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とある中堅冒険者の生活  作者: テイク
第一章 とある従者と貴族と中堅冒険者
18/54

閑話 昇級試験

 冒険者にはランクというものがある。

 俗に言う冒険者ランクはそのまま冒険者の実力を示すものだ。シルドクラフトで言えば最高位の王国級から初級の集団級までの六つ。

 身体にしみ込み自らの糧となっている魔物などから吸収した魔力の量によってランク分けがされる。


 例えるなら、それぞれの間隔でランクの基準となる六つの線が書いてあるコップに水がどれだけ入っているかによってランク分けをするのだ。

 この場合コップが冒険者で水が魔力となる。


 ランクごとに受けられる依頼が変わるため皆ランクをあげようとする。ランクが高ければそれだけ報酬の良い依頼を受けることが出来るのだ。その常として低ければそれと逆となるのは常識だった。

 しかし、才能次第ではそれにも限界がある。魔力どれだけ吸収できるのか。それは完全に才能の世界。アルフのように街級で限界に達している者も少なくない。


 そんな中、州級という冒険者ランクは事実上の最高ランクと言われていた。

 才能ある人が極限の努力の果てに辿り着けるのが州級とされている。ならばその上である王国級とは何か。


 それこそ極限の才能を持つ者。人外の才能を持つ常識を打ち破ることを可能とした一国家同等の戦力を持つに至ったヒトのことである。

 そんな王国級にもっとも近いとされる州級冒険者がいる。


 名をミリア。大食い兎(イーターラビット)と呼ばれる少女だった。


 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇


――朝。


 冒険者の朝は早い。修道士や修道女たち、教会関係者が起きる時間。寸分の狂いもなく鳴る朝課――午前四時の鐘と共に冒険者たちも目を覚まし、活動を始める。

 その朝を感じとる術は様々だ。鐘であったり、匂いであったり。ミリアの場合は匂いと音だ。


 しかし、今日はいつものように小鳥のさえずりや朝特有の澄んだ匂いはなかった。あるのはざーざーと屋根に打ち付ける雨音と水の匂い。

 それは心地よいというには程遠く、だが断じて不快というわけでもなかった。自然の匂いだ。不快なものを洗い流してくれる雨。


 そんな雨音を聞いて、


「ふあ~ぁ」


 宿屋の一室に備え付けられた固い寝台(ベッド)で、ごそごそとミリアが目を覚ます。視界が捉えるのは雨漏りのない天井だ。

 僅かな匂いと音で今が朝であることを彼女は感覚的に認識する。


 ミリアはゆらりとベッドから起き上がった。未だ眠いのか赤茶の目をしょぼしょとさせる。ごしごしと擦っても目は開いてはいない。

 むしろゆらゆらとゆれて首はこてんとしてぐるぐるだ。そんな感じにしばらく揺れに揺れていると、さすがに目も開いてくる。


「んー」


 猫のように伸びをしてぶるぶると身体を震えさせる。くすんだ茶色の髪がそれにあわせて揺れる。

 本当に猫のようであるが、それで彼女は目が覚めたのだろう。


「よおっし!」


 ぴょいん、と飛び上ると即座にアルフに選んでもらった丈夫な冒険者ようの少しだけ可愛げのある刺繍が彼の手によりなされた服へと着替える。

 それから宿屋の主人にリーゼンベルク銅貨を支払い水を桶に入ったいっぱいの水をもらう。雨が降っているので井戸が使えない為だ。


 もらった水で髪を濡らさないように努めて注意しながら顔を洗い、寝癖で乱れている上に顔を洗うためにあげていた髪を整える。

 州級冒険者である彼女ならばそんなことをせずとも浄化の魔法具を使えば一発で綺麗になるのだが、ミリアは態々水を買って手間をかける。


 アルフのマネをしているのだ。綺麗になるまでそれをやって水を裏通りに面した窓から外へと流す。ざーざーと降る雨、なんだか楽しくなってきたミリアは笑顔になる。

 綺麗になったら、アルフに選んでもらった軽い革胸鎧に腕鎧をつけて靴を履く。ベルの店で買ったアルフとお揃いのポーチを腰につけて、雨が降ってもいるのアルフとお揃いの色のフードが付いたマントも着る。


