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とある中堅冒険者の生活  作者: テイク
プロローグ 中堅冒険者と竜人と始まり
1/54

第1話 中堅冒険者アルフ

――冒険者。


 その名が示す通り、冒険を生業とする者たちであったのは今はもう昔。世界のほとんどは冒険し尽くされ、未踏の大地というものは極めて少なくなっており、今やただの何でも屋と同義となっている。

 それでも迷宮探索や危険で溢れる街の外を旅することは冒険と呼ばれている為、彼らは何でも屋ではなく今でも冒険者という名前で呼ばれていた。


 若者は誰も彼もが冒険者を目指して生まれ故郷を出る。特に農村の若者は貧しい生活から逃れる為に村を逃亡して、自由な冒険者になるのだ。

 それは幼い頃に聞かされた寝物語への憧れ。英雄譚を作り出したいという英雄願望に他ならない。若者は英雄を目指して、それに一番近いと思われる冒険者を目指すのだ。


 しかし、彼らはすぐに気が付くだろう。冒険者とはそれほど輝かしいものではないということに。冒険者はきつい仕事だ。街の外では常に命を賭けて戦うことになる。


 多大な緊張と依頼者から来るストレス、肉体的なダメージはどんな職業よりも強く辛い。その為、冒険者なんて職業はどんなに長く続けられても十年が限度。

 それでいて、安定性に欠ける。誰にでもできるものでもなく才能が物をいう世界。多くの者が挫折を味わい冒険者を辞めていく。自分の分というものがあるのだ。


 輝かしい英雄になれるものなど一握り。多くの凡人は何者にもなれず冒険者を辞めていく。現実を生きるようになるのだ。安定した生活の尊さを知り、何気ない日々を生きることに喜びを見いだして生きる。

 平々凡々な人生を生きて、死ぬ。誰もがこれで良かったのだと言う。命の危険なく生きれて、子どもに囲まれてこれで良かったのだと言うのだ。これこそが本当の幸せなのだと。


 それは一つの選択肢であり、一つの答えなのだろう。凡人が行き着く先の果て。歴史にならぬ生き方。それこそが凡人の分。誰もが理想を叶え、英雄になれるのではない。

 しかし、それでも冒険者を、夢を諦めることが出来ない男がいた。単に理想を諦めずされど理想になることも理想に溺れて溺死することすらできなかった弱い男。


 ただただ、二十年もの間冒険者を続けて未だ中堅でしかない男だ。もはや、成長の見込みなく衰えるばかりの男はそれでも夢を諦め切れずにいた。

 何にもなれず、もはや何かになるには全てが遅い。されどその男は確かに多くを成したのだ。


 語られることのない凡人として、語られぬことを成した。小さな小さなただの一人の男として、歴史の奔流を生き抜いたのだ。

 これはそういう男の話。中堅冒険者でしかなく、中堅冒険者としてあの時代を生きたアルフという男の物語である。

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇


――第二紀。リーゼンベルク暦315年。


 街道を外れた場所。そこは魔物の領域。人の領域との境界である聖絶されたリーゼンベルク周辺の街道を外れた魔物の領域で灰色の髪に灰の瞳の屈強な中年の男――アルフは剣を握っていた。

 戦闘状態。そこに宿る戦意は高く、必ず目の前の敵を倒すとその瞳は鋭く光っている。されどその表情はどこまでも緊張状態。額を伝い頬を流れていく汗が何度も地面に落ちていく。


