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とある中堅冒険者の生活  作者: テイク
プロローグ 中堅冒険者と竜人と始まり
2/54

第2話 ギルド、依頼

――リーゼンベルク王国。


 それが、このリーゼンベルク城を中心とした堅牢な城壁と深い堀を誇る城塞都市と、その周辺領域を支配する国家の名前であった。城塞都市を人はただリーゼンベルクと呼ぶ。

 リーゼンベルクの南には港町もあり、諸外国との交易もあって様々な物品が舞い込んでくる。物が集まれば人も集まる。

 そのおかげで、このリーゼンベルクはとても活気であふれる都市であった。


 誰も彼もがこのリーゼンベルクに憧れを持ちここで一旗揚げようとこの街にやってくる。

 その多くは冒険者ギルドに入り、冒険者となることだろう。それがもっとも近道であると信じているし、冒険者という職業に憧れを持っているのだ。


 そこから理想の英雄やらなんやらに成れるかどうかはそいつ次第になるが、憧れだけでやってきた奴は大抵は長くは続かない。

 冒険者はそれほど素晴らしい職業ではないのだ。とても危険な職業であるし、ほとんどが雑用をやったりなど輝かしい職業というわけではない。


 理想と現実の区別がついた奴はさっさと村に帰って家の仕事を継ぐかする。運が良ければ、職人に弟子入りするか、商人に弟子入りするかしてそれなりの職を手にしてこの街に残ることもあるだろう。

 運がなくとも意地で残り続けて冒険者を続けているのもいるかもしれない。二十年も冒険者をやっていながら、未だに冒険者ランクが初級に区分される集団級と村級を抜け出した街級の男なんてその典型だ。


 そう昨夜色々とあって一人の少女を救った、噴水の前で行き倒れているアルフというさえない男がそういう奴であった。

 様々な不幸というか自業自得が重なった結果がこの様(行き倒れ)である。なんとも救えないことではあるが、どうやら神はこんな男であっても見捨てないらしい。


「まったく、また馬鹿やったわけね」


 ひたすら呆れかえって半眼になっている女が、倒れているアルフのもとにやって来た。

 腰に手をやってまったく、といった風で、アルフを見下ろしているこの女はエリナといって、冒険者ギルドの受付をやっている職員だ。


 アルフより少し――二歳ほど――年上というのに、白と見まがうような青みがかったショートのプラチナブロンドに、美しい容姿のおかげで年齢よりも若く見える。

 そのため彼女はギルドの看板娘(アイドル)として認識されている。しかも、浮いた話が一つもないため、彼女に告白する独身の男性冒険者が後を絶えない。


 その全てを断っている為、こっそり氷の女王とかいうあだ名で呼ばれている。誰が彼女を落とすのかで賭けが行われていたりするあたり、相当の人気であることがわかるだろう。

 ちなみに賭けの一番は微笑みの貴公子という二つ名を持つシルドクラフトの王国級冒険者であるクレインという甘いマスクで紳士と有名な男であり、大穴はアルフである。理由は言わずもがな。


 そんなエリナは、一言二言、何事か呟くと行き倒れているアルフに背を向けてどこかへと向かう。

 しばらくして戻って来た彼女の手には水の入った桶とほんのり湯気が上がっている、固いパンでソーセージを挟んだ軽食が握られていた。


 エリナは紙で包んだ軽食を落ちないように噴水の縁に置いて、桶の水をアルフの顔にぶっかける。


 春とは言えど長い冬を越したばかりであり、朝晩はまだまだ冷え込む。朝方の水は真冬よりはマシになったと言えどまだまだ悲鳴をあげるほど冷たい。

 そんな水をかけられればどんな状態だろうが目を覚ます。


「つめてえええ――!?」


 予想通りアルフは飛び上がらんばかりに、というか実際に飛び上がって目を覚ました。


「な、なんだあ!?」


 それからエリナに背を向けて、まさか、敵襲かと勘違いして腰の剣に手をやってキョロキョロと辺りを警戒するアルフの寝癖とろくな手入れされていないためにぼさぼさの後頭部に、ぽすっと彼女は手刀を当てる。


