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とある中堅冒険者の生活  作者: テイク
第一章 とある従者と貴族と中堅冒険者
14/54

第4話 ゴブリン集落の戦い

腹斬太郎様よりもう少しゼグルドを若く書けばという意見を受けたのでゼグルドの口調を若めに修正しました

「喰らうが良い、低俗なゴブリンどもめ。

 偉大なる大地の精霊よ、シュバーミットの名において命ず。

 槍となりて、我が敵を刺し穿て――アースランス!!!」


 呪文の最終節、魔法の名をスターゼルが結ぶ。その瞬間、莫大な魔力が吹き荒れる。強化音を重ねに重ねた巨大魔法陣が頭上に現出する。

 頭上に煌めく土色の輝き。それは見るもの全てに雄大なる大地を思わせる。そして、同時に大自然の厳しさすら思い起こさせるのだ。


 詠唱途中から気が付き、ゼグルドが吹き飛ばしていたゴブリンたちが一斉に逃げ出す。本能があれは不味いと悟ったのだ。だからこそ逃げる。

 だが、もう遅い。既に魔法は発動している。効果範囲は集落の半分を覆う。今から逃げたところでもう遅いのだ。


 魔法陣が解けるように地面に消えたその瞬間、地鳴りと共にスターゼルを中心とした半円の空間を槍が刺し貫く。

 土の槍。圧縮し形成されたそれらは、範囲内にいたゴブリンを例外なく刺し貫く。土と侮るなかれ。魔法によって圧縮され形成されたそれは、金属とほぼ同等の硬度を持つ。


 土に触れているゴブリン全てその槍衾から逃れることはできない。地面から瞬間的に生じた槍は股下から脳天までを刺し貫く。

 串刺しになったもの。真っ二つに裂けたゴブリンもいる。全てに共通していることは刺し貫かれ、どす黒い血を流し、大地を赤に染めながら絶命していることだけ。


 断末魔の叫びが空に木霊する。硝子をひっかいたような不快な鳴き声の断末魔が集落へと響き渡る。

 串刺しの同胞を見て、怒りの声を上げるゴブリン達は、一斉にスターゼルへと向かっていく。


「フゥーハッハハハハハハ!! 我輩の力を見たかであーる!」


 その惨状を創りだした男は、高笑いのあとに倒れる。強化音を使ったことによって莫大な魔力を使ったのだ。既に彼の魔力は尽きた。

 それゆえに、脳が魔力の急激な低下によって意識をブラックアウトさせる。


 だが、十分だった。そして、彼にはゴブリン一匹たりとも触れることはできないだろう。


「凄いなぁ、魔法と言うのは。でも、眠ってるし、ここからはわれが頑張らねばな。アルフ殿に褒められるようにしっかりと働くぞ。

 よし、行くぞゴブリン共。命を散らす用意は出来てるか?」


 ゼグルドが背の大剣を抜き放つ。巨大な骨をただ大剣の形にしただけの得物。斬るという概念をどこかに置いていった巨大な鈍器が振るわれる。

 たったの一振りで殺到してきている百匹以上のゴブリンが吹っ飛んだ。まるで子供が遊びに使う玉のように飛んで行くゴブリン。


 その光景はある種、現実味のないように感じられたが、まぎれもない現実だった。凄まじいまでの衝撃波は槍衾の槍をへし折り、ゴブリン共を巻き上げずたずたに引き裂いてしまう。

 それだけでは足りず、振るった大剣に巻き込まれたゴブリンはまさに肉塊と呼べるような状態にまでなっていた。


 これが竜人。これが世界最強と謳われる存在の力だった。

 その咆哮が天を突く。鬨の声(ウォークライ)。相手を威圧させる竜の咆哮が、集落中へ伝播する。


「ギ、ギギィ」


 怯えたようにゴブリンどもが一歩後ずさる。


「さあ、来いゴブリン! 来ないならこっちから行くぞ!」


 炎でスターゼルを囲み、安全を確保して、ゼグルドは疾駆する。

 固まっているゴブリンの一団へと突っ込む。たったそれだけで、ゴブリンは宙を舞う。これが人間を超越した種族の力なのだ。


「ハハ、これが竜人の力かよ」


 それを目の当たりにしたアルフは、乾いた笑みを漏らす。まったく、性能が段違いだ。

 一人、気配を隠し、大回りするように洞穴へと向かうアルフはそうごちる。


 ミリアも相当だったが、ゼグルドはそれ以上だ。エルフや獣人よりも酷い。これが竜種なのだと言われればそれまでなのだが、自分が指導している新人の力を改めて目の当たりにしてその差に唖然とする。

