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とある中堅冒険者の生活  作者: テイク
第一章 とある従者と貴族と中堅冒険者
15/54

第5話 出発、新たな仲間と共に

腹斬太郎様よりもう少しゼグルドを若く書けばという意見を受けたのでゼグルドの口調を若めの口調に修正しました

 夜。諸々の処理を終えた後は、皆酒場で祝杯を挙げていた。酒場は集会場でもあるため、領主に集められた村人が事の顛末を聞き終えた後は、完全に宴会になっている。

 そこで遅れてやって来たスターゼルが自慢げに語っているわけだ。


「迫りくるゴブリンを我輩は千切ってはなげ、千切っては投げの大暴れをしたのである!」

『おお!』


 それもあることないことを。既に領主の話を聞いていた村人たちはそれを嘘だとわかりながらも、盛り上げてくれるのは大歓迎であるし、何より娯楽の少ない村である、そういう話は大いに喜ばれた。

 身近で起きたことであるが、実害がなかったのと既に解決されてた事であるため、村人たちは大いに笑っている。なにより、ようやくスターゼルがいつもの調子を取り戻してきたのだ。


 そんな酒場の一角から少しばかり外れたテーブルでは、アルフとゼグルドが大量の酒を飲んでいる。大量の料理もそこには並べられていて、楽しげな雰囲気だ。

 ぬるいエールを一気飲みし、蜂蜜酒をカッ喰らう。焼いたハムを食って、鹿肉の燻製をかじる。スープを飲んで、また酒を飲む。


「くぅ、やっぱ一仕事終えたあとの酒は格別だな。あとは、女でもいればいいんだがな」


 金がないので女は無理なのだが。何せ、今回アルフが使った道具の制作費を抜くと確実に赤字。それどころか既に報酬は消えている。

 その証拠としてテーブルの上には豪勢な食事が並んでいた。ガチョウや鳩の焼肉、それだけでなく串焼きに胡椒ソースをかけたり、パイにした鶏肉が並んでいる。とにかく肉類が多い。


 なかなか食べることが出来ないだろう豪勢な食事だ。報酬は全てこれに消えていた。まあ、アルフは楽しげなので良いだろう。

 店主(マスター)は、村人総出の宴会で料理を振るったために大いに稼げたのかほくほく顔でご満悦と言った表情。えらく機嫌が良く、自分の酒を自分で飲んでいる。給仕だけはあくせく働かされているが。


「では、私がご一緒させていただきましょう」


 と、アルフたちの席に従僕(フットマン)の正装となったエーファがそう言って、空いている席に座る。手に持っているのは葡萄酒の入った皮袋。

 栓を開けて漂ってくる香りは芳醇でそれなりに良いものであると知らせてくれる。教会の薄められたそれではなく、薄められていない上質な葡萄酒だろうことがアルフにはわかった。


「ささ、どうぞどうぞ」

「おお、悪いな」


 なみなみと注がれる葡萄酒。一飲みすれば、爽やかな味が口内に広がる。酸っぱくない葡萄酒。良いものだ。


「うん、うまい!」

「それはよろしゅうございました」


 それから二、三杯と彼女は葡萄酒を注いでくれる。うむ、女に酌されるなどいつ以来だろうか。


「アルフ様、本日は真に助かりました」

「ミールデンの名において、人を助けることは俺らシルドクラフトの冒険者にとっては当たり前だ。な、ゼグルド」

「うむ、その話は何十回も聞いているからな。アルフ殿の言っていることは真ためになるものばかりだ」

「そう褒めるなよ」


 酒で顔が赤いのか、それとも照れて顔が赤いのかわからないが、照れた様子のアルフ。ぐいっと、ジョッキを傾ける。


「アルフ様たちはシルドクラフトの冒険者様なのですか?」

「なんだ知らなかったのか? 冒険者証が同じだろ」

「ああ、本当でございます」


 今更確認してエーファは驚く。貴族の従者であれば冒険者証などあまり見る機会もないので当然なのだろうか。


「そうだ。それで新人指導について聞いているか?」

「はい、この村にいる冒険者に頼めと」

「それは俺の事だ」

「なんと! これは凄い偶然でございますね」


 偶然と言うよりは必然だろう。この村にいたからこそ、新人指導をすることになった。この村にいたからこそ異変を感知して助けに行けたとも言える。


「しっかし」


 アルフはそんな話は良いだろうと、別の話題へと移る。どうせ出発は明日なのだ。そのあとは嫌でも新人指導の話を延々としなければならないのだから、今は別のことを話しておきたい。