 そんないつも通りのきちんとした恰好(かっこう)になったら準備万端。いつでも戦えるし、いつでもどこにでも出れる。

 そうやって準備を整えて、壁に無造作に立てかけられた大斧を片手に背負い部屋を飛び出す。トットットッ、と宿屋の階段を降りる。


「おばちゃーんー! おなかすいたー!」

「はいよ、ちょっと待ってな!」


 本来ならばミサのあとに食事のはずだが、ミリアは先に食事を摂る。食堂のおばちゃんもそれはわかっているのできちんと料理を出す。

 宿屋の食堂でスープとパンを食べてはお腹いっぱいになるまでおかわり。満足すればもう何もやり残しはない。


 意気揚々(いきようよう)と依頼に向かうために宿屋である安らぎの癒し亭を出ようとしたところで、


「おい、嬢ちゃん、今日は休みじゃなかったのか?」


 無駄にいかつい安らぎの癒し亭の主人からの御言葉を受ける。


「へ?」


 その言葉にミリアは首を傾げた。


「おいおい、昨日言ってたじゃねえか。明日が昇級試験だからってなあ」

「あーあー、うーん? そだっけ。まあ、いいやー。おやすみかー。なにしようかなー」

「武器の手入れでも行ったらどうよ。明日は昇級試験なんだろ? ぼろぼろだぞ?」

「うーん?」


 ミリアは大斧を見る。確かにところどころ刃こぼれしている。手入れはしているが、ミリアの破格の膂力で振るえばこのドワーフ製の規格外の大斧だろうともすぐにボロボロになってしまう。

 本格的な手入れとなればドワーフの工房に持ち込む必要がある。予定も特になかったので、ミリアはそうすると宿屋の主人に頷いて宿屋を出た。


「あめだー!」


 雨降る通りに出たミリア。人通りが少ないかと思えばそういうことはなく人通りはいつも通りであった。それも当然でこの時間はミサの時間だ。

 讃課――午前五時――の鐘が鳴れば教会のミサに出席しなければならない。


「よぉーし、ぼくもー」


 ミリアを始めとして、冒険者たちはそれほど敬虔な信徒というわけではないが、神への祈りは義務である為、毎日欠かさず祈りをささげる。


 少しでも神の加護でも得られるようにという多少の打算はあれど、少なくとも祈りをささげていると見守られているような気分にはなれるからだ。

 ミリアも雨の中、他の宿の客と同じように北第二区に存在する教会の一つへ向かう。そこではシスターや神父は皆一様に武装しており、聖職者というよりは傭兵だとか武人だとかを思わせる。

 この教会は武神オーニソガアラムの教会だからだ。


 オーニソガアラムはおもに冒険者がよく信仰する神と言える。ミリアはそれと合わせて狩猟と弓の神バンクシアも信仰していた。


 冒険者はたいてい武神オーニソガラムや狩猟と弓の神バンクシアのどちらかか、あるいは二柱両方を信仰していることが殆どだ。なので珍しくはない。

 軍神もいるにはいるが、あれはどちらかというと兵士向きである。そのため真に例外と言えるのは、魔法の神ルナリアを信仰している魔法使いくらいだろう。


 さすがにルナリアとオーニソガラムの二柱を信仰するのはまずいが、バンクシアならば問題はない。この二柱の教会は割合近しい間柄であり、神同士も悪くない関係であるためどちらかの教会であっても両方の神に祈りをささげることが出来るのだ。

