表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
とある中堅冒険者の生活  作者: テイク
第一章 とある従者と貴族と中堅冒険者
12/54

第2話 村での依頼

腹斬太郎様よりもう少しゼグルドを若く書けばという意見を受けたのでゼグルドの口調を若く修正しました

 酒場で依頼を受けたアルフたちはさっそく行動開始するというわけではなく、数杯酒を飲んでそのまま何もせず教会へと戻った。

 ゼグルドに先に休むように言って彼は、教会の外で魔法具を取り出す。


 エリナへと報告をするのだ。

 このまま依頼を始めるわけにはいかなかった。まずはギルドへと報告をしなければならない。通信の魔法具を使いエリナへとアルフは貴族の依頼を受けたことを伝える。


「――というわけなんだが」

『ええ、問題ないわ。こちらでも、シュバーミット男爵が没落したことは掴んでいたから、ガセというわけでもないでしょうし。リント銀貨五枚も払うというのなら受けておきなさい。

 あと一応、聞かないと思うけれど、貯めておきなさいよ。あなたお金が入るとすぐにお酒に使っちゃうから』

「おう!」


 良い返事であるが、これっぽっちも聞く気はないらしい。


『……まあいいわ、こちらで処理はしておく。それから、シュバーミット元男爵の従者だけど、普通に行っていれば、明日の夜頃にはそっちに着くはずよ』

「……一応聞くが、その従者が登録したのはどこのギルドだ」

『予想しているとは思うけど、うちよ』

「ああ、そうか」


 再び嫌な予感がアルフの脳裏をよぎる。

 そう具体的に言えば、また新人を押し付けられるようなそんな予感だ。そして、そういう予感は大抵当たる。


『……そうねちょうどいいわ』

「待て」

『あらいいのかしら? 報酬出るのよ?』

「……ぐ」


 指導員の報酬はかなり高額だ。


『支度金、次の街に届けさせるけど?』

「…………」


 支度金はそれなりの額貰える。装備を整えて来ている新人ならば自由にしていい金として指導員のものにしてもよいという金だ。


『それに元男爵の方は魔法使いの技能を、従者の方はシーフとしての技能を持っているわ。粗削りだけれど筋は良さそうよ。

 いい加減、あなたの無駄に高いシーフとしての技能を誰かに教えても良い頃合いでしょう。二人パーティーじゃ、心もとなかったところだし丁度良いわ』


 しかも、逃げ道を盛大に封じられている。


 別段、新人指導は一人ずつしなければならないなどという決まりはない。一度に数十人も連れて行くような奴もいる。

 アルフが一人ずつしていたというだけの話だ。確かに、魔法使いがいたら楽であるし、シーフだっていてくれたら、アルフが遊撃に回れるという利点もある。


 デメリットはアルフの労力が増えるということだけ。やらないという選択肢を選ばせてはくれないようだった。

 本来ならば元貴族の奴など御免こうむるところであるが、仕方がない。ただ肩は落ちる。


「……わかった。受けよう」

『ありがとう。助かるわ。魔法使いの新人指導なんて、出来るのあなたくらいだから』

「いや、出来ないのだが」


 一応、ベルの指導をしたことはあるが、それは単純に心構えだとか、野営の技術だとかを教えるだけであって、魔法については一切何も教えていない。

 魔法戦闘のやり方の初歩くらいならばわかるが、それだって付け焼刃だ。アルフよりも専門家に頼んだ方が良い。


『違うわよ。魔法使いだなんて面倒な人種の新人指導をできるのはあなたしかいないってことよ。勘違いしないで』

「…………おい」

『真実を言っているまでよ。こっちとしては、唯一定期的に雑用依頼を受ける人がいなくて暇なのよ。もう少し連絡しなさい』

「いや、必要ねえだろ。てか、完全に八つ当たりじゃねえかそれ」

『それじゃあ、依頼の件は宜しく』

「あ、おい――!」


 どうやら魔法具を手離したのか、声が届かなくなる。アルフは盛大に溜め息をついてから、ポーチに魔法具を戻して部屋に戻っていった。


 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇


――歩くことによって肩からずれかけていた鞄を肩に掛け直す。


 休みたくあるが、そういうわけにはいかないと、とコートと外套を羽織り、膝丈の半ズボンにストッキングという伝統的な従僕(フットマン)の衣装をしたホワイトブロンドに淡い青の瞳の彼女――エーファは鞄をからい直す為に緩めていた歩調を再び強める。