 アルフが注目したのはエーファの恰好だ。従僕の正装。膝丈の半ズボンにストッキング。それは、男の恰好である。


 従僕(フットマン)というのは、主人やその賓客が着席して食事する場合に立ったまま給仕する家庭内使用人である。

 だが、彼らは貴族の馬車の横、または後を随走する役割も持っている。

 あるいは、主人の目的地到着の準備をするために、前を走って行ったこともあったという。


 それだけに多くの従僕はその身体的能力によって選ばれた。差別というわけではないが、一般的に身体能力は女よりも男である。ゆえに、従僕は男がなるものだ。

 更に、背の高いフットマンは低い者より優遇され、外見の良さ、特に脚の形が良さ、身体能力の高さも同時に重視されるのである。


 そういうわけでエーファを見るが、背は低いし、身体能力も高いとは言えない。従僕には不向きなのだ。それに女。どうして彼女は従僕の恰好をしているのだろうか。

 彼女であれば、メイドでもしていた方が自然な気もする。


 そんなことを聞いてみると。


「むむ、アルフ様は、乙女の秘密を躊躇なく聞いてくるとはデリカシーがないのでございます」

「聞いたら悪かったのか?」

「いえ、別段隠すことでもございませんし。簡単に言ってしまうと旦那様の勘違いです」

「はい?」


 勘違い? 勘違いでなぜ従僕に?


「……その、旦那様は昔、私と初めて会ったときに、男と間違えたらしく、そのままなし崩しに……」

「…………あー」


 納得である。エーファには、悪いが見るからに女性としての特徴が少ない。特に胸。なるほど、これで数年前だったら男と間違うだろう。

 そういう風に見ていたことがバレたのだろう。エーファは怒った風。


「む、アルフ様、ほんとうにデリカシーがないでございますね」

「デリカシーは食えんからな」


 そんなことを言っていると、


「やあ、アルフ殿、今回の件はご苦労様でした」


 シャレンがやってくる。即座にエーファが立って後ろに下がる。


「ああ、気にしなくても良いよ。飲みの席に身分だのなんだの持ち出す気はないし」

「しかし、伯爵」

「ん? 伯爵?」


 男爵ではないのか、と考えて思い至る。彼はこの領地を買ったのだ。それだけの財産がある者はそれなりに高貴な身分に限られる。

 複数の街、村を要するある程度広い領域を治める領主であるところの伯爵ならばこの村を買えても違和感はない。


「そういうことですよ。一時的にシュバーミット卿から預かっていると私は思っています」

「いずれ、買い直させていただきます」


 良い奴なのだな、と思いながらアルフは酒を飲む。


「それで、アルフ殿、あなたが戦ったというゴブリンですが、どんな奴だったのです?」

「ゴブリンの変種だろう。俺にも詳しいことはわからん。人の言葉は喋るわ、王だとか口走るわ、ゴブリンらしくなかったな」

「ふむ、王ですか。それは伝説のゴブリン・キングのことでしょう」

「なんだって?」

「ゴブリン・キングですよ。ご存じありませんか?」

「あまり詳しくは知らないな」

「ふむ、そうですね。伝説に登場するゴブリンの王ですよ」


 かつて、千年も昔に魔王やら勇者やらが戦争をしていたという教会史に綴られる伝説の中で登場するのがゴブリンの王だとシャレンは言う。


「伝説の話だろ」

「ええ、そうですが、ゴブリンの王はゴブリンとは思えない街を築いていたと言いますし、今回の件と無関係とは思えないのです」

「そういうもんかねえ」


 ゴブリンが変な行動をしたで片付けては駄目なのだろうか。アルフとしてはそんな伝説の存在が出て来ることなど勘弁願う。

 どうあがいたところで自分が勝てるとは思えないし、自分の出番はないだろう。英雄譚の中ではアルフなど脇役も甚だしい。


 細々と依頼をしながら日々を過ごすのが性に合っている。英雄になりたいとも思うが、多くは望まない。既にこの身は限界を迎えひそかな衰えを感じ始めている頃合いなのだから。