 自分が今までやって来たことなどあの竜人にとってはお遊びのようなものなのだと思わせられた。


 だが、そうやっていつまでも呆けている暇はない。何より、そんなことは今更である。今まで指導した十人。一人でも自分より弱い奴がいただろうか。

 いや、いない。全員、最初こそアルフが教える立場であったが、最後にはアルフなどすっかり抜かしていた。


 だから、そんなことより目の前のことに集中しろ。


「まずは、邪魔なゴブリン共を始末する」


 集落中央で暴れ回るゼグルドにゴブリンはひきつけられており、洞穴の見張りはいなくなっているが、近くにゼグルドから逃げてきたゴブリンがいる。

 逃げてしまえば良いものを何かに怯えているかのようにどっちつかずでうろうろとしている。流石に洞穴に行くには集落に入らなければならず、隠れたまま行くことはできない。


 特に洞穴は多少高台にあるため丸見えなのだ。いくらひきつけられているとは言えども限界がある。何より建物はゴブリンの身長に合わせて建てられているのだ。

 アルフに小さすぎる。隠れるには少し小さい。入ればすぐに見つかるだろう。


 ゆえに、アルフは弓を構え、矢をつがえる。水平に寝かせた弓つがえた矢を一匹のゴブリンに向けた。


「さて、手早く行こうか」


 第一射を放つ。それが当たったかどうかを確認するまでもなく、アルフは次に矢をつがえて射る。それを都合五度繰り返した。

 五つの死体が出来上がり、ひっそりと道が出来上がる。


「よしよし、流石俺だ、良い仕事した」


 そうこれから先に待ち受けているものを想像して生まれた緊張を紛らわせるように呟いて、アルフは腰を低く、全速力で出来上がった道を駆け抜けた。

 洞穴の前で一度、ゼグルドたちを振り返り、アルフは中へと身体を滑り込ませる。洞穴はゴブリンの住処にあるにしては広い。


 だが、剣を振るには狭い。弓を構えるにしてもこうも閉所ではあまり役に立ちそうもなかった。武器を腰の短剣と剣の中間の長さを持つ小剣に変えて、アルフは警戒しながら先へと進む。