 小走りでせっせと夜の街道を進む。リーゼンベルクから数日。没落した日以来、酒場で飲んだくれ嘆く以外に何もしない為に仕方なく放っておいた主人がなにかしらの問題を引き起こす頃合いである。


 従者としては早く戻らねばならないと思うには十分すぎる理由だった。その為、休まずに歩いている。

 ただ夜、しかも女性の一人歩きであるため夜盗や魔物などに狙ってくれと言っているようなものであるが、それでも彼女はその道を選んで進んでいた。


 パムルクまであと少し。蛇行する森の道を抜ければもうそこはパムルクだ。

 初代シュバーミットが魔法により切り開いた村。麦畑が広がる故郷。


 しかし、あとすこしであるはずの歩き慣れた道は、夜闇に包まれ、まるで違う知らない道のようにも感じる。


「…………」


 腰につけたランタンの明かりに照らされて、森の木々に投射される自らの影はどこか一つの異形を思わせる。

 半ば小走りであるために揺れ動く影は今にも襲いかかってきそうに思えて仕方がない。


「うぅ、やはりここは朝まで待つべきでございました」


 嫌な想像に頭を振ってそれらを追い払いつつ走る。

 貴族の従僕という役職上、少しばかりの戦闘術の心得くらいはあるものの、それでもやはり本職には遠く及ばないこともあってか不安がなくなることはない。


 外套の下で握りしめた短剣の感触を再び感じながらなるべく周りを、特に影を見ないようにして街道を走る。

 だからだろう、エーファはそれを見逃してしまった。もしも、怖がらずに周囲に気を張っていたのだならばそれに気が付けたはずなのだ。


 だが、不運なことに彼女は気が付かなかった。

 気が付いたのは、はっきりと異音の鳴き声が聞こえた時。


『ギギギイギギギ』


 貴族の館にある硝子をひっかいたかのような不快な音。そうゴブリンの鳴き声がはっきりと聞こえた時だった。

 気が付けば、ドス黒い緑の皮膚を持つ魔物が彼女の前に現れたのだ。闇の中でランタンの光を反射して輝く眼が、エーファを見つめる。


「なっ!」


 その数、実に百匹ほど。百対の眼がエーファを見つめ異音の旋律を奏でる。

 明らかに異常な数。普通、ゴブリンは数十匹で群れる。うち半数は雌や子供であるため、このように巣の外で狩りをするのは十数匹が良いところだ。


『ギギー!』


 しかし、考えている暇などありはしない。声と共に一斉にゴブリンが襲いかかって来た。

 咄嗟に、鞄の中から球体を取り出し地面に叩きつける。その瞬間、球体は爆ぜ、周囲に煙を撒き散らした。


 煙玉と呼ばれる道具だった。爆草と呼ばれる衝撃を与えることによって爆ぜる草と、煙を出す草を適当な木の実などに詰め込んだ代物で、見ての通り周囲に煙を撒き散らす。

 それだけのものだが、主に逃走や攪乱のために冒険者が使うもので重宝されている。


 これはエーファが自作したもので、もしもの時の逃走用の道具だった。

 まき散らされた煙に紛れ、来た道を引き返すように逃げようと足を踏み出そうとした瞬間、


「あっ――」


 何かに(つまづ)いて転けてしまう。


「いたた、何でございますか!」


 まさか石ではないはずだ。膝辺りに何かが当たったのだ。

 振り返り見たそれは、木の根を編んだ縄だった。ゴブリンが用意した罠だと理解するのにたっぷり数秒を有した。


 ゆえに、逃げる機会を失う。

 気がつけば目の前に見たことないゴブリンが立っていた。

 緑の皮膚は変わらない。鋭い犬歯も、腰布だけの恰好もそう。


 だが、体躯だけが他と大きく異なっていたのだ。人間の子供ほどしかない矮躯。それがゴブリンの体躯のはずだが、目の前のゴブリンは、少々小さい成人男性ほどの体躯をしていたのだ。

