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とある中堅冒険者の生活  作者: テイク
第一章 とある従者と貴族と中堅冒険者
13/54

第3話 消えた従者

腹斬太郎様よりもう少しゼグルドを若く書けばという意見を受けたのでゼグルドの口調を若く修正しました

 ぴとん。ぴとん。ぴとん。

 それは、雫が落ちる音。反響して聞こえるそれは、自分が何やら狭い場所、どこか閉じた場所にいることを教えてくれる。


「う、ううぅん」


 呻きながら目を開く。変わらない景色がそこに広がった。暗闇だ。しかし、壁の上にある窓のような小さな穴からわずかに入ってきている光が既に夜でなく、朝であることを教えてくれる。肌を突き刺す寒さも同じく。

 照らし出される光景は酷い有様だ。洞窟をくりぬいて作られた空間に石の蓋がしてある。ただの人にはどうやっても開けることが出来ない。ここは牢獄だった。


 壁際に座り込んでいるのは同じように襲われて攫われた人。ただし、何人かいなくなっている。石戸の向こうから聞こえる硝子をこするような異音の鳴き声。それと、女の悲鳴。水の流れる音は、相変わらず、外から。

 自分が囚われていることを思い出すのに、そう時間はかからない。むしろ、未だに自分が無事な事にエーファは安堵する。


 時間はどのくらい経ったのだろうか。入ってきている光の加減からして、少なくとも夜は明けているだろうと言えるくらいの時間。

 自分の残り時間がどれくらいなのかなんてわからないが、なんとかしてこの状況を誰かに知らせなければならない。


「でも、どうやるのが良いのでございましょう」


 一周回って冷静になったエーファが考える。ゴブリンに気が付かれずにこの状況を誰かに知らせる方法を。

 それも力があり、この状況を打開できる人を。


 はっきり言って難しいどころの話ではない。砂漠の中に落とした小麦の粒を見つけるような話だ。だが、やるのだ。そうでなければ、待っているのは望まぬ死である。

 ゴブリンのくせに狡猾なことで、道具のほとんどは没収されてしまっているがそれでもできることはある。


 エーファは地面に耳を付ける。目を閉じて集中。聞こえるのは足音と、水の流れる音。足音はこの際、除外する。いくら気にしたところで、意味はない。

 壁を叩く。光が入って来てる側の壁を。空洞音はしない。耳を当ててみると微かに鳥のさえずりのようなものが聞こえる。水音もそうだ。


 向こう側は外なのだろう。掘り進めば逃げることが出来るかもしれないが、掘り進める道具がない。憔悴した女しかいないのだ。どの道、掘れるとは思えない。

 それに、掘り進めれば外と繋がるが、おそらく外は崖である。


 今、自分がどこにいるのか見当もつかないが、捕まった場所を考えればそれほどパムルクの村から離れているとは思えない。

 パムルク周辺で川と言ったら、パムルクにも流れている親スミルセル川だ。山から流れる川で、上流は谷川になっていたとエーファは記憶している。


 つまり、自分たちは断崖に近い場所に囚われているということ。穴をあけられたとして、そこから飛び降りるのは自殺行為だ。


「ですが、助けを呼ぶには好都合で御座います」


 もし親スミルセル川であるのならば、その流れはパムルクに通じている。そこに何かを流せばもしかしたらパムルクまで届くかもしれない。

 だが、何を流す。流すものなど何もない。ゴブリンのくせに狡猾な事で服すら脱がされているのだ。意味がわからない。


 流すものはないのだ。髪を流したところでたかが知れているだろう。

 だが、ものではないが流せるものはある。


「旦那様のお遊びにも付き合ってみるものでございますね」


 集中。集中。集中。

 極限まで右手の平に意識を集中させる。身体の中心から、掌に向かって何かを流して出すように。それを丸めて形を成すように。


 エーファの眼でしか見えないものがそこに生じる。球形の力の塊。透明で、何かの流れでつくりだされたかのようなそれ。

 それは魔力塊。かつて、主から教えられた遊び道具の作り方。魔法言語を覚えていなくても素養さえあれば使えるちょっとした魔法もどき。


「つっ、はあ、はあ」


 一つ作るだけでも消耗が激しい。だが、一つ作れた。


 それは柔らかく、されど堅い。まずは伸ばして窓からそれを外に出す。小さな穴に合わせて魔力塊は姿を変えて外に出た瞬間、球形になり落ちていく。

 どぽん、というかすかな音。水に落ちた音がした。


「あとは、祈る、だけ、でございますね。旦那様、誰でもいいです。どうか、気が付いて下さい」


 魔力塊を見ることが出来る者は限られる。魔物を狩り、大量の魔力を吸収するであろう冒険者、治療魔法などが使える教会の神父やシスター、そして、魔法使いである貴族。

 パムルクでそれに気が付くことが出来るには貴族とギルドで聞いた新人指導をしてくれるという冒険者くらいだろう。分の悪すぎる賭けだが、これ以外にやれることはない。


 魔力塊は物理的に存在しているが、岩を砕くほどではない。できることと言えば、水車の動きを止めるくらいだ。よくそれで旦那様と悪戯をしたものである。

 もし誰かが見つけてくれさえすれば、違和感に気が付く。魔力塊は、自然界では出来ない人為的なもの。そんなものが川から流れてくれば上流で何かが起きていることに気が付いてくれるはずだ。