「すぅー、ハァァァ」


 吸って吐いた息が目に見えるかのような密度と熱量を放っていた。握りしめた柄を再度、開いて握り直し音が鳴るほどに握りしめる。


「行くぞ」


 目の前の相手に向って呟く。答える声はない。ただ、


『GRAAAAAAAAA――!!!』


 怒気を孕んだ咆哮だけが返ってくる。縄張りを犯された魔物の咆哮。相手を必ず殺すと言う宣誓。鋭く光る眼が限りない膨大な殺意があることを告げている。

 唸る全身の筋肉と細胞。魔物が放つ膨大な魔力が骨を軋ませ、筋肉を張らせ、牙と爪が音を鳴らす。戦意高揚。戦端は開かれる。


『GRAAAAAAA――――!!』


 魔物の咆哮。リザードと呼ばれる一種。鱗に覆われ牙と爪を持つ走竜の一種が咆哮をあげて疾走する。莫大な筋肉と膨大な魔力に支えられた強靭な脚が蹴りだされた。

 そのたびに、地面は抉れ土を巻き上げていく。常人には巻き上がる土が連なって行く光景しか見えない。黄金の鱗の色の軌跡を描いて疾走するリザード。


「――――っ!!」


 刹那、眼前へと強靭な脚とその武器たる爪が迫っていた。極限の集中によって制止する世界。加速する意識はさながら時の運行が止まったかのように知覚させる。

 アルフは躱す。自らよりも強い魔物の攻撃はどれでも絶対致死。受けることすら論外。受ければ最後、剣は木の棒でも折るように容易く砕け肉を裂き骨を粉砕して命を絶つだろう。


 ゆえに、受けることなど考えない。受けることが出来るのは自分よりも上位のものだから。弱い己は、それが出来ないことはよくわかっている。だからこそ、攻撃が来るとわかった瞬間には既に動いていた。

 眼前に迫るとび蹴りの如き一撃。それを頭を下げることで躱す。停滞する時の中で思い通りに動かぬ身体を叱咤しながら、全身の筋肉に力を込めて頭を下げる。


 その瞬間、時の停滞は元の時間を刻み始めた。凄まじい速度で通り過ぎていく脚。強靭な脚の莫大な魔力から放たれた一撃は当たらずとも高い威力を発揮する。

 速度は力であるゆえに、引き裂かれた大気とそれによって発生した衝撃が叩き付けられた。つぎはぎだらけの革の胸鎧。その背中がぱっくりと裂けて血を滲ませる。


「くっ――!」


 深くはないがされど傷の痛みに苦悶を漏らすも戦意は萎えさせない。必ず倒すと誓ったのだ。ならばこそ、この程度で諦めるわけにはいかない。即座に振り返る。

 土を巻き上げ勢いを殺すリザード。止まると同時に再び男へと走り込む。土を巻き上げ、雑草を引き抜きながらリザードは疾走する。踏み出した右足、それを軸として長い身体を回転させた。


 風切音を鳴らしてしなやかな尾の薙ぎ払いが来る。鞭のように音の壁を引き裂く音を鳴らして迫るそれは、まさに死神の鎌と言えた。人間ならばその一撃を受けただけで首が飛ぶだろう。

 死を予感させる。それは、再びの時の停滞を引き起こした。ゆっくりとゆっくりと迫る死神の鎌。それを目を閉じることなく見る。風を引き裂き生じる大気の刃すら視覚してアルフは全身を弛緩させた。


 重心と背負った荷物の関係上、後ろへと身体は流れる。何よりも強い重力と言う枷。それは容易く身体を地面へと倒させる。上へと流れた前髪を引き裂きながらリザードの尾が通り過ぎていく。

 大気の刃が全身を細かく引き裂くが生きている。この程度では負傷ではない。倒れるままに倒れて、そのまま地面を転がる。脚の踏みつけ。薙ぎの終了と共に振り上げられた脚が振り下ろされる。