 光苔が照らす洞穴の中をアルフは進む。一本道。地面に耳を当てて気配を探るが、少なくも近くにゴブリンはいないことだけがわかった。

 奥へ、奥へと進む。時折、地面に耳を当てて足音を探りながら歩いていると部屋があった。中を覗く。人工的に掘り進めてのであろう場所で道が分かれている。


 戦うにも十分な広さがある。待ち伏せがあるならばここだろう。アルフは剣を眼前に、左手は投擲剣(スローイングナイフ)に手をやりながら警戒しながら中へ入って行く。

 部屋の壁伝いに入ると、一方の道が岩でふさがれていることに気が付いた。微かに引きずられた跡がある。近づき、岩を叩きながら声を出す。


「おい! 誰かいるか!」

「――、――!」


 くぐもった声と岩を叩く音が聞こえる。


「よし、今、ここをあけ――!」


 その瞬間、アルフは反射的に飛び退いた。アルフに一瞬前までいた場所にこん棒が落ちる。凄まじいまでの剛腕によって地面は粉砕され破片が弾丸のようにアルフへと向かう。

 それを転がって避け、アルフは立ち上がり相手を見た。ゴブリンでありながらそれはゴブリンではなかった。


 どす黒い皮膚はそのままに、されど矮躯のはずの体躯は、アルフよりも少し小さい程度に。骨と皮しかないがりがりの体型は、ゴブリンとは反対に筋骨隆々に整っている。

 ゴブリンとわかる特徴は皮膚とギラリと輝く眼孔に加えて、鋭い犬歯でようやく。


「これを躱すか。どうやら、眠っている間も人は変わらないらしい」

「喋った、だと?」


 しかも、口を開き、人語を介し会話するだけの知能を持つゴブリン。はっきり言って、異常を越えている。


「何を驚く定命の者。ゴブリンが喋ったことがそんなにも驚きか?」

「ああ、驚きだね。こちとら二十年も冒険者やってるが、喋る魔物なんてものにはとんとであったことがないんでね」

「ならばそれは上々。良い体験をしたと思っておけばよい。良い手土産にもなろう」


――来る。


 このゴブリンがこの異変の元凶かを考えるのはあとだ。今は、ただゴブリンの一挙手一投足を観察する。逃さないように。


 小剣を掲げたところにゴブリンが一瞬のうちに飛び込で来た。振りかぶられたこん棒が振るわれる。

 それをアルフは寸前で後ろに下がり躱す。見えていたわけではない。ただ明らかに格上の存在が格下を相手にした際、小細工などするわけがないのだ。


 そもそも知能が高かろうがゴブリンだ。魔物に技術なんて必要ない。そんなものがなくとも十分な力を持っているのだ。

 触れれば壊れるもの。それが魔物にとっての人間だ。だからこそ、小細工なしに真正面。ただの遊びのない一撃が来る。


 だからこそアルフはその一撃を間一髪ながら躱すことが出来た。鼻先をこん棒が掠めていく。たったそれだけだが、凄まじい圧に首が持っていかれそうになった。

 それでもアルフは首に力を入れて耐える。鍛え上げ限界を迎えながらもそれでも前に進むために鍛え続けた肉体は、アルフの要求に忠実に応えてくれた。


 額の薄い皮がぱっくりと割れて、血が流れ出すが首は繋がっている。違和感と痛みはあるが、それでもまだ戦える。

 アルフは即座に距離をとると同時に投擲剣を投擲した。狙いは頭、心臓。人体における急所。人型の魔物である限り弱点は人と変わらない。


 ゴブリンはそれをいとも容易く弾くと、即座に距離を詰めて来る。何の小細工もない直線的な突撃。一瞬のうちにアルフの前に現れたゴブリンはこん棒を振るう。

 アルフは振るわれるこん棒を頭を下げて躱す。凄まじい圧が背中を襲うが、アルフの冒険を支えてきた皮鎧は多少裂けたものの身体を傷つけさせることなく防ぎ切った。


 それでもなお振るわれるこん棒をアルフは半ば地面を転がるように躱す。躱しながら投擲剣を投擲するが防がれる。また、防がれずとも魔力によって強化された皮膚はただの投擲剣如きでは刃が立たない。

 ただ剣で斬りつけても無駄だろう。アルフの体重をのせれば斬ることも突き刺さすことも可能だろうが、そんなことをやろうとすれば大きな隙になる。


 アルフに実力ではこのゴブリンを倒すには力が足りない。それがこの攻防でわかった。ならば、別の手段をとる。体重を乗せて攻撃できるようにすれば良い。

 ゆえに、アルフはこん棒を躱しながら、洞穴の外へ続く通路が目の前に来た瞬間に全力で飛び出す。まるで逃げ出すようにゴブリンの目には映っただろう。


「逃げるか!」


 無論、逃げ出そうとすれば当然のようにゴブリンは追って来る。その瞬間、アルフは小剣を地面に突き刺し方向転換、ゴブリンへと向き直る。

 向かって来るゴブリンの眼に向かって、勢いのままにポーチの中から取り出した球を投げつけた。黄色く粘性のあるそれ。


 べちゃり、という音と共に黄色い多少の粘性を持った液体のようなそれが見開かれたゴブリンの眼に付着した。

 その瞬間、


「ギガアアァァ――!?」


 ゴブリンがあまりの痛みに悲鳴を上げる。


「スライムの体液とチリヌ草を混ぜたもんだ、どうだ? 効くだろ。いって、やべっ、こっちまで痛くなってきた」


 悲鳴を上げてそれを拭き取ろうとしているゴブリンはアルフの言葉など聞く余裕がない。聞こえたところで意味はないが。


 チリヌ草は、煎じると凄まじい刺激を触れたものに与えるのだ。眼に当たればご覧の通り。魔物でも眼などの粘膜を鍛えることはできない。

 しかも粘着性のあるスライムの体液に練り込んである為、拭うには非常に時間がかかる。


 こうなってしまえば魔物だろうが、人だろうが正確な攻撃など不可能だ。アルフは、警戒しながら近づいていく。


「ギガアアァァ――!」


 その瞬間、目を襲う痛みに唸りながらもゴブリンはこん棒を振るって来た。それは痛みから来る狂乱の一撃ではない。目が見えていないはずだったが、アルフのいる場所に正確にこん棒を打ち込んでくる。

