第1話 野営
新年一発目、あけましておめでとうございます!
今年もよろしくお願いします。
第二章開始です。
追記
ランクについて修正しました
冒険者は、時折、幾人かで集まって依頼を行うことがある。始めは二人、次に三人。それから四人、六人、数十人規模まで冒険者は集まることがあった。
それはひとえに、一人では達成できない依頼を達成するためである。一人では出来ないことを何人かで分担してやるのだ。
それは人の本能でもある。群れをつくるという行為。それは原初に刻まれた本能でもあった。動物の本能でもある。
人はそれをチームと呼ぶ。冒険者が集まり、徒党を組むこと。それがチーム。このリーゼンベルク王国でもチームを組む冒険者は多い。
規格外の王国級、総軍級、教皇級などと呼ばれるような冒険者を除けばソロで活動している冒険者など数えるほどだろう。それほどまでにチームとは有益なものなのだ。
無論、これはもろ刃の剣でもある。ひとたび問題が起きればすぐさま分裂しかねないからだ。だが、それでも長年をチームで過ごし、様々な功績を打ち立てたチームは歴史上多く存在している。
かつての勇者チームがそうだ。勇者、戦士、魔法使い、僧侶。オーソドックスなチームであり、おそらくはもっとも有名で偉大だったチームだろう。
今の冒険者でも伝説の勇者チームを夢見て、戦士や魔法使い、僧侶を探す冒険者は多い。多いが、その全てが必ず揃えられるというわけではない。魔法使いや僧侶の数が少ないのである。
さて、そんなチーム事情はさておいて、リーゼンベルクより東。マゼンフォード州リント地方にある他州などの玄関口とも呼ばれるアミュレントに存在する冒険者ギルド『アートメンルフト』。
シルドクラフトと同じミールデンを守護聖人に持つ同系列の冒険者ギルドにとあるチームが存在していた。
それがサイラス。枢機卿級――シルドクラフトで言うところの州級――の冒険者四人を有するチームであった。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
岩だらけの荒野、崖に挟まれた場所を頑強な肉体を持つ岩昆虫系の代表格である魔物――ロックマンティスの群れが疾走していた。まっすぐに何かに追い立てられるかのように走っている。あと数時間もしないうちにアミュレントの街まで到達すると予測された。
最近、また付近にバジリスクが住み着いたという話があるので、それが原因だろう。リーゼンベルクのシルドクラフトから招いた王国級の冒険者が倒しているらしいが、それでも収まる気配はなかった。本当にここ最近はそう言う話が多い。
「まったく、休む暇もないな」
そう鉄塊に持ち手を付けただけの武装、例えるならば持ち手が極端に短いハンマーといった感じの武器を引っさげ、軟らかく丸くて平らな鍔や縁のない帽子を被った軽装の彼女――サラは向かってくる敵を前にしてそう愚痴る。
そして、背後にいる仲間たちにやれと、指示を出す。
「…………」
まず飛び出したのは男だ。顔の右側に縦に大きな傷のある男。大剣を背負った男――イグナーツ。鉄の重装備を着込んだ彼は、それを感じさせない軽快な歩調で前へと躍り出て、大剣を抜き放つ。
片刃の湾曲したドワーフ製の武具。人間が作ったそれとは比較にならないまさに大剣といえる。その名はスマッシャー。
肉厚のそれはまさに叩き潰すものの名を欲しいがままにしていた。
イグナーツが振り上げ、振り下ろした一撃。
ロックマンティスが突っ込むのと同タイミングで放たれたそれは、地面を抉り生じた衝撃によってロックマンティスの大群を吹き飛ばす。
更にそこから薙ぎ払う。轟! という音とともに、吹き飛ばされてなお群がってきていたロックマンティスを蹴散らした。
半数が吹き飛んだだろう。そこに飛び込むのは法衣に禿頭の男――スキンナリ。手に持った錫杖は簡易杖でもあり、教会の魔法使いだろう。このチームの治療術者であった。
だが、法衣をまといながらも構えはまさに武人のそれであり、細められ笑みを浮かべた表情からは狡猾な狐を思わせる。あるいは蛇か。
「ほれな、行きますよってねえ!」
飛び出した勢いのままに錫杖にて突きを放つ。ひねるようにくわえられた回転と高ランク冒険者の膂力から放たれる突きは穂先がなくとも敵を刺し貫くほどの威力を錫杖に与える。