 しかし、そこに目標はおらず地面に深い足形をつけるだけだ。そこに生まれるのは一瞬の隙。攻撃後にどうしようもなく生じてしまう隙間である。

 それを逃すほどアルフは素人ではない。ただ一瞬、全身に走る魔力。一瞬の青が淡く煌めくと共に常人を遥かに超えた速度で立ち上がると同時の踏み込み。


 鈍色が翻り斬線を残す。振り下ろされた剣はリザードの鱗を断ってその肉を切り裂いた。本当にリザードという魔物かと思うほどに容易く刃が通る。

 それは剣が業物だからという理由ではない。剣は業物ではない。鍛造ではあり、ドワーフ製の剣ではあるが安物だ。容易く斬れた理由は別にある。


 それはリザードが脱皮をした直後だからだ。リザードなどの鱗を持つ走竜などの魔物は月に一度や数か月に一度と言った頻度で脱皮をする。そうすることで成長するのだ。

 その脱皮直後というのは肉質、鱗と共に柔らかくなる。時間と共に硬質化していき、脱皮以前よりも強くなるのだがこの時、この瞬間だけは強靭な鱗は意味をなさない。


 ゆえに刃は通る。返す剣で斬っていく。反撃があるがそれを躱してポーチから取り出した小さな玉を地面に叩き付けた。瞬間生じるのは濃度の濃い煙だ。

 否応なく目などを刺激され涙が止まらなくなる。目を掻き毟りたくなるほどのかゆみ。アルフ本人ですらそうなのだから、リザードもそう。


 それでも慣れている男は涙を流しながらも小さく斬っては離れ、また小さく斬っては離れるを繰り返す。煙幕の中からちくちく、ちくちくと徐々に脚の肉を削り取るように斬っていく。

 鼻も利かない。目を刺激するということは鼻も同じこと。ならば音を頼りにリザードは攻撃を繰り出すが、


「甘い、甘い」


 ぐおおおお、と呻きつつも様々な場所に石を投げたり、木の棒を投げるなどして音を立てまくりつつ斬っていく。

 そのため、まったくと言ってよいほど場所がわからない。ある程度はわかるものの反応が遅れる。形勢は不利。


『GRAAAAAAA――――!!!』


 ゆえにリザードは逃走を開始した。己の状態を鑑みての行動だ。己は脱皮直後。普通ならば目の前の男など容易く屠れる。

 しかし、今の状況は悪いと言わざるを得ず。これ以上の戦闘継続は己の身を滅ぼす。一時とはいえど群れの頂点に君臨していたリザードの判断は速い。


 回転と共に尾を振るう。それはもちろん躱される。だが、それでいいのだ。魔力を込めて回復に割いた分だけ脚は即座に回復する。

 そして、そのまま踏み出す。屈辱の咆哮をあげてリザードは風を切って走った。土を巻き上げ足形をつけて走る。


「終わりだ」


 そこにアルフは背の弓を構えた。しなやかで細い。されど、莫大な魔力を秘めた神木、あるいは世界樹と呼ばれるエルフの至宝の樹木から作られたというエルフの弓。

 彼の弟子であり、それでいて二人目の弓の師匠であった者が贈り物だと言って寄越したもの。それは最高の弓。


 引き絞られる矢。ぎちぎちと弦が音を鳴らす。腕と背の筋肉が滾り、解放した瞬間弓は快音という歌声をあげる。弓使い、あるいは弓を持つ者ならば誰もが憧れる最高の詩。

 快音を響かせて放たれた矢が飛翔する。多少の山なりを描き飛翔する矢は真っ直ぐにリザードへと飛翔した。


 小弓(ショートボウ)というくくりながらその威力は絶大であり、正確だ。走るリザードの首を正確に射抜く。矢は貫通し穴を穿った。

 ぐらり、とふらつくリザード。無論、魔物。この程度では死なない。走り続ける。しかし、その速度は落ちた。いや、止まる。当たり前だ。首には太い血管が多い。そこを正確に射抜き矢を貫通させたのだ。雨の如く大量の血が噴き出している。


 止まったその瞬間に更に二射。連続で快音が響き渡る。青の軌跡を描いて矢はリザードの足を刺し貫き深く深く地面へと縫いとめた。

 悲鳴を上げるリザード。そこに足の関節、付け根へと矢を射る。容赦なく、一歩一歩確実に。相手の機動力を封じ、相手が動けなくなるように一射、一射放っていく。


 手首、肘、肩も同じく。貫通させることなくそこで止める。もはやリザードは動けぬ。最後に目から貫通させて頭へと矢を射る。

 リザードは絶命した。弓を仕舞いながらゆっくりと近づいていく。地面に刺しておいた剣を抜いて、ゆっくりとゆっくりとリザードへと近づいてその首を落とした。


「…………ふぅ」


 辺りを警戒。何もいないことがわかってからアルフは息を吐いた。


「たいへんだったぞこの野郎」


 そう呟きながら剣を仕舞い、深い穴を掘って行く。辺りに魔物を遠ざける特殊な匂いの出す香草を焚いて、それから解体用のナイフを取り出した。

 胸に手を当てて自らが信仰する一柱の神、狩猟の神バンクシアに祈りをささげてからそのナイフをリザードへと突き立てる。


 まずは一枚一枚、丁寧に鱗を落とす。脱皮直後の鱗。それなりに価値が高い。ナイフを隙間に入れて剥ぐ。ナイフの幅が許す限り同時に数枚の鱗を剥いだ。その手つきは熟練そのもの。