 野蛮なゴブリンの中にあって笑みを浮かべる様は、異質な知性の輝きが見てとれる。明らかに普通のゴブリンではない。


 それが彼女が意識を失う前に見た最後の光景だった。


 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇


「さて、じゃあ酒場に行くぞ」


 朝一番、開口一番のアルフの一言であった。

 流石のゼグルドも半眼になる。


「アルフ殿、朝から酒か? 昨晩依頼を受けただろ」


 酒が好きなのは昨日の飲みっぷりとかを見ればわかるが、まさか、朝から飲んだくれるとは。

 アルフの評価が大暴落してく。


「勘違いすんな。別に酒を飲みに行くわけじゃねえよ」


 確かに朝から酒をかっくらう生活に憧れないわけではないが、流石のアルフもゼグルドがいる中でそんなことが出来るほど豪胆ではない。

 酒場に行くのは別の理由からだ。


「別の理由?」

「ああ、こういう村じゃ酒場は冒険者用に依頼斡旋所も兼ねてるんだ。俺らみたいな冒険者が来た時に依頼を受けてもらえるようにな」

「な、なるほど! きちんと考えがあったんだな。すまなかったアルフ殿。

 ……ん? しかし、それでは昨夜の依頼はどうするんだ?」

「それは、従者が来てからだな。そうしないと話にならんだろうさ。そら、わかったなら行くぞ」


 教会への寄付を忘れずにして、アルフたちは昨夜の酒場へ向かう。昨夜と違うのはその身に防具を纏い、武器を手にしていることだ。

 既に村人たちは畑で作業をしている。それはアルフに故郷の風景を思い起こさせて懐かしさを覚えさせた。


 酒場に着くと丁度店主が掲示板に依頼書を張り出しているところであった。


「よう、店主(マスター)

「お、来たな。依頼を張り出しておいた、見ておいてくれ」

「ふむ…………それほど、数はないな」


 見た限り依頼の数はそれほど多いわけではない。少しばかりの雑用依頼と少しばかりの討伐依頼があるくらいだ。

 万病に効く雫草の採集。逃げた家畜の確保。村はずれのゴブリンの退治。いたずらゴブリンの退治。盗人ゴブリンの退治などなど。


「まあ、このところは特に問題らしい問題はねえからな」


 平和なのは良きことである。


「しっかし、やけにゴブリンの討伐依頼が多いな」

「ここのところ多くてな、皆が同じ依頼を出す始末だ」

「なるほど。ふむ……」


 討伐依頼の方はゼグルドにやらせても問題はないだろう。戦闘能力に関しては竜人だけあって既に完成されているのだから。

 ただ雑用依頼の方はゼグルド向きではない。家畜などゼグルドが近寄っただけで逃げ出すだろう。さらに状況が悪くなるだけで、とてもゼグルドにできるとは思えない。


 二人して同じ依頼をやる意味はないし、出来ないことを新たに覚えさせるよりもできることだけをとことんやらせるのがアルフの方針である。

 なので、分担することにする。


「よし、なら討伐系はゼグルド、お前がやれ」

「うむ、わかった。村人の為に危害を加えるゴブリンを成敗すればいいんだな」

「俺はその間に雑用依頼の方をやっておく。終わったらここに来い」

「わかった」

「それからは従者次第だな。とりあえず、日が落ちた後だ。それくらいには従者も戻って来てるだろ」

「了解したぞ」


 腕がなる、とゼグルドは意気揚々と酒場を出て行った。

 それを見送ったアルフもまた、雑用依頼をこなす為に依頼人たちに会うために村中央方面へと移動を開始する。


 村中央と言っても何かしらのものがあるわけではない。この村の中央は大抵、村長の家だったりする。そこを中心に村は広がっているのだ。村の中で地位の高いものほど村の中央に居を構えている。

 まず、向かうのは薬師の家だ。薬師は村の中での地位は割合高い。大抵、医者なども兼ねている。病気などに効く薬はもしもの時必要であるし、怪我などすれば医者として重宝される。