 何か起きたらその時はその時。今考えたところでどうにかなるわけでもないのだ。


 いま大事なのは、


「店主、酒だ!」


 酒だ。依頼の後の一杯。これほど格別にうまいものはない。


「我輩はその時――!」


 スターゼルの声が響き、笑いが酒場を満たす。

 そうして夜は更けていった。


◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇


――翌朝。


「いやである!」


 アルフ、ゼグルドたちと共に出発する段になって、冒険者の新人指導としての旅に出ることをスターゼルが嫌がった。

 旅に出たくないと言っている。昨夜のうちに色々とアルフやエーファが旅に出ることを話したはずだが、彼は聞いていなかったようだ。


 エーファは盛大に呆れつつ、彼を殴り、


「もう今更でございます旦那様。領地を買い戻すには元手が必要でございます。手っ取り早く稼ぐには冒険者が一番だと言ったではございませんか。

 言っておきますが、旦那様には商才などありませんし、不器用ですから職人にもなれません。

 できることは魔法を使う事だけ。冒険者になるのが一番で御座います。お宝でも見つければ即刻辞めればいいだけでございます」


 きっぱりとそう言う。


「し、しかし」

「問答無用でございます!」


 ごずん、という鈍い音がしてスターゼルがぐったりする。

 おいおい、と思いながらもいつもの事なのだろう。村人たちはほほえましい表情でそれを見ていた。驚いているのはアルフとゼグルドだけである。


 現に、エーファは気にせずに話を進めている。


「さあ、行きましょう。

 おっと、その前に、改めまして、今日よりアルフ様の指導を受けることになりましたエーファと申します。こちらはスターゼル・シュバーミット元男爵でございます。どうぞよしなにお願い致しますでございます」

「ああ、こちらこそ。改めて、俺はアルフ。しがない中堅冒険者だ」


 物凄い丁寧に言われたのでアルフもドン引きしながらも応えた。


「ぜ、ゼグルドです。り、竜人だけど、アルフ殿に師事している新人だから、よ、よろしく」


 ゼグルドは女の子と話すという事で緊張していた。更に、竜人であるから怖がられないかと戦々恐々としている。

 昨夜、百以上のゴブリンを屠った竜人と同一人物とはまったく思えない。


「はい、よろしくお願い致します」


 エーファはそんな彼にごく普通に対応して見せた。竜人は確かに恐ろしいがそんな彼が自分たちを救うために力を尽くしてくれたことを知っているし、何より、戦々恐々としている姿は恐怖と言うよりは別の感情を呼び起こす。

 そのため、普通に対応することが出来た。まあ、スターゼルの奇行によって色々と耐性が付いているというのも関係しているだろう。


「あ、アルフどの! 初めて、怖がられなかった!」


 そんなことを知らないゼグルドは大喜びである。


「あー、よかったよかった。さて、行くぞ」


 アルフは棒読みでよかったなと、さっさと出発するように指示を出す。エーファ曰く、「旦那様も、村から出てしまえば観念するでございましょう」と言われたのでさっさと出発するのだ。