 しかし、バンクシアは弓の神でありミリアには一切関係ないのだが彼女は信仰している。なぜかというと単純なことだ。アルフが信仰しているからである。


「~♪~♪」


 マント越しに雨を感じながら、楽しそうに鼻歌を歌い聖堂へと入った。

 ミサに参加するため聖堂に入ると左右に、大きな盾の中に聖水が入っているのがわかる。この聖水を指につけ、額、胸、左肩、右肩の順に軽くふれることで洗礼を思い起こす。

 といっても思い起こすのは自身の洗礼ではなくアルフと行った洗礼の思い出である。


「では、これより神への祈りを捧げましょう」


 ミサは初老の司祭の入堂とともに、聖歌で始まりを告げる。


 聖歌といっても、武神オーニソガラムの聖歌は戦いの詩だ。燃えるように激しく、荘厳な戦と戦いを思わせる。

 そんな聖歌が終われば、司祭様による有り難い説法が説かれるのだ。無論、仰々しいものではなく、武人としての心構え的な話である。


 そもそも冒険者に小難しい話をしても意味はないし、戦いがなくならない限り、信者はいなくなることはないことを考えれば偉い説法などあってないようなもの。

 ミリアは当然のように眠っているので聞いていない。そもそも彼女にとって説法となりうるのはアルフの言葉だけである。


 だから起きていても眠っていも変わりはしないのだ。

 ミサが終わると同時に彼女は目を覚ます。


「おわったー、いっくぞー!」


 そう言いながら駆けだして向かうのは東第二区。通称職人街と呼ばれる地区である。


 職人街。その名の通り、職人たちが多く集まっている街だ。

 剣や槍、弓と言った武器から、鎧と言った防具などの武具職人。建物の修繕や建築を行う建築家。工芸品を創る職人などなど、多くの職人がこの街には集まっている。

 紙工場などというものもこの東第二区にはある。


 職人街というだけあって、ここは他の地区とは一線を画す。職人たちが自由にやっているおかげで、リーゼンベルクにありながら別の街状態なのだ。

 北第二区と東第二区を隔てる城壁を越えるとまず目に付くのは天に届かんばかりの塔である。東第二区の中心に聳え立つ巨大な塔は環状道路に建っているこの街のシンボルであった。


「やっぱりおっきいなぁ」


 雨が降っているために上の方は見えないがそれでも巨大な塔には変わりない。塔の中は階層構造をしており上の方には貴族の別荘があったりベルの別荘があったりする。

 何度か招待されたこともあった。また行きたいなーとか考えながらミリアは通りを歩く。ここまで来るとほとんどで歩いている人はない。通りに響くのは鉄を打つハンマーの音だけだ。


 アルフと過ごす以外でのミリアのお気に入りの場所だった。ただし、


「やっぱり、雨、よごれるなー」


 ぱしゃりと跳ねる雨は黒い。ここでは常に煙突から煙が出てる。他の地区はそうでもないが、ここでは煤で黒くなった雨が降る。

 そのため、ここに長くいると雨に濡れて汚れてしまう。雨の水たまりを踏むのは楽しいが、流石のミリアでも汚れるのはあまり好きではない。


 せっかくアルフの買ってもらった靴だ。汚したくはない。できれば外套も汚したくはないが、どうやっても無理なので非常に残念だがそこだけは諦めていた。

 それでもなるべくならば汚したくないミリアは多少早足になって一軒の鍛冶屋に入る。


 大通りからは外れた横道に存在する無骨なハンマーの看板が掲げられた鍛冶屋だ。少しどころか半ばまで地面に沈み込むように造られた建物はどこか穴倉や洞窟を思わせる。

 階段を降りて扉を開けて中に入ればミリアを出迎えるのはむせ返るような熱気。炉の炎の熱がここまで伝わってきている。それから耳障りのよいハンマーの打音。それからここの親方の罵声。


