小太郎
小太郎
ここは村外れにある寂れた剣術道場――今は子供らの遊び場になっている。
その道場で小太郎は二つ上の三郎太と古びた木刀で手合せをしていた。だが、ものの数刻もしないうちにあざをつくった。
「小太郎は相変わらず下手やな~」三郎太が腫れた腕に薬草を塗った。
「へへ、三郎太にはかなわんな」
「今日はここまでや。帰ろう」
「うん」
愛くるしく笑いのける小太郎を起こすと夕日を目掛けて駆けだした。
小太郎が帰るなり母が「また、そんなにあざつくって!」
「へへ、剣の修業じゃ」
「いっぱしのこと言って! 遊んでるだけにしか見えんよ!」
そういうと小太郎を洗い場に連れていき、ボロ着を剥ぐと頭から水をかけた。
「つめて~!」
「ジッとしい、どこ怪我したんや?」
「怪我はない、勲章や」
「なまいき言うて……」
「母ちゃん……おいら父ちゃんみたいになりてんだ」
次の日、いつものように剣術道場で三郎太と手合せしていると、村の辺りから騒ぎが聞こえてきた。
胸騒ぎがする。たしか似たようなことが以前にもあった――。
顔色が変わった二人は咄嗟に走り出し、小太郎は無意識に木刀を握りしめていた。
村に近づく二人に、その悲鳴が聞こえてくる。
「小太郎、林に回るぞ!」
村の裏手にある林に飛び込むと、ひたすら悲鳴の方へかき分けて進んだ。
「あれは!」
二人が林から覗くと――
賊は開けた場所に村人を集め終えていた。辺りには抵抗した村の男が息絶えている。
「母ちゃん……!」
「小太郎、心配するな。命まではとらねえさ……」
そこに「さて、蓄えているものを全て頂こう」馬上から頭が部下に合図をすると、部下たちは「待ってました!」散っていった。
「なに、心配は要らねえ。頂くもの頂いたら帰るからよ」
「三郎太!」
林の中で小太郎が怒りに身を震わせていた。
「あ! あいつが父ちゃんを!」小太郎の脳裏に二年前の記憶が蘇ってきた。
そこに、若い娘が部下に担がれて戻ってきた。
「頭!」
「おうおう、どこに隠れていたんだ? なかなかの上玉じゃねえか」
すると「私の娘に手を出すな!」漁師の五郎が叫んだ。
「お前の娘か。なるほど……」
頭が馬を降りると、娘の顎に手を掛け品定めしてみる。
「こいつは良い値で売れそうだ」
「きさま!」五郎は隠していた小刀に手を掛けた。
「まて!」
遠目に槍を背負っている若者が近寄ってきた。
「他の村を襲ったのも、お前たちか!」
「なんだ? 仕返しにでも来たのか?」
「非道には非道をもって返す!」
すると部下が笑いざま「頭、こいつ頭イカれちまったらしいですぜ!」
「そうらしい。おい、片付けろ」
「へい!」
部下が刀を抜くと切りかかった。だが、若者の拳が一足早く顔面に弾けた。
それは、あっけなく鼻血を出し、地にもんどりうつ。だが、若者は馬乗りになり顔面を何度も打ち続けた。
その光景を頭は黙って見ている……。
若者は動かなくなった部下を踏みつけると「こんなもんじゃ足りねえ……あの子の苦しみは……!」呟くと槍を手にとった。
「貴様等……皆殺しだ」
「ふん、少しはやるようだがな、笑わせるな」頭が刀を抜くと、部下に周囲を囲わせた。
どうやら一対一ではなく、囲いを狭めて一斉に切り殺すつもりだ。
「卑怯だぞ!」
思わず小太郎が叫ぶと、村の人達からも声があがった。
「まったく、騒がしい奴らだ!」
頭が猛る。そこに新たな馬軍が現れた。
「おお、城の兵士たちだ!」
「これで助かった!」
村人が歓声で立ち上がるや兵士の馬軍が囲った。すると兵士長が「頭、この様は何だ!」
「すまねえ。今、片付けます」
「きたねえ……! グルだったのか!」
そういえば二年前にも襲われた直後に兵士が現れた……。
「そういう事だ」
兵士長がニヤけて言うと、兵士たちが刀を抜いた。
「千槍術!」
若者が槍に念を込めると天に向かって投げた。それは青空に吸い込まれ消えた。
「なんだ?」
「構うな、さっさと片付けろ!」
兵士長が刀を抜くと賊も兵士も村人に襲いかかった。
同時に天から降り注いだ無数の槍――
「ぐ!」
「きさ……ま!」
兵士、賊、一人残らず串刺しとなり息絶えた。
「な……、なにが起きた?」
村人が恐る恐る若者を見ると、そこに若者の姿はなかった。
城内では、殿様が側目に酒を注がれながら、いつまでたっても報告が無い事に苛立っていた。
「ええい! まだ、報告はないのか!」
「いましばらく、ささ」
側目があやすように酒を注ぐと、そこに「殿にご報告!」兵士が慌ただしく入ってきた。
「おう、きたか!」
「は! 報告します! 賊一味、兵士たちは全滅致しました!」
「な、なんだと!」
「城内の兵も一人残らず!」
「おい! ふざけたことをいうな!」
「は! 残るは殿、御一人にございます!」
そう言うと兵士が顔をあげた。
「きさま、我が兵士ではないな!」
その若者が立ち上がると槍を手にした。
「近隣の村から取り上げるだけ取り上げ、挙句の果て、お上に暴露されそうになるや証拠を消すために賊を雇った――」
「きさま、何者だ!」
夕刻――
小太郎は城から出てきた若者の前に飛び出すと、地にひれ伏した。
「おいらを! おいらを弟子にしてください!」
「……。それは叶わない相談だ」
「おいら! 弟子にしてくれるまであきらめません!」
「そうか……」
若者は小太郎を立ち上がらせると、頭を撫でて言った。
「私は遠く離れた地に行かねばならない。それでも、母を捨てて一緒にくるか?」
「それは……」
「それでいい。強くなりたいなら、どこでも修業はできる」
「だけど、教えてくれる師匠が……」
「師匠……」
そう言うと小太郎に槍を受け取らせた。
「こいつが師匠だ」
「え! でも……」
「こいつは生半可には扱えんぞ。使い手がいつまでたっても弱いままだと、飛んで逃げていってしまう槍だ」
「……おいら弱いから」
「心配するな。この槍は生き物だ。戦い方や術の使いかたまで教えてくれる」
「ほんとかい?」
「ああ。ぼうや、名は?」
「おいらは小太郎」
「小太郎――、この槍と歩む道はとても厳しい。修羅の道だ」
「なら、おいら修羅になる!」
「そうだ、その意気だ!」
小太郎が満面の笑みで答えると「いつか、強くなった修羅殿に会いにくるからな。その時には私を打ち負かしてくれよ!」
「まかせてくれ! おいら絶対強くなる! 約束する!」
「よし! 男同士の約束だ、忘れるなよ!」
「はい!」
小太郎が大事そうに槍を抱え、何度も振り返りながら手を振って帰っていった。
それを見送った若者は、城内にある樫の大木を一度だけ見上げると旅立っていった。
その大木の先端には、カラスたちが群がっていた――。
終わり