 それに、いい加減、パムルクでゆっくりしているわけにもいかない。リーゼンベルクをほとんど一周するのだ。何事もゆっくりとしていては終わらない。


 そういうわけで、領主シャレンが用意した馬車に乗って一行は一度、準備の為にこの近辺で最も大きな街であるレクスントの街へと向かうのであった。


 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇


 馬車で半日の場所にレクスントの街は存在していた。パムルクの村からも、リーゼンベルクからもそう遠くない街であり、リーゼンベルクと各地をつなぐ交易の拠点となる街だ。

 街全体が強固な城壁に囲まれた城塞都市となっており、城門前で馬車を降りた一行を迎えるのは衛兵たちである。


「止まれ! 何者だ」

「冒険者だ」


 冒険者証を見せながらアルフが彼らの前に出る。

 少々、衛兵の目つきが変わる。冒険者は衛兵とあまり良い関係とは言えない。まだ、リーゼンベルクに近いこの辺りは良いのだが、辺境の方だと露骨に嫌な顔をされる。


「確認した。税を支払えば入場を許可しよう」

「ああ」


 アルフが懐から人数分のリーゼンベルク銀貨を取り出して衛兵に手渡す。


「入ると良い。くれぐれも問題を起こさないことだ冒険者。レクスントの門は誰にでも開かれているが、厄介ごとを持ち込むことだけは、許可されていない」

「わかっている」

「ならば、行け」

「さあ、行くぞ」


 四人――一人は未だに引きずられているが――は、無事レクスントへと入ることが出来た。


「うわあ!」

「おおおお!!」


 エーファとゼグルドが初めて来たレクスントの街並みを見て声をあげている。何がそんなに珍しいかねえとアルフはちょっと呆れ気味だ。

 リーゼンベルクを少しでも見たことがあるならば、他の街では早々驚かんだろうと思う。二十年前、冒険者になりたての頃は街に入るたびに驚いていた自分の事は棚上げである。


 レクスントに入ってまず目に入るのは、多くの商店が立ち並ぶ大通りだろう。広場の噴水を越えて、遥か向こう側の城門まで続く大通りには多くの商店が軒を連ねている。

 色とりどりの看板が並ぶ姿はまさに壮観であり、広場の噴水の周りには露天商などが多く店をだし、商売に精を出していた。


 広場まで来て右手を見れば、城門がありその向こう側には巨大な木が白く美しい花を咲かせているのがわかる。エルフが与えたとされる樹木だ。クラサリッド・ホワイトと呼ばれる木であり、この街を飾る象徴でもある。


「綺麗でございます」

「おお、これはエルフの花! これの蜜酒がまた格別なんだ!」


 更にその向こう側が居住区となる。このレクスントは三層構造を取っており、第一層が市場、第二層が居住区、第三層が領主の居城となっている。

 旅人が利用するのは第一層くらいだ。


「レクスント、ここらじゃリーゼンベルクに次ぐ街だな」


 様々な地方から様々な品が流れてくる交易拠点でもあるため、商人が多い。雰囲気としてはリーゼンベルク南地区が近いが、あそこほどがつがつしておらず、少しはゆったりとした雰囲気がある。

 街を歩く人々も笑顔だ。何やら赤い指輪をした人が多い。

 