 ただし、それがゴブリンによる誘拐だと気が付くとは限らない。ゴブリンは人を襲いはするが攫うことはない。攫っても意味がないからだ。

 こうやって攫われていても信じられないくらいなのだから。それに、あの謎のゴブリン。普通ではないゴブリン。


 とにかく祈る。エーファにできるのはそれくらいであったから。


 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇


『従者が戻らない?』

「ああ」

『もうついていなければおかしい時間よ?』


 酒場に戻ったアルフは、ゼグルドがまだ戻ってきていなかったので、店主にスターゼルの従者が戻ってきているのかを聞いたのだ。

 だが、店主はまだ戻ってきていないと答えた。エリナの話によれば戻ってきていても良いと聞いていたため、明らかに遅れてるとは思った。


 ただ単純に遅れているだけならば良いのだが、アルフはそこで嫌な予感を感じた。

 この手のアルフの予感はよく当たる。すぐにエリナに連絡を取ってみると案の定だったのだ。


『そっちに戻るために彼女は即座に帰ったわ。徒歩でも数日の距離だし、リーゼンベルク近郊の村よ? 魔物は少ないわ。

 彼女の足を考えるとどんなに遅くても今日の昼下がりには着いていなければおかしいはずよ』

「だよな」


 つまり何かあったということなのだろう。そこでさらに嫌な報告が入る。


「アルフ殿!」

「どうしたゼグルド、何かあったのか?」

「うん、こんなものを見つけてな」


 それは短剣だった。それもただの短剣ではない。シュバーミット家の家紋入りの短剣だ。従者に贈られるものであると、以前見せられたことがある。


「ゴブリンが持っていたんだ」

「ゴブリン。つまり、従者はゴブリンに襲われたか。死体はあったか? 痕跡は?」

「そういうのはなかった。ただ、森の中に山に向けて何かを引きずったかのような跡と、こんなものが点々と落ちていたぞ」


 それは、自作の煙玉やら、くり爆弾のようなものだった。それから冒険者証。そこにはスターゼルと刻まれている。


「従者のものみたいだな。引きずられた跡があったってことは、ゴブリンが遺体を持って行ったのか。血の跡はあったか?」

「いいや、そんな匂いはしなかった」

「血が出てないなら死んではなさそうだな。だが、そうなると攫われたことになる。ゴブリンが人を攫う? ありえるのか、そんなことが」


 ゴブリンは人を襲っても攫いはしない。人間など骨と皮と筋が多く食えたものではないのだ。

 まあ、飢えていればその限りではないが、いたずらする余裕のあるゴブリンが飢えているとは思えない。


 ゆえに、死体を持ち帰る意味はなく、仮に生きていたとしてそれを持ち帰るなどゴブリンの習性からは考えられなかった。


「ともかく、何かやばいことになってるみたいだな。――エリナ」

『なにかしら?』

「ゴブリンが人を攫うことはあるのか?」

『……ないわね。何の話をしているのかしらないけれど、それはありえないわ。そういった事例は図書館にもないはずよ。

 ただ、最近、その付近で人がいなくなる事件が多発しているらしいわ』

「行方不明か。わかった。またあとで連絡する」

『ええ、なんにせよ、気をつけなさい」

「わかってるよ」


 アルフは魔法具を仕舞う。


「情報を整理しよう」

「応」

「まず、もうついていなければおかしい従者が着いていない。代わりにゴブリンが従者の短剣を持っていた」

「ゴブリンどもがいた森の中には何かが引きずられた跡のようなものがあった。道具や冒険者証が落ちていた。血の跡や匂いはなかった」

「そこから考えられることは、信じられんが従者はゴブリンに攫われたってことだろう」


 状況からしてそうとしか考えられない。