「え、あ、エリナ、さん?」


 それでようやくエリナの存在に気がついたアルフはぽかんと呆けたような表情を彼女に向ける。わけがわからないといった感じだ。

 しかも、口調が丁寧。何か都合が悪いとすぐ彼はこうなるのだ。銀に近い灰色の目も不自然に泳いでいる。つまり、都合が悪いことがあるということ。


 更にくすんだ灰色の髪は寝癖ボサボサで、更に数日くらい風呂に入っていないのだろうひげは伸びていて無精ひげとなっているし匂いも酷い。

 そんなアルフの酷い状態についてエリナは、今更気にすることなく、脇に挟んでいた布を渡す。


「おはよう。ほら、まずはこれで顔を拭きなさい。だらしなさすぎよ。今よりは少しはマシになるから」

「あ、ああ、すまない」


 とりあえずそれを受け取ったアルフは言われた通り布で濡れた顔や頭を拭く。

 その間にエリナは噴水の縁に置いておいた軽食をとって来て、顔を拭き終わった布と交換でアルフに渡す。


「それから、はい、これ。どうせ何も食べてないんでしょ? 奢ってあげるから温かいうちに食べなさい」

「あ、ありがてえ! 三日ぶりのまともな食事だ!」


 アルフはそれに遠慮なくかぶりつく。

 噛んだ途端に溢れ出すソーセージの肉汁。パリッと弾け、口の中に芳醇な肉の味が広がる。


 三日ぶりのまともな食事ということもあってアルフは涙すら流して一気に食べきった。

 量は少なかったが固いパンを、何度も噛んだおかげでアルフはすっかり満足した様子で満面の笑みを浮かべている。


「いやあ、助かった」

「まったく、冒険者が行き倒れるなんでギルドの恥よ。どうせギャンブルでしょ」

「い、いやあ、ま、負けちまってな」


 エリナの言葉にあからさまに目を泳がせるアルフ。正直に言っているが、その様子にエリナは更に半眼になりながら、


「あと、個人依頼はギルドに報告なさい。ギャンブルまでして素材集めなんて馬鹿のやることよ」


 そう言うと、


「いっ!? な、なんのことだ?」


 アルフはいっそ哀れなくらいに狼狽える。相変わらず隠し事が苦手な男だ。すっかり二十年来の付き合いのエリナだからというのもあるのだろう。

 互いの隠し事がわかる程度には付き合いが長い。


 そうアルフが行き倒れていたのは、人助けのためだった。魔渇病に効くかなーり高い薬の為にギャンブルまでして素材を集め。

 そのせいで、少女は助かったのだが、自分は金を使い果たしてこんなところで行き倒れ。そこまではわからないが似たようなことをエリナは考えて思う。この男やっぱりアホだ。


「まあ、あんたがそういうならギルドからの依頼料は出ないけど、いいのね?」

「当たり前だ。依頼なんてないんだからな」

「……はあ」


 エリナは盛大に溜め息を吐いた。目の前の男の強情さ加減にはほとほと呆れるばかりだ。悪い奴ではないが損な性格だと彼女は思う。


「じゃあ、私は行くわ」

「おう、この借りは絶対返すぜ!」

「期待しないで待ってるわ。ああ、それと、ギルドの井戸使わせてあげるから、身体くらい拭いて髭を剃りなさい。みっともないわ」


 後ろ手に手を振りながら彼女は去って行った。


「了解……。さて、俺も行くか」


 一先ず、目下の目標は宿代。泊まっていた宿も引き払ってしまったので、また泊まるための金を稼ぐことが目標である。それと酒やら娼婦やらが来る。

 中堅冒険者でしかないアルフには家を買うなどという贅沢は出来ないのだ。というか、それが出来ていればこんなことにはなっていない。


 まあ、その前に言われた通り、水浴びして体裁を整えることからだ。

 アルフは気合いを入れる為にパチンと頬を叩いて冒険者ギルドに向かうのであった。


 さて、冒険者ギルドと一口に言ってもその実態は様々である。ギルドというだけあって、同業者の集まりであることに変わりはないものの、冒険者ギルドはそのギルドが持つ守護聖人によって性質が異なる。

 例えば、ギルドが持つ守護聖人によっては、魔物との戦いを本分とするギルドであったり、人助けを一番とするギルドであったり、遺跡や迷宮(ダンジョン)探索を主にするギルドであったりと実に様々だ。