「さて、まずは――」

「我々の旅支度の為にまずは装具店でしょうか」


 エーファがアルフに先んじてそう言って、大通りにいくつも存在する防具や指輪などの絵が書いてある看板を指さす。


「いんや。まずは、酒場だ」


 それを聞いたエーファは露骨に半眼になる。


「アルフ様、まさかこんな真昼間から酒をお飲みになるんじゃございませんよね」

「そのまさか――」


 エーファがギリッ、と睨む。


「――と言いたいところだが、違う」


 そして、アルフはその通りと言いそうになったのを飲み込む。


「では、なんででございますか?」

「情報収集。ここ最近来てなかったからな、この街がどうなっているのかを聞いておこうというわけだ」


 エーファとゼグルド、二人して同じように首を傾げる。

 意味がわからないらしい。


「じゃあ、聞くがお前たちは初めての街で何か買い物をする時、同じような店がたくさんあったらどこに行く? いや、そうだな……どうやって行く店を決める?」

「ええと……?」

「?」

「決められないだろ? それを決めるために酒場に行くんだよ」


 娼館でも良いけどな、という言葉は飲みこんでおく。今、それを言ってしまうとエーファに何を言われるかわかったものではないからだ。

 馬車に乗っている数時間のうちに彼女がどういうことで性格なのかだいたいわかってきたのである。確実に娼館に行くとか言ったら殴られるし、軽蔑される。


 男として仮にも女性に軽蔑されるのは宜しくない。それに不本意ながらも旅を共にするのであるのだから、出来れば円滑な関係を築いておきたいではないか。

 そういうわけで、見栄を張る。見栄も意地も張らねば男ではないのだ。というわけで娼館については、酒場に行くことの大切さを力説してから説明することにする。


「酒場には情報が集まる。酒場の店主は市場の売れ行きとか店の評判とか、そういうのに詳しいからな」

「ですが、それならば実際に見て比べてみればよろしいのではございませんか? 実際に見比べた方が良い商品などわかりやすいと思うのでございますが?」

「お前、街で買い物したことないな?」

「うっ、……はい」


 貴族の従僕が買い物などしないだろう。基本的にもっと下の者がやっているだろうし、何より商人自身が領主の館を訪れて必要なものを売っていく。

 没落してからは村で生活していたようだが、村での買い物は、街での買い物とはわけが違う。村では酒場での直接商品を見ての取引になるが、街ではそういう風にはいかないのだ。


「街では、商品は露天商以外並べないんだよ」


 理由は言わずもがな、盗難防止だ。商品の代わりに絵が置いてある。値札はない。値段は商店の主人が決めるのだ。

 どの店を見ても買う段にならなければ商品の質がわからないのである。


 商品を比べるには実際に買わなければならないが、それは面倒な上に無駄だ。だからこそ酒場なりなんなりに言って情報を集めるのである。

 これがこの街に住んでいるのならばどういう店でどういう商品を売っているかがわかるのだが、旅から旅で新しい場所にいったりしているとそいうのがわからないため情報を集めるのだ。


 また、娼館でも良いと言ったのは、そういう裏事情に娼婦たちが詳しいからだ。

 娼婦や男娼は、快楽を提供するだけでなく情報の収集や販売も行う。

 人の口というものは快楽を溺れていたり、優越感に浸っていると途端に口が軽くなる。女や男との情事の際中であれば、彼、彼女の興味を引きたくて、様々な甘い言葉を口走る。


 たとえ寡黙な男であろうとも、酒を飲ませ、愛を囁く時は途端に口が軽くなるものだ。そこを巧みに、色香や艶やかさで惑わしてやると、ころりと様々な情報を漏らす。

 貴族ですら通うという娼館では、貴族や商人、その他有力者の痛いところを余さず知っていると言っても良い。


 娼館に行かずとも娼婦ギルドに行けば、それなりに情報は手に入れることが出来るだろう。まあ、そこに行くよりかは娼館の方が良い。そういう要求をすればそれに見合った料金を請求され、女を用意してくれる。

 ただ情報を買うよりお得だ。女がついて来るのだから。金さえ払えばどんな情報でも、快楽でも、それが例え、善人でも悪人であろうとも分け隔てなく売ってくれる。それが、娼館なのだ。


 まあ、良いだろう。どうせ、今日はここレクスントで一晩過ごすのだ。皆が寝静まった後娼館に行くことなどアルフには容易い。

 最近は金がなかったためにご無沙汰であったが、今は支度金がたんまりある。スターゼルとエーファの分は使えないが、ゼグルドの分は丸々残っている。


(楽しみだ)