 ひとまずは、攫われたと仮定してどこに攫われたかだ。十中八九ゴブリンの巣なのだろうが。それがどこにあるかだ。


「引きずられたような跡は、森から山に続いていたんだよな?」

「そう」

「どっちの方だ?」

「あちらだな」


 ゼグルドが大まかな方向を指さす。それは水車小屋の方。つまり、山であり、川の方向。


「魔物の巣は水場の近くが多いな、その辺か。上流といえば、魔力塊が流れてきた」

「もしや、件の従者が?」

「可能性の話だな。確固たる証拠がない。従者がそういうことができるってのがわかればいいんだが」

「ならば、主に聞いてみれば良いのでは?」

「そうだな。聞いてみるか」


 そういうわけで二人は今日も今日とて、酒場のカウンターの隅で酒におぼれているスターゼルのもとへと彼らは向かった。

 まずは、無造作に彼の前に従者の短剣を放る。


「ん?」


 酒に酔い、叫ぶばかりであったスターゼルはそれを見ると、


「エーファの短剣ではないか」


 そうつぶやき、それが飛んできた方を見る。


「何やつであるか?」


 尊大な宮廷言葉。いかにもな貴族を彷彿とさせるが、時代錯誤なカイゼル髭がどこか間抜けで笑いを誘う。

 しかし、似合っていないわけではなく昔宮廷言葉であるため、むしろ似合いすぎているのだがなぜか笑えてくるのだ。


「冒険者だ。その短剣はあんたの従者のもので間違いないんだな?」

「如何にも。これは、我輩がエーファに下賜した短剣である。それをなぜ、貴公らのような者が持っておる。まさか、貴公ら、エーファに何かしたであるか!」

「違う。とりあえず、落ち着いて聞いてくれ。この短剣はゴブリンが持っていた。

 そして、俺の連れが言うには、山の方に引きずられた跡があったらしい。そこに落ちていたのがこれらだ」

「これは、エーファが作ったものではないか。それに、なぜ我輩の冒険者証? エーファめ余計なことをしおって」

「それから、あんたの従者は魔力塊を作れるのか?」

「――?、我輩の従者であるからなそれくらいならできたはずであるぞ」


 確定だろう。


「何かエーファにあったのであるか? ……いや、あったのだろうな。そうでなければ、肌身は出さず持っていた短剣を他人が持ってくるはずがない。

 さあ、言うが良い冒険者よ。エーファに何があった。言え! 言うのだ! これはシュバーミットの命令であるぞ!!」


 アルフが確信を持ったところにスターゼルが詰め寄る。

 確信を伝えるかどうか悩むところだった。はぐらかしても言いが、そういうのはアルフの好むところではない。


 何より、自らの大切な人が窮地に陥っていることを知らないことから生じる悲しみや不安をアルフは知っている。そして、何もしなかったことによる結末も。

 それに、詰め寄ってくるスターゼルのあまりの剣幕に負けたというのもある。あと若干暑苦しかったのもある。アルフは端的に真実だけを述べた。


「……おそらく、あんたの従者はゴブリンに攫われているかもしれない」

「な、――!」


 スターゼルの口をアルフが塞ぐ。


「騒ぐな」

「ええい、離せ! その言葉。真であろうな。よもや世迷い事で我が従者がゴブリンなどという低俗なものに捕まったと申したのであれば、万死に値するぞ!」

「確証はないが、状況証拠だけで言えば濃厚だ。聞いてなかったようだから、もう一度言うぞ。

 その短剣はゴブリンが持っていた。森の中には血の跡はなく、何かを引きずった跡があり、あんたの冒険者証が落ちていた。


 ゴブリンがなんで人を攫ったのかはわからないが、間違いはないはずだ。盗賊とかに使役されるゴブリンなんて聞いたことがないからな。

 おそらく、川の上流に巣があるんだろう。川から魔力塊が流れてきた」

「なん……だと……。エーファが、我輩の、小うるさいが我輩の従者が、ゴブリンに攫われた……?