 同じことをやった魔物は、不正確な攻撃ばかりを繰り出して来たがゴブリンの攻撃はあまりに正確であった。


 警戒はしていたが、アルフはその一撃を避けきれず咄嗟に小剣で受けてしまう。


「――っづ!」


 その一撃は予想通りいや予想以上のものでありアルフの身体は受け止めきれずに吹き飛ばされ壁にぶち当たる。

 身体中から嫌な音がして一瞬、意識が黒に染まりかけたが、それでも歯を食いしばる。意識だけは手放さない。


 ここで倒れては、何のために来たというのだ。


「――がはっ、この!」


 自分を叱咤するように吐き捨てるように悪態をつき血反吐を吐く。

 そこにゴブリンが迫る。まるで見えているかのように正確にこん棒を放ってきた。転がるようにそれを躱す。


「チィ、まだ視えてやがるか。なら、次だ」


 目を潰してなお、正確に攻撃してくる。嗅覚、聴覚、触覚。そして、ゴブリンには似つかわしい戦士として熟練されていうであろう戦闘感覚は、視覚を奪ったところであまり関係はないということか。

 高ランク冒険者ならば珍しくもない話だった。だからこそアルフは冷静に、次の手段を取ることにする。


 ポーチから取り出すのは先ほどとはまた別のもの。視覚を奪ったのならば次は、聴覚、嗅覚を奪うのだ。触覚を奪うことは出ないが、五感のうち三つも奪えば相手はほとんど何もできなくなる。

 取り出したのは、臭いのキツい木の実を煮出したものを詰めているもの。破裂させれば強烈なにおいが出るのだ。


 それを地面に叩き付ける。煙も何も出てはいないが、強烈な臭いが閉鎖空間に充ちていく。外ではあまり使えない手であるが、洞穴の中ならば有効な手だ。


「ぐはっ、くっせえ。ああ、これだから使いたくないんだ」


 ただし、自分もそれを喰らってしまうのが嫌なところである。

 アルフは、うんざりしたようにごちながらもさらにもう一つ取り出す。次は小瓶だ。音蟲と呼ばれる強烈な音を発し続ける蟲をいれた小瓶。


 耳栓をしてそれをゴブリンに投げつける。目の痛みと鼻をへし曲げるような臭いは、感覚が人の数倍は鋭敏な魔物には特に堪えるのだろう。

 ゆえに、それを躱すことができなかった。瓶はゴブリンの身体に当たり割れる。瓶が割れると同時に複数の蟲がゴブリンをはい回り、耳の中へと即座に消えて行った。


「――――!? 聞こえん、なんだこれは!」


 ゴブリンが騒ぎ始める。

 音蟲は魔物の一種であり、強烈な音を吐き出し続けるだけの蟲だ。動物に張り付くと耳まで上って行き、そこで強烈な音を発し続け人を狂い殺すのである。


 どういう意味があってそれをやっているのかわかっていないが、使いようによってはとても強い武器になる。耳栓をしておけば問題ない上に、音を発し始めると寿命が酷く短くなるのだ。

 動物に張り付き耳で音を発し始めると、持ってせいぜい数十分。そのあと音蟲は全て死ぬ。本当、意味が分からない生き物だが、好都合な生き物だ。


「さて、これで眼も耳も鼻も利かねえだろ」


 あとは、倒すだけだ。だが、油断はしない。この状態でも今だアルフを殺すだけの力をゴブリンは有しているのだから。


「ゴアアアアア!!!」


 目も耳も鼻も聞こえないはずのゴブリンはそれでもアルフを狙ってきた。振りかぶったこん棒。五感を三つも潰され、痛みがあるなかで乱れに乱れたその一撃をアルフは今度は避けることなく片手持ちの小剣を両手で持ち、斜に受ける。

 こん棒を綺麗に斜面で滑らせることに成功した。こん棒は地面へと叩き付けられ地面を抉る。それを引き戻される前に、アルフはゴブリンのこん棒を踏みつけた。


 絶好のチャンス。即座に、狙いをつける。


――狙うならばどこだ。


 頭、首、心臓。人体の急所か。そこを狙えば終わるだろう。だが、それだけに相手もそこは警戒している。視覚も聴覚も、嗅覚も封じられた今、触覚に頼る以外にない。それだけに警戒が厳しい。