「わかったなら行くぞ。ついでに昼もそこで食っちまった方が早い」

「なるほど……」

「うむ、やはり人間の街は複雑だなぁ」


 唸っている二人を急かして酒場へ向かう。その途中で娼館についても説明しておいた。

 そして、やって来たのは大通り広場の一等地にある酒場だ。


「邪魔するぜえええ――!?」

「アルフせんせー!」


 酒場に入った瞬間、巨大な大斧が迫ってきた。咄嗟に避ける。


「あ、あぶねええだろおお!! 大斧背負った状態で飛び込んでくんなミリア!」


 ミリアがそこにいた。ちゃらちゃらと音を鳴らす袋を持っていることから、支度金を持って来たのだと思うのと同時に今晩の計画が水泡に帰したのをアルフは感じた。


「アルフせんせー! なんでよけるのー! ぼく急いで来たんだよ!」

「だから、大斧があぶねえんだよ! 刺さるわ!」

「ぶー! まあいいや、無事に会えたし! エリナおねえちゃんから、これ預かって来たよ!」


 どさりと、重い音を響かせてミリアが袋を置く。その衝撃で少しばかり輝きが床に転がり、酒場にいる者たちの目の色が露骨に変わった。


「ば、馬鹿! こんなところでんなもん出すな!」


 驚きの速さでそれを回収したアルフ。もちろん中身の確認も忘れない。


「リーゼンベルク金貨10枚か。二人分だな」

「うん、ちゃんと持ってきたよ!」


 褒めて褒めてと頭を出してくるのはいつもの事。適当に褒める。


「えっと、どなたでございますか?」

「ミリアだよー! 州級の冒険者で、アルフせんせいに指導してもらったんだー」

「まあ、これはこれは私はこの度アルフ様にご指導を賜ることになりましたエーファと申します。こちらはスターゼルでございます」

「よろしくー。竜のおじちゃんは久しぶりー」

「ひ、久しぶりだな」

「みんな、これからごはんー? じゃあ、一緒に食べようよ! ねえ、アルフせんせい!」

「そうだな、そうするか。先に座っててくれ。で、ゼグルドとエーファはついてきて後ろで見てろ」


 アルフは当初の目的を果たすためにカウンターに座る。


「適当に一杯。それと装具店の内情を聞きたい」


 そう言うと、銀貨を一枚カウンターに置く。店主はそれを一瞥するとジョッキ一杯のエールを彼の前に置き、ジョッキ磨きに店主は戻りながら話す。


「あんたか……ということは今回もだな。なるほど、なら装具店はお前さん行きつけに行け。あそこが今、良い商品を仕入れてる。他は、似たり寄ったりだ」

「なるほど、ならもう一つ、東で何か変わったことはないか?」

「…………魔物が狂暴化しているくらいだ。あと、サイラスが新人をいれたくらいか。お前さんに関わりそうなのは」

「へえ、あの堅物がねえ。わかった。助かったよ

 こういう感じだ。特に難しくもない」

「なるほど」

「うむ、勉強になるなあ」


 それからミリアたちが座った席の方に行く。料理を注文するのも忘れない。


「適当に料理も頼む」

「ああ」


 店主に言えば、すぐに若い娘の給仕が食事を持ってくる。


「っと、そうだ。なあ」

「はい? なんです?」


 アルフは彼女が立ち去る前に声をかけた。


「ベルナット装具店の店主のことなんだが、なんか噂はないか?」

「んー、そうですねー。あ、とっておきのが一つ」

「お! いいねえ。教えてくれ」

「んー、どうしよっかなー」


 リーゼンベルク銀貨を一枚投げ渡す。


「まいどー! えっとねえ――」


 彼女がそっと顔を近づけてアルフに耳打ちする。


「――今度はそれか」

「じゃあ、ごゆっくり!」


 その後、昼食を食べたあとは、アルフは再び店主に何か聞いてから、なぜかついて来るミリアも伴ってベルナット装具店へと向かうのであった。

 ベルナット装具店は大通りにある装具店の一軒だ。アクセサリーなどから防具類、果ては旅道具まで揃う。なんとも手広くやっている店である。


 店内に入ると、カウンターにいる店主――ベルナットがアルフを一瞥して声を上げる。


「おお! アルフじゃねえか、久しぶりだな。今日は仕事か? 何か依頼したわけじゃねえんだが、まさか、俺に会いにきてくれたのか?」

「違う。今日は、買い物だよ。ん、そこの布がかかっている赤いのはミラーレッドか?」

「いや、そんなことより、今日は何なんだ?」

「ああ、この二人の冒険者向けの服を。男の方は、魔法使いだから、軽い動きやすい服装で――」

「ちがーう! 最高級の高貴な服装である!」


 いつの間にか起きたスターゼルがそんな注文をする。エーファの言うとおり、本当に観念して旅準備をするつもりのようだった。


「…………それっぽいので。女性の方はシーフ向けの軽いのを」

「ふむ、少し待ってな」


 そういうとベルナットは、奥に行って商品を持ってくる。一目見ただけでも質が良いのが分かる。なるほど、確かにこのところ良い商売をしているという話は真実のようだ。

 試着してみると、エーファはまさに身軽なシーフと言った風情になる。短剣帯などが多い布鎧(クロスアーマー)の服に同じく魔物の皮を使った皮の胸鎧に腕鎧。丈夫なブーツもプラスして外套を被ればいっぱしの冒険者に見えないことも無い。


