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ゾンビ百人一首  作者: 青蓮
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わが庵は都のたつみしかぞ住む 世をうぢ山と人はいふなり

 今回は初の、災害復興時のネタです。


 人を集めて都市を再生するのは効率がいいですが、危険も大きくなります。

 あえてそれを拒み、世間から離れて生きる男の話。

「なあ、引っ越す気はないのか?」

 もう何度目かも分からない、聞き慣れた問い。

 俺は慣れたしぐさで、静かに首を振る。

「俺は、ここで静かに生きていく。

 もう京都市内には戻らんと決めたんや」

 俺に向けられる、面倒臭そうな視線。どうしてそこまでこだわるのか、なぜ戻って来ないのかと、苛立ったような面持ち。

 だが、俺がてこでも動かないと既に分かっているからか、来訪者たちはあっさりと諦めて帰って行った。


「……全く、何でわざわざこんな不便なとこに住むんだろうな?」

「自殺志願か何かじゃないの?世の中諦めました、みたいな~」

「困るんだよな、ああいうの。今は皆で力を合わせる時代なのに」

 去っていく来訪者たちが、口々に呟く。

「戦争は、もう終わったのにな……」


 そうだ、確かにこの世は平穏を取り戻した。

 人類は再び安心して住める地域を取り戻し、日常生活を始めている。

 人々は以前と同じように無防備に街を歩き回り、戸を開け放ったままの店が立ち並び、かつての栄華を取り戻そうと経済活動に勤しんでいる。

 あのおぞましく凄惨な戦いの日々は、終わったのだ。


 だが、終わったというのはあまりに楽観だと俺は思う。

 戦いは、完全に終わった訳じゃない。

 確かに俺たちは勝った。だがそれは完全に相手を支配下に置いたとか屈服させたとかではなく、あくまで自分たちの元の生活をおおむね取り戻したというだけだ。

 まだあちこちにくすぶる火種を残しながら、小康状態をもぎ取っただけ。


 その証拠に、見てみろあのトラックを。

 高速道路を走る一台のトラックには、でかでかとバイオハザードマークが表示されている。

 あの頑丈そうな荷台のコンテナに、何が入っているか知っているか。あの中にこそ、かつて人間社会を瀕死に追いやった敵が詰まっている。

 へまをやって捕まった奴らが、完全なる勝利のための実験体として運ばれていくのだ。

 そう、完全にあの病を予防したり治したりする方法はまだ発見されていない。そして研究のための検体の供給は、未だ絶えることがない。

 終わってなど、いないのだ。


 京都市内は、もうだいぶにぎわいを取り戻している。

 観光地の集中する辺りを中心に復興が進み、地方から流入した住人たちも含めて古くからの都を再生しつつある。

 市場にはうまそうな食べ物が並び、威勢のいい声が飛び交う。

 その場だけ見れば、平和な在りし日が蘇ったようにも思える。


 だが、その中にも影を残す違和感は漂っている。

 街角に立つ、さすまたを手にした自警団。相手にするものが、まだ散発的に発生している証だ。

 そして街の各所に貼られた、『感染者に用心』というポスター。


 この感染者というのが、戦争の相手だった。

 あるウイルスに感染し、理性を失って食欲のみで人を襲うようになった人。ただし、そうなった者は既に人としての命を失っているので厳密には人と言えないかもしれない。

 だが、動いているものは一応人として扱うという初期対応の名残で、今も感染者と呼ばれている。

 発症前の感染者も一くくりにされてしまうが、特に問題はない。感染した時点で助からないことは分かっているので、結局扱いは同じだ。


 突如として現れ、爆発的に仲間を増やしながら猛威を振るう感染者に、人類は大きな犠牲を出した。

 国民の七割近くが失われ、多くの大都市が混乱の中で葬られた。

 だが、それでもこの国は何とか持ち直した。

 規律と勤勉を重んじる国民性、険しく天然の要害が多い国土、封鎖して切り取りやすい狭い街並みなどが味方した。