 こん棒を振り下ろした右腕とは別に左腕が常にそのどれかを防御できるように動いている。戦士としての感覚で動いている。五感を三つも潰したと言えども触覚は残っているのだ。何をされたのか感覚で理解し、それに対応しようとしている。


 だが、前ほどの正確さはない。それでも、狙ったところで防がれるのがオチだろう。相手が反応できないほどの超スピードで斬りつけられれば、できないことはないだろうが、アルフにはそんなこと出来ない。

 できたとして、こん棒を全力で踏みつけているという現状では力が足りない。だから、狙う場所は別の場所だ。


 視覚、聴覚、嗅覚を潰した。だが、それではまだ足りない。まだまだ足りない。万が一があってはならない。

 二十年、冒険者を続けてきた。それなりに生きてきた彼の直感が、ここまでやってなお負ける光景を幻視する。


――ならば、狙うは脚!


「おらあ!!」


 小剣を思い切り相手の踏み出した右足に突き刺す。体重を乗せて膝から入れて、深く深く、柄まで通るように、骨に沿うように体重をかけて突きたてる。

 ゴブリンがたまらずに腕を振るう。脚に剣が突き刺さり、更にそれがそのまま残っているという異常はゴブリンの感覚を更に狂わせ機動力を奪う。


 精細を欠いた一撃。アルフは即座に小剣を手離し前転するようにして躱す。一瞬前までアルフの頭があった位置を剛腕が通り過ぎた。

 剣が突き刺さったことによって苦悶の表情を浮かべるゴブリン。だが、まだまだ戦えるだろう。戦意は未だ萎えていない。


 注意深くゴブリンを睨みながらアルフは腰の剣を抜く。


「人間風情が!」

「おら、どうした。喋るゴブリン様よ。お怒りか? ハッ、所詮はゴブリンか。まあ、聞こえてねえだろがな」


 突っ込んでくる。右足に剣が突き刺さっていながら未だにほとんど一瞬で、確かに開いていたはずの距離を縮めてくる。こん棒を振りかぶりそれをアルフへと振り下ろす。

 片足が使えないというのに、この速さ。やはり魔物は魔物だ。当たればアルフ如き、一撃でお陀仏に出来るだろう一撃。


 それをアルフは、腰を落とし打撃の瞬間、打撃方向へ身体を浮かすようにして受ける。衝撃で身体が浮き、流れるも威力の大半を殺すことに成功した。

 受けるようなことはしない。アルフが受ければ、そのまま身体ごと持っていかれる。むしろ、受けることに力を入れる分、砕かれる。


 地力が違いすぎるのだ。だからこそ、アルフは受けない。全て受け流す。流して、隙をつくり、そこを攻める。

 流れた身体を引き戻し、剣を振り下ろして左足を斬る。


「ギギアギギ!!」


 怒り心頭の様子のゴブリン。血を流しながらもまだ、立つ。動きもまだ鈍らない。

 アルフの眼が捉えている。魔力で肉体を補強し、行動を増強しているのだ。その手の才能がないアルフにとってはうらやましい限りだ。


 だが、逆に魔力の動きを見れば相手が何をするのか予想することが出来る。


「はあ、はあ、ふう」


 アルフは息を整え、深く息を吐いて。注意深く、ゴブリンを睨む。相手の行動が透けて見えるまで観察する。

 足に魔力が集まっている。突っ込んでくる。同じことの繰り返しだが、当たれば終わることを考えれば妥当な選択だ。


「GAAAAAA――!!」

「甘い」


 だが、アルフはゴブリンの一撃を躱す。当たらずとも凄まじいまでの衝撃と圧に全身が切り刻まれそうであるが、鎧と服のおかげで傷は浅いためにそのまま左足を切る。

 まだ、足りない。ゴブリンの脚から流れる血が致死量になるには程遠い。未だ、死ぬ光景を幻視する。ゴブリンがこん棒を振り上げる。


 アルフは、剣を腰溜めから振り上げる。相手よりも速く。あまりのも遅い自分の身体に悪態を付きながら、自分にできる限りの最高速度で振る上げる。

 なんとかアルフの剣はこん棒の根本を打ち付けることが出来た。ゴブリン腕が上へと僅かながらに打ちあがる。


 その隙にすかさず左足を切りつけてついでとばかりに突き刺した小剣を蹴りつけて距離をとる。

 ぐちゅりという音を立てて右足の内部で動き足をずたずたにする。呻きをあげるゴブリン。だが、まだ、倒れない。


「ここまでコケにされたのは、久しぶりだぞ、人間――!!!」


 そうゴブリンが言った瞬間、


「――!」


 再び、ゴブリンの姿が消えうせる。だが、既に以前ほどの速度はない。辛うじて、動きをアルフでも見て取れた。目の前に現れたゴブリン。

 眼前に迫る拳を体さばきによって頭を逸らすことで躱す。明らかに以前ほど動きにキレもなければ力も弱くなってきている。


 ただ、それでもヒュオンと風切り音が耳に届くのと同時に頬から耳までが斬れ血が流れ出す。ゴブリンはさらに追撃を放とうとする。


――打たせない。


 拳を避けるのと同時に、逸らした方向へと身体をまわす。円運動と同時に突っ込んできたゴブリンへと剣を薙ぎ、振り切る。


 円運動とゴブリンの突撃の勢いが合わさり剣はゴブリンの肉へと入って行く。剣が肉を断つ感触をアルフは感じる。

 だが、浅い。ゴブリンを斬り裂くにはまだ、足りない。剣が止まる。肉を裂いていた剣が止まる。いや、止められる。止められた。


 傷を負ってなお、ゴブリンは剣を己の筋肉で挟み込み拳を放つ。アルフは即座に剣を手離し、後退しつつ投擲剣を投げる。拳を放った直後のゴブリンへと投擲剣は当たり、突き刺さる。

 残りの左脚へと三本の投擲剣が全て突き刺さる。ゴブリンが弱ってきている証拠だった。しかし、それでもまだ浅いだろう。


 それでもゴブリンは膝をつく。信じられないといった表情。


「即効性の猛毒だ。まあ、麻痺しか起こさないんだが、強力だろ。その分高いんだが」


 報酬で賄えるかなあ、とか愚痴りながらも、


「あとは、こいつで終わりだ」


 弓を出す。曲がっていないか心配であったが杞憂だったようだ。流石は、エルフ製の美しい小弓(ショート・ボウ)