「似合ってるな」

「ありがとうございますアルフ様」

「ふふふん、どうであるか」


 そこにやってくるのは騎士甲冑のフル装備したスターゼルだった。ごてごてとしており、しかもあからさまに真鍮製(フェイクゴールド)。宝石もただの偽物だ。


「「却下だ(でございます)!」」

「う、むう、わかったである。しばし、待つであーる。まったく、高貴な我輩がそんな地味な服を着るわけがないのである」


 とか言っていたが結局は冒険者魔法使い風の服装になる。派手な色の布鎧の服に、派手な赤色のフード付の外套を羽織った恰好。しかも、かなり高い高級品を選びやがった。

 色々と言いたいが、魔法使いに忍ばせる気はないので良いとしよう。目立つが。ものすごい目立つが。


「エーファちゃんは、いいなー、アルフせんせいっぽい。スターおじさんは、派手派手だね!」

「うむ、良く似合っている」

「似合ってりゃあいいってわけじゃないんだがなあ。まあいいか。いくらだ?」

「支払いは?」

「リーゼンベルク金貨で」

「そうだなら。なら、リーゼンベルク金貨12枚だ」


 相場より高い。いや、どちらかと言うと、あの赤い外套が高いのだ。なにせ、火蜥蜴(サラマンダー)の皮を丁寧になめし、オリハルコンの糸を刺繍に使っているというぜいたく品だ。

 そんなものを諦めさせるのが一番なのだが、エーファが「気に入ったものは死んでも離さないでございます」とあきらめ顔で言っていたので、アルフにどうこうできるはずもなく、殴っても離さなかったのでマジでどうしようもない。


 ただ、高いのはそれだけではない。


「た、高いでございます」

「…………」


 しかし、アルフはしばし考え込むようなそぶりを見せて、


「ところで、ベルナット」

「おっとー、まけないぜ? いくら大好きなアルフの頼みでもなあ」

「いいや、値引きしてくれなんて言わん。世間話だ。確かそこのミラーレッドって、魔除けになるんだったよなあ」

「リーゼンベルク金貨10枚と銀貨3枚」


 安くなった。


「ああ、思い出した。加工は簡単だが宝石自体が希少でかなり高く売れるんだったよな」

「リーゼンベルク金貨10枚と銀貨2枚」

「ミラーレッドの指輪は、特に女性に人気だよなあ」

「リーゼンベルク金貨9枚」

「そう言えば、レクスントを少し見たんだが赤い指輪してる奴が多いよな」

「リーゼンベルク金貨8枚と銀貨3枚」


 どんどん安くなっていく。


「で、最近、ミラーレッドの魔除けの指輪が良く出回るって言うじゃないか。加工職人らはそんな仕事はしてないと言うし、誰かが商人規約を破ってるんじゃないかって噂があるらしいぜ?」


 アルフは如何にも意味ありげに言う。


「……金貨7枚」

「そう言えば、ベルナット、お前昔は細工師目指してなかったか? そのツテで仕入れたのか?」

「金貨6枚」


 半額。まあ、これくらいだろう。


「なんだ、安くしてくれたのか? じゃあ、それで」

「ああ、まいど」


 後ろの面々は何がなんだかわからないと言った風。


「ほれ、行くぞー」


 ベルナット装具店を出ると、扉の向こうからばたばたと音が聞こえていた。


「あ、あのアルフ様、いったいなぜ、御店主は値下げを?」

「ん? ああ、あいつはな、詐欺まがいのことやってたってわけだ。あの赤い宝石はミラーレッドじゃなくてレッドティア。それを加工して魔除けとしてアクセサリー屋に売ってたわけだ。

 一応、ミラーレッド程でないにしろ魔除けの効果があるから詐欺じゃないんだが、赤い宝石の魔除けなんてミラーレッドが有名だからな。

 冒険者でもなけりゃレッドティアなんてしらんだろう、だから皆ミラーレッドだと思って買って行ったわけだ」

「なんとあこぎな商売をしているのでございましょう!」

「まあ、問題はそこじゃないんだがな」

「? 他に問題があるのでございますか?」

「問題は、その加工を自分でやってたってことさ。商人規約ってのがあってな。まあ、簡単に言うと剣をつくるのは鍛冶屋、細工をつくるのは細工師ってな具合に決まり事があるんだ。商人は売るだけ作ってはならない。

