付に走って行った。
「やれやれでございます。アルフ様はどうなさいますか?」
「俺は見てるだけで十分だ」
「そうでございますか。しかし、この盛り上がりは凄いでございますね。明日の団体戦でもございませんのに」
「ああ、原因はあれだ」
木板の前に集まる人だかり。そこには木炭で文字が書かれているようだった。見るからに名前だ。その隣にはいくらかの数字が書かれている。
そして、木板の前、壇上となっているその場所には男が立っていて大声を張っていた。
「さあ、張った張った! 勝てば天国、負ければ地獄。金持ちになりたいんだろ? なら、張った張った!」
そんな男の前にいる者らが叫ぶように名前を言いながら金を放っている。
「……賭け、でございますか?」
「ああ、この街じゃ珍しくもないぞ、商人が多いからな。この手の金稼ぎにつながるものは何でもやってる」
「商魂たくましいのでございます」
とエーファは呆れ顔。
「アルフ殿なんなんだ? その、じょすと、だとか、とぅるねいは?」
試合が行われている馬上試合場を見ていると一人わからないゼグルドが聞いてくる。
「馬上槍試合の試合形式のことだ。一騎打ちと団体戦、他にも乱戦ってのがある」
「騎士の技量を争う栄誉ある競技会のことであーる」
一騎打ちは三回に分かれて行われる。
まずは、ランスを用いて行う槍試合。戦斧、ハンマーで相手を殴り落馬させる試合。剣または短剣で相手を突いて落馬させる試合。
その三回をまとめて一騎打ちというのだ。
受付を終えて戻ってきたスターゼルが横からそう言う。
彼は、土を魔法で固めた鎧と剣を持っている。よほど綺麗に圧縮しているのか黒く光沢すら放っていた。
「旦那様は練習ばかりでやったことないのでございます」
「う、うるさいである!」
「うむぅ、なるほど闘技のようなものでなのか」
「まあ、間違いじゃないか。見ていくとしよう」
スターゼルが出るということなので馬上試合を見ることにした。人ごみをかき分けて、アルフたちは見える位置へと移動する。
エーファはどうやっても人ごみで見ることが出来なかったので、ゼグルドの肩に座ることになった。誰よりも背が高い彼の方の上はとても試合が良く見えたが、それ以上に恥ずかしい。子どもと言う年齢でもないのに肩に乗るというのは途轍もなく恥ずかしかった。
試合の結果はというと、スターゼルの負け。筋は悪くないのだが、全体的に直上的であり、わかりやすすぎたのだ。それに相手が悪い。
スターゼルの相手は冒険者だ。真っ直ぐな戦いを好む騎士と違って冒険者は真っ直ぐなんてもってのほかだ。とにかく横道。邪道を通る。
そんな相手に当たった。村級程度の冒険者であったが、アルフから見てもその戦いは巧かったのだ。すぐに上に上がってくるだろう。
「ぬぬぬぬうぬぬう」
試合が終わったあとは、さっさと酒場に行ったのだが、スターゼルはひたすら唸るばかり。よほど負けたことが悔しいのだろう。
「修業不足でございます」
しかし、エーファはきっぱりと言い放つ。
「う、うるさいである!」
それで言い合いになるのがいつもの流れだ。
「やれやれ」
「うむぅ、われも参加すれば良かったかな?」
「お前じゃ、鎧が入らん」
一応、あの手の試合は鎧をつけていなければならない。元は騎士同士のものだったからだ。
「うぬぅ残念だ」
「仕方ない。……とりあえず飯食ったらアミュレントを回ってみるか」
遅めの昼食を頂き、一行はアミュレントを見て回ることにする。
通りを歩いていると、エーファはリーゼンベルクと比べて街に開放感があることに気が付く。それからすぐにリーゼンベルクと異なり街中に城壁が少ないということに気が付いた。
「街中の城壁がございませんね」
普通ならば貴族街など平民と貴族や富裕層などを区別するための城壁がない。
「ここには貴族街がないからな」
それにアルフが答える。
星型の堀という防壁が存在するということもあるが、何より貴族がいないのがその理由だ。つまり、このアミュレントには貴族街が存在しない。
貴族街。その名の通り、貴族の邸宅などが存在する街区であるが、そういうのが存在するのはリーゼンベルクくらいのものである。
基本的に貴族は自らの領地から出ないからだ。男爵ならば村、子爵ならば街と言った風に、自らの領地の城館を持っている。
基本的に別宅と言うものを持たないのだ。別宅と言えばリーゼンベルクにあれば良いため、リーゼンベルクの貴族街には一年のほとんど誰も住んでいない邸宅ばかりが存在する。そういう事情もあってリーゼンベルクの貴族街は大きい。
ここアミュレントでは、そういうものがいらないため貴族街が存在しない。その代わりに富裕層とそれ以外とを分けるために街路樹が壁のように植えられている。
「なるほど……街中に緑が多いのはそういう理由でございましたか。――じゃあ、あれはなんでございますか?」