 もう八年も前に指導した新人でありながら、アルフの二人目の弓の師匠でもある女から教えることはないと渡された弓だった。折れていない矢をつがえて射る。


 頭ではなく、関節に一本ずつ。肩、肘、手首。可動域を確実に潰す。それも一瞬のうちに。完全に動けなくなったところで、不意にゴブリンが、


「申し訳、ありません、王よ、我ら■■に栄光、あれ……」


 そう言った。考える前に、頭を射る。心臓を射る。

 どすん、と音を立ててゴブリンが倒れ伏す。矢をつがえたまま近づき、ゴブリンを蹴る。動かない。矢を射る。動かない。


「…………」


 最後まで気を抜かず、アルフは剣をゴブリンから抜き首を落とす。

 そこで初めて、息を吐いて座り込む。


「はあ、いてて、流石にしんどいぞ」


 気を抜けば頬や額、全身のあちこちから身体が痛みを訴えてくる。受けた攻撃は少ないというのに、ぼろぼろだった。

 こん棒は躱したが圧によって服は一々いろんなところが破けている。皮の胸鎧の方は特に問題はないが、少しばかり繕わねばならないだろう。剣の方もなんとか折れてはいない。


「はあ、服はまた、縫わないとな」


 はあ、と重苦しい息を吐きながら立ち上がる。外の方も静かになってきた。どうやら全滅させたようだ。


「アルフ殿ー!」


 ゼグルドが手を振りながら、スターゼルを引きずりながらやって来た。


「おう、そっちも無事のようだな」

「うむ、ゴブリン相手だ。問題はない。そちらは、たいへんであったようだな」

「ああ、ゴブリンらしくないゴブリン、を相手にした。なんか王とか、言ってたな。まあ、とにかくそっちの塞がれた部屋に捕まっている人たちがいる。開けてくれないか?」

「うむ、承知した」


 引きずっていたスターゼルをおろしてゼグルドが通路を塞いでいた岩を退ける。アルフが立ち上がって中へと入る。

 ゼグルドをいれてしまえば混乱になって何が起きるかわからないからだ。ついでにゼグルドには顔を隠すように言っておいて、中にいる数人の人たちに声をかける。


「冒険者です。助けに来ました!」


 冒険者という言葉に憔悴しきっていた人々が反応する。僅かな毛布を被せながら、彼らを外に誘導していると、一人の少女が近づいてくる。


「気が付いてくれたのでございますね」


 そういうのは比較的元気そうな少女だった。綺麗な言葉を話す。彼女がスターゼルの従者なのだろう。何より首にかかっている冒険者証がその証拠だった。


「スターゼル・シュバーミットの従者か?」

「はい、私の魔力塊に気が付いてくれたのですね」

「まあ、それと短剣、あんたが落としていった物があったおかげだ。一応、あんたの主人も来ている」

「左様でございますか」

「ほれ、あそこでのびてるやつだ」


 そう言って洞穴の隅の方で転がっているスターゼルを指し示す。


「はい、ありがとうございます」


 そう言って、彼女――エーファはスターゼルへと近づいていき。その腹へと、


「何を寝てらっしゃいますかこの旦那様!!」


 蹴りをかました。


「――え?」


 唖然とした表情でそれを見るアルフ。当然だろう。まさか従者が主人にそんなことをするなど予想出来るはずもない。

 というか、解放された初めてやることがそれなのだ。驚愕するのも当然だった。


「ぐぼああああ!?」