 一昔前では、怪しい術法を使う魔の者だとか言われている時代もあったそうだが、今ではそんなことはない。今や村には必要不可欠な人間になっている。


 そんなことを考えながら村を薬屋に向けて歩く。村は建物が少ないため遠くが良く見えた。農作業をしている農夫たちの姿が見て取れる。

 もしかすればあそこに自分もいたかもしれない。そう思う。故郷で畑を耕すという生活は、安定した生活と言えるのだろう。


「…………」


 それに思う事はある。二十年も何をやっているのだろうかと思うこともある。だが、それでも冒険者を辞める気はなかった。

 だからこそ、ここにいるのだ。けれども、そんな生活にあこがれる気持ちがないわけではない。


「――いかんいかん。ここに来るといつもこうだ」


 頭を振ってアルフは薬屋を目指す。湧きかけた思いを振り払うように。

 薬草の看板を掲げた木造の建物。ノックをしてから入る。彼を迎えるのは老女だった。


「おやおや、久しいねえ。アルフじゃないか。また、新人指導かい?」

「そうだよ。久しぶりだな婆さん。まだ、生きてたか」

「はっ、殺すんじゃないよ。これでもまだピチピチの八十歳じゃ」

「長生きしすぎだろ。六十生きれれば良い方だろうに」

「長生きの秘訣は、自分を年寄りと思わぬことじゃよ。

 で、お前さん来たということは、依頼を見て来てくれたということで良いんじゃな?」

「ああ、雫草だったな?」

「そうじゃ」


 雫草は薬の元になる薬草の一種だ。回復薬系列ではなく、病気用のものであり、冒険者的に言えば、麻痺や毒などを治す際に使う一種の解毒薬の材料だ。


「いつもならわしが行くところじゃが、最近、腰が痛くてのう」

「大丈夫かよ」

「年寄り扱いするんじゃないよ! と言いたいところじゃが、まあ、寄る歳には勝てんということさ。十分生きたし孫夫婦の子供も見れたからねえ」

「おいおい、やめてくれよ縁起でもない」

「はっ、そう簡単には死なんよ。なんてったって、お前さんの子供を見るまでは死ねん」

「はは、何十年先なるやら。というか、俺は婆さんの息子でもなんでもないんだが」

「そう思うならさっさと嫁でももらえ。もう二十年の付き合いだ。わしにとってはお前さんも息子同然じゃよ。

 さあ、良いからお前は雫草を取ってきておくれ。いつもの川べりじゃ。急ぎじゃないから何かのついででやってくれ」

「ああ、そうさせてもらうつもりだよ」


 薬屋を出たら、そのまま次の依頼人の下へと向かう。

 アルフは逃げた家畜を探しに家畜小屋の主に話を聞きに向かった。


「よく来てくれました。実は、死んだ爺さんの愛馬が逃げ出したんです。今日は爺さんの命日だというのに」

「なるほど、どこに逃げたかわからないか?」

「森の方に向かって行ったようです。村からは出ないとは思いますが、魔物に襲われてしまう前に見つけてください。あいつが寿命以外で死んだら爺さんに顔向けできませんから」

「わかった、行って来よう」


 村の入口付近に行くとそこに件の逃げた馬がいた。


「割と近くにいたな。というか、なんで逃げたんだ?」


 まあ、良いか、とアルフは馬に近づいていく。

 その時、アルフに気が付いた馬は嘶きとともに走り去ってしまう。


「……やけに警戒心が強いな」


 アルフは馬を追う。再び見つけたのは水車小屋の近くであった。川で水を飲んでいた。アルフが近づこうとした瞬間、馬と目が合う。

 目が合った瞬間、馬はまた逃げ出す。


「…………また逃げられた」


 やはり警戒心が強い。家畜の馬は人に慣れている。件の馬は長年人間と連れ添ったという。普通ならばある程度は近づかせてくれるはずなのだが、どうにも警戒心が強い。

 ただの馬と思っていたら駄目のようだ。とりあえず、馬を追いながら今度は気配を消しながら近づいてみることにする。


 今度馬を見つけたのは、村はずれの教会の近くにある丘だった。春という事もあってか、色とりどりの鼻が咲き乱れる美しい丘でその頂上には小さな石碑が建てられている。

 そこに馬はいた。何やら草を食んでいるように見えるが何をしているのか。丘の影からその様子を探りつつ、どうにか近づけないかとアルフは周囲を観察する。


「――無理だな」


 遮蔽物がないこの場所ではどうやってもバレないように近づくのは不可能だとアルフは判断する。仕方ない、ここは別のところに逃げてもらってそこで捕まえることにしよう。

 一応、アルフはしばらくの間、馬の様子を確認し動きが止まった瞬間に丘の影から飛び出し、馬に向けて全力疾走する。そんなことをすれば見つかるのは当然で、馬は即座に逃走を開始。