 天井は低く背の高くないミリアは問題ないが大柄な男であればギリギリ。入るときに大斧の柄を天井にぶつけてつっかえながらも、


「親方ー!」


 ミリアはカウンターまで来てそう声をかける。


「客か! おいおまえら、休むんじゃねえぞ! 客はちょっと待ってろ!」


 返ってきたのは低く野太い声。その声のとおりに待っていると、矮躯ながらも筋骨隆々で、立派なひげを備えた男がやって来た。彼こそが、この工房の親方。

 そして、ドワーフという種族の者だった。鍛冶と建築が得意な種族である。堅実で勤勉な性格の者が多く、見知らぬ技術などにも強い興味を持つ種族でもあった。


「誰かと思やぁ、娘っこじゃねぇか。手入れか」

「うん、よろしくー!」


 ぽいっと、軽く投げ渡す。親方はそれを軽く受け取り、一瞥する。


「まったく、相変わらず規格外な力してやがるな娘っこ」

「えへへー」

「褒めてねえよバカが」


 壊れることを知らないとまで称されるドワーフ製の武具であるはずだがすっかりとぼろぼろだ。

 刃の部分はところどころ僅かにだが欠けているし、鋼鉄であるはずの柄部分なんかにはミリアの握り手形がくっきりと残っているほど。


 もちろん、冒険者として武具の手入れを怠っているわけではなくきちんと手入れをされていてこれなのだ。

 鋼鉄製でしかないのだから仕方がない。ありとあらゆる金属を凌駕するとされる魔銀鋼(ミスリル)魔銅鋼(オリハルコン)辺りを使えばその限りではないのだが、如何(いかん)せんそれらを使ってこれだけのサイズの大斧をつくるには量が足りない。


 親方としても残念なことではある。両方、希少金属なのがいただけない。それでも魔力を込めた鋼鉄である魔法金属類ならばもっとましなのだろうが、


「今回も金属を変える気はねえのか?」

「んー、まだいいー」

「昇級試験、明日なんだろ。少しはいい装備にしようとか思わねぇのか?」

「んー、だいじょうぶ! 武器だけが力じゃないってアルフせんせ-言ってたし! それにアルフせんせいに買ってもらったものだもん!」

「そうかい。なら、しばらくどっか行ってろ」

「はーい」


 大斧を預けたミリアは再び雨降る街に出る。


「んー、どうしよっかなー」


 特にやることもない。たいてい休日はアルフに会いに行ったり、アルフを追ったりなどしていたので、アルフがいない今やることがないのだ。


「あっ、そうだ薬!」


 明日の昇級試験では使わないが、常日頃からアルフに薬の準備をしておくように言われている。

 思い出したら吉日とばかりにミリアは薬屋に行くことを決めた。


「よぉおーっし、薬屋にレッツごー!」


 そうと決まれば行動は速い。ミリアは東第二区から北第二区に戻ると環状道路へと向かう。


 朝方と比べて少しばかり小ぶりになってはいるものの雨が降っているだけあって、環状道路はいつもとは考えられないくらいにすいている。

 明日の昇級試験の為かいつもは出ている露店の姿もない。人通りも少ないどころかほとんどないので歩いているのはミリア一人。


 その現状に少しだけ、ミリアは暗い記憶を思い出しかけて、ふるふると頭を振った。もう大丈夫と。


 環状道路を通り過ぎて、更にリーゼンベルクの中央へと向かう。北第三門へと続く目抜き通り。

 第三門、つまり貴族街とそれ以外を隔てる門付近は、貴族街の近くということもあってそれ相応の店が軒を連ねている。


 それは冒険者が数多い北第二区と言えども変わらない。商店があるにしては静かであり、珍しく商品が店先に並べられている。

 貴族街に近いこともあって第三門を守る衛兵が通り目を光らせているためにこの辺りで盗みを働こうとするような命知らずはいないのだ。


 そこにある一軒の杖と薬瓶が描かれた看板にある魔法薬屋へとミリアは飛び込んだ。

 バーン! と扉を開け放って飛び込んできたミリアに中にいた店主はうんざりしたような顔を向けてきた。


「入るなら普通に入って来いっつってんだろ」

「はーいー」

「はあ、ったくよお。で? 今日はなんだ?」

「薬!」

「へいへい、いつものヤツな」

「うん!」


 店主が幾らかの回復薬を奥の棚から持ってきた。緑色の薬草と少しの魔力が付与されている普通の回復薬と、高い魔力が宿った上級回復薬。

 それから青白い光を放つ魔石から魔力を生成し液状化した魔力回復薬。橙色をした解毒草を煎じた解毒薬など様々な魔法薬を店主はカウンターの上に置いた。


「いつものだ」

「はぁーい」


 元気よくミリアはカウンターの上に数枚の金貨をバラまく。アルフが見たら卒倒するだろう光景であるが州級冒険者にとってはこの程度の稼ぎなど一回の依頼で稼げる額であった。