 ありえない声を出して目を覚ますスターゼル。エーファを認識すると、


「お、おお! エーファ無事で、ふごあ」


 無事を喜ぼうとした彼をエーファが殴り飛ばす。


「何をしてらっしゃいますか、旦那様は! 手伝いもせずぐーたら寝ているとは、貴族としてはずかしくないのでございますか!」

「いや、しかし。ほら、我輩、魔力切れで」

「だまらっしゃいでございます! それでもなんとかするのが男でございます!」

「いや、無茶言う――」

「知らないでございます!」


 何やら、良くわからない言い合いが始まった。


「…………これは、どうすればいいのだ?」

「とりあえず放っておこう。俺は、領主様に報告して人を呼んで来てもらうから、ゼグルドはここで皆を見ておいてくれ」

「うむ、承知した」


 とりあえず言い合っている二人がなんだか、楽しそうというか、安心した風なのだ。従者の少女も怖かったとのだろう。主人に会って安心したが素直でない為にこんなことになってしまっているようだった。

 まあ、仲は良いようで安心である。


 とりあえず、アルフは領主であるシャレンに報告しに行くことにした。洞穴を出るといつの間にか空が白み始めていた。いつの間にか夜が明けていたらしい。

 朝日に目を細めながら、アルフはぼろぼろの身体に鞭うって森の中を走り、山を下りて領主の館まで報告に走った。


 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇


 その後、シャレンによってゴブリンに攫われていた人々は無事故郷に戻された。だが、頭を切り開かれたり、殺されたりした者たちもいた。

 結局、アルフたちには、ゴブリンが何のために彼らを攫っていたのかわからなかった。だが、いずれわかるだろう。


 ゴブリンが集落をつくることも今回が初であり、リーゼンベルクから学者を招き調査をすることになったのだ。

 それに加えて、アルフが倒したゴブリンは特殊な個体ということもあって、大学に持ち帰り研究するとのこと。アルフはゴブリン討伐の報酬が出なかったと嘆いていたが仕方がないだろう。


 謎を謎のままにしておくことを人間という種は嫌う。だからこそ、魔法学という分野もあるのだ。全てはいずれわかるだろう。

 そう信じて研究がつづけられている。いつか、全ての事象を人が説明できるようにするために。


――そういずれ。


 ゴブリンの異常な行動の意味。それが分かるのは、もう少し後の事。今は、誰もわからない。アルフが聞いた王と言う言葉の意味も。聞き取れなかった言葉の意味も。

 今は何もわからない。だが、わかる日は来る。いずれ。


 全ては運命が交差する日まで。

 ある二人の運命が交わる日まで。


 今は、ただ忘却の彼方へ。いつか思い出す日まで。

集落襲撃とアルフの戦いでした。

アルフですが彼の得意分野は対人戦です。あるいは人型の魔物です。

人型の魔物は獣型と違って若干ながら身体能力が弱く、その代わりに知能があります。

原始的な知能ですが、フェイントや挑発、わざと隙をつくってそこに攻撃させるなどの手が有効なので獣型よりもアルフは戦えるわけです。


最後に感想や評価、レビュー、解説のリクエストなどお待ちしてます。

では、また次回。


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