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ゾンビ百人一首  作者: 青蓮
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今はただ思ひ絶えなむとばかりを 人づてならで言ふよしもがな

 ゾンビでは封鎖ネタが結構出てきますが、そういう時は情報的にも隔離されるのが定番です。

 誰ともつながらなくなった街で、彼女に伝えたい思いを抱えて思い悩む男の話。

 カーテンを閉め切った暗い部屋で、ラジオを聞く。

 流れてくるのは、たった今発生している未曽有の災害についてだ。

 発生している場所に近づかないよう、不要不急の外出を控えるよう指示が流れる。そして近づいてはいけない場所の、具体的な範囲も。


 近づくなと言われたって無理な話だ。

 だって僕はもう、ここにいる。発生エリアのど真ん中に、僕はいる。

 今僕がいる我が家、そしてそれを取り囲むこの街が、今まさに封鎖されているのだ。


 カーテンをちらりと少しだけ上げると、まぶしい光が入ってきた。

 雲一つない晴天と、さんさんと降り注ぐ太陽の光。

 その下を、場違いなモンスター共が徘徊している。家の前の道路にも既に、奴らの影がいくつも揺れている。

 一見して人間と見間違えそうなそれは、確かにかつては人間であったものだ。

 だがそいつらにもう人の意識はなく、人の命すらとうに終えている。心臓も呼吸も止まっているのに、なお止まらぬ食欲で人の肉を食い散らかすモンスターだ。

 夜に墓場で出会うなら想像できそうなそれが、白昼堂々公道を歩いている。それが今のこの街の現状だ。


 しかも奴らは墓場から起き上がるのではない、伝染するのだ。

 噛まれて死んだ者は、同じようなモンスターになって人を襲う。そして襲われた人間がまたモンスターになって、どんどん増えていく。

 そんなものを野放しにしたら、あっという間に世界中の人間がモンスターになってしまう。

 だからそれを防ぐために、この街は封鎖された。


 道という道はバリケードで塞がれ、銃を持った自衛隊員が警備している。

 川には防衛線が張られ、山中にもこの街を囲むようにワイヤーやフェンスで防衛設備が設置されているらしい。

 それでなくても街中がモンスターだらけで、脱出は困難だ。

 助けなど来るはずがないから、とりあえず自宅にこもっているのが一番安全だ。

 もっとも、今の安全を確保してもいつまで生きられるかは分からないが。


 そう、どうあがいても助けは来ない。

 助けを出せばその分感染を広げてしまう危険が増すし、少数を助けるために払うコストが大きすぎる。このままモンスターが倒れるのを待つか、街ごと焼き払うのが妥当な判断だろう。

 それに、感染について分かっていない事が多すぎる。原因や検査法はおろか、潜伏期間がどのくらいかすら分からない。これでは、目の前にいる生存者が感染者かどうか確かめる術がない。

 だから政府は、封鎖区域内にいる人間は一切外に出さないと決めた。

 そして、感染の疑いがある者を連れ出される可能性を少しでも減らすために、助けを呼べないように情報的にも隔離した。


 今僕の手元には携帯電話があるが、表示は圏外になっている。

 電話も、パソコンのインターネットもつながらない。

 無線はやったことがないが、それもきっと妨害されているのだろう。

 僕たちを目に見えない壁が取り巻いて、世界とのつながりをシャットダウンしている。


 ああ、何て孤独感だろう。

 この情報網が異常なほど発達した、どこにいても誰とでもつながれるはずの社会で、自分だけがはじき出されるなんて。

 つい数日前まで、僕は離れた相手とも、今目の前に相手がいるかのようなやりとりを楽しんでいたのに。

 もう本当に目の届くところにいる相手以外とは、何もつながらない。


 こんな状況で、別の地方にいる彼女はどう思っているだろうか。

 今までずっと、僕たちは電子の情報網でつながっていた。

 どんなに遠くにいても会えない日が続いても、メールや電話でいつでも話ができた。音声や写真を送り合って、いろいろなものを共有していた。

 そんな僕から何も連絡が来なくなって、彼女は戸惑って悲しんでいるだろうか。

 僕の置かれている状況を知って、心配しているだろうか。


 心配といえば、思い出した。

 彼女は心配性なうえに行動派で、僕に何かあった時はいつもすっ飛んで来ていたっけ。

 僕が足をひねった時も、風邪をひいて寝込んだ時も。インフルエンザの時だって、うつるからやめておけというのに、強引にここに来て看病していったな。

 彼女は本当に僕のことが大切で、自分よりも大切だと言った。

 僕は彼女の強情さに呆れながら、少し嬉しく思った。


 だが、この状況でそれは困る。

 助けてほしくない訳じゃない。だけど、そのために感染が広がったり、何より彼女の命が危機に陥ってしまうのはごめんだ。


 そう言えば、封鎖線の外側で、自衛隊と中に入ろうとする人たちが衝突したとラジオで聞いた。

 中に入ろうとする人たちのほとんどは、中にいる人を助けたい人たちだ。家族や友人、恋人などが中にいる人たちだ。

 彼らが人権活動家の力を借りて、強行突破を試みているらしい。

 その中に、彼女がいなければいいんだが……。


 彼女の強情さと行動力には、驚くべきものがある。

 周囲から見て間違っていると思っても、彼女が正しいと思ったら突き進んでしまう。親が止めても友人が止めても、お構いなしだ。

 止められるのは、それこそ彼女が一番大切に思っている僕だけだ。

 僕が本気でしてほしくないと直接伝えることだけが、彼女を止める唯一の方法なのだ。


 だが、今彼女に直接僕の声を伝える手段はない。

 会うことはできない。電話もメールも通じないし、写真も音声も送れない。もちろん手紙も届かない。

 これでは、誰が彼女を止めるのか。


 今この街は、生きた人間がうかつに歩いていい場所じゃないんだ。

 それでも政府の報道では謎の致死率の高い伝染病としか言われていないから、彼女はあの人食いモンスターのことを知らないのだろう。

 そんな彼女が街に入れば、あっという間にモンスターの餌食にされてしまう。

 それに、一度街に入ってしまったら、もう彼女はここから出してもらえないだろう。出られたとしたら、その時は全世界がこの街のようにならない事を祈るしかない。

 僕は、彼女がそうなるのが本気で心の底から嫌なんだ。


 だから僕は、彼女自身の未来のために、彼女との未来を諦めようと思う。

 正直、僕は自分が既に感染していないかどうか確信が持てない。それを伝えれば、きっと彼女も諦めてくれるだろう。


 だが、問題はどうやってそれを彼女に伝えるかだ。

 封鎖線まで行って自衛隊の人に伝えれば、彼女に伝えてくれるかもしれない。しかしそんな事をすれば、彼女は政府が僕の意志を騙っていると思い込み、ますます僕を助けようとするだろう。

 どうにか、人づて以外で彼女に伝える術はないものか……。

 無力な僕の前で、一方通行のラジオから封鎖線での抗争の怒号が響いていた。

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