 このリーゼンベルクにも当然のように複数のギルドが存在している。


 ありとあらゆる人を救うことを掲げ、たくさんの人を救ったミールデンを守護聖人に持つ人助けを主とする冒険者ギルド『シルドクラフト』。


 生前数千もの魔物を殺した、大英雄エルフガンデを守護聖人に持つ魔物退治を主とする冒険者ギルド『アイゼンヴィクトール』。


 遺跡や迷宮探索者の祖ヴァンホーテンを守護聖人に持つ迷宮や遺跡探索などを主とする冒険者ギルド『ルインズシーカー』。


 どのギルドもその名、守護聖人に恥じぬ冒険者ギルドであり、多くの者は自分に合った冒険者ギルドに所属している。

 アルフが所属しているのは人助けを主とする冒険者ギルドであるシルドクラフトだ。リーゼンベルクの噴水を中心とした環状道路沿いに、そのギルド会館は存在している。


 朝という時分もあって、これから様々な依頼に赴く冒険者や依頼書の貼られた依頼板を壁にかける職員、依頼板の前で文字の代読みをしている者たちの声で会館内はとても賑わっていた。


 特に実入りの良い魔物や盗賊討伐系は賑わっている。実入りの良い仕事は誰だって大好きだ。

 同時に同行者を募るボードの前でしきりにアピールしている奴や、大きな仕事に成功したのか朝から会館で飲んだくれている奴の周りもたいへん賑やかだ。


 水浴びを終えてさっぱりして少しはマシな様子になった万年中堅冒険者のアルフがいるのはそんな賑やかな場所ではない。

 壁にかけられた数枚の依頼板の端の方にある誰も寄り付いていない依頼板の依頼書と睨めっこしていた。


 アルフが見ている依頼板は、俗にお手伝い板や雑用依頼板と呼ばれるような依頼板で、基本的に足りない人材を補ったりする際に出された依頼がここに貼られたりする一種の人材派遣用の依頼板とも言える。

 貼り出されている依頼は薬草の採集や図書館の司書手伝い、ペットの散歩から大工仕事やそこらの大男よりも力の強い冒険者による鉱石の運搬などなど。まさに雑用ばかりだ。


 雑用依頼は報酬が討伐系依頼に比べて非常に安い。その理由は命に危険がないということと、換金率の良い魔物の素材が手に入ることが挙げられる。

 冒険者になる奴は多かれ少なかれ金に困り、裕福な暮らしに憧れるような奴ばかりだ。そのため、ほとんどの冒険者が討伐系の依頼に行く。


 加えてこのシルドクラフトは、本来ならば、教会系列の守護聖人たるミールデンを守護聖人としている。

 そのため、大抵の討伐系依頼にはその魔物を討伐して欲しい依頼人がいるのだ。


 単純に討伐だけを目的としている戦闘狂集団と名高いアイゼンヴィクトールと違って、ギルドからの討伐手当てに加えて依頼人からの依頼料も報酬に入るのである。


 実に数倍の差が討伐系依頼と雑用依頼の報酬には存在するのだ。依頼人の依頼料しか貰えない雑用依頼が不人気な理由がわかってもらえたと思う。

 しかし、そんなのでもやらなければ明日も生きれぬ身のアルフは真剣に依頼を吟味する。今朝のような幸運は期待できないので、その眼差しは真剣そのもの。


 まあ、そう言ってもいつもやっている依頼に流れてしまうあたり、あまり真剣ではないのだが。

 悩んだ末アルフが選んだのは、薬草の採集と薬の配達、孤児院での子守りであった。


 採集したばかりの薬草が手持ちにあり、なおかつ配達は同じ薬屋からの依頼である。更に薬屋の配達先は教会にある孤児院であるため、無駄に動かなくてすむからだ。


 ピンで止められた三枚の依頼書を破り、アルフは複数の長蛇の列が出来ている討伐系依頼用のカウンターの横にある雑用依頼用のカウンターへ依頼書を持って行く。

 討伐系依頼用のカウンターを横切る時に、並んでいる冒険者から陰口を叩かれるが、すっかり慣れているアルフは無視をして並ぶ人のいない一つしかない雑用依頼用のカウンターに依頼書を置いた。