 如何に冒険者と言えども、街級、それも下位の極小都市級とも言われるようなランクでしかないアルフでは馬に追いつけるわけもなく。

 だが、全力で追ったことで見失うことなく次の行き先へとついていくことが出来た。


 馬が疾走を止めたのは丘を駆け下りてすぐの教会裏の墓地に来た時だった。


「はあ、はあ、はあ、よ、ようやく止まった!」


 馬についていくために全力疾走したために流石のアルフも息が乱れている。

 その息を整えて、アルフは墓場の影に隠れながらゆっくりと近づいていく。


「しかし、何をやっているんだ?」


 あそこまで逃げていた馬とは思えないほど微動だにしない。頭を下げて、墓場向けて、死者に祈るかのような姿勢の馬。墓には花がおいてある。先ほど馬が食んでいた花だった。

 事実祈っているのだろう。


「爺さんの命日って言ってたな」


 長年連れ添った主が死んで一年、その命日に彼、あるいは彼女は祈りに来たかったのだろう。何とも主思いの馬である。

 アルフは隠れるのをやめて墓石の影から出た。もう隠れる必要もないだろう。馬はアルフを認識しても逃げなかった。


 ただずっと、じっとしている。しばらく経ったのち、馬がアルフの方へとそっと近寄ってくる。

 まるで、もう気が済んだとでもいうように。


「もういいのか?」


 アルフの問いに、一鳴き。もういいと言った。


「じゃあ、帰るか」


 抵抗することなく馬はアルフに連れられて無事に家畜小屋へと戻った。


「そうですか、爺さんの墓参りに」

「信じられないか?」

「いえ、なんだか納得しました。ありがとうございます」

「これも依頼だ。今度は、きちんと連れて行ってやってくれ」

「ええ、来年は必ず」


 依頼を達成したアルフは時間的にちょうど昼時であったので、食事をしようと酒場に戻る。

 酒場に入ればゼグルドが既に食事をしていた。見たところ傷はない。もとより竜人がゴブリンごときに苦戦するはずもないので当然だろう。


 彼はアルフに気が付くと、腕を振って、自らの存在を示す。その様子に苦笑しながらアルフは彼と同じ席に向かう。

 その途中で、店主が、


「お、ちょうどいいな。ほれ」


 そんなことを言いながら依頼書を渡してきた。


「さっき入った依頼書だ。村内のはそれが最後だな。あとはゴブリンばっかだ」

「水車の修理かわかった。あとで行く」


 依頼書を懐に入れながらゼグルドと同じテーブルにつく。


「アルフ殿、依頼はどうであるか?」


 アルフが座り料理を注文したところでゼグルドがそう聞く。


「順調だ」

「こちらもだ。昼時だから、一度戻ってきた」

「昼も引き続き頼む」

「うむ、承知した」


 その後、運ばれてきた料理を食べ終えた二人は、依頼に戻る。ゼグルドは再びゴブリン退治に。アルフは水車の修理に向かう。


 酒場から再び、村はずれの方へ。今度は村を流れる川辺を歩いていた。流れる川は澄んでおり時折、魚が飛び跳ねしぶきをあげる。

 釣りや川遊びをしている子供たちがアルフに気が付いては水をかけてきたりもするが、それを笑って受け流し水車小屋へと向かう。


 村人お手製の丸太の橋を越えれば水車小屋はすぐそこだ。水車小屋には粉ひきが住んでいるので、依頼はそいつから。声をかけて事情を聞く。


「依頼だと水車の修理とあったが」

「ええ、その通りです。どういうわけか先ほど、突然動かなくなりまして。大工に頼んだのですが、動かないわけはないと。わらにもすがる思いで、お願いしました」

「確かに動いてなかったが」


 水車小屋に入る前に見た水車は確かに動いてはいなかった。軸はしっかりしているし、老朽化しているというわけでもないだろう。水車が命の粉ひきが手入れを怠ったというわけではあるまい。