更に、背に棒をからうかのようにして回転させると同時に持ち手を離す。遠心力で滑るように外側へと向かう錫杖の片端をつかみ、ふるえば強力な薙ぎとなりロックマンティスを地獄へと送る。
「ほれ、嬢ちゃんの番」
「ぁ、ぅ――ハァ!」
次いで、スキンナリの言葉に兎耳をピンと立てた茶髪の少女――ラナリアが矢を射る。三射同時。いつもならば絶対にやらないことではあるが、相手の数が数。テキトーに撃ったところで当たる。
しかし、彼女の行動はもっと常識外れだ。放った矢に並走するように飛び出していた。
ロックマンティスがさらに飛び掛かる。それに三本の矢がそれぞれ命中すると同時に、その先へとラナリアは飛び込んでいた。
逆手に持った二本の短剣を振るう。身体の回転を利用して、数体を斬り伏せ、同時に蹴りを放ち敵の胴を圧し折った。
「上出来よ。ご苦労様」
「ぁぅ」
サラは戻ってきたラナリアの尻をはたきながらそう言う。
「ぼ、ぼくだって、う、うおおおおおお!」
そんな仲間の光景を後ろで見ていた鎧を着た金髪に青い瞳の少年――リアンが自分もと、剣を構えてロックマンティスに突撃する。
縦に構えた剣を顔の横に置き、姿勢を低く走った。その胸に勇気を奮い立たせるように鬨の声をあげる。
ギルド「アートメンルフト」の新人指導として高ランク冒険者チームのサイラスに入って数日。初の実戦。知らずに力が入る。
そんな状態では彼の持つ剣術が力を発揮することはない。剣はたやすくロックマンティスの鎌にはじかれ飛んでいく。
驚愕の表情で自分の手を見て、ロックマンティスを見る。それを繰り返す。
そして、ようやく事態に気が付いた。
「う、うわああああ」
もう遅い。ロックマンティスはすでに鎌を振りかぶっている。リアンは反射的にその青の目を閉じた。訪れるであろう痛みや衝撃を覚悟して。
だが、いつまでたっても衝撃は来ない。痛みも同じく。
「え?」
かわりに、何かが自分の顔にたれるのを感じた。生ぬるく、どこか鉄くさいものだ。
目を開けると、サラが鎌を手で掴んでいるのが見えた。助けられたと感じる前に、サラが血を流していることが目に入る。色眼鏡越しのリアンを見つめる目は何を思っているのかうかがい知ることはできない。
「……やはり、それは向いてない」
「え――」
それは、どういう意味だとか、何かリアンが聞こうとする前にサラはもうロックマンティスの方を向いていた。
手に持っていた鈍色が翻る。刹那、ロックマンティスが地面に陥没した。
「ようやくお出まし。遅いぞ」
そう彼女が言った瞬間、一際巨大なロックマンティスが現れる。
サイラスのメンバー全員が迎撃態勢をとるが
「いい。お前たちは休んでおけ」
そう言ってサラは一人歩いてロックマンティスに近づいていく。
当然、それを見逃すロックマンティスではない。己に許された最大の速度で鎌を振るう。岩の肉体を持つロックマンティスの鎌は鉄ではない。
だが、それでも鉄をも凌駕する切れ味を持っている。当たれば最後、割断されるだろう。無論、当たればだ。
「当たるわけがない。そんな単調な攻撃」
サラは冷静に鉄塊を振り上げる。甲高い金属音を響かせて跳ね上がるのはロックマンティスの鎌だ。
鎌をかちあげられがら空きの胴体にサラは蹴りを放つ。下から掬い上げるように。
蹴り上げられたロックマンティス。下半身を蹴り上げられたことによって、上半身、頭が彼女の前に降りてくる。
その眼が捉えたのは鉄塊だ。
「死ね」
鉄塊を振り下ろす。鉄塊がロックマンティスの強靭な甲殻を砕き、頭部を破壊する。それだけに飽き足らず地面に大穴を穿つ。
その細腕のどこにそれほどまでの膂力があるのか。普通ならば不可能だろう。だが、これが枢機卿級の冒険者の実力。こんなことが出来るからこその数多くの信者を束ねる枢機卿が持つ戦力と同等の力と呼ばれる所以。
「さあ、帰るわよ」
「…………」
「ぁ、ぉ、終わりましたね」
「終わった終わった―、さあて、娼館のおねえちゃんたちに会いに行くとしますかねえ」
「……良し」
あれだけの大群を殺しきったというのに、なんら変わりなくサイラスの四人はアミュレントへと帰還する。
「あ、ま、待ってください!