 丁寧ながら早い仕事でものの数十分で全身の鱗を削ぎ落とし、次いで真っ直ぐに首から股までを乱れなく切り開く。


 薄皮、筋肉、骨、それらを切り開き、内蔵を一つ一つ丁寧に取り出しては穴の中に放り込んでいく。内臓は利用価値がない。

 そのまま放置しては魔物を呼び込む。ゆえに、一つ丁寧に取り出しては草で包み込んで地面の穴の中へと放り込む。犬系の魔物に掘り出されてはたまらないので適当に香草に包んでやるのも忘れない。


 そうして内蔵を取り出してやってから次は皮を剥ぐ。足からナイフを入れてナイフは立てず、皮の裏側に当てるように切っていく。切り裂かないようにゆっくりと丁寧に剥がす。首がないので楽なもの。

 リザードの肉は脂が少ない。しかし、それでも切っているとナイフが切れなくなってくる。ポーチの中に入れた洗浄液で洗浄しながら切っていく。切り終えればあとは肉だ。


「さてと、んじゃ肉を切り分けますかね」


 一応の血抜きは矢を首に行って穴をあけた時点である程度は出来ている。本当ならば内蔵を取り出す前に木などに吊るしておくべきなのだろうが、リザードは巨大だ。

 一人では重労働であるしそんな時間はない。だから、妥協して肉を切り分けていく。


 腹を上にむけて後ろ足を外す。内側から切込みを入れ、お肉に沿って切っていきある程度肉がとれたら関節を逆方向に捻って外した。


「ふう」


 それだけでも大変な重労働だ。その後も、丁寧に肉を切り分けて全て収納の空間魔法がかけられている魔法具であるポーチの中に入れてしまう。

 全て入れ終えれば残るのは骨くらい。これは全て穴の中に放る。


「さて、メインに行きますかね」


 落とした首を前にそう呟いてまずは身体と同じく矢を引き抜いてその口を開ける。音がして顎が外れるまで開いたら、ナイフを歯茎へと突き立てる。太く強靭で鋭い歯の根元に沿うようにナイフを這わせてくるりと一回転させて歯茎から剥いでいく。


 丁寧に、丁寧に。特に、一番奥にある歯は丁寧に取り外す。その歯は特別だ。リザードと分類される魔物の中でもこの種が持っている毒の牙。

 変色した牙を皮の手袋で掴み取り、丁寧に布で包みこみ素早くポーチに入れ込む。


「ふう、よしこれで良い」


 あとは素早く解体していらない部位を全て穴に放り込んで埋める。もう一度、狩猟の神バンクシアに祈りをささげてからアルフはその場を離れた。

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇


 日が沈みかけた頃、街道を歩くのはアルフだけではなく多くの行商人や冒険者などの姿が見て取れるようになった。

 荷台に荷を満載にした行商人や討伐依頼でも終えた冒険者たちは皆、朗らかな表情をしている。リーゼンベルクというリーゼンベルク王国最大の都市の城壁がもうすぐ見えていた。