 ……こうしては居れん! 我輩のものに手を出したらどうなるかゴブリンどもに教えてやるのだ!」


 一人でも飛び出していきそうなスターゼルをアルフは止める。


「良いから落ち着け。あんたが行ったところでなんになる。魔法は使えるだろうが、あんた一人じゃゴブリンにやられるのがオチだ。

 ここは専門家(俺ら)に任せて、村で待っていろ」

「それは、出来ん。我輩はスターゼル・シュバーミット男爵であるぞ。従者を守るのは我輩の義務である」

「…………」


 この手の手合いは基本的に人の話を聞かない。このまま突っぱねるのは簡単であるが、そうすると一人で勝手に行動して面倒なことになることをアルフは経験から知っている。

 それならは考え方を変えれば良い。仮にも貴族だった男。平民と違って戦う術は身についているだろう。何より、魔法と言う強大な力は荒事に際して貴重な切り札になる。


「……あんたはもう貴族じゃないだろう。一般人を連れて行くことは出来ん」


 ならば、手綱を握れるように仕向ける。どうせ止めても無駄ならば止めないで、ちゃんと動かせれるように言質を取る。


「うるさいのである! 今は、たまたま領地を失い貴族の位を失くしているだけである。我輩に流れる高貴なる血は今も変わっておらぬ!