リアンもまた、慌てて剣を拾って彼らについていく。
だが、その足取りは重い。彼らの凄まじさを初めて直に目の当たりにした。Aランク冒険者の凄まじさを。
そして、何もできなかった自分の弱さも。
「強く、なりたい。もっと」
少年はただ強く、そう願う。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「やああ!」
可愛らしい気合いの声とともに彼女――エーファは逆手に持った短剣を振るう。ふわりとホワイトブロンドの髪が揺れた。
まっすぐに敵に向かって振るわれたそれを、容易く敵は躱し、その自慢と思われる角で反撃すらしてみせる。
エーファはそれを躱しきれずに食らう。
「きゃあ!?」
これまた可愛らしい悲鳴。だが、致命傷ではない。皮の胸鎧はしっかりとその役割を果たす。ただし少し穴が開いたので繕わなければならないだろう。
エーファが相手にしている魔物は角のついた兎と呼べる姿をしていた。
ベターラビット。それは兎型の魔物だ。大抵の新人冒険者が最初に戦う相手であろう。特徴は、とにかく弱いこと。
魔物であるため、固有の魔法を使えるものの、それはオーソドックスな強化魔法に分類される魔法であり、その強化率はさほどではない。
元が元であるため強化されたところであまり意味はないのだ。その魔法は基本的に逃走にのみ使用されるという話。
そんな魔物であるが、毛皮は意外にも高く売れる。そのため、討伐依頼が出されることが多く、多くの新人冒険者が初めて受けるだろう依頼となっていた。
だが、侮るなかれ。腐っても魔物。ベターラビットは、弱いが新人冒険者よりも必ず弱いとは言っていない。ただ、強いわけでもないが。
攻撃手段が角で突くだけであるし、何より中堅冒険者からしたら雑魚といってよいほど弱い。初めての実戦において的確な相手なのだ。
ゆえに、エーファは一匹のベターラビットと戦っていた。
「ほら、もっと敵の動きを見ろ」
「で、ですが、動きが速くて」
「ほれ、余所見すんな来てるぞ」
「ひ、ひいい~!」
アルフはそうエーファに告げる。突っ込んできたベターラビットの攻撃を寸前で躱して、よくベターラビットを見ようとするエーファ。
しかし、腰は引けている。淡い青の瞳には恐怖が浮かんでいた。攻撃を受けたという恐怖があるのだろう。初めての実戦だということもあるだろう。
ゼグルドは心配そうに両手を握りしめて、攻撃を受けそうになるたんびにああ、だとか、ひぃ、だとか、心配そうな声をあげている。
スターゼルに至っては、昼寝としゃれ込んでいた。天気の良い昼下がり、確かに眠くなるのも道理だろう。
アルフだってのどかな丘の上で魔物と戯れる少女を眺めていなければ少しくらいは休憩したいと思う。まあ、それはできないので弓をいつでも撃てるようにしておきながら欠伸を噛み殺す。
レクスントを出て十日が過ぎた。マゼンフォード州リント地方の都市であるアミュレントまではあと一日の距離だ。
ちょうど良い野営地にたどりついたので、今日はここでエーファの実戦訓練をしているのである。見ての通り先はまだまだ長そうであるが。
「ほれ、がんばれ」
「は、はいで、ございますう! ――うひぃ!?」
返事をした時にとびかかられて慌てて攻撃する。また外れた。
本当、まだまだ先は長そうである。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
日が暮れて、夜の帳が降りてきた。アルフたちは、丘を降りた先の水場で野営している。
火の爆ぜる小気味の良い音の中で、アルフは鍋を火をかけていた。ぐつぐつと煮えるのはベターラビットの肉とそこらへんで取れた木の実や山菜。
簡単なスープだった。簡単なスープといっても奥が深い。具がその都度変わるのである。地方によって取れる木の実や肉が違う為だ。
特に肉の影響は大きい。今回は入っているのはベターラビットの肉である。エーファが倒せなかった奴であり、アルフが仕留めたベターラビットだ。解体はエーファ。未だに成れないのかおっかなびっくりとやっていた。