エーファが指示したのは大きな建物だ。塀に囲まれた大きな建物だ。小さな要塞を思わせるが、そこからは優麗な音楽とそれに合わせた詩がかすかだが聞こえてくる。
詩は聞く者を癒してくれるようだった。塀の周りに設置されたベンチには、これを聞きに来たのか数人の老人たちが座って目を閉じていた。
「吟遊詩人大学だな」
ここアミュレントにはリーゼンベルクにないものがあったりする。大学などその一つだ。実際、大学はリーゼンベルクにも存在しているが貴族街にあるため平民にはなじみがない。
だが、ここアミュレントは貴族街がないためそれなりに人々に親しみ深いというわけだ。ここ吟遊詩人大学では人の街になかなか出てこないエルフを見ることが出来る。
「詩や楽器を学べる場所でございますか?」
「ああ、そうだ。だが、それだけじゃない。奴らは語り部だ」
吟遊詩人大学は音楽技能を研く場所であると共に、歴史や物語の伝承の場であるのだ。ここには吟遊詩人という存在が生まれてから今までの歴史の全てが伝わっていると言っていい。
「中に入れるのは関係者だけだがな」
依頼でもあれば入れるだろう。
「エルフには、会ってみたかったでございます」
「エルフねえ……」
「はい! 何よりも美しいと言われている方々でございます。見てみたいと思うのは人として当然でございますよ」
何よりも美しい種族。その謳い文句は間違いではない。エルフは美しい。一目見れば五体投地してしまうような美しさである。
何を隠そう、真面目にそれをやった本人がいるのだから。
「それに弓の名手ですし、音楽も達者だと聞きます。はあ、会ってみたいでございます」
「そうだな」
アルフのコネを使えば会えるとは言わない。
アルフが指導した十人の中にはエルフもいた。アルフが指導した二人目。魔弾と呼ばれるエルフがいる。だから、エルフに会いたいと言えば会えるのだ。
だが、確実ではない為言わない。そもそも、そいつがどこにいるのかさえアルフは知らないのだ。やろうと思っても出来ないのである。
「アルフ先生、なぜ魔弾を紹介せんのだ? 奴もエルフだろうに」
「ん?」
そんなことを思っていると、聞き慣れたどこか老成したような静かな声がアルフたち一行へとかけられる。
振り返ればすっぽりとローブを被った小さな体躯の少女。相変わらずフードをかぶっており口元しか見えないが、そこに浮かべられた笑みと背中の杖で誰だかよくわかる。
そうSランク冒険者のベルだ。
「アルフ先生、息災そうでなによりだ。竜人の方も相変わらず腰が低そうだな」
「ベル!? なんで、こんなところに?!」
「お、おおお、お久しぶりです!」
ベルがこんなところにいるとは思わなかったアルフは驚愕の表情をし、ゼグルドは彼女を前にして緊張して固まってしまっていた。
そんな二人を見てエーファは首を傾げるが、ベルを一瞥したスターゼルは目を見開き脂汗をかいていた。魔法使いだからこそわかるのだ、彼女のヤバさが。
そんな彼らの反応をまったく意に介さずベルは自分だけの世界に入り込んでいた。
「むふふふ、運命と、言いたいところではあるが残念なことに違う。アルフ先生に嘘を吐くわけにはいかないからな。
し、しかし、バジリスク狩りはどうなのだろう。心配されるかな。う、うん、そうだ。少し可愛く言えばいいかも。
えっと、だなアルフ先生、生活費がヤバかったから稼ぎに来たの、バジリスク狩り♡」
精一杯の愛嬌をふりまいているつもりだろうが、フードでまったく見えないし何よりその笑みが怖い。
しかも、アルフには物凄い軽く言っているようにしか聞こえていなかった。
「バジリスク狩りって……そんな簡単に言うなよ」
そんなアルフのボヤキを彼女はまったく聞いていない。
「いやしかし、十日ほど毎日バジリスクが出るから引き留められていたおかげでアルフ先生に会えた。運命と言っても過言ではないか……アルフ先生はどう思うのか?!」
「……知らん――って、ちょっと待て、毎日だと? 王国級の魔物が?」
冒険者と同じで魔物にもランクがある。その被害規模によって区分される。集団級や王国級と言った感じだ。
王国級の魔物はその名の通りこのリーゼンベルク王国を壊滅させるだけの力を持っていることになる。
それが毎日現れるなど異常を通り越して意味不明だ。バジリスクは王国級の中でも確かに出現しやすい個体であるが、それにしたって数年に一度出るか出ないかだ。
「うん! 毎日だ。帰りたいのに帰らしてくれないのだ。やれやれ困ったものだよ」
しかし、ベルはそれをあっさりと否定して、毎日現れることを肯定する。
「当たり前だ! 明らかに異常事態じゃねえか!」
「ふむむ、そう言えば、そうか。このところ、昼に寝れていないからあまり頭が回らない。あ、あうん、心配せずとも、バジリスクは終わるまで討伐していく。倒せば金が入るゆえ。魔導書も持ってきている。アルフ先生は岩の森に行くつもりだろう。安心して行ってくると良い」