「たく、これだから州級冒険者ってやつは」


 呆れながらも金貨を料金分だけ受け取って残りを商品と共に返す。


「ありがとー!」


 ミリアはそれらすべてをポーチに詰め込むと入ってきたのと同じように扉をぶち破る勢いで飛び出していった。

 その後は宿屋に戻り、食堂のおばちゃんにご飯をもらいながら過ごした。


「明日は、頑張るぞー!」


 明日への気合い十分にミリアは眠りにつくのであった。


 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇


 そして翌朝。北第三区闘技場。

 晴れ晴れと晴れ渡った晴天の中、雨で濡れた闘技場には多くの住人たちが集まっていた。


「さあー! 今回も始まりました春の祭典! リーゼンベルク三ギルドによる昇級試験の開催です!

 実況はいつもの如く、このあたし! リーゼンベルク一の看板娘ローナ・アーシェリカでーっす! 野郎どものってるかー!」


 うおおお! という歓声が闘技場を揺らす。びりびりと腹に響く声は控室にも当然のように届いている。


「さあさあ、みなさんお待ちかね! 今回もこのあたしとともに昇級試験を盛り上げてくれるのは、このお方! リーゼンベルクにおける冒険者ギルドのアイドル! エリナ・ヴァースハイトおお!!」

「どうも」


 若干の笑顔で手を振り振り。たったそれだけで闘技場は先ほど以上に揺れる揺れる。


「おおう! 野郎どもは正直だなあー! 嫁さんたちに怒られてもしらんぞー! 嫁さんいない独身男どもはせいぜいおがんどけー! 

 さあさあ、続いては今回昇級試験で試験官をしてくださる方を紹介だー! っと、その前にギルドマスターたちを紹介しちゃおおおっかなあ!」


 場はどんどん盛り上がっている。それに合わせて、観客席や闘技場の周りでは売り子や商人たちが稼ぎ時とばかりに声を出す。

 それを心地よさげにミリアは控室で足をぱたぱたさせながら聞いていた。


「へっ、あいっかわらずうぜえな」


 そう言うのは同じ州級冒険者の控え室にいた黒い鎧の男だった。アイゼンヴィクトールの冒険者だということは首の冒険者証を見ればわかる。

 名前はガウロン。アイゼヴィクトールで最も強い男だと聞いている。竜殺しであるとも。背の大剣はミリア以上の大きさだ。


「あー、ガウおじちゃん!」


 地方級の頃に一度仕事を一緒にしたとがある顔見知りだった。


「あ? なんだガキんちょじゃねーか」

「ガキんちょじゃないよ、ミリアだよー」

「はっ、乳くせえガキなんざガキんちょで十分だ。ったく、アルフのところの奴は生意気な奴ばっかだなあおい」

「えへへ~」

「褒めちゃねえよ。ま、一年でここまで来るたあ、やっぱりあいつの弟子ってことか。いい加減、うちに来いって言っといてくれねえかねえ。指導専門なら弱くても問題ねえしな」