ベターラビットの肉は、クセがなく、味は鶏肉に似ているがよりしっかりとした味でもちもちとしていて噛み心地が良い。
それを本当に柔らかくなるまで煮れば、旅の合間につくる料理の中で並ぶものがないほどのものになるだろうこと請負である。
煮込み始めてから幾許か。スープの匂いが辺りに漂う。待ちきれないのか、早く早くと急かしてくるゼグルドとスターゼル。
エーファは、昼間、ベターラビットを倒せなかったことに落ち込んでいたが、料理の匂いでお腹を鳴らして赤くなり、それからアルフが料理をしていることに、しかもおいしそうな匂いをさせていることに嫉妬するという忙しい百面相を披露していた。
「もうちょい待ってろ、もう少しで煮える」
「むぅぅ、早く早くぅ、待ちきれん。アルフどの~」
「そうである。急ぐである。我輩は腹が減っているのであーる。卿の料理は雑ながらうまい。我輩の肥えた舌がそう言っているのであーる。
ほら、褒めたぞ。はやく、寄越すである! 我輩、腹が減って、減って死にそうである!」
「うぅ、これは、何度見ても、これは、うぅ、女として、女として負けているでございますよ、うぅ」
やれやれと苦笑するアルフ。しかし、いくら言ったところで完成が早まるということはない。せっかくの料理であるのでしっかりとしたものを作るのがアルフの信念だった。
旅の間はあまり良いものが食えない。特にマゼンフォード州は山岳地帯だ。その分鉱山なども豊富であり、金銭的には豊かであれど自然という意味合いではあまり豊かとはいえない。
アミュレント、リーゼンベルク方面街道はまだましだが、逆側は荒野が広がっているという。そのため、良いものが食べられるうちに食べておこうというわけだ。
「――さて、出来たぞ」
「遅いである! さっさと寄越すである!」
「待ちかねた」
「うぅ、本当にいい匂いでございます。いえ、まだ挽回の余地があるはずでございます」
おそらくは宝石がはめ込まれていたであろう金属製のスターゼルの椀。赤竜の鱗から作られた真紅のゼグルドの大きな椀。木製で、少しばかり小さな可愛らしいエーファの椀。
それぞれに出来上がったスープをつぐ。スターゼルは少な目に。ゼグルドは多めに。エーファは、椀一杯につぐ。最後に自分の椀につぐ。
全員に行き渡ったところでエーファが音頭をとる。
「では、狩猟の神バンクシアと素晴らしい料理を作って下さったアルフ様に感謝を」
ベターラビットを与えてくださった狩猟の神バンクシアと料理を作ったアルフへの感謝を述べる。それに続いて、全員が感謝を述べて食べ始める。
「うん、やはりアルフ殿の料理はうまいな」
「ふん、褒めてやらんこともないであーる。あ、もう一杯を所望するである」
「ほれ」
「旦那様、そんなにがつがつ食べていたらみっともないのでございます」
ここ最近見られるいつも通りの夕食風景を描きながら食事を終えると、スターゼルは即行で眠りにつく。エーファが椀の片づけを買って出て水場に全員分の椀を持って行った。
それを見送ってからゼグルドは立ち上がり、
「では、われも眠らせてもらう。何かあれば遠慮なく起こしてくれ」
「おう、時間になったら起こす」
少しばかり離れた場所でマントにくるまって眠りにつく。最初の見張りは、アルフとエーファの二人。次にスターゼルとゼグルドだ。
二人が眠ったあと、しばらくしてエーファが戻ってきた。
「終わりましたでございます」
「助かった」
「いえいえ、これくらいお安い御用でございますよ」
焚き火を挟んで対面に座ったエーファ。しばらくは、黙っていたがアルフがエーファへと話しかける。
「どうだ、旅には慣れたか?」
「ええと、まだ慣れないことも多いでございます。今も、そこの茂みから魔物が飛び出してこないか不安です」
一応、触れれば音のなる鳴子を周囲に張り巡らせて結界を敷いているため魔物が来ればわかる。だが、それでも慣れないエーファは不安だった。