「しかしな……」
「心配しないでほしい、アルフ先生。アルフ先生に鍛えられた私だ。ただ目が光るだけの蛇に後れを取るはずがなかろうて。それに、目の視界内で目を合わせてしまえばアルフ先生では死んでしまう。適材適所だ。アルフ先生、出来る奴にまかせておけばいい。貴方の言葉だ。だから、今回は私の仕事」
「そう、か……」
確かにバジリスクが相手ではアルフにできることはあるまい。せいぜい囮だが、そんなものが必要ないくらいベルは強い。
「わかった。だが、何かあったら呼んでくれ。しばらくはこの街にいるからな」
「うん、わかった。ふあ、む、すまないアルフ先生。やはり、寝てくる」
欠伸をして彼女はそう言うと一冊の書物を取り出して一言二言呟く。書物から魔力が溢れ出し、彼女の姿は掻き消えた。
「転移、魔法であるか……」
その事実にスターゼルは戦慄する。
転移魔法は最上級に難しい魔法で、リーゼンベルクでも使える者は五本の指で足りるほどしかいない。それくらいに難しい魔法を容易く使ったベルにスターゼルは戦慄を禁じ得なかった。
「あ、アルフよ、や、奴は何者であるか?! は、早く言うである! 悪魔といっても遜色ないほどの魔力だ! ありえん。平民であれほどの魔力などありえん! 早く言うである!」
「七炎のベルに聞き覚えは?」
「我輩が冒険者の名など知るはずがなかろう!」
ですよね、とわかっていたという表情のアルフ。エーファはその隣で、ベルと聞いて驚愕の表情を浮かべ、スターゼルの反応を見て情けないでございますと項垂れる。
「じゃあ、王国級の冒険者だ。一応、説明したよな。冒険者のランクについては。わかるだろ王国級がどういうものかくらいは」
「そのようなもの忘れたである! もう一度説明するがよいぞ我輩が許可する」
「おい……」
残念な奴を見るような視線を送るアルフ。本当っに情けないでございます、とさらに項垂れるエーファ。
「はあ、国を滅ぼせるレベルの魔法使いだと言えばわかるか」
「いいえ、アルフ様。その程度ではあのバカな旦那様は理解なさらないでしょう」
「それじゃどうする」
「こういえば良いのです。――旦那様」
「ん、なんだ?」
「先ほどの方ですが、リーゼンベルク王国筆頭宮廷魔導師エレンフェン様と同格の存在でございます。冒険者の中でも最上位に位置する方でございますよ」
「な、ななななななな!? なんだとおおお!? 真であるか!?」
「それは、旦那様がよくわかっているかと」
「う、うむ」
確かにあの魔力はまさしくそうだった、とスターゼルは頷く。
「……エレンフェンって誰だ」
「……お前、いやいい。所詮は平民。仕方ない、この我輩が説明してやろうぞ。ほら、喜ぶがいい!」
すると、今度はスターゼルがアルフに残念な奴を見るような視線を送る。むかっと来て殴りそうになったが、ここは我慢してその説明を聞く。
「エレンフェンとはこのリーゼンベルク王国最強の魔法使いである」
「十五年前の大戦において、その口火を切った方でございます」
「あの規格外な爆撃かましてくれた野郎か! こちとらそのせいで死に掛けたぞ!」
思い出すのはかつての大戦の時の光景。敵軍に燃え盛る巨大な岩が降り注ぐ光景だ。あの光景は忘れようとしても忘れられない。
何しろ、威力が高すぎて味方にまで被害が来そうになったのだから。もちろん、そんな愚を犯すわけがなく味方は無傷だったのだが、あの時の恐怖は今も残っている。
それだけにエレンフェンについて説明されただけで、その強さは想像がつく。
「うむ、まさか彼の御仁に並ぶ者がおろうとは。しかし、所詮は平民。エレンフェン殿には敵わんわ。はっはははは!」
「なんで、こいつは他人のことなのにこんなに偉そうなんだよ」
「ほんっとうに、情けないでございます」
そんな彼らをよそに、
「まったくわからない……」
ゼグルドは一人首を傾げ、しょげかえるのであった。
新年更新二発目! 第二章第二話です。
お正月はいかがお過ごしでしょうか。私はもっぱら寝正月です。こんな時くらいしか本当にゆっくり眠れないので、眠っております。
さて、第二章の舞台となるアミュレントはリーゼンベルクに存在する三つの州の玄関口と呼ばれる街です。そのため様々な人やものが集まります。
そこそこ大きいので冒険者ギルドもいくつかありますね。アートメンルフトはその一つ。
実は娼婦ギルドの守護聖人をもった冒険者ギルドもあって規模が極小なのですが女性専門の冒険者ギルドがあったりします。まあ、出てこないんですが。
なにはともあれ第二章。ここアミュレントでどのような出会いがあるのか。果たしてアルフは何か起きた時活躍できるのか。
まさかの修行ばかりの第二章ですが、次回もよろしくお願いします。
これからの更新は通常通り毎週土曜日更新でやっていこうかと思います。
ではでは。