「ぶー、だめー。アルフせんせーはずっとぼくといるのー!」

「それは奴しだいだっと。オレが最初だな」


 やだー、とミリアが涙目になりかけたところでガウロンは控室を出ていく。

 闘技場からは割れんばかりの歓声。涙目だったのもどこへやらミリアのテンションも否応なく上がって行く。


 時間と共に次々と控室の人間が減って行き、数時間後、ようやくミリアの出番となる。


「待ってました―!」


 外に出る。日も傾き、朱に染まる闘技場の中でその男は立っていた。


「ふふ、最後は君ですね宜しくお願いします」


 細い剣を腰に吊った男。細身の男だ。州級冒険者の試験官をしているのだから、王国級であることは間違いない。

 だが、決してそんな強者とは思えない柔和な笑みを浮かべていた。


「よろしくー、ジュリアスー」


 ミリアが男にそんな気軽な挨拶をしている間にローナが大声で宣言していく。


「さあ! それでは始めましょう! 注目の一戦! 竜殺しジュリアス・ローウェン対っ! 大食い兎ミリア! 時間無制限! 試験官に合格と認めさせることができるのか! それでは試験開始!」


 ぐぐっ、と身体を前に倒し大斧を振りかぶった姿勢のミリアが地を蹴った。

 地面が爆発する。砂煙が上がり、ジュリアスへと突っ込んでいく。速い。大斧を担いでいるとは思えないほどの速度。

 まるで爆発でもしたかのように突き進むミリア。


 だが、瞬きする次の瞬間には生じた砂煙を突き破り、闘技場の壁へとミリアが叩き付けられていた。その一瞬後、凄まじい衝撃に闘技場の壁がひび割れる。

 されど砂煙のカーテンが覆うそこから、砂煙を突き破ってミリアがジュリアスへと向かう。たった一歩。それだけで確かに開いていたはずの距離はなくなった。


 轟、と竜の咆哮と錯覚するかのような風切音を轟かせてミリアが大斧を振るう。掬い上げるようにして振るわれるその一撃。

 しかし、ジュリアスは動かない。ただ柔和な笑みを浮かべたままだった。


――次の瞬間。


 ミリアは壁に叩き付けられている。


「うん、強くなったね。あの時のあの子がこんなにも強くなっていたなんて、助けた僕も、アルフさんも嬉しいよ」

「ほんと!」


 壁の瓦礫に埋まっていたミリアが飛び出してくる。


「うん、ほんと」


 そうジュリアスが言った瞬間、ミリアは地面に叩き付けられた。


「だから、ほらもっと本気をだしなよ。本当は戦いなんてしたくないけれど、君がもっと多くの人を助けられるように、僕も心を鬼にして君と戦っているんだよ。

 ほら、頑張って。僕はまだ、剣を抜いていないんだよ?」

「うー、やっぱり、ジュリアスつよいー、でも、ぼくだってー!」


 ぶん、と大斧を一振り。ふんすと、鼻息を荒げて、再びジュリアスへと突っ込んでいく。風を切ってミリアは疾走する。

 ジュリアスの一撃。動いていないように見えてあれは単純にものすごく早く動いて殴っているだけなのだ。三発くらいくらった。


 なら、そろそろミリアでも対応できる頃だった。その証拠として、


「そこ!」


 ガギィィインという甲高い音を鳴らして振るった大斧が弾かれた。


「そうそう。そうこなくっちゃね。でも、まだまだ」


 弾かれた大斧を戻す暇すらなくミリアは再び壁に叩き付けられる。


「うぅ、まだまだー! アルフせんせーがいないけど、ぼく、がんばるもん!」


 ぶんぶんと大斧を振るって、しっかりと握り込む。みしみしと悲鳴のような軋みをあげる大斧を振りかぶる。

 立ち昇るのは莫大な魔力だ。膨大なそれ。魔力を視る眼を持たない一般人の観客たちすら大斧から大魔力が水蒸気のように立ち昇るのが見えるほどだ。


 揺らめく青い魔力が大斧に注がれ、


「やああああああああ!!」


 振り下ろされた。

 生じたのは爆発だった。


 莫大な魔力によって放たれたは斧使いにとって酷く一般的な武技。されど、その威力はまさに桁が違った。

 地を割り、その一撃はジュリアスへと迫る。


「――――ははっ」


 その瞬間、ジュリアスの空気が変わった。一秒を切り分けたその時間の中で彼は確かに呟いたのだ。


――合格。


 と、ゆえに彼は腰の剣を抜き放った。

 ミリアが知覚出来たのはここまで、気が付けば地面に倒れていた。


「しゅうぅりょおぉおーー! 流石は竜殺しジュリアス・ローウェン! 連戦の疲れを見せず、圧倒的な力を見せてくれました! 流石、強い、強いぞー! 惚れちゃいそうだー!