 それに、見よ! 我輩の冒険者証である。一般人ではない!」

「……そこまで言うのなら良いだろう。だが、俺の指示に従ってもらうぞ」

「何でもよいわ! 行くぞ。すぐ行くぞ! 今すぐだ! 案内せい!」


 予定通り手綱を握ることは出来た。これで、ある程度はマシだろう。言質もとった。それを破ろうものならば貴族の誇りとか名誉に搦めて脅せばいい。


「なら魔法援護を任せよう」

「ふふん、任せておくがよい。シュバーミット一子相伝の土魔法を見せてやろうぞ!」

「しかし、三人で行くのか?」


 話がまとまったところで、ゼグルドが聞く。


「ああ、そうなるだろうな。あまり、夜に動きたくはないが、さらわれている人がいることを考えると、今から行くしかないだろう。今からなら闇にまぎれて奇襲できるはずだ」

「わかった」

「それと、一応領主様には伝えておくとしよう」


 アルフは酒場に来ていたシャレンに事情を説明して一応、備えるように言うと、スターゼルとゼグルドを伴って村はずれの川縁までやってきた。


「さて、全員で山に入る前に俺がまず斥候として上流の方の様子を見てくる」

「一人で大丈夫かアルフ殿?」

「問題ない。かくれんぼは得意だ。少し待っていてくれ。あとスターゼルが余計なことをしないように見張っていてくれよ」

「了解した」


 アルフは姿勢を低くして山へと分け入る。雫草を取りに来た時と同じ道を通り、奥へ奥へと進む。それにつれて、ゴブリンの足跡を発見することができた。

 ゴブリンのくせに巧妙に隠そうとしているのが見て取れたが、所詮はゴブリン、ところどころ杜撰だ。二十年も冒険者をやっているアルフにとっては隠してないも同然だった。


 周囲を警戒しながら足跡を辿る。ここでアルフは明らかな違和感に気が付いていた。足跡が多いのである。

 ゴブリンの群れはふつう数十匹。巣の外にでるのは十数匹だけ。だが、足跡から推測されるゴブリンの数は数十匹、あるいは百だ。


 あまりにも数が多いために正確にはわからないものの、おおむね数の違いはないだろう。

 外に出ているのがそれくらいだとすると、それと同程度、あるいはそれ以上のゴブリンが巣にはいるはずだ。


 つまり、数百匹規模の群れということ。ゴブリンは群れるものの、そこまで大きな群れにはならない。

 知能があり人型であるものの森の中では狼や野犬の方がはるかに強いし、何より畑作などの農業をしらないゴブリンが百以上の仲間を養うほどの生活力があるわけないのだ。


「何が起きてやがる」


 こんなことは二十年の冒険者生活の中でも初めてであった。なので、何が起きているのかまったくと言ってよいほどわからない。

 だが、アルフの冒険者として二十年も生き抜いてきた経験から来る勘が告げている。これは何か良くないことが起きているのだと。


 より慎重にアルフは足跡を辿っていく。すると、川の支流が本流に合流するかのように大量の足跡が一つになり、巧妙に隠された大きな獣道が現れる。

 いや、もはや獣道というよりも思い浮かぶのは整備された街道だ。木は伐り倒され、左右の幅が等間隔の道が出来上がりその道もしっかりと踏みなおされており通りやすくなっていた。


 その先に続いているものを見た時、アルフは言葉を失くす。


「こいつは……」


 そこに広がっていたのは、小さな集落とも呼べるものだった。木を切り倒し、組み上げて作り上げられた家と呼べるような建物が立ち並び、土を踏み固めた道路が敷かれている。中央で篝火が煌々と燃え盛って周囲を照らしていた。

 暮らしているのは黒ずんだ緑の皮膚を持ち、ガラスをひっかいたような鳴き声を上げる魔物――ゴブリン。畑をつくり、暮らしている。まさにここは、ゴブリンの集落だった。


 ありえない。まず、アルフは目の前の光景が信じられなかった。ゴブリンは知能のある魔物だ。人型である程度、そう原始的な人類種と同程度の社会性を持っている。

 だが、文化は持っていない。家を建てるという概念など持っていない。見つけた洞穴の中をある程度居心地良くする程度の知能しか持っていない。


 そして、それは自然界の動物ならば普通に持っているものだ。鳥は木の葉や木の枝などを使って巣をつくる。それと変わらない。

 断じて人間のように建物を建てて、道路を整備をし、畑のようなものをつくって農業をすることなどないのだ。


 だが、目の前の光景はそんな既存の常識を容易に破壊する。未だ信じられないが、現実である以上夢ではない。

 どうやら本格的におかしいことになっているらしい。


「何が、起きているんだ。いや、今は攫われた従者だ」


 深みにはまりかけた思考を引き戻す。謎の解明は冒険者の仕事ではない。それは学者の仕事だ。アルフの仕事は、偵察。

 どこに捕まっているのか。敵はどのくらいであるのか。それを見極めゼグルドたちに伝えなければならない。


「捕まっているとしたら、どこかの建物か? いや、それなら川に魔力塊が流せたことに説明がつかない。

 なら、どこか川辺。この辺りは谷川になっているから、その近くだろうな」


 しかし、観察してみても谷川の近くに建物はない。代わりに少しばかり高台に崖がありそこには洞穴がある。見張りのゴブリンが二体立っていることを考えると、あの中が妥当そうに思えた。