 この都市の儲けの為でな、アクセサリー一個作るのにもいろんな人間の手が入る。つまりそれだけ仲介料だとか中間料だとかがかかるわけだ。そしてその分、仕入れ値が高くなって値段が高くなって売れなくなる」


 そのため必然として自分で作って売るならば金がかかることはない。それだけ儲けられる。

 だが、それでは商人規約に引っかかる。バレないように実際に外で作り、さも仕入れてきたかのようにしていたから商人ギルドにはバレてないらしい。


 むしろ、商人ギルドからすればやっている本人が騙されていると思われている。なので追及はない。


「なんとまあ」

「まあ、合ってるかは知らんがな」

「? しかし、それでは値下げはしないのでは?」

「良いんだよ。もとから奴は値下げするつもりだった」


 むしろアルフに気が付いてほしかったともいえる。たいていこの時期だけアルフがやってくるだろう時期だけベルナットはこんなことをしているのだ。

 こんなあこぎな商売がある、と商人たちに知らせるためである。だいたいこの商売は少し前にどこかの誰かがやって被害が出た奴だ。


 商人ギルドの情報網で回って来たそれを損が出ない程度に実践して、注意を促すのである。

 それなら普通に連絡すればいいと思うのだが、そういうわけにもいかないらしい。一応、商人ギルドのギルド長をやっている男だ、そのあたり考えているとのことだが、その真意は不明だ。


「なんと、ギルド長だったのでございますか。なんで、そんなことをしていたのでございましょう」

「こういうのも見破れるようになってくれっていう商人ギルドから商人と客へのメッセージと本人が儲けたいためだと俺は思っている。

 こういうことも情報を良く集めればわかるようになるぞ」


 また、ギルドの新人研修でこういう商人もいるという実例を見せれるということでアルフが見破る役目を与えられている。

 こういうのを見破って商人ギルドに報告すれば報酬がでるのだ。


「私でもわかるようになるのでございましょうか」

「なるさ」


 ちなみに、なぜアルフなのか。それはベルナットが男色家であるからだ。アルフは熱烈なアプローチを受けている。

 逃げたいが報酬が良いのだ。今までの分で金貨六枚分あった。だからこその半額値下げだ。


「……じゃあ、あとはお前の武器だな。スターゼルは、杖があるから良いとして」


 武具店の方もアルフの知り合いのところに行く。武具店に関してはそれほど気にするほどでもない。冒険者向けの店であれば、安くて質の良いのを揃えているし、店主がドワーフの店だ。

 勤勉と真面目が服を着ているような存在がやっている店とあれば間違いは起こるはずがない。


 エーファの武器の方は短剣を二本、小ぶりの小剣を一本、投擲剣を数本とクロスボウを買う。


「こんなところか。明日からしっかりと教えてやるからな」

「了解でございます!」

「じゃあ、今日は宿屋に泊って明日の朝出発するぞ」

『はい!』


 新たに二人の仲間を加えて、アルフの旅は続く。これはまだ、始まりに過ぎない。


「あ、ミリア、お前は戻れよ」

「ぶー!」


 旅は、続く。


第五話、あとはエピローグを加えてこの第一章は終了になります。

新しい仲間も加わり、アルフ一行もにぎやかになりましたね。魔法使いにシーフ見習い。

さて、どんな旅になるやら。


あと商人との交渉についてそれでいいのかと言われそうですが、実際、こんな被害があったよといったところで誰も注意しません。

実際に被害にあえば嫌でも警戒するようになりますし、損をしない為にギルドに報告をし互いを見張るようになります。

そんな効果を狙ってベルナットは実演しているわけです。


さて、一章は次話のエピローグで終わりです。

次章ではもっと中堅冒険者らしさなどを出せれば良いなと考えています。まあ、その前に短めの閑話など入れるかもしれません。

閑話の予定は、一応一話だけでエリナの一日を予定してます。その他、誰かの日常が見たいなどのリクエストでもあれば何話か閑話を出すかもしれません。

なのでリクエストがあればどうぞ。


では、これからも宜しくお願いします。

では、また次回。


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