「これで頼むわ」

「遅いわよ。どうせ決まってるんなら早くしなさい」


 そこに暇そうに肘を突いていた――そんな様でも絵になる――雑用依頼用カウンター専属員のエリナが、やっと来たかと置かれた依頼書を回収し、依頼受注証明用の半券をアルフに渡す。


「はい、大丈夫とは思うけどなくさないように。報酬は揃いの半券と引き換えだからね」

「わかっているよ」

「じゃあ、行ってらっしゃい」

「おう」


 そんな二人のやり取りに凄まじいまでの怨念を討伐系依頼用カウンターに並んでいる野郎共が向けているが、エリナはどこ吹く風、アルフはその殺気とも取れる視線に冷や汗をだらだら流しながらそそくさとギルドを出て行った。


 アルフが出て行ったあとは、エリナは再び暇そうにする。いかに彼女とお近づきになろうとするような輩でも冒険者であるからには、金の方が大事。不純な動機で、雑用依頼なんぞを受けるような奴はいない。

 まあ、エリナに好意を寄せる大半の冒険者(馬鹿者)は、大金を稼いで彼女のハートを射抜くという不純な目的を抱いているのだが、それで依頼が消化されるならば願ってもないことである。


「さて、行くか」


 ギルドを出たアルフは気合いを入れて薬屋へと向かう。といってもそれほど気合いを入れるほどの距離でもない。

 むしろ隣の隣といったくらいに非常に近い。


 ギルドを含めたこのリーゼンベルク北第二区の環状道路沿いには、大衆食堂、酒場、治療院、薬屋、武具屋や宿屋などが軒を連ねている。

 第二区に存在する第三門を越えた先にある第一区であるところの貴族街のそれとことなり、ここの環状道路は一種の商店街となっているのだ。


 特に怪我人が日常的に出るギルドの隣には治療院が存在し、治療院の隣には薬屋があるのでまさにご近所さんなのである。

 アルフは、環状道路を半時計周りに回る外側の流れに乗って薬屋に向かう。三時課――午前九時――の鐘は既に鳴り終えている。それに伴い生活の中心地たる環状道路は人で溢れているため、アルフは一抹の息苦しさを覚えた。


