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ゾンビ百人一首  作者: 青蓮
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難波潟みじかき蘆のふしの間も 逢はでこの世を過ぐしてよとや

 人生で初めての彼氏に会いたくて、自らゾンビ発生地に向かおうとする女のお話です。

 大阪と彼女の間にはいくつも封鎖できそうな川がありますが、事態はそれを一気に飛び越えて……。

 人ごみをかき分けて、走る。

 時々人にぶつかるけれど、立ち止まって謝る余裕はない。

 時は、一刻一秒を争うのだから。


 少しでも早く、行かなければならない。

 まだ電車が動いているうちに。あなたのところへ行けるうちに。

 そして、まだあなたが無事なうちに。


 私とあなたは元々、今日会うはずだった。

 SNSで知り合い、ネット上で仲良くなり、いつしかお互いを恋人のように意識するようになっていた。

 そして今日、ついにリアルで会って本物の恋人になるはずだった。

 私の住む兵庫からあなたの住む大阪へ、電車に乗って小旅行。そしてあなたと、大阪観光を楽しむはずだった。


 その大阪が大変な事になったと知ったのは、朝のニュース。

 外国で発生し、東京圏では既に大きな被害を出している謎の病気が、ついに大阪でも発生したらしい。

 ネットでの通称は、ゾンビ病。

 映画に出てくるゾンビみたいに、死んだはずの人が動き出して生きている人を食べる。噛まれると一日も経たずに死んで、ゾンビになってしまう。

 政府は報道規制とかしてるけど、私たちネット民はもうみんな知っている。


 いつか来るんじゃないかと思っていたけど、こんなに早いなんて。

 つい昨日も、あなたとその話題で盛り上がっていたとこなのに。

『大阪にゾンビ来たらどうする?』

『封鎖される前に脱出して、おまえん家に泊めてもらうわ』

 ちょうど昨夜、そんな事を言い合っていた。来るかも分からない遠い日のことだと思ってたのに、もうその話の通りにする時が来るなんて。


 ただ、そうするにはあなたに会って、ここまで逃げて来なきゃいけない。

 関東であったみたいに地域が封鎖されてしまう前に、あなたに会いに行かなければ。

 封鎖されてしまったら、おそらくあなたはもう出られない。だけど家が別の場所にある私が一緒にいて家族のふりをすれば、もしかしたら出してあげられるかもしれない。

 だから封鎖される前に、私が行かなければ。


 スマホで鉄道の運行状況を確認すると、まだ電車は動いていた。

 それなら一刻も早く駅に行って、大阪行きの電車に乗り込まないと。

 電車は車内でゾンビが出たら逃げられなくて危険だと言われている。でもそれが起こるのは発生地から出発する列車であって、発生地に向かう列車じゃない。

 今行けば、私が無傷で大阪に行ける可能性はそれなりにあると思う。

 だから今は、とにかく一歩でも速く駅へ。


 私の街と大阪の間には、瀬戸内海に注ぐ小さな川がいくつも流れている。

 蘆の生い茂る浅い川を何本も鉄橋で越えた先に、あなたのいる大阪がある。

 封鎖されるとしたら、きっとその川のどれかに沿って行われるのだろう。河原の蘆の茎みたいに短く分断された節のどこかで、断たれるのだ。

 でも短い蘆の節を一気になぞることができるように、線路は何本もの橋を越えて一気に私を大阪に運んでくれる。

 どれだけ川で分断されていても、大阪なんて近いものだ。


 それに、数体ゾンビが出たからといって、すぐ大阪中が危険になる訳じゃない。

 関東の時だって、ゾンビが少ないうちは狭い地域だけで制圧できてた時期もあった。本格的なパンデミックまでには、まだ少し時間があるはず。

 たった数時間でも、あなたを連れて帰ってくるまでもってくれれば。


 だいたい、私とあなたはまだ一瞬だって会っていない。

 私はこれまでのそれなりに長い人生、イコール彼氏いない歴の中で、ずっと今日という日に訪れる瞬間を待ち続けていた。

 川ほど長い人生の中で、今日が一つの節目になるのだとワクワクが止まらなかった。

 それなのに、私とは関係ない災難でそれが台無しになるなんてひどすぎる。

 せっかく彼氏ができたのに、一瞬も生で目にすることなく終わるなんて。これを逃したら、次の節目はもうないかもしれないのに。


 一瞬でもいい、あなたに会って、声を交わして、手を握りたい。

 たとえその後に検問で引き離されるとしても、二人ともゾンビに襲われることになっても、それでも構わない。

 私とあなたが愛し合った、リアルの思い出が欲しい。

 短くても私の人生に、節目として刻んでおきたい。


 スマホには、今日着てくる服で撮ったあなたの写真が収まっている。

 それを見ながら、駅に向かって走り続ける。

 大丈夫、もうあなたを見た瞬間にあなただと分かる。見つけたらすぐに駆け寄って、手を握って走り出せる。

 後は、あなたのいる場所に向かうだけ。


 駅は、思った以上に閑散としていた。

 もしかして、もう電車は止まってしまったのだろうか……嫌な予感が胸をよぎる。

 だけど私が駅に入ろうとした時、大阪方面から電車が滑り込んでくるのが見えた。良かった、まだ電車は動いている。

 手早く定期券を取り出して、改札を通る。

「あ、君、待ちなさい!」

 駅員の声が聞こえたが、私は振り向かずに階段を駆け上がった。大阪に行くのは危険だなんて、百も承知。今さら言われるまでもない。


 ホームに出て大阪方面に向かう電車を待っていると、さっき見えた大阪方面からの電車のドアが開いた。

 階段に近い車両のドアから、大勢の客がものすごい勢いで出口に殺到する。

 あれ、何でそんなに急いでるの?

 だって私の後ろの車両から出てきた人たちはみんな、あんなにゆったりして……。


 突然、たくさんの冷たい手が私を掴んだ。

 振り向けば、後ろの車両から出てきた人たちが私を取り囲んでいた。みんな、血の気のない顔をして、でも服は血まみれのズタズタで……。


 ああ、そうか、つまりこの車両だけにゾンビが乗り込んでいたんだ。

 この車両だけがゾンビの殺戮場となり、全員がゾンビになった。でも他の車両には無事な人たちが詰まってるから、その人たちを逃がすためにドアが開いたんだね。


 何てあっけない終わり。あっという間の展開。

 短い蘆の節を一気になぞるように、線路はいくつもの川を越え、いろんな段階をすっとばして一気にパンデミックを連れてくる。

 大阪に向かう列車内にゾンビはいなくても、駅が安全とは限らなかった。

 せめてあなたにメッセージを送ろうと思ったけれど、もうそのわずかな時間もないみたい。

 次の瞬間、私の体は細い蘆の茎を手折るように、バラバラに折られてちぎれていた。

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