「ゴブリンの数は、だいたい二百。いや、三百くらいか」


 これを三人で攻略しろという。不可能に思えるが、最強種族たる竜人がいることを考えればそれほど気にする数でもない。

 竜人はまさに一騎当千なのだ。それに魔法もある。勝てないこともない。


「問題は、どこに捕まっているかだが。分かると良いんだが……うん?」


 と、集落の外から何かが運ばれてきた。それは人だった。遠目ではあるものの生きていることがわかる。矮躯なゴブリンであるため抱えられているが半ば引きずられていた。

 そのまま洞穴へと連れて行かれる。しばらくしてから出てきたのは抱えていたゴブリンたちだけであった。


「どうやら正解らしいな。敵の数と攫われた人がどこに集められているかがわかった。あとは、助け出すだけだ」


 そっと、闇にまぎれるように森の中へとアルフは引き返す。痕跡を入念に消しながら、それでいて全速力でアルフは山を下りる。


「おお、アルフ殿どうだった?」

「早う教えるである」


 山を下りてきたアルフはそこで見たことを二人に伝える。


「見つけた。しかも信じられないことにゴブリンが集落を築いてやがった」

「なんと!」

「ともかく、行くぞ。ついてきてくれ」

「わかった」

「うむ、良きに計らい給えよ」


 アルフは二人を伴い、ゴブリンの集落となっていた場所に向かう。途中で道が悪いだの、疲れただのスターゼルが文句を言ったがその全ては無視して歩き続けた。

 ゴブリンたちが通ったであろう道を避け、大回りするようにゴブリンの集落へと辿り着く。その光景を見た二人は開いた口がふさがらないようだった。


「凄いな、信じられん」

「我輩もである」

「洞穴は見えるか?」


 見つからないように指さす。篝火に照らされた洞穴が見える。頷く二人。


「あそこに人が運ばれていった。おそらく従者もあそこのはずだ」

「しかし、これだけのゴブリンだ。どうするのだアルフ殿?」

「突撃あるのみである! 貴族として卑怯なことはできぬのである!」


 スターゼルの案は却下の上でスルーである。


「奇襲をかける。まだばれてないからな。ゼグルドの炎か、スターゼルの魔法で潰す。お前たちが敵を惹きつけている間に俺が洞穴に入って助け出してくる」

「様を付けるである!」

「はいはい、スターゼル様は特大の魔法を撃ちこんでくださいませ」

「ふふふん、任せるである」


 そう言って彼は手の杖を掲げる。簡易状ではない身の丈ほどになる本格的な戦闘用の杖だ。

 一対の翼を合わせて円形のような形状となっている杖先に細長い八面体の形をした土色の魔石を核とした球形の機関部が取り付けられた、かつては宝石でもはまっていたであろうあとがいくつもある長い銀製の握りの杖をスターゼルは掲げて見せた。


 篝火に照らされ宝石がなくとも銀細工の装飾が煌びやかに輝くそれは、これから泥臭い戦いが始まる場にあって酷く場違いに思える。

 だが、それでもこの場においてこれほど頼りに見えるものもない。魔法の杖とは戦場において、ありとあらゆる敵を屠る。


 かつてアルフはたった一人の魔法使いが敵軍を壊滅させたのを見たことがある。煌びやかであろうとも、場違いであろうとも。

 魔法は戦場において、一兵卒からは神の一撃と形容される。杖とは神の道具だ。それを手繰る魔法使いはさながら神様だ。自然の猛威を敵に与える行ける神の如き業。


 それが目の前で行使されようとしていた。


ArD(アルド) eclept(エクレプト) xt(エクスト) xt(エクスト) vqcs(ヴァグクス) oxduge(オクドゥジ) xt(エクスト) xt(エクスト) excll(エクシル) svnant(スヴナント) xt(エクスト) xt(エクスト) ml(ミル)_xedra(クエドラ) rospt(ロスプト) lnzランゼ svegvld(スヴェジヴァルド) xt(エクスト) xt(エクスト) izn(イズン)_rqa(ラクア) ramSlX(ラムスレクス)


 開始音から始まり、属性を指定、魔法の現象を指定、効果範囲を指定、魔法の形状を指定、魔法の規模を指定、最後に終了音。

 そこに強化音をのせる。それもいくつも。


 励起された魔力が発声された魔法言語を彼の周りへ浮かび上がらせ、掲げた杖先へと複雑な紋様として幾重にも円状に規則正しく配列された呪文(スペル)となる。

 呪文を束ねた巨大な魔法陣が杖先へと現出する。


「喰らうが良い、低俗なゴブリンどもめ。

 偉大なる大地の精霊よ、シュバーミットの名において命ず。

 槍となりて、我が敵を刺し穿て――アースランス!!!」


 呪文の最終節、魔法の名を結び杖を振り下ろす。

 その瞬間、莫大な魔力が吹き荒れた。


第三話消えた従者どうでしたでしょうか。

次回はアルフの戦いを予定。人型の魔物との戦い。さて、アルフはどう戦うのか。こうご期待。


第六回世界観解説!