 かれこれ二十年はこのリーゼンベルクに住んでいるが、やはり人混みの中の息苦しさには、慣れることは出来ない。


 そんな人混みの中をうまいこと流れに乗って薬屋の前で流れから出る。一応、大丈夫だとは思うがスリなどにあっていないか確認。

 元からゴミ以外何も入っていない財布は無事であったのを確認してから、薬屋に入った。


「おーっす、爺さん依頼に来たぜー」


 断りを入れながら入る。入ると薬屋特有の葉をすり潰した青い匂いが鼻をつく。壁一面には薬屋の名前と効能を示した絵が一面に貼り付けてあった。

 特に必要なものはないため、まっすぐにカウンターに向かうと、扉に取り付けられたベルの音を聞いた眼鏡をかけた薬屋の老主人が顔を出す。


「アルフか、昨夜は大変じゃったな」

「無事に助かったよ。助かったぜ爺さん」

「儂にかかればそんなもんじゃ」

「で、依頼は薬草だろ」

「おう、そこに置いとくれ。配達の分はこれじゃ」


 アルフを見ると、老主人は全てわかっているのかカウンターに置かれた皿を指で指し示してからカウンターの下から紙包みを取り出してカウンターの上に置いた。

 よっこらせ、と妙に軋む音をあげる椅子に老主人は座り、アルフが皿に入れている薬草を一瞥する。


「ふむ、なかなか質の良い奴じゃのう」

「かれこれ長いからな。流石に見分けがつくようになって来たよ」

「ふぉっふぉっふぉ、最近の冒険者は討伐ばかりじゃからのう。本当、お前さんみたいなのがおると本当に助かるよ」

「そいつは良かった。よし、全部入れたぞ、確認してくれ」

「ふむ、確かに。クルト!」


 薬草を入れ終えた皿を老主人の方に寄せる。数と量を確認した老主人は頷くと店の奥に対して名前を呼ぶ。現れたのはまだ幼い少年だった。


「はい、師匠!」


 その少年の登場にアルフは大層驚く。なにせ、老主人は弟子をとらないことで有名であったのだ。それがいつの間にか弟子をとっていたのだから驚く。

 そんなアルフの様子に老主人はしてやったりという風に笑う。


「最近とったのじゃ。クルトという。ほれ、お得意様じゃ、挨拶せい」

「はい! 師匠!」


 クルトと呼ばれた少年は薬草の入った皿を抱えたままアルフに向き直る。


「師匠からお話は聞いて存じております。アルフさん、クルトと申します。よろしくお願いします!」


 勢い良く頭を下げるクルト。実に丁寧で好感が持てるが、もう少し子供らしくても良いのではないか、とも思う。

 それが顔に出ていたのだろう、


「ふぉっふぉっふぉ、子供らしくなかろう」


 と、老主人につっこまれる。クルトは老主人に薬草を持って行くように言われて、しっかりと返事をして、アルフにも一礼して奥へと引っ込んだ。

 アルフは苦笑い。


「しかし、弟子はとらないんじゃなかったのか爺さん?」

「何、老い先短いと心変わりもするもんて」

「よく言うなこのエロ爺。この前も若い女の尻を追っかけてただろう」

「男は生涯変態じゃわい――おっと、忘れんうちに渡しておかんとな」


 老主人はそこで思い出したかのように依頼達成証明用の半券をアルフに差し出す。


「確かに」


 半券を受け取ったアルフは、脇に置かれた紙包みを手に取る。


「半券はいつものように、あちらのシスターに渡しておるからのう」

「わかっているよ。てかこれ運び屋ギルドとか配達ギルドに頼んだ方がいいんじゃないか?」

「わかっておらんのう。お前さんのギルドの方が安いんじゃよ。手数料がな」


 シルドクラフトは人助けの為のギルド。だから、依頼人から貰う依頼料は少ない。残りはギルドから出ている。

 では、ギルドはどうやって稼いでいるのか。討伐証明部位として一番高い部位を提出させそれを売ったなどで稼いでいる。あと豪商などから割高で依頼料を取っているため貧しいものたちの依頼料が低いのだ。


「なるほど、それじゃあ爺さんまた来る」

「おう、次来るときはランクをあげとけよ」

「うっせえ、爺さんも次来るときまでにぽっくり逝くなよ」

「うっさいわい!」


 という老主人の声を背にアルフは薬屋を出て、再び外回りの人の流れに乗る。そのまま環状道路を出てから、北第二区から門を抜けて、東第二区を経由して南第二区へと入る。

 南第二区は、主に住宅街軒を連ねており、冒険者や諸地方からやって来た者たちが多い北第二区や、職人街である東第二区とは趣が異なる。


 特にこの辺りは住宅街ということもあって、人通りはそれほど多くない。大通りに抜ければ人は掃いて捨てるほど多いが、日中ということもあり住宅街は閑散としているのだ。

 そこから更に一本通りを変えると教会のある通りへと出る。この通りになると祈りに来る人、教会の信者たちの姿を見ることが出来る。


 そんな教会の建物の前には、修道服を着たシスターが箒を手に教会の前を掃き掃除していた。いつもと同じシスターである。

 アルフもいつもと同じようにシスターに声をかけた。


「どうもシスター。薬の配達に来た。ついでに孤児院の手伝いにもな」

「ああ、アルフさんいつもありがとうございます。どうぞ中へ――って、ああ!」


 両手を合わせて、アルフを歓迎するシスター。ただし、そのせいで持っていた箒を手離してしまう。このままでは、集めたごみが再び散乱してしまうが、いつもの事であるため、アルフはしっかりと箒をキャッチした。


「ありがとうございます。ええと、すみません。散らかしてしまわないうちに浄化してしまいますね」


 シスターがそう言うと、腰の帯から杖を抜いて集めたごみに向けて、貴族と一部の神官にのみ許された秘奥、魔法の詠唱を開始する。


ArDアルド eclept(エクレプト) uktzl(ウクトゥジル) oxduge(オクドゥジ) tbsef(タブセフ) svnant(スヴナント) aft(アフト)_xedre(クエドア) rospt(ロスプト) aft(アフト)_oroir(オロイル) svegvld(スヴェジヴァルド) opt(オプト)_rqa(ラクア) ramSlX(ラムスレクス)