 ならば、大工にわからない何か別の要因があるはずだ。


「見てみよう」

「御願いします」


 水車小屋を出たアルフは小屋の屋根に登り、そこから水車へと飛び移る。壊さないように壁面へと移動したアルフは、水車が動こうとして動いていないことに気が付いた。

 水車の水と接する部分を見る。そこと川底とに何かが挟まっているのが目を凝らして始めて見えた。たいていのものは通す水車だが、どうやら意外にも大きなものらしい。


「何かが挟まっているみたいだ」

「なんですって? それは俺も確認したが」

「なに? とりあえず、とってみる――って、おわっ!」


 取った瞬間、回転する水車。川に落ちるアルフ。上がる水柱。


「だ、大丈夫ですか!」

「あ、ああ」

「良かった。いや、水車も動きましたし。やはり依頼して正解でした、ありがとうございます」

「ああ、良かったな」


 しかし、びしょ濡れである。

 この歳になって川に落ちることになるとは思ってもみなかったが。情けなさがこみあげてきて、このまま流れていきたくなるが我慢して、川から上がる。


「ったく、なにが挟まってたんだ?」


 アルフは手に持ったそれを見る。


「なに?」


 そこには何もなかった。落としたのだろうか。いや、それはない。落とさないように掴んでいたはずだ。川から上がる時も持っていた感覚はあった。

 だが、なくなったのだ。まるで今、消えてしまったかのように。


「…………」


 アルフに見えて粉ひきに見えなかったもの。忽然と消えたそれ。

 情報は少ないが、それらから立てられる仮説は、


「魔法関係の何かか」


 だった。

 

 魔法に落とし込まれていない魔力は、訓練していない者には見えないのだ。多くの魔力に触れることによって初めて見えるようになる。

 冒険者や魔物を倒した者は、その性質上多くの魔力に触れる。そのため、魔力塊と言った純粋な魔力の塊であれば見ることが出来るというわけだ。


「上流から流れてきたな」


 問題は、誰がそんなことをやったかだ。魔法が使える者は限られる。貴族とそれに類する者だけ。この村でそれができるのは領主のシャレン・バートナーと、元領主のスターゼル・シュバーミットだけだ。

 まさかその二人がこんな何の利益にもならないことをするだろうか。後者は酒におぼれているためわからないが、前者は少なくともそんなことをするような人間には思えなかった。


「上流には、何もないはずだが」


 川の上流には特に何もない。上流は谷川になっているだけであるし、他には山が広がっているだけだ。こんなものが流れてくるはずはない。


「……雫草を取るついでに見てくるか」


 川沿いの上流。そこでも雫草は群生していたはずである。少し様子を見ておく。魔力塊など、どうあがいたところで自然発生しないのだから。

 アルフは、川沿いに上流に向かう。途中で質の良さげな雫草を採取しておいて、少しばかり上流に向かった。


 石の上に立って、先を見てみるがやはり何も見えない。一応、道中も何かしらの痕跡でもないか調べてみたが何もなかった。静かな森が広がっているだけだ。特に怪しい点などは見受けられない。

 しかし、魔力塊が流れてきたということは何かがあるということの証明なのだ。


「……考えすぎか? もう少し先まで行ってみるか?」


 考えた末、アルフは一旦戻ることにした。

 もしも何かしらがあるのならばゼグルドも連れてきた方が良い。アルフ一人で対応できないような事態に陥った場合、戦力は在った方が良いし領主であるシャレンにも報告しておいた方が良い。


 自分一人で先行して、何かあってからでは遅いのだ。万全の体勢を整えてから探索をする。基本だ。何事も基本に忠実に、それが成功の近道である。

 考えがまとまるとアルフは来た道を戻り、雫草を薬屋に届け酒場へと向かう。


 時間的にはそろそろスターゼルの従者が戻ってきていても良い時間帯となる。またそれだけでなく丁度、酒場に酒を求めて人が集まる時間でもある。

 従者が戻っているのならば少し待っていてもらおう。まずは、ゼグルドと話をして上流に向かう。


 そんな風に考えながらアルフは酒場へと向かうのであった。

第一章第二話。第一章終了までエピローグ含めてあと四話です。


伏線を張りつつの依頼回。地味に、この依頼回が一番の難所でした。


感想や評価、レビュー、解説のリクエストなどもお待ちしてます。

では、また次回。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