 危険な旅の終わり。今日はようやく寝台(ベッド)で眠れるだとと言った嬉しげな言葉や会話が聞こえてくる。

 アルフもそれに交じって城門を目指していた。魔法建築による巨大な城壁は定期的に洗浄されている為か建設当時のままの姿を見せている。


 深い堀にかかった跳ね橋に見える行列はリーゼンベルクへ入場しようとする者たちの行列だ。巨大な城門の脇にある詰所で通行税の支払いと荷物の検査が行われている。

 アルフもそこに並んで自分の順番を待つ。しばらく待てばアルフの順番。荷物を見せて通行税であるリーゼンベルク銅貨十枚を支払ってから城門を潜る。


 外縁部。石畳を挟むように多くの建物が建ち並ぶ。ドワーフの職人が作り出した防衛用の設備。平時は特に意味もないので放置だ。

 石は不揃いながらそれなりの整備がされた石畳を歩けば再び城門が見える。槍を持った白を基調とした衛兵服の男たちが立つ門は北第二門。


 それを潜ればようやく帰ってきたのだと思える。喧噪が広がった。石畳は整備されたそれに代わり歪みや凹凸がなく歩きやすくなる。

 酒場などでは今が稼ぎ時とばかりに入口を開け放って客を招いていた。道行く武装した冒険者たちは皆そぞろに酒場へ入っては酒を飲んでは騒ぐのを開始している。


 アルフは自分もそうした欲求にかられるがやるべきことをしなければならない。時間もないのだ。浮かびかけた誘惑を振り切って店じまいを始めた商店の一つに入り、先ほどのリザードの肉や鱗などを売却。