 今、生き残った人間たちは安全地帯を作ってそこに集まり、再び街を発展させつつある。


 だが、俺はそこを拒んだ。

 人が集まって急速な復興を遂げつつある京都市内を避け、うち捨てられた宇治の廃墟で未だ自給自足の生活を送っている。

 感染者を防ぐ鉄網条の外で、危険と隣り合わせの日々を過ごしている。

 これからも、もう市内には戻らないと決めている。


 そんな俺の態度は、復興を進める街の人間から見たら面白くないらしい。

「この少しでも人手が欲しい時に、何を勝手なことを!」

「安全で便利な暮らしはここにあるのに、何カッコつけてんの?あんたのやってる事は、非生産的な自己満足でしかないんだよ」

「人は支え合うから人なのに、どうして寄り添ってくれないの?」

「希望と未来はここにあるんだからさ、一緒に来ないのはバカだよ!」

 この手のことを、何度言われたかもう覚えてもいない。


 人を集める事で再び以前のような文明を取り戻そうとする人々にとって、俺のような孤独を貫いて戻って来ない人間は自分勝手に見えるらしい。

 人として生きながら人の社会に協力しない、役立たずだと。

 こういう輩がいるから、日常を取り戻すのが遅くなるのだと。

 俺にそんな悪意はないのに、ひどい言われようだ。


 だいたい、俺は自分さえ良ければと思ってこんな所に住んでいるんじゃない。

 かつて感染爆発の時に起こったような惨劇を、もう繰り返したくないからだ。


 住人が次々と感染者に食われて変わっていった、悪夢の感染爆発……あれは人が密集していた都市や住宅地で起こった。

 治安の良さに安心しきって日常に溺れていた人々は、自分の身に迫る危険をどうしていいか分からずあっけなく崩れていった。

 あの時の混乱は皆、覚えているはずなのに……なぜ、また同じ社会を作ろうとするのか!

 あの惨劇から、一体何を学んだのかと言いたい。


 狭いところに人間を大量に集めたら、それは燃料庫と同じだ。感染者が一人紛れ込んだだけで、容易に感染爆発を起こす。

 それに、安全地帯に引っ込んで暮らし続ければ危機意識は低くなる。

 喉元過ぎれば熱さを忘れるというように、恐怖を忘れて油断が生じる。

 まだ感染者が駆逐されてもいないのに、あの生ぬるい平和を再び取り戻そうとするなど、感染爆発をもう一度やってくれと言っているようなものだ。


 俺はもう二度と、そんな悪夢の当事者になりたくない。

 だからあえて人の集まる所から距離を置き、あえて感染者のうろつく地域で緊張を忘れないように生きている。

 俺は俺なりに、人の未来という奴を考えているんだ。


 それをあの能天気な奴らは……。

 惨劇の下地のような環境を再生した当事者が、もう戦争は終わったなどとほざくのだから手に負えない。

 まあ、元々その楽観的な考えで俺の復興案を却下した奴らだからな。

 守りやすい小集落をいくつか作って、感染爆発を防ぎつつ地域から感染者を一掃するか治療法ができるのを待つ。そうして本当に危機が去るまで緊張を緩めずに過ごすべきだと。

 だが、目先の復興に囚われた奴らは堅実な道を自ら捨て去った。


 こうして一人生きる俺を、奴らは散々に言いふらしているらしい。

 口ではたくましそうな事を言って、本当は世の中のことなどどうでもいいと諦めてしまった厭世者。

 惨劇の恐怖に囚われて前に進めない、ただの弱虫。

 うじうじして何もしないのと宇治に住んでいるのをかけて、うじ虫なんて言う奴まで現れたらしい。


 だが、誰が何と言おうと、俺は都に戻る気はない。

 日和見主義者の言に屈して、感染爆発の再来に居合わせるなどまっぴらだ。

 もっとも、本当にこのまま平和が戻る可能性もないではないが……その時は素直に非を認めるだけだ。


 俺が正しいか奴らのやり方が正しいかは、もっと先の結果を見ないと分からない。

 それこそ、感染者が再び市中に侵入して恐れていたことが起こるまで……。

 せめてその時に言い出しっぺの肉が腐ってうじ虫が湧くことがないように、俺はたっぷりの皮肉とともに祈ってやった。

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