「まあ、まだ一週間とそこらだからな。慣れないだろうさ。俺だって旅ってのに慣れるまでに一ヶ月以上はかかった」
「そうなのでございますか?」
「ああ」
そうアルフは昔を思い出しながら言う。焚き火の爆ぜる音と共に小枝を投げ込みながら、夜空を見上げた。
満天の星空が輝いている。これを綺麗だと思える余裕ができたのはいつごろのことだったか。旅の最初の頃など夜は疲れと緊張で遅くまで眠れず、眠っても泥のように眠るの繰り返しだったように思える。
それに比べれば、彼女はよくやっている方だろう。まあ、竜人や主人がいるという安心感があるのかもしれない。
だが、まだまだ余裕はない様子だった。星空を見る余裕もない。
「……あのアルフ様、聞いても良いでしょうか?」
「いいぞ、なんだ?」
「アルフ様はなぜ冒険者になったのでございますか?」
「俺が冒険者になった理由か……」
冒険者になった理由。
「単純なもんだよ。英雄になりたかったのさ」
「英雄、でございますか?」
「ああ」
英雄になりたかった。ただ、それだけだ。
「俺は、パムルクよりも辺鄙な村の出身でな。しかも、俺の家は親父がいなかった」
母から聞いた話では、父は英雄だったのだと言う。それが本当かどうかアルフに確かめる術などなかったが、母から聞いた父親の話はまさに英雄、と思えるような話だった。
なんでいないのかと、聞いた時は世界を救いにいったのだとか、人を助けに行っているだとか聞いた。
父のことはどうでもよかったが、常々人を助けられる優しい男になれと言われていたのだ。シルドクラフトに入ったのはこれが大きいのかもしれない。
「それが理由で英雄になりたいと?」
「どうだか。まあ、英雄になるだなんて言う事は、あの村じゃ珍しくもなかった話さ」
英雄譚を聞けば子供は誰でも憧れる。それが若さなのだ。若さゆえに、人は自分の名を世界に轟かせることを望むのだ。
アルフもそういう子供の一人であっただけのこと。
「ロベルトっていう今リーゼンベルクで商人やってる奴に誘われたのが良い機会だった。俺は奴らと村を出たんだ。その頃にゃ、お袋は流行病で死んでたからな。村に未練はなかった」
「そうでございますか」
「まあ、結果はご覧のとおりだよ」
英雄なんて夢のまた夢。限界を迎えた中堅冒険者でしかないおっさんが一人出来上がっただけだ。
今更、冒険者を辞めて何かになることなどできない。手遅れな四十路間際の三十代の男が一人。最後はどこかで野たれ死ぬのがお似合いだ。
「村の連中も大半が村に帰って、今も冒険者を続けてる村の奴なんて、俺とサラくらいだな」
「サラ? どなたでございますか?」
「ああ、同郷の奴でな。今も、冒険者を続けてる奴さ。ああ、そう言えばあいつはアミュレントを拠点にしてるんだったか」
チームを組んでアミュレントを拠点にしている。アルフとは違うシルドクラフトで言うところの州級という凄腕だ。
「では、アミュレントで会えるのでございますね」
「まあ、そうなるだろうな」
今も冒険者を続けているならばだ。
まあ、続けているだろう。辞めたという話は聞いていない。
「どのような方なのでございますか?」
「鈍器使って力任せに敵を吹っ飛ばすすげえ奴だよ。あと、物好きな奴さ。もういい年だってのに結婚せずに冒険者続けてるんだから」
「それはアルフ様も一緒でございます」
それを言われると言い返す言葉がない。
「……良いんだよ俺は。好きでやってるんだから」
「ならば、サラ様もなのでございましょう」
「まあ、そうなんだろうな」
確かに冒険は楽しい。いつだって、なんだって冒険と言うのは楽しいものだ。自由に、旅をするというのは楽しいことだ。新しい発見があるかもしれない、美しい光景を見れるかもしれない。
世界にはもう人類が行った事のない場所はないのだと、誰かが言っている。だが、それでも世界は広い。誰かが行った場所でも自分は行ったことのない場所だ。
きっと、そんな場所は自分の中では光り輝いているに違いない。
思い出すのはあの頃だ。まだ、自分の限界を知らず、ロベルトとサラの三人で冒険者をやっていた日々。楽しかった。