 そこから通りを進み、環状道路を南へ進む。貴族街に近い人通りが少ない通りにある魔法薬屋に入ると、金の詰まった袋をドンっ、とカウンターに置く。


「へ、本当に持ってきやがったな」

「運よく脱皮直後のリザードに遭遇してな。牙を取るついでに稼いできた。それよりも早く」

「金を揃えたんだ。持っていきな」


 そう言って店主は数種の薬草をアルフに放る。それを受け取って礼を言ったアルフは来た道を戻り環状道路に存在する薬屋へと入った。


「おい、爺さん、持ってきたぜ!」

「おうおう、はよ寄越せ!」


 そう言って老主人に牙と薬草、その他もろもろのものを渡す。


「頼むぜ」

「任せておれよ」


 そう言って老主人は奥に行く。調合には時間がかかる。刻一刻と過ぎていく時間。アルフはただ待ち続ける。

 日が暮れた頃、奥から老主人が戻ってきた。


「出来たぞい。もっていけ」

「おう、代金はこれだ!」


 財布に残っていた金の全てをカウンターに置いてアルフは薬を受けとり、飛び出すように薬屋を出て行った。

 向かうのは隣の治療院。


「先生!」


 どんっ! と扉を半ば蹴破るように開け放ち中に飛び込むアルフ。


「待っていましたよ!」


 そう言って小瓶を医者に渡す。受け取った医者はすぐさま奥へ。アルフもそれに続く。そこには寝台があり、一人の少女が苦しそうに眠っている。

 その少女に先ほどの薬を飲ませた。心配そうに見守る二人。少女が薬を嚥下すると共に、苦しげな表情が和らいだ。


 それを確認して二人は深く安堵の息を吐いたのだった。


「これで大丈夫。しばらくすれば目が覚めるでしょう。それよりあなたは大丈夫ですか?」

「ん、あー、背中の方の傷は回復薬飲んだから大丈夫だ」

「いえ、そちらは大丈夫だとわかっていますから、疲れてるでしょう。眠ってますか?」


 アルフは肩をすくめた。かれこれ三日は眠っていない。疲労はピークを越しているし、この三日間動き詰めだったのだ。

 丈夫な冒険者と言えども顔色はそれなりに悪く見える。


「寝台はありますので、寝て行っては?」

「あー。良いよ、先生に迷惑はかけられねえし、このお嬢さんはもうすぐ目覚めるんだろ?」

「ええ、魔渇病ですから、薬が効いて流出が止まれば回復するだけで数時間で目覚めるはずです」

「それだけ確認したら出てくから問題ねえ。俺なんかより別の奴の為に使ってくれよ」

「……そうですか」


 確かに医者がアルフにすすめたのは予備の寝台だ。いつ病気の人が来るかもわからない治療院では予備は常に開けておくことが望ましい。それにアルフが固辞したのだ。

 だから、医者もそれ以上は何も言わなかった。冒険者は丈夫だ。それに彼にも宿屋(帰る場所)はあるだろう。


 それならばここで寝るよりは彼女が目覚めるのを見届けてから、自分の借りている宿なりなんやりで寝た方が良いかと結論付けて医者は奥の診察室へと戻る。

 アルフは寝台脇の椅子に座って少女が目を覚ますのを待つ。穏やかに眠る少女。今まで苦しんでいたのが嘘のようだ。


「良かった。今度は、ちゃんと助けられた」


 そう呟いてただ見守る。目を覚ますまで。しばらくして、


「う、ぅう」


 少女が目を覚ます。


「お、せんせー!」


 アルフはそれに医者を呼んで見てもらう。


「はい、大丈夫ですね。しばらく休んでいってください。そうすれば普段通りに生活できるようになりますから」

「はい、ありがとうございました」


 そう無事治ったことを伝えて、軽い食事を持ってきますと言って部屋を出て行った。


「さて、んじゃ、俺も」


 アルフもそれに続いてで行こうとして、


「あ、あの!」

「ん? なんだ?」


 少女に引き留められた。


「あの、どうして助けてくれたんですか? 見ず知らずの他人なのに」


 そうアルフと少女になんらつながりはない。ただアルフが通りを歩いていると少女が倒れていた。それが魔渇病だと分かったから医者に連れてきただけだ。

 親兄弟だとか、恋人だとか、そういう特別な関係性はない。本当に赤の他人だ。アルフに彼女を助ける義理などなく、魔渇病という治すのにかなり高い金のかかる材料を使った薬を与えることに得などない。


 しいて言えば助けた恩にかこつけて少女を好きにできるとかそういうことぐらいが得だろうが、別にそういう要求をアルフはしなかった。する気配すらない。

 助ける理由がわからないのだ。荒くれ者が多いとされる冒険者ならば何か要求があってしかるべきだというのにそれがない。


 少女はわけがわからないと言った表情。そんな少女にアルフは当然のように言った。


「俺はシルドクラフトの冒険者でな、目の前で苦しんでる奴や、助けを求めてる奴を絶対に見捨てない。だから、助けたんだ。それに、俺自身があんたを助けたかったんだ。助かって本当に良かった」


 そうまるで自分のことのように喜びながら言ったのだ。少女は呆気にとられてから、目の前の男が幼少期に寝物語で聞いた勇者のように思えてしまった。

 その間に、


「――んじゃ俺は行くわ。しっかり養生しろよ」


 アルフは少女の頭にぽんぽんと優しく手を置いて出ていく。少女の顔はみるみる赤くなり、寝台に顔をうずめる。

 しばらく顔をあげられそうになかった。


「ふう、良かった」


 アルフが外に出ると既に夜の闇がリーゼンベルクを覆っていた。彼女が眼を覚ますまで待っていたのですっかり夜。

 無事に少女が助かったことで、気が緩んだのか腹が鳴る。もうかれこれ三日ほど何も食っていない。その上にあまり眠ってもいない。


「宿屋、引き払っちまったしどうすっかな」


 金を用意するために宿屋まで引き払ってしまった。残り一ヶ月以上の先払いをしてたためキャンセルしたことによって戻ってくるので、その金を利用したため宿無しである。

 しかも、自分が売れるものとか全て売って、それでも足りずにギャンブルで大儲けに賭けてなんとか辛勝とかやって金を工面したので金もない。


 何度も言うが金がない。金を入れる用の皮袋を幾らひっくり返してもごみしか出て来ず、服のポケットでも探ってみるがそこもごみや砂しか出てこない。

 つまり、宿屋には止まれないということだ。知り合いのところに転がり込むには知り合いが住んでいる場所はこの区画にはなく、既に区画と区画を結ぶ門は閉まっているので行くことすらできない。


「どっかで寝るか。んで、明日依頼受けて、また宿に泊まる。これが一番、だな」


 冬は終えたのでこのままここで寝ても凍死はしないだろう。とか考えていると限界だったのだろう。格上の魔物を相手にし続けてもいたのだから消耗は通常よりも大きい。

 だから、限界が来てアルフは倒れた。既に人通りがなく知り合いも特にこの時間は宿屋か家に帰っている時間だ。


 誰にも見つけられることなく、見回りの衛兵は通りで眠っている酔っ払いだと思って見向きもしない。問題さえ起きなければ衛兵は何もしないのである。

 だからこそアルフはそのままほっとかれることになった。疲れていたので春の夜の寒さでも目覚めることなく冒険者であるためそれがあまり堪えることもなく、アルフは眠り続ける。


 その表情は満足げであった。


改稿版の第一話でした。

旧版と違って戦闘スタート、と微妙に語られてなかったアルフが行き倒れるまで何をやっていたのかを追加しました。


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