感想であとがきに書いてはどうかと言われたので、試験的にあとがきに書いてみようと思います。

解説事項は身分について。遅まきながら身分の解説でもしたいと思います。


 まず、このリーゼンベルク王国では、身分は大まかに、貴族身分・聖職者身分・市民身分・農民身分・奴隷身分に分けられます。

 商人や職人なんかは、地方によっては市民身分よりも上になることがありますが、基本的には市民身分野かなに含まれると考えていて良いです。


奴隷身分。

 戦うための戦奴隷、性処理用の性奴隷、労働用の労働奴隷などに分かれた人ではない物。

 しかし、多くの創作物にあるように粗末に扱うことはあまりありません。魔法によって枷を嵌められているため主人の命令には絶対に逆らうことが出来ないようになってますので、鞭を打つ必要がないためです。


 大枚を叩いて買った貴重な労働力であるため、なるべくは長持ちさせようとします。なので、粗末に扱うことは基本的にありません。

 奴隷の値段基本的な相場は大体が下記の通りです。

 外国の少年=564万円

 10歳から12歳の少女=600万円

 大人の女=564万~720万円

 大人の男=600万円~840万円


 平均的な市民の生活費が、だいたい年間240万円程度ですので、奴隷の値段がかなり高いことがわかると思います。


農民身分。

 主に村で畑を耕して暮らす人々の事ですね。農民身分の中でも職業ごとに身分差があります。村長が一番で、粉ひきがヒエラルキー下位とかそんな感じですね。

 リーゼンベルク王国において最も人口の割合が多い身分です。

 朝から晩まで畑仕事をしては、酒場で酒を飲む毎日を過ごします。刺激はないですし、贅沢もできませんが安定した生活が送れるでしょう。

 アルフも一応は農民身分でしたが、村を抜けて今は冒険者やっているので市民身分です。


市民身分。

 都市で暮らす人々全てにあてはまる身分です。商人、職人、冒険者と言った様々な職業の人々がいます。

 農民身分に続いて人口の割合が高い身分です。こちらも職業ごとに富裕層だとか貧困層だとかにわかれます。リーゼンベルクでは職人が市民身分の中では最も身分が高いです。ついで商人。

 冒険者は市民身分の中でも下位です。


聖職者身分

 神に祈りをささげ、神の威光を広める方々。貴族に匹敵する身分ですね。その割には選民意識などない為、どのような身分の方でも親しみやすいです。

 回復魔法や浄化魔法を使えるため、冒険者になると様々なところから引っ張りだこになります。


貴族身分。

 最上級の身分です。貴族身分ですが、王族も含めます。

 貴族は基本的に領地内での税率などを変更したり、法律を立案し取り仕切ることが出来る権限を持っています。

 爵位=領地であり、領地を失うと貴族位を失う。また、領地を得ればたとえ王=男爵ということにもなりうる。

 財力があり学もあるので、魔法使いの大部分が貴族です、


それぞれの爵位について解説する。

国王

 国家を支配する者のこと。一つの国に基本的に一人。ヒエラルキーにおいては最上位。爵位は複数持つことも可能なので、王でありながら公爵というのもありえる。

 王族は国法を制定できる立場にいるが、決定権は全て王に帰属する。ただし廃案権限は王や貴族にはなく、制定するだけである。

 廃案権限は王の妻である王妃のみが持つ


大公

 王の親族。特定の領地を持たぬが高い権力を持つ。場合によっては王すら凌ぐこともある。三人ほどいる。野心ありあり。各州の公爵と密接にかかわりがあるとかないとか。


公爵

 複数の地方を束ねた州と呼ばれる領域を治める領主。リーゼンベルク王国には三人いる。それぞれがそれぞれの大公と関わりあり。マゼンフォード、シャーレキント、バルックホルンの三人。


侯爵

 複数の伯爵領を擁する○○地方と呼ばれる領域を治める領主。これより上から貨幣の発行が許される。リーゼンベルク王国には七人ほどいる。


伯爵 

 複数の街、村を要するある程度広い領域を治める領主。所謂県知事。リーゼンベルク王国には十六人ほどいる。


子爵

 一つの街とその周辺のみを治める領主。領地を持たない宮廷子爵という者もいる。


男爵

 一つの村と周辺のみを治める領主。スターゼルが元男爵。パムルクは元領地。宮廷男爵もいる。


最後に騎士について。

 騎士とは馬に乗っている兵士であり、貴族が持つ爵位と共に併せ持つ称号であり身分や階級ではない。

 基本的には貴族であるが、まれに多大な功績を持つ者に騎士の称号が与えられることがある。


 身分についてはこんなところです。試験的にあとがきでやってみましたがどうでしょうか。意見などありましたら気軽にどうぞ。


 その他、感想や評価、レビュー、解説のリクエストなどお待ちしてます。

では、また次回。


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