 ミリアちゃんもよくやってくれましたー! 流石は期待の冒険者と言ったところ! 彼女でジュリアスに剣を抜かせたのは二人目! いや、流石ですね!

 さぁて、これにて三ギルド昇級試験は終了ー! 提供はフェルナンド武具店とこのあたしが働くミジュネスの酒場でした! では、次回の昇級試験は夏の頃に! 試験の結果は後日ギルドで受け取ってねー! じゃあね皆の衆! かいさーん!」


 一種の祭が終わり、観客が帰って行くのをミリアは倒れたまま見ていた。そこにジュリアスがやってくる。


「大丈夫かい? 大丈夫とは思うけれど」

「うん、大丈夫だよー! えへへ、負けちゃったー」

「そうだね。残念。でも、結構いいと思うよ。だから、これからもがんばってね」

「うん! はあ、合格できるかなー?」

「さあ、実技は合格だけどあとは魔力だと思うよ? 量ってきなよ」

「うん!」


 魔物などを殺して自らに取り込むマナと呼ばれる魔力が基準に達していなければ実技で合格しても上のランクには上がれない。

 がばり、と立ちあがったミリアは大斧を回収して測定の魔法具がある部屋まで走って行った。計測をしてもらうと待っていたのは――


「足りませんね」

「ええー!?」

「また、今度頑張ってください」

「うええー」


 ――どうしようもならない現実であった。

 ミリアが王国級の冒険者になるにはもう少し時間がいるようである。


前日からの昇級試験の二部構成のつもり。

前半でミリアのちょっとした日常的な話と雨の日のリーゼンベルクを描写。後半は昇級試験。一戦一戦やると長くなりすぎるのでミリアのみ。

ちょっとぐだったかな、と思いつつ直す時間が今のところないのでこれで掲載。あとで修正できることは修正していきたいと思います。


ちょびっと解説。

昇級試験はリーゼンベルクのお祭りの一つ。

大抵昇級試験の試験官は一つ上か二つ上のランクの冒険者でこいつらを倒すかなんとかして力を認めさせれば合格。

大抵の奴は挑戦者相手にヒャッハーするのでそうとう頑張らないと合格できない。

しかし、ヒャッハーするということは派手な戦いが見れるということなのでいろんな人が見に来てます。商人も稼ぎ時なので闘技場の外はひたすら露店が広がってます。


ちなみに、ジュリアスが試験官の時はあまり面白みがなく、一番見ごたえがあるのはベルが試験官の時。ギルド所属から二年以上経っていないと試験官にはなれないのでミリアはやったことはありません。


アルフはあります。EとDランクの試験官ですね。試験官で挑戦者よりもランクが高いくせにひたすら逃げ回ったり、遠くから矢をうっては、罠をしかけたりなどいろいろとやっているため挑戦者からは不評。しかし観客からすればいろんなことをしてくれるので意外に人気です。


さて、年末は色々と忙しいため執筆時間がとれなくてやばいのですが、なんとか頑張って行きたいと思います。


次回は第二章に突入。

新しい街での出会いと本格的な修行のお話。修行なんてぱぱっと終わらせる、というかあまり修行してないなろうチート主人公たちに逆らってがっつり修行な第二章です。

もちろんアルフのではなく弟子たちのですね。アルフが修行したところでこれ以上は強くなれませんから。

それどころかこのところ体力の衰えすら感じるているという設定のアルフ君。でも冒険者はやめられない。


そんな感じに流行の真逆を行く気満々の天邪鬼作者ですが、次回も読んでもらえるとうれしいです。

ではでは。


次回更新は新年一発目を予定してます。

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