サラとロベルトが突っ込んで、アルフがフォローする。そんな日々だ。徐々についていけなくなったが、それでもあの日々は楽しかったのだ。
アルフは思い出す、懐かしそうに。
「私たちもそんな冒険が出来るでしょうか」
楽しい冒険。美しい景色をみて、笑えるような冒険が出来るだろうか。
「できるさ。そう思えるなら」
冒険をしたいと思うならばきっと出来る。
「なに、時間はあるゆっくり歩いて行こうや」
リーゼンベルク周遊はまだ始まったばかりなのだ。全てはこれからである。今は旅慣れないエーファもきっといつかは、この星空が綺麗だと思える余裕が出て来る。
美しい景色を見て、楽しいと思えるようになるだろう。
「はい!」
まだまだ彼女には成長の余地があるのだ。心配はいらない。すぐに、アルフを追い越していく。あの十人のように。
「……しかし、アルフ様。これだけ心配りができて、料理なども人並みにできていますのに、なぜ結婚できないのでございますか」
「う、うるせえ」
職業選択のミスである。
「いえ、職業のせいではございません。冒険者だって結婚している方はいるでしょう」
「いや、それは高いランクの話だろ」
「ランクのせいにしてはいけません!」
あ、これは長くなるなとアルフは察した。
「そもそも、アルフ様は基本的にだらしがないのでございます。髪に櫛を通すこともせず、髭もたまにしか剃らない。清潔感が足らないのでございます!」
「櫛なんて女のもんだろ」
「いいえ、男も櫛をする時代でございます。全ての基本は身だしなみでございますよ。繕いだらけのボロボロの服装。恥ずかしくないのでございますか?!」
「いや、服って高いだろ」
服は高い。旅に使えるような服は丈夫であるが、その分高い。安い服は直ぐに破れて駄目になってしまうし、何より戦闘には使えない。櫛もそうだ。
そんなものを何着も買うよりは縫って修繕した方がお得であるし、何より他のことに金が使える。酒とか、娼婦とかに。
「まあ、服は許しましょう。金銭事情は私にもわかりますからとやかく言うつもりは御座いません。しかし、髪を整え、髭を剃るくらいはしても良いはずでございます」
「やらなくても死なないだろ」
「だまらっしゃいでございます!」
死なぬが社会的には死ぬ。というか信用にかかわる。
「信用にかかわるでございます」
「いや、その時はきちんとしている」
「常日頃からしてください! それから街についたら、酒、酒と。お酒しか興味がないのですか? それにいっつも夜眠ったあと娼館に行っていましたよね」
「うげ、なんで知ってやがる」
「私だって成長しているのでございます。アルフ様に習った気配察知は常に練習しておりますから」
「くっ――」
今度からは、もっとバレないようにしようとアルフは誓った。
「別に行くなとは言いませんが、隠れていくくらいなら堂々と行けばよろしいのでございます。女も抱けぬ男など男ではございません。別に気にしないでございます。なぜ、隠れていくので?」
「…………」
「アルフ様?」
たっぷりと間をあけたアルフがぽつりと一言。
「…………恥ずかしいだろ、なんか、そういうの」
「…………」
エーファはアルフの言葉を脳内で咀嚼する。いや、反芻する。そして――。
「子供ですか!?」
「うっせえ! 心はいつも十代だ!」
「それは、逆におっさんくさいでございます」
「く――」
「く、ではございません。はあーあ、でも本当にアルフ様は面白い方でございますね」
「うっせえよ」
満天の美しい星空の下、可愛らしい笑い声が響く。
そうして夜は更けて行くのであった。
改めましてあけましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いします。
みなさんの期待に応えられるか戦々恐々としておりますが、精一杯頑張って行きたいと思います。
週一の定期更新で頑張って行きたいと思うので今年も中堅冒険者アルフの活躍を応援してくださると嬉しいです。
では、また次回。