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ゾンビ百人一首  作者: 青蓮
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春の夜の夢ばかりなる手枕に かひなく立たむ名こそ惜しけれ

 今回は3話目の「契りきな……」とリンクしています。

 女子供だけが残されたあの日の、後日談にして裏話です。

 男の中に女が一人。

 大勢いた女の中から選ばれて、私はたった一人の女になった。

 でも、浮かれている訳にはいかない。

 私の命を守るために、私は誰のものになってもダメなんだ。


 あさましい男たちから離れて、私は一人で夜風に当たる。

 私が選ばれた日、あの日の声が耳から離れない。

「大丈夫、私はどこへも行きません。

 あなたが戻ってきてくれるなら、必ずここを守ってみせます」

 確か、みんなそんな事を言っていたと思う。

 私以外の大勢の女たちはみんな……そして今はみんな、動く死体に成り果てているんだと思う。

 男たちは、私以外の女子供を全員捨て置いて逃げてきたんだ。


 どうして死体が動き出したかなんて、私には分からない。

 ただ奴らは人の肉を食べるから、私たちの敵である事は確かだ。

 しかも噛まれて死ぬとあっちの仲間になってしまうから……食糧を取りに行ったはずの人が、私たちを食べに戻ってきたこともあった。

 戦える人から、外に出た人から順々に死んでいく。

 戦える男の人がどんどん減っていって、女子供の数は変わらないまま……確かに無理はある。

 だから男たちは自分を守るために、私以外の女を全て切り捨てた。


 一人でいると、ロクなことを考えない。

 でも、人が来ればロクな事になる訳でもない。

「なあ、眠れないのか?」

 早速、若い男が目ざとく声をかけてきた。

 こんな奴の目的は決まっている。

「不安なんだろ、一人で。

 だったら俺が一緒にいてやるから、この手を枕にすればいい」

 ニヤニヤ笑って差し出したその手に、どれだけの怨念を宿しているかも知らないで。


 黙っていると、男はなおも声をかけてくる。

「なあ、俺は今日あんたの命を救ったんだよ。

 それを一生じゃなくて一夜で返せって言ってるんだ、悪い話じゃないだろ?」

 何て理不尽な要求、でも助けられたのは確かだ。

 今日、ここまで来る途中私は死体に襲われた。

 その時、この男は私をかばってくれたんだった。


 思えばヘマをしたものだ。

 歩いている時に小さな薬局が目にとまって、何か役に立つものがないかと目で探るうちに、横から近付かれるなんて。

 視野が狭くなっていたのね。

 気づいた時には、死体が私に向かって手を伸ばしていた。

 その時だ、あの男が死体を突き飛ばしてくれたのは。

 どうにも避けられず、それでも反射的に身をのけ反らせて悲鳴を上げようとしていた私の目の前で、あの男が死体を突き倒して助けてくれたんだ。


 それからちょっとの間、男は死体と格闘していた。

 そしてどうにか死体を動かない死体に戻すと、すぐ私の方に駆け寄ってきた。

 ようやく気付いてかけつけてきた他の男たちに、手柄を宣言するみたいに。

 わざわざ大声で私の無事を知らせて、誇らしげに私の肩を抱いて……思えば、あの時されるがままにしていたのはまずかった。

 他の男たちが嫉妬に顔を歪めるのを見て、私は冷水を浴びせられた気分だった。


 私はたった一人の女、誰かのものになれば必ず亀裂が生まれる。

 世の中が平和なら、私のために争わないでとのんきなセリフも言えるだろう。

 でも、今はそんな場合じゃない。

 人間の中で争いが生じれば、死体につけ入るスキを与えてしまう。

 そして最悪、せっかく逃げてきた命がそっくり無駄になってしまう。

 私はまだ死にたくないの!


「なあ、いいだろ?

 こんな世界でも、どうせ恋の夢を見るなら若い俺の方がいいじゃないか」

 男が迫ってくる。

 でもこれ以上はだめ、人を呼んだ方がいいだろう。

 ポケットの中のホイッスルを素早く取り出しかけて……私はふと手を止めた。


 かすかだけど、異臭がする……。

 看護師をやっていると、分かるようになってしまうこれは……壊死した組織の臭い。

 目の前の男から、漂ってきている。

 私はホイッスルを吹くのをやめ、代わりにこっそりと別の瓶のふたを開けた。

 そして、男の目の前で白衣のボタンに手をかける。

「そうね、自分で脱ぐわ」

 私の方からそう言ってやると、男はニヤニヤして私を抱きしめて……そのスキに私は、液体の染み込んだ白衣で男の鼻と口を覆った。


 どさり、と男が倒れる。

 クロロホルムで気絶した男の袖を、私は慎重にまくった。

 やっぱり、噛まれている。

 私を助けて、その後あの死体を始末する時にやられたんだ。

 私のために噛まれたという言い方をすると、少しかわいそうに思える。

 でも、よく考えたら私を助けた後あんなに手柄を主張したのは、これを気付かれないための陽動だったのかもしれない。

 そして、あわよくば死ぬ前にいい思いをするための作戦。

 最悪、私を通じてこのチームが全滅する可能性すらある、壮大な八つ当たり。


 でも私はその手には乗らない、私はまだ死にたくないから。

 今から、この男が感染していることを他の男に知らせに行こう。

 そして眠っている間に、永遠の眠りに落としてもらおう。

 私はこんな奴の夢に付き合って落とすような、安い命は持ち合わせていない。

 だって私はたった一人の女、死んでいくあなたのものになっていい訳がない。


 あなたはただ一人、未熟な己の腕を枕に眠り続けているといい。


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