 開始音から始まり、属性を指定、魔法の現象を指定、効果範囲を指定、魔法の形状を指定、魔法の規模を指定、最後に終了音。

 励起された魔力が発声された魔法言語を彼女の周りへと浮かび上がらせ、杖先へと複雑な紋様として幾重にも円状に規則正しく配列された呪文(スペル)となる。 


「不浄を清めよ――浄化――」


 完全な円陣を呪文が構築した頃合いを見計らい、シスターが詠唱の最終節であり、発動キーたる魔法の名を結ぶ。

 それと同時に彼女の集めたごみに向けた杖の先から、柔らかな光を発せられ見る見るうちに、ごみが消えていく。


 数秒後にはそこに綺麗さっぱりとごみは消えている。ごみがあったことさえわからないほどだ。

 さらに、浄化の光に中てられた石畳も綺麗になっている。


 仕上がりに満足したのかシスターはうんうん、と頷いてから、


「ついでにアルフさんも浄化しておきますね」


 ついでとばかりに浄化させられる。


「では、アルフさん、どうぞ」


 風呂に入った以上に綺麗になったアルフをシスターは教会の中へと手招きする。アルフはそれについて教会の中に入る。


 中は、教会の例にもれずとても広い。ただし、その空間を支えるための数多くの柱が立っているので見通しが悪く、椅子が空間のほとんどを占領しているというのもあって、広い空間ではあれど手狭な感覚は拭えない。


 しかし、その場は外とはまるで空気が違う。扉一枚と隔ててまるで別世界のように感じるが、それは間違いではない。まさにここは別世界と言っても良い。

 ここは神と人の世が交わる場所。半神域。神に祈る場所というのはそれ相応の場へと人の祈りによって転じるのだ。


 だからこそ、人はこのような場所を神聖と感じ、何かしらの不心得でもある者はこの場所をあまり居心地が良いとは思えない。

 何度も来る場所とはいえ、信仰心深い敬虔な信徒というわけでもないアルフは、どっちかというとこの場所は苦手であった。そのまま先へと進む。アルフも遅れずについていく。


「では、確かに」


 シスターの部屋でシスターに薬を渡す。シスターはそれを確認し、問題がないことが確認できたらいつものように依頼達成証明用の半券をアルフへと差し出す。


「確かに」

「じゃあ、このまま子供たちと?」

「ええ、遊んでいきますよ」

「助かります。今日は、これから少し墓地の方で色々とあるので、子供たちを見ていられなかったので」

「ああ、定期浄化ですか?」


 それを聞いてアルフは得心が言ったように頷く。


「はい、定期浄化です」


 シスターは指を立ててにこやかにそう言う。


 墓地は定期的に浄化をしなければならない。それは死者を魔物にしないための措置だ。

 生者が死ぬと骸が残る。骸はそのまま墓地へと埋葬されるが、人は死ぬと徐々に魔力を体外に流れ出させていく。


 墓地はその性質上、その魔力が溜まりやすい。溜まった魔力はありとあらゆるものを変質させる。

 多くの場合、墓地でそれが起これば命を失った骸に仮初の魂を与えてアンデットにするのだ。


 そうならないように墓地の管理を行っている聖職者は定期的に墓地を浄化して溜まった魔力を大地に還元するのである。


「なるほど、わかりました。任せてください」

「はい、お願いします。夕刻までには戻りますが、時間がかかるかもしれませんので、半券は先に渡しておきます」


 そう言って本来ならば依頼達成後に渡される半券が今手渡される。信頼の証だ。持ち逃げをされないと思われているのだ。

 ここまでやってきたことが無駄でなかったのだと、アルフは感動を覚える。その信頼に応えるべくそれにアルフは力強くうなずいて見せた。


「任せてください」


 そして、シスターが安心するように自信満々に自らの胸を叩いて強く言い切る。

 そんなアルフに両手を合わせて笑顔で、お願いします、と言ったシスターは、身の丈ほどの杖を持って墓地へと出発した。


「さて、じゃあ、俺も行きますかね」


 パンッ、と頬を叩いて気合いを入れたアルフは教会左手にある孤児院へと向かうのであった。


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