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ゾンビ百人一首  作者: 青蓮
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夕されば門田の稲葉おとづれて 蘆のまろやに秋風ぞ吹く

 秋シリーズ第2弾、今回も風景の趣が濃い歌です。


 空の色と風の温度って、裏腹だと思う時がありませんか?

 そこから連想して、見た目と裏腹な田舎生活をどうぞ。

 夕焼けが、空を赤く染めていく。

 太陽に近いところの茜色から山吹色へのグラデーションは、燃える炎のようだ。

 しかし、空はあんなに熱く焼けたような色をしているのに、地上も暖炉の中のような色に照らされているのに、この肌寒さは何だ?

 空が赤みを増していくにつれ、風はあべこべに冷たくなるばかりだ。


 全く、この世は嘘ばかりだ。

 見た目通りのものなんか、ありはしない。


 空が赤いのは、太陽が沈んでいくから。

 太陽が沈んで光が弱くなっていけば、当然のように気温は下がる。

 秋の夕日はつるべ落とし、そして気温も急降下。朝夕の冷え込みがきつく感じるのは、一日の寒暖差が大きい証だ。

 ストーブのような色の空から、吹き付けてくるのは冷房よりも涼しい秋の風。

 油断して薄着のままでいると、風邪をひいて酷い目に遭うぞ。


 秋風は、茜色の空から下りてきて黄金色の田んぼを渡っていく。

 実がたっぷりと詰まって、重そうに垂れた稲穂がさらさらと揺れる。ちょうど収穫の時期を迎えた田んぼは、まさに黄金郷のように輝いている。

 それを守るために、ところどころにぼろをまとったかかしが立っている。何もない顔を隠すように巻いたスカーフが、ひらりと風になびく。

 動かぬ張り子の番人と風に波打つ豊かな稲穂は、平和と飽食の象徴だ。


 本当に、そうか?

 見た目と本質の天邪鬼なんか、どこにでも潜んでいる。


 田や畑、あぜ道に佇むボロボロの人影……大部分は、かかしで正しい。

 だが、よく見てくれ。

 昨日なかったところに、いつの間にかそういうのが立っていたりしないか?逆に前見た時あったかかしがなくなっていたり、ちょっと目を離した隙に位置が変わっているものは?

 結論を言おう、そういうのはかかしのようで、かかしじゃない。


 運が良いか、もしくはとびきり悪ければ、そのかかしもどきが動くのを見ることができるだろう。

 相手にするものが近くにいると分かっていれば、一直線にそちらに向かう。目標が定まっていなければ、無計画に彷徨う。

 緩慢な動きで、稲をかき分け、歩き回る。

 そう、あいつらの下半身は地面に刺さった杭じゃない。きちんと地面を踏みしめて移動するための足がついている……たまに、何もない奴もいるが。

 高く天を向いて繁る稲に視界を遮られてよく見えないが、これは重要だ。


 上半身は、本当によく似ている。

 破れて用をなさない農作業服、雨ざらしのせいでひどく色があせて汚れている。帽子を深くかぶったり頬かむりをしたりして、スカーフや手拭いを巻いている。

 だが、その中身は全くの別物だ。

 かかしにはたいてい顔がないが、そうでないのには必ずある。

 帽子に隠れた白く濁った目と、スカーフの下には血まみれで腐臭に満ちた口だ。


 破れた袖と手袋の間が細い棒になっているのはかかしじゃないかと思うが、そうとも限らない。

 かかしじゃなくても、腕の肉が食われて一部が骨だけになっていればそう見えることがある。

 胴体から紐や綿が飛び出しているのはかかしに見えるが、これもそうとは限らない。

 作り物でなくても、腹からいろいろと飛び出して引きずっている奴がいる。腸とか内臓とか……腐って変色しているせいで、作り物に見えてしまうんだ。


 あいつらは、人に作られたんじゃない。

 何らかの流行り病で死んで、起き上った死人だ。もしくはその死人に食い殺されて感染し、同じように起き上った死人だ。

 外にいる死人は、後者が圧倒的に多く、たいていは農作業中にやられた。だから帽子にスカーフ、農作業服……かかしにそっくりな服装をしている。

 そんなものがかかしに紛れて徘徊しているんだから、かなわない。

 あいつらは作物を守るどころか、人を食うためにいるんだ。


 全く、見た目詐欺もいいところだ。

 ぱっと見は本当にのどかな田園風景なのに、実際はとんでもない危険地帯だ。


 ずっしりと実をつけた黄金色の稲も、恵みなんかじゃない。

 大人の腹辺りの高さまで伸びている稲は、下に潜んでいる死人の姿をきれいに覆い隠す。稲穂の下のどこにあいつらがいるかなんて、分かりやしない。

 とんだ地雷原だ!

 本当は刈れるものなら全部刈って捨ててしまいたいが、刈りに行くのも危険だ。開けた場所に接している端から、少しずつ刈っていくしかない。

 そもそも、俺一人しか生き残りがいないのにこんなに米はいらないだろう。


 こんな危険な田んぼが盆地を埋め尽くしているんだから、たまらない。

 ほら、俺の家だって、門のすぐ側まで田んぼという名の地雷原だ。

 これじゃ、死人が門をたたく寸前までいるのかどうか分かりやしない。家が高くて丈夫な塀に囲まれていなかったら、俺は何度死んでいたことか。


 そう、俺の家は白壁の塀に囲まれている。

 門は頑丈で、しかも外からは立派な瓦屋根の二階建ての屋敷が見える。

 うらやましいか?だが、見た目で判断するのはやめてほしい。

 俺が住んでいるのは、あの立派な屋敷じゃない。同じ敷地の隅にちょこんと建っている、古臭い草ぶき屋根の小屋だ。

 見掛け倒しもいいところだが、これにだって理由がある。


 あの大きな家、中は見た目通りの日本家屋だ。

 部屋の仕切りは障子やふすまが多い。死人の力でも簡単に破れる、単に視界を遮るだけの邪魔にしかならない。

 しかも、入り組んで家具の多い家の死角の多さときたら……そのうえ窓や別の入口が多くて、その全てがきちんと封鎖できているか見回るだけで骨だ。

 それでなくても、俺が来た時には既に無人になっていたのに……本当に人も死人もいないか確認することすら危険なため、今は外からできる限り封鎖してある。

 守るなら、たとえ粗末でもシンプル・イズ・ベストだ。


 ああ、全くこの世は嘘ばかりだ。

 持ち主のいなくなった豊かな実りに囲まれ、誰もがうらやむ大きな屋敷に住み、何の騒音もない田舎で見事な夕日を見る。

 見た目だけなら、完璧に理想的な生活なのに。

 暮らしてみれば、楽しむどころの問題じゃない。

 見た目には、手酷く裏切られてばかりだ。


 夕日が沈んで空が温度にふさわしい寒色になると、さらに冷たくなった風が吹きこんでくる。

 黄金色の稲穂を撫でてきた風のはずなのに、混じっているのは快い干し草の臭いではない。思わず顔をしかめたくなる、肉の腐った臭いだ。


 周りが嘘をつくのなら、俺も嘘をつくまでだ。

 明日も、稲刈りには斧を持っていこう。

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